7月1日――
次元空間 時空管理局本局 公共広場
普段は局員やその関係者が憩いの場として利用しているこの広場も、今は数名の局員を残して閑散としており、平時の活気とは一変している。そこに佇むリンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、八神はやては、どこか緊張を帯びた表情を浮かべていた。
今日は
「もうすぐやね」
「ああ」
「事実上、これが
張り詰めた空気が漂う中、リンディ達の前に忽然と穿界門が出現した。初めて見る転移術式に驚きを隠せない同行局員達の視線の先で、門がゆっくりと開かれる。
全員が固唾を呑んで見守る中、護廷十三隊総隊長・京楽春水と副官・伊勢七緒が姿を現した。
「ふぅー。無事に着いたね」
「ユーノさんの言っていた座標軸通りですね」
七緒は前にいる三人を見据え、礼儀正しく一礼する。リンディもまた一歩前に出て、代表として挨拶を始めた。
「お待ちしておりました、京楽総隊長殿。遠路はるばる御足労いただき、誠に光栄です。私は時空管理局本局統括官をしています、リンディ・ハラオウンです。どうぞお見知りおきを」
リンディの言葉に応じ、京楽もまた穏やかな微笑を浮かべ、編み笠をゆっくりと取りながら応じる。
「こっちこそ、お招きいただきうれしいねー。前回はモニター越しの挨拶だったから、改めて言わせてもらうよ。
「初めまして。伊勢七緒と申します」
七緒の生真面目な挨拶に対し、リンディ達も軽く会釈して応じる。しかしその後、京楽の目が鋭くリンディを見つめる。
「それにしてもリンディさん・・・だっけ?」
「あ、はい?」
唐突に何を言われるのかと身構えるリンディ。それを見守るクロノとはやても、緊張のあまり思わず息を呑む。しかし、その心配はすぐに杞憂に変わる。
京楽はにやりと笑みを浮かべ、軽やかにリンディの手を取り、まるで馴染み深い友人に接するかのような仕草で、鼻の下を伸ばしてみせた。
「ん~・・・・・・いやー♪ 実にお美しいですねー」
次の刹那、パァン――という鈍い音が広場に響き渡った。七緒がどこから取り出したのか分からぬハリセンで、京楽の頭を一撃していたのだ。
「いてて! ひどいよー、七緒ちゃん」
「総隊長。真面目にやってください」
「だから真面目にやってるじゃない。女性とのコミュニケーションをさ」
「それは“ナンパ”というものです! それにコミュニケーションは綺麗な女性限定でやるものじゃありません!」
(なんやこの人もいろいろたいへんそうやー)
熟年の夫婦漫才を彷彿とさせる京楽と七緒の掛け合いに、リンディ達は思わず呆気に取られていたが、その軽妙なやり取りがかえって場の緊張をほぐしてくれる結果となった。
七緒の説教が始まりそうな雰囲気になったところで、リンディが軽く咳払いをし、会話を引き戻した。
「まぁ、立ち話でもなんですし・・・・・・お茶でも飲みながら、つもる話でもしませんか?」
リンディは、近くに用意してあった、京楽達に配慮した
「だ、そうだよ。七緒ちゃん」
リンディの言葉に、京楽はすぐさま七緒に振り向き、軽く肩を竦めて笑みを浮かべる。
「・・・・・・仕方ありませんね」
七緒も、相手の厚意を無下にするわけにはいかないと感じ、やむなく説教を中断した。自然の空気を感じながら、リンディ達の案内に従って野点の席へと向かう。
席へ着くと、リンディは慣れた手つきで茶を点て、静かな動作で京楽達に煎じた茶を差し出した。
「どうぞ」
差し出された茶碗を手にした京楽は、一瞬微笑を浮かべながら、静かにひと口含む。七緒はその前に、慎重に一礼してから「お点前頂戴いたします」と言い、同じように茶を口にした。
どこからか
「結構なお点前でございます」
その一言に、リンディは心の中で安堵し、はやてとクロノも自然と肩の力を抜くことができた。
「お二方のお口にあって何よりです。さてと・・・・・・」
ところが、気を良くしたリンディは、突如として脇に置かれた砂糖を手に取り、煎じた抹茶の中に惜しげもなく大量に投入し始める。さらに、牛乳をそっと加え、慎重にかき混ぜるその姿は、抹茶本来の姿からはかけ離れていた。
京楽達は、目の前で繰り広げられる奇妙な光景に目を見張りつつ、どう反応すべきかを一瞬迷う。
しかし、リンディはその顔を赤らめ、明らかに
「あのー・・・・・・つかぬことをお伺いしますが総隊長、抹茶は砂糖とミルクを入れて飲むものだったでしょうか?」
「んー・・・ボクの記憶している限り、たぶん違うと思うけど」
リンディ茶という前代未聞の飲み物に対するカルチャーショックを受ける中、戸惑う京楽達に対し、リンディは一言、笑顔で勧める。
「いかがですか? お二人も是非、お試しになっては」
これにはさすがの二人も困惑の表情を浮かべる。隣にいたはやてとクロノも、その場の雰囲気に苦笑を漏らすばかりだった。
*
第1管理世界「ミッドチルダ」
ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画
機動六課 ミッドチルダ地上隊舎
京楽達がある種の苦行に臨もうとしていた頃、機動六課にも珍しい訪問者が現れた。
ユーノは六課のメンバーを見回しながら、一瞬躊躇するような仕草を見せたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「さーて・・・・・・今日は僕からみんなに紹介したい人がいるんだ」
彼にとって、これから紹介する相手はただの仲間ではない。自身の命を救い、数々の困難を共に乗り越えてきた恩人であり、戦士としても尊敬すべき存在だ。そんな思いを抱きながら、静かに語りかける。
「僕の命の恩人で、死神の戦い方を教えてくれた師匠。かつ恋次さんの戦友、伝説の死神代行・黒崎一護さんと奥さんの織姫さんだ」
その言葉には、ユーノの深い敬意と感謝の念が込められていた。一護との出会いがなければ、彼がここに立っていることすらなかったかもしれない。その想いが、彼の落ち着いた声色にも表れていた。
「黒崎一護だ。よろしくな」
「一護くんの奥さんしてます、織姫です。みんな、こんにちはー」
一護はいつも通りの無骨な口調で挨拶するが、その背筋はピンと伸び、瞳には強い意志が宿っていた。
一方で、一護の横に立つ織姫は、柔らかな笑顔を浮かべながら、元気に手を振って挨拶する。
「「「「「よろしくお願いいたします」」」」」
六課メンバーも、一護と織姫に向かって礼をし、挨拶を返す。
だが、その瞬間――突如として横から勢いよく割り込む声が響いた。
「って! オレさまを忘れてんじゃねーぞ!」
ライオンのぬいぐるみの姿に扮したコンが威勢よく飛び出してきて、その場の空気を一瞬で破壊する。
「ははは、冗談ですよコンさん♪ 僕がコンさんをおざなりにしたことが一度でもありましたか?」
「割とたくさんあったよ! ざけんじゃねーぞ!」
コンが激昂する一方で、人の言葉を流暢に喋るぬいぐるみという異様な存在を前に、六課メンバーは未だ慣れない様子でどう反応すべきかを迷っていた。
「あはは・・・・・・なんていうか・・・・・・未だにシュールだな」
「ぬいぐるみってあんな感じにしゃべるんですねー」
着せ替え人形並みのサイズに変化できるリインやアギトですら、その奇妙な存在に戸惑いを隠せない。そんな折、ヴィータが率直な所感を口にする。
「そういや海鳴にいた頃に、【テッド】っつうアメリカ映画観たことあるんだけどよぉ、実際現実に生きてるの見るとなんだか萎えるよなー」
「どこが萎えるんだよ! 全体的に見て超絶プリティーで癒し系のマスコットじゃねーか! 誰だって一度は抱きしめたくなるだろう!」
「そんなプーさんみたいな可愛いキャラじゃねーだろ」
一護は呆れたように肩を竦め、溜息を吐きながらコンを窘めた。まるで何度も同じことを言い続けているかのような、諦め混じりの口調だった。
しかし、その言葉にコンは即座に反応し、顔を真っ赤にして声を荒げる。
「けっ。一護、オメー学生時代にモテた試しがねーから、オレさまの人気に嫉妬してんだろ?」
コンは飛び跳ねるようにして一護の目の前に立ち塞がり、鼻息荒く彼を煽り始めた。
一護はその挑発に一瞬、眉を顰めたが、すぐに静かに唇を歪め、目つきが鋭くなる。彼の拳が僅かに震え始めたのを見た六課メンバーは、一瞬空気が凍りついたように感じた。
「今すぐテメェの口を引き裂いて中の綿ごとと一緒に義魂丸抜いてやろうか!?」
一護はゆっくりとコンに近づき、声を低く響かせながら、拳をぐっと握りしめる。彼の言葉が口をつくたびに、その背後から静かな怒りのオーラが滲み出るようだった。
コンは一護の迫力に一瞬怯んだものの、次の瞬間にはまた強気な表情を取り戻し、さらに煽ろうとする姿勢を見せた。だが、すぐにその場に入り込んだのは織姫だった。
「まぁまぁ。一護くんもコンちゃんも、そうかっかしないで。せっかく機動六課に来たんだもん。前回は非常事態だったから、あんまり
織姫の優しい声が、場の緊張を柔らかく解きほぐしていく。コンも一護も、ようやくその言葉に従い、息を吐く。
「わかったよ・・・・・・つーわけだ、ユーノ。今日は一日世話になるぜ」
一護はユーノに軽く頷き、訪問の目的を告げる。
「でも、ほんとにいいんですか? せっかくのお休みだったのに」
ユーノは感謝の気持ちを込めつつも、遠慮がちに答えた。一護がわざわざ休診日の貴重な時間を利用して訪ねてくれたことを心から嬉しく思っていたが、同時にその労を惜しむ気持ちも少なからずあった。
「曲がりなりにも師匠として、医者として、弟子の体調も気がかりなんだ。俺がちょっと目離したら、おまえは何をしでかすか分からねーしな。知ってるぜ、前にタチの悪りぃ悪魔と派手にドンパチやらかしたそうじゃねーか?」
「あははは・・・・・・いやー、さすがに耳が早いですねー。一応すずかには言わないように口を酸っぱくして言っておいたつもりなんだけど」
ユーノは苦笑いしながら頭を掻き、軽く肩を竦める。
「え、すずかちゃんがなに?」
すると、なのはが友人の名前に敏感に反応し、興味津々の様子で尋ねる。
「あー、こっちの話! なのはが気にするようなことじゃないから安心して!」
ユーノは咄嗟に笑ってなのはの疑念をかわしつつ、話をすり替える。
「ほんとうに?」
「もちろんだよー♪」
ユーノは明るく笑いながら、軽く手を振って誤魔化した。なのはは釈然としないものの、ユーノを信じ、深くは追及しなかった。
何とか誤魔化せた後、安堵の溜息を吐いたユーノは、一護に向かって誘いをかける。
「それより、一護さん。せっかく僕を尋ねて来られたんだ。どうですか、たまには僕と有酸素運動しませんか?」
「ほう・・・・・・お前から誘ってくるなんて珍しいじゃねーか。いいぜ。俺も久しぶりに暴れたい気分だ」
一護は口角を上げ、不敵な笑みを浮かべながら応じる。二人の間には見えない火花が散り、緊張感が漂い始める。
*
同隊舎 海上訓練スペース
訓練場に移動した二人を包むのは、いつものように精緻に造り出されたビル街を模した訓練フィールド。なのは達が少し離れた場所で見守る中、死覇装を纏った一護とユーノが対峙していた。
「ユーノが自分から模擬戦を挑むなんて」
「普段いくら誘っても食いつかない男がどういう風の吹き回しだ?」
シグナムは不服そうにぼやき、ヴィータは陰で「そりゃ、毎度毎度N〇〇の集金人みたいに来られたら、あたしだってたまんねーぜ」と零す。
「伝説の死神代行と翡翠の魔導死神・・・師と弟子の一騎打ち」
「なかなか興味深いねー」
(黒崎一護さん・・・・・・ユーノ君が公言する死神のお師匠さん・・・ジャガンノート戦の時は余裕なくてよく見れなかったけど、一体どれだけ強いんだろう)
なのはは、一護に対する周りの期待とは少し違った視点で見守っていた。確かに、ジャガンノート戦の時は自分達の余裕がなかったせいで彼の戦いぶりをしっかり見れなかったが、あのとき感じた一護の存在感は確かに強烈だった。
しかし――「伝説の死神代行」や「英雄」と呼ばれるほどの人物が、どれほどの力を持つのか、その言葉の響きに対しては、どこか懐疑的な気持ちを抱いていた。
(確かに素人目にも、彼が強い人だってことは判るとは思う。けど・・・・・・“英雄”ってそんなに簡単になれるものなの?)
なのはは、ふと胸中に疑念を抱いた。局では「エース・オブ・エース」と称される彼女だからこそ、“英雄”という言葉の重みを知っている。だからこそ、ただ強いだけではなく、その強さが本物かどうか、彼女の中にはまだ確信が持てない部分があった。死神にとっての英雄が、本当に彼女たち魔導師の世界でも通じるのか――その答えを、なのはは無意識に探していたのかもしれない。
だが、そんな懐疑心を抱えつつも、ユーノの師匠である一護の純粋な戦闘力には興味があった。どれほどの実力を持つのか――その答えが、今まさに目の前で示されようとしている。
衆人環視の中、ビル街の中央に立つ二人の戦士。すると、不意に一護が静かに口を開く。
「ウォーミングアップはいいのかよ?」
「それはこっちの台詞ですよ。最初からギアを入れるとあとで仕事に堪えますよ」
「俺は医者だぜ。自分の健康管理くらいできねーでどうすんだよ」
軽口を叩き合ってはいるが、二人の間に漂う緊張感は誰の目にも明らかだった。互いに一歩も譲らぬ構えで、どちらが先に動くのか見極めている。
だが、ついにその静寂が破られる。痺れを切らしたかのように、二人は同時に動き出した。
「いくぜ」
「はい」
刹那、目にも止まらぬ速さで接近し合い、刀身が激しくぶつかり合う。
その瞬間、凄まじい衝撃波がビル街を駆け抜け、平らだった地面が大きく抉り取られる。さらに、その余波はかなり離れた場所にいるなのは達にも届くほど強烈だった。
「な・・・・・・何、今の!?」
「衝撃がこれほどまで大きいなんて・・・・・・!」
魔導師達は驚愕の表情を浮かべ、息を呑む。観戦者の反応など歯牙にもかけず、師弟はそのまま鍔迫り合いに移行したが、ユーノは自分の斬魄刀のサイズが不利であると瞬時に判断し、一護から素早く距離を取った。
「逃がすかッ!」
一護は瞬歩で一気にユーノに追いつこうとする。ユーノはそれを阻止すべく、魔法や鬼道を駆使して防戦に出た。
「チェーンバインド! 百歩欄干!」
だが、一護はそのすべてを斬月の一振りで粉々に砕いていく。拘束具が役目を果たす前に、彼の巨大な斬月がそれを霧散させた。
「ゆ、ユーノの拘束が通じてない!」
「しかも、あの大きな刀を片手で振り回して・・・・・・おまけに、あんな防ぎ方があったなんて・・・・・・」
一護の圧倒的な戦術に、六課のメンバーは呆然とした表情を浮かべる。
「そりゃ、仮にも一護はあいつの師匠みてーだからな。俺ら以上に何百、何千回とユーノの拘束技を食らって来たはずだ。反射レベルで対処できるんだろ」
恋次の推測に、シグナムも納得の表情を浮かべる。
「なるほど。スクライアの師だけあって、実力は折り紙付きか。伝説の死神代行という称号は努々(ゆめゆめ)大言壮語ではないようだ」
「すごい人なんですねー。一護さんって」
「当然! なんたって一護くんは、私の自慢の旦那さんだもん!」と、まるで自分のことのように織姫は誇らしげに胸を張る。
「おおおおおおおお!」
その後も一護の猛攻が続く。刀
「あれだけの豪剣を軽々と扱うだけでもすごいのに・・・・・・太刀筋がほとんど見えない!」
「でもどういうこと? ユーノ先生、さっきから全然攻撃が当たってない?!」
観戦しているなのは達は、一護の完璧な攻撃がどうしてユーノに届かないのか理解できず、戸惑いの色を浮かべる。
「確かに、黒崎の踏み込みもタイミングも完璧なはずだ。一体どうやって・・・・・・」
すると、シグナムが発した疑問に答えたのは吉良だった。
「簡単な話だよ。一護くんの攻撃が届くその瞬間、ユーノさんは瞬歩で攻撃が僅かに当たらない距離に後退しているんだ。それを繰り返して、常に高速で移動している」
吉良の説明に納得し、皆は一護とユーノの動きを改めて観察する。
「まぁしかし、一護殿はそれもわかったうえで攻撃を仕掛けているのでしょうな」
「つまり金ちゃん、あれって一種のスキンシップってこと?」
「どんなスキンシップだよ、それ・・・・・・」
浦太郎の発言に、鬼太郎は呆れながらもツッコミを入れた。だが、彼らの目には、戦いが単なる攻撃と回避を超えた、技術の応酬のように映っていた。
しばらくして、一護とユーノは一旦距離を置き、中空で静止しながら会話を交わす。
「ふーっ。やりますね。いつも思いますけど、そんな大刀毎回片手でぶんぶん振り回して疲れないんですか?」
「
(! そう言えばユーノ君・・・・・・)
一護の言葉を聞いて、なのははふと考え込んだ。それまで夢中で二人の戦いを見守っていたが、一護に指摘されて初めて、ユーノの戦い方にある特異性に気づく。激しい剣戟の最中に、ユーノは左手から右手へ、刀を瞬時に持ち替える動作を繰り返し、一護の間合いを乱し続けていた。
元々、ユーノは巧妙な戦術を駆使することが得意だったが、今回の戦闘ではその巧妙さがさらに際立っている。剣を交互に持ち替え、間合いを調整しつつ相手に気取られないようにする――その技術は、実際には極めて難しいものだ。況してや、一護のような熟練の戦士を相手に、手の内を悟らせずに間合いを自在に操ることは、普通なら不可能に近い。
(あんなに自然に刀を左右に持ち替えて、間合いを調整しながら戦うなんて・・・・・・)
なのはは、ユーノの卓越した技術に改めて感心した。ふと、剣を自在に扱う家族――剣術を修めた父親と、年の離れた兄、姉の技を思い出す。剣術の基本は体の軸を保ち、正確な動きで武器を操ることだ。
しかし、ユーノが行っているのはその基本をさらに超えたものだ。剣を左右に持ち替え、相手に気取られないように間合いを調整し続ける。これには相当な技術と集中力が必要であり、プロの剣術家でも一朝一夕に習得できるものではない。
(きっと、お父さんやお兄ちゃん、お姉ちゃんだって一筋縄じゃいかない。それをユーノ君が自然にやってのけるなんて・・・・・・)
なのはは、ユーノが戦いにおいてどれほど高度な戦術を駆使しているのかを理解した。それだけの技術を持ちながらも、一護と互角に渡り合っている姿にますます目を離せなくなる。
「ふっふー。一護さんと戦う以上、いろいろと策を巡らせませんと。僕は師匠と違って戦いの才能に恵まれていないものですから。っと・・・・・・ウォーミングアップはこれくらいにして、そろそろ本気で行かせてもらいますよ師匠」
次の瞬間――ユーノは軽口を叩きながら、瞬時に一護の間合いへと滑り込む。その動きはさっきよりもさらに速く、鋭い斬撃が一護を襲う。だが、一護も負けてはおらず、その斬撃を冷静に受けながら後退し、空中に霊子の足場を固めて体勢を立て直した。
しかし、ユーノはそれに留まらず、さらに力で一護を強引に押し込んでいく。戦術を駆使して翻弄していた先ほどとは全く異なる、純粋な力による攻撃。まるで一護を圧倒しようとするかのように、ユーノは力でねじ伏せる戦法に切り替えていた。
「これが才能に恵まれてない奴のする事かよ!」
険しい顔を浮かべながら、一護が皮肉を込めて言う。
「いやだなあ、こういう野暮ったいやり方は他でもない師匠が教えてくれたんじゃないです・・・か!」
その言葉と共に、ユーノは一護を訓練用のビルへと吹き飛ばした。ビルは次々とドミノ倒しのように崩壊していく。
「おぉ、マジか!」
「一護さんを腕力だけで吹っ飛ばしました!」
「なんつー出鱈目な・・・・・・」
六課メンバーは感心しながら呆然とする中、一護が埃にまみれながら立ち上がった。
「ってて・・・やりやがったな!」
土埃が立ち込める状況にもかかわらず、ユーノは一瞬の隙も見せずに再び一護へと飛びかかる。一護はその斬撃を冷静に受け止め、素早く上空へ跳び上がった。
ビルの屋上に着地すると、ユーノに狙いを定める。
次の刹那、斬月の巻き布を掴み取り、その巨大な剣をぐるぐると回し始めた。巻き起こる風圧が激しさを増し、周囲の空気を震わせる。
「な、何するつもりだよ、アイツ・・・?」
ヴィータが戦慄を覚えたその時、斬月が高速回転し、強烈な風圧と剣圧が場を支配した。そして一護は斬月をユーノに向かって投擲する。
「つらああああああ」
「っ・・・・・・!!」
斬月が空間をも
斬月の一振りが空間に裂け目を刻み込んだように、その衝撃は周囲のビルを次々と崩壊させていく。なのは達は、その圧倒的な破壊力に言葉を失い、ただ唖然と立ち尽くしていた。
「び、ビルが・・・・・・!」
「なんだよ、あの戦い方!? 無茶苦茶だぜ」
「剣士の流儀には反しているが・・・・・・あんな奇策は私でも思いつかんぞ」
ビルが崩壊していく中、二人は白煙から飛び出し、再び中空に飛び出した。互いに距離を取り、間合いを計り合っている。
「いやー。さすがに一護さん相手だと骨が折れますよー!」
「世事はよせよ。こそばゆくなるだろう」
「デッドリーダーツ・・・久しぶりに見ましたが、あれを真面に食らってたら、流石に危なかったなー」
「はっ。言うほどビビってなかったくせによ。けど、いいさ・・・・・・」
そう言うと、一護は不敵な笑みを浮かべながら、斬月をユーノに向けて突き出す。
「次は否が応でもビビらせてやるさ。よーく見てろよ、バカ弟子。こいつが師匠としてのプライドって奴だ!」
その言葉と同時に、一護の霊圧が一気に解放された。
「卍解!!」
忽然と霊圧の嵐が巻き起こり、激しい突風が周囲を吹き荒れる。やがて風が収まり、卍解した一護が姿を現す。
「天鎖斬月」
その姿を見たユーノは、一瞬息を呑み、刀を握る手が武者震いする。それでも口元に笑みを浮かべ、静かに
「・・・ブラックムーンライジング。それでこそ伝説の死神代行だ」
一方、なのは達もモニター越しにその光景を目の当たりにしていた。
「あれが、一護さんの卍解?」
「真っ黒な斬魄刀・・・?」
「恋次さんのとはずいぶん勝手が違いますね」
恋次の斬魄刀とは全く似て非なる、巨大とは対照的な矮小な刀の姿をしているにもかかわらず、圧倒的な存在感を放つ一護の卍解。
すると、六課メンバーは、周囲の空気が明らかにひりつき始めたことに気づいていた。
「なんだろう・・・・・・空気がやけにピリピリする感じ・・・・・・」
「気を付けろよ。あいつが無意識に垂れ流す霊圧に中てられてぶっ倒れねーよにな」と、恋次が真剣な表情で忠告する。
「いくぜ」
次次の瞬間、一護は卍解前とは桁違いのスピードでユーノに肉薄した。
二人の鍔迫り合いが再び始まるが、今度はユーノが一護の圧倒的な力に押し込まれ、抜け出せないでいた。
「えっ!」
「もうユーノに接近してるなんて・・・・・・!」
「それにしても、あんだけ馬鹿みたいに濃い霊圧を真正面から受けながら顔色ひとつ変えていない店長って・・・・・・バケモノか!?」
なのは達は尋常ならざる一護の速さに驚愕し、息を呑む。先ほどまで余裕で見えていたユーノの動きが、一護の卍解によって追いつけないものになっていた。
「一護さん、さっきとは比べ物にならないくらい動きが
「けどユーノのヤツ、あのスピードに普通に付いてってる!」
卍解後の一護は、まさに韋駄天の如く戦場を駆け巡っていた。最早常人がその初動を目で追うことさえ叶わないほどだ。だが、ユーノもまたその異次元のスピードに遅れることなく反応し、追いついている。魔導師としての知略と、剣技の巧みさ、そして優れた霊圧知覚能力を駆使して、一護の猛攻を受け流し、必死に食らいついていた。
通常、卍解した一護に始解のみでここまでついていける死神は、現役の隊長格死神でもそう多くはない。しかし、ユーノはそのスピードを読み切り、間一髪のタイミングで躱していた。
次の刹那。一護が斬月を振りかぶり、黒い月牙を放つ。
「月牙――天衝!!」
刀身から放たれる黒い光が凄まじい速度でユーノを襲う。ユーノは瞬時にそれを察知し、皮一枚で避けたが、その衝撃で後方のビルが次々と崩壊していく。卍解によってさらに破壊力を増した一護の攻撃に、ユーノも内心冷や汗を浮かべる。
「やれやれ。相変わらず末恐ろしい能力だ」
「言ってる場合かよ! どんどんいくぜ!」
一護は高速で戦場を駆け巡りながら、ユーノをじりじりと追い詰めていく。
だが、ユーノも負けじと食らいつき、まるで二つの流星が交錯するようなハイレベルな攻防が続いていた。その圧倒的なスピードと力に、六課メンバーは目を離すことができない。
「す・・・すごい! 凄すぎる!」
「卍解した黒崎のスピードは、真・ソニック時のテスタロッサ並。火力はブラスター発動時のなのは並。剣の技量に至っては――この私に匹敵するといっていいかもしれんな」
「いや、シグナム。それは違うよ」
その時、シグナム評価した横で、フェイトが静かに訂正する。
「悔しいけど、一護さんの方が私より速いです」
フェイトの言葉が響くのと同時に、ユーノがビルの中へと叩きつけられる。
「ぐあああああ!」
瓦礫の中に埋もれたユーノ。しかし、転んでもただでは起きない。立ち上がるや否や、すかさず鬼道を発動する。
「破道の五十七、大地転踊!」
本来は周囲の崩れた岩を利用して足場を構築するのだが、ユーノは崩れたビルの瓦礫を宙に浮かび上がらせ、それをすぐさま別の鬼道で追い風に乗せる。
「闐嵐!!」
巨大な瓦礫が突風に吹き飛ばされ、一護へと猛然と襲いかかる。
しかし、一護は動じず、斬月を素早く振るい、高速で飛来する岩塊を全て斬り落とす。
「馬鹿な・・・・・・! 全てを叩き斬っただと!?」
シグナムは信じられない剣技に息を呑むが、それを囮にユーノが一護に肉薄し、激しい剣戟が繰り広げられる。
二人のぶつかり合いから放たれる強大な霊圧が戦場を震わせ、周囲の六課メンバーは圧倒されていた。彼らの日常では見ることのない、異次元の戦いが目の前で展開されていた。
「月牙天衝!!!」
「輝け、晩翠!!」
月牙天衝と翡翠斬が激突し、一進一退の攻防が続く。そのハイレベルな戦いを前に、六課メンバーはただ呆然と立ち尽くす。
「最早私たちのついていける次元じゃない・・・」
「あぁ。悔しいとかっていう気持ちすら湧いてこねーよ」
「これが、伝説の死神代行と翡翠の魔導死神の戦いなんですね」
呆然とするメンバーの中、エリオがふと呟く。
「でも不思議です。ユーノ先生と一護さん、すごく活き活きしてるというか・・・・・・心から楽しんでる気がします」
その言葉に、なのはも同じ感覚を抱きながら二人の戦いを見つめる。だが、同時に胸の奥が鋭く
(エリオの言う通りだ・・・・・・ユーノ君、一護さんとあんなに楽しそうに戦ってる・・・・・・だけど、どうしてだろう。胸の奥がチクりとするのは・・・・・・こんなに近くにいるのに、ユーノ君を遠くに感じる・・・・・・)
なのはは、自覚のないままに一護に対して僅かな嫉妬を覚えていた。そして、自分の知らないユーノの一面を見るたびに、心の奥底で微かな痛みが広がり、寂しさが募っていく。
*
次元空間 時空管理局本局 公共広場
「ん~・・・・・・七緒ちゃん、意外とこれ美味しいね。」
「そ、そうですね・・・・・・」
「気に入ってくださって何よりですわ♪」
予想外にリンディ茶は、京楽の舌に合ったらしく、思いがけない高評価にリンディは上機嫌となる。しかし、七緒の反応はいまひとつのようで、はやてやクロノと共に微苦笑を浮かべる。
「あ、そうだ七緒ちゃん。リンディさん、どこかで聞いたことある声だなーって思ったんだけど・・・・・・亡くなった卯ノ花前隊長って、確かこんな声だったよね」
「え・・・・・・あぁ、そうですね。確かに、前四番隊の卯ノ花さんの声はリンディさんとよく似ていらっしゃるかと」
「あら、そうなんですか。ご健在であれば、是非その卯ノ花さんという方ともお会いしたかったものですね」
茶の香りが漂う中、軽口が交わされる穏やかなひととき。しかし、その裏で、はやてとクロノは視線を交わし、密かに念話で思考を巡らせていた。
(なんや思っとったよりも話しやすい人で良かったー。せやけど、まさかリンディ茶を気に入ってくれるとは予想外や)
(しかし何にせよ、下手な衝突は避けるに越した事は無い。僕の見立てが正しければ、この京楽さん・・・・・・かなりのやり手だろう。談話と称したこの場を使って、どんな駆け引きを持ち出すかわからない)
クロノが百戦錬磨の死神である京楽の鋭さに気づくと同時に、京楽もまたクロノに目を向け、不敵な笑みを浮かべながら問いかける。
「そうあまり警戒しないでも大丈夫だ。ボクは別段この場を使って君らと駆け引きするつもりは毛頭ないさ」
「! な・・・・・・っ」
自分の心が読まれたかのような
「クロノ提督、だっけ? スクライアクンからは話は聞いていたが、キミは自分が思ってる以上に思考が表に出やすいタイプのようだ。相手がボクでよかったけど、真面な駆け引きするなら、もう少しポーカフェイスを鍛えようね。そこの彼女みたく」
「・・・・・・はい、ご指摘ありがとうございます」
「うぅ・・・・・・ひどいですわ、京楽さん、私ってそんなに狸面ですかぁ?」
京楽の言葉に、はやてはぎこちなく微笑んだが、その内心では小さな動揺が渦巻いていた。駆け引きに長けた顔だと称賛された一方で、「人を化かすのが得意」と暗に言われたことが、意外にも心に波紋を広げたのだ。京楽にそのように見られていることに戸惑いつつも、表面上は平静を装って返答をする。
「ははは、何もそこまで言うつもりはないよ。若い子にしては、いろいろ苦労を抱えているんだなー、ってことは何となく察しが付くさ」
京楽は、はやての反応に気づいているのかいないのか、茶請けの
「とはいえ、八神クン然りクロノ提督然り、まだまだ青い。スクライアクンほどになれば話は別だけど・・・・・・まぁ、あれはあれでなかなかに恐ろしい生き物ではあるがね」
ユーノを思い返し、肝を冷やす京楽の様子に、はやて達は訝しげな表情を浮かべる。すると、不意に京楽がはやてに問いかけた。
「八神クン、率直に尋ねたいことがあるんだ」
「はい、何ですか?」
「君はスクライアクンをどう見てる?」
「? どう・・・・・・とは?」
「難しい質問じゃない。君にとってスクライアクンは、昔ながらの親しい友人か、それとも翡翠の魔導死神と言う名の人間兵器か――ってことさ」
京楽の言葉に、はやては一瞬ぞっとし、表情が強張った。それに気づいた周囲も、はやてに続くように微かな動揺が広がる。クロノは眉を顰め、リンディも視線をさりげなく京楽に向け、何かを読み取ろうとする。場に漂う緊張感を察したはやては、すぐに笑みを取り繕い、努めて平静を装って答えた。
「・・・・・・何をおっしゃるのかと思えば。“歩くロストロギア”と言われる私ならともかく、彼を人間兵器だと思った事は一度もありませんし、これからもそう思うことはありません。たとえどれだけ凄い力を手に入れたとしても、私たちは彼を――大切な幼馴染で友だちのユーノくんを、そんな風に思ったりなんかしません。まして、その彼を利用したりするつもりも」
凛とした眼差しで答えるはやてに、京楽は一瞬彼女をじっと凝視した。まるでその真意を見極めようとするかのように。その後、満足げに微笑み、ゆっくりと頷いた。
「ならいいんだ。いやー、変なこと聞いてすまなかったよ」
「ですが総隊長、何故あのようなことを藪から棒に
七緒が不思議そうに問い質す。京楽は一呼吸置き、重々しい口調で語り始めた。
「これはボクの老婆心なんだ。まぁ、君たちの
すると京楽は、ゆっくりと、その威厳ある声で続けた。
「死神代行・黒崎一護とその愛弟子を決して敵に回さないことだ」
決して荒立てた声ではなかったが、確かな圧力が含まれており、はやて達はその瞬間、全身に冷たい風が吹き抜けるような感覚に襲われた。
宛ら、静かに迫り来る嵐の前兆――声が荒れ狂わなくとも、圧倒的な自然災害の脅威を肌で感じ取るかのようだった。京楽の言葉は、穏やかな口調のまま、しかし確実にその場にいる全員の心に重くのしかかる。
はやてもクロノも、雷鳴が遠くから聞こえたかの如く一瞬身を固くし、言葉を飲み込んだ。彼らは今、目の前にいる京楽がまるで自然そのもの、どれだけ人間の力を尽くしても逆らうことのできない、底知れない力を秘めていることを改めて実感した。
「そ、それは・・・・・・どういう意味でしょうか?」
額に汗を浮かべ、リンディが恐る恐る尋ねる。はやてとクロノも息が詰まりそうになりながら、京楽の言葉に耳を傾けるしかなかった。
「既に君たちは、目の当たりにしている筈だよ。翡翠の魔導死神であるスクライアクンの、常軌を逸した能力の数々を。それをあそこまで鍛えあげた一護クンの実力はボク達がよーく知ってる。ゆえにあの二人は組織の枠には収まらない。言い換えれば、あの二人が牙を剥けば――君たちはあっという間に食われるんだ」
京楽の言葉を聞いた瞬間、はやて達の背筋に冷たいものが走った。まるで身の毛がよだつかのような恐ろしい現実を突きつけられ、心の底からぞっとする感覚が広がる。彼らが何かを言い返す間もなく、その重い現実が場を支配していた。
「まぁ、曲がりなりにも僕も組織の長たる者。君らの事情も解らんでもない。だけどね・・・・・・あの二人をコントロールしようなんて考えるな。我が身とこの世界のことを憂うなら」
「ならば、京楽さん方・・・
クロノが強張った顔で間髪を入れず尋ねる。その問いに、京楽はゆっくりと首を縦に振りながら答えた。
「ボクら死神は、彼に計り知れない恩義がある。その恩人の意志を尊重せず、一方的にボクらの都合で振り回す、なんて下種なマネしたらどうなるか・・・・・・ボクだって、出来る事なら彼との衝突は避けたいんだ」
京楽にとって黒崎一護とは、ただの戦士でも同僚でもなく、戦場で何度も共に死線を越えてきた恩人、そして信頼すべき仲間だった。だからこそ、彼を軽んじたり、利用したりすることなど決して許されない。
その思いは、言葉の裏に隠された重い決断としてはやて達にも伝わった。京楽は穏やかに話しているように見えたが、その一言一言に込められた警告は、まるで嵐の前触れのように重々しく響く。京楽は一護を恐れているわけではない。その背後にある、信頼と絆を壊すことへの畏怖が、彼の声に滲んでいたのだ。
はやてとクロノも、その言葉の真意を受け止めざるを得なかった。単なる忠告ではない、長い歴史を持つ死神達が、
*
第1管理世界「ミッドチルダ」
機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 食堂ホール
凄絶を極めた模擬戦を終えた後、一護とユーノは食堂で向かい合いながら食事を摂っていた。激闘の余韻がまだ体に残っている筈だが、二人の表情はどこか楽しげで、まるで先ほどの戦いが嘘だったかのようだ。
「結局タイムオーバーで引き分けですか」
「もうちょっとだったんだけどなー」
「それにしても一護さん、少しは手加減してもいいじゃないですか?」
「何言ってやがるんだ。お前こそガンガン鬼道とか魔法とか使うなよ。こちとら剣しか扱ねーんだからな」
「自慢のつもりですか? だったら剣以外で戦えばいいじゃないですか。あ、でも一護さんって昔から鬼道の才能無かったんですよね・・・すみません! すっかり失念していました♪」
「鼻の穴にスパゲティ今すぐ突っ込んでヤロウかテメー!」
和気藹々と軽口が飛び交う中、六課メンバーは遠目にユーノ達を見つめながら、それぞれ所感を漏らす。
「あれだけ激しく戦っていながら、二人ともケロッとしてる」
「信じられないスタミナね。どうなってるのかしら」
「ま。あの二人はぶっちゃけ、俺らより霊力が高いしな。スタミナが高いのは自然の道理だろ」
「え。スタミナが高いのと霊力が高いのって、因果関係があるんですか?」
スバルの疑問に、吉良と恋次が順番に答える。
「人間の体には、精神エネルギーである“
「考えてもみろよ。霊力ってのは、要は生命力の中でも突出したエネルギーだ。死神は霊力を操って戦う戦闘の
「言われてみれば、確かに・・・・・・」
魔導師達が感心している中、なのはだけが神妙な顔をしている。それに気づいたフェイトが心配そうに声をかける。
「なのは? どうかしたの?」
「え・・・・・・あ、うんうん、なんでもないよ!」
咄嗟に笑って誤魔化すが、なのはは内心穏やかではなかった。
(あんなに楽しそうなユーノ君はじめて見た。ユーノ君にとって一護さんはやっぱり特別な人なんだな。だけど、どうしてだろう・・・・・・ユーノ君が笑っているのに、なんか・・・・・・素直に喜べない)
すると、なのはの複雑な心境に気づいた織姫が、優しく声をかける。
「なのはさん――」
「は、はい!」
不意に呼びかけられ、驚きながらも織姫の方を向くなのは。
「えっと・・・なんですか、織姫さん」
「この後なんですが、ちょっとだけ私と付き合ってもらえますか?」
*
同時刻、ミッド市街地――。
時空を超えて、どこからともなく飛来したアンゴルモアは、ある強い願いを感じ取り、その源へと飛んでいく。
「あ~あ。ほんと無いわー」
女は歩きながら、深い溜息を吐いた。婚活に疲れを感じ始めているものの、妥協する気は全くなかった。
「なし・・・・・・あの人もなし・・・・・・」
通りすがりの男性をちらちらと見ながら、心の中で次々と不合格の烙印を押していく。
「あー惜しいなぁ・・・・・・顔はいいんだけど、身長がねぇ」
一瞬だけ立ち止まり、溜息を吐きつつ目の前の男性を観察するが、すぐに落胆と共に再び歩き出す。
「あーあ、どこかにいいメンズ落ちてないかしら・・・・・・」
女は空を見上げながら、吐き捨てるように呟いた。皮肉が混じったその言葉には、どこか現実を受け入れられない苛立ちが滲んでいた。まるで完璧な相手が空から降ってくるのを待っているかのように、根拠のない希望を抱き続けている自分に気づかぬまま。
彼女はミッド在住の独身女性。理想を追い求めるあまり、婚期を逃してしまったが、それでも諦めきれず、今や婚活に必死だ。理想の相手を追い求めては、そのたびに「違う」と切り捨て、どれほど時間が過ぎても何の成果も得られない。街中で幸せそうなカップルを見るたびに、彼女の心には嫉妬が次々と湧き上がる。
(マジでムカつく! どうして私が未だ独身なの? どうして誰も私の魅力に気付いてくれないのよ!!)
胸の中で渦巻く感情がますます激しさを増していく。自分こそが手に入れるべき幸福を他人が享受している、その理不尽さが許せなかった。
(もうイヤ・・・・・・私の魅力に気付かない人間は全員・・・・・・いっそ地獄に堕ちればいいんだわ!!)
嫉妬が憎悪へと変わり、彼女の心はどす黒い欲望で満たされていく。周囲の幸せを憎む気持ちが高まったその瞬間、どこからともなくアンゴルモアが飛来し、彼女の内なる願望に反応した。
強烈な負の感情を感じ取ったアンゴルモアは、彼女の願いを具現化すべく、静かに彼女と融合する。
やがて、彼女の身勝手な欲望が、ついに現実となり始めた。
*
同時刻――
機動六課隊舎 某所
昼休み、織姫はなのはを別の場所へ呼び出していた。何も知らされていないなのはは、戸惑いながら織姫に問いかける。
「あの、織姫さん?」
「なのはさん。忙しいのにすみません。実はちょっといくつか聞きたいことがあって」
「聞きたいこと・・・・・・ですか?」
「なのはさんは確か、戦技教導官でしたよね? その立場から見て、今日の一護くんのこと、どう感じましたか?」
突然の質問に、なのはは少し考えてから答える。
「えっと、そうですね・・・・・・ユーノ君のお師匠さんだけあって、すごく戦い慣れてしてる感じでした。歴戦の勇士って言うんでしょうか。あのユーノ君のバインドをいとも容易く断ち切ったり、自分の武技を最大限に活かしてるところとか・・・・・・もし私が逆の立場だったら、果たして勝てるかどうかわからないです。それぐらい強かったですよ」
「そうですか。わかりました」
織姫は静かに頷くと、一瞬ためらいを見せた後、もう一つ質問を続けた。
「じゃあ、もう一つだけ質問させてください。最初に断っておきますが、これから聞くのは私の個人の見解に基づいたものですから、なのはさんにはどうか忌憚なく、正直に答えてくれませんか?」
「正直にって・・・・・・何をですか?」
「なのはさん・・・・・・あなたは、一護くんに嫉妬してませんか?」
その瞬間、なのはの思考が凍りつく。予想だにしなかった質問に、動揺が隠せなかった。
「え。」
織姫は茫然自失と化すなのはの様子をじっと見つめながら、さらに言葉を続ける。
「なのはさん、さっきの食事中、ずっとユーノさんと一護くんが話してる方を見てましたよね。そのときのあなたの顔は、とても寂しそうだった。だからピンと来たんです。なのはさんは魔法の先生であり、家族であり、恋人であるユーノさんが自分以上に親しく接している一護くんという存在に、脅威を感じているじゃないかって」
「っ!!」
図星だった。織姫に見透かされた瞬間、なのはは震える声でようやく口を開く。
「・・・羨ましかったんです・・・一護さんが・・・」
なのはは、胸の奥に閉じ込めていた感情を少しずつ言葉にしていく。
「・・・私の方がユーノ君とはずっと前から一緒にいるはずなのに・・・私の方がずっと長い時間ユーノ君と過ごしてきたはずなのに・・・でも、一護さんと一緒にいるときのユーノ君は、私といるよりも、ずっと嬉しそうで・・・楽しそうで・・・ユーノ君が楽しそうにしているのは、私にとっても嬉しいはずなのに・・・」
「・・・・・・」
織姫は黙ってなのはの言葉を聞き続けている。なのはは、言葉に詰まりながらも、心の中の葛藤を口にする。
「・・・なのに・・・なのにわたし・・・一護さんを妬んでる・・・」
気づきたくなかった感情が溢れ出し、やがて涙がぽろぽろと頬を伝い始める。
「一護さんは本当にすごい人です。強くて・・・頼りがいがあって・・・・・・ユーノ君と強い絆で結ばれていて・・・・・・それが誰にでもわかるくらい・・・それはとても素敵なことなのに・・・なんで、わたしこんな・・・」
なのはの涙は止まらず、声も次第に掠れていく。胸の中に溜め込んでいた思いが次々と堰を切ったかのように溢れ出す。
「たった四年しか違わないのに・・・たったそれだけの間に、ユーノ君との距離がこんなにも離れてしまったような気がして・・・やだわたし・・・子どもみたい・・・いやらしいです・・・」
なのはの言葉に耳を傾ける織姫は、かつてルキアに対して同じように嫉妬を抱いていた自分の姿を思い出し、なのはに重ね合わせる。
やがて、織姫は優しくなのはを抱きしめた。かつて松本乱菊がしてくれたように、温かな抱擁で彼女を包む。
「・・・織・・・姫・・・・・・さん・・・?」
突然の抱擁に戸惑うなのはに、織姫は優しい声で語りかける。
「・・・それは違いますよ。そのままでいいんですよ・・・あなたはあなたでいて」
「え」
織姫は優しく微笑みながら、なのはの瞳を見つめる。
「たしかに、一護くんとユーノさんが師弟の絆で結ばれているのは事実かもしれない。それを見て羨むなのはさんの気持ちも分かります。でも、妬いちゃダメだなんて思わなくていいんです。それがカッコ悪いなんて私はちっとも思いません。あなたはそうやって自分の重いところをちゃんと受け止めようとしてるんです」
きょとんとするなのはに、織姫はさらに優しく語りかける。
「知ってますか? そういうのは逃げ回って相手にぶつけた方がどれだけ楽か。逃げずに受け止めようとしてるだけなんです」
織姫は、なのはの手をそっと握りながら最後に言葉を添える。
「あなたはとても素敵です。なのはさん。そんなあなただから、ユーノさんも好きになったんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、なのはの涙はさらに溢れ、抑えきれなくなった。なのはは織姫の胸に顔を埋めて、涙が止まらないまま彼女に抱きついた。
*
ミッドチルダ市街地。
あるカップルが手を繋いで、街中を楽しげにデートしていた。
「この先にめっちゃ映える喫茶店があるんだってー!」
「いいねー、行こう行こう」
しかし、そのとき――
「・・・・・・ん?」
「何か・・・・・・暗くない?」
突如、辺りが薄暗くなり、カップルは不審に思いながら後ろを振り返った。
その瞬間――目に飛び込んできたのは、この世のものとは思えない悍ましい姿をした怪物だった。
「「うわああああああああああ」」
悲鳴を上げ、彼らは一目散に逃げ出した。
*
機動六課隊舎 総合司令室
隊舎の隅々まで、アンゴルモア発見を告げる警報が鳴り響いていた。六課前線メンバーが大急ぎで司令室に集まり、状況を確認する。
「監視システムが巨大不明生物をキャッチ! 反応からして、AM-05と見てまず間違いありません!」
「アンゴルモアがミッドに!?」
「どこからか流れ着いたのかもしれん」
そのとき、本局で京楽と会談中のはやてから映像通信が入った。
『前線メンバー、全員揃っとるか?』
「「「「「はい!」」」」」
『おし、ほんなら――機動六課、緊急出動や!』
はやての号令を受け、メンバーは一斉に司令室を飛び出した。
すると直前、なのはの目が赤く充血していることに気づいたユーノが、心配そうに声をかける。
「なのは、目元が赤いけど・・・・・・大丈夫?」
「あ・・・う、うん! 平気だよ! ちょっとゴミが入って、こすっちゃったの!」
ユーノに本心を知られるわけにはいかなかった。なのはは必死に取り繕い、すぐに持ち場へ向かったが、ユーノは彼女を心配そうに見つめていた。
「心配なら、ついてけばいいだろう」
案の定。見かねて一護が声をかける。
「だいじょうぶですよ――僕はなのはを信じていますから」
その言葉を聞くや、一護、織姫、コンは顔を見合わせ、乙女心をまるで理解していないユーノに溜息を吐いた。
「ったく・・・・・・。とんだ朴念仁だぜ」
「え? 僕、無口でも不愛想でもありませんけど」
「いや・・・・・・そういう意味じゃねーんだけどな・・・・・・」
日本語の辞書的な意味で捉えるユーノと、派生的な意味で使った一護達との間に、微妙なギャップが生じるのだった。
*
ミッドチルダ都市部 B地区
現場は騒然としていた。
人魚をベースに、猫・犬・土竜の六本腕、背中に
『オーッホホホ!! どいつもこいつも!! 幸せそうな顔しちゃって!! あたしだってあんた達みたいに幸せになりたいってのに・・・・・・なんで・・・・・・あたしは幸せになれないのよ!!!』
怒り狂うAM-05は、手当たり次第に周囲を破壊し始めた。ビルや車が次々に倒壊し、破片が散らばる中、突如砲撃と銃撃、さらに鬼道がAM-05にヒットした。
『
怒りの矛先を到着したなのは達に向ける怪物。しかし、なのは達は怯まず毅然とした眼差しで敵を見据える。
「管理局機動六課です。今すぐ破壊活動をやめなさい」
「言うこときかねーともっと痛い目みることになるぜババア」
『ば・・・ババア!!? あたしはまだ二十代よ!!』
恋次の不用意な発言に逆上したAM-05が、毒を帯びた長髪を触手のように伸ばし、恋次達に襲いかかる。素早く回避したメンバーは距離を取り、敵の能力を冷静に分析する。
「恋次さん、不用意な発言で敵を刺激しちゃダメですよ」
「悪かったよ! つーか、あの攻撃が当たった場所見ろ。溶けてんぞ!」
アスファルトがぐずぐずに溶解している光景を目にし、メンバー全員がぞっとした。
「毒・・・ですか?」
「それもかなりタチの悪い感じ」
「厄介な相手だ。皆、油断せずに行こう」
全員が一層の緊張感をもって構え直す。その様子に苛立ちを抱いたAM-05は、狂気じみた声で叫ぶ。
『アンタたちがどこの誰かは知らないけど・・・・・・あたしの邪魔するって言うなら、容赦しないわ。全員まとめて毒してあげる!!!』
参照・参考文献
原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 18巻』 (集英社・1997)
教えて、ユーノ先生!
ユ「今日は織姫さんの能力についてだ♪」
「織姫さんの能力は『舜盾六花』。ヘアピンを媒体としてそれぞれ花の名を冠した妖精のような存在を呼び出して盾を作り、事象を拒絶する稀有な霊能力だ」
「その術を構成するメンバーは、『火無菊』『梅厳』『リリィ』『あやめ』『舜桜』『椿鬼』。この六人を総じて舜盾六花と呼ぶ」
「防御術に始まり、治癒術、攻撃と用途に分けて六花を操る。とりわけ、治癒術である『双天帰盾』は盾で覆った対象の身に起きた自称そのものを拒絶し元の状態に復元することが出来る。ゆえに、神の領域を犯す力とも言われ藍染惣右介からも一目置かれた」
織「えへへ♪ なんか、こうして改めて紹介されると何だか照れますな~♪」
ユ「でも実際織姫さんにはすごくお世話になってます。昔は一護さんとの修行でぼろぼろになった僕を毎日のように直してくれました」
織「あの頃の日々がなんだか懐かしいですねー。あーあ、最近はみんな強くなっちゃったら私が直してあげられる機会が少なくてなんか寂しいなー。あ、そうだ! 機動六課の子たちは模擬戦とかでしょっちゅうケガとかしそうですし。仕事が休みの時はいつでも駆けつけますよ!」
ユ「それはとてもありがたいのですが・・・・・・あんまり気過ぎると、うちの主治医が嫉妬しちゃうと思いますよ」
シャマルの立場がなくなる事を考慮し、ユーノも遠慮がちに織姫にやんわりと自重する様に促すのだった。
魔導師図鑑ハイパー!
機動六課に遊びに来た一護だったが、彼は今――厄介な事態に陥っていた。
一「・・・・・・・・・」
苦悶の表情を浮かべながら、目を輝かせてレヴァンティンを握りしめるシグナムと相対する。
シ「黒崎一護。私は機動六課ライトニング隊副隊長のシグナム。先ほどのスクライアとの立ち合い観覧させてもらった。実に素晴らしい剣戟だった」
一「あぁ・・・・・・そりゃどうも。で、なんであんたはなんでそんなギラギラした目で俺を見てるんだ?」
何となく、長年の勘とユーノから聞かされている事前情報からこの後の展開を予知する中、シグナムは意気揚々と宣言する。
シ「どうだろう? 良ければ私とも一戦交えようぞ! 剣士として、強者と戦える事こそ至高の喜び!! さぁ、私と共に参ろう!!」
一「あ、いや・・・気持ちは嬉しんだけどよ・・・俺もちょうどユーノとやりあったばかりだし・・・・・・疲れてるんだよな」
予想以上の戦闘狂ぶりを発揮され激しく困惑する一護。引き攣った顔を浮かべながら、シグナムの熱から離れるようにゆっくりと後退する。
一(純粋っつーかな・・・剣八に比べれば可愛い方だとは思うが、やっぱこういうノリはツイてけねーぜ)
と、そのとき。不意に肩を掴まれる感触を覚える。
一「え?」
呆気にとられた声を出して振り返ると、そこにはシグナムと同様に目をギラギラと輝かせているフェイトがバルディッシュ片手に立っていた。
フェ「一護さん。是非とも私ともやりませんか?」
一(えぇぇぇ・・・――! おまえもかよぉぉ――!)
外見の大人しさとは裏腹に、隠れバトルマニアのフェイトに目を付けられた一護。
前門のシグナム。後門のフェイト。
まさに、彼の逃げ場はどこにもありはしないのだ。