ユーノ・スクライア外伝   作:重要大事

34 / 50
第34話「()てつく(いなな)き」

むかしむかし――あるところに、灰色の体をした、優しいドラゴンがいました。

そのドラゴンには、たくさんの仲間がいました。みんなで楽しく空を飛んだり、山や海を巡ったりしていました。

そして、ドラゴンは人間のことが大好きでした。いつも見守り、時には助け、人間たちと友だちになったのです。

人間がいろんなことを知って、どんどん成長していくのを、ドラゴンはとても喜んでいました。そうして、ドラゴンたちと人間たちは仲良く暮らしていたのです。

 

けれど、時が経つにつれて、人間はどんどん増えていきました。

やがて、広い土地を求めてドラゴンとは違う場所に住むようになり、いつしかドラゴンのことを忘れてしまいました。

 

時がさらに流れ、ドラゴンたちと人間は再び出会いました。

ところが――人間たちは、突然ドラゴンたちに襲い掛かったのです。昔、一緒に遊んでいた友だちだということを忘れて、ドラゴンを「恐ろしい化け物だ!」と言い放ったのです。

ドラゴンたちは、その言葉を聞いても、かつての友情を思い出していました。だから、戦うことはせず、一匹、また一匹と倒れていったのです。

 

最後に残ったのは、灰色の体を持つ、彼女だけでした。

仲間も、友だちも失ってしまった彼女は、心の奥深くまで悲しみに包まれました。彼女は、仲間を探して、広い世界をさまよい続けました。

 

何年も、何百年も、何千年も――

彼女の命が尽きてしまったことにも気づかないまま、ずっとずっと仲間を探し続けました。やがて、彼女は骨となり、魂だけの存在になっても、それでも止まらず、何万年もさまよい続けました。

 

そして、忘れ去られたその先に残ったのは、深い悲しみ。

その悲しみは、未来永劫続き、時の流れも、空間さえも越えていくのでした――

 

           ≡

 

新暦079年 7月5日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 エントランス

 

「キュク~・・・」

その日の朝、キャロの使役竜フリードは、普段とはまるで別の生き物のような様子だった。白銀の体は小さく丸まり、キャロの手の中で深く身を縮めている。いつもなら元気に飛び回り、キャロに甘えるフリードが、今は怯えた様子で彼女の手にしがみついていた。

「今朝からフリードの様子が変なんです」

キャロは小さく、しかし真剣な声で仲間達に訴えかけた。彼女の腕の中でフリードは固まったまま動かず、怯えに包まれているのが明らかだった。

「フリード、どうしたの?」

「具合悪いのか?」

仲間達が次々に声をかけるが、フリードは誰にも反応せず、キャロの腕の中でさらに小さくなり、震え続けている。彼の半開きの目は、焦点が定まらず遠くを見つめているようだった。

「どうしちゃったのかしら・・・・・・?」

仲間達が不審そうに見守る中、キャロは悲痛な表情でフリードの頭にそっと手を添えたが、彼を安心させるどころか、フリードはさらに身を縮こませ、怯えるように反応するだけだった。フリードの震えは止まらず、彼の不安が全身から伝わってくるように感じられた。

「ご飯にもほとんど手をつけなくて、ずっとこうして震えてるんです・・・・・・」

「まさか、病気とか?」

スバルが尋ねると、場が一瞬静まり、不安が周囲に広がった。体の異常であれば対処法を考えられるが、今回のフリードの様子には、誰も確かな対処法を見出せず、漠然とした焦燥感が漂い始めていた。

「さっきシャマル先生の所に見せに行きました。でも・・・・・・体には特に異常はないそうで、どっちかって言うと心の問題に近いって」

キャロの声は弱々しく、不安が(にじ)んでいた。彼女の腕の中で縮こまるフリードは、彼女に(すが)るように小さく丸まっていた。

「へぇー。ドラゴンにも精神疾患みたいなものがあんのか」

恋次の言葉に、鬼太郎が皮肉交じりに笑った。

「ガサツな恋次には縁のない話だな」

「う、ウルセーよ! オメーだって俺と大した変わらねーだろ!」

軽口が交わされる中でも、フリードは依然としてキャロの腕の中で小さく丸まり、震えが止まる気配はなかった。その小さな体にしがみつく不安は、まるで何か巨大な影に怖じ恐れているかのようだった。

キャロはそんなフリードをじっと見つめる。彼の瞳の奥には、言葉にできないほどの憂懼(ゆうく)が潜んでいることを感じ取った。何か、得体の知れない存在。フリード自身もそれが何であるかはっきりとはわかっていないのだろう。ただ、彼の夢の中に現れたそれは、自分よりも遥かに強大な力を持ち、影のように脳裏に焼き付いて離れない。

そして今もなお、その影がフリードを覆い尽くし、震えを引き起こしているのだ。彼が見た夢の中で、巨大な竜の姿はいつまでもぼんやりと霞んでいた――しかし、その恐怖だけは消え去ることなく、彼の全身に染み込んでいた。

 

廊下を歩きながら、キャロとエリオはフリードのことを心配し、話し合っていた。

「エリオくん・・・・・・フリード、何かに怖がってるのかな?」

「わからない。ただ、フリードぐらいのドラゴンが怖がる相手って、真竜くらいじゃないかな。ヴォルテールみたいな・・・・・・」

「うん、私もそう思う・・・・・・」

フリードは、竜の中でもまだ若齢に位置する存在だった。そんな彼が怯えるとなれば、ヴォルテールのような強大な真竜クラスの相手でなければ考えにくい。キャロは、何か得体の知れない恐怖が彼を捉えているのではないかという思いが、胸の内に広がっていた。

そんな会話を交わしていた時、通りかかったユーノが声をかけてきた。

「二人とも、ちょっといいかな?」

「ユーノ先生」

「僕たちに用事ですか?」

「うん。実は二人に折り入って相談が・・・・・・あれ?」

すると、話の途中でユーノは、キャロの腕の中で小刻みに震えるフリードの異変に気づいた。

「フリード、どうかしたのかい?」

「今朝からずっとこんな調子なんです。シャマル先生にも診てもらったんですが、心因性の病気に似た症状じゃないかって?」

ユーノは話を聞きながら、口元で「心因性の病気ね・・・・・・」と呟くと、しばらくフリードを観察した。そしてすぐに二人を促した。

「とりあえず、僕の部屋まで来てもらってもいいかな?」

フリードの状態を気にかけながら、ユーノはキャロとエリオを自室へ誘導した。

 

           *

 

同隊舎内 アドバイザー室

 

キャロとエリオを部屋に案内すると、ユーノは静かに口を開いた。

「新たなアンゴルモア反応をキャッチしたんだけど、その場所が・・・・・・ここなんだ」

そう言いながら、ユーノはモニター画面を指差した。表示された映像を見た瞬間、二人の表情が驚愕に変わる。

「ここって・・・・・・」

「スプールス、ですか!?」

エリオが驚いた様子で声を上げる。ユーノはゆっくりと頷きながら、説明を続けた。

「第61管理世界『スプールス』において、アンゴルモア反応を捉えた。二人は自然保護隊としてここで四年勤務していた経緯がある。だから、今回は君たちに先行調査を頼みたいと思うんだ。二人以上にここの風土や生態系に詳しい人物はいないからね」

ユーノが自分たちを選んだ理由を聞き、二人はすぐに合点がいった。

「なるほど。そういうことでしたか」

「現地の自然保護隊の人たちには事情は説明している。まぁ、二人にとっては古巣に戻るみたいな感じにはなるが、協力して事に当たってほしいんだ」

「了解です!」

「全力で承ります!」

エリオとキャロは意気揚々と声を上げるが、キャロの腕の中にいるフリードは、微かに震えながら弱々しい鳴き声を漏らした。

「キュク~・・・・・・」

その声には、ただの怯えとは異なる、どこか切迫したものが孕んでいた。今向かおうとしている場所に、彼が夢で見た強大な存在が潜んでいることを知っているかのように、フリードはさらに体を縮める。

「フリード?」

キャロはその様子を見つめながら、彼の不安が伝わってくるのを感じ、そっと彼を抱きしめたが、その震えは止まらなかった。

 

           *

 

第61管理世界「スプールス」

自然保護区画

 

エリオとキャロ、そしてフリードは久方ぶりとなるスプールスの大地に降り立った。

降り注ぐ陽光の下、彼らの目に広がるのは、果てしなく続く原生林と、その中に生きる無数の希少な生物たちの気配。ここスプールスは、まさに自然の楽園と呼ぶにふさわしい場所だ。

「ん~! この空気、すっごく久しぶり~!」

キャロは深呼吸し、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。その息には、都会では決して味わえない瑞々(みずみず)しさと、生命の息吹そのものが混ざり合っていた。

「たった数か月離れていただけなのに、なんだかすごく懐かしい感じがする。普段都会にいると忘れるけど、ここには緑がほんとにいっぱいだ」

エリオもまた、しみじみとした表情で広大な森を眺める。

豊かな森林は、恰も永遠に続く時間の中で成長し、そこに生きる動物たちの営みと共に一つの生態系を築き上げている。山々に風が走り、葉と葉が擦れ合う音が耳に優しく響く。その音は自然の調べそのものであり、時の流れを忘れさせるほど静寂でありながらも、豊かな生命力に満ちていた。

ここは、人の手がほとんど及んでいない。希少生物たちが悠然と生息するこの地では、開発は厳しく制限されている。そのため、スプールスの自然は生物学的な宝庫でありながら、同時に狩りの標的となる密猟者たちが絶えず暗躍する問題も抱えていた。

「エリオー! キャロー!」

その時だった。一台の車が走り寄り、窓から顔を出したのは現地スタッフのタントとミラだった。

「あぁ! タントさん!! ミラさん!!」

「お久しぶりです!!」

エリオとキャロは、懐かしい顔ぶれを見つけると駆け足で近づき、再会を喜び合った。

「二人とも元気そうだな! エリオ、また背伸びただろ!」

タントが感慨深げに笑いながら声をかけると、エリオは少し照れ臭そうに「成長期ですから」と、返事をする。

「キャロ、ちょっと見ないうちに女の子らしくなったね」

ミラはキャロを見て、微笑みながら優しい声で言った。

「フリードも元気だったか?」

タントがキャロの腕に抱かれているフリードに目をやる。その声に反応して、フリードはか細く「キュク・・・・・・」と鳴いた。

「ん? なんだか元気がないみたいね?」

ミラが気遣わしげに近づき、フリードの様子を覗き込む。

「すみません、この子ったら今朝からずっとこんな感じで・・・・・・」

キャロはフリードの体をそっと撫でながら、心配を隠しきれない声で言った。

「そうか・・・・・・もしかしたら、俺らには分からない何かを敏感に感じ取っているのかもしれないな」

タントはフリードの異変に眉を寄せ、真剣な表情で考え込んだ。

「まあ、気になるけど、今は任務が最優先ね。さ、二人とも車に乗って」

ミラは少し気を引き締めた様子で促し、エリオとキャロを車へ案内した。

 

車での道中、タントがエリオとキャロを乗せ、ミラがアンゴルモア反応について詳細を説明した。

「反応があったのは・・・・・・自然保護区域よりもずっと北側ですね」

エリオがモニターを見ながら言う。

「ええ。あそこは昔、大きな隕石が落ちた場所でね・・・・・・それによって巨大な窪地ができたの。だから現地の人は、その場所を畏怖を込めてこう呼んでいるわ。“ジャイアントデスプレッション”ってね」

「ジャイアントデスプレッション・・・・・・」

エリオとキャロは初めて聞く名前に驚きつつ、車はその場所を目指して進み続けた。

 

『ジャイアントデスプレッション』

 

スプールス北東に存在する巨大な穴――古代、隕石が落下してできたクレーターとされているが、真相は依然不明である。

現地では、この窪地に近づくと災厄が降りかかるという言い伝えが根強く残っている。毎晩、冷たい風と共に魔物が出現し、人や動物を襲うという恐怖が広がり、人々は町の周囲を高い塀で囲み、夜は決して外に出ないようにしていた。

 

不気味な伝承に(いろど)られた土地へ向かう中、フリードの震えはキャロの腕の中でさらに強まり、細かな鳴き声を漏らしていた。彼の夢に現れた巨大な存在が、この場所にいるという確信がじわじわと彼の心を(むしば)んでいたのだ。

「キュク~・・・・・・!」

ジャイアントデスプレッションへと近づくにつれ、フリードの様子はますます不安定になっていく。キャロは彼を抱きしめ、その震えを感じながら静かに寄り添った。

 

           *

 

スプールス北北東 ジャイアントデスプレッション郊外・カゴメタウン

 

巨大な窪地へとたどり着いたエリオとキャロ。車を降りると、クレーターの周囲に古来の風習が色濃く残る町が広がっていた。

二人は、早速聞き込みを始めるため、ある家の扉をノックする。

「こんにちはー」

「管理局機動六課の者ですが、少しお時間よろしいでしょうか?」

扉が開くや否や、この世の者とは思えない形相の老婆が現れ、二人に向かって叫び声を上げた。

「恐ろしいことが起こるのじゃ!!」

「「うわああああ!」」

エリオとキャロは悲鳴を上げ、反射的に後ずさる。

すると、すぐに奥から芳紀(ほうき)の娘が現れ、二人に申し訳なさそうに微笑みかけながら、丁寧に頭を下げた。

「すみません。祖母は少々認知症気味でして・・・・・・どうぞ、お上がりください」

「あ、はい・・・」

「おじゃまします・・・」

二人は安堵しつつも、老婆が再び奇声を上げるのではないかと警戒しながら、家の中へと招き入れられた。

緊張感を抱えたまま席に着くと、孫娘はお茶を出しながら二人に尋ねた。

「それで、局員の方々・・・・・・こんな辺鄙な田舎まで、一体何の用事があって来られたんですか?」

「実は、このあたりで危険なロストロギアの反応を捕らえまして・・・・・・」

「詳しく調べたら、ジャイアントデスプレッション付近から反応が出ていたんです。なので、現地の情報を伺いたいと思っております」

すると、エリオとキャロの説明を聞いた孫娘は、一度深く息を吐いてから紅茶カップを置き、口を開いた。

「あそこは禁断の場所です。私も詳しいことは、わかりません・・・・・・ただ、大昔からあの土地には言い伝えがありまして」

「言い伝え、ですか?」

「ジャイアントデスプレッションを訪れた者には・・・・・・必ずや死が訪れる!!!」

突如として、老婆が目を大きく見開き、甲高い声で叫んだ。

エリオとキャロは驚いて身を引いたが、孫娘は慣れた様子で「おばあちゃんは、黙ってましょうね」と静かに諭し、再び話を続けた。

「この町の裏にある巨大な穴・・・・・・すなわち、ジャイアントデスプレッションは、宇宙から降って来た隕石によって生じたものだという事はご存知かと思います。そして、その隕石の中には世にも恐ろしい怪物が潜んでいたんです」

「怪物・・・・・・?」

「怪物は夜になると冷たい風と共に人里に現れては、人や動物を獲って食らうと言われております・・・・・・だから 昔の人は町を塀で囲って、怪物が入って来られないようにしたり、日が暮れたら家にこもり、外には出ないという掟を作ったのです。その掟は今でも守られています」

「灰色の氷龍と相まみえた者には・・・必ずや死が訪れるぅぅ!!!」

またしても、老婆が凄まじい眼力で奇声を発した。老婆の言葉に驚きながらも、エリオは興味を引かれた様子で尋ねた。

「あの・・・・・・“灰色の氷龍”というのは?」

「言い伝えによれば、隕石と共に飛来したとされる怪物の事だとか・・・・・・ほんとに存在するかどうか眉唾ものですが」

「いる!! あれは人の世に災いをもたらす存在ッ!! 決して彼の者に近づくことは罷りならぬのじゃ!!」

存在そのものを疑う孫娘とは対照的に、老婆は確信めいた様子で強い語気で主張した。

一連の話を受け、エリオとキャロは顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべた。一方で、キャロの膝元にいるフリードは、六課にいた時よりもさらに強く怯えた様子で震え続けていた。

 

聞き込みを終えたエリオとキャロは、タントやミラと合流し、これからの動きを確認することにした。

「灰色の氷龍か・・・・・・」

「もし、それがアンゴルモアモンスターなのだとしたら、実際にジャイアントデスプレッションに入ってみないとね」

タントとミラが真剣な表情で話すと、キャロは「そうですね・・・・・・」と頷きながら、腕の中で怯えるフリードを見、少し不安げに声を絞り出す。

「でも、お婆さんの話を聞いて、フリードがますます怯えちゃって、このままじゃ、いざという時に力を引き出せるかどうか・・・・・・」

キャロの声には、普段頼もしいフリードの異変への心配が滲んでいた。

「物怖じしないドラゴンがこんなに怯えるなんて、よっぽどのことだな」

タントも、フリードの異常を気にかけ、眉を顰める。

「とにかく、まずは僕らでジャイアントデスプレッションに入ってみよう。町の裏側に入り口があるって言ってたから、そこから進もう」

エリオが決断を下すと、キャロも深く頷き、フリードの様子に気を配りながら、行動を開始した。

 

エリオとキャロ、そして自然保護隊のメンバーは町を出て、草むらを掻き分けながらジャイアントデスプレッションの入り口である洞窟へと進んでいった。

洞窟内は険しく、その奥からは「ヒュラララ」と不気味な音と共に、栗烈(りつれつ)たる風が吹き込んできた。

「うぅぅ・・・・・・何だから急に冷えてきたわ・・・・・・肌がピリピリする」

ミラが身を竦めるように呟いた。

「町の人は誰もこの地へ近づかないって言っていたましたが、奥にはどんなドラゴンがいるのやら・・・」

キャロも洞窟の奥を見つめながら呟いた。

「そもそもドラゴンっていう確証はどこにもないけど・・・・・・フリード、怖かったら僕のバッグに入ってていいよ」

「キュク~」

エリオの言葉に甘え、フリードはエリオが持参したボストンバッグにすっぽりと入る。

やがて洞窟を抜けると、一面が真っ白な雪と氷で覆われた幻想的な森が現れた。エリオ達はその光景に目を丸くする。

「これは・・・・・・」

「一面すべてが凍りついてるなんて!」

「町の人が言っていたことはどうやら本当だった様ね。アンゴルモア反応もこの奥からだわ!」

ミラがセンサーを確認し、高エネルギー反応を捕らえていることを告げた。全員が気を引き締め、さらに奥へと進んでいく。

内部は洞窟以上に複雑で、雪と氷に覆われた森の中には段差も多く、キャロが足元を滑らせそうになる。

「きゃ!」

「危ない!」

キャロが(つまづ)きかけた瞬間、エリオが素早く手を伸ばし、彼女を支えた。

「足元も滑りやすいから気を付けないと」

「うん・・・ありがとうエリオ君」

二人が気を取り直して進もうとした時、タントの声が響いた。

「おい! こっちから中央のクレーターに行けそうだぞ!」

タントの案内に従い、二人はクレーターの内側に続く道を進むことにした。

クレーター内部は一見普通の森のようだったが、木々がまるで迷路のように絡み合い、進むのが難しい。さらにその時――

 

《ヒュラララ・・・・・・》

突然、謎の音と共に強烈な吹雪が辺りを襲った。

「「「「ううっ!」」」」

全員が吹雪に阻まれ、身を縮めた。雪と風に視界を奪われ、仲間の姿さえ見えなくなる。

「エリオ君! タントさん! ミラさん! みんないる!?」

不安に駆られたキャロが大声で叫ぶ。

「いるわよ! 大丈夫!」

「キャロ! 気をつけて、見えないけど何かがそこにいる!!」

エリオの警告と同時に、ドシンと重い足音が響き、吹雪がさらに激しさを増す。

「「「「うわぁ!」」」」

全員が吹き飛ばされ、凍りついた木々にぶつかりながら倒れ込む。頭を打ったエリオが傷口を押さえながら立ち上がると、他のメンバーも同様に倒れていた。

「っ! みんな、あれを見ろ――」

タントの声にエリオとキャロが顔を上げると、眼前には巨大なドラゴンが鎮座していた。

そのドラゴンは、鋭く光る黄色の目で周囲を睥睨(へいげい)しながら、吹雪を纏い、辺り一帯に凍てつく冷気を撒き散らしている。フリードよりは小柄な体格だが、背中から尾にかけて伸びる氷の結晶の棘や、翼に纏った氷と雪がその姿をより巨大な存在に見せている。くすんだ灰色の体色――それはまさに『灰色の氷龍』だった。

「このエネルギー量・・・・・・間違いない、あれがアルゴルモアモンスターだわ!」と、ミラがセンサーを確認しながら告げる。

「それにしてもこの威圧感・・・・・・ほんとにドラゴンなのか? まるで、ドラゴンの皮を被った別の何かのようだ!」

タントも冷や汗をかきながらドラゴンを見上げた。

《ヒュラララ・・・・・・》

直後。ドラゴンが嘶き、その瞬間――再び冷たい風が一帯を覆い尽くした。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

その頃、エリオとキャロの位置を観測していたユーノ達は、彼らが遭遇したドラゴンの驚異的なエネルギー反応を感知していた。

「ライトニング3、ライトニング4、遭遇(エンカウント)! AM-06です!」

「ちょ、なにこれ!? 周囲の外気温がマイナス67度・・・・・・!」

通信士のルキノとアルトは、あり得ないほどの寒気を生み出しているAM-06の計り知れない力に驚愕していた。映像越しに映るドラゴンの姿を見た全員が、その脅威を直感で感じ取る。

「スクライアアドバイザー、あのドラゴンの危険度は?」

はやてがユーノに問いかけると、ユーノは「極めて高いよ」と即答した。

ユーノは高速でタイピングを行い、AM-06の計測データを基に概算結果を導き出す。

「試算すると、あのドラゴンを覆う冷気は0ケルビンの完全秩序・・・すなわち、摂氏マイナス273度の状態を作り出している」

「絶対零度だと!?」

クロノがその言葉に驚愕の表情を浮かべる。

「そんな奴を相手に、エリオとキャロの二人だけでどうにかなるとは思えない・・・・・・くっ、こんな時に私は・・・・・・!」

家族である二人を救出に行けない自分の無力さを悔しがりながら、フェイトは拳を握り締め、歯がゆさを抱く。

 

           *

 

第61管理世界「スプールス」

ジャイアントデスプレッション 最深部

 

一方、エリオは状況を判断し、早急に対応すべきと考えた。

「ライトニング3並びにライトニング4より司令室へ・・・これより先行調査からAM体の討伐及びアンゴルモアの奪取に変更! 行動を開始します!」

報告の後、エリオはキャロと共に、猛烈な冷気を発生させるドラゴンと対峙する。

「タントさん! ミラさん! お二人は下がっていてください!」

「わかった!」

「二人とも無茶はしないで!」

保護隊の二人は後方へ避難し、エリオとキャロはドラゴンと向かい合う。

「フリード、いける?」

キャロはエリオのボストンバッグにいるフリードに声をかける。「キュウ~」と弱々しく鳴きながらも、フリードはバッグから顔を出し、キャロの横に飛んできたが、灰色の氷龍を見るとすぐに彼女の腕にしがみつく。

「どうしよう、やっぱりこの子、灰色の氷龍が怖いみたい」

「なら僕が行くよ。キャロ、サポートをお願い」

「うん。任せて」

防護服を身に着け、ストラーダを構えたエリオに合わせ、キャロがサポートのブーストをかける。

「若き槍騎士に、駆け抜ける力を――」

〈Boost up strike power〉

「いくよストラーダ!」

エリオが勢いよく駆け出すと、吹雪が一斉に彼に向かって吹きつけた。

「ぐうう・・・ダメだ、このままじゃとても近づけない!」

「近づこうとするエリオ君にだけすごい風・・・まるで吹雪に意思があるみたい!」

「あの氷龍から、敵対するものに対する防衛機構なのか・・・? 何にせよ方法を考えないと・・・! 接近出来ないんじゃどうしようも――」

何とかならないものかと思っていたその時、ユーノからの通信が入る。

『エリオ、今あのAM体について詳細な解析を進めているところだ。もう少しだけ耐えて欲しい』

「はい・・・! やってみせますよ!」

エリオは再び吹雪の中を進もうと気力を振り絞った。

「エリオ君! ここは二人でやろう!」

「わかった!」

キャロはフリードの炎で相手の注意を引き、その隙にエリオが別方向から斬りかかる作戦を立てた。

しかし、フリードは不安定な状態のままで、小型のまま氷龍の正面に立つ。

「フリード、ブラストフレア!」

「キュクウ!」

キャロの指示のもと、フリードは炎を吐くが、氷龍に届く前にその炎そのものが凍結した。

「そ、そんな・・・!」

炎が凍るという異常な現象にキャロは驚くが、ここで諦めるわけにはいかない。

「フリード、もう一度! ファイア!」

しかし、再び放たれた火球も凍り、氷龍はキャロに意識を向けた瞬間、猛吹雪を起こす。

《ヒュララ!》

氷龍は炎やキャロ達の声に反応し、その冷たい目をはっきりと彼らに向けた。

次の刹那、エリオを襲った猛吹雪が再び吹き荒れ、フリードが放った炎は、再び凍りついてしまう。

(今だ――!)

しかし、氷龍の注意を引くことに成功したエリオは、その隙を突いて回り込み、吹雪に耐えながらついに氷龍へと接近することができた。

「でやあああああああああああああ!」

エリオは渾身の力で氷龍の背中に切りかかる。しかし、手応えがまるでない。違和感を抱きつつも、彼は警戒しながらキャロの元に戻った。

「エリオ君、どうなったの!?」

「分からない。確かに斬ったのに手応えがないんだ!」

「そんな・・・フリードの炎も止められちゃったのに、どうすれば・・・? 炎が凍るなんて、こんなの初めてだよ!」

フリードは、攻撃が通じなかったことにさらに怯え、キャロの腕の中で震え続けている。キャロは、そんなフリードを優しく撫でながら、何とか彼を落ち着かせようとした。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

戦況をモニタリングしているユーノ達も、目の前の事態に戸惑いを隠せなかった。

「どういうこと? 絶対零度で炎が凍るのは予想していたけど、物理攻撃が効かないなんて・・・・・・」

「幻覚? もしくはそういう魔法なの?」

シャリオらが不安げに声を漏らす。ユーノは険しい顔をしながらモニタリングのデータを解析していたが、次第に合点がいったような表情を浮かべる。

「っ! ――なるほど、今ので確信したよ」

「何がわかったの、ユーノ君!? あのAM体に攻撃が通じない理由が・・・・・・」

焦るなのはの問いかけに、ユーノは厳しい表情のまま説明を始めた。

「信じ難いことだが・・・・・・あれは『現象』に近い存在なんだ」

「現象?」

「つまり・・・・・・どういう事であるか?」

白鳥が言葉の意味を理解しきれず、再度問いかける。ユーノは深呼吸をして、皆に分かりやすく説明を続けた。

「恐らくは、あの龍の肉体はもともと僕達の住む次元位相に存在していたものじゃないんだ。別の次元位相に存在していたものが、何らかの事故か、あるいは別な作用が働き、肉体から分離した思念体のようなものだけがアンゴルモアによって僕らがいる次元位相に転送されたんだ」

ユーノの大胆なまでの仮説にその場のメンバーは驚きを隠せない。

「そ・・・そんなことが出来るのかよ!?」

恋次が信じられない様子で声を上げる。ユーノは一瞬、言葉を飲み込んだ後、静かに答えた。

「アンゴルモアは心に思うことを汲み取り、それを具現化する・・・・・・あり得ないなんて事はあり得ないんですよ」

その言葉に、六課のメンバーも一様に身震いした。

「・・・・・・『現象』とは人が知覚できるものごとそのものだ。どんな物理攻撃もあれには通じない。だと言うのに、氷龍を通して膨大な冷凍エネルギーが無尽蔵に作り出されているんだ」

「じゃあ、どうすんだよ!?」

ユーノが冷静に現状を分析し続ける中、痺れを切らしたヴィータの甲高い声が耳を(つんざ)いた。

「なにか方法があるはずだ。何としてもそれを見つけないと・・・」

ユーノは天より賜った聡慧(そうけい)した頭脳をフル回転させ、焦りと共に眉間に一層の皺を寄せた。

 

           *

 

第61管理世界「スプールス」

ジャイアントデスプレッション 最深部

 

同じ頃、ユーノの見解を受けたキャロとエリオは、攻撃が通じない事実に戸惑いつつも、なんとか打開策を見つけようと様々な手段を試みていた。しかし、いずれの攻撃も氷龍には効果がない。

《ヒュラララ!!》

氷龍が威圧するかのように大きく鳴く。

「このままじゃ・・・・・・」

 

――・・・しい。

「え」

その瞬間、キャロは不意に奇妙な声を耳にした。

――くるしい。

吹雪の音に紛れて、か細い声が響いた。キャロは驚いた表情で立ち止まる。

「ねえエリオ君、今何か、声みたいなものが聞こえなかった?」

「こ、声? いや、あのAM体の鳴き声以外は何も・・・・・・」

「氷龍・・・・・・そっか、あの氷龍の声なんだ!」

竜を召喚する能力があることに起因するのか、キャロだけが、氷龍の苦しむ声を聞いていた。

――さびしい・・・。

――くるしい・・・。

――だれか、そばにいて・・・。

途切れ途切れに、悲しげな声がキャロの耳に届く。

彼女は、その声に引き寄せられるように一歩前に進みかけるが、エリオがそれを止める。

「キャロ! 何をする気!?」

「声が・・・あの子の声が聞こえるの! でも吹雪の音に混じって全部は聞こえない、もっと近づかないと・・・」

「危険だよ! あれは明らかにこっちに敵意があるんだ! 攻撃方法もまだ分かってない、それなのに・・・」

「でも、あの子助けを求めてる!」

キャロは、氷龍の孤独と悲しみを感じ取っていた。自分自身もかつては故郷を追われ、一人ぼっちで過ごしていた時期がある。仲間を得た今、その孤独感がどれほど辛いものだったかを理解しているキャロは、氷龍に対して共感を抱いていた。

「フリードは怯えているからエリオ君に預けるね。だいじょうぶ、少し近づくだけだから」

「ダメだよ! フリードがいなかったら、ますます危険じゃないか! それに、キャロに戦闘の意思がなくても、向こうがどう思うかは・・・・・・」

「お願いエリオ君。私に行かせて!」

キャロの一歩も譲らない強い瞳で見られたエリオは、当惑しながらも彼女を強く止めようとする。気持ちは痛いほど伝わるが、それでも危険な賭けだと感じていた。

「キャロの気持ちはわかった。けど危険なことに変わりはない! フェイトさん、八神部隊長も止めてください! こんなの無謀です!」

エリオは通信越しに状況を説明し、フェイトやはやてにも助けを求める。即座にフェイトがキャロを止めようとした。

『キャロ、エリオの言う通りだよ! こんな危険なマネはしないで!』

「ですがフェイトさん、私は確かに聞いたんです! あの子がほんとはすごく悲しんでいるんです。見過ごす事なんてできないです!」

なおも食い下がるキャロに、隊員たちは戸惑いの表情を見せる。

「・・・どう思う、ユーノくん?」

判断にしあぐねたはやては、顎に手を当て、ユーノにアドバイスを求めた。

「現状、AM体への有効な対策はまだ見つけられていない。向こうも高エネルギーな冷気をぶつけてくるわけだけど、逆に言えばそれだけだ。もし、キャロが本当にあの龍の声を聞いているのなら、試してみる価値はあると思う。むしろこれ以上、攻撃が激化する前に試せる手はすべて試しておきたい」

『ユーノ先生!? ですが――』

キャロを止めようとするエリオに、恋次が思わぬ同意を示した。

「エリオ、男は(はら)括るときは括るもんだぜ」

この言葉でエリオは覚悟を決め、キャロにフリードを預けた。

「キャロの頑固さには負けたよ」

「ありがとう、エリオ君!」

エリオに感謝の言葉を告げると、キャロはゆっくりと氷龍の方へ歩を進めた。

吹雪が近づくほどに強まり、時折前に進むことさえ阻まれたが、氷龍の悲痛な声がキャロを引き止める。彼女はその声を無視することができなかった。

少しずつ氷龍の真下へとたどり着くと、そこには冷たい風だけではなく、骨の芯まで凍りつくような冷気が漂っていた。

キャロは寒さに震えながらも、力強く声を張り上げた。

「灰色の氷龍さん!! 聞こえる!? 私はアルザスの竜召喚使士、キャロ・ル・ルシエ! あなたの助けになりたいの!」

キャロの声は届かず、氷龍は悲しげに鳴き続けていた。だが、キャロは諦めず、さらに声を張り上げる。

「どうして全てを凍らせようとしているの! さっき、あなたは『誰かにそばにいて欲しい』って言ってたよね!? だけどこれじゃ、あなたのそばに居る誰かもみんな凍っちゃうよ!」

《誰かなんて、もう居ない!!》

すると、氷龍がキャロの声に反応し、頭部をゆっくりとキャロの方へ向けた。その表情は怒りに満ちており、キャロが聞いた悲しげな声とは対照的だった。

《最初は人間、ドラゴン、みんな居た! でも人間は私たちを忘れてしまった!! 家族も、友人も皆人間に殺された!!》

「人間が、ドラゴンを・・・」

キャロはその言葉に驚きながらも、悲しそうに氷龍を見つめた。氷龍はキャロに近づき、大口を開けたが、キャロは少しも怯えず、その場に立ち続けた。

《信じたことが間違いだった! 私たちに牙を剥いた時点で殺してやればよかった!》

「だから、人間に復讐するために周りを凍らせているの・・・・・・?」

《何もかもどうでもいい! 全て凍ってしまえ、滅びてしまえ!!》

投げやりそうに氷龍は前足を振り上げ、冷気を纏わせたその力でキャロを吹き飛ばす。キャロの体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。

「きゃああああ!」

「キャロ!」

エリオはすぐにキャロの元へ駆け寄り、彼女を助け起こした。キャロはエリオに向けて安心させるように微笑むが、その顔にはまだ痛みが残っていた。

「だから危険だって・・・・・・・・・それで、何か分かったの?」

「うん。あの子、仲間を殺されて世界に絶望してるみたい。何もかもどうでもいいって、全て滅びてしまえって・・・・・・」

「そんな・・・・・・」

エリオは重々しい表情で氷龍を見上げ、事態の深刻さを改めて感じ取った。

「だいじょうぶ。考えあるの」

キャロはフリードを呼び出し、作戦をエリオとフリードに伝えた。それは、フリードを成竜の姿に変え、二人で氷龍と同じ目線に立って再び説得を試みるというものだった。

「え! 正気なの、それ・・・・・・!?」

「キュク~!」

エリオは驚き、フリードも怯えたように顔を見せるが、キャロは真剣な表情で彼らを見つめる。

「あのドラゴンさん・・・・・・きっと悪い子じゃないと思う。深い悲しみに囚われて、周りが見えなくなっているだけだ。だから、倒すんじゃなくて助けてあげたいの!」

エリオはしばらく考えた後、渋々了承し、「危険だと判断したらすぐ止める」という条件をつけた。フリードも二人の決意を感じ取り、作戦に協力することを決めた。

フリードを成竜の姿に変え、二人はその背に乗って氷龍の目の前へと飛び上がった。キャロは再び声を張り上げた。

「氷龍さん! 私の話を聞いて!!」

キャロは繰り返し呼びかけ、ついに氷龍の目が彼女達の方に向いた。

再び攻撃の体勢を取ろうとするが、ドラゴンの背に人間が乗っている姿に、氷龍はかつて人間と共に過ごした記憶を思い出し、動揺の色を見せた。

「私もね、むかし、故郷を追い出されて一人ぼっちだったの。フリードが一緒にいてくれたけど、集落では強すぎる力は災いの元だって言われて・・・・・・どこに行っても馴染めなくて、居場所がないような気がして辛かった。でも、今は私を受け入れてくれる人達がいて、一緒に笑ってくれる仲間もいる! それは人間だけじゃなくて、フリードや、ほかの竜も一緒!!」

氷龍はその場で動きを止め、キャロの話を静かに聞き続けた。

「あなたに何があったのか、まだ全部は分からない。でも、きっとすごく辛い思いをしたんだと思う。でもね、憎しみに囚われたダメだよ! 必ず居場所はどこかにある、友達はきっと沢山いる! 出会ったばかりの私だって、あなたの助けになりたいと思ってるんだもん! 全てを滅ぼしたら、いつかあなたの側にいてくれる大切な存在まで壊してしまうかもしれない!! だから――!」

キャロは大声で語りかけ、息が切れるほど叫び続けた。息を整えるために肩で大きく呼吸をし、エリオがその背中を支えながら、氷龍の行動を警戒した。

氷龍はその姿勢を緩め、少し穏やかにこう言った。

《もういい・・・》

「よくないよ! あなたにはこれから――」

キャロが再び声を張り上げようとした瞬間、氷龍はその言葉を静かに遮った。

《違う、そなたの気持ちは十分に伝わった。私の名は氷龍帝エカテリーナ》

「氷龍帝・・・エカテリーナ・・・」

自らの名を語るその存在に、キャロは驚きつつも真剣な眼差しで見つめた。

《かつて、この名を知らぬ者は居ないほど知れ渡っていた。キャロ・・・と言ったな。そして、そこの男とドラゴンも、よければ私の話を聞いてくれるか》

「・・・っ! 今、声が!」

エカテリーナの意思が開かれたことで、エリオにもその声がはっきりと聞こえた。

すると突如として景色が一変し、二人とフリードの視界に、エカテリーナが作り出した幻想が広がった。それは、かつて彼女が生きた世界の光景だった。

「これって・・・」

「エカテリーナが見せてくれてるの?」

《かつて、私がいた世界は人間とドラゴンが共存する平和な世界だった。しかし、いつしか人間はドラゴンの前から姿を消し、再び出会った時には、ドラゴンと仲良くしていた事など忘れて、強大な力を持つ存在として我々を恐れ迫害した。それでも、我々は人間への情を忘れられず戦いを躊躇した。その結果、私以外の全てのドラゴンは死に絶えた》

エカテリーナが語る悲惨な過去が可視化され、キャロとエリオはその胸を打つ悲惨な記憶に、忽ち顔が歪んだ。

「そんな・・・・・・なんて酷い・・・・・・」

「人とドラゴンじゃ寿命が違う。子孫たちにドラゴンのことが上手く伝わらなかったんだ」エリオも痛々しい顔で(うつむ)く。エカテリーナ達が感じた絶望と、彼女が失った全てを思うと、キャロの目には涙が浮かんだ。

《私だけが生き残って、ようやくそのとき人間が憎いと心から思った。だが、決意した時にはもう遅い。人間を殺しても仲間たちは帰ってこない。かつての友が死ぬだけだ。故に、どれだけ憎くても殺すことは出来なかった。その遣る瀬無い人への恨みや憎しみの果てに、このような関係の無い地へ己が思念を残してしまったのだろう》

「エカテリーナ・・・・・・」

《キャロよ。そなたたちにも随分と迷惑をかけてしまった。すまなかった・・・・・・》

「迷惑だなんて・・・・・・あなたの悲しみ、すごくよく分かるよ!! ねえ、エカテリーナはどんな世界にいるの? 私もいつかきっと会いに行くよ、そしたら私と友達に・・・・・・」

《それは叶わぬ願いだ》

エカテリーナが首を振り、寂しげに答えた。

《私もまた、当の昔に寿命を迎え(むくろ)と化している。仲間がいなくなり、悲しみに暮れながら、ずっと前に死んだ》

「そんな・・・ならエカテリーナは最後まで一人で・・・」

《いいや、最後の最後で孤独から救われた。キャロ、そなたにな――》

キャロは顔を上げた。エカテリーナの孤独と哀しみに共感したキャロの頬を、涙が伝っていた。

《名も事情も知らぬ私を救おうとしてくれて、私の話を最後まで聞いてその悲しみを理解してくれる・・・・・・あのまま暴れていたら、私はそんな大切な友を失うところだった。怪我をさせて済まない、助けてくれてありがとう》

「そんな、気にしないで。私がそうしたかっただけだよ」

《生きてさえいれば、私もそなたの為に戦いたかったものだ・・・・・・ああ、どうやら話せる時間は残り少ない。だが友よ、そなたの優しさが一匹の愚かな亡霊を救ったことを、忘れないでおくれ。アルザスの竜召喚士・・・・・・キャロよ》

直後、エカテリーナの思念体が崩れ落ち、周囲の吹雪が徐々に止んでいった。フリードは静かに地上へ降り立ち、エリオとキャロがその背から降りた。

「エリオ!! キャロ!!」

「無事!?」

吹雪の中で見守っていたタントとミラが、血相を変えて二人の元へ駆け寄る。

「キャロ、その怪我!?」

「だいじょうぶです。私は平気です」

キャロは傷を気にする二人を落ち着かせ、エカテリーナのいた場所へと歩み寄った。

「・・・あっ!」

そこには、アンゴルモアとそれとは別の宝玉が転がっていた。これがエカテリーナの成れの果てだと悟ったキャロは、泣きそうな顔をして宝玉を抱きしめた。

「居なくなったって、あなたはずっと私の友だちだよ・・・・・・エカテリーナ」

アンゴルモアを無事に回収したキャロ達は、来た道を戻る。

洞窟を抜けクレーターの外に出る際、「ヒュララ!」という鳴き声が聞こえた気がして、キャロ達は辺りを見回した。

しかし、それは洞窟を抜ける風の音だった。キャロは唇をかみ締め、それでも立ち止まらず六課へ向けて足を進めた。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は自然保護隊についてだ♪」

「管理局の外部組織の一つで、辺境世界の植物・鳥獣等の観察や保護を行うのが主任務。正規の保護官は局員相当の待遇を受け、保護隊勤務期間は『管理局勤務期間』と見なされる」

「民間研究者への協力、各種の探索の他、密猟者対策も仕事の内なんだ」

説明後、キャロがスプールスから持ち帰ったお土産を持って現れる。

キャ「ユーノ先生、タントさん達から美味しい食べ物を貰ったんです。たくさんありますので、よかったら差し上げます」

ユ「ありがとう♪ さーてと、スプールス産の美味しい食べ物って何かな・・・」

意気揚々と布で覆われた新鮮な食べ物を拝見するユーノ。その瞬間、思わず目を点にして思考を停止させる。

ユ「えっと・・・・・・キャロ、これはどういう食べ物なのかな?」

キャ「はい! 現地でもすっごく貴重な食材らしくて、お祝いの日でないと食せないものらしいんですよ!」

 満面の笑みを浮かべながら説明するキャロとは対照的に、ユーノは籠の中に入った凄まじいアンモニア臭を放つ海洋生物らしきものを凝視しながら、険しい表情を浮かべる。

ユ「これはまた・・・・・・いきなりK点越えの大物が来たものだ」

キャ「私は口にしていませんが、美味しいと思います」

ユ「そういうのはまず自分で食べたから人に薦めるものじゃないのかな?」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

鬼「くそー! もうヤケだ!」

 夕方、唐突に大声を発し鬼太郎は隊舎を飛び出した。

ティ「どうしたんですか鬼太郎さん?」

浦「給料日までおけらみたいでね、食費も捻出できないんだよ」

 食費すら真面に確保できない状況に追い込まれた鬼太郎。隊舎近くの草むらを漁り始める。

鬼「このっ! このッ! このっッ!」

 そうして持ち帰った雑草を使って、彼は今晩のメニューを作り上げた。

鬼「雑草の天ぷらに、雑草のおひたし、雑草の漬物に、雑草の竜田揚げ!」

浦「先輩・・・それホントに食べる気?」

ティ「そうですよ鬼太郎さん。お腹壊しちゃいますよ」

 悪食に走る鬼太郎を制止しようとする浦太郎とティアナだが、鬼太郎はそんな二人に怒号を発する。

鬼「おめーらが金を貸してくれねーから俺だって仕方なくしてんだよ!」

浦「だって絶対に貸しちゃダメだって店長から言われてるんだもん」

鬼「ったく。金を貸さねーならイチイチ俺のやる事にケチつけんじゃねーよ!」

 周りの薄情さに悪態をつけると、鬼太郎はおもむろに調理した雑草料理を一つ、口の中へ入れ実食。

鬼「あん・・・・・・おお! けっこういけるじゃねーか!」

 信じ難い事に鬼太郎は雑草を食べても何ともない様子だった。どういう味覚をしているのかと二人が驚きの表情を浮かべていたその時、鬼太郎の顔が急に青く染まった。

鬼「ぶ・・・・・・ぶああああああああ!」

次の瞬間、体が猛烈な拒否反応を起こし口に含んだ雑草料理を全て吐き戻した。

鬼「こんなもん食えるか!! ・・・・・・あっ!」

 吐いた先を見た瞬間、鬼太郎は凍り付く。なんと目の前にはユーノが立っており、今まさに自分が吐いた吐しゃ物を顔に浴びせていたのだった。

鬼「て、店長!」

 声を震わせる鬼太郎。ユーノは吐しゃ物を振り落とすと、ドスの利いた声で一喝。

ユ「鬼太郎ッ! お前の勤務時間は終わってるんだ。くだらない事してないで、とっとと寮に戻って寝てろー!」

鬼「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 恐怖に慄き、一目散に鬼太郎は隊員寮へ戻っていった。

ティ「顔に吐かれても一言叱るだけとは」

浦「おまけに残業させないなんて、上司の鑑だよ店長は」




登場人物
タント
声:KENN
自然保護隊所属の男性保護官でキャロとエリオの元上司。管理世界61番「スプールス」担当。眼鏡をかけているのが特徴。
六課に来る前のキャロを預かり、六課解散後は転属してきたエリオともミラと共に仲良く接していた。
ミラ・バーレット
声:森夏姫
自然保護隊所属の女性保護官でキャロとエリオの元上司。管理世界61番「スプールス」担当。
六課に来る前のキャロを預かり、六課解散後は転属してきたエリオともタントと共に仲良く接していた。



登場AM体
エカテリーナ/AM-06
声:鬼頭明里
スプールスの広大な窪地・ジャイアントデスプレッションの奥に住まうドラゴン。性別はメスであり、その姿を見た者からは「灰色の氷龍」と畏怖されている。
全長はフリードよりも小型の3メートルほどで、首は長いが前傾姿勢で二足歩行し小さな2本指の前腕を持つという、ティラノサウルスのようなシルエットをしている。
その正体は、別の可能性の世界に存在していた「氷龍帝エカテリーナ」。アンゴルモアの影響でパラレルワールドから思念のみが転送された影響で、実体が存在しておらず、ユーノの解析でも結論的に「現象」と言わしめた。その能力は体内で作りだした膨大な冷凍エネルギーを用いて、周囲一帯を一瞬で豪雪と氷塊に包み込む力を持つ。その冷凍能力は桁違いであり、本来凍るはずの無い炎を急速に冷却させる。
かつて彼女が暮らしていた世界は、人間とドラゴンの共存するやさしい世界だった。しかし、いつしか人間がドラゴンを敵視し、気づくと自分以外のドラゴンは死に絶え、生き残ったエカテリーナは仲間を求めて世界をさまよい続けた。だがとうとう力尽き、孤独と飢えを抱えたまま人間への憎しみだけを残して息絶え、やがて今の姿となってスプールスの地に降り立った。
誰にも理解されないがゆえに目に映るものすべてに襲い掛かっていたが、彼女の悲しみを理解したキャロによって救われた事で、エカテリーナは彼女に礼を述べたのち、宝玉へと姿を変えた。
名前の由来は18世紀の啓蒙専制君主の代表とされる、ロシア帝国女帝エカチェリーナ2世から。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。