ユーノ・スクライア外伝   作:重要大事

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第37話「鋼鉄の絆(アイアンハーツ)

――辺り一面に立ち込める黒煙。

――絶え間なく響く爆音の連鎖。ここはまさに戦場だった。

――その中央で、僕はただ一人、迫り来る敵と対峙していた。

――しかし、戦意を固めたその瞬間、一体の・・・否、一人の人ならざる者が立ちはだかり、制止の声を上げた。

 

「ユーノさん、こいつはオイラに任せてください」

「××さん・・・」

「あなたの背中には、大いなる責任と護るべき者がたくさんいるんだ。私怨に駆られたバケモノの相手は、同じバケモノで十分です」

 ユーノにそう言い放つと、死覇装を思わせる黒衣の上から護廷十三隊の隊長羽織を彷彿とさせる白羽織を身に纏った――この世でユーノが最も恐れる、猫を模したずんぐりむっくりな機械の体を持つそれは、腰に帯びた刀を静かに抜き放つ。

「そう・・・・・・この魔猫、・・・・・・・・・・・・が、露払いをしてあげますよ」

不敵な微笑がその口元を微かに引きつらせ、彼の眼差しは自信に満ちている。対峙する敵もまた、その魔猫に狙いを定め、あからさまな殺意を宿らせた瞳を向けた。

「狩らせてもらうぞ。悪魔め」

「今度こそ命をもらうぞ。悪魔祓い」

因縁深き言葉を交わし、両者は同時に疾駆する――鋼と刃が交わり合おうとしたその瞬間、ユーノの微睡みは、唐突にその幕を閉じた。

 

           ≡

 

新暦079年 7月18日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ隊舎 アドバイザー室

 

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・ゆ・・・・・・ん・・・・・・

・・・・・・―の・・・・・・

・・・・・・ゆーの・・・・・・

 

――「ユーノ君!!」

 

「!」

微睡みを切り裂いたのは、現実世界からの強烈な呼びかけだった。目を見開いた瞬間、ユーノの眼前には、なのはや恋次らの顔が揃っていた。

「こいつ、ようやく起きやがってぜ」

「さっさとこの書類に目を通してくれよ。俺らぁ腹ってしゃーねんだよ」

「えっと・・・・・・ここは・・・?」

 寝ぼけた表情を浮かべ、周囲を見回すユーノ。なのは達は顔を見合わせ、彼の覚醒を促すため、少し強引な手を使うことに決めた。

「何まだ寝惚けてやがるんだ、コラ」

 そう言うや否や、恋次はユーノの両頬を容赦なく引っ張った。

「イテテテテテ!!! 恋次さん、痛いですって!!!」

「にゃははは。ユーノ君、目覚めた?」

なのはの問いかけに、ユーノは腫れた頬を撫でながら「お陰さまでね・・・・・・」と、苦笑しながら答えた。

 

           *

 

同隊舎内 食堂ホール

 

「夢?」

 昼食を摂りながら、ユーノは先ほど見た奇妙な夢の内容をなのは達に話していた。

「ユーノ君・・・いつも仕事に没頭してるのに、珍しく深く寝入っていると思ったら、夢見てたんだ」

「うん、それにしても実に変な夢だったよ。戦場のど真ん中で、見知らぬロボットがさ・・・しかもよりにもよって、ネコ型ロボットと親しげに話をしているなんて明らかに普通じゃない」

「ネコ型ロボットって言うと、やっぱ有名どころはあれだろ? 前に現世の映像資料で見た・・・なんつったかな・・・・・・四次元のポケットを腹につけた・・・ど・・・ど・・・」

「どざえもん!」

「そうそう! 太った水死体の・・・・・・ってちげーよ!!」

鬼太郎の振りからくる恋次のノリツッコミの出来は兎も角、苦笑の末になのはが助け舟を出すように微笑む。

「あの・・・ひょっとして、『ドラえもん』のことですか?」

「あー! それだよ!!」と、思い出した恋次はようやくすっきりした表情になる。

「ドラえもん? なんですかそれ?」

 一方で単語の意味をよく知らないスバルがスパゲッティを頬張りながら首をかしげると、なのはが説明を始めた。

「地球で長いこと放送されているアニメのキャラクターで、その名前がドラえもんっていうの」

「このような容姿ですぞ」

 金太郎がドラえもんを端的に表現したイラストを示す。

その姿は、青と白のツートンカラーの丸い体に、愛らしい円らな目、特徴的な四次元ポケットが腹にある。

「にしてもよ、見れば見るだけ間抜けな顔してやがるぜ。とてもじゃねぇが戦じゃ生き残れねぇぞ」

「ま、コンよりはずっと賢そうだけどな!」

「コンくんに失礼な気はするけどね・・・」

鬼太郎や恋次の評価は冷ややかなものだったが、概ね「かわいい」や「愛着を持てそう」という好感触だった。

「でもまぁ、確かに僕が夢で見たのも、ドラえもんに極めて似た姿をしていましたねぇー」

「でもドラえもんが普通刀なんか差してるかな? おまけに死神さんの隊長衣装を着ていたって言うのもシュールな話だし」

「もしかしてそいつ、十三隊のファンなんじゃねぇのか?」

 改めて夢で見たロボットの姿を思い返すユーノ。形状こそドラえもんそのものだが、死神を彷彿とさせる黒い着物と刀が印象的だった。

「ファンかどうかはこの際置いといて、なんの前兆か知らないけど・・・あんまり深く考えない方がいいのかな。所詮は夢の話だし」

「そりゃあかんで」

 すると、話を聞いていたはやてが会話に加わり、ユーノの言葉を制する。

「ユーノくん、前に自分で言うとったやろ。不吉な前兆を予知夢で見ることが多くなったって」

「そりゃそうだけど・・・でもこれが予知夢だなんて考えすぎだって。まさかとは思うけど、はやては僕が夢で見たドラえもん似のロボットと、現実世界でばったり出くわすとでも思ってるわけ? そんなマンガみたいな話じゃあるまいし」

「事実は小説よりも奇なり――作り話以上にこの世界では変な事がぎょうさん起きるんや。現にこうして、恋次さん達が私達の前に現れなかったら、私は死神なんてものの存在を信じなかったもん」

「そりゃそうだけど・・・」

 

ブーッ、ブーッ、ブーッ。

するとその時、不意にアンゴルモア発見のアラートが鳴り響く。食堂の一角にある空間ディスプレイに、クロノが緊張した面持ちで現れ、通達を告げる。

『機動六課前線メンバー各員に通達。至急司令室へ。繰り返す。前線メンバー角印は至急司令室へ』

「新しいアンゴルモアが発見されたようだな」

「せめてもう一皿おかわりしてからが良かったんですけど・・・」

各々が食事を急いで片付け、司令室へと向かう。ユーノも夢の内容を一瞬だけ考えたが、

(あまり気にするのはよそう・・・ドラえもん似のロボットを夢に見たからって、深く考えても仕方ない――)

すぐに頭を切り替え、進路を同じくする。

(今はただ自分の果たすべきことに努めよう)

 

           *

 

同隊舎内 総合司令室

 

「全員揃ったな。新たなアンゴルモアが発見されたが、驚かないでほしい」

「どういうことだ?」

 クロノの意味深長な発言に、隊員達が怪訝な表情を浮かべる。

全員の視線を一身に集めたクロノは端末を操作し、今回発見されたアンゴルモアの所在地を中央モニターに映し出す。

画面が切り替わった瞬間、見覚えのある惑星の姿が現れ、一同は息を呑んだ。楕円形に近い青い星、豊かな緑を湛えたその星は、なのはやはやての故郷の惑星に酷似していたのだ。

「これって、地球っ!?」

第97管理外世界に詳しい者ほど、その惑星を地球だと錯覚した。だが、ユーノはすぐさま「違う・・・」と、否定する。

「よく似ているけど、これは地球じゃない」

「地球じゃないって・・・どっからどう見ても地球だよね?!」

「いや、ユーノの言う通りだ。惑星の質量、衛星の数と種類、太陽周回軌道も異なる・・・・・・つまり、地球に酷似した『もうひとつの地球』とも言うべき存在だろう」

「もう一つの・・・地球やて!?」

 俄かには信じがたい話に、地球出身者のみならず全員が驚愕する中、ユーノが腕を組み、静かに語り始めた。

「我々の棲む銀河系でも、およそ2000億個の恒星、つまり太陽があると言われている。もし地球と同じ条件で生まれた星があれば、同じような進化を辿る。そんな星は無数にあるはずだ。だから、これを『もう一つの地球』・・・・・・便宜上、区別の為に『Another EARTH』と呼称させてもらうが、それが在ったとしてもまったく不思議はないよ」

「ということは、今回アンゴルモアがこの『Another EARTH』に流れ着いたと?」

「詳細な場所はと・・・・・・」

タッチパネルを操作し、反応の絞り込みをかける。

すると、センサーが示したのは、地球の日本列島――さらにその最北端に位置する北海道に酷似した地形だった。

「日本にそっくりだ!」

「しかも北の大地・・・北海道まであるなんて、こりゃぶっ魂消たわ!!」

(思い出すなー。あの日、一護さんと織姫さんに助けられて、成り行きで北海道旅行をして・・・・・・あれからもうずいぶん経つんだよなー)

ユーノは感慨深げに過去の旅を思い出し、一瞬の感傷に浸る。やがて、逡巡の末、クロノに進言する。

「クロノ。同じではないにしろ、一応は地球にそっくりな惑星な訳だし・・・ここは、なのは達に任せたほうがいいかもしれないよ」

「そうだな。よし、選抜メンバーはなのは、フェイト、それとはやて、君も行って調査に当たってくれ」

「えぇぇ!? 私まで? ほんまにええんかクロノくん!!」

 思いがけない指示に、はやては歓喜の面持ちで声を上ずらせる。

「本来なら、六課の部隊長を易々とミッド地上から動かすのは、あまり好ましいことじゃない。だが、同じ条件下で生まれた別の地球で、何が起こるかもわからない。君ら三人一緒に居た方が、力を発揮しやすいからな」

 これまでの経験から、なのはとフェイトのコンビに加えてはやてを同行させることで、クロノは迅速な解決が可能になると判断したのだ。

「くぅぅ~~~。ありがとうクロノくん!! ほんまにありがとう!! さすがはアラサー、だてに歳はとっとらんなー!!」

「それは褒め言葉として受け取っていいのか?」

 素直に褒められている気がしないクロノの戸惑いをよそに、はやては鼻歌を口遊む。

「えっと・・・八神部隊長?」

「やけに嬉しそうだね」

「嬉しくないはずないやろうヴィータ! 北海道やで北海道っ!! 私、今まで一度も行ったことあらへんし、死ぬ前に一遍でもええから行ってみたかったんやもん!!」

「あのねぇ、はやて・・・別に観光旅行しに行くわけじゃないからね。仕事で行くんだからね。その辺のこと弁えてくれないかな?」

「わかっとる、わかっとる♪ ちゃーんとそこらへんは心得てるから大丈夫やって♪」

 まるで休暇気分のはやてに、ユーノは内心苦笑を浮かべる。確かに彼女が公私の分別をつけているようには見えないが、

「ユーノ・・・念のためだ。君も引率で付いて行ってやれ。何だか、悪い予感がする」

「奇遇だね、僕も同じ考えだったよ」

今年に入って、二人の一致した見解が示された貴重な瞬間だった。

 

           ◇

 

惑星ミッドチルダからおよそ16次元光年――次元空間を移動する光の速度で隔てられたその彼方に、地球とほぼ同じ環境を持つ太陽系外惑星、Gliese(グリーゼ)297a――通称、Another EARTHが存在する。

アンゴルモアの回収を任務とし、機動六課から派遣されたのは、ユーノ・スクライアを筆頭とした四名。なのは、フェイト、はやて――各々が己の使命を胸に、この異界の地での調査へと赴いた。

 

           ≡

 

Another EARTH

日本 北海道 函館市

 

現地時間7月3日。異星「Another EARTH」に到着した一行が向かったのは、アンゴルモア反応が強く発せられる場所、地球の北海道に酷似した島の南端に位置する天然の良港を有する都市・函館市だった。

幸運なことに、この世界でも地球と同じ地名が多く使われており、人々の暮らしぶりも驚くほど地球と大差ないとわかる。

「きたで――!!! 北海道ぉぉぉ――!!!」

山彦の如く響き渡る声が、六課部隊長・八神はやてによって発せられると、道行く人々が思わず振り返り、驚きと戸惑いを浮かべる。

突然の大声にはやてと同行していたなのは、フェイト、そして引率役のユーノは絶句し、忽ち顔を紅潮させる。

「は、はやてちゃん・・・いきなりなにしてるの!?」

「やめてよ、周りの人がこっち見てるし・・・」

「北海道はでっかいどう――!!!」

「年頃の娘がつまらないオヤジギャグを言わない! 少しは部隊長らしく毅然とした態度で振る舞ったらどうなんだい?」

 ユーノの叱咤にも、はやては「しゃーないやろう」と呟き、なおも食い下がる。

「ユーノくんにはわからんと思うけど、こっちだっていろいろ抱えとるもんあったんや。仮にも機動六課の部隊長兼指揮官・・・いろいろ責任も大きいんよ。だからせめてこんな時くらい大声でストレスを発散したかったんやって! わかるかなー、私の言いたいこと?」

「わかるけど、理解することと共感することは全くの別問題だよ」

苦い顔で鋭く言及するユーノに、傍で聞いていたなのはとフェイトも笑いを堪えつつ同意する。

「えーっと、とりあえずこれからどうするかを考えよっか」

「アンゴルモアが、このAnother EARTHのどこかにあるのは間違いなさそうなんだし」

「それもそうやな。でもその前に、函館の美味しい物を・・・♪」

「却下だ!」

物見遊山する気満々のはやての言動を一喝して制止したユーノは、半ば強引に彼女を引きずりながら調査任務へと向かわせる。

「離してユーノくん!! ああ~~ん!! ちょっとくらい寄り道したって罰はあたらへんやないか――!!」

「クロノから言われてるんだよ! はやての行動には四六時中、目を光らせておくようにって!」

「あの腹グロ中年提督め~!!! 独身キャリアウーマンの苦労と寂寥感を全く理解してへん!! ええもん!! クロノくんにはお土産ぜーったい買っていかんからな~~~!!!」

 はやての目立つ振る舞いに、呆然と立ち尽くすなのはとフェイトが顔を見合わせ、一抹の危惧を抱く。

「今日のはやてちゃん・・・ほとんど素だよね」

「私達も一歩間違えたらあんな風になってるのかな・・・・・・」

 

前途多難を覚悟しながら、四人は改めて任務を開始する。

広大な北海道の土地を手分けして探索するには限界がある為、ユーノは得意の捜索魔法を広範囲に展開し、アンゴルモアの反応を待つことにした。

その間、時間が空いた為、はやてはふと思い出した市内の有名なハンバーガーショップに足を運び、目当ての品を買い求めることに。

「あーん! ん~~~、やっぱり函館ゆうたら、これやなー!」

 小一時間並んで手に入れた名物・ご当地バーガーに舌鼓を打つはやての表情は、すっかり満足そうだ。

隣で同じハンバーガーを手にしたなのは、フェイト、そしてユーノも、どう反応するべきか迷いながらも、それぞれ一口齧ってみる。

「あれ? なんやみんな、そないな顔して・・・ひょっとして食欲ないんか?」

「うんうん、別にそういうのじゃないんだけど・・・・・・」

「はやて、普通に楽しそうだなーって思って」

「やれやれ。僕達は遊びに来たわけじゃないって口を酸っぱく言ってるのに・・・・・・だいたいハンバーガーなんてどこでも食べれるでしょう」

「いやいや! 函館いうたら『ハッピーピエロ』のハンバーガーなんやって! 北海道じゃかなりメジャーなんやで、ここのハンバーガーは」

「ああ、そうかいそうかい・・・」

 どこか投げやりとも取れる口調で呟きながらも、ユーノは手にしたハンバーガーを口に運ぶ。彼の表情には諦観が滲み、もはや苦言を呈する気力すら失っているのが窺えた。

隣ではなのはとフェイトも、ユーノの気苦労に理解を示しつつハンバーガーを頬張り、その味わいに満足げに微笑む。

「でも意外だよね。私達の知ってる地球とまったく同じ店の商品が食べれるなんて、思わなかったよ」

「うん、とても別の惑星とは思えないくらい」

 感慨深そうに呟くなのはとフェイト。そんな彼女達を横目に、ユーノはふと遠い記憶を呼び起こしていた。

「そういえば・・・何年か前に、僕もこの地球とはまた異なる別の地球を訪れたことがあったなぁ」

「へぇー、そうなんだ。どんな地球なの?」

「端的に言えば、宇宙科学が飛躍的に進んだ世界だったよ。管理局に負けず劣らずのすごい技術がたくさんあってね、とりわけ僕の記憶に焼き付いているのは、やはり獅子の如く猛る勇者が操る“黒き破壊神”かな」

「“黒き破壊神”? よくわからないけど、なんだかすごそうだね」

「実際目の前であれを見たら、誰だって声を上げるよ。見る人によっては狂喜乱舞することは必定だね」

「ええな、ユーノくんばっかりそんな貴重な経験してきて」

 

ガターン!! ドガーン!!

 その時――突如として轟く爆音と衝撃が街を震わせた。

驚愕に目を見開き音のする方に振り向けば、民衆が慌てふためきながら逃げ去っていく姿が目に飛び込んでくる。

「何があったの!?」

「行ってみよう!」

 尋常でない事態の予感に、四人は逃げ惑う人々を掻き分けて爆発の起きた場所へと向かう。

「あぁぁぁ!!!」

「怪人だ!! 逃げろ!!」

数分後、現場に辿り着いたユーノ達が目の当たりにしたのは、思いも寄らぬ異様な光景だった――。

「プっ――、プクプクプク」

 奇妙な笑い声を響かせる異形の存在。蟹のようなハサミと甲殻を備え、身にはブリーフ一丁をまとったその怪人は、破壊衝動のまま町を荒らし、人々に恐怖を植え付けていた。

逃げ惑う人々の中で、ただ四人の男女だけが動じることなく怪人を見据えていた。それに気づいた怪人が訝しげに問いかける。

「あれれ~? 君たちは逃げなくてもいいのかな? プクプクプクー」

 不思議と恐怖は感じられなかった。奇妙な笑みにぞくりとしながらも、なのはは周囲に問いかける。

「ねぇ、みんな・・・・・・あれ、どう思う?」

「どう思うって・・・・・・カニ、じゃないかな?」

「せやな、カニやな」

「ただのカニじゃないよ。越前と並ぶ名産地・松葉の本ズワイガニだ!」

「「「ということは?」」」

意図を汲んだユーノが微笑みを浮かべ、

「輸入物はひと味違う!」と、力強く頷いた。

 ドンッ――。

すると、痺れを切らしたカニの怪人は堪えきれない怒気を込め、鋭利なカニバサミを振りかざし一撃を放った。豪快に降り下ろされる刃を、四人は鮮やかに躱し、その様子にカニランテは不満げにプクプクと含み笑いを漏らしながら、低い声で呟く。

「会社疲れの新人OLってところかぁー。カニを食い過ぎて突然変態を起こしたこの俺、カニランテ様を前にして逃げないとはね。プクプク・・・・・・死にたいんだね。そうだろう?」

挑発的な問いかけに、ユーノは溜息を漏らし、静かに口を開いた。

「・・・ふたつ、違うな」

「プクー?」

「ひとつは、僕はオフィスレディーじゃなくて駄菓子屋。そして二つ目は、女じゃなくて男だ。カニランテ様が何を思って僕をOLと見たのか知らないけど、これだけは言える・・・・・・・・・・・・二度と女と呼ばせねぇ」

 その言葉に込められた鋭さに、ユーノの瞳は静かに赤々と燃え立ち、彼の周囲には殺気が蒸気のように滲み出る。それを感じ取ったなのは達は、思わず身を引き、ユーノとカニランテの対峙を見守る。

「プクプクー。キミー、この俺様とサシで勝負するつもりじゃないだろうね? たかが人間風情が、カニランテ様に勝てるわけもないだろうに」

「そっちこそ、たかがカニの分際で人間様に口答えする気かよ? よく考えろよ、甲殻類……」

「プックー! もう何人も切り裂いてきたよ。この姿をバカにした奴を漏れなくねー!!」

「っ! この外道が!」

聞いた直後、フェイトが思わずと憤慨するが、

「って、怪人に外道と言ったところで、効果は薄いよ、フェイトちゃん。ユーノ君も、挑発しちゃダメだよ!」

なのはの諫言も虚しく、ユーノは怒りに燃えた瞳でカニランテを睨み据えており、彼女の声は届かない。

「邪魔するなら、君から先に“男か女かわからない体”にしてやる!!」

 宣戦布告と共に鋭くハサミを突き立てるカニランテに対し、ユーノは唇を緩め、不敵な笑みを浮かべた。

「いい根性してるよ、お前・・・・・・面白い、かかってこいやオラぁ!!」

「死ねぇ、優男っ!!」

 豪快に振り下ろされるカニバサミをひらりと躱し、ユーノはそのまま敵のハサミを辿って飛び上がり、一回転した後にカニランテの眼にチェーンバインドを絡め取る。

「お前が死ねぇ――!!」

ブチ・・・。ブチ・・・。ブシャーッ・・・。

「うっ・・・うぎゃあああああああああああああ!!!!!!」

圧倒的な力で引き千切られたカニランテの目玉からは、内包されていた白い身とカニミソがあふれ出し、断末魔の叫びと共に彼の体から放たれる。その光景に、なのは達は思わず息を呑みながら駆け寄った。

「ユーノ君!!」

「大丈夫、ユーノ?」

「うわぁ~・・・ずいぶんえげつない倒し方やなー」

 惨憺(さんたん)たる姿で横たわるカニランテの(しかばね)を見つめ、はやては口元を押さえたまま言葉を失う。精神が落ち着きを取り戻したユーノが、カニランテを冷ややかに一瞥し、呟いた。

「闘ってみて分かったけど、この怪人・・・AM体の亜種だよ」

「亜種って、じゃあやっぱりアンゴルモアが!」

「見て。何か刻印されてる」

 フェイトが死骸を確認すると、左首筋には『Clade Jinius』というアルファベット表記の文字列を発見した。

「人の名前みたいやな。クレー・・・?」

「クレード・ジーナス・・・・・・」

ユーノが口にした名前。しかし、他の三人はその名に聞き覚えがなく、訝しげに見つめるだけだった。

「ずいぶん昔にミッド東部を拠点に遺伝子を研究していた科学者だよ。遺伝子に限らず類稀な天才性から各方面でも多大な貢献をしている。ところが、五十年前・・・別世界で研究を進めていたが、謎の失踪を遂げた。現在、その所在が全く掴めていない・・・」

「ということは、この事件にはそのクレード博士が一枚咬んでいる可能性が高い、ってこと・・・・・・?」

「だから、彼の足取りを追えばアンゴルモアにも辿り着く!」

「そういうこと」

「おーっし、今後の方針は決まったで。失踪したクレード博士と、それが絡んでると思われるアンゴルモア兵器を片っ端から排除しつつ、消えた足跡を追い詰める!!」

カニランテの出現が、アンゴルモアに関する思わぬ手がかりをもたらした。ユーノ達はクレードの消息を追うため、改めて行動を開始する。そのとき――。

電気店のショーウィンドウから臨時ニュースが流れた。

『臨時ニュースをお伝えします! 札幌の中心部にて突如、正体不明の巨大生物が現れ・・・破壊活動を行っています!!』

放送の内容に、ユーノたちは驚愕し、視線を交わす。

速報が流れた直後、ユーノの広域捜査魔法が反応――示された場所は函館から約三百キロ離れた、札幌であった。

 

           *

 

午後12時45分――

札幌市 中央区 商業ビル街

 

「おおっ、イッツグランドフル!」

「さすがジャパン、ゴジラの国ねー」

前触れもなく突如として現れた巨大生物が札幌の街を蹂躙し、北の都は阿鼻叫喚の渦に包まれていた。

呑気な外国人観光客は大惨事にもかかわらず写真を撮り続けているが、街の空気はもはや混沌と化している。

警察や消防、自衛隊が総出で対応に当たっているものの、事態は一向に収束の兆しを見せず、破壊活動は止むことなく続いていた。報道ヘリはビル群の上空からその無残な光景を生中継している。

「皆さん、ご覧ください! 北海道が世界に誇る観光名所の一つが、謎の巨大生物によって破壊されようとしています!!」

「だれか――!! 俺を助けてくれ――!」

巨大なエビ、カニ、そしてイカの怪物達はその圧倒的な巨体で、札幌の街を次々と破壊していく。

飛行魔法を駆使して現場へと急行してきたユーノ達は、空の上からこの異様な光景を一望した。

「あれだ!」

「うわぁ、あんなところに巨大イカが!」

「イカだけやない! 伊勢エビにカニまでおる!」

「っ! あれを!」

すると、フェイトの目が、巨大イカの触腕に捕らわれている一人の男性を捉えた。

「見て、人だよ! 男の人が巨大イカに捕まってる!」

「まずいな。このままじゃ巨大イカの餌食にされるぞ!」

「ここは私に任せて。バルディッシュ、いくよ」

〈Yes, sir〉

 人命救助の使命に突き動かされ、フェイトの中で情熱が高まる。超高速で空を駆け抜け、イカの触腕に捕まった男性へと一直線に接近した。

「いた!」

 フェイトが閃光のように飛び込んだ瞬間、突然、巨大イカの触腕が何かの原因で切り離され、捕らわれていた男性が高所から落下し始める。

「うわあああああああああああああああ」

悲鳴を上げる男性を目の当たりにして、フェイトは眉を寄せると、「間に合え!」と叫び、瞬時に高速移動魔法を発動した。

〈Sonic move〉

地面スレスレで、間一髪のところで男性を抱きとめることに成功する。

安堵の表情を浮かべたフェイトは、抱えた男性に優しく語りかけた。地面までスレスレというところで、間一髪男性を救出する事に成功する。

「危ないところでしたね」

「き、君は・・・・・・」

「私はフェイト・T・ハラオウン。ちょっと窮屈かもしれませんが、しばらくの間は我慢してください」

「あ、ああ・・・・・・」

 まるで夢の中の出来事のような救出劇に、男性はこの奇跡的な瞬間をただ不思議がり、絶世の美女に抱かれていることに心を奪われていた。

フェイトが無事に救助を終えた束の間、再び巨大生物達が暴れ出そうとしていた。そこへ、遅れて現場に駆けつけたユーノ達は、目の前の状況を素早く分析し、的確に対処を開始する。

「ユーノ君、結界お願い!」

「お安い御用だ」

 ユーノは結界魔法を展開し、半径十キロ圏内を封時結界で覆った。結界が発動すると、周囲にいた人々や物体は強制的に結界の外へ弾き出され、内部にはユーノ達だけが残った。

「はやてちゃん!」

「おっし、なのはちゃん、タイミング合わせてな!」

結界によって人目を気にせず魔法を行使できる状況が整い、なのはとはやては目の前の巨大生物達に対し、それぞれの魔法で攻撃を仕掛ける。

〈Load Cartridge〉

 なのははレイジングハートに一発だけカートリッジを装填し、飛び出した薬莢の後、先端に凝縮された桜色の魔力光が輝きを放つ。

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け――」

 はやてもまた夜天の魔導書を開き、十字型の杖シュベルトクロイツを掲げて詠唱を始めた。

そして、頃合いを見計らい、なのはは巨大エビ、はやては巨大イカに向けてそれぞれの魔法を放つ。

「エクセリオン・・・バスター!」

「石化の槍“ミストルティン”!」

なのはの放った巨大な桜色の砲撃がエビを直撃し、木端微塵に吹き飛ばす。一方、はやての槍の雨がイカを石化させ、砕け散らせた。

「ユーノ君、ラスト一匹おねがい!」

「ちゃっちゃと決めてーな」

ユーノはやれやれと呟きながら、仕込み杖を構え、その姿を斬魄刀『晩翠』の始解形態に変化させる。

「この世界に来て早々に、カニの怪人だの巨大生物に出くわすなんて、これってツイてるというかツイてないというか・・・・・・」

などと言いながら、そして空高く舞い上がり、勢いをつけて残った巨大カニを頭上から一刀両断に切り裂いた。

「はああああ」

バシュン――。鋭い斬撃音と共に、巨大カニの胴体は真っ二つに裂け、その動きを止める。

作業を終えたユーノはふと地上を見下ろし、そこで重大な事実に気づいた。

結界内には、なおも数人の人影が残り、自分達の戦闘を目の当たりにしていたのだ。

「しまった! 僕としたことが結界内に人が残ってる事を見落とすなんて・・・・・・」

ケアレスミスとは言い難いその状況に、ユーノは焦りの表情を浮かべたが、さらに驚くべき光景が彼の視線に飛び込んできた。

「!!」

眼下の視線の先には、黒装束に刀を携えた、ずんぐりむっくりの猫型ロボットが佇んでいた。

(夢に出てきた・・・あのロボット・・・!)

ユーノの脳裏には、あの夢に現れたロボットが鮮明に蘇る。それが現実のものとして存在していることに、ユーノは息を飲む。

思考が凍りつきそうなユーノのもとに、なのはが呼びかけた。

「ユーノ君、どうしたの?」

「早く退散しよう。さっきフェイトちゃんから、要救護者を近くの公園に避難させたいう連絡が入ったんや」

「・・・・・・・・・」

「ユーノ君、聞いてる?」

「え。ああ・・・わかったよ」

平静を装いながらも動揺を隠しきれず、ユーノは現場を離れることにした。

そして、結界の中に残された猫型ロボットは、去って行くユーノを見つめながら呟いた。

「あれは・・・・・・」

 

           *

 

午後19時00分――。

町から数キロ離れた森林地帯に仮設ハウスを設置し、ユーノ達は野営の準備を整えた。テントの中では、なのは達が今晩の食事の支度を進めている。

「ん~・・・。さすがは北海道産の食材、どれもこれも新鮮で美味しい!」

「それにしても、あの巨大生物はどこから湧いてきたんだろう? カニランテもそうだったけど、巨大生物からもアンゴルモアの残滓が検出されたってことは・・・・・・」

「まぁ追々わかるやろうな。にしても、ユーノくん、なんやさっき様子がおかしかったな?」

「そう言えば、なんかすごく驚いてたようだったけど・・・・・・どうしたんだろう?」

巨大生物を退治してから、ユーノの様子はどこか落ち着かない。なのははふと、テントの外で一人佇むユーノを気にかけた。

一方、ユーノは一人星空を見上げ、昼間の出来事を反芻していた。

(・・・あの夢はただの夢じゃなかったのか・・・)

昨晩見た奇妙な夢を、当初は単なる夢だと思っていた。

しかし、それはまるで予知夢のように現実の出来事として現れた。アンゴルモアと結びつくこの奇妙な因果に、ユーノは驚きつつも不安を募らせる。

(ドラえもん似のネコ型ロボット・・・アンゴルモア・・・もうひとつの地球・・・・・・一見まとまりが無くバラバラに思えるこれらを結び合わせたとき、ひとつの『解』が導き出される。しかしながら・・・その『解』の形が僕には全く想像がつかない・・・)

難題に直面し、思考の迷路に迷い込むユーノのもとに、背後からなのはの声が静かに届いた。

「ユーノ君」

振り返ると、なのはがポニーテールを揺らしながら、両手を後ろに組んでゆっくりとユーノの隣へやって来た。

「どうしたの? さっきから何考え込んでるの?」

「昼間のことがちょっとね」

「あのおっきなエビとカニとイカのこと?」

「いや、事件そのものと言うよりも、現場にいたネコ型のロボットのことがどうしても頭から離れなくて・・・」

「それって、ユーノ君が夢で見たっていう?」

 なのはも、事前に聞かされていたユーノの夢の内容を思い出す。

「なぜあんな夢を見たのかはわからない。でも、もしこれが単なる偶然じゃないとしたら・・・・・・あのロボットと出会うことが必然だったとしたら」

「アンゴルモアが、私達とそのロボットを呼び寄せたってこと?」

次々と湧き上がる疑問に、二人は自然と沈思する。

しかしその時、テントから顔を覗かせたフェイトとはやてが大きな声で呼びかけた。

「二人ともー、夕ご飯の準備できたよー」

「そこの新婚サーン! 早くこないと無くなるでー!」

はやてが面白半分に二人をからかう。途端になのはとユーノは頬を染め、あたふたと動揺する。

「「はやて(ちゃん)!!!///」」

「もう、ダメだよはやて。あんまり二人をからかったら」

「ええやん、その方がおもしろいもん」

「勝手に僕らで面白がるなよ!」

幼馴染であるがゆえに、何かと二人の仲をからかうはやての態度に、ユーノは少し困惑しながらも、夜空に浮かぶ満月を一瞥し、なのはと共にテントへと戻っていった。

 

           ◇

 

北海道 石狩地方 森林地帯

 

現地時間7月4日――朝6時半を過ぎた頃、ユーノの微睡んでいた意識は、まるで絹を裂くような女性の悲鳴で一瞬にして覚醒した。

「あぎゃああああああああああああ!!!」

 その声には、恐怖と驚愕が混ざり、明らかに何か異常な事態に直面した叫びだった。飛び起きたユーノは仕込み杖を手に持ち、テントを飛び出して叫び声の方へ向かった。

「はやて、どうしたんだ!?」

 女性用テントに駆けつけると、なのはとフェイトが怯えた表情で膝をつき、崩れ落ちるように座り込んでいるはやてを見守っていた。

ユーノが事情を尋ねるより先に、彼はテントの外に広がる異様な光景を見て、その悲鳴の理由を直感的に理解した。

「ど、どうなっとるんやこれは・・・・・・」

そこには、この世のものとは思えない寒々とした地獄絵図が広がっていた。

森に生息するウサギやシカといった動物達が、悉くミイラと化しており、大量の蚊が飛び交っている。

「一体これは・・・・・・?」

「一晩の間に何があったの?」

 ユーノはこの異常事態の原因を突き止める必要に迫られた。彼は、体毛が抜け落ちて骨と皮だけになったシカの死体を調べ、その死因を特定する。

「大量の血液を吸われてミイラ化している・・・・・・」

「まさか、蚊に血を吸われて死んだって言うんじゃ?」

俄かには信じがたい話に、なのはたちは戸惑いを隠せなかった。ユーノは真剣な表情で、「他の場所でも同じような被害が出ていないか調べよう」と告げ、三人を連れて森を出た。

予感は的中した。道内各地で、動物が謎のミイラ化を遂げる異常事態が相次いでいた。ユーノ達が訪れたある酪農場では、一晩で大量の蚊に血を根こそぎ吸い尽くされた家畜五十頭の死骸が散乱していた。

「ここもひどい有り様・・・・・・」

「集団でまとまって動く蚊なんて、聞いたことがない。おそらくは新種・・・・・・それも移動しているな。方角は・・・・・・」

黒い蚊の塊は、まるで砂嵐のように異様な速度で各地を移動している。

ユーノは新種の蚊の動向から次の被害が予測される場所を割り出し、先手を打つべく行動を開始した。

 

 時を同じくして、虻田郡の観光地・ニセコ町では、異変が静かに始まっていた。

《緊急! 避難警報です! 住民は、絶対に外へ出ないようにしてください! 繰り返します――》

 町中に響くスピーカーの警報音。多くの住民は身の危険を感じて家に閉じこもるか、あるいは遠方へ避難していたが、中には警報を無視し、逆に機会と見て略奪を働く者もいた。

――ガシャン!

窓ガラスを突き破り、商品を盗み出す一人の外国人男性。明らかな窃盗行為であった。

「あっはっは! 警報のおかげでどの店も無人・・・・・・バカどもが。蚊に刺されて死ぬ人間がいるかっつの!」

 男は盗んだ金品を確認しながら、

「こんだけ盗れりゃ多少蚊に刺されてもオッケーだ」と、ほくそ笑んだ――その時、黒い塊が突風のように男の体をすり抜け、帽子を吹き飛ばした。

「風か?」

 気にせず立ち去ろうとした矢先、再び黒く不気味な塊が足元に迫る。

「な、なんだ!? うが・・・!? あううッ、おおおおおおおおおおおおおお!!!」

 黒い塊が男を覆い尽くし、男は必死に抵抗するが、ついには声を上げることすらできなくなった。その正体は、道内各地で家畜を襲っている新種の蚊の群れであった。数億に及ぶ蚊は一斉に血を吸い、最後には男をミイラへと変えて命を奪い去った。

蚊の群れは集めた血をある存在に捧げていた。空に浮かぶ、人と蚊が合成されたような女性――モスキート娘に向けて、まるで供物を捧げるかのように。

「ぷはぁ~!!」

 夥しい血液を糧に妖艶な笑みを浮かべたモスキート娘だったが、まだ満足していないようだった。

「なによアンタ達、こんなんじゃ全然足んないわよ。もーっと吸ってらっしゃーい」

 さらなる血液を求め、無数の蚊を放つモスキート娘。

しかし次の瞬間――桜色の砲撃が蚊の群れを貫き、瞬時に蒸発させた。

 

「!?」

 何が起きたかも分からぬまま、モスキート娘は背後に輝く金色の刃を構えた死神のような影を感じ取る。

「はああああああ!」

フェイトの一撃を間一髪で躱すと、モスキート娘は上空に控えた三人の魔法使い、そして地上から見上げるユーノの視線を感じ、静かに冷や汗を流した。

「なるほど。蚊の大群を操って血を集め、それをお前が独り占めしていたのか。お前が蚊に信号のようなものを送り操っていたとしたら、この不可解な集団移動にも説明がつく。主人であるお前を排除すれば、この目障りな群れもいなくなるのか?」

真下からユーノが問いかけると、モスキート娘は薄く笑みを浮かべ、大量の蚊を解き放った。

「食事が来たわ。吸い尽くしてあげなさい」

 数億匹の蚊の群れが黒い砂嵐のようにユーノを取り囲み、逃げ場を完全に塞ぐ。

「ユーノ君っ!!」

 なのはが心配の声を上げた、その瞬間――

「破道の五十八 『廃炎』」

 ドンッ――。爆音と共に赤い閃光が蚊の群れを焼き尽くす。

モスキート娘は目を疑い、ユーノが蒸気を発する手を空へ掲げ、鋭い眼光で睨みつけていた。

「僕達でお前を排除する。そのまま動くな」

「ふふふ、私を排除するですって? ふふ!・・・・・・やってみなさい!!」

 挑発を受けて激昂したモスキート娘に、ユーノが再び廃炎を放つ合図で、なのは達も一斉に攻撃を開始する。

「アクセルシューター!」

「ハーケンセイバー!」

「クラウソラス!」

 上空から四方八方へと飛来する誘導弾と魔力刃、波のように広がる高速砲。モスキート娘はそれらを華麗に躱すが、本命は地上から迫るユーノだ。

ユーノは木々を踏み台にして飛び上がり、魔力と霊力で強化した拳打を炸裂させ、顔面に直撃を浴びせる。怯んだモスキート娘は鋭利な爪を突き立てて反撃に転じた。

ユーノはなのは達の援護を受け、地上と空中を行き来しながら全力でモスキート娘を追い詰めていく。

「破道の三十三 蒼火墜!」

 青白い炎の砲撃を放つユーノに対し、モスキート娘は敏捷に回避し、突き出た頭の角でユーノの右腕を奪い去った。

「ふふふ。次は脚かしら?」

「ふっ、甘いね」

ユーノが不敵に笑いながら呟いた直後、バチンという音と共にモスキート娘の角に刺さったユーノの右腕が破裂。さらにはユーノ自身も消え去る。

どうなっているんだ、と、疑問に感じた瞬間――モスキート娘は下半身が異様に軽くなっている事に気付いた。気になって見てみると、いつの間にかあったはずの二本の脚が膝下からごっそり失われていた。

「あれ? 私の脚は?」

「無駄だよ」

 そう言ったのは、背後に現れたユーノだった。義骸を使って攻撃を躱し、油断したモスキート娘の脚を奪い去ったのだ。

「お前をこれ以上野放しにはしない」

追い詰められたモスキート娘は、戦略的撤退を図る。

「逃がさない。エクセリオン・・・バスター!!!」

 なのはが放った砲撃に、敵前逃亡を図ったモスキート娘は、咄嗟に蚊の群れを盾にして耐える。

「なんなのよあいつら? ムカつく。でも確かに、今のままじゃ殺されちゃいそうね」

正直言ってモスキート娘自身はそれほど高い戦闘力を持たない。何よりもそれを理解しているのは彼女自身であり、真面に戦ったところでユーノ達に勝てる算段はない。

だがひとつだけ・・・モスキート娘は、ある手段を思いつく。町の住民が避難しても、森や自然の動物は残っている。

「町の人間どもは隠れちゃったけど、森や自然の動物は別よ。さぁ・・・来なさいアンタ達、溜めこんだジュースを私に注いで頂戴!!」

 号令を受けた蚊の群れが彼女の元に集まり、巨大な黒い塊となる。それを目の当たりにし、ユーノ達も目を見張った。

「な、なんやあれ?」

「あの数・・・この町全体・・・いやもっと広範囲で血を集めていたのなら、奴にとって血液は単なる食料ではないのか? これは早急に終わらせた方がよさそうだ」

「はやてちゃん!」

「おーし・・・・・・私に任せといて!」

 語気強く言うと、はやては夜天の魔導書を開き、足元にベルカ魔法陣を展開して詠唱を始める。

ユーノ達は魔法の効果を信じ、安全圏まで待機した。やがて、詠唱を終えたはやてが、「遠き地にて、闇に沈め・・・」と呟き、広域空間魔法を発動する。

「デアボリック・エミッション!」

 刹那、広がる魔力スフィアが稲光を帯びながら、上空の蚊の集団を瞬時に葬り去った。ユーノ達はモスキート娘の操る蚊の大群が消えたことを確認する。

「言葉を話すから、人間程度の知能は持っていると思っていたけど・・・・・・所詮は虫か。わざわざ蚊を排除しやすいようにまとめてくれるとは」

「ははははははは!!」

しかし、その時、空から甲高い笑い声が響いた。

見上げると、虎のような紅毛に覆われたモスキート娘がニヤリと笑って彼らを見下ろしていた。

「バァーカね! その子たちは必要なくなったのよ! だって・・・」

 体を捻って右手の爪を軽く振ると、その衝撃だけで周囲の木々が吹き飛んだ。

「こーんなに、強くなったんですもの!」

あからさまに力を見せつけるや、モスキート娘は凶悪な笑みを浮かべて、高速で移動しはやての背後に回ると、バリアジャケットごと体を切り裂いた。

「はやてっ!!」

「「はやてちゃん!!」」

「ぐっ・・・」

 血を吐き意識を失うはやて。フェイトは怒りに満ちた目でモスキート娘に迫り、激しい空中戦が繰り広げられる。

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 親友を傷付けられたことで、我を忘れたフェイトは昂ぶる感情を押さえられず、冷静な判断力を欠いており、モスキート娘は余裕の笑みで躱し続ける。

「ふふふ。ダメよ。こんなんじゃぜんぜん刺激が足りないじゃないよ。もーっと・・・私を楽しませてくれなきゃね!!」

高速で激しい空中戦を繰り広げる人間と蚊の合成生物。

ユーノは重傷のはやての治療に専念し、なのははフェイトの戦いを見守りながら不安を覚えた。

「フェイトちゃん・・・」

だが次の瞬間、小規模な爆発音と共に、満身創痍となったフェイトが地面に叩きつけられる。

「フェイトちゃん!!」

 親友の身を案じるなのは。ユーノは険しい表情を浮かべながら、フェイトとはやての怪我の具合を確認。どちらもかなりの重傷であり、一刻も早い治療の必要があった。

「あはははは!! そんな攻撃じゃ蚊も殺せないわよ! ほんと脆いわね」

モスキート娘は笑い、人間の脆弱さを嘲笑う。そして、次の標的としてなのはに狙いを定め、接近した。

「次は・・・そいつの頭とってあげる!!」

なのはは咄嗟にラウンドシールドを張って耐えようとするが、モスキート娘の猛攻に圧され、防御壁を破られる。

「きゃああああ」

「なのはぁぁぁ――!!!」

衝撃で木々にぶつかり、重傷を負うなのは。その危機に、ユーノはなのはを救うために無我夢中で駆け寄るが、距離が遠い。

(完全に油断した・・・僕の判断ミスだ・・・このままじゃなのはが殺される。僕の命に代えてでも、何としてもなのはを救う!!)

「とどめぇ――!!!」

迫る蚊の凶行。

そして恐怖に震えるなのはの顔がユーノの瞳に焼き付くが、彼女との距離はまだ遠く縮まらない。

(だめだ、間に合わない!! くそ・・・神様でも仏様でもなんでもいい・・・!! お願いだから、彼女を助けてやってくれ!! 誰か・・・・・・!!)

全てを投げ出す覚悟で、ユーノは神仏に祈りを捧げた。

そして――奇跡は起こった。

 

「“(ろう)(もう)進撃(しんげき)陸式(ろくしき)鑽牙(さんが)”!!」

 なのはを爪で串刺しにしようとした瞬間、どこからともなく鋭い刺突(つき)がモスキート娘に炸裂する。

「ぐあああああああああああ!!」

 飛んできた刺突が直撃し、モスキート娘が吹き飛ばされる。その隙にユーノはなのはの元へ駆け寄り、安否を気遣った。

「なのはっ!! しっかり!!」

「ユーノ・・・くん・・・」

「良かった。命に別状は無さそうだ」

「うん・・・それより今のは・・・?」

 突然の出来事に困惑していると、近くから男性の声が響いた。

「ったく。蚊に刺されてミイラになるなんて話、マスコミの作り上げたでっち上げだとばかり思ってたんだがよ・・・まさかこんな近くにこんな危ねー蚊がいたとはな」

声の方へ振り向くと、首にマフラーを巻き、日本刀を携えた和装姿の長身の男が鋭い眼光でモスキート娘を睨みつけていた。

「ててて・・・・・・誰よアンタ?」

「これから斃される化生(けしょう)に名乗る名なんざねぇ」

男は挑発的に告げると、刀を垂直に構え、腰を低くして水平に構え直し、猛烈な速度で突進、片手で刺突を繰り出した。

「つらあああああああ」

風を突き抜け、モスキート娘の四肢を容赦なく切り落とすその業に、ユーノとなのはは息を呑む。

モスキート娘は分が悪いと見るや空中へ退避し、立て直そうとしたが――

「ほおおおおお!!!!!!」

背後から別の気配に気づき振り返ると、白を基調とした服に鉢巻を巻き、右拳に炎を纏った男が迫っていた。

万砕拳(ばんさいけん)炎砕(えんさい)!!!」

ボカン――。燃え上がる炎の正拳突きを顔面に受け、モスキート娘はアスファルトへ叩きつけられる。ユーノはなのはを抱えながら、突如現れた二人組の強さに圧倒された。

「すごい・・・あの人たちとんでもなく強い・・・・・・」

「なんなんだ彼らは・・・・・・とても人間業とは思えない力だ・・・!」

「彼らは紛うことなき人間ですよ。もっとも、ただの人間じゃないっことは補足しておきますがね」

すると、不意に隣から声がした。

振り返ると、黒装束に白い羽織をまとい、腰に刀を帯びたネコ型ロボットが立っていた。ユーノは目を見開く。このロボットこそ、夢で見たあの姿そのものだった。

(夢と・・・・・・同じだ・・・・・・!!)

ロボットは笑みを浮かべてユーノに一瞥をくれると、満身創痍のモスキート娘の元へ歩み寄った。

「よぉ、蚊の大量発生で北海道の畜産業はかつてない損失を被ったよ。乳製品の価格高騰はこちとら生活に支障を及ぼす大問題になりかねない。この落とし前は、きっちりつけさせてもらうよ」

「ぐ・・・・・・ごちゃごちゃと湧いてきて・・・・・・アタシを舐めるんじゃねぇよ!!」

怒りに任せて襲いかかるモスキート娘。だがロボットは軽く躱し、残った四肢を一振りで斬り落とす。

「なっ・・・こんなことって・・・?」

刹那、モスキート娘が呆然とする隙をつき、ロボットは彼女の顔を鷲掴みにし、空中に放り投げて飛び上がった。

人侍剣力流(じんじけんりょくりゅう)刹那乱閃(せつならんせん)』――!!」

モスキート娘は瞬く間に全身を切り刻まれ、爆発して消滅。体内の大量の血が雨のように降り注いだ。

常識外れな強さを見せつける謎の三人組の戦い振りに、ユーノとなのはは茫然自失。言葉を失うばかりだった。

「う・・・そ・・・!?」

「あの蚊のバケモノをたった三人で・・・!! 彼らは一体何者なんだ!?」

 

モスキート娘を倒した後、フェイトとはやての治療も済み、ユーノ達は命を救ってくれた三人に感謝の意を表す。

「先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!」」」

「いいっていいって!! 別に俺らたまたまドライブしてて通りかかっただけの行きずりだしさ、お礼の品とか全然いいからよ!!」

「そこまでは言ってねぇだろうが。図々しいにもほどがあるぞ」

「R君の図々しさは今に始まったことじゃないよ。だいたい本人に図々しいって言う自覚がまるで無いわけだし、言うだけ時間の無駄ってもんさ」

鉢巻の男の言動にマフラーの男とネコ型ロボットが呆れる中、ユーノは勇気を出してロボットに問いかけた。

「あ、あの・・・。えっと・・・あなたたち確か昨日、巨大なカニやイカが現れた現場に、居合わせていませんでしたでしょうか?」

 問われた直後、鉢巻の男が合点がいった様子で手を打つ。

「おぉ、そうだ。そういうアンちゃん達もあのとき空を飛んでたよな。俺らぁバッチリ見てからよ!!」

「あの、率直にお尋ねしますが・・・あなたたちは何者なんですか?」

 なのはが恐る恐る尋ねた。対して、マフラーの男が狼の如く鋭い眼光で睥睨し、難癖をつけた。

「おい、人に物を尋ねるときは先ずは自分から名乗るのが筋ってもんだろうが!」

「あ、えっと・・・その・・・ごめんなさい!」

ヤクザ染みた迫力に押されたなのはは反射的に謝った。

「まぁ、幸吉郎、ここは大目に見てやろうぜ」

「R君の言う通りだよ。この場はオイラ達から名乗った方が都合がいいかもしれない」

言うと、リーダー格であるネコ型ロボットが自己紹介を始める。

「申し遅れた。オイラは、この世界の時間の秩序と平和を守護する組織、時空調整者団体、TBT特殊先行部隊“鋼鉄の絆(アイアンハーツ)”隊長――サムライ・ドラだ! よろしくどうぞ。時空管理局の魔導師諸君」

「TBT・・・?」

「特殊先行部隊・・・」

「アイアンハーツ・・・?」

「サムライ・・・ドラ・・・・・・」

 

 

 

 アンゴルモアが結びつけた運命――

もうひとつの地球でユーノが出逢ったロボットとその仲間たちは、彼らに何をもたらすのか!?

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:ONE 漫画:村田雄介『ワンパンマン 1巻』 (集英社・2012年)

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日はサムライ・ドラさん率いるアイアンハーツについてだよ♪」

「『鋼鉄の絆』と書いて『アイアンハーツ』と読ませるこの特殊先行部隊には、現在七人のメンバーが所属している。それではここで、作者の思い描くキャラクターの声優を務める人も紹介しながら、順に見ていこう」

「先ずは、リーダーのサムライ・ドラさんの声は、二代目ドラえもんを務める水田わさびさん♪」

ド「ドラえもんじゃないからね!!! 言っとくけど!!!」

ユ「次に、ドラさんの右腕である幸吉郎さんの声には・・・斑目一角さんやその他熱い男を演じる機会の多い、檜山修之さん♪」

幸「兄貴!!! 俺は何所までも付いていきます!!!」

ユ「さらに、三席の駱太郎さんには、初代『るろうに剣心』で相楽左之介を演じたりポケモンのタケシを演じたりもしている、うえだゆうじさん♪」

駱「二重の極み!!!・・・なんつってな!!!」

ユ「続きは、次回紹介するよ♪」

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 ある日、外回りがてら昼食を摂ることにした恋次と吉良が訪れたのは、知る人ぞ知る曰く付きの食堂だった。

恋「ここがそうか?」

吉「ヒト以外なら何でも調理して食べさせてくれるって専らの噂みたいだ」

 きな臭い臭いがプンプンする中、怖いもの見たさから二人は恐る恐る入店。

店主「いらっしゃい。好きな席へ・・・」

 他に店員がいないのか、注文は直接料理人が聞きに来た。

店主「ご注文はナニ?」

恋「よくわかんねーから、オススメを出してくれ」

吉「僕もそれでお願いします」

 そう言われた後、ガリガリの仏頂面の店主は「ちょっと待ってロ」と言い残し、厨房へ戻っていった。

「ギニャアアアアアアアアアッ!?」

恋・吉「うぉ!?」

 すると、しばらくして二人の耳に聞いたことの動物の鳴き声が響いた。そして少しすると、鈍い打撃音と共に猫の悲鳴が木霊した。

一瞬の静寂が店内を包む中、様子を見ていると――厨房から店主が戻って来た。その手に持っていたのは熱々の鍋だった。

店主「へいお待ち」

恋「うぉぉ・・・・・・」

吉「あの、これは何ですか?」

 目の前に置かれた謎の肉が浮かぶ料理を前に固唾を飲む恋次に代わって、吉良が恐る恐る料理について店主に説明を求める。

店主「こいつは水煮活猫(シュイヂュウフオマオ)だ。生きた猫をしめて、香辛料のよく効いた出しに付けてぶつ切りにした野菜と肉と一緒に煮たものだ」

恋「するってーとさっきのはやっぱり・・・・・・!」

吉「ネコの悲鳴・・・・・・!」

 原形を留めていないとは言え、先ほどの断末魔が耳に残り思わず箸を止める二人だった。

 次回につづく!

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