ユーノ・スクライア外伝   作:重要大事

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第42話「Boost World;加速する世界」

新歴079年 7月31日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

「では午前の訓練はこれで終了します。お疲れ様です」

いつものように、なのはの号令で訓練が締めくくられる。

「「「「「ありがとうございました」」」」」

訓練を終えたフォワード達は、連れ立って隊舎へ戻る。その道中、日々の喧騒の中でつかの間の安らぎともいえる、軽口を交わし合う。

「あぁー、おわったおわった。さーてと、腹も空いたし昼飯にっすか!」

「今日のランチなんでしたっけ?」

「食堂の日替わりメニューって当たりハズレがあるからな・・・ここは無難にラーメンでも」

食事の話題で盛り上がる中、一行の視線がふと遠くに向けられる。

「あれ?」

隊舎の方へ向かって一台の緑色のバイクが疾走してきたのだ。その鮮やかな色合いとエンジン音が周囲の空気を切り裂きながら近づいてくる様子に、自然と彼らの話が止まる。

「あのバイクって・・・」

見慣れない車体に、フォワード達の間に疑念が広がる。やがてそのバイクは隊舎の前でスムーズに停止した。エンジン音が消えると共に、乗り手がヘルメットを外す。緑を基調としたライダースーツに身を包んだ人物が現れたのは、ユーノだった。

「やぁみんな。訓練終わりかい?」

「ユーノ君!?」

「もしかしてそれ・・・ユーノ先生のバイクですか?」

「そ。僕の単車」

思いもよらない人物の登場に驚きを隠せない中、恋次がバイクをじっと観察し、やがて何かに気づいた様子で声を上げる。

「お。俺こいつ知ってるぞ。檜佐木さんの持ってるのと同じカワサキのZ-Ⅱだろ!?」

「正確にはZX-6R、通称ニンジャです。これはそれをベースとして僕が設計開発したスペシャルモデル。その名も『グリーンラベル』です!」

「グリーンラベルって・・・・・・」

「完全にビールの銘柄っすよね? 怒られませんか?」

「はははは。ちょっと何言ってるかわかんないな♪」

「なんで何言ってかわかんねーんだよ!?」

軽妙なやり取りの中、ユーノの名付けた車両のやや危ういネーミングセンスが物議を呼ぶ。しかし、本人の惚けた態度に、恋次のツッコミが空しく響くばかりだった。

 

           *

 

同隊舎 食堂ホール

 

「それにしても意外ですね。ユーノ先生にツーリングのご趣味があったなんて」

食事の席で、エリオは箸を止めることなく昼食をとりながら、意外そうにユーノに問いかけた。

「僕は根っからのアウトドア派だよ。まぁここ十数年でインドア派のイメージがすっかり定着してしまったけど」

ユーノは味噌カツ定食に箸を進めながら、軽やかに答える。その隣でサンドイッチを口に運ぶなのはが、タイミングを見計らって問いかけた。

「いつ免許なんて取ったの?」

「割と最近だよ。それこそ地球で修行してる時にね。久しぶりにエンジンをかけたくなって店から引っ張り出してきたんだよ」

なのはの疑問に答えるユーノに、ヴィータが眉をひそめる。

「わざわざ地球まで取りに行ったのかよ」

「ちょうど外出する予定もあったし、ミッドの土にも馴染ませようと思ったからね」

さりげない返答ながら、その行動力に小さく感嘆の声が上がる。すると今度はフェイトが興味津々の様子で質問を投げかけた。

「そういえば改造したって言ってたけど・・・何をどう改造したの?」

その問いに対し、ユーノはほんのり不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「ふふ、これが一言では言い表せないんだなー。強いて言うなら、グリーンラベルには僕が求める男のロマンのすべて注ぎ込んだつもりさ」

「男のロマン?」

「まさか・・・飛べるのか!?」

息を呑む恋次。その問いかけに、ユーノは一瞬の間を置いてから力強く答える。

「無論、飛べます」

その言葉に食堂の空気が一変した。男達の目が輝きを帯び、少年のような熱気が場を包み込む。

「すげー!! 店長、俺も乗せてほしいっすよ!!」

「僕も乗ってみたいです!」

「ご迷惑でなければ私もいいでしょうか!?」

鬼太郎やエリオ、ティアナまでが子どものようにはしゃぐ姿に、女性陣の反応はやや冷ややかだった。

「なんつーか。男って奴はどうしてマシンとかにすぐ熱くなるんだ?」

「ティアさんは女性ですけどね」

「気持ちはわからなくもないけどね」

ティアナへの軽いツッコミも交えながら、場の熱気は冷める気配を見せない。そんな中、なのはがふと夢見がちな声を漏らした。

「でも・・・・・・ユーノ君のバイクで二人乗りしてどこか遠くへ行けたら楽しいだろうな」

そう呟いた彼女の頬が、不意に朱に染まる。彼女の脳裏に浮かぶのは、バイクの後部座席でユーノの背中にしがみつく自分の姿。疾走する風と、どこまでも続く広大な景色。そこから繰り広げられる甘美なロマンチックな展開に思わず赤面した。

「もうやだ♪ わたしったら何考えてるんだろう!」

なのはの頬を染める赤みは、妄想の中に潜む甘やかな情景が原因だった。それを目の当たりにしたスバルは、少し心配そうに彼女を見つめる。

「あの・・・なのはさん。だいじょうぶですか?」

スバルの問いかけに気づいたなのはが、慌てて取り繕おうとする様子を横目に、周囲のざわめきは次第に穏やかさを取り戻していった。

 

           ◇

 

8月3日――

第84管理世界「チルクイト」

ミュートアーバン スクリューサーキット

 

ミッドチルダを彷彿とさせる近未来的な都市。その中心部に堂々と聳え立つ特設サーキット場が、この日の主役だった。華やかな花火が空を彩り、大観衆の歓声が会場を揺るがす。

『新暦079年、ここスクリューサーキットのサーキットに今、トーナメント出場の150台が今、ウォームアップに向かいます!』

アナウンスが響く中、サーキット場にはさまざまな個性豊かなバイクマシンが集結していた。それぞれがエンジンを始動し、ウォームアップを兼ねたテスト走行を開始する。その轟音がサーキット全体に反響し、期待感を一層煽る。

『この中には賞金目当ての次元海賊や盗賊団の連中が必ず潜んでいます。莫大な賞金は、彼らの資金源にしてはならないのはもちろん、最大の使命であるアンゴルモアを絶対に渡しちゃあかん。それが我々管理局機動六課の使命や!』

無線越しに響くはやての言葉は、レースに参加する恋次、ティアナ、エリオの三人に緊張と覚悟を刻み込む。

「心配すんなはやて。この俺が必ずレースで優勝してやるよ!」

「恋次さんには悪いですが、優勝は僕がいただきますよ」

「何言ってるのエリオ。私よ」

三者三様の宣言が交錯する中、恋次は視線を前方に向けながらも、心の奥で小さく呟いていた。

(しかしまぁ――どうしてこんな事する羽目になっちまったかな)

 ヘルメット越しに視線を遠くへ向けると共に、彼は数日前の出来事を思い返す。その記憶は鮮烈でありながらも、どこか現実味を欠いていた。

 

           ≒

 

三日前――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

時を三日前に遡る。

その日、新たなアンゴルモアが発見されたとの一報がもたらされた。だが、その詳細があまりにも突拍子もないものだった為、司令室には一時的に困惑の空気が漂っていた。

「アンゴルモアが、バイクレースの優勝トロフィーにされちまってるだぁ!?」

 恋次は、話を聞くや否や予想を遥かに超えた事態に驚愕し、思わず声を荒げた。

「第84管理世界『チルクイト』・・・そこで毎年開催される事件世界中のバイクレーサーが一堂に会する年に一度の祭典、『フリーダム・バイク・トーナメント』・・・通称『FBT(エフビーティー)』の優勝トロフィーにアンゴルモアが使われてしまったようです」

冷静に状況を説明するクロノ。その語る内容の異様さに、室内の誰もが微妙な沈黙を保った。

「『チルクイト』か・・・・・・厄介だな、あそこにはこのレースに関して特別な法律があるんだよ」

「特別な法律、ですか?」

ユーノが眉間に皺を寄せながら呟く。その言葉に反応したスバルが興味深げに首をかしげた。

「“レースに出場できる選手とそのスタッフにはその素性と経歴を一切問わない”だよ」

「つまり、観客を熱狂させてくれれば悪人だろうが犯罪者だろうが全然オッケーっちゅうことや」

フェイトとはやてが補足する形で説明を続けると、スバルを始めとするメンバー全員が呆気に取られたように声を漏らす。

「うぇ!? それ、かなり無茶苦茶な法律ですね・・・」

「まぁ~でも、アンゴルモアがレースのトロフィーにされちまってるなら、とっとと回収しに行こうぜ!」

彼らの困惑に拍車をかけるように、恋次は気勢を上げつつも、意気揚々と宣言する。

「無理なんですよ、恋次さん」

しかし、その直後、ユーノが冷静に彼の言葉を否定した。

「な、何でだよ? 管理世界なら管理局(こっち)から事情を説明すれば話くらい聞いてくれるんじゃねーのか?!」

管理世界である以上、管理局側から圧力をかければ容易に解決できると考えていた恋次の言葉に、ユーノは首を振る。そして、事態の深刻さを彼に理解させるべく、事細かに説明を始めた。

「レースには治外法権が適用されている為、管理局と言えど強制捜査・捜索は出来ないんですよ」

そう語ると、ユーノは中央モニターに図解を展開し、広域捜査の流れを示す。その一連の説明は、恋次のみならず他のメンバーにも重要なポイントを叩き込むものだった。

「通常、この手の広域次元捜査は本局に所属する執務官、それを抱える合同捜査班または越境捜査権を与えられた局員が行います。本局刑事部から依頼をし、次元裁判所に理由を説明し捜査を認めてもらう。しかし、機動六課は超法規的に裁判所の許可なく、ある程度の越権行為が認められています。それは、アンゴルモアという第一級指定の極めて危険な古代遺物(ロストロギア)を回収する使命があるからです。しかし、だからと言って何でも許されるわけではない。相手国の文化や法律を無視するようなことは、治安維持組織としての信頼を損ねる行為そのものです」

 直後、ユーノは凛とした眼差しでこの場にいる全員を窘めるように言葉を紡ぐ。

「捜査という建前を振りかざして、事情も知らずにズケズケと押し入られる側はどう思うか? 僕たちがやってるのは言わば、他人の家に土足で上がり込むのと同じことなんだ」

その説明を受け、白鳥がおもむろに口を開く。

「つまり・・・・・・治安維持組織としての管理局に属している以上、機動六課としてもデタラメに相手の国の文化や法律を蔑ろにすることは出来ない――という訳であるか」

白鳥の的確な要約に、恋次はようやく状況を飲み込む。そして彼の心には、自分の所属する護廷十三隊と管理局との類似性が改めて浮かび上がる。

「ったくよ・・・・・・じゃあどうすりゃいいんだよ!?」

「上手く立ち回る必要がありそうだ。なにか妙案はないだろうか」

恋次は頭を掻き毟りながら苛立ちを隠せず、傍らでは吉良が顎に手を当て、冷静に思考を巡らせている。その対照的な姿が、場の空気を不思議な緊張感で包み込む。

「詰まるところ・・・・・・レースに出場して勝たなければなりませぬ」

その時、金太郎の言葉が静けさを破った。聞いた瞬間、前線メンバーが驚きに目を見開き、ざわめきが広がる。

「レースに出場、ですか!?」

動揺を抑えられない一同を前に、クロノが咳払いを一つして場を落ち着けると、冷静な口調でFBTの詳細を説明し始めた。

「FBTは、様々な障害を乗り越え一番早くゴールに到達した者が優勝となり、莫大な賞金を独り占めにすることが出来る。勝率を上げるためには、少なくとも三、四人はレースに参加しないとならないだろう」

クロノの説明を聞いた恋次と鬼太郎が顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた。

「なら話は早いもんだ!! レースに出場して勝てば良いんだろう。こんな簡単なことは他にないぜ!!」

「おうよ、話がシンプルに越したことはねーよな!」

 複雑な問題よりも単純明快な解決策を好む二人にとって、この話は実に分かりやすかった。目的が「バイクレースで勝つ」という一点に絞られるなら、すぐさま行動を起こすべきだと考えている。

だが、そんな二人の熱気を冷ますかのように、シグナムが落ち着いた声で言葉を投げかける。

「話の腰を折ってすまないが・・・・・・阿散井。貴様はバイクに乗ったことはあるのか?」

鋭い指摘に、恋次は心臓を突かれるような感覚を覚えた。彼の動揺は明らかで、錆びたナイフで心臓を抉られるような不快感がその表情に浮かび上がる。

「は・・・ははははは! も、ももも勿論だぜ!! 尸魂界(向こう)じゃバイク好きの先輩死神からバイクのイロハを叩きこまれたもんだぜ!!」

無理やり笑みを作る恋次だったが、その取り繕いは、次の瞬間に吉良の冷静な指摘によってあっさり崩される。

「いや阿散井君。君、檜佐木さんからバイクを見せてもらった事はあっても、乗った事は一度も無かった筈だろ?」

「って!! テメーは余計なこと口にするんじゃねーよ吉良!!」

そのやり取りに、メンバーは予想通りという反応を見せた。恋次のバイク経験が皆無であることは驚きでも何でもなく、むしろ「やはりな」といった空気が漂う。それでも、恋次のプライドの高さが少々面倒であることに変わりはなかった。

「でも困ったな。レースに出場して勝たないとアンゴルモアは誰かに持っていかれちゃうわけでしょう?」

「かと言って出場できるメンバーも限られてくるしね・・・・・・前線メンバーで二輪の免許(ライセンス)を持ってるって言ったら・・・」

フェイトとなのはが周囲を見渡す。その視線は自然とティアナとエリオに向けられた。

「ティアナとエリオ・・・くらいだよね」

「他に誰か乗れる人いないでしょうか?」

一同が真剣に問題解決の方法を模索する中、ただ一人、ユーノだけが深い違和感を抱いていた。

(アレ? おかしいな。みんな僕がバイクに乗れるって知ってる筈なのに、なんで誰も気づいてないフリしてるんだろう・・・・・・)

彼は心の中で呟きながら、状況に困惑する。だが、事態はそんな彼の違和感を無視して進んでいく。

「こうなったらしゃーない! 時間もあまりないし、強硬手段や!」

 はやてが決意を込めた声でそう言うと、真剣な眼差しをたたえながら恋次の前に歩み寄った。嫌な予感が頭をよぎる恋次。その肩に、はやての手がポンと置かれる。

「恋次さん、男になってくれますか?」

「俺は元から男だぁ! 何だよその()は!? 俺に出場しろだなんて言わねーだろうな!? 俺は絶対やらねーからな!! 駄々っ子のワガママなんざ聞きたくねーからな!!」

 恋次の必死な抵抗は続くが、部隊長権限という強大な力の前に、その意志は無情にも押し潰されるのだった。

 

           *

 

同隊舎 海上トレーニングスペース

 

 数十分後、恋次は不承不承ながら、紅蓮のライディングスーツを着せられ、半キャップ型のヘルメットとゴーグルを装着させられた。宛がわれたレーサーレプリカタイプのバイクに跨っているものの、その表情には強い不満が滲んでいる。

「だー・かー・らー!!! 人の意思をガン無視してんじゃねーよチビダヌキっ!!!」

 怒鳴り声をあげる恋次の様子を見て、はやてはどこ吹く風とばかりに涼しい顔をしている。海千山千を生き抜くために磨き上げた、その狡猾な態度に癪を感じる恋次を見かねたユーノが、宥めるように口を開いた。

「まぁまぁ恋次さん、ここは我慢してください。それに恋次さんだってホントはレースに出場したかったんじゃないですか?」

「ば、バカなこと言ってんじゃねーよ! 素人の俺がバイクなんて乗ったら、間違いなく怪我するだろうが! 俺は檜佐木さんから散々痛い話聞かされたから知ってんだよ!」

恋次の反論に対して、吉良とはやてが交互に言葉を投げる。

「でもこの機会にバイクの運転も覚えておいて損はないと思うよ、阿散井君」

「仰る通り。ほな、早速特訓と行きましょうか!!」

 二人の他人事のような態度に、恋次はさらに怒りを募らせる。

「オメーら・・・自分がやらないからって・・・第一はやて、テメーは親指立ててんじゃねーよ!! ぶっ殺すぞ!!」

 憤る恋次だったが、どこかで期待に応えようという気持ちが全くないわけではない。人が良すぎる自分に呆れながらも、腹を括ることにした。

「おっしゃ! なら俺が直々に乗り方を教えてやるぜ!! こう見えても若い頃は湘南の海外沿いを族仲間と爆走したもんだ!」

 自信満々に名乗りを上げたのは鬼太郎だった。その発言に周囲は疑念の目を向ける。

「おい、ちょっと待てよ鬼太郎・・・・・・お前まさかバイク乗れるのか!?」

「ああ、乗れるぜ」

あっけらかんと答える鬼太郎に、恋次が驚きと怒りを露わにする。

「いや乗れるのかよ!! だったらなんであのとき名乗り出なかったんだよ!!」

「めんどかった」

鼻の穴をほじりながら、ふてぶてしい態度で応じる鬼太郎。

「ざけんじゃねーぞ!! テメーも蛇尾丸の錆にしてやろうか!!」

その返答に激怒した恋次がバイクから降りて詰め寄ろうとするが、周囲が慌てて彼を抑え込む。

「恋次さん! お気持ちはわかりますが、ここはぐっと抑えて!」

「みんな期待してるんですって! 恋次さんがレースで優勝する事を!!」

「だいじょうぶです!! 恋次さんならきっと任務を成功させてくれるって信じてます!!」

 どうにか彼の機嫌を取らなければならなかった。ギンガ、エリオ、キャロが必死に宥めると、恋次の怒りも徐々に収まっていった。

「・・・・・・ちっ、分かったよ! で、まずどうすればいいんだ?!」

「先ずは右手で軽くアクセルを回してみろ!」

「こ、こうか・・・?」

 言われた通り、恐る恐る右手でアクセルを回す恋次。すると、エンジン音が力強く響き渡る。

「おおぉ! エンジンがかかったぜ!」

「それくらいで驚いてんじゃねーよ。次はそのハンドルに付いてるスイッチを押してみろ」

 鬼太郎の指示通り、恋次がスイッチを押すと、バイクの馬力が一段と上がり、勢いに驚いた恋次が声をあげる。

「のおおお!!??」

「恋次さん、慌てなくても大丈夫ですよ。そのままの姿勢なら大丈夫ですから」

ティアナの冷静な助言でなんとか落ち着きを取り戻した恋次。しかし、鬼太郎の次なる指示が待ち構えていた。

「よし! 次は左手のクラッチを握ったまま、左足を蹴ってギアを一足に入れてみろ!」

「わ、分かった!」

「そのまま右手でアクセルをぶん回せ!」

「え?」

 その違和感ある指示にティアナが即座に反応する。

「アクセルを・・・回すんだな!」

 鬼太郎の言葉を鵜呑みにした恋次は、全力でアクセルを回す。

「今だっ! クラッチをパっと放せ!!」

 掛け声と共に恋次がクラッチを解放した瞬間――バイクが後転し、彼を地面に叩きつけた。

「どあああああああああああ!」

 思わぬ事態に恋次は驚き、そのまま身体を強く打ってしまう。痛みに呻く恋次を見て、周囲は一斉に駆け寄る。

「恋次さん!?」

「大丈夫ですか!?」

「鬼太郎さん! どうして間違った運転方法を教えるんですか? クラッチを急に放したりしたら・・・・・・」

 当惑した様子のティアナの厳しい指摘に対し、鬼太郎は悪びれる様子もなく笑う。

「最初に怖い思いをしたほうがいい! これが俺流の教え方だ!!」

「て、てめえ・・・!! 義骸とはいえ危うく頭蓋骨にヒビが入るところだったぞ!!!」

((((((ひどい人だ・・・・・・))))))

 恋次が堪らず激怒すると、フォワードメンバーは冷や汗をかきながら、鬼太郎のサディスティックな教え方にただただ呆然とするばかりだった。

「ていうか先輩、それって一応ヴァイス君のバイクだからね。壊したりでもしたらどうするのさ?」

「ま、何とかなるだろう! ハハハハ!」

 あまりにも行き当たりばったりな言葉に、全員が一瞬無言になる。その沈黙を破るように、鬼太郎は全く悪びれる様子もなく笑みを浮かべた。

「それよりどうだった、恋次・・・楽しかったか?」

「楽しいわけねーだろ!!!」

怒声を響かせる恋次。その顔には怒りが煮えたぎっていた。彼は心の中で固く誓う――「こいつ何時か殺してやるぞ」と。

ちょうどその時だった。件のバイクの持ち主であるヴァイス・グランセニックが、状況確認のため現れる。

「うぃーっす。どうすっか調子は・・・・・・って!! 何があったんだ!!! 俺のバイクが倒れてやがる!!」

最近購入したばかりの愛車が、無惨に地面に伏している様子を目の当たりにし、ヴァイスは衝撃を隠せない。その驚天動地ぶりに、場の空気はさらに気まずいものとなる。

悲嘆に暮れるヴァイスに対し、ティアナは申し訳なさそうに頭を下げる。

「すみませんヴァイスさん、ちょっといろいろありまして・・・・・・」と、平謝りするティアナの声が、沈黙を取り繕うように響いていた。

 

 その後も、鬼太郎の監修の下で恋次の厳しい訓練は続いた。

慣れないバイクという文明の利器に悪戦苦闘しながら、恋次はなんとか乗りこなそうと必死だった。しかし、焦るほどにトラブルは続く。

「ぐっ・・・!! やべぇ!!」

 転びそうになる度に、とっさに身を守ろうとバイクを放り投げる恋次。その度にヴァイスの絶叫が訓練場に響き渡った。

「なぁぁぁ!!! 俺のバイクがぁぁ!!!」

無造作に地面に叩きつけられる愛車を見て、ヴァイスは顔面蒼白。苦々しい表情で見守る彼の目の前で、さらなる悲劇が繰り返される。

「まだまだ・・・・・・! でも駄目だったー!!」

「ひえ~~~~!!! 壊れるーっ!!!!」

 バイクを操る恋次の運動神経は確かだが、如何せんハンドル操作には難がある。勢い余って壁に激突するたび、ヴァイスの精神が目に見えてすり減っていくのが分かった。

それでも数時間にわたる練習の末、恋次はついにバイクの基本操作を掴み、普通に走行できるようになった。

「何をチンタラ走ってやがんだ!!! そんなんじゃレースで勝つことなんて出来ねーぞ!! コーナーをがんがん攻めろ!!!」

「んなこと急に言うんじゃねーよ!!」

鬼太郎の厳しい指導は、恋次が乗れるようになってからさらに苛烈さを増していった。的外れな野次にストレスを募らせる恋次の不満は、爆発寸前だ。

日が暮れはじめた頃、デスクワークを終えたスバル達が訓練場を訪れると、鬼太郎が竹刀片手に指導という名の“ストレス発散”をしている光景が目に入った。その様子に、彼らは思わず顔を見合わせる。

「わぁー・・・恋次さんも大変そう・・・・・・」

「あれじゃ完全に鬼太郎さん優位ですもんねー」

「客観的に見れば、人を苛めて喜んでるだけのように思えるのは僕だけでしょうか・・・?」

「ていうか運転免許(ライセンス)の無い恋次さんをレースに出すことは、管理局としてどうなのかしら?」

それぞれの視点から異論が飛び交うものの、状況のおかしさを指摘すればキリがない。彼らは心の中で恋次に同情しつつも、終業時間を迎えると自然と隊舎へ戻っていった。

 

 一方、ユーノはエリオとティアナが搭乗する機体の調整に勤しみつつ、追加の改良作業を進めていた。彼の手際は実に丁寧で、慎重そのものだ。

「さて・・・・・・これでいいだろう。あとは実働テストさえすれば・・・」

独り言のように呟きながら、最後の仕上げにかかろうとしたその瞬間――

 ダガ――ンッ!!!

「だぁぁ――!!!! 俺のバイクがぁぁ――!!!!」

 訓練場の方から響く、激しい衝突音と、断末魔の叫びにも似たヴァイスの声。その音量と迫力に、ユーノは思わず手を止めた。

(・・・・・・またか)

予想はしていたものの、その現実に苦笑せざるを得ない。ユーノは工具を置き、静かに手を合わせると、無惨な姿になったであろうバイクの冥福を心の中で祈りつつ、ヴァイスの心中を察し、彼は小さく息を吐く。

 

 午後6時――。

鬼太郎指揮の下で行われた地獄教習からようやく解放された恋次が隊舎に戻る頃には、彼の身も心も満身創痍となっていた。

その変わり果てた姿に、一瞬唖然としたユーノだったが、すぐに労をねぎらうべく称賛の言葉をかける。

「い、いやーちゃんと乗れるようになって良かったじゃないですか♪ さすがは恋次さん、元々のポテンシャルの高さが活かされましたね!」

「そいつはどうも・・・くそ!! 今日一日こいつの所為で散々な目に遭ったぜ!!」

隣に立つ鬼太郎に向けられる恋次の視線には、不満がありありと浮かんでいた。そんな露骨な悪態に対して、鬼太郎も当然のように苛立ちを露わにする。

「あぁ、何だよその目は!? 俺が懇切丁寧に指導したから、乗れるようになったんだろうが!!」

「懇切丁寧って言葉の意味を今すぐ辞書で引いてみろ! あれのどこが指導だ、ただ俺でストレス発散してただけだろうが!!」

一触即発の空気が張り詰める中、見かねたユーノが二人の間に割って入る。

「はいはい、そこまで。とりあえず恋次さん、あなたは一度シャマルさんのところに行って怪我の手当てを受けてください。その後は食事を摂って、お風呂に入って、ゆっくり休んでください。今後の流れは明日またみんなが揃った時にお話しますので」

「・・・・・・けっ。わーったよ!」

 鬼太郎への不満は尽きないものの、これ以上無駄に体力を消耗するのは得策ではないと悟った恋次は、不承不承ながらもユーノの言葉に従うことにした。

(くそっ。この仮は何百倍にして返してやるからな、覚えてろよ!)

 心の中で鬼太郎への復讐心を滾らせながら、恋次は雪辱を果たす機会を窺うことを固く誓った。

「それはそうと店長。いくら当人のポテンシャルが高くても、バイク初心者の恋次さんより、先輩や店長自身が出た方が良かったんじゃないんですか?」

ここで浦太郎が、不意に疑問を口にした。その質問には、一種の批判的なニュアンスも込められている。

ユーノは向けられた疑念に対し、冷静に客観的な理由を述べる。

「FBTは、既存のバイクレースとはずいぶん勝手が違う。どんな状況にも冷静に対処できる、機を見て敏とする高い応用力が必要なんだよ。鬼太郎の空間把握能力はお世辞にもあまり高くないし、本人も出場自体に意欲がない。はやてのやり方は少々強引だけど、人選に間違いはないと思ってる。隊長格死神としての恋次さんの高いポテンシャルは、レースで必ず活かされる筈だよ」

 さらに、「それに――」と付け加え、自分自身が出場しない理由についても説明を続ける。

「僕自身もマシンの調整やレース対策とか、色々とやるべきことが山積しているからね。正直手が回らない状況なんだよ」

浦太郎はその答えに納得する素振りを見せるが、同時にユーノの言葉の裏にある意図を探るような視線を投げかける。

「ほんとにそれだけですか? なんだかんだ言って店長って、最後には必ず『保険』を用意する性格でしょう?」

 浦太郎の指摘は的を射ていた。彼はユーノの性格を熟知しており、その言動の裏にある計算高さを見抜いている。ユーノは浦太郎の勘繰り深さを理解してか、苦笑を浮かべながら、その問いに玉虫色の答えを返した。

「さーて。その『保険』の有無については・・・・・・浦太郎の想像に任せるよ」

 

           ◇

 

翌日――

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 アドバイザー室

 

明くる日、ユーノはトーナメントに出場する恋次、エリオ、ティアナの三人をアドバイザー室に集めた。彼は取り揃えた資料を整えながら、レースの詳細とバイクに関する説明を始める。

「FBTは、別名“地獄への片道切符”とも呼ばれている。というのも、このレースでは小国の国家予算相当の莫大な賞金と商品を独占できることから、苛烈極まりない争いが勃発する。レース中の衝突事故は言うに及ばず、妨害工作によって毎回多くの死傷者が出ているんだ」

「ま、まじかよ・・・・・・」

「そんなに過酷なものだとは知りませんでした」

聞けば聞くほど危険な現実に、三人の表情が次第に青ざめる。アンゴルモアの回収という重大な任務を遂行するためとはいえ、彼らの想像を遥かに超える過酷さが待ち受けていることを思い知らされる。

ユーノは三人の恐怖を理解しつつも、冷静な口調で万が一の事故に備えた対策について説明を続ける。

「僕としても、三人には五体満足で戻ってきてほしい。だからこそ、レースで使用するバイクには最大限の保険を用意しておいた」

「保険、ですか?」

ティアナが眉を顰め、疑問の声を上げる。

ユーノは不敵な笑みを浮かべると、机上にディスプレイを表示させ、三人に宛がわれる予定のバイクの性能について詳しく解説を始めた。

「アニュラス・ジェイドの魔工技術の粋を結集した世界に三台しかない特注品さ。転倒防止用の非常用オートジャイロやタイヤ空転の制御機能、衝突時の防護フィールド発生装置の搭載は言うに及ばず、車体の装甲はゾウが全体重をかけてもヒビ一つ入らない特殊強化フレームを使用。メインとなるエンジンにはARカートリッジにも使われているマギオン自動スキームとマギオン自動反応炉を取り付けた。さらに、次世代型飛行ユニットのおまけつき。死角はない」

「よ、よくわからねーが・・・・・・とにかく凄そうなのは何となくわかったぜ!」

「つまりこれでより安心してレースに集中できる、というわけですね?」

 やや呆気にとられながら、エリオが確認するように言うと、ユーノは扇子を片手に微笑みながら「そう言うこと♪」と、軽やかに返す。

「それで飛行ユニットについてなんだけど・・・」

ユーノはさらにディスプレイのボタン操作について詳細を説明し始めた。

「ハンドル中央部に備わった三つ青黄赤のボタンのうち、青いボタンを押すと、ホバー機能が起動して宙に浮くことが出来る。更に隣にある黄色いボタンを押すと、足場の悪い凸凹した道を平気で走行出来る。そして・・・最後の赤いボタンなんだが・・・」

ユーノの口調が少し重くなる。緊張した表情で恋次が問いかけた。

「な、何だよ・・・一体そいつを押したらどうなっちまうんだよ?」

 ユーノは一瞬溜息を吐き、眉間に皺を寄せながら重々しい声で答えた。

「このボタンを押せば、通常のブーストを遥かに上回るブーストを引き出す事が可能です。ただし、それを引き出す為に全ての安全装置が解除されるんです」

三人は互いに顔を見合わせ、動揺を隠せない。ユーノは再び説明を続ける。

「一度きりしか使えない上に、ブーストのタイミングもシビア、そのうえ乗り手には莫大な負荷が掛かる。しかし、今回のレース終盤にはこれを使わないと突破できない場所があります」

すると、ユーノがディスプレイを操作すると、トーナメントの最終ポイントが表示された。そこにはレーンが途切れ、完全に隔絶されたコースが映し出される。

「見ての通り、レーンが完全で途切れている。現地では【ダイダロス・ブリッジ】と呼ばれ、ここを突破しないとゴールには辿り付けない。しかも、ここは惑星の重力圏となっていて、ホバーモードも全く役に立たない」

「おいおい・・・こんなバケモノみたいなレーンを飛び越えないといけねぇのか!?」

「少なく見積もっても2000メートルってところですね・・・!?」

 あまりの難所に言葉を失う恋次とティアナ。その衝撃たるや、冷や汗すら乾いてしまうほどだった。

ユーノは険しい表情で三人を見つめ、低く抑えた声で問いかける。

「それでも正直な話、このレースに勝てるかどうかは分からない。生きるか死ぬかを問われる危険が挑戦だ。命を捨てる気概で望まないといけない・・・・・・三人にはあるかな、その覚悟が?」

 やや凄んだ表情を向けながら、低い声でユーノが眼前の三人尋ねる。

三人はユーノの気迫に圧倒されながらも、互いに視線を交わし、最後には力強い返事を返した。

「「「はい(おお)!」」」

 その答えを聞き、ユーノの表情が安堵に包まれる。彼は帽子の角度を直しながら軽く頷いた。

「――どうやら僕の杞憂だったようだね。オーケー、なら早速だがこれから外に出てアニュラス・ジェイドがチューンナップしたマシンの試運転といこうか。トーナメントまで時間がない。三人にはレースに勝つために今よりも高度な運転テクニックを磨いてもらわなければならない。三人とも・・・準備の方はいいかい?」

「私はいつでも!」

「俺もだ!!」

「同じくです」

全員の気持ちが今一つになった事を確認した。ユーノは清々しい表情の三人を勝利に導くべく、彼らを連れて部屋を後にした。

 

           ◇

 

その後、大会が開かれるまでの三日間は目まぐるしいものだった。

恋次、エリオ、ティアナの三人は、宛がわれた特注バイクを乗りこなすため、昼夜を問わず特訓に明け暮れた。

寝て起きたと思えば、朝食を摂る暇もなくバイクに跨り、ただひたすらに走り続ける日々。そのため、六課の訓練場には連日、バイク特有のトルク音が響き渡り、その音はまるで彼らの執念の叫びのようでもあった。

練習量は尋常ではなく、当然のように怪我も多発した。走行テストを繰り返すたび、誰かしら体に生傷を作り、シャマルの下で治療を受けては再び練習に復帰する。その光景が一日に何度も繰り返され、やがてシャマルは怒りを通り越して呆れすら感じるようになった。

光陰矢の如し――瞬く間に時間は過ぎ、FBT開催前日の最後の合同練習がやってきた。

三人は三日間の特訓で手足同然に操れるようになった愛車に跨り、最後の走行テストに挑む。本番さながらの緊張感が漂う中、各々が死力を尽くして特注サーキットを駆け抜けるその様子は、圧巻の一言だった。

「逃がさないぜ!!」

ブロローンと響くトルク音の中、恋次は習得した卓越したバイクテクニックで先頭を行くエリオを追う。エリオは後続の恋次とティアナを警戒しつつも、颯爽とコースを駆け抜けていく。

その時だった。目の前に聳える高い壁が突然現れる。

エリオとティアナは即座にホバーモードを起動させて危機を回避。しかし、追走に夢中だった恋次は反応が一瞬遅れた。

「のああああああああ!?」

 迫り来る壁。誰もが衝突を予感したその瞬間、恋次は辛うじてホバーモードへの切り替えに成功。車体ごと宙を舞い、後方に回避する。

「ふ――っ。ヤバかったぜ」

 安堵の息を漏らしたのも束の間。

「のあっ!」

 背後に控えていた別の壁に激突。恋次は車体ごと訓練場の真下に広がる海へと落下していった。

「恋次さん!」

「大丈夫ですか?!」

 中空からティアナとエリオが懸念の声を上げる。やがて、海から顔を出した恋次は、ずぶ濡れになりながらも悔しそうに水面を拳で叩いた。

「くそっ――!!!」

その声は、悔しさと決意が入り交じった叫びのように、空に響き渡った。

 

 その後、最後の走行訓練を終えた三人は隊舎に戻った。しかし、恋次は海への転落で身体をすっかり冷やしてしまったらしく、ジャージ姿のまま豪快なくしゃみを繰り返していた。鼻水が止まらないため、ゴミ箱はティッシュで溢れかえっている。

「へ・・・へ・・・へっくしゅん!!!」

 盛大なくしゃみの音が隊舎に響く中、クロノが溜息混じりに呟く。

「やれやれ。トーナメントは明日だというのに、大丈夫なんですか?」

恋次は鼻水をすすり上げながら、詭弁とも言える言葉で反論する。

「ふんっ!! 俺は花粉症なんだよっ!!」

クロノの問いかけに対するこの言い訳には、シャリオとフェイトがすかさず冷静なツッコミを入れた。

「調べたところ、この隊舎における現在の花粉量は0.2g/㎥です」

「アレルギーが出るほどの量はありませんね」

淡々とした分析に、恋次は返す言葉が見つからず、怒りをぶつけるように大声を張り上げる。

「じゃかしい!!!」

 怒鳴りながらも、鼻腔から漏れ出る鼻水をそよがせる恋次。その滑稽な姿を目の当たりにしたなのは達は、思わず吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。

 

           ≒

 

第84管理世界「チルクイト」

ミュートアーバン スクリューサーキット

 

 ついにトーナメント本番の日を迎えた。

当日、機動六課総出で現地に赴くと――会場は既に人で溢れかえり、異様な熱気と歓声が渦巻く空間が広がっていた。その場の雰囲気に、六課の前線メンバーは終始圧倒されるばかりだった。

「す、すごい人の数・・・こんなに集まるとは思ってもなかったです・・・!!」

「さすがは次元世界屈指のバイクトーナメントというだけはあるな」

キャロの驚愕に同意するように、吉良が冷静な口調で応える。その様子を見たなのはが、気になることを尋ねた。

「ねぇユーノ君、この大会には凄腕のレーサーや賞金稼ぎが出場するんだよね? 特に注意しないといけない人はどのくらいいるの?」

ユーノは会場を見回し、目当ての人物を探しながら答える。

「そうだな・・・・・・僕の予想では、二人くらいかな。ちょうどあそこに一人いる」

 言うと、ユーノは視線を向ける。そこには、参加者の中でも一際目立つ男の姿があった。

端正な顔立ちとカリスマ的な存在感を放つその男は、まるで俳優のように洗練されており、周囲にはマスコミや女性ファンが群がっていた。

「あれが本FBT優勝候補の一人、次元世界レーサー会のカリスマ・・・【フォーミュラー・ジャクバーン】。幾多のレーストーナメントを総なめにしている男だよ」

「ってことは、まずは奴に勝つことが先決ってわけだ」

「それにしてもすごい人気だな」

注目を浴びるフォーミュラーに対し、浦太郎は嫉妬心を隠せずに呟く。

「ふん、なんだい。ちょっと女の子にモテるからっていけ好かない。僕の方が何十倍もカッコいいに決まってる」

しかし、その言葉に呆れる間もなく、ティアナが驚愕の声を上げた。

「うぇぇええ!? な、なんであんなのがここにいるのよ!」

「どうしたの、ティアナ?」

「あれ見てください!」

フェイトが視線を追うと、ティアナの指差す先には一団がいた。(レザー)ジャケットに(スタッズ)を打ち込んだヘヴィメタル系のファッションに身を包み、切り傷だらけの強面かつ恰幅の良い男――その圧倒的な威圧感に、誰もが息を呑む。

「ティアナ・・・あれってもしかして!?」

「はい、間違いありません。“ヘルズ・スカベンジャーズ”です!」

その名を聞くや、フェイトとティアナは驚愕の表情を浮かべる。

「あのー・・・何なんですか、そのヘルズ・スカベンジャーズって?」

「直訳で“地獄の残飯食らい”?」

しかし、その素性を知らない大半のメンバーは首を傾げた。ユーノは冷静に説明を始めた。

「ヘルズ・スカベンジャーズ――次元世界で最も有名なバイカーギャングだよ。暴走行為は言うに及ばず、強盗、殺人、誘拐、最近じゃ次元海賊ネメシスの下部組織として違法薬物の密輸にも手を出してる。あの男は組織を統括しているヘッド、【ラショウ】・・・・・・」

ユーノが語る詳細な情報に、メンバーは改めてその危険性を思い知らされる。

「あれがもう一人の要注意人物だよ。腕は確かだが、正当なレーサーであるフォーミュラー氏と違って、勝つためには手段を選ばない。冷酷かつ残忍な男だよ。去年も奴によってレース中に再起不能となった選手が何人もいる」

「おいおい、そんなやべー犯罪者が何でレースに参加できるんだよ!?」

 アギトが困惑の声を上げると、シグナムが冷静に嗜めるように応えた。

「忘れたか、アギト。このレースは参加者の素性や経歴は問われない。大会終了時まで治外法権は適用され、いかなる凶悪犯罪者と言えど、この会場内では自由に振る舞えるのだ。ヤツを逮捕できるのは、レースが終わってからだ」

その説明を聞いて、はやては深い溜息を吐き、眩暈を起こしたかのように頭を抱えた。

「ほんまに・・・このトーナメント、命が幾らあっても足らんわんな・・・」

 アンゴルモア回収の任務がどれほど難儀なものであるか、はやての言葉はそれを痛感させるものだった。

 

 レース開始まで、いよいよ一時間を切った。

六課メンバーの中で走者として出場する恋次、ティアナ、エリオの三人は、専用ピットで愛車の整備を進めていた。走行前の最終確認を行いながら、それぞれが緊張と期待の入り混じる表情を浮かべている。

「ティア、調子はどう?」

スバルが軽く声をかけると、ティアナは「そうね・・・」と言って工具を置き、少しだけ緊張した笑みを浮かべて答えた。

「やっぱりこういう大会に出るのは初めてだから、心臓の高鳴りが治まりそうにも無いわね」

「頑張ってくださいね、ティアさん! エリオ君も応援してるから!!」

「大丈夫よ、二人とも。あなた達なら必ずやれるって信じてるから」

フォワード仲間の声援にティアナは頷き、隣で作業を進めていたエリオも元気よく返事をする。

「ありがとうございます! みんなのためにも精一杯がんばります!」

「ヘルズ・スカベンジャーズなんかには負けたくないもんね」

 ティアナとエリオは微笑みながら力強く頷く。その様子を見て、フォワード達も笑顔を浮かべる。

応援の声に応えることで、ティアナとエリオは改めて気持ちを引き締め、勝利への意気込みを一層強くした。ピット内に満ちる緊張感の中で、三人の視線はやがてレース開始の瞬間へと向けられていた。

 

一方、恋次のピットでは――

「阿散井君・・・」

 軽く準備運動をしていた恋次のもとに吉良が近づいてきた。

「おぉ、どうした吉良?」

恋次が声をかけると、吉良は懐から布で覆われた何かを取り出した。

「これ。ユーノさんから渡すようにと言われたんだ」

 そう言いながら差し出されたのは、ユーノが恋次のために特注で用意したゴーグルだった。

「おお!! あいつも気が利くじゃねーか!! なんだよ、こういうプレゼントなら毎回そうしろってんだ!」

ゴーグル集めを趣味とする恋次にとって、これは願ってもいない贈り物だった。今までユーノからもらった品には苦い思い出ばかりだったため、今回のプレゼントには心底驚き、純粋に喜びを表情に浮かべた。

「・・・・・・あ、ちょっといいですか?」

 その時だった。ゴーグルの付け心地を確かめていた恋次のもとに、なのはが駆け寄ってきた。

「すみません恋次さん。ユーノ君、見かけませんでしたか?」

「いや。ここには来てねーぞ。吉良、おまえ一緒じゃなかったのかよ?」

「ゴーグルを受け取る前までは一緒だったんだけど・・・・・・居なくなったのかい?」

なのはは困った様子で首を横に振る。

「はい・・・・・・何度も連絡してるんですけど、全然返事がないんです。この人混みですから探すのも一苦労で」

 話によれば、数分前にユーノが忽然と姿を消したとのことだった。他のメンバーも協力して捜索しているが、未だ手がかりが掴めていないという。

「ったく。あいつ、また一人で何が企んでやがるな」

恋次が溜息交じりに呟くと、なのはは少し不安そうに視線を落とした。

「そうなんですか? あの・・・・・・ユーノ君、帰ってきますよね?」

滲む不安は過去の記憶に起因していた。四年前、ユーノを失った喪失感に苦しんだ日々が、ふとした瞬間に蘇る。

事情を知る恋次と吉良は、今にも泣き出しそうななのはを励まそうと、前向きな言葉をかけた。

「大丈夫だよ。あいつはちゃんとおめぇの所に戻ってくるって!」

「ユーノさんの事だからね。きっとまた、君や僕らをびっくりさせるようなことを考えているんだよ」

二人の言葉に、なのはは次第に表情を明るくしていった。

「・・・・・・お二人とも、ありがとうございます。それを聞いたら、何だか元気が出てきました!」

 同じユーノに導かれた仲間からの温かな励ましに、なのはの胸の奥に渦巻いていた一抹の不安はすっかり払拭された。そして、彼女らしい穏やかな微笑みが自然と浮かび上がる。

 

 午後12時ちょうど――。

『さぁ――! ウォームアップを終えた全車がグリッドに付きいよいよ始まろうとしています!! 次元世界中のバイク好き・バイク野郎が一堂に会する年に一度の祭典・・・・・・FBTが間も無く開始されようとしています!! 実況はこのわたくし、“フラストレーション・マルタ”がお送りいたします!!』

実況席から響く熱の籠った声と共に、観客席の歓声が一層の盛り上がりを見せる。会場全体が興奮と期待で満ちていた。

『改めて、トーナメントのルールについて説明します。このレースでは、あらかじめ決められた四つのチェックポイントを通過し、その順位を競うことになっております! ただし、途中には様々な障害が待ち構えた、危険に満ちたコースの連続であります! スピードだけではなく、鉄のような意志・火のようなな勇気・そして水のような冷静な判断力が必要となって参ります!!』

 レース開始まで、あとわずか――。

今大会の参加者数は150名と過去最多を記録し、それぞれが優勝への強い思いを抱いてスタートラインに並ぶ。

「優勝はいただきだな」

「へへ!! 賞金は俺さまが貰ったぜ!!!」

最有力候補とされる次元世界のトップレーサー、フォーミュラー・ジャックバーンを筆頭に、バイカーギャング《ヘルズ・スカベンジャーズ》の首領ラショウも混ざり、レースは危険な様相を呈していた。

スタートを目前に控え、恋次、ティアナ、エリオの三人は、それぞれの方法で精神統一を図り、集中力を高める。

(ゴーグルも決まってるな! 優勝して俺の偉大さを見せつけてやるぜ!)

(落ち着きなさい・・・ティアナ・ランスター・・・あなたはやればできる・・やればできる・・・!)

(何が何でも勝つんだ。応援してくれるみんなのためにも)

 観覧席や専用ピットから、六課のメンバー達も固唾を飲んでその様子を見守っていた。誰もが緊張した面持ちで、レースの行方に思いを馳せている。

「いよいよ始まるか・・・・・・みんな、心して見るんやで!」

「「「「はい!」」」」

それぞれの思いを胸に――ついに、FBTが幕を開けようとしていた。

 

『お待たせいたしました! これよりレース開始です。さぁ、シグナルを待ちます!!』

会場が一瞬の静寂に包まれる。

中空に浮かぶシグナルランプが赤から順に青へと変わり始めると、150名のライダー達はエンジン音を高めながら、手に汗握る緊張の瞬間を待つ。

アクセルを握りしめる恋次、ティアナ、エリオもまた、ランプの変化に集中していた。そして――

青いランプが完全に点灯した瞬間、轟音と共にレーサー達は一斉にスタートを切った。

「おおおおおおお!!!!!」

「行くわよ!!」

「行けぇ!!!」

 恋次、ティアナ、エリオの三人はアクセルを全開にし、他のライダー達と共にコースを豪快に駆け抜けていく。

「さぁ、始まりだぜ!!」

 恋次はユーノから受け取ったゴーグルをしっかりと掛け、並み居るレーサーを次々と追い抜いていく。首位を奪うべく、勢いよく加速する彼の姿には、意気込みと闘志が満ちていた。

 ドンッ――!

「ぬおお!!何だ!?」

 すると、恋次に向って早くも妨害工作を行う二台のバイクが攻撃を仕掛けて来た。ガラの悪い風貌の男たちが左右を挟み撃ちにしていた。いずれも二台はヘルズ・スカベンジャーズ頭目ラショウの手下たちである。

 ドンッ――!

突如として二台のバイクが恋次に妨害工作を仕掛けてきた。ガラの悪い風貌の男達が左右から挟み撃ちにする形で迫ってくる。彼らは《ヘルズ・スカベンジャーズ》の手下であり、頭目ラショウの指示を受けた刺客だった。

 ドンッ――!

バイクが衝突し、激しい揺れが恋次を襲う。二人の男は勝ち誇ったような表情で恋次を見下していたが、負けん気の強い恋次が黙っているわけがない。

「てめぇら、やりやがったな!!! お返しだー!!!」

 恋次はハンドルを巧みに操り、反撃に転じる。バイクを僅かに傾けると、体当たりで二台を強引に弾き飛ばした。

「ふん!! 舐めんなよ!!! この三日間・・・・・・死ぬほど痛い目にあって来たんだ!! そう簡単にやられるかよ!!」

 邪魔な二台を吹き飛ばし、強制退場させることに成功した恋次は勢いを取り戻す。しかし――

突風のように目の前を駆け抜ける一台のバイクがあった。

シアンカラーを基調とした美しいフォルムを持つバイクを操るのは、次元世界レーサー会のカリスマ――フォーミュラー・ジャックバーン。

「ちっ。簡単には勝たせてくれねーか」

フォーミュラーは不敵な笑みを浮かべながら恋次を挑発するかのように走り去る。その風格は、まさに優勝候補ナンバーワンに相応しい。

「行けぇぇ!!!」

 恋次は気持ちを切り替え、フォーミュラーからトップを奪うべくアクセルをさらに回し、速度を上げる。風が肌を切るように吹き付ける中、彼の視線はひたすら前を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

ユーノのなんでも教室!

 

唐突に始まった某子供向け教育番組のマリオネットを思わせる造形のユーノ・スクライア人形が出て来たと思えば――本人の声でコーナーが始まった。

ユ「やぁ、今日のユーノ・スクライア外伝はおもしろかったかな? 今回と次回はちょっと趣向を変えてやっていこうと思うんだ♪ いやね、毎回同じテイストだとマンネリ化しちゃうからね・・・・・・僕自身も含めて」

「そんなわけで、今日は、FBTについて勉強するよ。FBTとは、第81管理世界『チルクイト』で開催される全次元世界規模で行われるバイクのビッグレースなんだ!」

「え? 地球にも似たようなものがあるって? ふふ・・・そんなの目じゃないよ。なんといっても、優勝者はこの次元世界のスーパースターになれるんだ!」

「しかし、ラショウたち悪者が狙っているのはレースの賞金の方。FBTの優勝賞金は小国の国家予算並みだからね。だから管理局としても、アンゴルモア回収以外で彼らに優勝させたくない理由はあるんだ」

「おっと、もうこんな時間か。次回はいよいよトーナメントの全貌が明らかになるよ♪ 優勝して栄光を手に入れるのは誰かな? ふふ・・・それじゃ、ごきげんよう♪」

 

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 ミッドチルダ滞在中、死神達は戦闘時を除いて義骸を着用して活動している。

恋「んじゃ、外回り行って来るぜー」

 外回りのため、恋次は義骸の収められたロッカーを探っていた。これを見て、フェイトは思うところがあった。

フェ「恋次さん・・・何もロッカーに入れる必要は無い気がするんですけど・・・」

恋「固いこと気にするなよ。どうせチビダヌキに頼んだところで、すぐにはぐらかして真面にとりあっちゃくれねーんだからよ」

吉「それは君の頼み方の問題じゃないかな?」

などと言い合っていたその時、不意に恋次が大声を上げた。

恋「な、なんじゃこりゃ――!!!!」

 すると、そんな恋次の悲鳴にも似た声を聞いたユーノが軽薄な口調で謝ってきた。

ユ「すみません恋次さん! 実は前に義骸を点検した後、誤ってバイク用の塗料を零してしまいまして・・・だから、石田さんに頼んで衣装を新調しておきました♪」

 と、説明を受けながら恋次が着ているのは、滅却師(クインシー)・石田雨竜作のメルヘンチックな衣装であった。

 恋次は姿見に映る自分の姿を見ながら、力なく項垂れる。

恋「嗚呼・・・・・・よりによって石田なんかに頼みやがって・・・・・・」

吉「十年経って、さらに服作りに磨きがかかってるように見えるのは気のせいか?」

フェ「恋次さん、ちょっとかわいいかも」

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