ユーノ・スクライア外伝   作:重要大事

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第48話「霹靂(へきれき)が如く」

暗闇が、あった。

そこには一切の光がなく、音もなく、匂いもなく、僅かな体の揺らめきすらも存在しておらず、ただ無限の闇と静寂だけが空間を支配している。

思わず唾を飲み込むが、喉が動く感覚があるだけで音は何一つとして響かなかった。

小刻みに震え、歯が時折擦れ合うが、やはり触覚以外は何も感じられない。

今のエリオ・モンディアルにとって、足の裏に掛かる圧力だけが世界の全てと化していた。

――どこだ・・・ここは?

――僕はいったい・・・・・・。

前に一度恋次達から聞いた『無間地獄』とはこのような場所なのだろうか、エリオは考えた。

そもそも何故自分は斯様(かよう)な場所に一人で、立ち尽くしているのだろうか。

 いったい何時までこの無明の地獄が続くのか。

『ふふふ』

そのとき――背後から、誰かが笑う声が聞こえた。はっきりと、その耳で。

一度聴いたら忘れられない声。血相を変えて振り返った時、目の前に立っていたのは怪物だった。

魔導虚(ホロウロギア)やアンゴルモアモンスターなどよりも余程恐ろしい怪物が、己のすぐ目の前で待ち構えている。

エリオに恐怖を植え付けた存在。黄金の甲冑に身を包んだ怪人・ドーパントだ。

「お、おまえは・・・・・・!」

『弱いですね。君は』

ドーパントの声が、冷たくエリオの耳元に届く。忽ち恐怖に支配されるエリオの背中を冷や汗が伝う。

――逃げたくない。けれど、足が動かない。

心の中で叫び声を上げても、その声は喉元で塞がれたように響かない。恐怖が鎖のようにエリオを縛りつけ、身体は硬直して動けない。

『おまえには何もできなかったな』という言葉が意識を抉り、頭の中に忌まわしい記憶が蘇る。死の恐怖、そして守れなかった絶望。それが心の奥底に重くのしかかる。

ドーパントは、音もなく背後に回り込むと、反応すらままならないエリオの耳元で囁くように嘲笑う。

『そんなのだから、あなたは誰一人守れない。君の力では私を倒すなど永劫に叶わない』

「そんなことは・・・ない!」

『ですが事実、あなたは一度私に敗北している。気が付かなかったのですか? あなたは私と戦った際、恐怖に支配されていた。“死の恐怖”です』

「死の・・・恐怖・・・? 僕が・・・」

 頭の中に蘇る、忌まわしい記憶。

 真新しい恐怖の体験がエリオの脳裏を過ると共に、身体の体は過剰に反応し、冷や汗が止まらなくなる。

ドーパントは恐怖に飲まれ、硬直するエリオを更に言い熟す。

『なんと脆弱。なんと非力。死の恐怖を乗り越えることすらできぬくせに、叶わぬ願いを口にする。だからあなたは私や、ユーノ・スクライアの足元にも及ばない』

次の瞬間、エリオの視界に複数のドーパントが滲むように現れた。いつの間にか周囲を取り囲み、逃げ場など存在しないかの如く彼を追い詰めていく。

彼らは手にした杖を一斉に剣の姿へと変えると、おもむろに一歩、また一歩とエリオの元へ接近する。

「く・・・・・・来るな・・・・・・来るな来るな来るな!!」

敗北と間近に迫った死への恐怖に、エリオは心を乱す。そんな彼を背中から大挙してドーパント達が押さえ付ける。

刹那、一斉にドーパント達がその凶刃をエリオの体に突き立てる。

「うああああああああああああああ」

 やはり自分はこの怪物には勝てないのか――その考えが頭を支配した瞬間、エリオは恐怖に飲まれ、喉が裂けるほどの絶叫を上げた。その叫びが空間を震わせたかのように、暗闇が唐突に晴れた。

 

           ≡

 

新歴079年 8月12日

第1管理世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 医務室

 

「うわあああああああ!!!」

「きゃあああ!」

唐突に、全身の感覚が鮮烈に蘇り、エリオは目を見開いて跳ね起きた。その声は悲鳴に近く、抑えきれない衝動が体内から迸る。

「は、は、は、は・・・・・・夢か。って」

息を荒げ、額から汗を滴らせながら呟いたエリオの耳に、すぐ近くから別の叫び声が飛び込んでくる。振り向いた先には、床に尻もちをついた織姫の姿があった。

「いたたた。あ、気が付いたんだね?」

柔らかな声と微笑みを伴い、織姫が体勢を整える。その言葉は、エリオの混乱した意識に一筋の光をもたらした。

「織姫・・・さん・・・? どうしてここに?」

未だ荒れる呼吸を抑えきれないまま、エリオは目の前の光景に戸惑いを隠せない。地球に住む織姫が、何故このミッドチルダにいるのか。彼の問いに、織姫は穏やかに微笑みながら答えた。

「ユーノさんに呼ばれたの。で、あなたを治療してほしいって頼まれたってわけ」

「そうですか・・・ユーノ先生が・・・・・・」

 その一言で、エリオは状況を理解するに至った。ユーノが、自分が倒れる未来を見越して織姫に助力を求めていたのだと。そして、その瞬間――エリオの脳裏に、あの戦いの記憶が鮮烈に蘇る。

 

――何を望む? 強さの果てに何を望む?――

 

ユーノとの戦いで敗北した記憶が、エリオの胸中に再び鮮明に浮かび上がる。あの瞬間、全身を貫いた絶望の感覚がよみがえり、彼を打ちのめしていた。

「く・・・・・・」

手も足も出なかった。その圧倒的な力の差を再確認し、エリオは悔しさのあまり唇を噛み締めるしかなかった。

「傷はもう完治してると思うけど、どこか痛むところある?」

織姫が、優しい声で問いかける。治療に不備がなかったかを確かめるその問いかけには、彼女特有の穏やかさが滲んでいた。

「僕は・・・・・・とんだ臆病者だ・・・・・・」

すると、エリオはその言葉を搾り出すように呟いた。その声には、自らへの深い失望が込められていた。

「強くなるために修行を懇願していながら、手も足も出ないどころか、僕には戦う覚悟すらないと断罪される始末・・・・・・」

 彼の言葉には、未熟な自分を責める苦しみが溢れていた。あの戦いは、彼にとってトラウマとして刻み込まれるには十分すぎる経験だった。

翡翠の魔導死神――ユーノ・スクライア。その存在は、エリオにとって天と地ほども隔たるものだった。彼の実力の前に自らの力が如何に無力であるかを痛感させられたエリオは、絶望の淵に立たされていた。

「遠すぎです、あの人は――あまりにも遠すぎます! 自分の力が全く役に立たなかった。機動六課で、毎日なのはさんやスバルさん達と一緒に積み重ねた時間が、努力が、鍛え抜いた僕の力は・・・・・・あまりにも無力だった!!」

これまで自分が築き上げてきた全てを否定されるかのような経験に、エリオは深い衝撃を受けていた。

織姫は、そんなエリオの言葉をじっと静かに聞き続ける。彼が心の内を吐き出し終えるまで、あえて言葉を挟むことなく。医療従事者としての経験と、年長者としての包容力が、彼女をそうさせていた。

「あんなにも世界が遠いとは思いもしなかった。あの人は、僕達とは住む世界が違い過ぎる! 何よりも、僕は・・・・・・死を恐れてしまった!」

エリオは、死を恐れた自分に対する羞恥の念を抱いていた。その瞳には、悔しさと無力感から湧き上がった涙が薄っすらと浮かんでいた。

すると、織姫はすべての話を聞き終えた後、優しい眼差しを向けながら静かに口を開いた。

「エリオくん。死を恐れるのは決して悪いことなんかじゃないよ。むしろ、死を乗り越えようとする事の方が滑稽だと思うな」

「織姫さん・・・・・・ですが」

「ユーノさんと戦って、今まで見えなかった事が見えるようになった今のエリオ君ならだいじょうぶ。君はきっと今よりもっと強くなれる」

「強くなれる? 僕が? どうしてそんなこと言い切れるんですか!? 僕は弱い! 圧倒的に弱いんだ! そんな僕がどうやって・・・・・・」

織姫の励ましの言葉は、エリオにとって荒唐無稽な物のように思え、到底受け入れがたいものだった。心身ともに傷つき、自信を完全に喪失した今の自分には、強さなど到底信じられないものだった。

織姫はそんなエリオの困惑を受け止め、破顔一笑。そして彼女の中にある確信を語り始める。

「だって、君は初めて一護くんと出会った頃のユーノさんにそっくりなんだもん」

「え」

意外な事実に、エリオは呆気に取られた表情を浮かべる。

 

           *

 

同隊舎内 アドバイザー室

 

アドバイザー室の空気は、険悪そのものであった。

ユーノは椅子に腰掛け、静かに背を向けている。その背中に向かってフェイトは怒りを込めた声を投げつけた。

「納得できるように説明してくれる?」

普段穏やかな彼女の声には珍しく怒気が滲んでいた。デスクに両手をつき、エリオに対する非道な振る舞いを糾弾する彼女の目には、怒りと悲しみが入り混じっている。

部屋の隅に立つなのはとはやて、恋次とルキアも事態の展開を見守るが、誰一人として口を挟むことはできないでいた。

「どうしてエリオにあんなこと・・・・・・非殺傷設定無しであんなことをしたの!? 答えて、ユーノッ!!」

「・・・・・・」

フェイトの声が室内に響き渡る。しかし、ユーノは椅子に深く腰掛けたまま、ただ無言を貫いている。その沈黙が彼女の怒りを一層燃え上がらせた。

「あんなの、ただの暴力だよ! 私が一番嫌いな! ユーノはエリオを殺したいの!?」

「フェイトちゃん、言いたいことはわかるけど・・・」

「とりあえず落ち着こうな」

咄嗟になのはとはやてが宥めるように声をかけるが、フェイトの感情の奔流は止まらなかった。

「落ち着いていらないよ!! 大事な家族を目の前であんなボロボロにして・・・・・・実に業腹だよ!」

「こ、こいつにだって正当な理由があったんだろうよ。何の理由もなしにあんなことするとは・・・なぁ、ルキア?」

「わ、私に振るな! たしかにフェイトの気持ちを思えば私も共感できなくはない。とはい、えユーノ殿が何の展望もなく、ただ悪戯に暴力を振るうとも思えん」

ユーノの立つ瀬を思って、恋次とルキアが控えめに助け船を出そうとするが、フェイトの憤怒は収まらない。

「どんな理由だろうと関係ありません! 私は絶対に許さない」

フェイトの瞳には涙が滲んでいた。彼女にとってエリオは部下である以前に、大切な家族だ。どれほど崇高な目的があったとしても、ユーノの行為は彼女にとっては決して許されない暴虐に映った。

部屋の空気は張り詰めたまま、緊張が頂点に達しつつあった。はやてはぎこちない雰囲気の中、立場上中立を保つべく、ユーノに向き直る。

「・・・・・・スクライアアドバイザー。部隊長である私の指示を仰がず今回の単独行動を行った件に関して、何か弁明する事はあらへんのか?」

はやての問いかけに対し、ユーノは一切の迷いを見せることなく答えた。

「ないよ」

 その言葉はあまりにも淡々としていた。きっぱりと非を認め、責任を引き受ける意志が感じられるその態度に、なのは達は一瞬、言葉を失った。

「誹りを受けるのは当然だよ。どんな処罰でも甘んじて受け入れるさ」

(これがエリオの望みだった。そして、それが彼の成長に必要なことなら‥‥‥僕は悪役に徹するだけだ)

ユーノの表情は沈着冷静だったが、デスクの書類に向けられた目には、どこか疲労の色と、覚悟の影が浮かんでいた。その潔さは、ある種の美徳とも取れるが、同時に意図的に自らを悪役に見せようとする意思も感じさせた。

なのははその様子に当惑し、直接問いかけた。

「ユーノ君・・・・・・どうしてこんな・・・・・・ユーノ君はあんなひどいことする人じゃなかったのに!?」

なのはの問いかけに答えぬまま、ユーノはなおも沈黙を守る。

 

「そいつは俺に責任があるな」

その時、部屋の扉が開き、私服姿の一護が静かに足を踏み入れた。

「馬鹿弟子は馬鹿弟子なりに無い頭で考えたんだ」

「「「「一護(さん)・・・!」」」」

低く落ち着いた声が室内に響く。一同が一護に視線を向ける中、彼は淡々と続けた。

「来てたんですか。ていうかそれ、褒めてるんですか? 貶してるんですか?」

「どっちでもねぇ。フォローしてやったまでだ」

「だからって無い頭って表現は辛辣じゃないですか」

「今のおまえにはそれで十分だろ」

軽口を叩き合う二人のやり取りを遮るように、フェイトが間に割って入った。

「ユーノの肩を持つ必要なんかあるんですか? あなたにとってはかわいいお弟子さんかもしれませんけど、そのおかげでエリオがどれだけ傷ついたか」

フェイトの瞳には再び怒りが宿っていた。しかし、一護は深く息を吸い込むと、冷静に問いかけた。

「だったら、俺からも一つ言わせてくれ。フェイト、お前はこれまでエリオの気持ちにちゃんと気付いてやれていたのか?」

「!? どういう意味で・・・」

予期せぬ問いにフェイトは一瞬言葉を失った。一護はその様子を逃さず、視線を真っ直ぐ彼女に向けたまま静かに続ける。

「確かに、ユーノはエリオをボコボコにした。その事実は間違いねぇ。それを許せないっていう気持ちも理解できる。だが、双方の言い分も聞かずに一方的に非難するのはフェアじぇねーと思うぜ」

「双方? つまり、一護はエリオ自身が今回の事を望んでいた、そう言いたいのか?」

 ルキアが確認のため問いかけると、一護は短く「ああ」と答えた。その言葉に室内の空気が一変する。

「ほんまなんかユーノくん?」

はやてが念を押すように問いかけると、ユーノはゆっくりと席を立ち上がり、窓ガラスに映る自分の顔を見ながら語り始めた。

「事前にエリオには警告はしたさ。死ぬかもしれないよって。それでも、彼は受け入れたのさ。今より強くなるために――」

「実はよ・・・俺もあいつがユーノに訓練してほしいって頼んでるところ一部始終見てたぜ」

恋次が補足を入れると、フェイトは瞳を見開き、困惑と動揺を隠せない様子で立ち尽くした。

(エリオが、強くなるために自分から頼んだ・・・・・・? 私に相談せずに・・・・・・?)

心の中で繰り返される疑念。フェイトは拳を握りしめ、視線を床に落とした。彼の願いを汲み取れなかった自分を思い知り、深い後悔が胸中に押し寄せてきた。

「どうやらその様子じゃ、本気(まじ)で気付いてなかったみたいだな」

一護はその反応に淡々とした口調で言葉を重ねる。

「・・・・・・まぁでも、家族だからってなんでも気軽に相談できるわけじゃねぇし、ましてや14歳って年頃を思えばこそだ。それでもエリオなりに精一杯考えたんだろうよ」

一護は大きく息を吐き、室内を見渡してから提案を切り出した。

「なぁみんな、ここは俺に免じてユーノと二人きりで話をさせてくれないか?」

 

一護の便宜を受けて部屋を退室したなのは達は、医務室に向かいながらそれぞれの思いを胸に抱えていた。

「エリオ・・・・・・どうして私に一言相談してくれなかったんだろう」

フェイトはその問いを呟くように口にする。恋次が後ろ手に腕を組みながら口を開いた。

「まぁ、エリオも年頃だろうしな。何でもかんでも開けっ広げってわけにはいかねーだろうさ」

「そうかもしれませんけど・・・・・・」

なのはがフェイトを宥めようとするが、はやては少し首を傾げた。

「これは直接本人に聞かなあかんわな。そやけど、あのボロボロ状態からいつ目覚めるかはな。シャマルをもってしてもまる一日は・・・・・・」

するとその時、ルキアがふと何かを思い出したように呟く。

「待て。一護が六課隊舎(ここ)にいるということはそれはつまり・・・・・・おぉ! 私としたことがすっかり失念しておったぞ!」

「え、何がですか?」

ぱっと輝きを取り戻したような表情を浮かべるルキアの言葉に、なのはは一瞬戸惑いを見せた。しかし、彼女の言わんとする事は、直後に目の前で明らかとなる。

 

医務室の前に到着した瞬間、扉が静かに開き、中から出てきたのはエリオ、シャマル、そして織姫だった。

「あら、はやてちゃんに皆もお揃いで」

「「エリオ!」」

「もう起きて平気なんか!?」

予想以上の早い回復を目の当たりにし、驚きと安堵の入り混じった表情を浮かべるなのは達を余所に、ルキアと織姫は再会の喜びを隠しきれず、嬉々として互いに微笑み合った。

「ルキアちゃん!! 会いたかったよー、久しぶりだねー!!」

「あぁ、織姫も元気そうで何よりだ。仕事柄なかなか電話も出来ず済まなかった。どうだ最近は? 一護にいびられたりはしていないか?」

「ぜんぜんそんなことないよ。むしろ今もラブラブなんだからー♪」

 十年来の親友同士である二人は、長らく積もる話の花を咲かせながら、久方ぶりの再会を心から楽しんでいた。

「・・・ネ・・・・・・ネ・・・」

と、その時――不意に織姫の背後に身を潜め、虎視眈々と何かを企むような存在が動きを見せる。

「ネエさ――――――――~~ん!!!!」

刹那。喋るライオンのぬいぐるみ――コンがルキアの懐目がけ、勢いよく跳びかかる。

「オフン!!」

 直後、飛びかかるコンの顔面を冷然とした足取りで迎撃するルキア。

「ホップ!!」

その足元でコンの動きは止まり、次いで彼女は何食わぬ顔で頭を踏みつけた。

「お前も久しぶりだなコン! 相変わらずの変態っぷりで安心したぞ」

「ああ・・・! 数年振りの再会にも関わらず一片の迷いも無いこの踏みつけ・・・これぞまさしくネエさん・・・!! オレは・・・オレはいつ死んでもイイっス、ネエさん・・・!!」

 異様なやり取りに見えるが、彼らにとっては至って自然なコミュニケーションであった。ルキアとコンの独特なスキンシップを横目に見ながら、エリオは健康そうな姿でフェイト達の前に歩み出る。

「シャマル先生と織姫さんに治療してもらったらすっかり良くなりました。怪我もこの通り全快です。ご心配おかけしました」

「よかった・・・・・・ありがとうございます。シャマル先生」

「私は医者としての役目を果たしただけよ。むしろ、あれだけ瀕死の状態から傷一つない状態にまで治癒できたのは彼女の治癒能力あってこそよ。ほんとにすごいわ」

 癒しのスペシャリストたるシャマルも、その能力に脱帽する織姫の『盾舜六花』。フェイトは改めて彼女の貢献に深く頭を垂れ、感謝を示した。

「織姫さん、この度はありがとうございます」

「あいかわらずお前の治療能力は半端ねぇな」

恋次もまたその非凡な力に賞賛を惜しまない。織姫は謙虚な微笑みを浮かべながら答える。

「これくらいどうってことないよ。それより、エリオ君がフェイトさんに話したいことがあるそうなんです」

織姫の言葉に促されるように、エリオがフェイトへと視線を向け、口を開いた。

「あの・・・・・・フェイトさん、ご心配をおかけしてしまいすみません。ですが、どうかユーノ先生を責めないで頂けますか?」

「え」

思わぬ言葉にフェイトは呆然とした表情を浮かべ、周囲も静まり返る。

「元々は僕の我がままから始まったんです。ユーノ先生はそんな僕の思いを汲んでくれたんです。だから、どうかあの人を許してもらえませんか?」

「エリオ・・・・・・」

彼の口から紡がれたのは、ユーノを非難するどころか感謝の念をも含んだ言葉だった。その真摯さが滲む一言一言は、フェイトの心を深く揺さぶる。彼女は自らの未熟さを否応なく認識せざるを得なかった。

「言いたいことは解った。せやけどなエリオ・・・いくらなんでも非殺傷設定無しでガチンコの殺し合いするんは部隊長として看過できへんしなー」

はやては、部下の心情を汲みつつも、越権行為の重さを無視できない立場として、厳然たる態度を崩さなかった。その難しい表情には、規律を守らなければならない責任が刻まれていた。しかし、エリオはその場で即座に食い下がる。

「ユーノ先生だけが悪者扱いされるのは納得できません! 言い出したのは僕です。そこまで言うなら僕にも罰を与えてほしいです、お願いします!!」

深々と頭を下げるエリオ。その懇願は真摯であり、必死であった。はやての背後から、恋次が穏やかながらも力強い声でその決意を後押しする。

「本人もこう言ってるんだぜ」

恋次の一言に背中を押される形で、はやては一瞬逡巡の表情を浮かべたが、次第に溜息と共にその肩を落とすように折れた。

「・・・・・・わかった。ほんなら、エリオには今回の行動に関して後日何らかの形で罰を与える。スクライアアドバイザーの越権行為に関しても本来は厳罰が必要やけど・・・エリオの言葉に免じて、私もこれ以上深くは追及せんでおこうか」

その言葉に安堵の息を漏らすエリオ。その顔には、ほんの僅かながら達成感が浮かんでいた。

「ありがとうございます、八神部隊長!」

エリオの要望が通り、場の空気にはほっとするような安堵が広がった。

「さて。どうやら無事に話も収まったようだし・・・」

織姫もまた、その結末を受け入れた様子で静かに言葉を続ける。

「なのはさん、ユーノさんに今のこと伝えに行ってくれませんか?」

「はい、わかりました!」

潔い返事と共に、なのはは踵を返し、ユーノの元へ報告へと向かった。

「エリオ」

直後、不意にフェイトがエリオを強く抱きしめた。その行動は、彼女自身も無意識だったのかもしれない。

「えっと・・・フェイトさん・・・?」

驚きと少しの照れを含んだ表情を浮かべるエリオ。震える声でフェイトが言葉を紡ぐ。

「あんまり心配かけないでね。あと、無茶も大概にしてほしい」

「・・・・・・はい。本当にごめんなさい」

フェイトの抱擁には、母親代わりとして彼を案じる深い愛情が込められていた。その気持ちを汲み取り、エリオもまた心底から反省し、優しい言葉で詫びたのだった。

 

同じ頃、なのはがアドバイザー室の前へと辿り着いた時である。

「はっきり言いますが――」

扉に手を掛けようとしたところで、室内から漏れ聞こえるユーノの声に足を止める。その内容が耳に届いた瞬間、なのはは不意に胸の奥がざわつくのを覚えた。

「なのはのやり方ではもう――エリオはこれ以上の成長は見込めない。打ち止めです」

その言葉は冷ややかで容赦がなく、なのはの耳を鋭く刺した。

「打ち止め? どういう事だ?」

居合わせた一護が、ユーノの発言の真意を探ろうと問い掛ける。その一言は、まるで室内の空気そのものを濃密に変えてしまったかのようだった。

「僕は六課の戦技教導官として、なのはに全幅の信頼を置いています。だから基本的に彼女の方針にイチャモンを付ける気も無ければ、するつもりもありません。しかしそれは飽く迄も“魔導師”としての訓練に限ってという話です。今のエリオが求めているのは現代魔法を駆使して戦う【管理局魔導師/騎士】としてではなく、純粋な【戦士】としての強さなんです。そういう意味では一護さんや恋次さんのような才能が羨望の対象になってくるんだと思います」

ユーノの語る言葉には冷静な分析と深い考察が宿っていた。しかしその内容は、なのはにとって衝撃的なものであり、扉越しに彼の言葉を聞く彼女の心は次第に波立つ。

「そういうもんかねー。けどよ、それが非殺傷設定無しの修行とどう関わってくるんだ?」

一護が問うた言葉は、ユーノの理論の核心を求める問い掛けだった。その瞬間、部屋の外に立つなのはの胸中には、微かな不安と好奇心が入り混じる。

「非殺傷設定付きの模擬戦は戦闘訓練としてはこの上なく都合がいいです。実際の戦闘形式を真似て戦いの感覚を養いつつ、自分のスキルを磨くことが出来ます。ただその反面、そればかりをやり続ける事で知らず知らずのうちに、人間が本来持っている生への執着、生存本能を著しく弱めてしまう。何度でもリセットが利く戦いに身体が慣れてしまう環境では何回でも勝負が出来ると錯覚してしまう。それはとても危ういことなんです」

この言葉には、ユーノの理知的な分析が見え隠れしていた。戦いの本質を見据えたその指摘は、現場経験者である一護にとっても強い共感を呼び起こす。

「戦いは常に一期一会。一度で決めねば殺される。だからこそ腹が据わる。言い換えれば、覚悟が決まるんです」

「確かにな・・・・・・」

一護の短い応答には、自身の戦場での経験からくる実感が込められていた。その重みは、ユーノの言葉にさらなる説得力を与えた。

ユーノは深く息を吐き、両手を組み直しながら、さらに話を続ける。

「ある程度の強さに達すると、そこから著しい成長を遂げるのは並大抵の事では叶わない。あるとすれば二つ。自分よりも格段に強い相手を見つけるか。今持っているスキルにツールを用いて持ち味を最大限に発揮するか。新型カートリッジシステムやデバイスの導入はなのは達のスキルを活かす面では役立ちます。しかしそれでも、自分よりも強い相手となると数は限られる」

扉の向こう側で、なのははその言葉に耳を傾けながらも、どこか割り切れない感情が胸中に渦巻いていた。

「なのはやフェイトと戦うだけじゃエリオの成長には貢献しねーって言いたいのか?」

「彼女達だけに限った話ではありません。六課メンバーは定期的に同じ相手と何度も戦っている。何度も戦えば自然に相手の戦闘パターンが読めてきます。僕だって一護さんと何千回と戦って来てますからね。しかも模擬戦ですから。実際の戦闘は瞬間刹那の殺し合いなんです。エリオが今までの殻を脱し、真の戦士としての成長を遂げる為には――あの方法しか思いつかなかったんです。自己よりも圧倒的に強者で、敵に一切の容赦なく本気で殺す気で攻撃が出来る相手なんて僕くらいしかいませんから」

「はっ。いつになく大きく出たなー。で、ユーノ先生的にはエリオの評価はどうなんだ?」

一護の問い掛けは、さながらユーノの心中に踏み込むかのような鋭さを帯びていた。

「期待半分。失望半分。まだ彼には戦士としての覚悟が足りていません。もちろん、これは飽く迄も現在の推定値です。これからどう変わるかはエリオの心次第です」

ユーノの声には冷静な分析と、未来への微かな希望が織り交ぜられていた。その言葉は、あたかも彼自身の内に抱く葛藤をも反映しているかのようだった。

「そうまでして、あいつに肩入れするのはあれか・・・・・・昔のお前の影でも見たのか?」

 一護の投げ掛けた言葉が、ユーノの胸中に眠る記憶を掘り起こす。それは、かつての彼自身を思わせるエリオの姿だった。

 

――男ですから――

 

あの時、エリオが紡いだその短い言葉は、未だにユーノの心に深く刻み込まれていた。「さーて。どうでしょうか」

ユーノは明確な答えを避け、曖昧な微笑みを浮かべた。その表情はどこか柔らかく、それでいて何かを秘めたものだった。

彼は静かに机の引き出しに手を掛ける。その隙間から僅かに覗く黄色に輝くデバイスへと視線を落とす。その一瞥には、何かしらの覚悟や計画が込められているようで、室内に漂う空気をひそかに変化させた。

 

           *

 

その頃、六課から奪取されたアンゴルモアを手にした一人の男がいた。白い詰襟制服に身を包み、不敵な笑みを湛えるその姿には、どこか冷徹な威圧感が漂っている。

名を加頭順(かずじゅん)。実態不明の巨大財団組織に籍を置くこの男は、アンゴルモアのエネルギーを独自の解析システムに掛け、その未知の力の本質に迫ろうとしていた。

「実に素晴らしいです。やはり、この力こそ我々が次元世界の覇者と成り得る為に必要不可欠な代物」

加頭は、その言葉と共に手に持つ黄金色に輝くガイアメモリを掲げた。メモリには「U」とアルファベットで刻まれ、微かに光を放っている。その握りしめる手には、彼の野望が滲み出ていた。

「“アンゴルモアを制する者が世界を制す”、まさに『会長』の仰る通り。この争奪戦は全人類を巻きこんだビッグビジネスとなるでしょう」

加頭の低く響く声は、静寂を切り裂くように空間に溶け込み、その場の空気を支配した。彼の背後には財団の象徴たる紋章が刻まれた巨大なスクリーンがあり、そこに流れるデータは未来への覇業を予感させるかのようだった。

 

           ◇

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課隊舎 エントランスロビー

 

夜が明け、静寂を破ることなく穏やかな朝が訪れる中、ユーノはエントランスロビーのソファに腰掛け、新聞を広げながら湯気の立つ緑茶を啜っていた。その姿には、昨晩の出来事を微塵も感じさせない落ち着きが漂っていた。

「ユーノ」

澄んだ声と共に現れたフェイト。その表情には、どこか申し訳なさそうな影が宿っている。彼女はユーノの視線を受け止めると、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「昨日はその・・・・・・ごめんなさい。私、言い過ぎたよね」

ユーノはてっきり、今朝も厳しい糾弾が待ち受けているものと覚悟していた。しかし、その予想を裏切る形で差し出された謝罪の言葉に、彼は新聞を畳むと穏やかな微笑みを浮かべた。

「いや。フェイトの言うことは至極正しい。大事な家族に暴力を振るわれたらそりゃ鬼にもなるさ。僕だってそうだよ」

フェイトはふと視線を落とし、言葉を続ける。

「だけどあの時は、頭に血が上ってて・・・・・・自分でも冷静でいられてなかった・・・・・・それにエリオの気持ちにも全然気づいてなかったし」

ユーノはフェイトの性格を熟知している。彼女がこの調子で自分を責め続けることは明白だったため、早々に切り上げるべく軽く手を振った。

「はいはい。ここで言い出したらキリがないよ。とりあえず、今回の件ははやてがあとで処分を下すから。フェイトはもう気にしなくていいんだ」

「うん・・・・・・ありがとうユーノ」

ちょうどその時、ロビーの一角で交わされる二人の会話を、少し離れた場所からなのはが静かに見つめていた。二人の蟠りが解消されたことに安堵しつつも、彼女の胸には昨夜耳にしたユーノの発言が鮮烈に蘇る。

 

――なのはのやり方ではもう、これ以上の成長は見込めない――

――打ち止めです――

 

(私じゃ・・・・・・みんなを強くすることは出来ない・・・・・・だとしたらもう・・・・・・)

不安は心の奥底に巣食い、次第に膨れ上がっていく。エリオだけではない。スバル達、フォワードメンバー全員の成長を阻害しているのではないかという悪しき妄想が、なのはの心を蝕む。昨夜の言葉が単なる聞き違いでないことは明白だ。ユーノの発言が真意であると確信する彼女は、意を決して彼に話しかけることを決めた。

苦渋の表情を浮かべながら、なのはは一歩を踏み出した。

「ユーノ君、あの・・・・・・」

しかしその瞬間、無情にも場の空気を切り裂く警報音が鳴り響いた。

 

ブーッ、ブーッ、ブーッ。

アンゴルモアの発見を告げるアラートが、全隊舎に響き渡る。それはあらゆる思考を吹き飛ばし、ただ一つの行動を促す合図だった。前線メンバーは即座に持ち場へと駆け出し、ロビーは緊張感に包まれた。

 

           *

 

同隊舎内 総合司令室

 

異世界におけるアンゴルモアの発動がもたらす事象は、かねてより多岐にわたる。その多くが単発的な意暴走事故として記録されてきたが、今回も例外ではなかった。リアルタイム映像が映し出すのは、激しく蠢く無数の異形たち。その圧倒的な存在感に、司令室内の空気は一瞬にして張り詰めた。

「アンゴルモアによる暴走事故です! 場所は第144管理外世界『マンチニール』です」

緊迫した声が室内に響き渡る。続いて表示されたデータは、全員を驚愕させる内容だった。

「確認されたAM-16はイモムシを素体としているようですが、これは・・・・・・」

スクリーンに映し出される膨大な反応点。センサーが示すアンゴルモアの反応数は、信じ難いことに数百を超えていた。

「こんなにたくさん・・・!」

「どれが本体なんだ?」

「ユーノさん、これはどういう事でしょうか?」

吉良が問いかけると、ユーノは一拍の間を置いてから冷静に分析を始める。その目は鋭い光を湛え、データの一つひとつを丁寧に読み解いていた。

「おそらくは、急激な細胞分裂が行われた事により、アンゴルモアが内包するエネルギーが分裂し母体そのものが分裂してしまったのでしょう」

「んじゃ、あの反応ひとつひとつがAM-16ってわけか?」

「この前はオオトカゲ。お次はイモムシ・・・・・・かぁ~、なんでこう絵面の悪い奴ばっかり出てくるかねー」

鬼太郎は頭を掻きながら、毒気のある愚痴を零す。その声音が僅かに場の空気を和らげたものの、状況の深刻さを覆い隠すには至らなかった。

刻一刻と迫る危機に対し、はやては毅然とした面持ちで席を立ち上がる。指揮官としての重圧を纏いながら、力強い声で命令を下した。

「とにかく、物量戦には物量戦や。機動六課前線メンバー全員で出動や!」

命令が下るや否や、室内には潔い返事が響き渡る。全員が一丸となって立ち向かう覚悟を示すその声には、一切の迷いがなかった。

その中で、エリオは自らの拳を密かに握りしめていた。前回の失敗を挽回したいという焦燥が、彼の内側で燃え上がるように広がっていたのだ。その様子を捉えたユーノは、何も言わずにエリオの背中を見つめていた。彼の未来を案じながら、深い沈思の淵に沈むかのように。

 

           *

 

第144管理外世界「マンチニール」

 

現場へ到着した瞬間、目に飛び込んできたのは、異形と化した無数の巨大なイモムシが居住地を蹂躙する凄惨な光景だった。暴徒の如く荒れ狂うそれらの影に怯えた住民達は、恐慌状態のまま逃げ惑い、辺り一面は混乱の坩堝(るつぼ)と化していた。

「みなさん! ここは私たちに任せて早く逃げてください!!」

「慌てないでください!! 全員落ち着いた行動を!!」

 幾人かが迅速に避難誘導へと向かい、残る者達は群れを前にして一斉に武器を構え、臨戦態勢を取る。

「どんな能力があるかわからねぇ。気を付けろ」

「「「「はい!」」」」

刹那、各員が一斉に攻撃を開始する。

 

「クロスファイアーシュート・フルバーストッ!!!」  「リボルバー・・・・・・ギムレット!!!」 

 

一閃必中(いっせんひっちゅう)!!! サンダーレイジ!!!」  

 

雷光一閃(らいこういっせん)・・・プラズマザンバー!!!」  「《火龍一閃》!!」  「ギガトンシュラ――クッ!!!」

 

「ドルフィンドライブ!!!」   「俺の必殺技・・・パート2′!!」

 

「咆えろ、蛇尾丸!!」 「次の舞・白漣!!」

 「ストライク・・・スターズ!!」

 

機動六課の前線メンバーがそれぞれの必殺技を駆使し、分裂したAM-16の個体群へ挑む。

だがその刹那、一体のAM-16が奇妙な奇声を発し、突進してきたかと思えば、忽然と全身が眩い閃光を放ち始めた。

「な、なんなの一体!?」

「いきなり爆発しやがったぞ!」

閃光は予兆に過ぎなかった。一瞬の間を置いて巨大なイモムシの体が爆裂し、強烈な衝撃波と爆風が周囲を巻き込む。その圧力に、咄嗟に身を引いて防御態勢を取るも、誰もがその威力の苛烈さに息を呑んだ。

さらに悪いことに、一体の自爆行動が引き金となり、他の個体も次々と連鎖的に爆発を始めた。無秩序に響く爆音は魔獣の咆哮のようであり、爆発の波が止む気配は一向に見られない。

「ちょ、ちょっと待て! いくらなんでもこの数を一遍には・・・!」

「全員退避だ!!」

「ダメです! 間に合いません!」

爆発の規模と連鎖の速度が圧倒的で、メンバー全員の退避が到底間に合わないと悟ったその瞬間――。

「ふん!!」

金太郎が咄嗟の判断でアックスオーガを地面に叩きつけ、大地を割ると同時に巨大な土壁を形成。さらに硬化魔法でそれを強化し、爆風から仲間全員を守り抜いた。

「「「「「「金太郎(さん)!」」」」」」

その場は間一髪で凌いだものの、状況の深刻さに変わりはない。金太郎が状況を冷静に分析する。

「間一髪、といったところですな。どうやら本体が分裂した個体を操り、遠隔で爆殺させているようです」

「さながら“爆弾芋虫”ってところかよ。ったく、面倒な相手だぜ。いつ爆発するか分かったもんじゃねーぜ」

「せめて、本体さえ直ぐに見つけられれば」

「アンゴルモア反応そのものが分裂してるんだぜ! んなのどうやって・・・」

 一体一体が同質同量のアンゴルモア反応を持ち、能力にほとんど差が見られない敵。雲を掴むような難題に直面し、誰もが険しい顔を見せた。その時――状況は急激な変化を迎えた。

 

どこからともなく現れた嵐。その烈風と共に、大量のAM-16が宙へと舞い上がり、渦に飲み込まれながら次々と爆発の炎に散っていく。

「な・・・なんだ!?」

「何がどうなってるの?」

突然の事態に誰もが目を疑い、状況を把握することができない。次々と自爆していく異形達の末、残った一匹のイモムシが重力に従い地上へと落下。その身体は爆発の影響で動きを失い、ただもがくだけだった。

すると、遥か彼方から飛来した槍の如きエネルギーが、その体を正確に貫く。裁きの雷光の如く、絶対の意志で命脈を断ち切ったその一撃の後、イモムシの体内から放たれる光――それは古代遺物(ロストロギア)であるアンゴルモアだった。

「アンゴルモアだ!」

「俺に任せろ!」

その言葉と共に、恋次が真っ先に飛び出した。だが、その瞬間、彼の頭上に不吉な暗雲が立ち込める。

「待て恋次!! 早まるな!!」

ルキアが鋭い声で制止するも、既に遅かった。暗雲の中からバチバチと音を立て、天より雷が降り注ぐ。

「ぐあああああああああああ!」

それは、あたかも天罰のように恋次の身体を直撃した。

「恋次ッ!!」

「「「恋次さん!!!」」」

全員が驚愕の表情を浮かべる中、雷に打たれた恋次の身体は痺れ、内蔵機能に深刻な損傷を負い、その場に力なく倒れ込む。

『ふふふ。アンゴルモアは私がいただきます』

倒れた彼の前に、暗闇を裂くように現れたのは黄金甲冑を纏うドーパントだった。つい先日のAM-15との戦いで機動六課からアンゴルモアを簒奪した因縁の相手が、再び姿を現したのだ。

「お、おまえは・・・・・・!」

その姿を目の当たりにしたエリオの脳裏には、過去の記憶が鮮明に蘇る。当時の恐怖が体を駆け巡り、無意識に手が震え始める。

「あの時の、ドーパント!!」

ストラーダの持ち手をぎゅっと握りしめ、目を大きく見開いたエリオが、呼吸を荒げながらドーパントへと声を投げかけた。その声には当時の恐怖と怒りが綯い交ぜになり、微かな震えが滲んでいた。

『ほう。私の能力について調べ上げましたか。さすがに元・無限書庫司書長をバックに据えられると耳が早い』

黄金甲冑のドーパントは余裕に満ちた態度で、仮面の奥から嘲るような声を響かせる。その余裕は絶対的な優位性を確信している者のそれであり、まるで獲物を品定めする狩人のようだった。

「テメー! よくもあの時はやってくれたな!」

「ウルティマの件、忘れたとは言わせんぞ」

その叫びと共に、因縁深き鬼太郎と金太郎が怒りを全身に宿し、ドーパント目掛けて突進する。彼らの一撃には確かな威力が込められていたが、ドーパントは微動だにせず、その象徴とも言える“理想郷の杖”を軽々と振りかざした。

『やれやれ。思考はサルと同じですね』

全霊を込めた二人の攻撃は、無風の湖面を打つ小石を彷彿とさせ、ドーパントの防御を掠ることさえ叶わない。歴戦の猛者である二人の力を一蹴するその様子は、圧倒的という言葉すら生温い。

「「ぐああああ!」」

杖を軽々と振り回した後、ドーパントは開いていた方の手を軽く掲げ、掌から放たれた爆炎で二人を弾き飛ばした。

「鬼太郎さん!」

「金ちゃん!」

苦悶の叫びを上げる二人を見て、駆け寄ることすら許されない六課のメンバー達は、一様に恐怖と絶望を抱かざるを得なかった。

「うおおおおおお!」

「はああああああ!」

今度は、スバルとギンガが戦闘機人モードへと移行し、全速力でドーパントへと突っ込む。

『無駄です』

ローラーによる加速の勢いを活かしたスバルとギンガの渾身の拳。それをドーパントは、あろうことか軌道を歪曲させることで無力化した。結果、二人の拳は驚くべき正確さで互いの頬を打ちつけることとなる。

「「ぐあ・・・」」

姉妹同士が不可抗力で殴り合うという悲劇的な結果に終わり、スバルとギンガは何が起こったのか理解する間もなく意識を失い、その場に崩れ落ちる。

「スバル! ギンガ!」

『愚かな。己が程度を弁えず軽はずみな行動をとる』

ドーパントの冷笑を背に、六課メンバーは次々と倒れる仲間達を目の当たりにし、凍りついたように立ち尽くす。

「こいつホントに何なの? まるで私達の攻撃が通じないなんて・・・」

 これまで幾多の敵と戦い抜いてきた六課のメンバーですら、この敵に対しては未知なる威圧感を抱かざるを得なかった。ドーパントがその場に立つだけで、彼らの気力と判断力をじわじわと蝕むような感覚を覚える。

静寂を切り裂くように、ドーパントは理想郷の杖を掲げ、その真髄を語り出す。

『我が“ユートピア”は希望を奪う力。あなた方の希望を根こそぎ奪い取ってあげましょう』

その言葉と共に、重力の操作によって中空に浮かび上がった【ユートピア・ドーパント】。杖が振るわれた瞬間、大気が震え、宙には巨大な磁気嵐が現れた。それは自然の摂理を逸脱した現象であり、周囲を飲み込む奔流の如き破壊が全てを覆い尽くしていく。

「「「「「「「「「「ぐあああああ!」」」」」」」」」」

磁気嵐の中で、肉体だけでなく精神までもが削られていく。その冷徹な力の前に、全員が地に伏すほかなかった。

その中でただ一人、エリオは辛うじて意識を保ち、アンゴルモアの近くに転がり込んでいた。全身を襲う痛みに耐えながらも、微かな希望に縋るように身を起こす。

「くぅ・・・・・・」

意識は霞みがちだったが、それでもアンゴルモアを守らねばならないという使命感が彼を突き動かした。しかし、それを見逃すユートピア・ドーパントではない。

『おや。加減したつもりはなかったのですが。幸運か不運か。否、どの道あなたの希望はここで潰える』

冷酷な声が仮面越しに響き、エリオの意識を鋭く抉る。ユートピア・ドーパントは杖に仕込まれた剣を抜き放ち、ゆっくりと歩を進める。まるで運命そのものが、無情な刃となって迫るかのようだった。

空気が重圧に歪み、エリオの心臓は鳴り響く動悸に飲み込まれる。

(ダメだ・・・・・・あの時と同じだ! 恐怖が・・・・・・震えが止まらない・・・・・・)

「エリオ!! 逃げて!!」

 しかし、フェイトの叫びは、全身を支配する怯えに遮られ届かない。全身が硬直し、立ち尽くすエリオに迫る影。

(脚が(すく)んで動けない・・・・・・ダメだ・・・・・・殺される・・・・・・!)

 エリオの意識は、刃が放つ冷たい光に縛られ、思考は凍りついた。瞼を閉じると同時に、涙が頬を伝う。

 

――君の愛機には“恐怖”しか映っちゃいない――

――戦いに必要なのは“恐怖”じゃない。そこからは何も生まれない――

 

その声が、深い闇に沈んだ意識を揺さぶった。恐怖の支配に風穴を開けるかのように、ユーノの言葉が胸中に響く。

(戦いに必要なのは“恐怖”じゃない・・・・・・)

凍てついていた思考が解け、恐怖に囚われていた自分自身を見つめ直す。

(僕が強さを欲した理由・・・・・・何のために強くなるのか・・・・・・)

 エリオの中で、記憶の断片が一つに繋がり始めた。

一方、ユートピア・ドーパントは、動かぬ獲物を前に剣を振り上げた。

(僕が強くなりたい理由は――)

振り下ろされる刃を目前に、脳裏に浮かんだのは、笑顔を絶やさず共に戦い続けてきた彼女(キャロ)の姿だった。

『ジ・エンドです』

「エリオぉぉ!!」

仲間の叫びも、敵の声も、全てが遠のいた瞬間、エリオは深い内面へと沈む。

(そうだ・・・・・・僕が強くなる理由は!!)

剣先が脳天を捉えようとしたその刹那――。

エリオの目が見開かれ、ストラーダが音を立てて凶刃を受け止めた。

『なに!?』

「うおおおおおおおおお!!」

予想外の反応にユートピア・ドーパントは目を見張る間もなく、エリオは全身の力を込め、剣を弾き返した。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 荒い呼吸の中で、エリオは確信する。自分が恐怖を乗り越えたという事実を。

ユートピア・ドーパントは一歩距離を取ると、驚愕の面持ちで言葉を漏らした。

『馬鹿な。紙一重で受け止めただと?』

「僕は・・・・・・一体・・・・・・」

自分が発揮した力に驚き、混乱するエリオ。その時、不意に響く拍手の音。

振り返ると、そこにはユーノの姿があった。

「おめでとうエリオ。死の“恐怖”を乗り切った感想はどうだい?」

「ユーノ先生! いつからそこに!?」

 隊舎にいるはずのユーノが目の前に立っている。驚きで硬直するエリオに、彼は微笑みを浮かべながら答える。

「いやー、エリオの事が心配だったものだからこっそり付いて来ちゃった。でもまぁ、それも杞憂に終わったけどね」

最悪の結末を避けたどころか、彼の予想を遥かに上回る結果が訪れたことに、ユーノは満足げな様子を見せた。だが、その姿を睨むユートピア・ドーパントが静かに威嚇する。

『ユーノ・スクライア・・・貴様、その子供に何を吹き込んだのですか?』

「吹き込んだ? 僕はただ、彼が戦士として成長を遂げる為の手伝いをしてあげたんだ。今彼は死の恐怖を乗り越え己の殻を脱したんだよ」

『馬鹿な・・・・・・。以前出遭ったときは雛鳥の様に怯えていたのに、どうやってそんなことが?』

「簡単な話さ。エリオには恐怖を乗り越えるだけの強い想いがあったということだよ。人は大切な者のためであれば信じられない力を発揮することができる。それが人の強さだと僕は思ってる。他に譲れない何かがあれば、自分を超えた力を発揮することができるのさ」

ユートピア・ドーパントは到底納得のいかない表情を浮かべた。だが、ユーノは気に留めることなく、呆然とするエリオに向き直る。

「とりあえず、ショック死しなくてよかったよ。時にはあるんだ。死を覚悟してしまったが故に生命を維持することを諦めてしまうことがね」

「あ・・・はぁ・・・」

未だ混乱が解けぬままのエリオに、ユーノは懐から何かを取り出し、手渡した。

「今のエリオなら――これを渡しても良さそうだ」

「これは?」

手にしたのは、黄色を基調とした装置。ユーノの言葉にエリオの心が高鳴る。

「【サンダーグリップ】――エリオ専用にチューンナップしたIPカードリッジシステムだよ。男になった君へのお祝いさ」

エリオは顔を輝かせ、その手の中にある力を確かめるように装置を握りしめた。

「ユーノ先生・・・・・・! ありがとうございます!」

次元世界最強の男から、自分が認められたという実感が胸に広がる。

ユートピア・ドーパントの視線が再びエリオに向けられる中、彼はストラーダを構えた。

「いくよストラーダ! サンダーグリップ、ロード!!」

〈Thunder grip. Set up〉

グリップを装填した瞬間、ストラーダが眩い閃光を放つ。光は空間を裂き、機構が変化していく音が重く響いた。目を見張る間に矛の形状が変貌を遂げ、三又の鋭利な刃が姿を現す。その様相は、まさに雷神の矛の如き威容を湛えていた。

「ストラーダが・・・!」

「三叉の矛になった!」

驚愕と称賛の声が上がる中、ユーノは悠然と微笑み、軽く顎を引いて一言。

「ふむ。名付けて“ストラーダ・トリアイナフォルム”ってところかな?」

場の空気が一瞬静まり、エリオの身体から放たれる電気の火花だけが淡く響く。彼は全身で戦意を漲らせ、凛然と矛を構える。その目が見据えるのは、敵ユートピア・ドーパントの仮面越しの視線だ。

『たかがカートリッジひとつで何が変わる? 私と君の間には絶対的な力の差があるのだ』

ユートピア・ドーパントの挑発を受け流すように、エリオは口元に微笑を浮かべる。その表情には、先ほどまでの怯えなど微塵も残っていない。

「どうかな。試してみればわかるさ」

言葉と同時に、エリオは霹靂の如き速さでユートピア・ドーパントの懐に飛び込んだ。彼の動きは稲妻そのもの。

(はや)い! 馬鹿な。この私が捕らえきれぬなど!?)

驚愕するユートピア・ドーパントが剣を振りかざす間もなく、エリオは背後に回り込む。三又の矛が唸りを上げて振り下ろされる音に、ユートピア・ドーパントは反射的に剣を掲げ受け止めるが、その一撃の重さに一瞬足を揺らす。

「すごい! 今までとは比べ物にならないほどだわ!」

「いいぞエリオ!!」

仲間達の歓声が戦場に響く中、ユートピア・ドーパントの仮面越しの目には苛立ちの色が浮かんでいた。

『ええい! 調子に乗るなぁ!』

激昂した声と共に繰り出される剣撃を、エリオは正面から受け止める。その衝撃は全身を痺れさせるほどの力を持つ。ユートピア・ドーパントの剣はただの武器ではない――希望を奪うその力が、エリオの心の奥底を揺さぶる。

「ぐううう・・・・・・!」

希望が奪われるごとに再び蘇る死の恐怖。しかし、彼の目は怯えて閉じることなく、再びユートピア・ドーパントに向けられていた。

「破道の一『(しょう)』」

その時、ユーノが鋭い声と共に放った鬼道の一撃が、ユートピア・ドーパントの仮面を直撃する。

『ぐお!』

怯んだ隙を逃さず、エリオは間合いを取る。ユーノがその肩を叩きながら言葉をかける。

「怯えは大切な感情だ。でもそれに囚われてはいけない。肉体能力で負けているのであれば、心で勝つんだ。時に精神は、肉体を凌駕するときがある」

「はい! 僕は――今までの僕に足りなかったものが何なのか、今ようやくわかった気がします」

エリオの瞳に宿る光が増し、その姿勢には揺るぎない自信が感じられる。

「『覚悟』だったんです。誰かを守るために命を賭ける――それが騎士として、いや戦士として最も大切な事だったんです。今からそれを証明します。ストラーダ!!」

〈Thunder Load〉

電子音が響いた瞬間、エリオの全身を雷光が覆い尽くした。バチバチと音を立てながら発生する電気が彼の肉体に宿り、辺りの空気を震わせる。その圧倒的な力の変化に、ユートピア・ドーパントは目を見開く。

(なんだ・・・・・・空気が揺れている・・・今までよりも闘気が鋭さを増している! それにこの魔力の増大は・・・・・・まるで別人のようだ!!)

エリオの髪が稲妻の力で逆立ち、その足元に雷のような軌跡を刻む。彼は静かに構えを取ると、大地を強く踏みしめた。

 

――・・・「紫電一閃・改 雷霆一閃(らいていいっせん)

 

閉じていた瞳が見開かれる刹那、エリオの身体は迅雷の如く間合いを詰め、敵の目前へと躍り出た。ユートピア・ドーパントの剣は一瞬の遅れもなく迎撃に転じたが、その刃はエリオの動きを捉えることが叶わなかった。

(躱すなら“斬らせない”!)

ユーノからの教えを反芻させ、エリオは絶え間なく動き続ける。空中で舞い、敵を翻弄しながら、隙を見極めて果敢に攻め込んだ。

(誰かを護るなら“死なせない”!)

その身が稲妻と化したかのような速度で、敵の懐へと滑り込み、再び飛び退く。間合いの中で攻防を繰り広げながら、エリオは一瞬たりとも気を緩めることなく、己の覚悟を鋭利な刃として研ぎ澄ませる。

(攻撃するなら“斬る”!)

刹那。ついに雷撃の如き一閃が空を裂き、ユートピア・ドーパントの黄金の装甲を断ち割った。

『ぐあああ・・・・・・』

雷の咆哮と共に放たれた一撃は、ユートピア・ドーパントの全身を貫き、地面に叩きつけた。煌めく稲妻が戦場を照らし出す中、敵は傷つき、その巨体が揺らぐ。黄金の装甲に深々と刻まれた三本の傷痕が、エリオの力を物語る。

「やった!!」

「でかしたぜエリオ!!」

「よくやったエリオ。見事だった」

仲間達の歓声が響き渡る中、ユーノは一歩引いた場所から、エリオの成長を静かに見守った。その目には確かな誇りが宿っている。

ユートピア・ドーパントは苦痛に歪む顔を上げ、エリオを睨みつけながら言葉を絞り出した。

『この私が・・・・・・こんな子供に・・・・・・何故だ・・・・・・何故これほどの力を・・・・・・』

エリオは静かにユートピアを見据え、言葉を紡いだ。

「誓ったんだ・・・絶対に守るって・・・」

彼の声には迷いはなかった。全身に帯びた雷が彼の覚悟を象徴しているかのようだった。

『・・・誓い・・・・・・だと? 誰にだ?』

「誰でもないさ」

エリオは深く息を吸い込み、そして、毅然とした態度で言葉を続ける。

「――ただ僕の――・・・魂にだ!!!」

 その言葉には、戦士としての誓いが込められていた。守りたい者のために立ち上がり、恐れを克服し、己の限界を超えて戦い続ける――エリオの魂が放つ誓いの光が、ユートピア・ドーパントを打ち砕いた。

『認めん・・・・・・私は決して認めぬぞ・・・・・・!』

屈辱に苛まれたユートピア・ドーパントは怒声を残し、砂嵐の中へと消えていった。その後には戦いの痕跡と、勝利を掴んだエリオが立ち尽くしていた。

しかし、その反動はすぐに彼の体を襲った。ストラーダが元の形状に戻ると同時に、エリオは膝をつき、意識を手放した。

「エリオ!」

「だいじょうぶか!?」

仲間達が駆け寄り、フェイトが真っ先にエリオを抱きかかえるように支えた。

「ユーノ、エリオは!?」

 フェイトの焦りを感じ取りながら、ユーノは落ち着いた声で説明した。

「サンダーグリップは、エリオの電気変換資質を極限にまで強化する為、戦闘時に使用者の力を前借りする。よって、使用後に激しいバックファイアに襲われる副作用があるんだ。今はゆっくり休ませてあげよう」

フェイト達が安堵の息を漏らす中、恋次がエリオの肩を叩き、笑顔で称賛の言葉を送った。

「よくやったぜ、こいつは」

その場に立ち尽くす戦士達は、確かに感じていた。エリオ・モンディアルが一歩先へ進んだことを。その成長が新たな希望をもたらすことを――。

 

           *

 

次元空間 時空管理局本局 医療施設

 

 夕方、キャロは医療施設のベッドでぼんやりと天井を見上げていた。日常の喧騒から解放されたその静寂は、穏やかな反面、少しの孤独を感じさせる時間でもあった。

そんな折、部屋の扉が音もなく開いた。任務を終えたばかりのエリオが姿を現す。

「エリオ君!」

忽ちキャロが顔を明るくする。

「キャロ、身体はもう大丈夫なの?」

「うん! お陰様で。フリードと一緒に明日には退院できるよ」

「そっか。よかった・・・・・・」

エリオは安堵の表情を浮かべたが、その目には何かを決意したような強い光が宿っていた。そして、彼は一歩踏み出してキャロのそばへと進む。

「あのさ・・・キャロ・・・ちょっと、手を前に出してくれるかな?」

「え? いいけど・・・。こう?」

 キャロが戸惑いながらも差し出した手の先に、エリオは静かに跪く。その仕草はどこか荘厳で、今まで見たことのないほどの真剣さを帯びていた。

彼はキャロの小さな手を優しく包み込み、静かに宣言を始める。

「我――騎士エリオ・モンディアルは、キャロ・ル・ルシエを如何なることがあとうとも、この身命を賭して護り抜くことを誓います」

「ふぇ!?」

キャロの瞳が驚きに見開かれる。心臓が高鳴り、鼓動の音が耳の奥に響いた。

「え・・・エリオ君!? い、いきなりどうしたの・・・!?」

エリオの突然の行動に混乱しつつも、キャロはその誓いの言葉に戸惑い以上の感情を覚える。彼の姿は、いつもの頼りなげな少年とは違い、どこか堂々とした騎士然とした風格を感じさせた。

やがて宣誓を終えたエリオは、ふと硬い表情を崩し、いつもの優しい微笑みを見せる。

「・・・僕はまだまだ弱い。だから強くなる・・・強くなって・・・次は絶対キャロを護るから!」

先ほどと同じ内容の言葉だが、その声に込められた真剣さがキャロの胸を打った。

「・・・ありがとう・・・エリオ君・・・」

キャロは自然と涙を浮かべ、微笑んでいた。その笑顔は、エリオへの信頼と感謝、そしてどこか隠しきれない安堵の色を宿していた。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 アドバイザー室

 

アンゴルモアの無事な回収を終えた後、ユーノはサンダーグリップの再調整とデータ分析に没頭していた。室内には機械の微かな動作音が響き、静寂と集中が支配する空間だった。その時、入室を求めるブザーが鳴り響く。

「どうぞ」

扉が開き、現れたのはなのはだった。

「なのは。どうしたの?」

「えっとね・・・今日はエリオの件、ありがとう。あの状況で冷静かつ的確に助言できるなんて、さすがはユーノ君だよ」

なのはは柔らかな笑みを浮かべながら言ったが、その声にはどこか戸惑いの色が含まれていた。

「あれくらいなんて事ないさ。アドバイザーがアドバイスの一つもできないようじゃ、仕事にならないからね」

「それでもやっぱりすごいよ。だから・・・・・・これからは私じゃなくてユーノ君が教導をした方がいい気がする」

「え」

予想外の提案にユーノは目を見開く。なのはは一瞬躊躇しつつも、心に抱えていた思いを言葉に紡ぎ出した。

「あのね・・・・・・実は昨日・・・・・・聞いちゃったんだ。私・・・六課の戦技教官なのに・・・私のやり方じゃもうエリオの成長は見込めないって・・・・・・それがすごく悔しくて・・・悲しくて・・・」

「なのは・・・・・・」

「でも、ユーノ君の言ってること間違じゃないと思うんだ。スバルもティアナも、みんな四年前とは比べ物にならないほど強くなった。だからあの子達の今後を考えると、もう私じゃなくてもいい気がするの」

その言葉は、普段のなのはらしさを感じさせない弱々しさを帯びていた。彼女の瞳には、自信喪失の色が滲んでいる。

ユーノは少し考え込んだ後、静かに立ち上がり、なのはの前に進み出る。そして、彼女の肩にそっと手を置き、優しい声で語りかけた。

「君のやり方は決して間違ってないと思う。それどころか、生徒の事を考えに考え抜いた素晴らしい教導だと僕は思ってる。だからこそ、自分のやり方に疑問を持ったりしたら駄目だ」

「ユーノ君・・・・・・だけどそれでも・・・・・・わたしじゃ・・・」

「あのね、なのは。人一人にできる事なんてたかが知れてる。君は教導官として自分の力不足を投げている様だがそれは違う。エリオや他のみんながここまで成長できたのは、君がこれまで丁寧に根気強く大切に育ててきたからこそなんだ。土台を作ったのは間違いなくなのはだ。僕がやった事は君には遠く及ばない。言わばセカンドオピニオンだよ」

「ユーノ君・・・・・・」

ユーノの言葉は真摯で温かかった。それは、なのはの心の中に(わだかま)る不安を少しずつ解きほぐしていく。

「だいたいさ、君が僕に魔法を教わった時のことを思い出してごらん。僕が教えたことなんて、基礎の基礎みたいなもんだよ。あとはぜんぶなのはが自分で発展させていった。ま、僕的にはちょっと悔しい思いもしたけどね♪」

ユーノの軽い冗談交じりの言葉に、なのはの表情が少し緩む。

「ほんとに・・・・・・いいのかな? 私がこのまま六課の戦技教導を続けても・・・・・・なんだか、不安だよ。今の私じゃ皆を今より強く出来る自信なんか・・・・・・」

「上手くやろうなんて考えなくていいよ。君が思った通りにやればいいんだ。それで文句をつける人がいるなら、そのときは――僕が必ず納得させる」

その一言は、なのはにとって何よりも力強い支えとなった。

「・・・・・・ありがとう・・・・・・ユーノ君・・・・・・」

なのはは薄ら涙を浮かべながら、気持ちの籠った微笑みを浮かべる。そして、そのままユーノの胸に顔を埋めた。彼の腕に抱かれながら、なのはは確信する。この人が自分のそばにいてくれる限り、自分はまた前を向けるのだと。

「やっぱりまだまだ敵わないよ・・・・・・ユーノ君みたいなすごい先生には、なれそうにないな」

その言葉に、ユーノは少し困ったように笑いながら、なのはをそっと抱きしめ返した。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日はサンダーグリップについてだ♪」

「エリオのストラーダ用に調整したIPカートリッジシステム付帯の拡張デバイス。

マギオン自動スキームとマギオン自動反応炉を利用したマギオン強化作用により、一度に大量の魔力を血中に取り込むことで瞬間的に身体能力を大幅に高めさせる。それによって攻撃の威力を上昇させる」

「飛躍的に戦闘力を向上させることが可能な反面、戦闘後には戦闘時に前借していた分激しいバックファイアに襲われてしまう」

 と、解説が終わった直後。エリオが泣きながらユーノの元へ駆け寄ってきた。

エ「ユーノ先生、助けてください!」

ユ「エリオ? どうした・・・・・・な、なんだいその格好は!?」

 よく見れば、エリオはゴスロリ風の衣装を身にまとっていた。しかも髪の毛にはリボンも付けており、その姿はさながら美少女。

エ「八神部隊長が・・・この前の戦闘行為の罰だと言って、これを僕に・・・! しかも写真まで撮って・・・!」

ユ「あのチビダヌキめ・・・・・・なんと残酷な罰を与えるんだ・・・・・・はっ! この流れからすると、もしや僕も!?」

 勘のいいユーノが周囲を見渡すと、エリオだけでなくユーノをも女装させようと画策するはやてと、彼の女装姿を楽しみにしているなのはが満面の笑みを浮かべていた。

は「へへへ・・・・・・ユーノくんにも、きっちり罰を言受けてもらうからな♪」

な「逃げたりしたら駄目だからねユーノ君♪ 大丈夫だよ、元がいいからきっとキレイに仕上がると思うから♪」

ユ「ぬぬぬぬぬ・・・・・・!」

 ユーノ、しくしくと泣き続けるエリオの隣でこの罰を受けざるを得ない状況を作り出した自身の行動を激しい後悔する。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

 前回、淋病に罹っている事が発覚した恋次。ユーノは感染経路を特定するために問診を行う。

ユ「つかぬ事をお伺いしますが、最近風俗など性交渉を行った覚えはありますか?」

恋「いやねーよ! どっかのエロ亀じゃあるまいし!」

ユ「恋次さん・・・・・・恥ずかしいのは分かりますが正直にお答えください。淋病は感染症ですから事は恋次さんだけに留まりません」

恋「だから本当に無ぇんだって!! 信じてくれよ!!」

 疑ってかかるユーノに必死で弁明する恋次。ルキアが居る手前、そのような事は離婚問題になりかねないのだから当然だ。ユーノは彼の態度に嘘偽りはないと納得すると、その他の可能性を思案。

ユ「では入浴施設に行った、もしくは不衛生なトイレなどで用を足した覚えはありませんか?」

 すると、話を聞いていた恋次の頭に心当たりのある物が思い浮かんだ。

恋「まさか・・・・・・あれか!!」

ユ「心当たりが?」

 体の血の気が引いた様子の恋次にユーノがおもむろに尋ねる。

恋「前に外回りで急に腹を下してよ・・・それで近くの公衆便所を使ったんだが、その時の便器がえらく汚なくてな。ケツ上げる時にブツの先が触れたんだよ」

 これを聞き、ユーノも合点がいった様子でポンと手を叩く。

ユ「なるほど。憶測ですが、そのトイレの便座に感染者の残尿などが付着していたんだと思います」

恋「するってーと、俺はそこから感染したってわけか・・・?」

 そうなるかと呟き、ユーノは淋菌について捕捉説明する。

ユ「本来、淋菌は弱い菌でして患者の粘膜から離れると数時間で感染性を失い・・・温度変化や消毒剤で死滅するんです。なので、普段はそんな事ではそうそう感染しません。運が悪かったんでしょうね」

恋「運が悪いで済むかよ! チクショウ!! なんで俺がこんな目に遭わないとならないんだ・・・!!」

 運が悪いで落ち着いた所で、決して腑に落ちる事は出来ない恋次だった。




登場AM体
AM-16
巨大なイモムシを素体として誕生したアンゴルモアモンスター。
十数節の体節からなる焦げ茶色の体に七個の眼と多数の歩脚を持つ。元々は一匹を素体として誕生したが、アンゴルモアのエネルギーを取り込んだ事で急激な細胞分裂を繰り返した事で母体そのものが複数に分裂する。分裂した個体一つ一つが同質同量のアンゴルモアエネルギーを有するモンスターと化す。
最大の特徴は、母体が指示を出す事で分裂した個体は内包したエネルギーを起爆剤として爆発するというものであり、一体の爆発を皮切りに連鎖反応を起こす事で周囲の敵を根こそぎ消し去る。
当初は上記の能力により六課メンバーを苦戦させるが、ユートピア・ドーパントの妨害を受けた事で敢え無く倒される事となった。
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