ユーノ・スクライア外伝   作:重要大事

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第50話「ヴェーダ・封印されし怨府(えんぷ)

新歴079年 8月19日

第12管理世界「インドラ」

 

鈍色に染まった岩石がゴロゴロと転がり、あたりを見下ろしているかのように聳えている。踏み心地の悪い砂利が広がる大地は、どこまでも荒涼とした風景を描いていた。その荒野を一歩ずつ進む二つの影――ユーノ・スクライアと熊谷金太郎だ。

強烈な日差しと砂塵を避けるべく、フード付きのマントで身を包んだ二人は、無言のまま目的地へと歩を進めていく。

やがて、小一時間ほどの行軍の末、彼らは目的地へと辿り着いた。フードをそっと捲り上げると、崖下に広がる空漠(くうばく)の砂地に埋もれた街並みが視界に飛び込んでくる。砂に埋もれ、荒廃した建物群は、まるで時の流れに取り残されたようだった。

「・・・・・・よもやよもや。この地に再び足を踏み入れることになるとは、思いもしませんでした」

 胸に去来する思いを押し殺すかのように、金太郎が低い声で呟く。その声音には、荒地の風に紛れるほどの静けさと、言葉にしきれない複雑な感情が宿っていた。

彼の隣に立つユーノは、金太郎の横顔をちらりと見つめ、その胸中を察するように僅かに目を細める。二人がここへ至るまでの道のりを振り返りつつ、ユーノは静かに口を開いた。

「それにしても、ここへ来るのにも随分と苦労したものだよ」

「ええ。本来ならば局員すら立ち入りを禁じられた区域――それが【エリア47】なのですから」

 金太郎はユーノの言葉に応じ、また一つ息を吐きながら視線を崖下へと向ける。その荒廃した景色は、ただの廃墟ではなく、かつて何かを抱えていた土地の重みを物語っているようだった。

それ以上の言葉は交わされることなく、二人は再び歩き始める。崖を下り、砂に埋もれた街並みを目指して。

 

           *

 

第1世界「ミッドチルダ」

ミッドチルダ中央南駐屯地内A73区画

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎 総合司令室

 

その頃、ミッドチルダの隊舎では、なのは達がユーノ達の身を案じていた。インドラに向かった二人の行動は、目的地付近の反応を捕捉できないという特別な事情によって、なおさらもどかしさを抱えさせていた。

「そろそろ店長と金ちゃん、インドラへ到着した頃かな?」

浦太郎が声をかける。その言葉に続けて、フェイトが二人の強さを信じながらも不安を滲ませる。

「まぁあの二人のことだから大丈夫だとは思うけど・・・・・・やっぱり心配ですね」

言葉の端々に焦燥を滲ませる二人の間で、シグナムが静かに切り出した。

「しかし、今回の越境捜査はどうにも胃の腑に落ちないことばかりです」

「せやな――……」

はやては軽く頷くと、これまでの経緯を思い返しながら、困惑混じりの表情を浮かべた。

 

 

およそ六時間前――

「どういうことですか!?」

「アンゴルモアの回収が出来ないって!」

はやての説明を受け、前線メンバーは驚愕に息を呑んだ。

「おいはやて、こりゃ何の冗談なんだ!? 俺たちにもちゃんと説明しろよな!」

語気を強める恋次に、はやては複雑な表情を浮かべつつ、静かに口を開いた。

「とりあえず事の経緯から話しますと・・・三十二時間前、第12管理世界『インドラ』東部でアンゴルモアと思しき反応を確認しました。いつもならここで先発メンバーを派遣するって流れなんですが、今回は状況が違うんです。ここは不可侵領域なんです」

「不可侵領域・・・だと?!」

言葉の意味を飲み込めず、目を見開く恋次。はやては彼を正面から見据え、さらに説明を続けた。

「詳しいことは、残念ながら私達にも分からないんですが、この辺りは通称【エリア47】と呼ばれ――民間人はもちろん、管理局員ですら立ち入りが厳しく禁止されているんです。入ったら私達も逮捕されてしまいます」

「だがしかし、機動六課は『アンゴルモア』回収に関しては越境捜査が認められているはずじゃないのかい?」

吉良が確認のため問いかける。対して、はやては苦々しげに首を横に振った。

「残念ながら、これに関しては機動六課も例外じゃないんです。もちろん何もしなかった訳じゃあらへん。私とクロノ提督でここの立ち入りを許可してもらうために上に掛け合いました。せやけど・・・・・・最後に突っぱねられてしまったんです」

「そんな・・・じゃあ打つ手なしってこと!?」

場に漂う落胆の色。そんな中、鬼太郎が沈黙を破るように「でもよぉ」と声を上げた。

「いくら立入禁止つっても、古代遺物(ロストロギア)を野放しにはいかねえだろ? 何とかして許してもらえねえのか?」

「そやけど、責任者のことを考えるとなぁ・・・・・・承認許諾を得るのも一筋縄じゃいかへん」

「確かに、あの人の前では僕らがどれだけ束になったところで足元にも及ばないだろう」

クロノも交渉時の状況を思い出したのか、険しい表情で腕を組む。その様子を見かねた恋次が苛立ちを露わにした。

「誰なんだ? その責任者ってのは?」

恋次の疑問に対し、一瞬言い淀むはやてとクロノを見て他のメンバーはその責任者が果たしてどんなに食えない相手なのかと唾を飲む。

はやては一瞬、躊躇いの色を見せたが、やがて意を決したように中央のモニターを操作した。映し出された人物の肖像を目にした瞬間、なのは達は驚愕の色を浮かべる。

「伝説の三提督の一人にして、本局武装隊ラルゴ・キール栄誉元帥です」

彼女の一言が部屋に重い響きを残す。その名が持つ重厚な響きは、管理局に携わる者全てに圧倒的な威厳を感じさせるものだった。

「まさか、あのキール元帥が!?」

「かの三提督ですら許可を出さないなんて・・・」

驚愕するティアナとエリオ。だが、その感情が共有されない者もいた。恋次は彼らの反応についていけず、首を傾げている。

「って! お前らだけで話を進めるんじゃねーよ! 誰なんだこの爺さんは!?」

すると、シグナムが表情を険しくし、厳かな口調で恋次を諭す。

「阿散井、貴様というヤツは・・・・・・言葉を慎め! ラルゴ・キール殿は管理局黎明期において、多大な功績を残した功労者の一人! 機動六課の後ろ盾ともなっているお方だぞ!」

しかし、恋次はシグナムの言葉にも頓着せず、顔を顰めながら反論を返す。

「ふん! 俺は管理局員じゃねーからんなこと知らねーし、本人がいる訳でもねーだろが。大体こんなただの白髭生やした老人に何を手間取ってるんだよ!?」

「その老人が厄介なんですよ」

恋次の呆れ混じりの言葉に反応する者がいた。ユーノだった。彼は冷静な声で恋次の軽率な発言を正す。

「今でこそ“三提督”なんて呼ばれていますが、若い頃は数々の修羅場を潜り抜けた叩き上げの魔導師で34歳の若さで元帥の地位へと成り上がったんです。金太郎、彼がむかし何という渾名(あだな)で呼ばれていたか教えてあげなよ」

その問いに応じ、金太郎が低い声で答える。

「“鬼軍曹(デーモン・サージェント)”です。あの方の恐ろしさは当時の局員の誰もが知っております。この私でさえ何度脱走しようと思ったことか」

金太郎の過去を物語る声には、静かでありながら深い重みがあった。この部屋に居合わせた全員が言葉を失い、彼の告白に息を呑む。

「ま、マジかよ・・・」

「見た目は孫を溺愛しそうな好々爺(こうこうや)にしか見えないけどねー・・・」

ヴィータと浦太郎が引きつった笑みを浮かべる中、恋次は苛立ちを隠せない。

「だからなんだっつーんだよォ!!!」

刹那、恋次は苛立ちを抑えきれず、痺れを切らした様子でデスクを拳で叩きつけた。

「アンゴルモアがあるってわかっていながら、爺さん一人の許可を得れねーから無理だと!? んなもんで納得出来るわけねーだろ!!」

「落ち着くのである。阿散井隊長」

「恋次、一旦冷静になるのだ」

白鳥とルキアが慌ててなだめにかかるが、恋次の怒りは収まらない。

「おい! オメーはこの状況を見て黙って指を咥えてるほど大人しい奴じゃねーよな? スクライア総隊長代行殿!」

その時、ユーノが静かに立ち上がり、語気を抑えながら口を開いた。

「無理して総隊長代行なんて使わないで結構です。まぁでも、恋次さんの言う通りですね。生憎と僕も権威を振り(かざ)して、危険な古代遺物(ロストロギア)を黙殺しようとするやり方には迎合する気にはなれません」

ユーノの言葉は冷静でありながら、どこか鋭い決意が込められていた。彼の声を聞いたクロノが、厳しい表情を崩さず応じる。

「ユーノ・・・君が優秀過ぎるくらい優秀なのは百も承知だ。だが、百戦錬磨のキール閣下相手に真面に交渉して勝ち目があるとは思えない」

しかしユーノはクロノの言葉を一蹴するように背を向け、静かに席を立った。

「お前の意見なんて求めない、クロノ・ハラオウン。そりゃまぁ、人生経験の少ない腹黒提督やチビダヌ部隊長には荷が重い相手かもしれない。でも、僕は違う」

ユーノはそのまま一瞥もくれずに部屋を出て行った。その背中には何かを決意した者の静かな熱が宿っているかのようだった。

「ユーノ君!」

「ユーノっ!」

「待て、どこへ行くつもりだ!?」

なのはとフェイト、クロノが慌てて声をかける中、ユーノは一言も返さず、無言でその場を去っていった。

 

           *

 

次元空間 時空管理局本局

 

本局の静寂を切り裂くように、ユーノ・スクライアは堂々と進み、ラルゴ・キールの執務室の扉の前に立っていた。

その扉越しに広がる圧迫感は、ただの物理的な空間の隔たりとは思えないほど重く冷たい。

(まったく・・・アドバイザーの仕事も楽じゃないよな)

ユーノは軽く帽子を直し、心を落ち着けるように深呼吸を一つ。自らの背筋を伸ばし、意を決してブザーを押した。

「入り給え」

低く響く声が扉越しに届く。言葉そのものは柔らかいが、その底に潜む威圧感は隠しようもない。

扉が開き、ユーノが一歩足を踏み入れると、待ち構えていたのは時空管理局の伝説、ラルゴ・キールその人だった。

「よく来たのう、ユーノ・スクライア君」

その深く渋い声が執務室の空間に染み渡る。

ユーノは姿勢を正し、一礼をして答えた。

「お初にお目にかかります、キール元帥殿。このような平服での対面をお許しください」

「いや・・・気にしておらんよ。それはそうと、儂の方こそ君とは前々から話をしたいと思っていたところだ。一時は姿を消したとはいえ、(よわい)9歳にして無限書庫でその才覚を発揮して『闇の書事件』に貢献、その後は司書長として書庫の改革を進めた若き天才・・・そして『魔導虚(ホロウロギア)事件』を解決へと導いた次元世界最強の翡翠の魔導死神。そんな相手からの面会とは光栄だな」

「ご冗談を・・・。こちらこそ突然の申し出を快く受けて下さり感謝しています」

ラルゴがユーノに席を勧める。その仕草一つにも、計り知れない威厳が宿っていた。

「さて、せっかくの機会だ。ゆっくり語り合いたいところだが・・・お茶と茶菓子は必要かの?」

「いえ結構です。すぐに本題に入りましょう。そう悠長に構えていられる事態でもないものですから」

「やれやれ・・・若人(わこうど)とはどうしてせっかちなものじゃのう」

ラルゴは背もたれに(もた)れながら、豊かな髭を指で撫でる。その動作を許可と受け取り、ユーノは静かに切り出した。

「機動六課部隊長八神はやての名代として参上いたしました。改めてお願い申し上げます――【エリア47】への機動六課の立ち入りを許可していただきたいのです」

ラルゴの表情が微かに動く。だがその僅かな変化すら、重い空気を揺らすには十分だった。

「ほう・・・」

ラルゴの声に応じて、室内の緊張が一段と高まる。

「既にご存知の通り、ただ今機動六課は古代遺物(ロストロギア)『アンゴルモア』の回収に人員を割いています。そして新たなアンゴルモアがエリア47で確認されました。しかしあそこは不可侵領域。何人(なんぴと)も立ち入る事は許されない。あの区域の責任者である閣下の許可を得ない限りは――」

「ふむ、君がここへ来る前にはやて嬢・・・八神部隊長から聞かされておるよ。君達はよく働いてくれておる。労をねぎらいたい。だが、エリア47への立ち入り許可を出すことはできん」

ラルゴは一言でユーノの要望を退けた。その声音には、微塵の妥協も感じられない冷たさがあった。

「オフレコになるが、嘗てあの地にはインドラ政府と管理局が共同で開発を進めていたインペリウム放射性物質を取り扱う研究施設があった。ところが三十年前、魔力駆動炉直下で大きな地震が起きて炉が暴走し、倒壊した。以来あの場所は放射能汚染された人の住まうことのできない危険な場所なのだ。以来爆発現場より半径三十キロ四方を封鎖し、石棺(せきかん)と呼ばれる防護壁で封印しておる。責任者として、そのような場所に人を送ることは許可できん」

「しかし、古代遺物(ロストロギア)の恐ろしさは閣下も理解しているはすです」

「確かに看過できぬ状況じゃのう。ならばあの区域の古代遺物(アンゴルモア)『アンゴルモア』については私の部隊が責任を持って回収させようではないか」

「閣下、御言葉ですがアンゴルモアはただの古代遺物(ロストロギア)ではありません。人知を超えた凄まじい力を秘めております。機動六課はこれまでに幾度となく暴走してきた危険なアンゴルモアを回収してきている実績があります。それにインペリウム関連の放射性元素ともなれば、その半減期は最大で三万五千年です。人員を割いて頂けるという心遣いは痛み入りますが、古代遺物(ロストロギア)と放射線被ばく、二重のリスクを伴う中での任務ともなれば――あなたの命令とて二の足を踏む者は多いのではないかと」

「・・・・・・ほう、君は私の采配を疑うと?」

「滅相もございません。僕はただ客観的事実に基づいた、一つの私見を述べさせて頂いたに過ぎません」

ラルゴの瞳は鋭く、ユーノの微笑を正面から見据えた。互いに微笑を交わしながらも、言葉の裏には鋭い探り合いが続く。やがて、ラルゴが一つ深い息を吐き、背もたれに身を預けた。

「そなた達の言い分も分からなくはないが、こればかりは諦めることじゃな。『エリア47』はこれまでもこれからも儂が厳重に管理する。ユーノ・スクライア君・・・・・・お主であればその意味が分かるじゃろう」

ユーノは、許可が得られなければラルゴが機動六課を三提督の一人に背く存在として扱う意図を読み取った。交渉は決裂に見えたが、ユーノの表情には焦りの色はなかった。

「・・・・・・成程。閣下がそれ程までに危険視する土地、放射能汚染を抜きにしてもさぞかし過酷なのでしょうね。時に、立ち入って危険に陥るのは果たして我々なのでしょうか?」

「何じゃと?」

「どうか気を悪くなさらないでください。ただ、そこまで強く立ち入りを禁じているエリアならば当然内部の調査も進んでいないだろうと思ったまでに過ぎません。もしかすると、放射能汚染にも屈しない未知の生物やアンゴルモアの影響を受けた未確認(アンノウン)と衝突するかもしれませんね。機動六課はその性質上、未開の森や土地など危険な場所での任務には慣れっこですが、他の方々がそのような場所でメンタルを強く持ち続けて居られるかどうにも心配になってしまいまして・・・・・・まあ、閣下の経験豊富な指示があれば任務遂行も容易いかとは思います」

ラルゴの眉が僅かに動いた。

「・・・・・・その口ぶりからして、あの地に何があるか知っているように思えるのう。じゃが、知っていようといるまいと、儂が許可を出さないのは同じじゃ。エリア47は、管理局にとってのパンドラの箱なのだからな」

一瞬、執務室には重苦しい沈黙が広がった。椅子に深く身を預けるラルゴの顔には、背負うべき責務の重さが影を落としている。

(こやつ・・・・・・まさかとは思うが、あの地で行った例の出来事について知っているのか? じゃが、その事実を局内で知る者は今や――クローベルやフィルスを除けば、殆どいないはずだが)

ラルゴは内心の疑念を抱えながらも、ユーノの目に浮かぶ冷静さと柔らかな微笑を見逃さなかった。その視線には確信めいた光が宿っており、気付けばラルゴの唇は自然と引き結ばれていた。

「・・・・・・畏まりました。先ほどの僭上(せんじょう)な物言い、大変失礼いたしました。許可を得られなかったとなれば、僕にできることは何もありません。せめて閣下の身に災厄が振りかからぬよう祈らせていただきます」

ユーノは言葉を終えると、肩を軽く落とし、無念の色を表情に浮かべた。だが、その姿勢に騙されるほどラルゴは甘くなかった。厳しい目つきで相手を睨みつけると、相変わらずの静かな表情を崩さないユーノに僅かな苛立ちを感じる。

ラルゴの脳裏には、管理局の信用を脅かす可能性が浮かび上がっていた。

(アンゴルモアが絡んでいるとは言え、あの一件が暴かれれば、管理局の信用は地に落ちる――それだけは何としても避けねばならぬ。だが、この男をこれ以上追い返せば、状況がさらに悪化するのは目に見えている)

「あ、そうだ。これは全くの余談なのですが・・・・・・」

すると、ユーノは、相手の心中を見透かすように、僅かに首を傾けながら言葉を続けた。その語り口は柔らかで、声音には何一つ揺らぎがない。それがかえって、ラルゴに緊張を強いた。

「熊谷金太郎元名誉元帥、今は僕が営んでいる駄菓子屋の従業員なのですが、ヴェーダの一件含め閣下によろしくと仰っておりました」

「!!」

聞いた途端、ラルゴの表情が凍りつく。「金太郎」「ヴェーダ」という単語が持つ意味が脳裏に鮮明によみがえり、過去の出来事が彼を苛む。これらを言葉にしたユーノの意図を理解するのに時間はかからなかった。

(ヴェーダの一件‥‥‥あれを覚えている者がまだいたとは)

まんまと踊らされた気分だった。ラルゴは拳を握りしめ、やがて肩を震わせながら笑い出した。

「ふ・・・・・・ふはははははは、面白いのう! お主、この儂を強請(ゆす)るとは!」

強請(ゆす)るなどとんでもない。僕はただ、閣下の身を案じているのです。許可さえ頂ければその負担を肩代わりできるというのに、貴方方を尊敬する一人の人間として何とも歯がゆいのです」

「全く・・・・・・食えぬ男よ」

ラルゴは目を細めながらも、その内心で自らの選択肢が一つしか残されていないことを悟っていた。

(この男がこのタイミングでカードを切ったということは、儂が下す選択肢は自ずと一つだけか。まったく、百戦錬磨の儂の経験すらこの男には通じぬというのか――癪だが、ここで折れるしかあるまい)

ラルゴは深く息を吐き、手を挙げると人差し指と中指を立て、ユーノの方へ突きつけた。

「二人じゃ。君と熊谷金太郎の二人のみ『エリア47』への立ち入りを特別に許可しようではないか」

「寛大な御心。痛み入ります」

「なんとも、君という男は実に末恐ろしい・・・・・・『歩くロストロギア』と呼ばれる八神二佐の方が余程かわいく思えてしまうのう」

そう言われたユーノは、ただ静かに、不敵な笑みを浮かべた。

 

           *

 

第1管理世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

「あのキール元帥から許可を得るだなんて!?」

「私やクロノくんでもどうすることもできんかったのに・・・・・・ユーノくん、どんな駆け引きをしたんや?!」

ヘリポートへ向かう道すがら、はやてやクロノがユーノを問い詰める。特異な条件付きとはいえ、あのラルゴ・キールから立ち入り許可を取り付けるなど、誰もが驚きを隠せない。

「最良の駆け引きは、駆け引きをさせないようにする事さ。覚えておくといいよ」

ユーノは簡潔に助言を述べると、既にヘリポート前で待機していた金太郎とヴァイスの元へ向かった。

「準備は万端整っております」

「いつでもインドラまで飛べますぜ、ユーノ先生!」

「ありがとう金太郎。ヴァイス陸曹長、よろしくお願いします」

輸送ヘリへ乗り込む直前、ユーノはヘリポートに集まった前線メンバーに目を向けた。

「今回、現地には僕と金太郎だけで向かう。みんなは他のアンゴルモア反応があったらそっちの対処に回ってほしい」

「「「「「はい!」」」」」

前線メンバーの声が響く中、ユーノとなのはの目が合う。

「気を付けてね。無茶だけはダメからね!」

「心配してくれてありがとう。じゃあ行ってくる」

ユーノは軽く微笑みを浮かべながら金太郎と共にヘリへ乗り込み、扉が閉じられる。輸送用ヘリがゆっくりと浮上し、次第に小さくなっていくのを見送りながら、前線メンバーの間に静かな疑念が芽生え始めていた。

「行っちゃったね、ユーノ」

「うん・・・・・・あのキール元帥と交渉して主導権を握るなんて。でも、どうして金太郎さんとの二人だけなんだろう?」

「考えてみりゃ・・・あいつは俺ら隊長格の限定解除許可を得るのにも一度、京楽隊長と交渉してるんだよな。俺が思うのに、相手の付け入れる隙を見つけるのが病的にうまいんだろうな」

恋次は腕を組みながら考え込み、やがて頭を掻きつつ、飛び去るヘリの行方を目で追った。

 

           ≒

 

第12管理世界「インドラ」

東部地方 エリア47

 

ユーノと金太郎は目的地の門の前に到達し、門番が立つ場所へと歩を進める。

「止まれ! これより先は立入禁止区域だ!」

「怪しい奴らめ、拘束する!」

門番の声が鋭く響き、二人の行動を即座に制止する。厳しい態度に対し、ユーノは落ち着いた手つきでラルゴ・キールが発行した特別許可証を提示した。

「管理局機動六課エグゼクティブアドバイザーのユーノ・スクライアです。ラルゴ・キール元帥より、僕と同伴の熊谷金太郎両名におけるエリア47への特別立入許可証があります。お確かめ下さい――」

空間ディスプレイに映し出されたキール直筆の魔法サインに、門番達は一瞬困惑の色を浮かべた。彼らは半信半疑のまま本局へ問い合わせを行い、これが事実であると確認すると、態度を改めて入念な検査に入る。

キール直属の武装局員が、二人を厳しい目でチェックした。やがて、問題がないことを確認した局員の一人が深く息を吐き、言葉を紡ぐ。

「‥‥‥異常ありません。キール閣下より承認を得ているあなた方の立ち入りを、今この場をもって許可致します」

重厚な鋼鉄製のゲートが音を立てて開き始める。内部へ入ろうとする二人に、局員の一人がふと疑問を抱き声をかけた。

「あの、防護服は?」

局員の視線は、軽装で進もうとする二人に注がれている。その問いにユーノは、不敵な笑みを浮かべて答えた。

「要りませんよ、そんなもの。あなた方が一番ご存知でしょう?」

ユーノの言葉に、局員達は一瞬息を呑む。短い沈黙の後、彼らは互いに視線を逸らし、無言で場を収める。その態度からは、何かを悟らせまいとする意図が透けて見えた。

二人は中へと歩を進み始める。ユーノは、反応を示さない放射線測定器を一瞥し、目の前に広がる光景へ視線を向けた。

「放射能汚染で人が立ち入れないだって? よくもまぁ、あれだけ外連(けれん)味たっぷりの話を滑々(つらつら)と・・・・・・あの人が隠蔽したがる理由はこの光景そのものだ。ここは正しく『負の遺産』、凄まじい人の怨嗟が瘴気(しょうき)の如く満ち満ちている」

廃墟と化した集落跡を歩きながら、ユーノはこの地に秘められた真実を口にする。

「嘗てこの地は【ヴェーダ】と呼ばれ、厳しい気候に順応したヴリトラ教を信じる民・ヴェーダ人が暮らしていた居住区。ところが新暦040年にこの地で勃発したヴェーダ人による泥沼の内乱を機にラルゴ・キール指揮の下でヴェーダ殲滅戦が始まった。【エリア47】とは内乱が終結したのが新暦047年だったから、それにちなんであの人が名づけたもの。そして、殲滅の為に戦場に国家魔導師として投入されたのが、金太郎・・・・・・お前だった」

「はい・・・・・・今思い出しても、あれは地獄以外の何ものでもありません」

金太郎の声は重く、当時の凄惨な記憶が脳裏に鮮明によみがえっていた。

灼熱の大地で繰り広げられるヴェーダ人と管理局の激しい戦闘。腐臭漂う空気、砂に染み込む(おびただ)しい血、断末魔の悲鳴――負の感情が渦巻く光景が、彼の意識を蝕むようによみがえる。

悪夢の如く記憶の影響で、金太郎の右手が微かに震え始めた。その様子を横目で捉えたユーノは、何も語らず足を進める。アンゴルモアセンサーの反応だけを頼りに、廃墟の奥へと進行を続けた。

 

廃墟の中をしばらく進むと、内乱によって徹底的に破壊された街の中心部が姿を現した。二人は無言のまま足を踏み入れる。

壊れ果てた家屋には、白骨化した遺体の一部が散らばり、当時の生活を物語る用具や埃を被った動物のぬいぐるみが、時間の止まった風景を形作っていた。

「・・・・・・三十年近く経過しているのに、ここはまるで時が止まってるようだ」

ユーノが周囲を観察しながら呟く。その間に金太郎の視線は何かに引き寄せられるように動き、ある場所で止まった。

「・・・・・・」

無言のまま立ち尽くす金太郎。その目に浮かぶのは、かつてこの地で交わされたヴェーダ人との最後のやり取りだった。

 

 

「熊谷三佐。こちらで最後です」

灼熱照り付ける太陽の下、ヴェーダ人の集落。国家魔導師の一団に金太郎の姿があった。その目線の先には、虫の息となったヴェーダ人の老人が横たわっている。

「ご老人。あなたが最後です」

「・・・・・・」

「何か言い残したい事があれば話して下され?」

「さ、三佐・・・!」

金太郎が慈悲の言葉をかけると、部下達は戸惑いを隠せずに目を見合わせた。

一瞬の沈黙の後、老人の険しい表情は笑みに変わり、片目を細めながら金太郎を見据えた。そして、清々しい声でこう告げた。

「恨みます」

それを聞いた金太郎は、震える手でアックスオーガをゆっくりと振り上げ、厳しい顔つきのまま一撃を振り下ろした。

 

 

金太郎の脳裏に刻まれた過去が鮮明によみがえり、その手が再び震え始める。

(あの時の震えが・・・・・・いまだに収まらない)

すると、見かねたユーノがおもむろに声をかけた。

「痺れるのかい?」

咄嗟に目を伏せた金太郎だが、表情の奥には消せない苦悩の影が浮かんでいた。

「ギラン・バレー症候群とも似た症状に見えるが・・・・・・思えばこの地にアンゴルモアがあると分かった時から、ずっと震えているよ。ここに来てからはその頻度も程度も酷くなってる」

ユーノの冷静な観察に、金太郎は震える右手を左手で押さえつけながら語り始めた。

「はじめてこの地を訪れた時から・・・内戦終結と共に、少なからず似た症状に見舞われた同胞は多くいます。ある者は一日中悪夢に苛まれ、またある者は極度のアルコール依存症に陥り、いずれも精神に重篤な異常を来たした結果、正常な社会生活が困難となってしまった人間を私は何人も見てきました。医者の診断では、私の場合は心因性の可能性が高いと。内なる恐れと、心の迷いの現われ・・・・・・私はそう解釈しております」

「PTSD・・・か」

病名を即座に言い当てたユーノが軽く頷く。

「やはりご存知のようですね」

「かくいう僕もそうさ。ここと同じ戦場で失ったんだ。大切な命を――」

言葉を紡ぐユーノの脳裏に、爆撃の雨の中で伸ばした手と、その先で泣き叫ぶ黒人の少女の姿が蘇る。その少女の姿は、轟音と共に光に飲み込まれ、跡形もなく消え去った。

記憶を振り払うようにユーノは帽子を目深にかぶり直し、歩を進める。

「・・・・・・――先を急ごう、金太郎」

「御意」

二人はアンゴルモアの反応を頼りに、廃墟の奥へと歩を進めていった。

 

           *

 

次元空間 時空管理局本局

 

時空管理局本局の執務室。その一室で、ラルゴ・キールはデスクに肘をつき、手にした資料に目を通していた。部屋には静かな時間が流れているが、その重苦しい空気を破るように入室を許可するブザーが鳴る。

「入り給え」

低く応じる声に続いて、扉が静かに開かれる。すると、やって来たのは意外な客人だった。

現れたのはミゼット・クローベル。三提督の一人である彼女は、その気品と毅然とした態度を伴って室内に足を踏み入れた。彼女の落ち着いた眼差しがラルゴの顔を捉え、軽く一礼する。

「久しぶりね、ラルゴ。あなたがここに籠もるのは珍しいわね」

「少々、考えることがあってな」

ラルゴは机に置かれた資料を片手で軽く叩きながら言葉を返した。その声には、いつも以上に疲労の色が滲んでいる。

「例のエリア47の件でしょ。ユーノ坊やに許可を出したそうね?」

核心を突く言葉に、ラルゴは短く頷く。

「他に選択の余地はなかった。しかし、あの男が真実に触れれば、管理局全体の信用が危うくなる」

「それを承知で、あなたは許可を出したのでしょう?」

ミゼットはラルゴの決断に理解を示しつつも、懸念を隠そうとしない。

「ユーノ・スクライアは確かに有能だが、彼は時に秩序を歪める行動に出る。あの地で何を見つけ、どう動くか――儂にも摑み切れぬ」

ラルゴの言葉には迷いと苛立ちが混ざり合っていた。

「あなたのその決断が間違っているとは言わない。けれど、局全体に影響を及ぼす恐れがあることも覚悟しておくべきね」

ミゼットは冷静にそう言いながら椅子を引き、姿勢を正して座る。ラルゴは少しの間考え込んだ後、静かに溜息を吐いた。

「如何なる結果が訪れようとも、責任は儂が取る。それが局全体を敵に回すことになろうともな」

その言葉にミゼットは小さく頷き、椅子から立ち上がる。

「あなたらしいわね。では、私は結果を見届けることにするわ。ただ、忘れないで――私達は違う道を歩んでいても、守るべきものは同じだということを」

彼女は振り返ることなく部屋を後にする。静寂が戻った執務室で、ラルゴは再び資料に視線を落とした。その瞳には、深い責任の影が宿っていた。

 

           *

 

第12管理世界「インドラ」

東部地方 エリア47 最奥

 

奥へ進むにつれ、人の痕跡は次第に希薄になった。戦争で消されたというよりは、そもそも足を踏み入れる者がいなかった荒地なのだろう。その中心には、明らかに異なる文化を感じさせる廃墟が静かに佇んでいた。砂に埋もれながらも、その造りはユーノ達が慣れ親しむ建築様式に酷似していた。

「これは・・・・・・研究所か?」

「恐らく、そうでしょう」

ユーノがアンゴルモアセンサーを確認すると、鋭い反応が表示される。

「・・・・・・アンゴルモア反応はこの中からだ。金太郎、覚悟はいいかい?」

「ええ・・・。どうか私のことは気にしないで頂きたい」

そう言いつつも金太郎の震える手は止まらない。それでも、目を逸らさず廃墟を見据える彼に、ユーノは短く頷き、半開きの扉を押して中へ足を踏み入れた。

廃墟でありながら、研究所内部は比較的整然としていた。瓦礫を避けつつ進む二人の目に飛び込んできたのは、散乱した書類や実験器具の残骸。資料の断片を拾い読みするうちに、金太郎の顔色がみるみる変わっていく。

「・・・なんと(むご)い・・・! こんなことが・・・・・・人の尊厳を踏みにじる悪魔の所業が許されてなるものかッ!!」

金太郎は資料に刻まれた非道な記録に目を通し、怒りに満ちた声を上げた。握りしめた拳が震え、資料は歪みを見せるほど力が込められていた。

ユーノは別の資料に目を通しながら、記述に込められた冷酷さに眉を顰めた。

「――『8月7日:インペリウムが生物の(ことわり)において、未知の作用をもたらすというかねてより唱えられていた仮説を実証する為、捕縛したヴェーダ人を対象に実験を開始。8月10日:本局から投入された国家魔導師の働きにより実験は頗る順調に行われた。途中、何人かの魔導師が負傷して運ばれてきたが、彼らの尊い犠牲もあり有意義な研究成果を得られた』・・・・・・業が深いというか、おぞましすぎて吐き気を催す」

胸糞の悪さゆえに、ユーノの声には不快感が滲み、ギリ、と奥歯を噛み締める仕草が無意識に表れていた。

「管理局は内乱を鎮圧する一方で、捕らえたヴェーダ人や戦傷者をここへ運び込んで、非人道的な研究を行っていたのは間違いない。戦時中だから、実験体はいくらでも居る。戦火が良い目眩しとなって隠れるにも都合が良かったんだ」

推測を語るユーノの声は低く、だが怒りを抑えた響きがあった。彼の推論は現実の非道さを抉り出し、金太郎の表情をますます険しいものにしていく。

「“大義の名の殺戮は正義である”――ラルゴ・キールはそうして我々に発破をかけ、何人ものヴェーダ人を殺させた。だがそれは飽く迄も、管理局として速やかに現地の治安を回復し、これ以上の禍根を残させないという合理的な判断の下に行われた戦略だったからです! それなのに、これではまるで・・・・・・!!」

金太郎は必死に声を殺そうとしたが、次第に語気を強めながら手にした資料を乱暴に丸め、苛立ちを露わにした。血が滲みだす拳は怒りに満ち、息を整えようとするが難しい様子だった。

「・・・戦争は命の価値を忘れさせる。結局のところ、彼らはヴェーダ人を同じヒトとして見ていなかったんだ。特に敵兵に対しては何をしてもいいと思いがちだ。よくある事だけど、不愉快なのに変わりはない・・・被害にあったヴェーダの人たちはどんなに無念だったことだろうね・・・」

ユーノは静かに語りながら、視線を資料から外し遠くを見つめた。その瞳には深い悲しみが宿り、過去の痛ましい記憶が蘇っているようだった。

「大丈夫かい?」

膝をつき頭を抱える金太郎を見たユーノは、優しい口調で声をかけた。過去の罪と向き合おうとする姿に、複雑な感情を抱きつつも見守るような眼差しだった。

「・・・店長、今日私が何故ここへ来たのがようやく理解できました。ヴェーダは決して私に忘れるなと言っているのです。例えどれだけ忌まわしい記憶だとしても、この地で行われた全ての罪を知り、その咎を背負う義務があります」

金太郎は立ち上がりながら、自らの使命を再確認するかのように語った。その声は力強さを取り戻し、覚悟の色が滲んでいた。

「それにしても“大義の名の殺戮は正義である”という言葉は、人の思考を停止させる麻薬だね。その論理で進められた戦争はヴェーダ人も管理局も――自分達が『正義』だと信じて戦った。だが、もしも彼らが戦いの中で一瞬でも別の思考に至っていれば、己が心に憑りついた狂気という名の『悪魔』に打ち勝ち、大きな悲劇を生むことも無かったのかもしれない」

そう話すユーノの声には、冷静さがありながらも、深い憤りが宿っていた。

 

___ァ_!________ガァ!!!

 

突如として響き渡る音が二人の鼓膜を叩きつけたかと思うと、激痛が頭を貫き、二人はその場に膝を突いた。

「あ、ぐ・・・・・・店長・・・!」

「ッ・・・これは、アンゴルモアの影響なのか・・・!?」

二人は必死に痛みを堪え、やがて立ち上がる。視線の先には、研究室の左側にある重厚な扉があった。何かがその先で蠢き、異常な存在感を放っているのを感じ取る。二人は互いに頷き合い、警戒しながら扉を開けた。

扉の先は天井の高い円柱型の広大な空間だった。壁面には無数の監視カメラが取り付けられており、かつては別の部屋から実験の様子を観察していたのだろう。経年劣化が殆ど見られないその空間は、異様な緊張感に包まれていた。

「実験場、のようですね。アンゴルモアは何処に・・・」

「っ、何か来るぞ!」

ユーノが叫ぶと同時に、部屋の中央で血溜まりのような赤黒い泥が泡立ち始めた。それは轟音を伴いながら膨れ上がり、巨大な怪物がその中から姿を現した。

怪物は下半身を持たず、赤黒い流動体の巨体をゆらりと揺らしながら立ち上がる。その肌は焼けただれたようにボコボコと腫れ上がり、目に当たる部分は深い闇がぽっかりと空いていた。かつて人であったと思わせる体つきでありながら、完全に人間を逸脱した存在だった。

怪物の咆哮が空間に轟き、二人の頭を再び痛みに苛ませた。その音は脳に直接響くかのようで、意思の疎通など到底不可能に思える。

「反応はこの怪物から出ている・・・間違いない、AM-18だ!」

「なんとおどろおどろしい姿か・・・心無しか空気も重苦しく感じられます」

「管理局の負の遺産、この場所に相応しい姿といえばそうじゃないかな」

ユーノの冷静な声が響く。その正体は、この地に残された怨念を糧にアンゴルモアが形作ったもの――かつて管理局の手によって人体実験を受けたヴェーダ人と、戦線から去った国家魔導師の魂が混ざり合い、生まれた忌まわしき存在であった。

「あまり長居したい場所でもない、速攻で片付けるぞ!」

「御意!」

AM-18の巨大な腕が振り下ろされる。振り抜かれる寸前、ユーノと金太郎は鋭い身のこなしで左右に飛び散った。巨体からは想像もできないほど俊敏な動きに、油断する隙は一切なかった。

振り下ろした勢いが収まる間もなく、AM-18が逆の手を振り上げ、ユーノに狙いを定める。

「――激昂せよ、晩翠!」

ユーノの解号が響く。振り下ろされた巨大な腕を正確に見極め、彼は刃を一閃してそれを切り落とした。

間髪を入れず、金太郎がデバイスを起動させ、アックスオーガを振るう。

「ダイナミッククロス!!」

十字形に放たれた魔力の斬撃が、AM-18の腹部を直撃し、跡形もなく吹き飛ばす。しかし、赤黒い巨体は液体のように波打ち、不定形の肉塊が芽を伸ばしてみるみる再生していく。異様な光景に、二人の表情が険しくなる。

ユーノはAM-18の動きを冷静に観察して考え込む。

「アメーバみたいなやつだ。物理攻撃は全て通用しそうにない。失った部分を即座に再生して補ってしまう」

「厄介な相手ですな。しかしいくらAM体だとしても無敵ということは無いでしょう。何か弱点があるはず」

金太郎が低く唸るように言葉を漏らす。すると、ユーノは一瞬視線を鋭くし、意味深長な口調で応じた。

「・・・弱点なら、もう既に見つけたじゃないか」

「どういう意味ですか?」

金太郎が訝しげに問い返す。ユーノは平然とした表情を保ちながら冷静に告げた。

「僕が言ったこと覚えてるかい? 『物理攻撃は全て通用しそうにない』って・・・さっきの僕の斬撃と金太郎の攻撃・・・再生速度が明らかに違った。多分こいつは・・・魔法に弱い」

「魔法に・・・・・・っ!? それは、まさか!」

金太郎の顔が驚愕に凍りつき、その手が再び震え出す。ユーノの言葉が確信を伴っていることを悟ると、彼の脳裏に過去の記憶が蘇る。

《_______ァ!!》

突然、AM-18が腕を鞭のように変化させて金太郎を薙ぎ払った。

「ぐぅっ・・・!!!」

「金太郎!」

「大、丈夫です!」

壁に叩きつけられた金太郎が、瓦礫を払いのけながら再び斧を構える。その眼差しには、未だ消えぬ怒りと覚悟が宿っていた。

《___ァ_!________ガァ!!!》

AM-18が声ともつかない唸りを上げる。その音には理不尽な怒りが込められているように思えた。彼らが生み出された背景を思うと、それは正当なものだった。

「金太郎・・・いけるかい?」

ユーノの問いは、金太郎の肉体的な状況を心配したものではなかった。目の前の理不尽――戦火の爪痕、自分より弱い者を虐げる人間の傲慢さ、そして管理局による虐殺――それらを理解し、なお立ち向かえるのかを問うものだった。

アンゴルモアが残留する心を読み取り具現化する性質を持つ以上、この場所が放つ深い悲しみは、その性質と密接に結びついていた。情報が揃うにつれ、ユーノと金太郎の内心にはずっと答えが浮かび上がっていたのだ。

(私は――)

金太郎の心に、理不尽に怒りを抱くだけの弱き者を再び屈伏させるのではないかという恐れがよみがえる。だがその思いを振り切るように、彼は冷静に状況を見据える。

「金太郎、このAM体は魔力に弱い。いや・・・恐れていると言うべきかな。そして再生するとはいえ、挙動を見るに体の別の部分から生地を伸ばすように補っているに過ぎないんだ。だから、再生する余地がないほどに、魔力で吹き飛ばしてしまえば・・・」

「そして私の“集束魔法(スイング・オブ・ハデス)”ならそれが出来る――そう言いたいのですね」

ユーノは、コクリと頷く。

金太郎は息を吐いて、暗闇のような瞳をしたAM-18を見上げた。

金太郎は思う。司令室の支援がない今回、アンゴルモア回収の成功はユーノの経験と分析力に頼るしかない。そして、機動六課の最も信頼できる頭脳が彼だ。ユーノがそう言うなら、金太郎はその道を選ばなければならない。

だから、ユーノは問いかけたのだ。

未だにこの地で背負うべき己の罪に苛まれる金太郎が、それでも再び罪を重ねる覚悟を持てるのかと。

(また過ちを繰り返すのか――いや、今度は違う。これは罪ではない。救われぬ者達を救うために戦うのだ)

決意を胸に、金太郎は震える右手を左手で力強く握りしめる。

「委細承知。これは私自らがやるべき仕事です。店長、申し訳ありませんが暫し時間を稼いで頂けますか!?」

「・・・よく決断してくれた。時間稼ぎは任せて、後のことも何も考えなくていい。金太郎はただ最後の一撃を放つことだけに集中してくれればいい」

「店長・・・感謝致します」

〈Extream Charge〉

金太郎はユーノを信じ、周囲の全ての雑念を捨て、魔力を集中し始める。その動きに反応したAM-18が金太郎に向かって巨大な腕を振り下ろそうとする。

その腕をユーノがすかさず切り落とす。

「お前の相手は僕だ。怒りは察するに余りある。だけど僕達は、それでもお前を・・・いやお前達を倒さなきゃならないんだ!」

《____!!!!》

AM-18が発狂したようにユーノと金太郎へ連撃を繰り出す。その全てをユーノは晩翠を駆使して切り落とし、受け流し、跳ね返す。

「う、おおおおお!!!!!」

「! きたか!」

金太郎がついにチャージを完了する。それを察したユーノはすぐさま後方へ飛び退いた。

直後、AM-18は夥しい量の魔力を金太郎から感じ取り、全力で握りつぶそうとした。しかし――

その刹那、その手は跡形もなく消え去る。

 

「――スイング・オブ・ハデス!!」

 

強く、金太郎が放った渾身の一撃が壁を砕き、研究所を崩壊させ、目の前のAM-18を燃やし尽くして完全に消し去った。

衝撃が収まると、ユーノは防御結界を解いて足元を見下ろす。そこにはAM-18の残骸はなく、紫紺色の小さな欠片だけが転がっている。それを拾い上げ、準備していた専用の容器に収めると、ユーノはその場に崩れ落ちた金太郎の体を支えた。

「お疲れ様。立てそうかい?」

「・・・なん、とか」

「・・・早くここを出よう。ヴェーダ人の鎮魂の為にも」

そう思ったその時、二人の耳にAM-18から解放されたヴェーダ人の魂の声が届いた――

 

《恨んでやる》      《どうして殺されなきゃならなかった?》     《もっと生きたかった!》

 

その声は切実で、悲痛な響きを持っていた。金太郎とユーノはただ立ち尽くし、彼らの苦しみを改めて胸に刻む。

 

《ママとパパはどこ?》 《滅び去れ》    《お前たちを絶対に忘れないぞ!》

 

《ねぇ・・・僕を殺したのは誰かな?》《ワタシタチガ何ヲシタノヨ!》《死ねや!》   《人を殺すと地獄に堕ちるよ》

 

  《管理局、神を冒涜する悪魔の集団!》《GAwooooo》《うわああああああああああ》

 

  《殺してみろ!》     《貴方達が(にえ)になる番よ!》   《死ンジャエバ》

 

《何度でも蘇って、呪ってやるんだ!》        《コロシテイイ?》

 

無数の魂の声を聴いた後、身体中の疲れとそれを超える遣る瀬無さで、二人はそれ以上何かを話す気にはなれなかった。

 

           *

 

第1世界「ミッドチルダ」

機動六課 ミッドチルダ地上隊舎

 

夜、アンゴルモア回収任務を終えたユーノと金太郎がインドラから帰投した。

なのは達は五体満足で帰還した二人を出迎える。

「ユーノ君! おかえりなさい!」

「二人とも無事でよかった」

歓迎の声をかける彼らだったが、ユーノと金太郎は浮かない表情を浮かべていた。どこか沈んだ様子で、言葉少なに俯いている。

「どうしたんですか二人とも?」

「まさか、アンゴルモア・・・・・・回収できなかったのか!?」

アギトが一抹の不安を抱え問いかけたが、金太郎が否定する。

「いえ。間違いなく回収致しました。先ほど帰り際ラボへ届けて参りました」

「じゃあどうして・・・・・・」

疑問が広がる中、ユーノはなおも沈んだ表情のまま、なのは達の前を通り過ぎようとした。

「ユーノ君! あの――」

「・・・ごめんなのは。そっとしておいてくれないかな」

ぽつりと呟くと、ユーノは重い足取りでインドラ任務の格好のままアドバイザー室へと籠もった。そのただならぬ様子に、周囲のメンバーは困惑を隠せない。

「・・・どうしたんでしょう、ユーノ先生?」

「ありゃ尋常じゃねェ・・・いったい何があったんだ」

「おいなのは、ほっといていいのかよ?」

ヴィータが疑問を口にする中、なのはは沈痛な面持ちで答える。

「・・・私が聞いてもたぶん、ユーノ君は答えてくれない。問い詰めるなんてできないよ」

彼の苦しみを察しながらも、なのは自身もどうするべきか分からず辛い表情を浮かべる。

「あんな辛そうなユーノ君、初めて見た」

現地で何があったのか分からない――それでも、魔法の師であり、恋人でもあるユーノが抱える苦しみを共有できないことが、なのはにはどうしようもなく歯がゆかった。

 

           *

 

同隊舎内 アドバイザー室

 

部屋は深い闇に包まれていた。ユーノはアドバイザー室の椅子に腰掛け、静寂を引き裂くこともせず、ただ沈黙を貫いている。闇の中で、彼の心は過ぎ去った光景に苛まれていた。

やがて、扉がそっと開き、インドラでの任務を共にした金太郎が足音を忍ばせて入室する。その気配に気づいたユーノは、彼が近づくのを待って低い声で口を開いた。

「・・・・・・もしかしたら、金太郎も聞いたのかい?」

「ということは、店長も?」

二人の間に漂う空気が重く沈む。ユーノは視線を床に落とし、言葉を絞り出した。

「あの場所で、僕は確かに聞いた。滅び去った者たちの“怨念”の叫びを――」

AM-18の正体。それが、滅ぼされたヴェーダ人や国家魔導師達の怨念の塊だったことを理解して以来、ユーノの中では彼らの叫びが今も木霊している。声なき声が、彼の心を引き裂いていた。

「つくづく欺瞞(ぎまん)に満ちているよ、この組織は。魔法ならば人の死に行く感触が手に残らないとでも思ったのか? そんな筈はない。彼らから当たり前の幸せを奪っておきながら、次元世界の平和を守る? 幸福を守る? ふざけるのも大概にしてくれッ!!」

ユーノは拳を握りしめ、湧き上がる管理局への怒りを吐き出す。

「金太郎はさあ・・・・・・重荷に思ったことはないのかな?」

ユーノの問いに、金太郎は少しの間を置いてから重い声で答える。

「重いや軽いなどと、今さら私に言う資格などありません。数多のヴェーダ人の命を奪っている私には。そして、地獄へと通ずる道を行くと決めたのも私です。新しく生まれてくる世代が幸福を享受できるように、その代償として私はしかばねを背負い――血の川を渡るのです」

金太郎の言葉が静かに部屋に響き渡る。その一言一言に、彼が歩んできた地獄の道が刻み込まれていた。そして、彼はかつての内乱で得た教訓を語り出す。

「死から目を背けてはいけない。殺した人々を忘れてはいけない。なぜなら・・・彼らは殺した私たちのことを決して忘れないから」

その言葉に、ユーノの瞳が微かに揺れる。やがて、背中に(うず)く怨念の苦しみが薄れていくのを感じ、彼は静かに金太郎の方を向いた。そして、決意を込めた視線で言葉を紡ぐ。

「・・・・・・金太郎、お前にはこれからも僕の背中を守ってもらいたい。分かるね? 背中を任せるということはいつでも後ろから僕を殺せるということだ。僕が道を踏み外したとき、その手で躊躇なく殺すんだ。お前にはその資格がある。ついてきてくれるかい?」

ユーノにとって、熊谷金太郎という男は股肱(ここう)(しん)と頼む唯一無二の部下だった。故に、その重みを受け止め、金太郎は深く頷く。

「――了解いたしました。この金太郎、元よりこの命・・・・・・あなたの為に使わせて頂きます」

部屋には再び静寂が訪れたが、その中には確かな信頼と覚悟が息づいていた。

 

 

 

 

 

 

教えて、ユーノ先生!

 

ユ「今日は三提督についてだ♪」

「三提督というのはあくまで俗称であり、本来の役職とは関係ない。時空管理局黎明期において混乱する世界を平和へと導き尽力した三人の人物を総称している」

「その人物とは、ミゼット・クローベル本局統幕議長、ラルゴ・キール栄誉元帥、レオーネ・フィルス法務顧問相談役の三名だ。なお、はやてとヴィータはかつてミゼット提督の護衛任務をした縁もあり、彼女からは気に入られている模様だ」

 と、ここで浦太がユーノに質問してきた。

浦「思うんだけどさ・・・店長って割と八方美人な気がするよねー。誰にでも愛想振りまくし、今回の交渉だって賄賂か送ったんじゃないの?」

ユ「失敬な。そんなマネはしてないよ。大体、栄誉元帥の地位にまで上り詰めた人が今さら老後の金に困ってるわけないだろ?」

浦「じゃあ聞くけど、あの人たちって一体いくらもらってるの?」

ユ「まぁ大きな声では言えないんだけどね・・・・・・」

 ユーノ、浦太郎の耳元で自分が知り得る限りの情報で三提督の給与事情を暴露。

浦「ひえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

聞いた瞬間、浦太郎はあまりの衝撃に奇声を発した。

 

 

 

魔導師図鑑ハイパー!

 

ユ「あ~・・・・・・それにしても熱いなー」

 任務中、ヴェーダ人居住跡地で休憩をしていたユーノと金太郎。水分補給をするものの、煌々と照り付ける対応の灼熱に体がばてる。

ユ「水分補給だけじゃ体の火照りまでは解決しない。あー、なんか冷たいものとかあればなー」

金「こんな事もあろうかと用意しておきました」

 すると、金太郎が用意したのは小型クーラーボックス。中を開けると、キンキンに冷えたひと口大のゼリーが入っていた。

ユ「なにこれ!? ひょっとしてゼリー?」

金「然様。ささ、遠慮なく召し上がってくださいませ」

ユ「ありがとう! じゃあ遠慮なくいただきまーす・・・・・・あん! う~ん、冷たくておいしいよ!」

金「それはよろしゅうございました」

 冷たいゼリーを食べて身も心もリフレッシュするユーノを見て、金太郎も安堵の表情を浮かべる。

金「それにしても人が食べても何ら問題ないとは・・・・・・最近の『昆虫ゼリー』のクオリティの高さには脱帽ですなー」

ユ「ぶっ――!!」

聞いた瞬間、ユーノは口に含んでいたゼリーを盛大に吐き出した。

ユ「げっほ、げっほ・・・何してくれるの!? “昆虫ゼリー”を人に食べさせちゃダメでしょう!!」

むせ返りながら叱りつけるユーノに、金太郎は更なる混住ゼリーのバリエーションを疲労する。

金「まだまだいろいろご用意しておりますぞ!」

ユ「要るかー!!」




登場AM体
AM-18
エリア47、かつてのヴェーダ人居住地の奥に秘密裏に建造された研究施設を訪れたユーノと金太郎の前に現れたアンゴルモアモンスター。
金太郎が見上げられる巨大な姿であり、上半身は焼けただれた様に不自然に腫れた赤黒く流動するものであり、下半身は存在しない。ユーノ曰くアメーバ状の性質であり、斬撃を始めとする物理攻撃が一切通じないだけでなく、即座に傷口を再生する。その一方、魔法による攻撃だと再生速度が遅延する。その事に気づいたユーノの指示を受けた金太郎の集束魔法「スイング・オブ・ハデス」を受けて、再生する間もなく吹き飛ばされ消滅した。
その正体は、かつて管理局の手によって人体実験を受けたヴェーダ人とヴェーダ殲滅戦に関わりながら負傷により戦線を離脱した、元国家魔導師の魂が怨念と化した姿。AM体の姿で無くなった後も、その怨念の叫びはユーノと金太郎の脳内に響き渡った。
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