アイドルは労働者(仮)   作:かがたにつよし

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今回は少し短いです。


10.輝きを作れ、輝きを纏え、裸じゃくすんで見えやしない。

 

 

夏が来た。

網戸から流れ込む朝の熱気が、私の二度寝を妨げる。

東京の夏は上京して以来4度目であるが、未だに慣れることは無い。

鉄筋コンクリートとアスファルトで鎧われた文明の城砦は、その上を行く子羊達に大いなる試練を与える。

アイドルになるまでは苦学生だった私の下宿は家賃相応のもので、空調機は昭和を感じさせる近代的な調度品でしかない。

例え動かしたところで、ガタだらけのこの部屋では冷房効率は最悪だ。

せっかく天下の346プロダクションに採用いただいたことだ、少し早めに社宅に入れてもらえないだろうか。

未だ社員待遇でないということであれば、社宅より出来が良いと評判のアイドル寮でも構わない。

いや、むしろそっちの方が良い。

 

公共交通機関を乗り継いで渋谷の346プロダクションオフィスに向かう。

多少顔は売れるようになっているはずだが、道中誰も気付かないようだ。

やはり、アイドルはスーツを着ないという固定観念があるのだろうか。

その辺のOLだと思って邪な行動を取る人間は絶えないが。

セキュリティ的にも、通勤時間的にもアイドル寮辺りへ移りたいのだがこの辺は交渉次第だろう。

うら若き乙女が傾いた6畳間で窓を開けっ放しで夜を過ごしているとあれば、それは346プロダクションの沽券に関わるのではないだろうか。

なに、増毛Pも男だ。

ちょっと胸を寄せて上目遣いで頼めば、直に言う事を聞いてくれるだろう。

なんなら幹部宿舎から運転手付きの通勤を用意してくれても結構だ。

 

「人事に掛け合っておこう」

 

取り付く島もない。

せめてその読んでいる新聞を下ろしてこっちを見てくれたって構わないのではないだろうか。

コーヒーを注いでご機嫌を取ってみる。

 

「残念だが間に合っている」

 

やっと新聞を下ろしたと思えば、通勤途中で購入したであろうコンビニのコーヒーが置かれていた。

最近のコンビニコーヒーは缶コーヒーよりは美味しいと思うが、この部屋のコーヒーサーバーと比べるとどうだろう。

豆が選べる分、こちらに軍配を上げたいが、コンビニのブレンド豆の気分にならないことも無い。

 

仕方が無いので、注いだコーヒーに砂糖とミルクを二個ずつ入れる。

増毛Pの目線が生暖かい。

放っておけ、前世からブラックは飲めないんだ。

 

 

 

一服した後、始業のチャイムが鳴った。

増毛Pが新聞を畳み、PCに向かう。

 

「どうだ、仕事には慣れてきたか?」

 

どうだろうか。

先日、フライト・コンバットの新作が満を持してリリースされた。

リリース日迄は毎週末に販促イベントに参加していたため、私のアイドル活動歴の中では最も忙しかったのではなかろうか。

こういった街宣系は台本の自由度が高い上、撮り直しが利かないため、私にとってはハードルの高い仕事であった。

イベントの度に765プロオールスターズの誰かとセットなのも心臓に悪い。

ああいった才能の塊がその力を十二分に発揮している隣に立つことは、自分の矮小さが際立つ様で複雑だ。

それら悪い要素が一度に集った日曜日の生放送に出演した事は、自分のアイドル人生で最も困難な出来事であっただろう。

自主的に何度もリハーサルを行って万全の体制を整えたものの、天海春香らが持つ天性の才能と絶え間なく起こる大小様々なアクシデントの中、私がアイドル「安曇玲奈」として居られたかどうか、自信はない。

お陰様で、ナマモノも慣れたといえるだろうが、できれば撮り直しが利くものや台本が詰められているものがいい。

 

「なら丁度良い。新曲を出そう」

 

新曲、と?

せっかく一仕事終わったのだ、少しお休みを頂いても良いのではないだろうか。

今まで土日はずっと仕事だったのだ。

平日に全力で代休消化しているため、何とか週休2日は確保しているものの、有休は全く使用できていない。

それにカロリン諸島でのダイビングの予定もある。

早いうちにバカンスの予定を抑えたい。

 

「8月後半以降にしろ。仕事の予定がある」

 

随分と先だ、シーズンオフに足を踏み入れかけている。

私の夏休みを後ろ倒しする程、重要なイベントなのであろうか。

 

「毎年恒例の346プロの夏フェスがある。恐らく出ることになるだろう」

 

恒例であれば断定してくれても良いのではないか。

まさか、増毛Pの素晴らしい性格によってのけ者にされる可能性があるとでも?

 

「346プロのアイドル達が君と同じステージに立つに値しないと判断される可能性もある」

 

それは自意識過剰と取ってよいのか。

それとも、私のアイドルとしての()がシンデレラガールズに追いついていないということか。

未だ共演した事はないが、彼女らも天海春香らと同様、言語化し難い輝く才能を持っているのかもしれない。

同席してお酒を飲んだことのある高垣楓を想像する。

……普遍的なアイドルの究極というよりは、個性的な一面を極めている方ではないだろうか。

 

夏フェスに出る出ないはさておき、時期が嬉しくない事を除けば新曲リリースの提案を頂いたのは非常に良い事だ。

私の手持ちはシングル1枚・3曲のみであり、どれもがフライト・コンバットの曲である。

フラコン専用アイドルと思われないよう、別のイメージを持った曲をリリースすることで、アイドル活動の幅が広がるだろう。

 

「それで、どんな曲なのでしょうか。曲・歌詞共に出来ているのであれば早めに確認したいのですが」

 

夏フェスが8月中旬だとすると、後一月と少々。

練習時間は多いに越した事はない。

 

「乗り気になってくれた用で何よりだ。これからドラフト版の確認に行くところだが、来るか?」

 

所掌の範疇の業務を放棄する程、おめでたい人間ではない。

私は給与泥棒になりたいのではなく、労働に見合った対価を頂きたいだけなのだ。

 

 

 

***

 

 

 

案内されたのは346プロダクション社内の会議室。

てっきり、社外の貸し会議室か相手のオフィスに向かうと思っていたから驚きだ。

会議室で待っていると、増毛Pが連れて来たのはいつぞやの作曲家。

 

「この間は申し訳ない、君のところの曲を作ると約束していたんですが」

 

「346プロ内の問題だ、貴方が気にする事ではない」

 

結局のところ、346プロとフリーの作曲家である貴方との契約は”新規デビューするアイドル用に1曲作る事”に過ぎない。

別に、フラッグシップ・プロジェクトと個別に契約したわけではないのだから、気に病む必要はないだろう。

代わりに用意した”Ace, High”は中々の売り上げだ。

結果オーライと行こうではありませんか。

 

「早速だが本題に入ろう。普段ならこちらから作曲をお願いするところだが……」

 

「今回は私の方から、私が作った歌を御社のアイドルに歌っていただきたい、という依頼なんです」

 

あまり聞かない話だ。

女の子を指名できるのはユニット選抜の際と夜のお店と相場が決まっているものだが。

 

「夜のお店はともかく、少し変わった手段である事は確かでしょう。なぜなら、この歌は私が歌いたかった歌なのですから」

 

 

 

世の中を行く人がどのような感情を抱き、どのような人生を歩んできたのかは分からない。

きっと多くの挫折と後悔があったのだろう。

しかし、目の前の彼に代表されるような一芸で食べている人間は、比較的それが少ないのではないかとばかり思っていた。

 

「上京する前ですから、もう20年近く前の話です。私は歌手になろうと思ってこの東京に来たのです。

 

自分が歌いたい曲と詩を作って、自分が歌いたい様に歌う。そんな贅沢な夢を持っていました。今となっては叶いもしないことは一目瞭然ですが、当時の私はその夢を本気で信じていたものです。

 

結果はご覧の通り、私には歌を歌う才能がこれっぽっちもありませんでした。幸いな事に、持ち込んだ曲と歌詞に目を付けて頂き、作曲家・作詞家としてご飯を食べていくことが出来ました。どちらかといえば、作曲の方が多いでしょうか」

 

自身の能力と感情の乖離とは、また贅沢な悩みだ。

作詞、作曲、歌唱。

貴方は皆が望んでやまない3つの才能の内、2つまで所持している。

今日、この話を持ち込むまで自身で歌うことを妥協しなかったのだろうか。

であれば、素晴らしい執念だ。

 

「それで、何故ウチの安曇玲奈に?」

 

「曲や詩を書くときは、誰がどんな状況で歌うかを常に考えて書いています。歌うのは歌手かアイドルか、男か女か、どんな人間でどんなキャラクターなのか、必ず一度はお会いしてそれらを把握するようにしています。また、状況についてもドラマやアニメで使われるのか、主題歌か挿入歌なのか、リリースされるイベントは何か、調査は怠りません」

 

プロフェッショナルとしては、全く正しい。

私の仕事にも通ずるところがあるだろう。

しかし、それは。

 

「そうして出来上がったものは、私が書きたかった曲ではなく、私が口ずさみたかった詩ではありません。音楽が好きでこの業界に入った事を後悔する日々が続きました。音楽に対して何のこだわりもなく、仕事と割り切って機械の様に書ければどれほど幸せだったことか」

 

そういう中途半端な状態が一番心苦しいのではないだろうか。

幸せを掴むためには、夢と才能が一致する天海春香の様になるか、割り切って趣味と休暇を満喫する私の様になるかの2択だ。

ピースが欠けたパズルを完成させるのは不可能なのだ。

ピースを揃えるか、パズルを捨てるか。

そして、彼は今日パズルを捨てるために此処に来たのだろう。

 

「今回安曇さんにお願いしたいのは、私自身が歌うために作った歌です。他の誰かが歌う様に作られていません。ですが、この歌を世の中に出すのであれば”私が歌いたかったように”歌っていただけるアイドルにお願いしたいと考えていました。数々の歌手やアイドルを検討しましたが、皆個性が強く、私の望むものではありませんでした。そこで、フライト・コンバットのPVで歌う貴女を見たのです。安曇玲奈さん、この歌を歌えるのは貴女しかいない。」

 

その言葉と共に差し出される書類。

タイトルは”World Wonders”、恐らく彼が歌いたかった歌のタイトルだ。

歌詞の頁には抽象的であったが、山のような注釈がある。

資料に目を通し終えた増毛Pがこちらを見たので、頷いて返す。

キャラクターのない私だからこその依頼だろう、受けない理由はない。

増毛Pが席を立ち、右手を差し出す。

 

「フラッグシップ・プロジェクトはクライアントを裏切らない。内容が内容なので、収録及びMVの撮影においては協力をお願いすることになるだろう」

 

 

 

***

 

 

 

「それで、今回も歴史に学ぶのか?」

 

作曲家が帰った会議室。

押さえてある時間にはまだ余裕があるため、忘れないうちに確認したいことがある。

それは増毛Pも同じようだ。

 

「まさか、そんな内容ではありません」

 

歌詞はタイトルの通り歴史に関わるものではない。

ざっと目を通した限り、自然の雄大さを語るモノではなかっただろうか。

少なくとも、私の専攻ではない。

増毛Pも特段この分野に精通しているわけではなさそうなので、我々の知識だけでは作曲家の要望を叶えられない可能性が高いだろう。

 

「それは問題ではない。時代は知識すら買えるようにしてくれた」

 

 

 

346プロダクションの隠語で「光の強面」「闇の強面」というものがあると最近聞いた。

前者が増毛P、後者が武内Pらしい。

プロデュースしているアイドルと正反対の修飾がなされているのは皮肉だろうか。

しかし、あの近寄りがたい人相も時として役に立つ事があるものだ。

 

「これより、第一回専門技術委員会を開催する」

 

その道を極めるような人間は、往々にしてどこか一癖抱えているものだ。

また、第一人者となるにはそれなりの時間が必要である。

つまり、私の新曲の収録及びMVの撮影にご助力してくださる方々が集まったこの会議室は、年季の入った変質者の集いというわけだ。

その中で増毛Pが埋もれることなく堂々と司会進行できるのも、彼の能力のみならず外見も大いにプラスに作用しているといえよう。

オブザーバーとしてご同席いただいた作曲家が少し引いている。

無理もない、この中で黙っていて相手に圧力を与える事が出来ないのは貴方と私ぐらいだろう。

同情もこめて視線を投げるとあからさまな拒絶を示された、何故だ。

 

「本委員会の目標は346プロダクションのアイドル安曇玲奈の表現手法について、皆様の知識・技術を活用して頂き、クライアントが求めるものにより近づけることである」

 

「本当に、我々がアイドル活動の片棒を担ぐのか?」

 

怪訝な顔の帝国大学教授、確か行動心理学の権威だったはずだ、ギャラが一番高かったので覚えている。

こういった人種はプライドが高い。

自身の箔にならないと考えている仕事に対して、どれだけやる気を出して頂けるかは未知数だ。

 

「アイドル活動は、アイドルの個性や事務所のノウハウを生かして行うのが一般的だ。しかし、無限にあるアイドルの個性に対して、事務所の経験は有限であり、事務所間での共有はなされていない。そんな中、まるで賭け事の様にアイドルをプロデュースする。これはあまりにも前時代的だ。21世紀に生きる我々は、どうすればクライアントが満足し、どうすればファンが増え、消費してくれるのか、学術的・科学的なアプローチを以て確実なアイドル活動を行いたいと考えている」

 

どうもご納得いただけてない様子。

研究費に眼が眩んだものの、アイドルのようなサブカルチャーに自身の高尚な研究が用いられるのは、思うところがあるようだ。

厄介な問題だ、資本主義における消費活動に貴賎などないというのに。

試しに純情乙女モードで少し微笑んでやる。

どうだ、お堅いおっさんばかりの学会に出るより、目の保養になるぞ。

 

「ウオッホン、い、委員会の意図は理解した。学術面で協力させて頂こう」

 

チョロッ。

それで良いのか帝大の権威。

 

「委員会が抱える目下の急務はフラッグシップ・プロジェクトの2ndシングル、”World Wonders”の収録及びMV撮影における演出の手法である。各位に配布した資料にはオブザーバーとして参加いただいている作曲家のリクエストが記載されている。それをどうやって形にするのか、それぞれの持つ知見から意見して欲しい。以上だ」

 

あっさりと委員会を閉じ、質問時間に移る増毛P。

初回だから、委員会の目的と顔合わせのキックオフ的な意味合いが強いとはいえ、幾ら何でもやりすぎではないだろうか。

 

「何時までにどの程度つめたものを持って来れば良いのでしょう? リリース日は決まっているのでしたら、逆算してスケジュールを教えていただけないかしら」

 

こっちは元某歌劇団の演出兼振付師か、いい質問だ。

増毛Pは委員会の目的と所掌を説明はしたが、時間的な要素が欠けていた。

一応、資料に記載されているとはいえ、見落とされても困る。

 

「リリースは8月中旬を予定している。製作時間も考えると7月末には収録と撮影を終えたい。スケジュールがタイトで恐縮だが、ドラフト版で良いから2週間で頂けると助かる。その週には第一回のリハーサルと第2回委員会の開催を行う。」

 

フラコンPらとこじんまり相談していた頃は、1ヶ月でも長く感じたものだが、こういった大規模なものになるとまるで時間が足りないように感じてしまう。

高度な専門性を持つ人間のスケジュールを合わせるのもそうだが、何より”持ち帰り検討する”という時間だけ食いつぶす事象が多発するのが難点だ。

尤も、委員会は意見のみを行うシンクタンクに過ぎず、その意見を採用するか否かの権限は増毛Pが持っている。

無為に時間が過ぎるのを忌諱する彼の事だ、心配は要らないだろう。

 

 

 

後日、帝大の先生から「参考に」と3通ほどメールを頂いた。

添付資料は自身の論文のようだ。

まるで、自分の講義で学生に自書を買わせる教授の様ではないか。

 

……収録雑誌は見なかった事にしよう。

 

 

 

 

 




玲奈ちゃん痴漢未遂
絶対に顔採用のOLと思われてる。

新曲
夏フェスに向けて畳んで行きたいと思います(畳めるのか?)
しまむー関係で大風呂敷広げてるから収まる収まらないの瀬戸際
(もう出てこなくて)いいです。

専門技術委員会
玲奈「知識がないです」
増毛「なら札束で殴ろう」

光と闇
もしくは「光ってる方」「光ってない方」、「禿てる方」「禿てない方」、「オセロ」等
???「太陽を背負いし覇王には影の国の繰人形を、黒き森の魔王には星から孵化した天使達を」


ついに投稿間隔が一月を越えてしまった……。
じゃあ原稿は進んでいるかというとそうでもないという。
キリが良いわけでもありませんが、これ以上ダラダラ続けても、と。

熊本弁無理。

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追いつき次第解除する予定です。
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