私はもう間違えない。
誰も傷つかないし、傷つけさせない。
私のやさしさはきっとそれができるから。
*
「仲良しさんになりましょ?」
「は?」
帰りの支度をしていた私に、後ろの席からいつもの調子で声がかかる。今週3度目のこのセリフ。いい加減うんざりだ。
「花凛ちゃん、週末に遊園地に行こうよ!絶対楽しいから」
「あのさ。そういうのいいから」
「えーどうしてー」
「大体、あんたと仲良くなってどうなるっていうの?」
朝比奈は目をパチクリとさせる。予想外の言葉が飛んできたといったところだろうか。
「どうって……仲良しになったら楽しいよ?」
「私は楽しくない」
「なってみたら絶対楽しいって!それにせっかく同じクラスになったのに仲良しじゃないのはおかしいよ」
「全然おかしくない。あなたの価値観を押し付けないで!」
机をバシリと叩き、私は席を立つ。
突然のことだったので教室の外で待っていた友人たちに心配された。それがまた私の気分を害し、後ろの席の脳内お花畑女への嫌悪感が増した。
「花凛どうしたの?突然怒って」
「ちょっと最近しつこく絡まれててさ……心配いらないよ、ナツ」
「朝比奈乃々ちゃんだっけ?変わった子だよね。でも優は嫌いじゃないかな〜」
「あはは、優はお人好しすぎ!それよりフォーティーワン行こ!新フレーバー今日からだから」
みんな仲良し?馬鹿にするな。
好きな人がいれば気が合わない人だっている。
もっと言うなら、あんたは気に食わない人だ。
それに、本当にみんなと仲良くするなんて体がいくつあっても足りないだろ。あんたのそれは仲良くなっているフリだ。
私は私の手が届く範囲、小さい頃からの友人の夏子と優がいてくれればそれでいい。
*
雲一つないとまではいかない晴れの日。あちらこちらから奇声が飛び交い、キャラメルやメープルシロップの匂いが鼻腔を撫でた。
「ジェットコースター怖かった……優ちょっとトイレ行きたいかも」
「あはは、もしかして漏らした?」
「うーんどうだろうね〜?」
「いや、そこは否定しようよ。花凛もそんなこと聞くなんてデリカシーない」
「ごめんごめん!ほらトイレ付き添うからさ」
そう言って私は優を連れてトイレに連れて行く。
私は今遊園地に来ている。実はフォーティーワンに言った帰り、商店街で買い物をしてそこの福引で遊園地のペアチケットを当てたのだ。
丁度週末は何も予定は入っていなかったし、最近嫌なこと続きだったので気分転換に遊園地はうってつけ。一人分のチケットを追加で買い、無料ペアチケットと合わせて三人分なのでかなりお得に遊園地に来ることができた。
トイレから帰って来ると、夏子の隣に誰かがいるのに気付く。ナンパかと思ったけどそれは違う。あいつは……
「2人ともおかえり」
「おかえりなさい!」
「なんであんたがここにいるのよ、朝比奈!誘いは断ったはずなんだけど!」
「まあまあ、落ち着いてって花凛。朝比奈さんの話を聞いてあげて」
夏子に宥められ、私は朝比奈の話を聞く。
話によると、私を遊園地誘ったあの日には既に遊園地のチケットは買ってしまっていたとのこと。私が断ったから1人で遊園地に来たと言うのだ。
辻褄は合っているし、私が気づかな合ったのにも問題はあるように思える。でも……だ。
「そうだ〜今日は朝比奈さんも一緒に回ろうよ〜」
「いいの?優ちゃんありがとう!」
「気分悪い。帰る」
夏子達が止めるが、私は振り返らずに遊園地を後にした。
私は朝比奈とはどうしようもなく相容れない。仲良くなったら誰とでも楽しくやれると思うなよ。
私は誰にでも笑顔を振り撒くお前みたいなやつが気に食わないんだ。
*
休み明けの授業が終わる。
残念なことに私は今日、日直で日誌を書かなければならなかった。いつもはナツ達と一緒に帰っているが、今日はそれができない。クラスに友達がいない私にとってそれは悲しいことだ。
教室に1人残り日誌を仕上げ席を立ったそのとき、窓の外に2人の影が見える。もしかして私のことを待ってくれているのかもしれないと窓を開け、声をかけようとするが……それは出来なかった。
2人の影と合わせてもう1人、ヘラヘラ笑うあの女がそこにはいた。
やめろ。やめろ。
なんであんたがそこにいる。
そこは私の居場所だ。
その日から夏子の優は妙に私を避けるようになった。
*
「あんたなんかしたでしょ!」
「花凛ちゃん、突然どうしたの?」
放課後、朝比奈に私は怒鳴る。
最近おかしいことが続いている。
まず最近こいつは私に纏わり付いてこなくなった。それに夏子達もなんだか私に壁を作っているように思える。
絶対こいつのせいだ。それしか考えられない。
その後もとぼける朝比奈を私は問いただした。
気迫に負けてか、朝比奈は俯き声のトーンを落とし言う。
「ねえ、花凛ちゃん。仲良しさんになろ?」
「はあ?あんたまだそんなこと言って……」
「今日この後優ちゃんの家でティーパーティーをするの」
「な……」
「凛子ちゃんのカップも用意してるから。使うかどうかは……自分で決めてね。それじゃあ」
そう言って朝比奈は教室を出る。
一体なんだと言うんだ。
勝手に現れて、勝手に私の居場所を奪って!
そして最後には仲間に入れてあげるだ!?
ふざけるのも大概にしろ!
でも、それでも私は仲良しの友達を取り返すために作られた席に着くしかなく、力なく肩を落とした。
*
「お誕生日おめでとう!!!」
私が優の家に入って1番目に聞いた言葉がこれだった。
私は目を丸くする。
誕生日?誰の……私は今日誕生日だ。
夏子が駆け寄り私の手を取る。
「ほら、花凛中に入って。せっかく乃々が開いてくれた誕生日パーティーの主役なんだからさ」
「誕生日パーティー?私そんなの聞いてない」
「いや、聞いてるわけないでしょ。サプライズのパーティーなんだし」
「そうだよ〜乃々ちゃんに花凛ちゃんの誕生日パーティーを開こうって相談されてね〜花凛ちゃん気付かなかったんだね〜」
優がいつものマイペースな調子で体を揺らしながら話す。
最近妙によそよそしいと思ったのはこれのせいか。確かにサプライズパーティーなんて企画してたのなら距離を置くのも頷ける。
リビングに入ると朝比奈がティーポットで紅茶をコップに注いでいるところだった。
「朝比奈、あんた……」
「花凛ちゃん来てくれたんだね!」
ティーポットを置くと、私の手を握った。
彼女のまっすぐな笑顔に私の心はひどく傷んだ。
こんなにも私のことを思ってくれていた人に、私は何て酷いことをしてきてしまったんだ。
自然と目が潤んだ。
「ごめん、私あんたに酷いことを……まさかこんなこと考えてたなんて」
「ううん。私もごめんね。ちょっと強引だったかなとは思ったんだけど、誕生日を祝いたくて」
朝比奈はそう言って手を合わせ謝った。
謝るのは私の方なのに、朝比奈は優以上のお人好しだ。
それから間を空けず、夏子と優もリビングに、それも大きなホールケーキを持ってやって来た。
ロウソクが立てられているのを見るに誕生日ケーキだ。
「友達にお菓子作りが得意な子がいて、その子に教えてもらって作ったんだ。お口に合えば嬉しいな」
「手作り!?朝比奈これ自分で……」
「乃々って呼んで?夏子ちゃんも優ちゃんも下の名前で呼ばれてるのに私だけそうじゃないのはちょっと嫌だな」
「……分かったよ。乃々、素敵なケーキをありがとう」
そう言うと乃々は今日一番の笑顔を私に向けた。
「うん!これでもう私たちは仲良しさんだね!みんなでバースデーソング歌おう?」
「私も歌う?」
「花凛ちゃんは祝われる方なんだから歌わなくていいんだよ〜」
「全く変なところでボケてるな」
そうしてリビングに歌声が響く。
聞きなれた2人の声、それに今日友達になった友人の明るく元気な声。
歌が終わると私はロウソクの火を吹き消し、クラッカーが鳴る。
「お誕生日おめでとう!」
私は間違っていた。
乃々みたいな誰にでも仲良くなれる人間は相手のことなんて大して考えていなく、うわべだけの友人をたくさん作っているだけだと思っていた。
実際そう言う人も多いだろう。
でも乃々は違う。
わざわざ誕生日ケーキまで自分で作ってくれ、本当にいいやつだったんだ。
ケーキを一口かじる。
仲良しの友達が作ってくれたケーキの味は今まで食べたどのケーキよりも美味しく感じられた。
*
理想は待ってるだけじゃ手に入れられない。
がむしゃらに、直向きに頑張るだけでもダメだ。
仲良しになるにはきちんとした手順で、相手の気持ちを考えて行動しなければならない。
しかし、私は親友を作りたいわけじゃない。
ただ仲良しであるという、平和な状況が好きなだけだ。
本当に心から仲良くなりたい人間なんて、私にはまだ見つかっていない。