Vampire and a magic girls / RE. 作:眼鏡花
改訂版から読んで下さった方々、初めまして。
二人一組の片割れ、眼鏡花の眼花と言います。
お待たせいたしました。改訂版プロローグです。
色々と変更点が有るので、ご了承ください。
私は、間違っていたのだろうか。
人の身であった我が身は、ある一人の男の実験によって吸血鬼に変えられ。三十年を掛けて復讐を果たし、その先で待ち受けていたのは心を蝕む虚無。
意味も意義も志も大義も、何もかも見出せず、それこそ放置され腐乱した死体のように動かない日々。
それを打ち破る人が現れたのは、戯れに時間を数え続けていたからこそ知ったが、大よそ百年後―――今でいう所の十六世紀と言った所か。当時数えで十二だった彼女に、私は一生で一度と言える程、本心から恋を患った。彼女は貴族であったわけでは無い。何処にでもあったような、虐げられていた民の一人であった。
そんな彼女も、私の傍に居たが故に殺された。
魔女狩り。異端狩りとも称される自分達とは違う存在の排除運動。差別の極みであり、誰が言い出したのかなんて、分かりたくも無い出来事。
それが起きたのは、彼女と出会って十五年後の話だ。火の回った家屋から脱しようと彼女を抱えて外に飛び出し、待ち受けていたのは鏃に銀の使われた矢を構えた
独学で学び、戦う事で洗練して行った拙い魔術と、かつて人の身であった頃の友人であり、私という存在が変質して尚友と呼んでくれた男より貰い受けた片手半剣で応戦する。
彼女には固く目を閉じているように告げ、距離を詰める。
矢が続々と体に降り注ぎ、彼女を庇いながら矢を全て受ける。体から焦げ臭い臭いが充満するが、それを堪え前へ足を一歩踏み込み、片腕で剣を振るう。人間の首が飛び、もう一度振るう。今度は誰かの
片手半剣が青い炎を纏う。その剣を横に薙ぐと、接近を試みていた若い女はその斬撃を受け、泥を被って固まった人形のようになってしまった。
血を啜った者を見てやれば、その人間の屍が動きだし、生者に食らいつき始めた。食らいつかれた生者も、瞬く間に何処かおかしくなり別の生者に食らいつき始める。
誰かが狂ったように笑いだし、叫びだし。
背後を少し見てやれば、住み慣れた家屋の残骸が残るだけ。腕の中に居る彼女は血の匂いに当てられてか、阿吽絶叫に耳を犯されてか、顔色が酷く真っ青になっていた。
「すまない」
返事は無い。唯、私の服を掴む手の力が、僅かに増したように感じる。
まずは、此処から逃げなければ。そう思い、背を向けずにこの場を離れようとした時、それは起こった。
「ライネスさん!」
「え?」
急に、彼女が声を上げて私に背を向けて、目の前に立ったのだ。
その出来事について行けず、一瞬呆けてしまう。すると、どうだろうか。
ふらりと、崩れ落ちそうになる彼女を慌てて抱える。胸元には、矢が刺さり、赤く汚れていた。
「―――え? あ、え、え?」
思考が回らなくなる。何が起こったのか。理解したくなかった。
「ごめんなさい……目を開けたら、矢が向けられていて……思わず」
「も、もう良い! 話すな! まっていろ、今傷を―――」
「……いえ、大丈夫です。自分の事ぐらい、自分が、よく分かっています」
暗に、自分はもう助からないと、彼女は言った。
人間達の前から逃げるように地を蹴り、人目の付かない森の奥でシェリアを左の腕に抱いたままゆっくり地面に腰を下ろさせる。
矢が刺さった胸元から血が溢れだしているのがよく分かる。傷を、といったは良い物の治療の魔術を習得して置けば良かったと、この日ほど悔んだ日は無い。
何て愚かな。私があの時、あの瞬間、一瞬たりとも呆けたりなどしなければ彼女は助かっていた! 私があの矢を受ければ、彼女は助かっていた! それなのに私は―――!
亡者と生者は生者がやや優勢なようで、徐々に此方へと武装した人間達が近づいてくる。右の手に携えた剣の青炎は消え、柄から血が漏れ出し、刀身を汚す。後悔、屈辱、絶望―――暗い感情が降り積もって行くのを感じた。
「……ねえ、ライネスさん。死んだら、どうなっちゃうの?」
「―――さあ、ね。私自身、死にかけた事は有っても死んだ事は無いから、その辺りは知らない。それに似た感覚なら知っているかもしれないが、知りたくは無いね」
「そっかぁ……ねえ、ライネスさん……」
「何だね、シェリア」
「…………
唐突に、彼女―――シェリアは泣きだした。親とはぐれた幼子のように。宛ら、生涯を悲劇で過ごしたか姫のように見えた。
ここに彼の騎士の王たる者の鞘でもあれば、また話は違っただろう。だが、世界はそんな甘えを許すほど、甘くない。
「……私、まだ、まだ死にたくないよ……! ライネスさんと一緒に居たいよ……!」
「シェリア……」
矢を抜かず、シェリアの体に負担が掛からないように抱きしめる。気が付けば涙が溢れだして、何を言えば良いのか分からなくなってしまった。
「『鮮血公爵』が居たぞ、殺せ!」
「あの女も吸血鬼かもしれない、焼き殺せ!」
亡者の群れを突破してきた人間達が、私達を囲う。その形相は憤怒に染まり、憎しみが込められていた。
私が何をしたというのだ。貴様ら人間達には何の迷惑もかけていない。
現同族、とは言い難いかもしれないが特に夜月の民、更にその中でも吸血鬼至上主義派が人間に手を掛けた可能性は否定出来ずとも、私が何をしたというのだ。
奴を殺め、無為な時間を過ごし、漸く意味のある
怒りに身を任せたくなった。叫びながら暴れたかった。いっそのこと、狂ってしまいたかった。しかし、それを止めたのは、シェリアだった。
「でも……ね。ライネス……さん。私はね……」
「黙れ! それ以上言葉を発せば、その咽喉笛を噛み千切る!」
シェリアが遠くに行ってしまうのがとても怖くて、殺気を隠そうともせず、思わずそんな事を叫んでいた。その殺気に気圧されたのか、人間達は何もしてこない。
そしてすぐに自覚する。最低だ。最愛の女性に対して、その最期という時に。私は、私は、今、何て酷い事を言った? もし、過去の私を殴れるのであれば迷いなく死ぬまで自身を殴り続けていた事だろう。
「……ライネスさんになら……わたしは…………それでも、いいよ?」
「―――……」
だから私は、彼女の言葉に思わず息を飲んだ。
「しんじゃうのは……やだ。でも、……ライネスさんに、ころされちゃうな、ら…………わたしは……」
「分かった。もう、分かったから。だから話すな。話さないでくれ……」
徐々に彼女の体から色が抜けていく。温かみが薄れていく。
「…………じゃあ、さいごに、いっこだけ、わがまま……きいて」
「……ああ、何でも言いたまえ。君の最後の願いだ。どれだけ無茶な我が儘であっても聞き届け、実行しよう」
「も……う、さいご、まで、こども……あつかい、かぁ……じゃあ、ねぇ……―――――いきて、ね?」
言葉に詰まる。後を追うのだろうと、何となく察していたのだろう。彼女はそういう子だ。子供以上に子供らしく、時々その子供以上に確信をついた事を言う。
涙が止まらない。止められない。一人の最愛の女性の死を前にして。
最期の時くらい、無理な笑顔ででも送り出してやるべきだろう。
「―――その願い、確と聞き届けたよ」
「よかったぁ…………それじゃぁ……おやすみ…………」
「ああ、お休み。ゆっくり休んでくれ」
その言葉を最後に、彼女の体から色が抜け出ることは無くなり、温かみが薄れる事は底知らずになり、そして―――赤色が流れ出すのが、止まった。
彼女を抱きかかえたまま、私は私を見る人間達を見やる。彼女の死を嘲笑するかの如く嫌らしい下卑た笑顔が視界に映る。
耐え切れず、怒りに身を任せた。声を張り上げた。剣を振り回した。魔術を酷使した。我が二つの名の由来を使った。それでも、私の体は彼女を手放さなかった。
立ち上がり、周囲を見る。首が飛び、鮮血が散り、五臓六腑が飛び散り、気が付けば周囲には肉の山しかなくなっていた。血の池など、何処にも無い。
「……」
荒んだ精神が再び虚無に飲まれそうになったが、シェリアの腕に抱きすくめられる形になっていた事に気が付いて、意識をはっきりさせた。
そうだ。彼女は何と言った? 私に対して、何と言ったのだ。ライネス・ヴェルバータ!
生きろと! そう言って逝ったのではないか、彼女は!
自らを鼓舞し、そうしていく事により、新たな目的が生まれた。
「……君を、君を私は連れ戻す。詩人のようなへまはしない。必ず」
遺体に吸血鬼が幾ら牙を突き立てようとも、血を啜ろうとも、蘇りはしない。
ならば、連れ戻す。冥府より、誰からの許可を得ずとも。番犬を素通りし、神の目を欺いてでも。例え、彼女が喜ばないと分かっていても。
「冷えるが、少々我慢してくれ」
シェリアに魔術を使い、その身を凍てつかせる。手頃な拠点を得、君の体に処置を施すまでの辛抱だ。すまない。
剣を影の中に収納し、シェリアを両腕で抱きながら、人間の匂いがする方へと歩み出した。
全ては、自らのために。
※分からない人のために。
Q.詩人って誰の事?
→ギリシャ神話の詩人『オルフェウス』の事。簡素に言うと、彼は死んでしまった妻を冥府より連れ戻そうとして、最後の最後で失敗してしまった。
地の分と台詞との行間を開け忘れていたので、開けました……余計でしょうか?
誤字の修正をしました。…俺ェ…orz