ひゅっ・・・
ガルダの海賊共の突然の襲撃。タリス城に戻ろうにも戻れないこの状況。
嫌な予感がして、振り向いたその瞬間であった。
爪楊枝のようなものが垂直に昇る。
目で追える様な間の抜けた速さで。
天馬が、堕ちる。
真っ白になる。何よりも自らが。
それが、最後。
・
オグマ・スビル。
彼は奴隷剣闘士であった。
ノルダという都市で、命を元手に命をつなぐ。
奴隷であるからには、その生殺与奪さえ主のものだ。
それは、常識だ。
解っていても、不満はいくらでもある。
ある時、皆の待遇改善を求めて直談判をした。
コンディションを保てなければ、死の確率は当然高くなる。
試合も白熱はしまい。主の利も考えたもっともな意見のはずであった。
もちろん却下された。
意見とは同等でないまでも、最低限、『同じ人間』からのものだ。
豚の鳴き声など聞いていられるか。という答え。
オグマは仲間と逃亡計画を練る。結果成功するが、ギリギリの線で仲間を逃がすために盾になったオグマのみが捕らえられてしまう。
鞭打ちの刑がかせられた。
・
刑のようすは酷いものだった。
答える秘密を持たず拷問を受けるのと変わりない。
気絶する度に冷水をかけられ、それだけが5日も続いた。
オグマは文字通り死にかけていた。
そこにたまたまアカネイアに来ていた、シーダとタリスの騎士達が通りかかる。
シーダは、まだ6つ。
オグマには、わけが解らなかった。
自分の前で、泣きながら手を広げるこの少女はなんなのだ。
自分が奴隷なのは自覚している。
人間のつもりだが同時に家畜だという諦念がある。
そして、裏付けるものは山とあり、裏返すものはなにもなかった。
はずだった。
この少女は俺をかばっている。
一言も、かわいそう、と言わない。
どうして、と、繰り返す。
それは、衝撃だった。
この子には、俺が人間に見えている。
それどころではない。同じ人間に見えている。
そばに連れている騎士に気が付いた。
紋章を掲げる位置からして、間違いなく王族だ。
戦を任とする貴族である騎士をしたがえているのだ。例外はありえない。
俺を救うことだけ思いついたなら、そばの従者に買い付けを命じればいいだけだ。
馬車から降りる必要さえない。
なのにこの子は、泣き喚きながら抗議している。
その小さな身体で、この俺を庇って。
声は震えている。足も。
この子は自分自身の身分の力が解っていない。
奴隷商人上がりの興業主など、そこらの田舎貴族辺りでも破滅させられる。
それを知らない。
鞭を持った、こんなことを平気でやる怖い大人にしか見えていないだろう。
にもかかわらず、その恐怖をかかえてなお、俺を庇って手を広げている!!!
オグマはこのとき、初めて、『自分で自分を奴隷なのだと理解し、納得していた』ことを恥じた。
同時に、『俺は、人でいいのだ』と、勇気を持てた。
結局、従者が交渉をし、オグマは買い取られた。
破格の幸運だった。
よかった。よかったと胸にすがり付いて泣く新しい主人は、
「ごめんね。こんなふうにしか貴方を助けられなかった」
と言った。
奴隷として、オグマを、『買う』その行為さえ、オグマを傷つけてしまうと思っているのだ。
自分に限ったことではあるまい。
だが今、地に落ちてはじけるその涙は、オグマの為に流れている。
オグマは確信した。
もし俺が王に生まれついたとしても、
こんな気持ちにはならない。
俺は今、世界に祝福されている。
・
そして、10年。
英雄の血を継ぐ王子に、自国の危機を伝えた後、彼女は帰ってこなかった。
自分は何も出来なかった。
だが。
彼女が救い、見出した傭兵オグマは、ここにいる。
彼女がいなければ、ただの奴隷として朽ちた筈の男は、彼女が抱いた理想を知っている。
姫を守るためだけに磨き続けた自分自身の意味を、もう一度見つけなければならない。
彼女の愛したタリスを守るか。
それとも同じようにあの王子を守るか。
いや。
変えねばなるまい。
彼女が死ぬなどということがおきる、この時代そのものを・・・・
英雄と共に、勇者として。
終