「うう・・・パオラ姉様、カチュアお姉ちゃん・・・」
マケドニアの本城。その隠し部屋。
監禁部屋・・・ いや、軟禁部屋と言うべきか。
かつて我侭放題であった幼い頃のミシェイル王子がよく入れられた部屋である。
エストは、今、ここにいた。
手が触れる。彼女の肩に。
切なさが溢れた。
身体を丸めるようにして、寝ている彼の方を向く。
燃える様な赤い髪。少しやつれた、でも端整な顔。
このひとが、いま、私の胸で安らいでる。
「私・・・ どうしたらいいのかなあ・・・」
・
アカネイア王家三種の神器。
征服されてもなおパルティアは守られたが、グラディウスはグルニアのカミュ将軍の手に。
宝剣メリクルソードはここマケドニアにあった。
政治的取引の為に、グルニアに持ち出す準備がされている。
今がチャンスだった。
エストは、二人の姉がもう限界なのが解っていた。
だから、宝剣を盗み出して、
「これでもう私たちお尋ね者よ!」
と言えば、しかたないなあという顔をしながら、付き合ってくれる。
あの苦しさから、救えると考えた。
今が苦しい時に、何もかも捨ててどこかへ。
それは間違ってなんかないとエストは思ってた。
この世界は、楽しいはずだ。
そうじゃなきゃ、生きてる意味なんて無い。
なら、苦しい今は間違ってる。
そう、思ってた。
エストはあっさり捕まった。
アイオテの盾まで一緒に盗もうとして、あまりの重さに階段から落とした。
あわてて先に持ってきていたメリクルソードをペガサスにくくりつけ、呼ぶまで戻るなと命じた。
メリクルソードを奪われては即処刑とはいかない。
連行された先で、ミシェイル王子は直々に取り調べるといって、この部屋にエストを放り込んだ。
ミシェイル王子は、かなり弱っていた。
父を殺してまで唱えた覇は今や見る影もない。
グルニアのカミュに頼んで、人質にするにしてももう少し安全な辺境にとマリアを送れば、同盟軍に攻められて殺された。
その場にいたミネルバも、オレルアンの騎士に目を貫かれて殺されたという。
何一つ守れぬ自分に絶望し、その事をカチュアに痛烈な皮肉で返されたそうだ。
「ミネルバの仇を討て」と言ったら、
「仇は貴方だ」と。
「殺してくれ」と頼んだら、
「苦しみぬけ」と。
エストは信じられず、姉を弁護した。
お姉ちゃんはきっと、自分を責めていたはずだと。
王子の辛さを解らない姉ではないと。
その言葉の一つ一つが、そのままミシェイルを癒した。
あたしは、みんなだいすきなんです。
だから、かなしい。
「エストッ・・・・・・!」
ミシェイルの中で、マリアに重なった。
くずおれるように押し倒されるエスト。
乱暴にされたら、反射的に逃げられたろう。
でも彼は、震えながら泣いていた。
今、この人を癒せるのはきっとあたしだけだ。
そう思ってしまったら、抗える女などいない。
エストの華奢な身体が。
再来の英雄を受け入れる。
ああ、逃げることが出来ない人もいるんだ。
例えば、もう亡くしてしまった人。
・
ある日、机の上に、鍵が置き放してあった。
「ミシェイル様・・・?」
エストは、ミシェイルを探し回った。
一日中探した。
誰にも見つからないように、でも城の隅々まで。
『ミシェイル様がいなくなった!』って、大声で叫びたかった。
半泣きのまま、廊下を走る。
見つからなかった。
・
結局ミシェイルは、軟禁部屋に戻っていた。
「エスト」
「ミシェイル・・・様・・・!」
腰につかまり、思いきり力を込める。
「なぜ、逃げなかった?」
エストは、きょとんとした。
そういえば何でだろう。という思いと。
何から逃げるんだっけ。という思いが。
エストの中でごちゃ混ぜになっていた。
ミシェイルからの柔らかい、キス。
優しい、微笑。
そういえば、顔色が良くなられた。
眼にも光が戻っている。
それでこそ、王子様だよね。
なんだか嬉しくなって、笑ってしまった。
姉様によく言われた、『ぱああっ』って感じ。
そんな笑顔。
その夜、寝かせてもらえなかった。
ずっとずっと、幸せだった。
・
姉二人が救出に来た時、呆れ返られたのは言うまでもない。
なにせ手を絡めてキスしたまま寝ていたのだ。
ミシェイルは抵抗するそぶりも無かった。
かわりに「今の俺をどう思う?」と聞いてきた。
パオラは、
「正直、見損ないましたわ。もっとお強い方だと思ってました」
と。
カチュアは、
「私が至らぬばかりに、お守りすることが叶わなかったこと・・・申し訳なく思っております」
と。
エストは、
「あの~・・・
王子も一緒に、逃げちゃいませんか?」
と、的外れなことを言う。
ミシェイルは吹きだし、一言「行け」と言った。
・
「これから、どうするの?」
カチュアの質問に、パオラが、
「さて・・・ このままなら同盟軍が盛り返すでしょうけど、ミネルバ王女やマリア姫をあんな殺し方をした軍に籍を置く気にもならないし」
カチュアも、マルス王子への思いは消えていた。
素敵な人だとは思う。
でも、もう恋なんか出来ない。
「ねえねえ」
エストが口を挟む。
「別の大陸に行こうよ!」
カチュアとパオラは顔を見合わせた。
同時に、笑った。
「そうね、そうしよっか!」
エストは、勘がいい。
彼女はいろいろ流されやすいようで、実は最善の策を天然でとっていたりする。
幸せの直感、というヤツだ。
ミシェイル王子の顔色が戻っていた。
それが、証明だった。
「じゃあ今日中にアカネイアの端っこまで行こう!」
「先に方角か、行く大陸を決めなさいよ」
「うーんとね、じゃあ・・・」
どこでも良かった。
また、3人で飛んでいるのだもの。
一緒に、いるのだもの。
どこだって!
「バレンシア!」
あの果てしなく広がる海の向こうに。
新しい世界が、ある。
特別編 終わり