『アイオテの再来』
誰が言い出したのか。
しかし、誰もが重ねた。
この美しい山々も。澄みきった海も。
果てしない空も。
俺自身も。
竜と共に翔ける時、心地好い孤独感と共に駆け巡る全能感と疾走感が吼えるのだ。
この世界こそが、俺自身であるのだと。
その確信が、最初だった。
今の、縛られた俺は、正しい姿で無い。
そんな思いに、答えをもたらした。
・
マケドニアは、元来豊かな国であった。
鉄鉱石の産出が多く、飛竜の生息地であることから
軍備も申し分ない。しかし・・・
ここの所、食糧生産が落ちていた。
平野の少ないマケドニアは、麦などの生産を増やし難い。
果実などによる所が大きいのだが、何故かここ数年実りが悪いのだ。
それを聞いてはいながらも、ミシェイルには実感は無かった。
竜と共に翔ける全能感に酔っていた。
そこから目にする豊かな山麓に不安を感じ取ることは出来なかった。
・
ある時、遠乗りの途中で竜が疲れを見せた。
手近な教会があったので降りてみると孤児院であった。
竜の食べ物を分けてもらおうとした。
応対したシスターは、
「分けられる程の蓄えはないのです。お引取りねがえませんか」
との答えだった。
見れば彼女は赤髪だ。マケドニア貴族には多い。
見目の良さや顔立ちから、間違いなかろうと思えた。
その彼女が、やつれ気味の顔色をしている。
ならば、蓄えどころではないのだろう。
俺を知っているか、と言うと、王子のご尊顔をどうのと、お決まりの挨拶をしだす。
だが、なんだろう。
この女、声の深みや流れが、とても心地いい。
今日はもう気が乗らない。弁当が無駄になったといって、持ってきた果実を渡してやる。
その時の笑顔は、ミシェイルを変えた。
・
教師に質問が多くなった。
帝王学などは勿論、軍備、生産、流通、税、国営事業、雇用、外交、社交・・・
広く浅くではあったが、要点を掴んでは応用し、本質的な事を語らせれば、専門家でさえ気付かなかった、核心部分を言い当てることもあったほどだ。
一度、軟禁しろと言い出した。
昔使った軟禁部屋に入り、水だけで数日過ごした。
出てきた時、ぽつりといった。
人は、生き続けようとせねば、死ぬのだな。
従者に、そのつぶやきの意味は解らなかった。
・
かのシスター、レナの所へは足しげく通っていた。
上からしかものを言えない自分自身も恥だが、素直に語る程度胸も無かった。
それでも、意を決して求愛し、それは、実った。
「偽れない思いを抱えて、失うことを恐れて、それでもなお、手にしようと言葉にしてくれたのだもの。
そんな貴方が、可愛かったの」
なぜ受けた、そう聞いた時の答えだ。
一生勝てる気がしなかった。
・
暗黒戦争の序章の幕が開く。
メディウスの復活である。
アカネイアの危機管理能力はこの大平で無に近い。
援軍を頼んでも、属国扱いのマケドニアにまともな援助は期待できない。
アカネイアという国そのものをすでに見限っていた
ミシェイルは、ドルーアと手を組むふりをし、グルニアのカミュと通じる事にした。
アカネイアを奪った後、共にドルーアを滅ぼし、この大陸を手に入れる計画を立てる。
・
「貴方のしようとしていることは戦争よ・・・?
村は焼かれ、作物は奪われ、誰も彼もが死んで、
子が泣き叫ぶあの地獄を作り出して、
何が救われるの・・・・!?」
予想できた反応だった。
それでも、理解して欲しかった。
もう一緒にいられないのも解っていた。
そばにいれば、レナは泣き伏して生きずにはいられないだろう。
そして、ミシェイルは、愛するものが自分のしたことで魂を削られゆくさまを見てゆく事になる。
別れるしか、ないのだ。
「・・・きっと、人の世を取り戻してみせる。
竜におびえずとも、大国の理不尽に泣かずともよいように。
その時になら・・・」
「・・・ええ」
どのみち人が滅びるかどうかの瀬戸際なのだ。
レナを諦める気はなかったが、成さねばならぬことが先にある。
・
夜の闇の中、さらに濃い闇が蠢いた。
「マリア」
「お兄様・・・?」
血の匂いがべったりと付いている。
妹マリアは泣き出すだろうか。
それさえも受け止められぬまま、野望など。
そう思っても、気は重かった。
「どうしたのお兄様」
事実だけを告げる。
「オズモンドを殺してきた」
「・・・・!?」
父の名である。
「お前はドルーアに行け。人質としてな」
要したのは、2秒。
「はい」
はっきりとそう言い、微笑んだ。
とまどったのはミシェイルの方だった。
「・・・随分冷静だな」
「お兄様が、お兄様のままだったから」
「俺が・・・?」
「もし兄様が、魔物にとって変わられてでもいたのなら、私のことはどうでもいい筈よ。
騙し続ける必要があるのならともかく、人質として遠ざけるのならなおさら。
部下に命じて薬でもかがせるか、むりやり連れて行けばいい。
でも、にいさまは御自分で告げにきたわ。
それは、私のことを気にかけてくだされるからですよね?」
絶句した。
利発だとは思っていたが、ここまで頭の回る妹だったのか。
自分でも説明の付かない、父を殺したこの黒い感情の渦巻く中で、再認識させられた。
俺はこの国を、妹達やレナ、民達を愛していると。
野望を抱き、手を血に染めることを厭わぬほどに。
「ドルーアに行くというのも、良いかも知れないわ。
クーデターが成った今、担ぎ出すものはない方がいいわ。人質は生きていなければ意味はないのだから、むしろ安全かも」
やはり聡い。ミネルバには無い才だ。
「父様のことは悲しいけど・・・
私もアカネイアに希望は持てない。
戦争、なのね」
憤りが無いはずが無い。
末の娘をオズモンドは溺愛していた。
ならばマリアも答えていた筈だ。
その身を捧げるように立ち上がったマリアに手を伸ばす。
血で汚れているのに気付き、手を引こうとすると、
「いいのよ。兄様」
その手をとり、握ってくれた。
震えて、いた。
恐怖、だろうか。
悲哀、だろうか。
「お姉さまには・・・ 会えないわよね」
どんな騒ぎになるかわかったものではない。
ミシェイルは何も言わなかった。
・
マリアが受け入れてくれたことで、ミネルバとやり合う時は、冷徹な魔王でいられた。
「兄様を・・・兄様をどこへやった!!! 返せっ・・・
兄様を返せぇっ!!!!!!」
ドルーアにしてみればどちらも人間の国。
どうせ滅ぼすつもりに決まっている。
それがミネルバの意見。
そんなことは解っている。
その上でアカネイアに尻尾を振るわけにはいかないのだと何故解らない。
そんな愚かさが可愛かった。
率いる将としては一流だが、戦略を用いれない愚直な将。
もう一人の妹。
兄を恨むがいいミネルバ。
万が一俺がしくじったら、お前にこの国を任せる。
だからこそお前は妹のように聡くてはいけない。
本気で悲劇の姫でなくてはならん。
隣にマリアがいるのなら、マケドニアは揺るがない。
・
オルレアン壊滅の一番槍を取らせたのはいうまでも無くミネルバ。
ドルーアに少しでも疑いを持たれたくないミネルバの必死の戦いぶりは、皮肉にもドルーアの侵攻速度を飛躍的に高めた。
憎むべき味方から疑われながら、唾棄すべき敵に恐怖され、妹の命を盾にされて血を被る。
そのころミシェイルはグルニアのカミュに頼んで、人質にするにしてももう少し安全な辺境に・・・と
マリアをディール要塞に預けた。
そしてそれは、悲劇を生む。
・
敵も味方も敵、降るも戦うも地獄。
ましてや死んだところで何も救えない。
そんな戦場で。
「ミネルバァァァァァァァァァァッッツ!!!!!!」
オレルアンの騎士だった。
彼にしてみれば国仇の血姫である。
「オルガの、仇ッッッッツ!!!」
「ぅぐっっ!!」
騎士の魂の全ての篭った一閃のきらめきが、ミネルバの右眼に突き刺さる。
刹那に脳まで達し、皮質をえぐった鏃は、正に必殺の一撃であった。
ほぼ同時刻。
囚われの城内でマリアを迎えたのは冷たい槍の一突きであった。
「・・・ミネルバ・・・姉さま・・・」
マケドニアに最も必要であった、美しく聡い至宝の姫君は、家族の誰にも、民にも愛されながら、冷たい牢で一人きり、息絶えた。
その遺骸は格子から放り出され、二目と見られない物であったという。
ミシェイルが愛した妹達は、ディール要塞で共に惨殺されたのである。
・
思い出される、かつての妹達の幻影。
その言葉。
にいさまはつめたい、と、マリアにあまりかまわないミシェイルにミネルバが腹を立てる。
お前は構いすぎだ、と、兄も憤る。
きまって、マリアがなだめるのだ。
「けんかしないで。わたしはおにいさまも
おねえさまもだいすき。だから、ふたりがけんか
するのはとってもかなしいの」
大切にしてきた言葉だった筈なのに、いつしか忘れていた。
その罰ならば、俺を殺せ。
それが許されるような世界ではない。
それが許されるような世界ではないのだ。
・
ミネルバの戦死により、マケドニア白騎士団は改変せざるをえなくなる。
ミシェイルの竜騎士団に統合されるとなれば、ミネルバの子飼いであった3姉妹の扱いは難しかった。
ミシェイルはカチュアを呼び出した。
「ミネルバの仇を討つ気はあるか?」
開口一番そう質問した。
「それは、実行犯を殺せという命でしょうか?
それともその人物の属した一軍を潰すという作戦の参加の是非でしょうか?
もしくはミネルバ様を追い詰めた人物への報復ということでしょうか?」
痛烈な皮肉だった。
最後の、追い詰めた人物とは、紛れも無く自分のことだろうとミシェイルは受け取った。
もう一人の妹を人質に、一途なだけの愚直なあれに
手を血に染めさせた。
それは彼女を追い詰め、死に追いやった。
悔やんでも悔やみきれなかった。
「・・・く」
「・・・・くく。くはは。くははははははは。
ふはははははははははははははは。
あはははははははははははははははは!!!!!!」
「・・・ミシェイル殿下?」
「カチュア。俺を殺せ」
もうどうでもよかった。
同じディールでマリアも失い、風の噂でレナの死も耳にした。
守りたかったものは、もう手が届かぬところにある。
ミシェイルは自ら、愛用の白銀の槍をカチュアに渡す。
彼の瞳には、光はもう見えなかった。
カチュアはその場で跪き、槍を返す。
「カチュア」
懇願するような声になっていた。
カチュアは、答えた。
「殿下は死するべきではありません」
苦しめと、いうことか。
「失礼します」
何の反応も示せなかった。
カチュアはもう何も言わず退室する。
「・・・・くく。くはは。くははははははは。
ふはははははははははははははは。
あはははははははははははははははは!!!!!!」
オレルアンを奪い返され、同盟内でもマケドニアは立場を失いつつある。
・
エストが連れられてきた。
どうやらアイオテの盾を盗もうとしたらしい。
大胆なことだ。
しかもメリクルソードはまんまと手に入れたらしい。
笑うしかない。
心許せる者はもう城中にはいない。
エストにそれを期待したのは弱さだろう。
ミシェイルは自分でも思った。見る影も無い、と。
だが。
エストは、答えてくれた。
カチュアに言われたことを話した。
「ミネルバの仇を討て」と言ったら、
「仇は貴方だ」と。
「殺してくれ」と頼んだら、
「苦しみぬけ」と。
エストは信じず、姉を弁護した。
お姉ちゃんはきっと、自分を責めていたはずだと。
王子の辛さを解らない姉ではないと。
その言葉の一つ一つが、そのままミシェイルを癒した。
カチュアをよく知るエストの言う事。
だからこそそうかもしれないと思えた。
「あたしは、みんな大好きなんです。
だから、悲しい。
こんな・・・」
けんかしないで。わたしはおにいさまもおねえさまもだいすき。だから、ふたりがけんかするのはとってもかなしいの
ミシェイルの中で、マリアに重なった。
「エストッ・・・・・!!!!」
くずおれるように押し倒されるエスト。
彼女は抵抗しなかった。
ただ優しく、頭を撫でた。
吐き出すような、猛りではない。
包まれるような、眠り。
・
ある日、机の上に、鍵を置き放しておいた。
パオラ、カチュアの逃亡を聞いた。
エストも行くべきだ。
そう思ったからだった。
が、エストは、ミシェイルを探し回り始めた。
一日中探していた。
誰にも見つからないように、でも城の隅々まで。
半泣きのまま、廊下を走る。
なぜ、逃げない?
ミシェイルには、解らなかった。
こっそりと軟禁部屋に戻っておく。
「エスト」
「ミシェイル・・・様・・・!」
腰に抱きつかれる。
疑問を口にする。
「なぜ、逃げなかった?」
エストは、きょとんとした。
そういえば何でだろう。
何から逃げるんだっけ。
読み取れるのはそんな思い。
愛しさが溢れた。
思わず口づけをかわす。
エストが、微笑んだ。
本当に幸せそうに。
レナにも、マリアにも、ミネルバにも重なる。
彼女達の微笑にも。
守りたかったもの、すべて。
一晩中、抱いていた。
ずっとずっと、幸せだった。
・
姉二人が救出に来た時、呆れ返られたのは言うまでもない。
なにせ手を絡めてキスしたまま寝ていたのだ。
ミシェイルは抵抗する気も無かった。
ふと思いついて、
「今の俺をどう思う?」と聞いてみた。
パオラは、
「正直、見損ないましたわ。
もっとお強い方だと思ってました」と。
期待はされていたということか。
カチュアは、
「私が至らぬばかりに、お守りすることが
叶わなかったこと・・・
申し訳なく思っております」と。
なるほど。
エストの考えは正しかったようだ。
エストは、
「あの~・・・
王子も一緒に、逃げちゃいませんか?」
と、的外れなことを言う。
だが、本気なのも解った。
それは、俺が王子であろうがなかろうが、かまわないということか。
ミシェイルは吹きだし、一言「行け」と言った。
・
最後に狂ったのは、あの男を目にした時。
マリアを殺した聖騎士だ。
私怨なのは判っていた。
だが、黙っていることなど出来なかった。
自分の不甲斐なさが彼女らを殺したのも解っている。
だが、やったのはこいつらだ。
目の前が、真紅に染まる。
何を叫んだかは覚えていない。
気がついたら、飛竜で駆けていた。
「お、落ち着いて下さい!!ミシェイル殿下ッ!!!
って、あああ、…飛兵部隊、追え!お守りしろ!」
「西側にも敵影!!」
「!! なんと…
…騎馬ではミシェイル様にはどのみち追いつけん。
騎馬隊は西の敵に当たれ!
その間、飛兵はミシェイル様の確保を!
最悪でも飛兵が居れば援軍と併せて篭城は適う!!」
かなうか。馬鹿が。
声が聞こえたわけでもないが、ゴトランの奴らしい
お粗末な用兵だった。
忠実なようで言われねば何も出来ぬ輩だ。
副将の役を果たしていない。
ミシェイルは進路を変える騎馬隊に、
「行く戦場は違うが、所詮結果は変わらん。
剣を振るう相手と死に場所を選ぶ事くらいは自由にさせてやるさ」
と、吐き捨てる。
守るものも、愛するものも、
もうなにも、ない。
不思議と、身体は軽かった。
幼いともよべるあの頃。
竜に乗って、空を翔けて、あの時。
「世界は、俺だ」
そう感じた事を思い出す。
そうだ。
死んではならない。
何もかも巻き込んだ野望を、醜いマムクート共をこの大陸から駆逐する、アイオテの再来の使命を。
こんなところで止めてなるか。
守るべきものを失ったからこそなお。
・
敵魔導士の放った風の聖剣は、
飛竜ごとマケドニア王を八つ裂きにした。
・
後世の歴史家の間では、かの王子の評価は親殺しや野心家というだけではない。
風前のともし火であった国をまとめ上げたその辣腕とカリスマは、この時代では五指に入る。
王女二人が生きていれば、助命もあり得たろうか。
マケドニアの滅亡をかわす事が出来たか。
今となっては無意味な仮定である。
終