「くそう・・・くそうっ!!
何故、わしがこんな目に・・・
認められて当然の力を持つ者がのし上がるのの何が悪い!! 何故他人を取り込むなどという、渡世術が上手いだけの者が世にはばかる!?」
「それこそが人の『力』だからに決まっているじゃないの。
人が生きるという事は、人の中でしか成し得ない。
そして、人にとって害悪でしかないものは所詮、滅びるの。
あなたはやはり愚かだわ。そんな事にも気付けず、天敵に魂を売ってでしか、その存在を示せなかったのだから」
「!?」
テーベから命からがらに逃げる途中。
ガーネフは、返るはずのない答えに戦慄する。
ここは荒れ果てた北方の森。偶然に出会うことはありえない。
どこからつけられていたのだ。
こんな、一人では何も出来ぬような女に。
「貴様は・・・!!」
「さすがの闇のオーブも、スターライトでヒビが入っては使い物にならないわね」
「ふん。このオーブは竜族の秘宝じゃぞ。
時間さえ経てば勝手に元に・・・」
「でも、今は貴方の身を守る術にはならない。
マフーも焼かれた今、再び作り出すには、闇のオーブの回復を待たねばならないのでしょう?」
「く・・・!!」
そう言い捨てて、女は、小瓶の中のドロリとした何かを飲み込んだ。薄闇の中で何色かは分かりにくいが、黒っぽく見える。
魔力が尽きている以上、瞬間移動もできない。
ガーネフは歯噛みした。こんな女からもうまく逃げられないことに腹が立つ。
しかし、そんなことを気にしていられるのは、そこまでであった。
その女が、白銀の真珠のような、拳大の宝玉を取り出すその瞬間まで。
「っ!!!!??
きっ、貴様!!??」
「消えて。大陸一醜い、老いさらばえた野心家の魔術師殿」
女はガーネフの肩口を掴み、次の瞬間・・・・・・
胸に口づけでもするかのように顔を近づけて。
ゴォウッ!!!!!!!
何をしたのかは、ガーネフとその女しか知らぬこと。
結果として、ガーネフの心臓がかき消えた。
背中に空いた空隙からは、美しくも憎しみに歪んだ女の瞳が見える。
「がっ・・・・・・!!」
ごぽぉっ・・・
ガーネフは血を吐く。
それを分かっていた女は、頭を掴んで下に向けさせ、返り血を浴びぬようにした。
ゴォウッ!!!!!!!
印を結べぬように、両の手を消し飛ばす。
「うがっ・・・・・・」
ゴォウッ!!!!!!!
逃げられぬように、踵も消す。
「ご・・・・・・」
ゴォウッ!!!!!!!
ゴォウッ!!!!!!!
ゴォウッ!!!!!!!
痛みをちゃんと神経が伝えるように、背骨を残して、順番に体を殺ぎ消してゆく。
ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!
「お・・・のれぇっ・・・!!」
ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ!!!!!!!ゴォウッ・・・・・・!!!!!!!
女の口からは、霧のようなものと、口を開け放していたことでか、少し涎が垂れていた。
もう、消し飛ばすところがなくなってしまった。
つまらない。
こんなものが、私から全てを奪った元凶だというのか。なぜこの世界は、この私の物をこいつに奪わせることなど許したのだ。
ならば私は、世界を許さない。
この戦で、私と同じように、大切な物を失った者は多いだろう。
それでも。
あの日、こいつが私から全てを奪った時に、何もせずにいた奴ら。
そいつらには、私は憤る権利がある。
だって、私の心は、こいつを殺しても、こんなに惨めったらしく殺し尽くしても・・・・・・
晴れなかったのだから。
・
暗黒戦争と後に呼ばれた、ドルーア連合とアカネイア同盟との戦いから半年後。
ニーナとマルスは結ばれた。
ニーナは、そもそもこの事に乗り気ではなかった。
だが、アカネイアには、皆をまとめる王が必要であった。
ニーナの母性も必要ではあったが、それとはまた違ったカリスマを持って、絶対の君臨者たる王が必要とされていたのだ。
候補に挙がったのは、メディウスを倒したとされるマルスと、亡命を受け入れ、雌伏の時を共に耐えたハーディンだ。
ニーナは、マルスとシーダの関係を知っていた。
シーダが生きていれば、マルスを選びはしなかっただろう。
しかし、シーダはいない。
共に大切な者を失った悲しみを持ち、この戦の勝利の立役者でもあるマルスは、王にふさわしかった。
若輩者であるという部分を差し引いても、だ。
どこからも文句は出なかった。
あっても口にするものなどいなかった。
普通に考えれば、田舎の小国の小娘の事情など無視してそうあるべきでさえあるのだ。
ましてやいない以上、はばかることもなかった。
何よりも、メディウスを倒すことの出来る神剣ファルシオンの継承者と、世界の盟主たるアカネイアの王女との婚姻は、荒れ果てた大陸に希望をもたらすに十分な希望と平穏をもたらす。
アンリとアルテミスの仲を引き裂いた事が、後のアカネイアの腐敗、アリティアとグラのお家騒動を呼び、結果、グラの裏切りで先の神剣継承者コーネリアスを失い、この大戦が長引いたという事実を鑑みれば、誰一人として難癖を付ける余地がない。
これで、『アルテミスの定め』と呼ばれる忌まわしい呪いを打ち破れる、と言う者もいたし、マルスとニーナをアンリとアルテミスに見立て、百年越しの恋が実ったときゃあきゃあ沸き立つ城中の様子は、姦しくも微笑ましかった。
盛大な結婚式。
勇者でありながら愛嬌のある優しそうな青年と、本流を持つ事と年上の妻であることからか、凛として、帝王と共にいてさらに輝きを増す主国の王妃。
誰もが不安など抱かなかった。
誰もが希望を抱いたのだ。
そして。
『国』という器の象徴として、家系が安泰であることは当然のように・・・・・・いや、
当然に求められる。
早く、お世継ぎを。
アカネイアの後の皇帝、そして神剣を次ぐ神王を。
だが、それから一年、その兆候はなかった。
原因は、本人達と侍女、そしてボア司祭しか知り得ぬこと。
マルスは、不能となっていた。
国をあげて大々的に結婚式をしておいてから気づいても後の祭りだ。救いは、アカネイアの系譜はニーナ・・・女側にあることだった。
そして、マルスが勃たない原因は精神的な物なのも見当がついていた。
まだシーダを引きずっているのだろう。本人も認めた。
アカネイアお家事情は、復興しても粗末なものであった。
勿論、こんな話を広めるわけにもいかなかった。
・
それから更に1年半。
アカネイア大陸はゆるりとではあったが、統一に近づいていた。
シーダを失ったタリスは、灯が消えたように沈んでいたが、オグマが復興させた。
『我々が悲しみにくれ、絵に描いたような不幸を享受するために、あの日、シーダ様は飛び立たれたのか。
違うだろう。我らタリスの民が笑顔で生きていけるように、このタリスの城を守る為にだったはずだ。
そしてマルス様が立ち上がられたのは、シーダ様との1年が、国を失い悲嘆にくれるマルス様のお心を癒されたからだ。
あの戦争を勝ち抜かれたのも、亡くなられたシーダ様のお命を、無駄なものにしてなるかと思って戦ってくださったからだ。
そして、マルス様が英雄王となり、アカネイア皇帝とまでなられたというのに、いつまで我々は泣きはらしているのだ!!!』
一番泣き続けたいのはオグマだという事は、周知の事実だった。
マルスとは違う形で、しかし誰よりもシーダを愛した勇者。だからこそ、彼の声で腰を上げぬ者はいなかった。
現在タリスは、ワーレンとオレルアンをつなぐ貿易都市として、目覚しい発展を遂げている。
・
オレルアンはハーディンが戻り、この戦の二番目の功労者として、アカネイアと良好な関係を築いている。
だが、オレルアンでは少々面倒事がおこっていた。
クーデターを画策した貴族が、次々に処刑されたのだ。
民の中には、オレルアン王よりも、アカネイア同盟の参謀であり猛将としても働いたハーディンの方が国王にふさわしいと口さがなく言うものが少なからずいた。
その流れに乗って、ハーディンを取り込んで反乱を起こし甘い汁を吸おうとする輩がいたのだ。
計画は準備段階で発覚し、関係者は容赦なく処罰された。
この事は、アカネイアに対するハーディンの克己的態度を示すと同時に、オレルアン王とハーディンに微妙な溝を作った。
オレルアン王は弟を疑ってなどいなかった。
だが、ハーディンが英雄である事そのものだけでもクーデターを起こそうと考えさせるほどに、人々の心を動かすことにオレルアン王は嫉妬した。
彼は平凡であり、呆れるほどに良き王である。
だからこそ、大陸有数の英雄たる弟が眩しく、妬ましかった。
ニーナ王妃を密かに愛していた事も、オレルアン王は知っていた。
その上で彼女の幸せを思い耐える彼の生き方そのものもドラマチックであり、まるで吟遊詩人の歌の一節だ。
言われるままに妻を迎え、ただただなんの障害もなく愛し愛される日々を送る自分。
良き臣に恵まれ、特別な事を何一つせず・・・・・・
自分でなくても出来る事をするために、ただそこにいる自分。
弟の事を愛している。
弟も自分を愛し、たててくれる。
それこそが耐え難いほど心に刺さり、そんな自分に絶望させられる。
兄も弟も、罪はないままに。
存在そのものが心を蝕む立派な弟を遠ざける兄と。
それにいつしか気づき、そのことに悩む姿さえ英雄にふさわしく映る弟の関係は。
段々と、遠ざかっていった。
冷えもしないままに。
・
マケドニアは一年前に、独立を宣言した。
ミシェイル王子の忘れ形見を宿すと言い張るエストが、マケドニア城に双翼の姉達共々居座ったのだ。
マルスもなんとか禍根が残らぬ扱いにしたかったが、アカネイアにしてみれば一度は彼らに占領され、塗炭の苦しみを味わわされた国だけに、なんの罰も無しというわけにはいかなかった。
逆にマケドニアにしてみれば、ミシェイルが父殺しをしてまでドルーアについたのでさえアカネイアの当時の悪政のせいだ。そもそもが向こうのせいなのに、戦争に負けてさらなる制裁を受けるのだから、不満も並ではない。
結果が敗北であったにも関わらず、衰えぬミシェイルの人気。そしてマリア姫とミネルバ王女を惨殺したアカネイアへの恨みで、完全にクーデターは成功してしまう。
『さあ、殺しに来るのならば来るがいい』としか読めない無礼千万の親書がマケドニアから送りつけられたが、マルスはそれに対して不可侵条約の締結を求めた。
今、仲良くなれるわけもない。
ならばせめて、お互いの世代がその恨みを実感できなくなるまで、関わりを絶とうというのだ。
条約に、最後に付け足された、『我らの禍根が受け継がれぬことをこそ願う』。
この言葉は、不可解な不可侵条約の理由、マルスの飾らぬ本音と取られ、マケドニアにおいてのマルスの名声は最悪でだけはなくなった。
勿論アカネイア貴族の間では、マルスの支持率はだだ下がりであったが、ニーナが認めた以上、それ以上は騒がれなかった。
そしてこの一年、マケドニアで何が起こっているかは、アカネイアでは一部の人間しか知らない。
・
グルニアでは、ユベロ王子を立てての独立を求める声が高まっていた。
ユミナ王女と共にカダインに幽閉されていたグルニア王の忘れ形見である。
勿論マケドニアと同じ理由で難航したが、それ以上に問題であったのが後見人だ。
カミュもロレンスも、賛否以前に戦死している。
カダインでウェンデル司祭に師事した経緯から、司祭本人か、いっそマリクあたりに任せればどうかと思ったが、おり悪く二人とも諸国を周る旅にそれぞれ出かけて足取りがつかめない。
しかし、アカネイア側、特に直接占領を受けたアリティアなどの怨嗟の声を受け止められる人物でなければ後見人の意味がないのだ。
特に、『カミュが命をかけた国』であると同時に、『カミュに全て背負わせた国』である為、ニーナが複雑な思いを抱いているのも痛かった。
カミュの『ニーナを愛している。しかし国を見捨てる事は、今までの騎士としての私の否定に等しいのだ。それだけは出来ない』という言葉は、穿った見方をすれば、『ニーナよりもグルニアが大事』という意味に取れる。
ニーナが煮え切らない以上、マルスはどうする事も出来なかった。
・
カダインはあくまで『ガーネフは数ある派閥の一つを持っていて、我々はそれに実質支配されてしまった形で暗黒戦争に参加した』と言い張った。
つまり、カダイン全体としては中立であったというのだ。
幸い、カダインの攻撃によって占領された国はなく、猛威を振るった魔導士部隊も、ガーネフの私兵だったとして、カダインの位置づけは変わらなかった。
解放の礼だけ言って、後は元通りである。
若干研究者っぽい屁理屈で誤魔化された感があるが、これ以上悩みの種を増やしたくないマルスは、そのまま受け入れた。
この速すぎる決着が、マリクとウェンデルの出立を早め、グルニア問題の解決法を失ってしまったのは誤算であった。
・
グラはまだうまく片付いた方と言えた。
パレスに隠れ住んでいたシーマ王女が見つかったからだ。
外様であるアベルをつけ、サムソンをあてがう。
『私もまた、貴方の父を殺した』と詫び、共に生きる態度を示したマルスにシーマも心を許してくれたし、ジオルのことは、むしろ嫌っていたらしく、意に介さなかった。
シーマ自身に野心はないこともあり、属国である事に最後の王族が不満を持っていないだけに、グラは独立を強く願う声もない。
コーネリアスを殺した事を受けて、八つ当たりのように取り潰される事も想像していただけに、今はまだ、これで御の字であるという雰囲気である。
・
この情勢ではあるが、結婚から3年・・・・・・
さすがに、世継ぎの生まれぬ話は囁かれ始めていた。
そして、アカネイア城内が、近くあるマルスとニーナの結婚記念日を祝うために、少しだけ慌ただしくなっている時。
カインが行方不明になるという事件が起こる。
彼もまた、アリティア四天王(他はアベル、ゴードン、ドーガ)と呼ばれる英雄であり、マルスの腹心、右腕と言えただけに、マルスの落胆は相当なものであった。
だが、それさえも些細な事と言える大事件が起きる。
英雄王、マルスが暗殺された。
朝、掃除をしにきたメイドサーヴァントが見つけた、驚愕に固まったマルスのその顔は、首だけが玉座に鎮座し・・・・・・
大小様々の大きさの円柱に貫かれたようなその骸の傷跡は、およそ人間が可能な殺し方ではなかった。
そして葬儀が終わって幾日も立たないというのに、ニーナは躊躇いなくそこに座って、マルスに代わって謁見を行い始める。
その傍らには、ニーナ自ら『私を全てから守る騎士、プロキオンです』と紹介された、謎の騎士の姿があった。
紫の鎧と、緑の帷子を、橙の留め具で締め付けた、悪趣味としか取れぬ姿。
竜の手によるものでなく。
人の手による暗黒時代が始まる。
続く