天使達の鎮魂詩   作:おかのん

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鏖妃の哀悼詩(ラメント) 後編 ブラッディ・メアリー

アリティアと、その兄弟国グラ。そしてグルニアを併合したアカネイア帝国。

アカネイア大陸を真っ二つに裂く様な形の国土。

 

ドルーアを占領した新生マケドニアと手を組んで、国家間の挟撃を開始したオレルアン王国。

 

だが、開戦から二週間。

 

ハーディン達は肩すかしを食らった。

アカネイア側から、講和の申し入れがあったのだ。

 

 

そして、カダインから寄せられたウェンデルの死亡報告と、続いて・・・・・・

 

氷竜神殿におけるマムクートのミイラが、誰であるかの確認がなされた。

 

ウェンデル司祭が、かつての愛弟子エルレーンに、最後の禁術によって伝えた、『氷竜神殿へ』という言葉から、カダイン魔導軍が部隊派遣を行った結果からであった。

 

 

 ・

 

 

ニーナは、変わった。

一度は自ら国を傾けたが、ハーディンの愛した、元のニーナに戻っていた。

 

戻り果ててしまったと言ってもいい。

 

全てを取り戻すという、決意の美しささえ超えて。

まるで、聖女のように見えた。

 

 

「この大陸のかつての覇たるアカネイア帝国のもと、マケドニア王国の独立を認めます」

 

講和の席で、マケドニアが望んだのはアカネイアによる『不可侵』ではなく、『独立』の祝福である。

我らは同等であると認めろということだ。

『友』となれるかもしれなくても、『敵』となるかもしれぬ事を許すという事。

それをあっさり認めてしまった。

 

しかも、完全に大きなお世話な話だが、グルニアのユベロ王子の後見をニーナが請け負うこととなった。

これで、グルニアはアカネイアの子となり、その後の独立は約束されている。

 

グラも再度独立することとなった。

しかも、アリティアの統治権をアカネイアがグラに譲り渡すこととなった上で、である。

何度も振り回されたシーマ王女はむしろ慣れたもので、「毒を食らわば皿までだ」とばかりに、今回も何も言わない。

しかし、大国の都合にいいようにされながらも、さっそうとしているその姿と、アリティアにあるマルスの墓前によく立つその姿は、アリティア、グラ、両国民に、畏敬の念を抱かせるのだった。

 

 

そもそもハーディンの挙兵は、グラとグルニアの併合という強引なやり方と、逆らう者を根絶やしにする非道に危機感を抱いてだ。

このようにおさめるのならば、戦う意味はない。

一世一代の大勝負であったはずのその戦争は、わずか二週間でその幕を下ろす。

 

 

ハーディンに、講和の条件として望むものはなかった。

なかった、ハズだった。

 

「・・・・・・近衛騎士プロキオン殿と、非公式に会談を願います」

 

ニーナにそう耳打ちをするハーディン。

 

結局その場は以前と変わらぬ交流を願うにとどまった。

 

 

 ・

 

 

会談は、オレルアンの領事館で行われた。

 

席に着くなりハーディンは、

 

「その仮面、取っていただけるだろうか」

 

といった。

 

無言で外されたその仮面の下には、予想通りの顔があった。

 

「やはり、貴殿か。カミュ」

 

考えられることではなかった。

間違いなく、黒騎士カミュは一度死んでいたのだから。

 

「オームの杖の宝玉が、発見された」

「何!?」

「エリス殿と最後に一緒にいた、猛牛と呼ばれた騎士が隠し持っていたらしい。

そして、当のエリス殿を慕っていたらしく、復活を願ってニーナ王女を訪ねたという。

そして・・・・・・

行方不明だ。

 

さらにニーナは、私を復活させる儀式を行う直前に、皇帝マルスを殺したそうだ」

 

ハーディンは、愕然とした。

よもやマルス王まで。

なんのためかは分かる。カミュとの蜜月のためには、どう考えても単に邪魔だ。

 

「私は復活した後、説得を重ねた。

だが、彼女は耳を貸さなかった。

私の犯した失敗や、幾多の謝罪、懇願をしても聞き入れてはくれなかった。

彼女の心は壊れかけていた」

 

彼女は、こう語っていたという。

 

『私はもう騙されない。あなたのためを思ってこうするのだと言った人の言うことを聞いて、私が幸せになったことなんてないわ。

だから私はあなたの言うことも聞く耳は持たない。

でも、貴方を愛したことは覚えてる。だから、一緒にいたら、私は幸せになれるかもしれないの。

私は全てからあなたを守るわ。

だから貴方は私と一緒にいるだけでいい』

 

その双眸はガラス玉のように光を映すことなく、ただ深い闇の見えるうつろなものであったという。

 

「・・・・・・誰もが、ニーナの肩書きを利用したいだけで、彼女自身の事を考えてはいなかった。

貴殿や私、マルスやボア司祭あたりは、考えなかったわけではないだろう。

しかし、それは『王女』ニーナとしての、我々の考える『幸せ』だ。ただ一人の女としての幸せは、誰も与えてはやれなかった。

私は国を選び、貴殿は振り向かせることかなわず、マルスはニーナを愛しきれなかった。

 

 

・・・・・・再び生きる事を望まれた時、私はニーナのいいなりになった。

説得は続けながらも、彼女にもう絶望の欠片も見せたくなかった」

 

ハーディンは、押し黙って聞いていた。

そして、そのくだりで口を挟んだ。

 

刺すような視線のままで。

 

「なぜ、開戦後二週間でそのニーナ様があれほど変わられた?」

 

カミュは、言いにくそうにし、そのまま答えない。

 

「いずれわかる。彼女がどういうつもりか知らないが、私は従うのみだ。

ここでも言わぬ。言えば貴殿に殺されそうだ。

しかし、気づいているのだろう?」

 

多分、というのはある。そうであって欲しくはないが、それなら説明がつく気がする。

 

そして、そうならこいつを殺したい。

 

勿論、それに耐える分別くらいある。

 

 

 ・

 

 

 

そして、その日の夜。

 

ニーナは、自分の寝室で、何者かの気配を感じた。

 

「・・・・・・誰?」

 

「僕を、覚えてらっしゃいますかね?」

 

「! ・・・・・・『風の聖剣』マリク!?」

 

マリクは歯を見せて笑う。

 

「ふん。あのまま毒婦でいればよかったのに。

しかし、遅い。

 

アンタの為に流れた血はもう戻らない。どんなものでも贖えない。

誰が認めても、僕が認めない」

「何を・・・・・・!?」

 

その豊かな乳房に手をかざしたマリクは、火の玉を生み出し、その胸を焼く。

乳房にある脂肪が焦げて削げる匂いと共に、ニーナが絶叫する。

 

「ぎゃあああああああああああああっ!!!」

「ふん。乙女の悲鳴を絹が裂けるような、などというが、やはり毒婦の叫びでは、豚の絶叫でしかないな。聞き苦しいことこの上ない」

「ぎ、がぁ・・・」

「豚にしてやれないのが残念だがね。せめて化物になりはてろ・・・!!」

 

醜く歪んだ彼の顔は、ガーネフもかくやという悪鬼のそれであった。いや、元が端正な顔だけに、その歪み方が凄惨だ。

血だまりとなった心臓の上に、マリクは拳大の宝玉をおいた。

それはまるで溶けるように根を張り、ニーナを別の生き物にしていった。

 

「ぐごっ! うぎぃ・・・

がガッがああああああああああああああっ!!」

 

それは。

 

所々に竜の面影と人の片鱗を見せるものの、いや、半端に残すからこそ耐え難い嫌悪感を振りまく異形。

 

まるで竜と人間を同じ大きさに見立てた縮尺の狂った人形とぬいぐるみを、部位ごとにバラバラにしたものを子供が無茶苦茶にくっつけたような。

 

ただの、化け物であった。

 

 

 ・

 

 

王都は悲惨なほどの混乱に陥っていた。

 

半壊したパレスでもがいている異形。

それがニーナだとわかったのは、やったマリクと、駆けつけたハーディンとプロキオンだけだった。

 

「ニー・・・・・・ナ」

 

カミュとハーディン、どちらのつぶやきだったのだろう。

そしてどうでもいいことだった。

 

サイズが竜であるだけに、巨人と竜が混ざった異形。ねじれた胴体に腕と足が互い違いになって、仰向けの状態のように大地を踏みしめる。

 

「ガトーの持っていた竜石をいくつか溶かして固めた禁断の竜石。くくく。ここまで出鱈目な事になるとはね」

 

「マリク殿!?」

「もしや・・・・・・これを貴殿が!?」

「そうですよ。あの毒婦にこれ以上好きにさせるか。今まだ生きている事も害悪でしかないようにしてやった。

く、くは。くはは。くはははははははははは」

 

「なぜ、こんなことを・・・・・・

彼女は、変わった。この大陸を守るにふさわしい聖女たろうとしていたのに」

「それで今までのことが無かった事になるとでも?

死人に口なしとはよく言ったものだ。

許せるとでも?

僕の許嫁たる、エリス様は、この世にたった一本の死人を完全に蘇らせる杖『オーム』を使ってしまったことで、もう絶対に復活しない。

皆、あの戦いで愛しい人、親しい人を失ったのに。

あの女は、僕のエリス様を差し置いて、あんたを復活させた。

納得できるわけがあるか。

僕のエリス様がもう二度と・・・・・・っ

 

納得できるわけがあるかぁっ!!!!

 

しかも! あの女、自分が好きにやるために、マルス様まで殺した!!!

僕の親友で、支えるべき主たるマルス様をだ!!!

潰れかけのオレルアンと心中しかけていた所を、マルス様に助けられ、アカネイアを取り戻してもらい、ドルーアを倒してもらい、自分は何もせず全てを手に入れておきながら、最後には誰も彼もをボロ雑巾でも捨てるかのように排除しやがった!!

 

こんなクソ女は、大陸で一番醜い死に様でのたれ死ねばいいっ!!!」

 

二人は。

ハーディンとプロキオンは、沈黙した。

マリクの言うことも自分勝手な理屈に過ぎない。

だが、ニーナのしてきたことも、贖いきれるものではないのは二人もよくわかっているのだ。

 

「・・・・・・殺そう」

 

そう言ったのはプロキオンだった。

 

「貴殿のことだ。倒すことまでは考えていても、救う方法など考えていないのだろう。

であれば、放置は出来ない、方法を探す暇などない。

 

・・・・・・殺すしかない、彼女を」

 

マリクはにやりと笑った。

 

「あなたが一番渋るかと思っていましたが。

まあいい。そしてご慧眼だ。

じゃあ、その役目はあなたに譲るとしましょう」

 

そう言って、マリクはフラスコに入った赤黒い液体を取り出した。

 

「それは?」

「ガトーの血」

 

っ!!!!!!!!!!!!!!!!

 

「効果のほどはあのクソ女が実証ずみです。ガーネフを殺したのも、カインやマルス様を殺したのも、仮死状態のチキからありったけ抜いた竜の血のチカラだ。

ほら、ここに地竜石がある。飲んでからそれを持てば、貴方は人でなくなれますよ」

 

プロキオンはためらわなかった。

むしろ、ハーディンにやらせてなるかといった気持ちがあった。

 

ガトーの血を一気に飲み干し、地竜石を奪い取って、プロキオンは地竜へとその身を変えた。

巨人と竜を粘土細工のように丸めて固めたような異形と、地竜が、崩れ続けるパレスでどつき合った。

 

 

冗談のような光景だった。

 

 

 ・

 

 

思えば、ニーナ王女の人生とはなんだったのだろうか。

国を奪われ、家族も知己も民も殺され、かなわぬ恋に溺れ、傀儡となりそれでも国を取り戻したと思えば、お飾りとなり世継ぎをせがまれ・・・・・・

 

何一つ自分で選べず。

だれかの都合に振り回されるのみ。

自分で望んだことを叶えようとすれば、全ては非難の対象だ。

 

(ニーナ)

 

その責の一端は確実にカミュにもあった。

叶わぬ恋と知りながら、最後には彼女より国を選ぶ自分を自覚していながら、結局都合のいい時にだけ彼女の心をかき回した。

 

(すまない)

 

許せとは言わない。ともに落ちよう、奈落に。

ただ、その前に。

 

 

 

 

 

ニーナを再び聖女へと戻した、その存在だけは。

ただのまっさらな、でも、まごう事なき『君』は。

 

君は私の。

 

私の・・・・・・

 

 

 

(愛される事を願おう。それだけは許してもらおう。いまだ何もなさぬ『それ』まで神は罰しまい。

我らが見守ることはかなわないというなら、既に罰はある)

 

ゴキィ

 

その腕で、地龍のその太い腕で異形の首らしき部分をへし折る。

めちゃくちゃに混ざっているだけあって、体のうまい使い方が出来ておらず、その異形は、暴れる分には力が強く、人が御せる大きさではないが、同じサイズになると、てんで弱かった。

 

 

プロキオンは、龍の首についていた、そこだけは人間と同じ大きさである胴体を引き裂いた。

 

そして。

 

中の臓器を引っ張り出すと、そっと地面に置いた。

 

 

 

ハーディンには、それが何かわかった。

 

間髪いれず。

 

 

 

ぞぶり。

 

「がああっ!!!!!!!!!!!!!」

 

ハーディンは、マリクの心の臟を貫いた。

 

 

「・・・・・・ニーナの犯した罪は償えぬだろう。何らかの罰があってしかるべきだろう。

それでも・・・・・・

 

貴殿の誅には、正義は見えぬ」

 

「くっ・・・ が・・・ ま あ いいですよ。

しかしそれな ら・・・・・・

 

あな た の 罰は、どなたが 下します かね」

「既に受けている。貴殿に説明する義理はない」

「冷た い なあ。 でも まあ い いや。

こんな せか いに 未練 は も う  な」

 

もう一度血を吐いて、マリクは絶命する。

 

目の前では、今のを見届けたと言わんばかりに吠えた地竜が、自らの喉を引き裂き、半壊したパレスに倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

その日。

 

弱々しい猫のような鳴き声が、パレスの夜に静かに響いていた。

 

 

 ・

 

 

 

・・・それから、12年後。

 

ハーディンが後見を兼ねて座っていた、皇帝の椅子を返上。

正当なる後継とされる、メアリーが即位した。

 

いまその即位式が終わったところであった。

 

「・・・・・・お父様」

「美しくなったな、メアリー。

お前は・・・輝いていればいい」

 

マケドニアでも、そろそろアレス王子が即位するはずだ。

顔立ちはエストのような可愛らしいくりくりとした目をした、笑顔の心地よい少年なのに、そのやんちゃぶりと真っ赤な髪は、ミシェイル王子に生き写しであると評判だそうだ。

 

この十二年、ハーディンは善き皇帝であった。

 

 

あの日。

 

真実を見た者はごくわずかであり、その場にいたものはその場で手にかけた。

 

事の真相はハーディンしか知らなかった。

 

ニーナ王女は、パレスを襲った、ガーネフの作った化け物の手にかかり殺されたことになっている。

あの地龍は賢者ガトーの真の姿ということになり、アカネイア大陸の混乱は、地竜どうしの勢力争いのとばっちりであるということになった。

それで失われた尊き命を思えば、いかに人間が愚かしい戦を続けてきたのかを問われることになったのだ。

 

そして。

 

腹を引き裂かれたニーナがそれでも守ろうと、自らの子宮を抱えたままハーディンに駆け寄り、まだ未熟なその子を託したこととなっている。

その逸話から、ニーナはあくまで母であり聖女であったということで、世間は落ち着いた。

 

 

それ以前の凶行は、全てプロキオンの仕業とされた。

これも、ガーネフの送り込んだ亡霊騎士で、アカネイアの転覆を目論んでいたのを、ニーナは宮中でたった一人、見えない戦いをしていたという事になった。

その聖なる力でプロキオンを押さえ込み、プロキオンと同じような存在が他の国家にもはびこってはいないかと確認するために、多少強引な併合をして、監視下に置こうとしていたのだとも。

 

一気に決着をつけるため、ハーディンと通じて、大戦争を開戦し、その時おかしな動きをしたものを徹底的に調べ上げることでガーネフの手の者をあぶり出し始末した。

そしてガーネフ自身の亡霊にも止めをさした。

だからこそあの戦争は、宣戦布告しただけで、二週間後には講和が成立し、ニーナ様は平和に向けた政策を取り始められたのだ・・・ということになった。

プロキオンがまだその時いたのは、余計な混乱を防ぐための影武者であったということになった。

そしてガーネフが、自分が滅びた時に、もろともにこの大陸を滅亡させるつもりで作った魔物が覚醒し、ニーナはその手にかかってしまったのだ。

 

 

全てハーディンの考えた大嘘だ。

 

しかし、世間はこれで全ての謎が明らかになったとばかりに、ハーディンの語ったこの話は瞬く間に広がった。

 

カミュを欲したために騎士カインを殺し夫マルスを殺し、世を混乱に陥れた毒婦は、この大陸をガーネフの亡霊から守るためにたったひとりで戦った聖女であるとされた。

それも知らず悪口の限りをつくしていた者はなりを潜め、称える声と自らの無知を恥じる懺悔が聞こえた。

 

その忘れ形見を託されたハーディンは、その嘘の後ろめたさから逃げるために、良き父であり良き皇帝であり、全てを民とその娘、次期皇帝の彼女に捧げた。

彼女にいずれ継がせる国に、一片の曇りもあってはならない。

 

 

彼女は、まさにニーナとカミュの子であった。

 

二人とも目元の涼しげな、ふわりとした金色の髪であったために、どちらにも生き写しに見えた。

しかし、彼女はマルス王子の子となっている。

 

マルスの忘れ形見であり、ニーナの忘れ形見であるとなっているのだ。

 

幸い、マルス王子の面影がないことに関しても、残念に思う声が聞かれても、不信の声は聞こえない。

ニーナに似すぎただけであることになるだけだった。

 

愛しき人との子が、生き続け幸せになる。

その意味では、ニーナは幸せをつかみ、ハーディンは彼女に尽くし続ける事が出来たと言えるだろうか。

 

 

即位はつつがなく終わり、アカネイア帝国は二代目を迎える。

 

子宮から取り出された時に、自ら絶命した、地龍に姿を変えたカミュの返り血を浴びて血まみれであった彼女は、しかしその血さえ、『ニーナ王女が命懸けで我が子を守った証』とハーディンが言った為に、その赤を神聖なものと捉えて、彼女のドレスは赤を基調としたものになっている。

ふわりとした金髪にとてもよく似合い、美しい。

 

彼女は、『ブラッディ・メアリー』と呼ばれ、アカネイア国民に深く愛されることとなる。

 

その意味通り、神聖な血とされる事。

そして、ハーディンだけが知る、血みどろの愛憎劇から生まれた、まさに『血まみれの女帝』であるという、因果な二つ名だ。

 

この子は、何も知らない。知らなくていいし、知るべきではない。

 

この身がどうなっても構わない。

でも彼女が、幸せであるように。

ハーディンは、それだけを願った。

 

そして、即位をしたからには、聞かねばならぬことがあった。

『後継』と『伴侶』である。

女帝である以上、伴侶を見つけねばならない。

どこの馬の骨とも分からぬものにするわけにはいかない。大陸を統べる女帝の相手なのだ。

 

それでも。

出来るだけ希望は聞いてやりたかった。

 

そうしてやれなかった為に、あれほど歪んだニーナ王女を知っていればこそ尚更に。

 

 

二人だけになった時に、その問を口にした。

 

「メアリー、お前は・・・・・・その。

 

好いている男はいるか?」

「お父様が好きです。大好き」

「・・・・・・ありがとう。しかし、そういう事ではない。

女帝として即位した以上、その血を紡ぐのは最も重要な役割となる。

その相手となって欲しいと思う、伴侶を選ぶ話なのだ」

「ですから、お父様です。

お父様が良いです。でなければ絶対に嫌です。

お父様ほど私の事を考えてくださる殿方は知りませんし、いるとも思えません」

 

ハーディンは、鳩が豆鐵砲でも食らったような顔をした。

 

これも、因果応報というのだろうか。

 

さらに言えば、王族の間なら、これくらいの年の差は大したことでもない。

ハーディンは養父であることから倫理上の問題を互いに無視するなら実質の問題が霧散する。

 

目の前には、ニーナがいた。

穢れを知らぬ、まっさらな・・・・・・

 

いや。

 

この娘は、メアリーだ。

ニーナの、子だ。

 

そして。

 

 

愛娘の。

 

 

 

 

 

「・・・・・・私以外の男に目を向けろとは言わん。

だが、まだお前は12だ。

私にとっては、本当に娘にしか見えぬ。

せめて後、5年はたたんと、私につりあわぬよ。

そして、私がお前の母に恋に落ちた時の姿を思えば、もう5年は足りぬ。

 

焦ることは、ない。

私のまぶたの裏に、お前以外の女が居座ることはないだろうから。

ただ、忘れるな。

私は、お前が幸せそうにしていさえすればそれでいい。

私が皇帝であった月日は、その為にあったのだから」

 

 

ええ、そんなこと、わかっているわとでも言うような、いたずらっぽい微笑みを浮かべて。

それでもはにかんで口元を隠す愛娘に、ハーディンはすでに心を奪われていた。

 

 

 ・

 

 

そして四年後。

 

メアリーはハーディンを伴侶として迎え、翌年第一子、イリスを産む。

黒髪のニーナといったところで、娘ながら文武ともに秀で、将来が楽しみであった。

その後もキュルケ、セレネ、レトと、娘には恵まれるが、世継ぎは生まれずじまいであった。

 

 

さらに17年後。

 

マケドニアのアレス王子を兄のように慕ったイリスは、そのまま恋に落ち、二人の相愛を理由に、マケドニアはアカネイアに統合された上で、アカネイアはアカネイア神聖帝国三代目皇帝にアレス王子を迎える。

イリスとの婚姻は数日に渡る式と共に祝福された。

 

 

これにより、アカネイア大陸は、同じ名を持つ帝国によって統一された。

 

 

 

 

メアリーがアカネイアの恒久の繁栄を疑わずにこの世から去って数年。

 

 

ファルシオンの使い手の血脈は途絶えたまま、100年の後には、メディウスの復活は時と共に為る。

彼女の崩御は、それと重なった。

 

 

封印の盾失われしこの時に、それは必然と言えた。

 

しかし、ファイアーエムブレムの真の意味を知る者もおらず、オーブの行方も解らぬ上に、星の欠片より星のオーブを生み出す秘法も持たぬ人間が、暗黒竜に立ち向かう術があるのか。

 

 

氷竜神殿で静かに眠るチキだけが、唯一の希望たり得た。

 

だが、彼女にした仕打ちを思えば、チキが人のためにメディウスを倒そうと戦うかどうかはわからなかった。

 

 

しかしそれは、時の流れの中、あの時代を駆けた英雄達には、なんの関わりもない物語であるといえた。

 

 

 

  終劇

 

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