「・・・ナさん。 ・・・レナさん!」
まどろみが薄れてゆく。意識を取り戻しても、そこは薄闇。
牢の中だ。
「・・・ジュリアン」
ここはサムシアンの根城の奥。デビルマウンテンの洞窟だ。
「どう・・・したんだい? ・・・泣いてた・・・?」
「ごめんなさい。少し、昔のこと思い出して」
ジュリアンは水を向けてきたが、レナは話す気は無かった。
解ってもらえるとは思えないし、信じてもらえないと思うから。
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レナは幼少期をグルニアですごし、マケドニアに移り住んできた。
そして、彼に出会う。
ミシェイル王子である。
まだ青年のころ。レナもそんなころ。
いきなり火竜で乗りつけ、話の出来る者を出せといわれた。
遠乗りの途中で竜が腹をすかせたので、エサを徴発するというのだ。
腹をすかせてない日が無いような孤児院兼教会。
ヤギが2匹いるが、それがいなくなるようなことがあれば、明日にでも飢えて死ねそうだった。
わけを話して断ると、不機嫌そうにしたものの、解ってはくれた。
オレが誰か知っているか、と言うので、そのまま答えると、どこを気に入ったのか、その後度々教会に来るようになった。
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ある春の日、いつものように焼き菓子などを持ってきて、子供らに配る。
話をしたいと言われて、丘のほうに連れられる。
プロポーズだった。
一国の王子であり、英雄アイオテの再来と呼ばれる青年の求愛である。
また、感謝しろだの光栄に思えだのと倣岸不遜なことを並べ立てているが、ほのかに頬にさした赤みが可愛らしくさえある。
子供らの為の差し入れをもってきたり、多少は草花の見える丘まで連れてきたりと、以外に素朴で、優しい。
彼の立場なら攫ってきても面と向かって文句を言う者もいるまいに。
結局、孤児達がもう少し育ち、ここを任せられるようになるまでは待って欲しいと言うと、気障な仕草で抱き寄せられた。
優雅なくせに、心の臓の音が響く。
そんなことも嬉しくて、彼の胸に耳を当てた。
背にある手にまた少し力が入った。
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蜜月は長くは続かなかった。
暗黒戦争の序章。ドルーア帝国の復活だ。
アカネイアの危機管理能力はこの大平で無に近い。
援軍を頼んでも、属国扱いのマケドニアにまともな援助は期待できない。
マケドニアには良質の鉄鉱山があるが、土地が痩せすぎていて作物が上手く育たない。
それをいいことにアカネイア貴族と彼らに通じる商人たちは余りものの食料を法外な値で買わせ、唯一の特産、鉄を二束三文で買い叩く。
この関係に辟易していたミシェイルは、ドルーアと手を組むふりをし、グルニアのカミュと通じ、アカネイアを奪った後ドルーアを滅ぼし、この大陸を手に入れる計画を立てる。
反対した父王を殺し、末の妹マリアを人質としてドルーアに貢ぎ、同時にその事実を楯にミネルバを縛りつけた。
このことはレナも勿論知り、婚約破棄の要因となった。
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「・・・どうして、こんな・・・」
「・・・他に選択肢など無かった。このまま黙っていてもドルーアは攻めてくる。
だがアカネイアのやつらは戦の物入りに乗じてさらに食料の値を上げるのが目に見えていた。
竜族の脅威をしっかり見据えて、人が一丸とならねばならぬときにだ!」
「だから、帝国と共に聖王国を滅ぼすの・・・?」
「アカネイアのやり方は判っているだろう!?
搾取され、虐げられ、挙句の果てに足を引っ張られて、それで真っ先に地図から消えるのはこの国だぞ・・・
そんなことが受け入れられるかっ!!!!!」
「それでも貴方は、人を殺しに行くのでしょう・・・
確かに、今あの子達がひもじい思いをしていることに、アカネイアの身勝手は大いに関係しているわ。
でも、貴方のしようとしていることは戦争よ・・・?
村は焼かれ、作物は奪われ、誰も彼もが死んで、子が泣き叫ぶあの地獄を作り出して、何が救われるの・・・・!?」
「オレはこの国を・・・」
「どこでおこっても一緒よ・・・!」
本当はレナにも解っていた。ひとまずドルーアと手を組まねば、マケドニアが滅びるのだ。
ミシェイルは野心だけの男でないのはレナが誰より知っている。
それでも、もう一緒にいられない。
そばにいれば、レナは泣き伏して生きずにはいられないだろう。
そして、ミシェイルは、愛するものが自分のしたことで魂を削られゆくさまを見てゆく事になる。
別れるしか、ないのだ。
「・・・きっと、人の世を取り戻してみせる。
竜におびえずとも、大国の理不尽に泣かずともよいように。
その時になら・・・」
「・・・ええ」
そう答えながら、レナはもう断ち切っていた。
たとえアカネイア貴族が間違っていたのであっても、アカネイアの人々は、帝国と手を結び祖国を滅ぼしたマケドニアという国を許さないだろう。
少なくとも二人の命ある間に、ミシェイルの理想とした国は作れまい。
レナは今を見抜けていないが、未来を見据えていないのはミシェイルのほうだった。
自分こそ理不尽なモノに対する怒りから親殺しまでしておいて、どうして滅ぼされた国の人々の、未来の憤怒を理解できないのだ。
・
レナが婚約を破棄したことは広まってしまう。
人の口に戸は立てられない。
まだ年長の子でも頼りないが、自分がここにいる事の方が危ない。
レナは脱走、国境を越え、人々を救いながら旅を続ける。
そして・・・
・
盗賊の青年に手を引かれ、夜の山をただひたすらかけてゆく。
ジュリアンが何故そうしてくれるのか解らなかったが、今はただ、走る。
「きゃんっ・・・」
「レナさん!?」
数日牢にいたこともあって、体がいうことをきかない上に、夜の山である。
致命的だった。文字通りに。
あっという間に追手に囲まれ、逃げ道も無い。
幸い、ジュリアンは逃げ延びたようだった。
ひときわ瞳の冷たい傭兵剣士が、微かに顔をしかめた。
「可哀想だがな。死んでもらおう」
一撃目を何とか避けたが、地面に転がってしまっては次は避けられるはずも無い。
逆袈裟に切り付けられ、枯れた血が噴出す。
「神よ・・・ 貴方の・・とへ・・・」
辺境の女神の、救われぬ最後。
ごめんなさい。ミシェイル。
ジュリアン。
マチス兄さん・・・
・
彼女につかの間の休息さえ許さなかった神に祈り、それで得たものは何だったのだろうか。
ただ、竜を乗り回すことに興味を持っていただけに見えた王子が、国を憂い、本当の意味で自分を磨き始めたのは青年のとあるころ。
後世の歴史家の間では、かの王子の評価は親殺しや野心家というだけではない。
風前のともし火であった国をまとめ上げたその辣腕とカリスマは、この時代では五指に入る。
ミシェイル王子の存在が歴史に与えた影響は、けして小さくなどない。
終