ガーネフの魔導器より救い出されて数日。
ドルーアの本城に攻勢をかける中、エリスはマルス達と共に戦場にいた。
ガーネフが死んだとは思えない。
警戒はいくらしてもし足りなかった。
マルスとマリクは前線に出ている。
魔法は竜にも有効な為、マリクの力は必要だった。
しかし、やはりエリスは心配だった。
マリクは親同士の決めた許婚だ。
ちょっと特殊で、でもちゃんと好きだった。
初恋では、なかったけど。
・
エリスはお転婆姫であった。
木登り、剣術、かけっこ。
およそ男の子の遊びはたいていやっていた。
マルスは少し病弱で、遊び相手として物足りない。
そんなおり、貴族の妻だった親族が、夫が内乱で戦死したらしく、出戻っていた。
子連れという話も聞いた。
アカネイアで教育を受けたというからには、子息は鼻持ちならないエリート崩れなのだろう。
興味もなかったし、取り繕うくらいは出来る。
せいぜいこちらに興味を持たれない様にしよう。
そのくらいであった。
・・・許婚の話を聞くまでは。
・
「お父様っ!!!!!」
エリスが肩をいからせて歩くのは珍しくもない。
何の話かも解っているし、コーネリアスはそのまま「わかっている」と告げる。
「即刻断って下さい」
解らなくもなかったが、コーネリアスにも考えがあった。
「ならお前が言ってこい」
「出来るはずがありませんわ。だって・・・」
「確かに失礼だが、相手に断らせたらもっとまずい。むこうが王家に無礼を働いた形になる。
こちらもそれくらいのリスクを見た上で決めた。四の五の言わずに一度会え」
「私の気持ちはどうなるのです!?」
「だから嫌なら断れ。それならそれで私がフォローしてやる。わしの眼鏡にはかなったのだ。後は当人同士の問題だ」
・・・・・・・
「解りましたわ」
・
アカネイアで過ごしたと聞いて、キツネ目の、実力の伴わない自信家を想像していた。
コーネリアスの眼鏡にかなったと聞いて、筋肉質の重騎士か傭兵のような男だと想像しなおした。
近々会いに行かねばなるまい。
そういえば名も聞いていない。
心底興味がなかったのだ。
しかし、考えざるを得なくなったことで、エリスはいろいろ思案をはじめた。
別に結婚をしないつもりはない。
だがせめて自分が好きになった人がいい。
私が、好きになる人・・・
よく父に似た人を、というが、ピンとこない。
そもそもコーネリアスは親である前に王だ。母も子も愛してくれるが、国を優先させる。
この話を蹴れば、数年後どこに嫁にやられるか解らないとなれば、相手次第では妥協して親戚と・・・
いやいや、その選択はまだ早いだろう。
次に身近な男性といえばマルスであった。
我が弟ながら可愛らしい。頼りないのは目をつぶるとして、あんな子ならとりあえず文句はない。
あんな子、なら・・・
?
そういえば今日も庭にいるのだろうか。
草木や花が好きな優しい子なので、たいていこの辺で遊んでいるのだが・・・
いた。
・・・・!?
「マルス」
声に振り向き、自分を見つけて駆け寄ってくる。
「姉上! 父上との話は」
「・・・まあ、とりあえずは会うしか・・・ところでマルス。この子は?」
そばには緑の髪の、可愛い娘がいた。
「さっき友達になったんです」
「よ、よろしくお願いします」
真っ赤になって頭を下げてくる。
「まあ、マルスも隅に置けないわね」
二人がきょとんとする。難しかったか。
「可愛いガールフレンドが出来たのねって」
マルスが吹きだし、女の子は泣きそうな顔をする。
「違います姉上。マリクは男の子です。
さっきね、僕はちゃんとマリクを男だって解ったのにマリクってば僕を女の子と間違えたんです。
仕返しに、君こそ女の子みたいだって言ったら怒っちゃって。だから姉上に見てもらおうって話していたとこだったんです」
それは悪いことを言った。
が、こういうのはマルスで慣れているので、下手なフォローはやめておく。
気を使う方が向こうを惨めにしてしまう。
エリスはマリクを見て、思いついた。
とてもいい考えだと思った。
「ねえマリク。私と結婚してくれないかしら」
「あ・・・・・・ はい!」
ちょっとびっくりさせるつもりで大胆な事を言ってみたが、意外に素で即答された。
実はよく言われたりして慣れてるとかだろうか。
「私ね。出戻りの親戚の息子との婚約話があるの。
そいつはアカネイアに居たらしいんだけど、私、アカネイア貴族の、何も出来ないくせに欲深なあの感じが大嫌いで。
住んでたからにはそういうやつだろうって印象があったからこの話イヤでしょうがなくって。
お父様の眼鏡にかなったって聞いたから、
さすがにそこまで酷くないかもとは思いなおしたけど、それならそれで脳まで筋肉で出来てそうな武人の可能性が出てきちゃうのよ」
マルスが口を挟む。
「姉上。もしかして・・・会ったこともない人との婚約がイヤで、マリクと結婚したいんですか?」
なぜかやたらといい笑顔をしている。
「やっぱり旦那様は優しくて知的な人がいいわ。マリク君なら顔も好みだし、優しそう。
私の為なら、勉強くらいしてくれるでしょう?私のこと、気に入ってくれたみたいだし」
我ながら図々しいとは思うが、このタイプには押しの一手だ。
「頑張れマリクー。
嫌なら嫌って言った方がいいよー」
マルスが棒読みでからかってくる。
「嫌だなんて失礼ね。でも一応聞くわ。マリク。私じゃイヤ?」
「とんでもないです! ぼく、頑張ります!絶対にエリス様を幸せにします!」
「ほんと? ありがとうマリク!」
数日後、マルスのやたらといい笑顔の理由が判明する。
出戻りの親戚の隣には、先日女の子と間違えた婚約者が居た。
・
奇妙な縁だったが、問題はなかった。
ただ、ガーネフの魔導器にいたときのことは・・・
とても、話せなかった。
進軍が止まった。
険しい山があるので今日中に迂回せねばならない。
今止まるという事は前線で戦闘があったのだろう。
後続のこちらもあわせねばならない。
「エリス様」
カインだ。
「何?」
「・・・聞いて頂きたい事が」
気分が優れないといって、カインと二人で茂みの中に行く。
「どうしたの?」
「・・・俺は、エリス様をお慕いしています」
・・・・・・!
「そう・・・」
マリクとは、相思相愛だ。親族と騎士では勝負にもならない。
解った上での告白なのだろう。
気持ちに答えたくないわけではない。長年仕えてくれた有能な騎士だ。
エリスに相手がいなければ可能性はあった。しかし、マリクで『決まって』いるのだ。
どうしようもない。
ひとつ、思いついた。
少し卑怯かもしれないが、カインはそれを感じ取れないだろう。
「カイン。私の命を一つあげる」
カインは怪訝な顔をする。
「これ・・・ 知ってる?」
「オームの杖・・・ ですね」
エリスは先端についている宝玉を外した。
「・・・?」
「この杖の宝玉をライブのものとすりかえるわ。オームの宝玉を、貴方にあげる。
王家の血の濃い者にしか使えないとされてるから使える人は少ないけど、皆無ではないわ。
ニーナ様あたりも使えるでしょうし。
宝玉を貴方が持っているってことは、貴方が望まない限り、誰も生き返らないってこと。
だからね、もし・・・
私が死んだら、私は貴方の物よ。
マリクに奪われるのがイヤなら、死んだままに出来るの。
・・・そのうち彼にも新しい恋人が見つかるでしょう。
それまで待つというのも手かもね」
これは、エリスが死ななければ意味のない下賜。
だからこそ、丸め込むためにそうした。
だが・・・
ヒュオウッ!!!
「かはっ・・・!!!」
「エリス様!!!?」
越えることなど出来ないと思っていた山脈。
どこか、通じていたのか。
弓兵の一団が現れ、後続部隊への奇襲がされた。
(なんてこと・・・)
助からないと、自分でわかった。
これでは、カインがもし決意してしまえば、詭弁のとおりにオームが使われないという可能性が出てくる。
本当に命を一つ、下賜してしまったことになる。
けれど。
(それも、いいかもしれない)
どのみちエリスは、婚約を破棄せねばならぬかも知れなかった。
エリスはもう、子は産めない。
ガーネフの人体実験などの影響で、子宮が潰れてしまっているのだ。
マリクに、家族を作ってあげられない。
幸せに、出来ない。
彼は、誓ってくれたのに。
オームはそれらを治してくれる可能性が高かった。
後天的な外部からのイレギュラーまで再生させるとは思えないからである。
『今の私』が死ねば。
マリクは、どちらにしても幸せになれる。
後は、カイン次第だった。
「マルス・・・ 幸せにね・・・」
あの日。
隣のマリクを女の子だと勘違いして、思った。
誰よその女!!!
と。
知らないうちに、実の弟に恋をしていた。
それが、初恋だった。
気付いた瞬間に自分自身に絶望して、でもすぐにまた恋をした。
その女、に。
私は、ちょっと特殊だった。
でも、問題はなかった。
形はともかく、愛していた。
ちゃんと、愛されていた。
(しあわせにね)
二度目は、言葉にならなかった。
・
オームの杖の件は、メディウスを倒すまでは保留とされていたが、すぐにすり替えが判明。
一度ジュリアンが持ち出したこともあり、さらに証拠は出ずじまいとなった。
彼女の笑顔を取り戻す道と、彼女の命を手にする道。
どちらを選ぶかは、カインの中にしかない。
終