ダンジョンに番長がいるのは間違っているのか? 作:ジャッキー007
退職に伴う引越しや再就職活動を経て久々の更新ですが…稚拙な表現で申し訳ありません。
これを出していいものか散々悩みましたが、もし筆が乗れば加筆修正を行う所存であります
それは、地下迷宮の中でも入り組んだ、誰もが気づかない場所でひっそりと生まれた。
ダンジョンから生み出されたモンスターは、神々とその眷族である冒険者に対する敵意、憎しみを持つと言われている。
だが。
『それ』は、ヒクヒクと鼻を動かしまるで何かを嗅ぎ分ける仕草を見せると、ゆっくりと動き出した。
迷宮都市オラリオ。
世界で唯一の地下迷宮を持つ街は今日も賑わい、街道を挟むように並ぶ露店では、客を呼ぶ声が飛び交っている。
「タケシさん…!」
下駄を鳴らしダンジョンへ向かっていると、背後から呼びかける声が聞こえた。
つい最近、よく聞く声に振り返ると其処に居たのは以前ナンパから助けた女性。
「…アンナか」
件の女性…アンナはあの後、街の人から俺の事を聞き、わざわざファミリアまで礼を言いに来たのだ。
そこで終わればまだ良かったのだが…それから、街で会う事があればダンジョンでの事や日頃の話をするようになり…いつの頃からか、拠点に顔を出しては差し入れとして弁当を作ってくるようになっていた。
「今日も、ダンジョンですか…?」
「あぁ…お前さんは、店の手伝いか」
行く方向が途中まで同じなのか、二人並んで街を歩く中、ちらりとアンナの横顔を見る。
「分かってるだろうが…」
「移動するときは、人通りの多い所を…ですよね」
何度も言われているからか、微かに頬を膨らませるアンナを横目に、バベルへと二人歩みを進める。
「あぁ…と、ここまでだな」
気がつけば、バベルの入り口前まで来ていた俺はアンナへ背を向けてダンジョンへと向かう。
「タケシさん!」
そんな時、背後からアンナの呼ぶ声が聞こえた。
「…無事に、帰ってきてくださいね」
振り返った先に居る彼女は、何処か不安そうな顔で俺を見てそう言った。
タケシがオラリオに来て今日で3ヶ月、ファミリアに入って2ヶ月が経つ。
今日も今日とて、アイツは一人でダンジョンに行って…その間、ウチは主神として目を通さなアカン書類を片付ける傍ら、異世界の事について調べ物を続ける。
せやけど…。
「ぁ〜…全く解らへん」
書斎から他の神に気づかれんような場所、くまなく探しては見たけど異世界についての情報なんてもん、これっぽっちも見つからんかった。
それだけでも頭痛の種っちゅうのに…。
「ロキ、ちょっと良いかい?」
机に置かれた紙を手に取ったのと同時に、フィンが部屋へ入ってきた。
「お〜、どないしたんや?」
「タケシを知らないか?」
フィンの口から出た頭痛の種の名前に思わず苦笑する。
タケシがファミリアに来てから、フィンもガレスも…意外にも、ベートも変わった。
指摘すれば皆口を揃えて否定するやろうけど、男衆は皆タケシに負けんよう今迄以上に己を研ぎ澄ませている。
「タケシやったら、ダンジョンに行ったで」
その事を嬉しく思いながらフィンの問いに答えると、何やら深刻そうな顔をして自身の手を見始めた。
「…何かあるんか?」
「…さっきまでは何とも無かったんだけどね」
「タケシがダンジョンに行った時からか、親指が疼きだしたんだ」
フィンの親指が疼く…その意味する所を知らんもんは、ファミリアには居らん。
「彼なら大丈夫と思いたいが…何人か手の空いてる者をダンジョンに向かわせるよ」
足早にフィンが部屋から出て行くのを見送るや、ウチは手元にある紙…タケシのステイタスが書かれた紙を見る。
そこに記された数値は…冒険者になって僅か2ヶ月で、レベル1では頭打ちになっていた。
「…おかしい」
ダンジョンへ降り、辺りを見回して小さく呟く。
普段ならモンスターが出現しても不思議ではないポイントまで来たが、一向に壁から現れる気配がない。
まるで、何かに怯えているような…そんな違和感を抱えていた矢先の事。
「…っ!」
突如、背中に氷を入れられ…同時に心臓を直に掴まれたような、ゾワリとした感覚が襲ってきた。
今起きている出来事と、何か関係が…そう考えていたその時。
ゆっくりと、『それ』は現れた。
ズン、と地面を微かに揺らすほどの力強い一歩とともに現れたそれは、何かを探すように鼻を鳴らし辺りを見回す。
そして…俺の姿を視界に入れた瞬間、ニィ…と口元を歪め嗤った。
剛士がダンジョンへと潜って数刻の時間が過ぎた頃、バベルに数人の冒険者で構成されたパーティがたどり着いた。
彼らは皆、フィンによって休みであった中招集された面々である。
「それで…何処にいるんすかね、タケシは」
そんなパーティの中でも一際異彩を放つ平凡な見た目の青年…ラウル・アーノルドが辺りを見回しながら呟く。
「分かるわけないでしょ。ダンジョンから出てきてないのは、確かだけど…」
ラウルの言葉に返事を返しながら、猫の耳と尾を持った猫人の女性…アナキティ・オータムは同様に辺りを見回し特徴的な剛士の姿を探す。
「おい、聞いたか?さっきの話」
「あぁ…上層でミノタウロスを見たってんだろ?本当かよ」
偶々横を通り過ぎた冒険者の話す言葉が、パーティのメンバー達の耳に届く。
一瞬、冗談だという内容だった。
中層に出現するミノタウロスが、上層に現れる事など普段ならば到底有り得ない。
だが
冒険者の言葉を聞くや、表情を険しいものに変えてダンジョンへと駆けていくフィンの姿を見て、パーティの面々はそれが冗談だとは思う事が出来なかった。
ミノタウロス。
日本においてはRPGを始めとしたゲームで広く知られている牛頭人身の怪物。
その伝承は辿れば古くギリシャ神話に語られる「テセウスのミノタウロス退治」や「アリアドネの糸」と言われれば知らない者も少なくない。
そんな、古代ギリシャで語られた怪物と同じ名を冠するモンスターが俺の目の前に現れた。
退くことを許す訳がないと悟り、応戦した。
だが…彼我の差は、あまりにも大きかった。
これまで培ってきた力を振り絞った全力の拳や蹴りも、雄牛の身体を包む鎧のような筋肉に悉く阻まれ、一切のダメージを与える事が出来ず。
雄牛の一撃は、掠っただけでも皮膚を切り裂き、真面に受ければ良くて骨折…悪くて内臓の破裂を始めとした致命傷。
理不尽、出鱈目という言葉が喉まで込み上げる。
長年の積み重ねが容易く崩され、瓦礫と化す。
数字で見ればたった1しか違わないレベルの差が、ここまでの壁となる事を今頃になって痛感した。
「っ…が…」
どれだけの時間が過ぎただろう。
苛烈でありながら、じわじわと嬲るような攻撃に晒され、繰り出す攻撃の悉くを否定され
気付けば、俺は身体中傷だらけの状態で頭を掴まれていた。
ゆっくりと、真綿で首を絞めるように雄牛の手に力が込められ、ミシミシと頭の奥で軋む音が聞こえる。
(此処で…俺は、死ぬのか?)
薄れゆく意識の中、朧げに誰かの姿が脳裏を過る。
この世界に来て出会い、関わってきた人々
高みを目指し、鎬を削ってきた好敵手
帰還を願う、不安げな表情を浮かべた少女
そして…越えると誓った背中
(まだ…だ)
薄れていた意識がゆっくりと浮上し、身体にまだ力が入る事を実感すると、ミノタウロスの手を掴み頭から引き剥がす。
「…死ねん」
骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげ、折れた肋骨が内臓を傷つけたのか息をする度に激痛と息苦しさが身体を襲う。
だが、知った事か。
「俺には…帰りを待つ人達や、越えなきゃいけない人達がいる」
震える膝に拳を落とし、無理矢理震えを抑え、相対する雄牛を睨みつける。
「越えたい背中が、まだ先にある…」
「故に…越えさせてもらうぞ」
冒険者達の話に聞き耳をたて、そこから得た情報を元にダンジョンを駆け。
剛士が襲われているであろう場所にたどり着いたフィン達は、目の前の光景に瞠目していた。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!」
「ッ、アァァァァ!」
まず、ミノタウロスの体躯が想像より大きい。
中層で見るソレの体より2回りほど大きな事からも、剛士と対峙しているミノタウロスは強化種や変異種の類。
レベル1の冒険者が遭遇して、生きている事はまず不可能…その筈だった。
「嘘…」
誰かが、思わず小さく呟く。
だが、それは仕方のない事で有り、この場に居る全員の気持ちであった。
ミノタウロスの前に立つ剛士は明らかに満身創痍だ。
裂傷や打撲だけではなく、身体の数箇所が赤黒く腫れ上がっている事から骨折している事は明らか。
それにも関わらず、剛士はミノタウロスと互角の殴り合いを繰り広げていた。
眼を血走らせ、血反吐を吐き散らし
足を縺れさせながらも声にならぬ咆哮をあげ、砕けた拳でミノタウロスの顔面に重たい一撃を叩き込む。
その姿は、普段の剛士とは真逆の在り方。
目の前の敵を打ち倒す事に集中し、全てを注ぐ獣がそこに居た。
「っ……」
互いの拳が顔面に突き刺さる感触とともに、意識が飛び頭がかち上げられる。
「ま、だ…まだぁ…!」
途切れかけた意識を意地で繋ぎ止め、どちらからともなく頭をかち合わせ再び殴り合いを続けていく。
身体を動かす度に砕けた拳に激痛が走り、鉄臭い独特の匂いがこみ上げ、意識を手放せと脳が警鐘を鳴らす。
しかし、奥底から湧き上がる思いが其れを否定し、拒絶する。
(越えたい…)
ミノタウロスの一撃を受け、お返しとばかりに拳を振るう度にその思いは熱となり、心臓が大きく、強く鼓動する。
(目の前の壁を…越えたい)
体勢が崩れたのを好機と見たのか、走ってきたミノタウロスを視界に捉え、勢いそのままに無防備な腹に蹴りを入れるが踏ん張りが効かず、同時に地面に倒れ込む。
(身体中が痛い…眠い…)
体力も底を尽きたのか、倒れた途端に疲労感と眠気が押し寄せてくる。
(…それが、どうした…)
再び意識を繋ぎ止め、体に力を込める。
立ち上がれ。
拳を握れ。
前を見据えろ。
目の前にある壁は、まだ聳えているぞ。
力不足?限界?それがどうした。
ここが一番の踏ん張りどころなんだ。
此処が限界だと言うならば
「アアアアァァァァァァァ!」
限界など、越えてしまえ
雄牛にとって、男は嬲るだけの弱者に過ぎなかった。
彼我の差に恐れを抱かず立ち向かう姿勢は称賛こそすれ、自身の身に宿る飢えを満たす事は叶わない。
軽く腕を振るうだけで吹き飛び、その身体に傷を増やし、それでも立ち上がり拳を振るう。
それでも、飢えは治るどころか増すばかりだった。
次第に力も弱まり、拳の重さも減ってくる。
雄牛は落胆した。
これ以上、相手の無様な姿を見る前に引導を渡す方が慈悲があると感じ、男の頭を掴む手に力を込める。
手の中で骨が軋む音が聞こえるなか、男の纏う空気が変わった。
自身を斃し、生き残るという覚悟。
死に体でありながらも内に劫火を灯した人間の姿に雄牛は歓喜する。
生まれ落ちた時から感じていた飢えの正体…それは、闘争。
弱い者を屠るのは単なる虐殺。
生に渇望を抱き、その為に死力を尽くし抗う者。
何度膝を着こうとも一歩も退かず、立ち上がる強者との闘い。
ダンジョンにより生み出されたモンスターでありながら、雄牛は憎しみよりも己の内に宿る強者としての飢えを優先し、何より願った。
自らに臆する事なく、死力を以って打倒せんと立ち向かう
雄牛が拳を振るう度、人間は負けじと砕けた拳を振るう。
皮膚を裂かれ、肉を切られ、骨を砕かれ。
血反吐を吐き散らしながらも立ち上がる。
その姿を見るたび、雄牛の攻撃は苛烈さを増した。
お前の攻撃はその程度か?
お前の底はその程度か?
もう終わりか?
言葉は通じずとも、一撃一撃にもっと自分を愉しませろと思いを乗せる。
そして、それに答える人間の姿に雄牛の血は騒いだ。
瀕死でありながらも生を諦めず足掻く人間の拳は荒々しくも鋭さと重みを増していき
いつしか、痛痒も感じなかった一撃からは確かな痛みと自身に匹敵する重さになっていた。
幾度かの応酬の末、2人同時に地面に倒れ込む。
相対する人間はとうに限界を迎えており、自身もまた、軽傷とは言えない傷を負った。
身体を倦怠感と疲労感が襲う。
しかし、それ以上に内を焦がす熱が目を閉じる事を許さない。
なにより、此処で目を閉じようとする自身が許せない。
緩慢な動きで身体を起こし、人間へと視線を移す。
どうやら、向こうも同時に起きたようだが、その身に燃やす命は風前の灯火。
軽く触れれば、そのまま倒れ二度と起き上がらないだろう。
そう、雄牛は捉えていた。
だが。
「アアアアァァァァァァァ!」
人間が咆哮をあげた次の瞬間、消えかけていた灯火が、一際強く、激しく燃え上がった。
その場に居た者達は、自身の眼に映る光景が信じられなかった。
先程まで死に体となりながらも、ミノタウロスを相手に互角の殴り合いを繰り広げていただけでも、轟剛士の戦いは十分に評価に値する行為だ。
だが、しかし。
血反吐を吐き散らし、もがくように立ち上がるや一際雄々しく咆哮をあげた…その瞬間。
剛士の胸部に、紅い拳型の痣が浮かび上がるや、其処から焔が迸ったのだ。
何が起きたのか、剛士の救援に来た面々は誰も解らない。
それだけでは無い。
先程までの荒々しい拳とは違い、自分達の知る理性を持った拳を剛士はミノタウロスへと叩き込む。
だが、その全てが自分達の知るものとはまるで違った。
ミノタウロスへと叩き込む拳打は残像を残し、まるで拳が分裂したかのように速く。
ミノタウロスが放つ必殺の一撃を紙一重で躱し、返すように放つ蹴りの一撃一撃は時には鞭の、またある時は槍のように鋭い。
「…限界を超えた、か」
先程よりも静かながら、より激しさを増すという矛盾を孕んだ闘いを前にフィンが小さく呟く。
だが、その眼は険しく危うい物を見るような眼差しだった。
それもその筈。
ただでさえ瀕死に近い重傷を負いながらも、自身より遥かに格上であるミノタウロスと互角の殴り合いを行ったうえで更に限界を超えた肉体の行使など命を削る行いであり、止めなければならない。
それが、ファミリアの団長である自分の責務であるにも関わらず
1人の男として、止められない事が悔やまれた。
「噴ッ!」
地面を砕き、揺らす程の踏み込みと同時に放った
身体の奥底で暴れていた熱が噴き出してからというもの、周りの動きが何処か緩やかに感じられ、同時に妙に冴える頭が思考するより先に体に命令を下し、最適化された一撃を繰り出し続ける。
自身の身体が別の誰かに操られているような違和感を感じていたが、それも次の一撃で終わると悟るのは容易かった。
片膝をつく雄牛も、それを理解しているのだろう。
渾身の一撃を放つべく姿勢を低くし、天に向けて聳えていた鋭い角を此方へと向けている。
「…来い」
対して、此方の構えは。
地面を力強く踏み締め、両腕を広げ。
真っ向から受け止めるのみだ。
どれだけの時間が流れたか解らない。
誰かの頬を伝う汗の一滴が地面に落ちたのと同時に、雄牛が動いた。
溜めに溜めた力を一気に解放し、僅か数秒で最高速度に加速し、雄牛は疾走する。
総ては、自身の血を滾らせ心を躍らせるほどの闘争を行った男へ、己の残った武器である角を突き立てる…ただ、その為に。
9秒足らずで両者は激突した。
間合いに入った瞬間、男は雄牛の角を掴むが、その力強さに足が宙に浮き上がる。
しかし、体重をかける事で再び地面を踏み締め、雄牛の進行を止めんと残った力を振り絞り踏ん張ってみせた。
前に進む力と踏み止まろうとする力。
両者の力が拮抗するが、雄牛が一歩踏み出す度、地面に二本の轍が刻まれる。
『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!』
どちらとなく、声にならぬ雄叫びとともに男は次第に雄牛の力に押されていき、10M程進んだ所…不意に、雄牛が足を止めた。
次いで、闘いを見届けていた者達が聞いたのは、硬い塊が地面に落ちる音。
雄牛の足元には、頭部から生え、今まさに男へ突き立てんとしていた角が転がっていた。
「…止めて、みせたぞ」
息も絶え絶えに男は呟く。
重傷を負い、その状態で更に己の限界を超えて身体を酷使した男には、残っている力など雀の涙程度しかない。
だが、その眼に宿る闘志と胸部に灯る焔は消える事はなく、一際強く燃え盛っている。
「…」
雄牛は何も言葉を発さない。
地面に転がる自身の角と、目の前に立つ血だらけのまま此方を見る男へと視線を移動させ…口元を歪めた。
一見すれば、怒り歯を食いしばっているように見える。
だが、男には雄牛が懐く思いが不思議と理解出来た。
雄牛の目を見て小さく頷き、男は拳を振り上げ、その姿を視界に納め、雄牛は静かに目蓋を閉じる。
静寂に包まれた地下迷宮に雷鳴の如き轟音が鳴り響く。
それを最期に雄牛の身体は塵へ変わり
ゴト、と音をたて魔石が地面に落ちた。
次回、迷宮番長
『神会』