正直、4年前のくだりは飛ばしてくださっても結構です。多分問題ないと思うので……
その日、飯野一家は旅行で田舎町を訪れていた。長男の飯野勇樹が大学に合格したことを父親が祝うと言い出したからである。勇樹の受験のために普段家族全員で出かける機会がなかったため母親と妹もこれに賛成し、父親の生まれ故郷の田舎にやってきたのである。
「どうだ勇樹、俺の生まれ故郷は?」
「……ん、意外と田舎も悪くないね。空気がおいしく感じるよ」
「あ、それ私も思った」
「ふふ、2人とも気に入ってくれてよかったわ
「ここは海に近いから小さい頃はよく泳ぎに行ったものだよ。あの頃と変わってないようで何よりだ」
「えっ、泳ぎに行きたい! お兄行こうよ」
「バカ、今はまだ春だ。夏まで待て妹よ」
「体を動かしたいなら俺が付き合うぞ」
「どうせ剣道の稽古でしょー」
「うむ」
「なんでこんなところに竹刀を持ってきてるのよ……」
「はっはっ、勇樹のために道場を休みにしてしまったからな。体が鈍らないようにするためだよ」
「この剣道馬鹿め」
「あなた、実家が見えてきましたよ」
「おう、分かった。それにしてもまだ昼間だというのに人をなかなか見ないな」
「田舎だもん、みんな都会に出てったんじゃない?」
「そうかもしれんが、ここは漁業も主な仕事の一つだ。漁師たちぐらいはいてもいいはずだ」
話しているうちに父親の実家に着き、父親が呼び鈴を鳴らした。しばらくして祖母が玄関を開けて出てきた。彼女は俺たちを見て目を大きく見開くと父親を見て言った。
「ど、どうして来たんだい!?」
「サプライズってヤツだ母さん。驚いたか?」
「馬鹿! 今すぐ帰るんだよ!!」
「……何かあったのか?」
「いいから早く帰るんだよ!!」
「そんな無茶苦茶な……理由ぐらい教えてくれよ。わざわざ家族全員で来たんだぞ」
「……漁師たちが戻ってこないんだよ」
「は?確かにここに来るまでにも見かけなかったが」
「怪物の仕業だよ……みんな戻ってこないんだよ!」
「お、落ち着けよ母さん。とりあえず聞かせてくれ」
父親が祖母の背を優しくさすって落ち着かせる。やがて彼女はゆっくりと語り出した。
「……4日前のことだけど、漁師の一人が怪物に会ったんだよ。最初はイルカだと思って近づいたらしいけど、近づくにつれて違うことに気付いてね。真っ黒で長い胴体に青い目のようなものが付いていて口には鋭い牙がたくさんあったらしいよ。不気味に思ってその場を離れようとしったらソイツの口が開いて口内が光って……直後に轟音とともに船が爆発したらしい」
「爆発……?」
「爆発の煙に紛れてその漁師は命からがら泳いで町まで逃げてきたんだけど、話を聞いた他の漁師たちはこのままじゃ安心して漁が出来ないからソイツを退治しようって考えてね。みんなで投げ槍なんかを作って出て行ったのさ」
「……いつ、出て行ったんだ?」
「3日前の朝だよ。目撃場所はここからそう遠くないハズなのに一向に帰って来ない。みんな怖くなって家に閉じこもっちまってるよ」
「……警察は?」
「この町の警官たちも漁師たちと一緒に出て行ったんだよ」
「冗談じゃないんだな」
「こんなこと冗談で言えないよ」
俺たちは祖母と父親の話を呆然として聞いていた。怪物?漁師たちが帰って来ない?UMAでも出たのか?色々考えていると妹が俺の服を引っ張った。
「……ねえお兄、アレ何?」
「アレ?空に何か……何だアレ?」
妹の視線を追って空を見るとありえない速度で黒い雲が近づいてくるのが見えた。いや、雲じゃない。あれは……
「……飛行機かな?この辺じゃ珍し……」
目をすがめる。
……違う。
見上げた空に浮かんでいるのは丸い球体だ。あんな飛行機は無い。黒い昆虫のような見た目の物もある。
そこから黒色の粒が降って来る。
まるで黒い雨が降ってくるかのように。
誰かが叫ぶ。
空気を切り裂く音が降ってくる。
隣家の犬が吠える。
逃げる?どこへ?
黒い塊が落ちてきて、周囲の音全てが爆発の音に掻き消された。
地面が震え、炎が上がり、世界が赤く染まっていく。
街が燃えていた。
「……何コレ、映画の撮影?」
……違う、これは
「……空襲だ」
「か、怪物がやってきたんだよ! あんたたち早くにげっ」
「母さんっ!」
風切り音。爆弾が落ちてきていた。母親が俺たちの名前を叫んで覆い被さった次の瞬間、俺たちは凄まじい衝撃と熱と光に吹き飛ばされた。
ーーーーーーーーーーーー
「う、ぐう、あああっ」
痛い、痛い、痛い、痛い!!何がどうなった!?ここはどこだ!?どれぐらい気を失ってた!?
「ううう……」
起き上がり自分の体を確認する。俺の体には数え切れないほどの火傷や打撲がみられたが、爆発に巻き込まれたとは思えないほど大きな怪我がなかった。辺りを見回すと崩れた瓦礫と千切れた誰かの手足と頭が視界に入ってきた。
「あ……ウソだろ?」
あれは父親の腕だあれは母の足だあれは祖母の頭だ。どう見ても生きていない家族を見て体が震える。
「みんな……死んだっていうのか?」
信じたくない……けれど生存は絶望的だろう。こんなバラバラになった人間が生きているわけがない。
「なんだよこれ……はは、あははははは!!っ!ぅげええっ」
乾いた笑いの後でたまらず吐いた。苦しい受験勉強を乗り越え、久しぶりの家族旅行に来て、空襲にあってみんな死んだ?なんだそれ。日本は戦争なんてしてないんじゃなかったのか。だいたいアレはなんだったんだ。何でみんな死んでーーーーーみんな?
「……妹の死体がない」
「いやあああああっっ!!」
「っ!生きてるのか!?どこだ!?」
妹の声の方へと俺は走った。よく聞くと町のあちこちで人々の悲鳴が聞こえる。家の中に閉じこもっていた町の住人たちだろう。だが、今はあの黒い飛行機は見当たらない。一体何が起こっているのか。また、飛行機はいないのになぜか轟音があちこちで聞こえてくる。
「いや……来ないでっ!」
「そこにいるのか!」
「……お兄!?」
そして俺はソレを見た。
「……怪物」
祖母の言った外見に手足の生えたソレは誰かの手足をグチャグチャと音を立てて咀嚼しながら妹へ襲いかかろうとしていた。
「っ!!」
俺は細長い瓦礫の一つを掴むとそれに殴りかかった。もう無我夢中だった。
「はああああっ!!」
怪物の脳天に振り下ろす。親父とやっていた剣道では威力を抑えて打っていたがこの時は殺すつもりで全力だった。バキッという音とともに瓦礫が折れるが同時に怪物にも少しダメージが入ったらしく、悲鳴を上げて下がった。
「ガアアアアアアアアアッッ!?」
「立てるか?」
「お兄……」
「ゴガアアアアアアアアアッッ」
「逃げるぞ!走れ!」
「う、うん!」
妹の手を握り、走り出すと轟音とともにすぐそばの地面が爆発した。チラリと目だけで振り返ると怪物の口から砲身のようなモノが出ていた。
「なんだよそれ!?」
ある程度引き離した所で俺は妹とともに瓦礫の一つに潜り込んで身を潜めた。あちこちで轟音が聞こえるということから怪物は一体ではないのだろう。無闇に走り回って挟み撃ちにされたらたまらない。
「……ねえ、お兄、他のみんなは?」
「父さんも母さんもばあちゃんもみんな死んだよ」
「そう……おかしいね。私、悲しいはずなのに涙が出てこない。それ以上にアレが怖くて怖くてたまらない!!」
妹の体は震えていた。妹は他の人間たちをアレが喰らう様を見てしまったらしい。先程から俺の手を離してくれない。
「くそっ、せめて武器か何かがあれば!!」
ーーーーーーブキガホシイノデスカ?
「は?誰かいるのか!?」
『ココデスヨココ!』
「小人……?」
声の主は小さな人間のようなナニカであった。いや、頭と胴体の比率がおかしいから人間でないことは明らかだ。まるで絵本に出てくる妖精のような見た目で何故か軍服を着ていた。
「お兄どうし……何コレ?妖精?」
「武器を……作れるのか?」
気がつけば俺はそいつに話しかけていた。いつからいたんだとか、お前は何なんだとか他にも言う事があっただろうに俺がそいつに向かって言ったのはそんな言葉だった。
絶望的なこの状況で何にでもいいから縋りたかったのかもしれない。
『ハイ、ワタシタチハイマソトデアバレテイルシンカイセイカンニタイコウスルタメノチカラヲジンルイニアタエルソンザイデス』
「深海悽艦?人類にヤツらへ対抗するための力を与える存在?」
訳が分からない。けれどもきっとこいつが言っている深海棲艦というはあの化け物共の事だとなんとなく分かった。
『ハイ』
「アレを何とか出来るのか……?」
『アナタガノゾムノナラ』
「お兄、何言ってるか分かるの?」
「……分からないのか?」
「うん、サッパリ」
首を振る妹。
『アナタニハテキセイガアルカラデス』
「適性?……まあいい、武器を作るために何が必要なんだ?」
武器があれば少しはマシになるかもしれない。
『ザイリョウナンテココニアルノデジュウブンデス』
瓦礫しかないのだがこれが材料になるのだろうか?
「……刀のような物を頼む」
『リョウカイ!!』
俺たちの目の前で不思議な光とともに妖精が触れた瓦礫が変化していく。妹も驚いてそれを見ている。しばらくして光が消えるとそこには一本の日本刀があった。
『コレデタタカエマス!』
「日本刀? お兄まさか……」
「ああ、戦う。こんな田舎じゃすぐに救助が来るとは思えないしこのままじゃ二人とも助かるか分からない」
「でも!」
「行ってくる」
瓦礫の中から出ると俺は日本刀を手にソレらと対峙した。先程の怪物に加えて胴体の太い怪物や水着を着たような人間の姿で両手に禍々しい兵装を身に纏ったものもいる。そのすべての目が俺を捉えている。どうやら俺たちが隠れていたことに気づいていたらしい。あれだけ騒いだり光ったりすればコイツらが集まって来てもおかしくはないが。
手に持った日本刀が仄かに光った。なぜかこの日本刀は俺の手にしっくりくる。一体あの妖精のような生き物は何者なのだろうか?
「お前たちに妹はやらせるかよ」
初めて殺しのために剣を振るう……日本刀を強く握ると時間の流れが遅くなったような気がして、気がつくと俺は怪物の一匹を斬り飛ばしていた。
硬そうな装甲をいともたやすく切り裂いた日本刀の切れ味に驚く。
「駄目!お兄囲まれてっ」
「馬鹿!隠れてろ!」
怪物の一体が妹を見た。そして砲撃した。
「きゃあああああっっ」
砕けた瓦礫が落ちてきて妹を覆い隠し……俺の理性を保っていた最後の砦が破壊された。
どす黒い感情に支配され、理解出来ない叫び声が上がる。次はお前だとばかりに化け物共がニタニタと笑いながら俺を見る。
……殺す。
そこからの事はよく覚えてない。
ーーーーーー
「……大丈夫ですか!?早く担架を!急いで!」
誰かに声をかけられている……
「だ……れ……」
「……!救護班!!早くそこの娘も!!」
黒の長髪に青いヘアバンド、海色の瞳にアンダーリムのメガネをかけた女性の顔が目の前にあった。
(知らない…人…助け……?)
「……」
俺は再び意識を手放した。