異変
海軍本部の一室で1人の老人が手元の報告書を険しい顔で眺めていた。真っ白な海軍の軍服を身にまとったその男は小さく呟く。
「……これは偶然ではない」
「元帥?」
そんな彼に声をかけたのは長い茶髪をポニーテールにまとめた美しい大和撫子だった。
「大和、これは偶然だと思うか?儂はそうは思わん」
「これは……?」
彼は手元の報告書を彼女に見せる。
「ここ最近、異常な勢いで新人提督の鎮守府が攻め落とされておる」
「新人の?」
「最初はただ単に彼らが未熟なだけかと思った。じゃが、報告書を見るとある共通点がある」
「共通点……あれ?」
「気付いたかの?」
「はい」
彼女の顔も彼と同じく険しいものになる。
「彼らは全員、
「……」
「これは……」
「どこかから情報が漏れているということですね」
「ああ、そういうことじゃ」
「一体どこから……」
「少し周囲の者を調べてみる必要がある」
ーーーーーー
「海軍本部って意外と大きいんだね」
「まあ本部だしな」
「ところで何でボクを連れて来たの?金剛さんの方が良かったんじゃ?」
「留守を任せられるやつがいなくなるだろうが」
「ボクは留守番に物足りないと?」
「バカ言え、今のお前は俺にとって懐刀みたいな存在だ。護衛として頼りにしているさ」
「へへん、悪い気はしないね」
元帥から呼び出しをもらった俺は皐月を連れて海軍本部へと訪れていた。
「おい、前から人が歩いて来たから真面目な態度に切り替えとけ」
「おおっと」
皐月が表情を引き締める。前から歩いて来たのは女性だった。長い黒髪に軍帽を深く被った女性で顔がよく見えない。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
立ち止まり、とりあえず挨拶をしておく。
「……こんにちは」
返ってきたのは小さな返事だった。
「……?」
彼女と対面した俺は何か異質なものを感じていた。
「……私に何か?」
「い、いえ、何でもありません」
(何だこの感じ……?)
「司令官?」
「あ、ああ、すみません!ちょっと考え事をしていただけです」
「……用がないなら失礼する」
「あ……」
女性が去っていく。
「早く行こうよ司令官」
「……おう」
再び歩き始めた俺たちだが、俺はずっと先ほどの女性のことが頭から離れないでいた。
(彼女と対面した時に感じたあの気配はどこかで……)
「……!」
「ど、どうしたの?」
急いで来た道を戻るがあの女性の姿はどこにもない。
「……どういう事だ?」
俺が彼女からかすかに感じたのは4年前にも体感した深海棲艦が纏うような気配だったのだ。
「何者だあの女性……」
「よく来てくれたの」
「遅くなってすみません」
「よい、この部屋では敬語もいらんぞ」
途中で出会った大和に案内されて俺たちは元帥と対面した。
「ほ、本物の元帥だ……」
「ほっほ、会うのは初めてじゃの。儂が元帥をやっとる者じゃよ。確か皐月じゃったかの?」
「は、はい!」
皐月が元帥にうわずった声で返事をする。少し緊張し過ぎている気がする。
「じいちゃん、用件は何だ?わざわざ呼び出したってことは何かあったのか?」
「この報告書を見てもらった方が早い」
元帥が十数枚の報告書を俺に渡してきたので目を通していく。
「……何だこれ」
「偶然だと思うか〈東国の鬼神〉?」
「えっ?」
元帥の言葉に大和が驚いて俺を見る。
「その名はやめてくれ……はっきり言うぞ」
「うむ」
「こちらの情報が漏れている可能性が高い」
「じゃろうな」
「えっ!?ちょっと元帥、飯野提督を何と呼んだんですか!?」
「〈東国の鬼神〉、それがこの男の正体じゃよ。知っているのは儂とこいつの鎮守府の艦娘たちだけじゃがな」
「じゃ、じゃあ金剛ちゃんたちは」
「元の提督の所へ戻っただけじゃよ」
「なんでそんな大事な事を私に黙ってたんですか……」
「信じないと思っての。姿とか変装のせいで別人じゃし」
「もー、少しは信用してくださいよ……」
「すまん」
「……本題に入っていいか?」
「うむ」
俺はそれぞれの報告書を見てから、各地の鎮守府の分布を見る。
(どちらかと言うと太平洋側の新人提督の鎮守府が狙われている……)
「元帥、この近辺の鎮守府が送ってきた戦果報告を見せてくれ」
「大和」
「ちょ、ちょっと待ってください。持ってきたんですけど量が多くて」
「皐月、手伝ってやれ」
「りょーかい」
大和と皐月の2人で戦果の報告書を選別して俺のもとへ持ってくる。いつどこに出撃したか、被害はどうなのかなどの情報がのったそれらを眺めていく。
(これは……最後の大きな出撃がだいぶ前だな、多分今は大丈夫だろう……ん?定期的に海域の攻略を行っている鎮守府があるな。戦果も上々、3日おきに敵海域を攻めているのか……恐らく連続で攻めたいが艦娘を酷使することになるからそれを考慮しているんだろう。なかなかいい鎮守府じゃないか)
「……ん?」
改めて今回の事件を振り返る。確か……
(これって主力艦隊が何日に鎮守府から出撃してくるか簡単に予想されるんじゃ……3日おきに必ず主力艦隊が出撃しているから、そのタイミングで鎮守府を襲われたら……)
出撃している海域はバラバラだがこれは……
(今回の件、もしも情報漏洩の犯人が今俺が見ているものと同じ報告書を読んで計画を立てていたら……?)
真っ先に狙うんじゃないか。
「それに被害を受けている鎮守府と比較的に近い……」
「司令官?」
すぐにその鎮守府の名前を確認する。
「……この名前どこかで」
その名前を見た瞬間脳裏に浮かんだのは士官学校時代のある光景。
『勇兄がどこかの鎮守府の司令官になるまでここにいたかったわ……』
『あはは……まあしょうがないって。私たちの着任先を決めるのは上の人だし』
『俺が派遣される鎮守府がいい所だとは限らないぞ?』
『そんなのどうでもいいもん。勇兄と一緒がいい……』
『あらら……ま、寂しいのは私も一緒だけどね……』
『お前たちの着任先は悪くない所だぞ』
『少しは寂しがりなさいよ!もう!』
『ひどい人だねー』
『寂しいに決まってるだろ。短い付き合いとはいえこれでも今までずっとチームだったんだから』
『何かないの?送る言葉とか』
『俺も頑張って立派な提督になるからお前たちも着任先で主力艦隊に入れるように頑張れ』
『軽巡洋艦と駆逐艦じゃ難しいよ』
『お前たちも知っているだろ?横須賀第二支部の2人の駆逐艦の事は』
『ありゃちょっと別格だよ』
『俺からすればお前たちも別格だよ』
『そうかな?』
『ふん!見てなさい、今に駆逐艦最強のレディとして名を上げてやるんだから!!』
『頑張れレディ(笑)』
『(笑)を付けないでよ!失礼よ!』
『あははは!なんかお別れって感じの雰囲気じゃないね』
『だな』
『エレファントな私に再び会える日を楽しみにしていなさい!』
『エレファント(笑)』
『な、何よその目は!』
『頑張れお子様レディ』
『むきいいっっ!!』
『じゃあね勇兄、またいい夜の日に』
『ああ、達者でな夜戦バカ』
『『最後くらい名前で呼んでよ!』』
「あいつらの鎮守府だ……」
この資料によると最後の出撃は今日から3日前……さっきから嫌な予感がしている。今までこの予感のようなカンが俺を裏切る事はなかった。
「くそっ!杞憂であってくれ!」
報告書を机に置いて出入り口へと向かう。
「ど、どうしたのじゃ?」
「今一番上に置いた報告書の鎮守府は恐らくだが次に狙われる可能性がある!しかも襲われるのが今日かもしれない」
「えっ!?」
「報告書の内容が漏れているならその鎮守府はマズい」
「司令官?」
「元帥たちは怪しい人物の調査をお願いします。俺は万が一を考えてあいつらを助けに行きます!」
「あいつら?」
ーーーーーー
「ソロソロ主力艦隊ガ出撃シテカラ十分ナ時間が経ッタナ」
そんな呟きとともに異形の集団たちが海面に浮かび上がってきた。
「最近戦果を上ゲ始メテイル目障リナ鎮守府ダ。大キクナル前ニ叩キ潰セ」
巨大な黒い影の言葉で集団が移動を開始する。目指すは先はとある鎮守府……
(海軍本部デ会ッタアノ男……マサカトハ思ウガワタシノ正体ニ気付イタノダロウカ?イヤ、艦娘デスラ騙セルワタシノ擬態ガ分カルハズガナイ、ヨホド鋭イカンヲ持ッテイナイ限リナ……)
「シズメ」
その言葉とともに巨大な影は静かに海底へと引き返していった。
深海棲艦もバカばかりではない……
ごめんなさい、またちょっと過去に話がいきます。この娘たちは前から出そうと思ってたので。一体誰だ(笑)