青空を駆ける数十機の編成からなる航空部隊。
旋回
急上昇
宙返りからの急降下
海面スレスレを飛行しながら魚雷を投下
白い雷跡が走り標的が爆発……当然撃ち漏らしはない。
「ふう……」
取りあえず今日の訓練はここまでだと艦載機たちを回収していく。
「お疲れさん」
「あれ?珍しいね、提督が私の訓練を見に来るなんて」
港から飛ばした艦載機たちを回収する私のもとへやって来たのは提督だった。
「見事な命中率だ」
「動かない的を外すほうがおかしいよ」
「……それもそうだな」
「で?私に何か用かな?」
「ああ、榛名の事でお礼をな」
「ああなるほど、上手くいったみたいだね……あの後榛名さんすごく喜んでたよ。私って隣部屋だから音がすごい聞こえてきてね」
「音?」
「榛名さんがベッドをゴロゴロ転がってたよ」
「……榛名の事、教えてくれてありがとな。自分じゃ全然気付かなかった」
「あの娘隠すの上手いからね……ちゃんと笑顔でいさせ続けるんだよ?」
「分かってるさ、もちろんお前の事もな」
「私はもう十分楽しませてもらっているけどね……」
「いつも助かってるよ」ナデナデ
「なんでいきなりなでるんですか……」ナデラレナデラレ
「こうするとみんな喜ぶから?」
「……嬉しいのは事実だけど」
なんというか嬉しいけど恥ずかしい……
「ホント丸くなったよなあお前も。昔はもっと固い奴だったのに」
しみじみと思い出すように提督が言う。まあ、確かに昔の私はそうだったけど……
「それは言わないでくださいよ……」
「今のお前は生き生きとしているから嬉しくてな」
提督が腰を下ろして海を眺め始めたので、私もゆっくりと地面に腰を下ろす。地面は太陽の熱でとても温かくなっていた。
「昔……か」
海を眺めながら私は過去の事を思い出していた。
ーーーーーー
私にとって、戦う事がすべてだった。
───ミッドウェー海戦
それは誰もが予期せぬ事態だった。
日本の空母たちの兵装転換中に突如として出現した米空母。
混乱の中、次々と致命的な被害を受けていく日本の空母たち。
私もその内の一隻だったけれど、唯一戦う力の残っていた私は反撃に出る事になる。
「飛龍を除く三艦は被害を受けた……とくに蒼龍は激しく炎上中である。帝国の栄光のため戦いを続けるのは、一に飛龍にかかっている!」
味方に向けて発せられた大好きな多聞丸の言葉。
私の乗組員たちが闘志を燃やす。
発艦した航空部隊よりしばらくして入る通信。
「敵空母中破!」
続けて友永隊が発艦して敵空母を大破に追い込む。
やった!
……けれども私たちはすでに消耗しきっていた。
結局この後別の米空母に致命傷を負わされ沈没に至った私だけど、敵空母の一隻にやり返せた事は嬉しく思っている。
最期まで一緒に戦ってくれた多聞丸たちや敵空母を大破に追い込んだ友永隊は私の誇り。
みんなが忘れても私はずっと覚えているから……
ーーーーーー
ーーー
ー
『ケンゾウガシュウリョウシマシター!』
「え…?」
何故か現代に人の姿を得て甦った私。
妖精という不思議な生き物から事情を聞かされる。
『コノクニヲスクッテクダサイ!』
あの戦争から長い時間が経っていた。
多聞丸はいない……友永隊もいない……私は1人だった。でも……
「私は飛龍……」
せめて戦い続けて彼らの最期に恥じない戦果をあげてみせる……私の思いはただそれだけだった。
ーーー横須賀第二支部時代
「艦隊帰投したデス!」
執務室に響く金剛さんの声。
「おう、ご苦労さん……飛龍はまた拗ねてるのか」
椅子に座る提督は困ったように私を見ていた。
「……どうして撤退したんですか」
「そりゃお前が中破したからに決まっているだろう」
「私はまだ戦えました!すでに艦載機は全機発艦済みだったのに!」
「嘘だな……お前の損傷は限りなく大破に近いものだったと通信で金剛から聞いたぞ」
「……」
「焦ることはない、また後日攻略すればいい」
「そうデスヨ飛龍、急ぐことはありマセン」
(あそこで進撃していれば撃破出来たのに……)
戦果をあげる事を至上の喜びとして、日に日に戦いに没頭していった私は、戦果よりも生きて帰還する事を大事とする提督と反発する事が多かった。
「……分かりました」
「お前、いっつも艦載機飛ばしてるな……休日だぞ?」
私にはそんなものいりませんし、他にやるべき事がないから。
「鍛練を怠っては実戦で戦果をあげられませんから」
(次もきちんとした戦果を上げるために頑張らないと……)
この小さな鎮守府に空母は私1人……1人で戦った艦時代の最期を思い出す。
「気を張るのはいいが、無理するなよ」
「かまいません……戦う事が私の仕事ですから。たとえ最後の一艦になったとしても敵を叩いてみせますよ」
「……」
提督が難しそうな顔で私を見ていた。
「……どうかしました?」
「いや……なんでもない。たまには夕立たちと交流したらどうだ?お前っていつも1人でいる事が多いだろ?」
「交流する意味が分かりません……」
「重傷だなこりゃ……」
「私は至って普通ですよ」
「お疲れ様デス」
「金剛さんもね」
「飛龍にまたたくさん助けられたケドネ」
「空は飛龍に任せれば間違いなしだね」
「さすが飛龍っぽい!」
「……私の仕事だしね」
「今日も飛龍がMVPデス!」
「……」
「……飛龍?」
「聞こえてなさそうデスネ……」
「ぽい?」
次第に戦果をあげ続けても何故か心が満たされなくなっていった。
(……なんでこんなに虚しいの?教えてよ多聞丸……)
「お前の活躍は本当に目を見張るものがあるよ」
「空を制する事は艦隊戦において何よりも大切な事ですからね。頑張りますよ」
「いつも助かっている、何か欲しい物とかあるか?」
「ありません」
「プライベートな物でもいいぞ」
「……あえて言うならば、もっと出撃回数を増やして欲しいです」
「最近はずっと出撃続きだったはずだが……戦果だって十分なものだぞ?」
「艦娘の仕事は戦う事です」
「休養も必要だろう?」
「……」
「確かに艦隊戦におけるお前の役割はもっとも重要なものの一つだが、戦闘以外では少し気を抜いたらどうだ?」
提督が気遣ってくれていたけれど、当時の私にとっては戦って戦果をあげる事がすべてだった。
「……善処します」
「飛龍、ちょっとは肩の力を抜いたらどうでデスか?」
金剛さんに誘われてお茶会をした時にそう言われた。彼女がこちらを心配するような目で見ていたのを覚えている。
「……?」
「少しずつ飛龍とも打ち解けてきたケド、やっぱり何か壁があるように感じマス」
「壁……?」
「平日も休日も関係なくずっと休まず訓練と出撃を繰り返して……まるで戦う事にのめり込んでいるみたいデス。どうして飛龍はそんなに戦いたがるのデスか?」
「……戦いたいからだと思う」
何故だかハッキリと言う事が出来なかった。
「ワタシ、まだ飛龍の本当の笑顔を見た事がない気がするんデス……」
「本当の笑顔?」
「あなたにとってこの鎮守府の仲間はどんな存在なんデスか?」
「……」
「常に誇り高くあろうとする必要はないのデスヨ?今のワタシたちは昔とは違いマスから。どんなあなたでもワタシたちは受け入れマス」
「でも、私は……!」
「戦っているのはあなた1人じゃないんデス」
「金剛さん……」
一体私はどうしてしまったのか……何故こんなにも満たされないのだろうか?
「原因はやっぱり……」
自分の体を見る。着物を着たスタイルの良い女性の体だ……あの鋼鉄の体とは全く違う。この体になってから私はおかしくなってしまった。
「なんなのこれは……」
物に触れると感触と温度を感じる。
食べ物を口にすることが出来る。初めて食べた白米の味を私は忘れる事が出来ない……
被弾すると痛みを感じ、戦場では死の恐怖がつきまとう……当時の兵士たちはこれにどんな思いで耐えて戦ったんだろうとそんな事も考え出した。
敵と接戦を繰り広げると感情が昂り闘志を燃やしてしまう。弓を握る手に力が入り、獲物を狙う狩人のように目が鋭くなる。
彼に褒められる度に胸の奥で何かがざわめく事があった。
1人でいると寂しく感じる。
頭で考えた事と心が一致しない。戦果をあげるという目的を果たしているのに私の心は虚しさを感じているのだから。
これは何?私は船……航空母艦飛龍……かつての私はこんな経験をした事がない。
知らない、知らない、知らない!感情ってなんなの?
みんなを見ると感じるこの気持ちは何?
私は……何を求めているの?
ある日、私は執務室に1人呼び出された。
「何か御用でしょうか?」
「そうだな……少しお前と話がしたかった」
「話……ですか?」
「飛龍、お前は何故戦う?」
突然提督はそう聞いてきた。
「え?」
「お前が戦う理由を聞いているんだ」
戦う理由……
「戦う事が私の誇りだからです。一つでも多くの敵艦を沈める……それが兵器としての私の存在意義です」
「俺は最初にお前たちを兵器として扱わないと言ったはずだが?」
「……私は今でもかつての悪夢を覚えています」
「……運命の5分間と言われたミッドウェーでの戦いか?」
「はい、あの時沈んだ3人の空母たちの思いを託され、私は最後まで戦い抜きました。多聞丸や乗組員たちは最後の瞬間まで勇敢に戦って死んでいったんです……」
「……多聞丸やかつての乗組員たちの思いを引き継いでいるから、彼らに恥じない活躍をしたいという事か?」
「『飛龍』を名乗る者としてそう思っています」
提督はしばらくの間沈黙していたれど、やがて私と目を合わせて言った。
「俺はお前が間違っているとは思わない……だが思い出して欲しい」
「思い出す?」
「当時の彼らの背後にあったものは何だ?」
「……日本国ですか?」
「ああそうだ。そもそも兵士というのは守りたい誰かがいる者が志願してなるものだ……『守る事』こそが本来の戦う目的ではないかと俺は思っている」
「それは……」
何も言い返せなかった。
「以前金剛にも同じ質問をしたんだが、彼女はこんな風に答えたよ」
『最初は戦果をあげたい、提督の役に立ちたい……それがワタシのすべてでした』
『今は違うのか?』
『みんなもデスが……何よりもあなたを守りたい』
『……』
『守りたい人がいるからワタシは戦いマス。『兵器』ではなく『艦娘』金剛として』
『……男が女に守ってもらうってなんかカッコ悪いな』
『ふふ、気にしないでくだサイ。ワタシは感謝していマスヨ?戦う意味を……生きる意味をくれたあなたに』
「あくまでこれは金剛の意見だ」
「……」
「俺が今まで見てきたお前は『戦う事』しか考えていないように見えた。だから気になったんだ、お前は何のために戦っているのだろうかとな」
私の戦う意味……?多聞丸のように誇り高く生きたくて、戦果をあげようと……何故戦果をあげようとしたんだっけ?あの世で多聞丸が喜んでくれそうだから?誇りを見せたかったから?……誰に?何のために?それで今がどう変わるというのだろうか。実際に私は虚しさしか感じてないではないか。
急に自分が分からなくなった。
「ただただ戦う……それは意思を持たないロボットが戦うのと一緒だ。それはなんだか寂しいものだと思わないか?」
「寂しいもの……」
「何故戦う?何故戦果にこだわる?それを為した時に何が得られる?それをきちんと考えて欲しい」
「わ、私は……」
「今のお前がどんな顔をしているか分かるか?」
「え?」
「満たされないって顔をしている……孤独を感じている。違うか?」
「……」
「自分の事が分からなくなったのか?」
「……!」
「……やっぱりそういう事か」
提督が納得したように頷く。
「いいか?今のお前は誰かが操作しないと動かない船ではなく、自分で考えて行動する事が出来る人間なんだ。人間になった事でお前たちはより豊かな感情を持つようになった……そしてそれはお前たちの今の体と密接に繋がっている。戸惑うかもしれないが決して悪い事ではない」
「……」
「『人』という漢字はな……人がお互いに支え合っている様子を表しているのだと言われている」
「……それがどうかしたんですか?」
「俺たち人間は1人では生きられないって事さ。どんなに他の事に没頭していても、心のどこかでは常に他人の温もりを求めてしまう」
「1人では……生きられない?」
「過去は過去、今は今だ。誇りを忘れるなとは言わん、だがもう少し周りを見て欲しい……きっと今のお前が戦う理由も見つかるはずだ」
「……周りを?」
「ついて来い」ギュッ
「えっ、ちょ、ちょっと……」
提督に手を引かれて執務室を出る。そのままどこかへと連れていかれた。
「ここだ」
「食堂?」
「入ってみろ」
提督に言われて扉を開けた次の瞬間、
パアーーーンッッ!!
「!?」
「「「飛龍、進水日おめでとうーーー!!」」」
一斉に向けられたクラッカーが炸裂し、仲間たちが駆け寄って来る。
「さ、早く早く!」
「提督とワタシで作ったケーキもあるデスヨ!」
「待ってたっぽい!」
「な、何?」
飾り付けられた食堂、正面に見えるテーブルには立派なケーキが1ホール。三角の小さな帽子?のような物を3人が着けている。
「ほら、行って来い」
流されるまま私はケーキの乗ったテーブルへと連れて行かれた。
「飛龍にはいつも感謝してるよ」
「夕立も飛龍が大好きっぽい!」
「驚きマシタ?今日は11月16日デスからお祝いデース!」
「今日くらい戦いの事は忘れてくれよ?せっかくのパーティーなんだからな」
笑顔、笑顔、笑顔、笑顔……全員が私を見ていた。
「あ……」
何か温かいものを胸の奥に感じる。同時にこの部屋そのものも温かい何かで満たされている事に気付く。
『お前は何故戦う?』
戦果をあげるためだけ?───違う。
多聞丸に喜んでもらいたいから?───本当に彼は今の私を見て喜ぶのだろうか?
多聞丸たちにも守りたい人々がいたんだろうか───きっといたに違いない。なら私には?
今感じているものが答えだろう。
私が戦う理由は……
「ロウソクに火をつけたよ」
「早く吹くっぽい!ケーキケーキ!」
「もー、落ち着いてくだサイ夕立」
「一気にいけよー」
大きく息を吸い込み吹きかける。消える炎と同時にいくつか吹き飛んだロウソク。
「……おい、小さい突風が吹いたぞ」
「艦娘の本気デース!」
「ケーキケーキ!」
「まあ、その前にもう一度」
「「「「おめでとう!!」」」」
「ありがとう……」
このみんなの笑顔を守りたい……そう思った。
「飛龍、お前たち艦娘にとって戦う理由を考える事は生きる理由を考える事と同じだ。それを考え続ける事が人間として生きるって事だよ」
「……私は船ですよ?」
「いいや違うな、百歩譲って『艦娘』だ」
「……」
「テートク!真面目な話はもういいデス!」
「お腹空いたっぽいいい!」
「夕立落ち着いて」
「すまんすまん」
「あー……もういいです」
なんだかバカらしくなってきた。ようするに今までの私は未知の出来事に戸惑い、振り回され、周りが見えていなかっただけだったんだろう。
「『守る事』……か」
「ん?」
「今の艦娘としての私が戦う意味……見つかりました」
「そいつは良かった」
「いつもより飛龍の雰囲気が柔らかくなってマス。もう悩み事はないようデスネ」
「はい!」
自然と私も笑顔になっていた。
「……ふむ」
「テートク?」
「いや、笑うと意外に可愛いなと」
「!?」
「おお、確かに可愛いデス!」
「や、やめてください……」
きっとこの日が『艦娘』飛龍が本当の意味で生まれた日。
ーーーーーー
「昔の私ってひどかったね……」
「勝つまで戦いたがる、仲間と関わらない、艦載機を飛ばして1人で過ごすぼっちの艦娘……見ていてずっと不安だったな。戦果は確かにあげていたが、お前はいつも虚しそうな顔をしていたよ」
「それしか知らなかった。理解出来ない事ばかりで混乱していたから……」
「みんな笑顔を守る……いい事だ。榛名の事もそういう事だろ?」
「この鎮守府のみんなにはずっと笑顔でいて欲しいからね……心から笑えていない榛名さんは見ていられなかった」
「……」
「1人でも泣かせたら私が許しませんからね」
「ん?じゃあお前が泣いたら?」
「……慰めてくれるまであなたの側を離れません」
(何それ可愛い)
「……」
「や、やっぱり今のはなしで!」
「可愛かったぞ」ニヤニヤ
「……」ギリリッ
「弓を向けるな!俺は人間だぞ!?」
「うっさい!どうせ避けられるでしょ!」ビシュッ
私が射た矢を大きく上体を反らして避ける提督。
「うおおおっ!?本当に射るバカがあるか!!」
「忘れろ!」
「嫌だ!」
逃げ出した提督を私は追いかけた。ちっ!なかなか足が速い……
今ではすっかり人間としての在り方、感情との付き合いに慣れてきた私だけど未だに慣れないものもある。
「しつこいぞ!」
「提督の後頭部を思いっきり叩きつければ記憶を……」
「勘弁してくれーっ!!」
「待てえええ!!」
あなたと触れ合う度にドキドキしている事は絶対に秘密だ。
突然人間になってすぐ順応……とはいかない艦娘も絶対いますよね。
実は可愛い飛龍(可愛いのは当たり前か)が空母の中で一番好きです。友永隊万歳。
そして榛名の部屋の本の事について追及するのを忘れている提督……