捨て艦
目覚ましの鳴る音で目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、大きく伸びをする。時刻は午前6時。起きなくてはいけない時間なのだが布団から出る気力がない。諦めて寝ることにした。
……おかしい
いつもならここで電がやって来て布団をはがそうとしてくるはずだ。
「まさか、電のやつまだ寝てるのか?」
佐世保鎮守府に着任してから一週間たったが彼女が時間に遅れるなどということは一度もなかった。
「昨日はけっこう遅くまで頑張らせちゃったからなあ」
佐世保鎮守府復旧に関する書類は何故か提出期限が短い物が多く、昨日も俺と電は書類の整理に追われていたのである。今のところ書類を整理した記憶しかない。いい加減に出撃とかしないとマズい気がする。しばらくするとドタドタと足音が聞こえてきた。扉が勢いよく開かれる。
「ご、ごめんなさいなのです!電は寝坊しちゃって、あの、その!」
「いや、別に怒ってないから安心しろ。悪かったな昨日は遅くまで」
「いえ、電こそ司令官さんに仕事のほとんどをやってもらってしまって申し訳ないのです……」
「いや、十分やってくれてるよ。今日は特に期限の迫った書類もないし鎮守府の正面海域に出撃してみようと思う」
「いつ出撃するのですか?」
「朝食をとってから一時間後でいいか?」
「了解なのです!」
鎮守府正面海域を艤装と呼ばれる大きな兵装を背負った少女が航行していた。明らかに少女の体に不釣り合いなそれを少女は難なく背負っている。キョロキョロと少女は辺りを見渡しながら通信を繋げた。
「こちら電、鎮守府正面海域に今のところ敵艦は見られないのです」
『こちら司令部、了解。通信はこのままで頼む』
「了解なのです!」
周囲を警戒しながら電は飯野少佐について考えていた。士官学校を出たばかりの新人さんであるが無理のな
いスケジュールを立てて仕事をきちんとこなしていくので優秀な提督なのだと思う。というか新人とは思えないほど電が教えることはなかった。仕事に慣れているようにも見える。士官学校での成績を聞いてみたが提督になれるメンバーにギリギリ入ったぐらいのレベルだったらしい。今年の新人さんはみんな優秀なのだろうか?
彼の大きな特徴はやはり電を人間として扱っていることだろう。このことは電も嬉しく思っている。ここに来る前に彼女が秘書艦としての教育を受けていた所で常に彼女たち秘書艦候補の艦娘はお前は兵器だと言い聞かせられていたので実は少し不安だったのだ。だが、彼には自分を兵器として扱おうとする様子は見られない。
(とっても優しい人なのです)
考え事をしていた彼女だったが前方に何かを発見し、停止した。
「司令官さん、前方に何かを発見したのです」
『ん?何なのか分かるか?』
「分からないのです。漂流しているように見えます」
『……気になるな。近づいて確認してくれ』
近づくにつれてそれが見えてきた。黒のスカートとセーラー服をまとい、金髪をツインテールに結んだ少女と周囲に浮かぶ何かの残骸……
「っ!司令官さん!負傷した艦娘です!」
『何!?回収できるか?』
「おそらく駆逐艦なので電でも引っ張っていけるのです!」
『頼む!俺はドックの手配をして待つ!』
「了解なのです!」
ーーーーーー
目を覚ますと知らない部屋だった。
(……ここどこだろう?)
自分は今入院服のような物を着ていた。ここは医務室だろうか?辺りを見回すと部屋の出入り口の扉に何か紙が貼ってあることに気づいた。
(……[目が覚めたら執務室にきてください]?ここは鎮守府?)
地図もあったので、それを頼りに少女は執務室へと向かった。
執務室に着き、大きく深呼吸してからノックをする。
〈どうぞー
扉を開けるとそこにいたのは真っ白な海軍の軍服を着た一人の青年だった。軍人としてはかなり若い。黒髪黒目短髪のどこにでもいそうな青年であるが、その目は真っ直ぐで力強さを感じる。きっとこの青年がここの提督なのだろう。
「し、失礼します」
「君は……体調の方はどうだ?」
「も、問題ありません。この度は見ず知らずのボ…私を助けていただきありがとうございます」
「それはよかった。あと、そんなに堅くならなくていい。うちはそこまで規律の厳しい鎮守府ではないからな。名前と所属を教えてもらえるか?流石に他人の所の艦娘をうちにいつまでも置いておく訳にはいかないからな。出来る限り早くもとの鎮守府に戻れるように手配しよう」
そう言われた瞬間、脳裏にフラッシュバックする記憶。ガタガタと体が震えだした。
(戻る?またあそこに戻るの……?)
戻りたくない。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!体の震えが止まらーーーーーー
「……え?」
気付くと自分は彼に抱き締められていた。
(暖かい……)
「すまない。どうやら悪い方の予想が当たったようだな。覚えていないだろうが、寝ている間うわごとのように『捨てられた』だの『死にたくない』だのと言っていたらしいからな。看病していた電からそう聞いたよ」
「あ、あの……」
「大丈夫、私は君に危害を加えるつもりはない。もしそうなったら……すぐにこの場で艤装を展開して私を殺せばいい。君の艤装はすでに修理が完了しているぞ」
そう言って彼は自分から離れた。体の震えは先程よりも収まっていた。
「そ、そんなことはしません!」
「悪いようにはしない。君の所属を教えてくれ」
「睦月型駆逐艦5番艦の皐月、所属は○○鎮守府です……」
「分かった。次にここにくるまでの経緯を教えてくれ。……思い出したくないのなら別に話さなくてもいいが」
「……えっと、あの、もう一度抱き締めてもらってもいいですか?」
何を言ってるんだボクは。相手は今日会ったばかりの他人なのに。
「……失礼するよ」
「あっ」
彼に再び抱き締められるとまたあの心地よい暖かさを感じた。優しく頭もなでられている。どうしてこの人はこんなにも暖かいのだろうか。……この人の所へ最初から着任していたらどんなに幸せだっただろう。
「辛かっただろう。だが、私は君を助けたいんだ。君のことを教えて欲しい」
この人なら本当に助けてくれるかもしれない。ボクはゆっくりと話し始めた。
ーーー
「あー、また
それが建造されたボクが最初に聞いた司令官の言葉だった。
「え……あの」
「着任のあいさつなんぞいらん。榛名、こいつを駆逐艦寮へ連れて行け。まったく……駆逐艦なんぞ弾除けにしかならんというのに」
忌々げにこちらを見る彼の目はまるで憎い相手でも見ているかのようだった。
「……行きましょう」
「はい……」
榛名さんに連れられて向かった駆逐艦寮でボクが見たのはボロボロのセーラー服を来た駆逐艦の艦娘たち。どの子も目が死んでいた。
「……何…これ」
そこから地獄の毎日が始まった。
「弾薬の補給だと?遠征にそんなもの必要なかろう。駆逐艦に補給する弾薬なんぞこの鎮守府にはない」
ろくに補給はしてくれなくて
「失敗だあ?しかも他の駆逐艦を庇って失敗しただと!?ふざけとるのか!?」バキッ
遠征を失敗すれば暴力を振るわれる。駆逐艦たちが負う傷は深海悽艦よりも提督によってつけられたものの方が多かった。
ある駆逐艦が提督のもとへ連れていかれたこともあった。気になって跡をつけたボクが見たのは、
「い、いや!やめてえええっっ!!」
「ぐっ、この!大人しく足を開かんか!!」
「て、提督!?何をしているのですか!?お止めください!!」
「ええい!邪魔するな榛名!」
「きゃっ」
「……なんで私たちはこんな目に会わなければならないの?」
「もういやよ……」
「お願い……私を殺して」
日ごとに駆逐艦寮の人員は入れ替わっていった。戦場で弾除けとして多くの駆逐艦が沈んでいったのである。そしてとうとうボクの番がやってきた。ろくな装備を持たされず戦艦たちの弾除けとして出撃した先でボクは大破し、仲間たちから見捨てられた。
ーーーーーー
淡々と語る皐月の話を聞きながら俺は拳を握りしめていた。ブラック鎮守府がこんなに酷い場所だとは知らなかった。そもそも駆逐艦がガラクタとはなんだ?戦艦や空母や重巡といった主力たちが戦うための資源を集めているのは彼女たちだ。夜戦での強さを考えても艦隊に欠かせない戦力だ。
「……以上です」
「よく話してくれた。とりあえずそいつはぶん殴る」
「うぇっ!?……失礼ですけどあなたの階級は」
「少佐だ」
「あの人は中将です」
「関係ない。そこで待ってろ、今からそこに電話をかける」
「……はい」
各鎮守府の電話番号が書かれたファイルを取りだし目的の鎮守府を探して電話をかけると数秒後に相手が出た。
『もしもし、こちらは○○鎮守府です』
「佐世保鎮守府提督の飯野少佐だ。そちらの提督殿は今いるか?」
『佐世保鎮守府……?失礼ですがそこは壊滅したはずでは……』
「俺は壊滅した佐世保鎮守府の復旧のために着任した者だ。で、提督はいるのか?」
『ただいま代わります……』
それから一分程待つと相手の提督が出てきた。
『卑田中将だ。……少佐風情が私に何のようだね?』
「そちらの鎮守府に所属している睦月型駆逐艦五番艦の皐月をこちらの鎮守府の正面海域にて保護したもので」
『皐月……?ああ、こないだ出撃した弾除けにいたような気がするな』
「こちらの鎮守府の艦娘ではないので指示を仰ぎたくて連絡いたしました」
『別にもらってくれてかまわんよ。弾除けの駆逐艦などいちいち回収する必要はないからな』
「しかし、彼女は艦隊の戦力として必要な存在だと思いますが」
『戦力だと?君は駆逐艦が戦艦や空母と並ぶ戦力になると思っているのかね』
「思っていますが?」
『やれやれ、これだから新人は……。いいか、駆逐艦は強力な兵装を持たない上に装甲も紙屑同然だ。戦艦や空母と肩を並べることなど出来ん。せいぜい主力艦隊の弾除けになるぐらいしかできない存在なのだよ』
「本当にそうでしょうか?」
『何?』
「駆逐艦には他の艦種にはない速さと夜戦時の強さがあると思います。少なくとも 弾除けとして使うにはもったいない」
『何が言いたい?』
「あなたは無能ですねと言いたいだけです」
『なんだと!?』
「二週間後に演習を行いませんか?私が皐月を指揮し、駆逐艦の素晴らしさを証明してみせましょう」
『……いいだろう。貴様を教育してやる』
「場所はそちらの鎮守府近海でよろしいですか?こちらはまだ着任したばかりで近海の警備もままならないので」
『かまわん。だが上官がケンカを売ったのだ、お前が負けた場合はそれ相応の罰をうけてもらうぞ』
「……分かりました。では」
電話を切って皐月を見ると顔を真っ青にしていた。そのまま詰めよって来る。
「な、な、何してるんだよ!?君はバカなの!?」
「俺はいたって真面目だぞ」
「中将にケンカを売るなんて正気じゃないよ?」
「さーて、これから特訓開始だな」
「というか勝手に決められたけどボクの意思は関係ないの!?」
「じゃあ聞くが、お前はガラクタ扱いされて腹が立たないのか?見返してやりたくないのか?」
「そりゃ、見返してやりたいよ……」
「俺がお前を導いてやる」
「信じていいのかい?」
「ああ、若輩者の身だが全力でお前をサポートしてやる」
「そういえば、言葉遣いが変わってないかい?」
「お前だってそうだろうが」
「あっ」
「はは、これからはお互い本音でいこう。絶対に勝たせてやるよ」
「はあ……とんでもない人の所へ来ちゃったなあ」
ーーーーー演習まであと14日