ダイの大冒険異伝-火水の法則-   作:越路遼介

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魔人大戦-伍-

「以上が伝令の内容でございます」

 第三陣の将、サリーヌにも総帥ポップの指示が伝達された。サリーヌ隊と戦っていたカール軍の左翼はほぼ壊滅状態であり、後退する兵は続々とカール本陣へと集結していた。サリーヌ自身もそろそろポップに全軍総攻撃を進言しようと思っていたところであった。

「わかった。もうカール本陣に逃げる敵兵を追うことはない。帝国全軍で総攻撃になる。我が備えの兵を一旦引かせなさい」

「ハッ」

 腹心の悪魔神官サイヴァにサリーヌは指示を出した。

(チッ、出し惜しみしやがって。さっさとお前が出てくれば、こんな苦労はしていないんだよ。私が後々使ってやろうと思っていたヒムとラーハルトを死なせやがって)

 そうこう考えているうち、兵がはサリーヌの元に集結した。

「よいか、これから閣下自らが攻撃に入る。攻撃目標は中央突破し、しかるのちに三方から包囲殲滅することである。その後閣下の号令を持って、エイミ隊と呼応し全軍でカール本隊を急襲する。それまでまだ間があるので、わが軍の再編成をサイヴァの指揮のもと行う。編成後、各自携帯してきた水と食料を取るように。以上、かかりなさい」

 こうして、エイミ隊とサリーヌ隊は、つい先刻までカール陣だった場所で自軍の再編成を図り、ポップから下命される総攻撃の合図を待った。

 

◆  ◆  ◆

 

「敵の各備えは自軍の再編成を行っている様子。おそらくは帝国軍本隊の攻撃に連動して押し寄せるかと。ポップの意図が包囲殲滅であることは明白です。囲まれれば全滅は避けられないでしょう…」

 フローラにより、カール軍の再編成は完了していた。そしてカールの将たちは撤退方法を論じるべく、本営のテーブルへとついていた。

 アバンはフローラとの約束を守り、本陣に無事に帰還した。しかしそれを喜ぶゆとりはフローラにもアバンにもなかった。

「カールの残存兵力は?」

 重苦しくフローラが正確な兵数をアバンに報告した。出陣時の半分にも満たない数字だ。

「負傷兵たちは?」

「我らより一足先に撤退しております」

「そうか…無事に帰ってくれると良いが…」

 深いため息と同時にフローラに返事をするアバン。自慢の眼鏡も泥だらけでレンズが汚れていた。それに気づいたフローラはアバンから眼鏡を取った。

「…何をする?」

 フローラは懐からハンカチを取り出し、眼鏡のレンズを拭いた。

「駄目よ。こんな泥だらけじゃみっともないでしょ。世界一の美男が台無しよ」

「ケッ」

 マトリフは少し面白くなさそうだ。アバンは何か癒されたようで笑みがこぼれる。殺気立っていたレオナもフローラのこの細かい思いやりで少し落ち着きを取り戻し、そして同時に何かうらやましかった。

 私もダイくんにこんな優しいことをしてあげたかった。私のひざまくらで眠らせてあげたかった。私の手料理を食べてもらいたかった。私の編んだマフラーを首に巻いてもらいたかった。私にとって世界一の美男のダイくんに…。そんな感情が湧いてきた。そしてそれを振り払うように頭を激しく振り回した。戦いはまだ終わっていない。

 

「ハイ、どうぞ」

 フローラは綺麗になった眼鏡を返した。アバンは何やらもったいなさそうに眼鏡をかけた。

「ありがとう。よく見えるよ」

 そしてアバンは再び勇者の顔になった。

「総引き上げを開始する。マトリフ、先導を頼む。姫は隊列の中盤に位置し兵の統括を頼む。そして私とフローラがしんがりを努める!」

 マトリフは驚愕した。自分の先導とアバンがしんがり務めるのは分かるが、何故フローラも一緒に行うのか。

「ちょ、ちょっと待てアバン!王妃にそんな…!」

 フローラはマトリフに毅然として言った。

「良いのです。これが一国の王妃の務めでもあるのです。それに夫アバンも一緒なのだから大丈夫です」

 フローラの顔にはしんがりの恐怖どころか歓喜にも似た表情が伺えた。討ち死にの可能性もあるしんがりの役目である。以前のアバンなら自分一人で行い、フローラを逃がしただろう。でも今、アバンは一緒にと言った。それがフローラには嬉しかった。

「全軍、総引き上げだ!」

 

◆  ◆  ◆

 

 アバンの命令が全軍に伝わる。それとほぼ同時刻にポップの全軍総がかりの号令が出された。帝国軍本隊が総帥ポップを先頭に突撃してくる。その両脇にはエイミ、サリーヌの軍勢が固めた。

 アバンとフローラ、そしてカール騎士団がしんがりを務めるべく、カール本陣に防御陣形を布陣していた。半壊状態とはいえカール軍はまだ大軍、引き返すのも至難の業である。

 だからアバンはしんがりの一番矢面に立った。自分の力をここですべて使っても、兵たちを一人でも多く、カールに引き返させたかった。

 ギガデインを始め、自分の持つ戦闘力すべてを追撃に迫る帝国軍にぶつけ続ける覚悟であった。フローラはアバンがその攻撃のみに集中できるよう、しんがりの指揮を取るのが仕事である。ギガデインの連発は、いかにアバンとはいえ危険である。魔法そのものに体力を奪われ続け、やがては死を迎えるかもしれない。でもアバンはすでにその覚悟はしていた。フローラもそんな夫の気持ちが分かったのだろう。ただ、りりしく帝国軍をにらみつけるアバンの横顔を見つめていた。フローラもまた、死を覚悟した。

 

 ポップはそれを見ると全軍を停止させてしまった。

「かまわず蹴散らしましょう!」

 ポップの副将、エルフの女戦士クリスがポップに具申した。彼女は少女期に流す涙がルビーになるのを狙われ、人間に捕まり、涙が枯れるほどの仕打ちを受けた辛い経験を持っていた。ゆえに人間に対する憎悪がエルフの中でも抜きん出ており、エルフ一族がポップに恭順する前から彼に仕えた。武勲の数も多く今回の戦いには本隊の副将に抜擢されたのであった。

「慌てるな、カール軍の腹に穴を空けてからでも遅くはない」

「え、穴…ですか?」

 ポップは両の拳を握って鳴らす。そしてアバンを見つめ、嘲笑を浮かべた。

「決死の覚悟か、先生。だが、アンタはまだ俺の力が分かっていない…」

 両の拳を握り、地獄の底から響くような恐ろしい声でポップは魔法を詠唱。

 

「…メ…ラ…ゾー…マ!!」

 

 ポップは握っていた両の手を、人差し指から徐々に開かせた。その指先には紅蓮の炎が渦を巻く。最後の親指が左右同時に開いた。ポップの目が紅蓮へと変わる。口元が歪む残酷な笑み。あの残虐非道の氷炎将軍フレイザードのごとく。

 

「フィンガーフレアボムス!!」

 

 ポップは十本の指からメラゾーマを放った。そのひとつひとつが、バーンのカイザーフェニックス級であった。言語に絶する灼熱の業火が退却中のカール軍を襲った。ポップはあえて、しんがりのカール騎士団には直撃させず、彼らのはるか頭上を通過させて後方で退却している兵たちに対して放った。

 さながら大きな爆弾が敗走しているカール軍に落ちた様であった。それは見るも無残な光景だった。黒焦げとなった兵たちが累々と倒れていた。

「な…なんて…こと…だ…」

 アバンは愕然としてその光景を見た。フローラはすでに言葉も出ない。ポップは一仕事終えた程度に両手を叩いた。

「よいか!敵は後退を開始した。包囲殲滅作戦は取りやめとし、全軍再び剛槍の陣にて追撃を開始せよ。一兵たりとも逃がすでない。憎き人間どもから大地と空を掴み取るのは今ぞ。かかれ!」

「「ハハッ」」「「オウ!」」

 兵士たちはポップに応え、エイミもうなずき、サリーヌは残酷な笑いを浮かべていた。人間を思う存分に殺せる事が嬉しくて仕方がないようだ。

 帝国軍は改めてしんがりのカール勢に攻めかかっていった。しんがりのカール騎士団のみであるため帝国軍に対し、そう長く抗うことは出来まい。何より先ほどのフィンガーフレアボムスで騎士団の士気は激減していた。次々と倒されていった。

 だが帝国軍の兵たちはポップに何か命令されたのか、アバンとフローラに対しては一切攻撃を仕掛けてこなかった。アバンが攻撃してきてもかわすだけで反撃せず、その場からすぐにいなくなってしまう。ダメージを受けても彼らはアバンとフローラを無視して攻撃はしてこなかった。まるで川の中州のように帝国軍はその両名を避けて突撃をしていた。帝国軍はそのまま敗走していくカール軍に向かっていった。アバンとフローラだけを置いて。

「くっ、待て!!」

 アバンは馬を返して敵を追おうとするが

「待つのはアンタです。先生」

 そこにはドラゴンに乗り、不敵に笑うポップがいた。最強のドラゴン、ダースドラゴンに乗るポップがアバンとフローラの前に立ちふさがり、アバンが敵兵を追うのを阻んだ。

「兵にアンタたちを無視させるようなマネをさせてすみませんね。お話があったので、まだ死んでもらうわけにはいかなかったのですよ」

 小馬鹿にするように言うポップの態度にアバンは怒り狂った。

「お前と話すことなど無い!そこをどけ!!」

「でしょうね…ククク…では聞いてもらえるようにいたしましょう」

 ポップはダースドラゴンを降り、その首元を軽く叩いた。ドラゴンは飛び立ち、空で待機しているように旋回して飛んでいる。アバンの耳には味方兵の断末魔の叫びが聞こえてくるようだった。実際にこの時は帝国軍の追撃は苛烈を極め、大虐殺が繰り広げられていたのだ。

「…そこをどけ…」

「どかしたければ私を倒すしかありませんよ。先生」

「だまれ!お前などもう弟子でも何でもない!先生などと呼ばれるとヘドが出る!」

 今まで聞いたことがない怒り狂うアバンの言葉にポップは腹を抱えて笑った。アバンにとってはこの上なく耳障りな笑い声である。

「…本当に狂ってしまったのね…ポップ。師のアバンに刃を向けるなんて…」

 たまらずフローラはポップに詰め寄った。

「これはお懐かしい…。フローラ様、相変わらずお美しい」

 眉をしかめるフローラ、お前に言われても嬉しくない。

「俺はあなたの知恵とカリスマ性を高く評価しています。どうですか?そんな腰抜け見限って俺の何番目かの愛妾になりませんか。贅沢させてあげますよ?」

 いったい幾つの年齢差があると思うのか。フローラはポップより十三か十四年上である。しかしフローラが女性としてかなり魅力的であることは事実である。村民の出であるポップは高貴な女性に憧れるのか、紛れもなく本心からそれを言っていた。

「ふざけたことを!あなた知らないの?あなたのご両親は自ら命を絶ったのよ!馬鹿息子の犯した罪を嘆いて!」

「知っていますよ。まったく馬鹿な親たちです。俺の元に来ればつまらない武器屋なんぞしなくても贅沢な暮らしができたのに」

「馬鹿はあなたよ!メルルが今どんなに辛い思いをしていると思うの!生まれたばかりの子を抱え、まだ二十歳そこそこなのに髪は白髪が目立ち、やせ細り!伴侶にそんな辛い思いをさせても、あなたは平気なの!?」

「才色兼備のフローラ様らしくもない。この後に及んで情に訴える作戦ですか?だとしたら無駄なこと。メルルとはもう夫婦でも何でも無い」

「もういいフローラ、彼はもうポップではないのだから」

「ほう…では俺は誰だと云うんだ?」

「…人の皮をかぶった悪魔だ!」

「最高のほめ言葉ですよ…ククク…」

 

 対峙するアバンとポップの元に追撃をしていた副将クリスがポップの元に駆けてきた。クリスは乗っていたドラゴンから降り、アバンとフローラに一瞥をくれて、そのままポップに敬礼し、そして報告した。

「報告いたします。残念ながらカール軍皆殺しはならず、わずか取り逃がしましたが8割から9割は討ち取りましてございます」

 アバンはクリスの報告に絶句した。

「な、なんてことを…」

 フローラはその場に膝を落とし、地に手をつけた。

「…あ、悪魔…あなたは悪魔よ!」

 声も高らかに大笑いをするポップ。同時にクリスも嘲笑した。

「フローラ様。戦争に犠牲者はつきものですよ。そんなこと覚悟の上で私に喧嘩を売ったのではないですか?だいたい、こちらの帝国に寄せてきたのはカールでしょう?そりゃあ、こちらだって抵抗しますよ」

「ふふっ、そうですね。カールが大人しくしていれば帝国は何もしなかったかもしれないのに」

 身を斬り刻まれるようなポップとクリスの言葉。この後世に魔人大戦と伝わる戦いにおいて、かつてマァムと共にロモスの武闘大会で決勝トーナメントに進んだ魔法使いのフォブスターや戦士のラーバ、狩人のヒルトらも討ち死にした。偽勇者一行のまぞっほは仲間の僧侶ずるぼんを守って死んでいった。

 

「う、うう…」

 大地にフローラの涙が落ちる。アバンは怒りで背中が震えた。

「しかし、わずかながらも逃がすとはクリスやエイミにしてはうかつだったな。敵は何か策でもやらかしたのか?」

 アバンとフローラの無念の涙などどこ吹く風のようにポップは陽気に訊ねた。

「各自が携帯していたキメラの翼を使ったようにございます」

 からかうように、ポップは拍手をした。

「それじゃあ仕方ないな。敵兵の中にも逃げる備えをしていた者がいたというわけか。はははは!」

 アバンの口元から血が滴り落ちる。悔しさのあまりに歯を食いしばりそれが歯肉に食い込む。そしてしばらくすると追撃から引き上げてくる帝国兵が見えてきた。

「クリス、全軍を本陣に戻らせ休息と食事を取らせよ。退陣は明日にするゆえ、ゆっくり休めとな。俺には仕事がある」

「御意」

 クリスはポップに再び敬礼を取った。そしてドラゴンに乗りながらアバンを睨み

「ふん、人間なんて所詮は自分より弱い者にしか強く出れない腰抜けばかり。負けて当然よ。もっともあの拳法使いの爺さんは立派だったけどね」

 クリスはその場に捨て台詞を残し去っていった。ポップは笑った。

「おやおや、全ての女性に大人気と思っていた先生も結構嫌われ者なのですねえ」

「…言いたいことは…それだけか!」

 アバンはすさまじい形相でポップを睨んだ。もはや師弟ではない。アバンはポップを殺すことに何のためらいも無いだろう。そんな裂帛をあざ笑うかのようにポップは流す。

「いいえ、まだありますよ。でもここじゃあ俺の部下や兵に邪魔される。場所を変えます」

「なに?」

 アバンとフローラ両名にポップは呪文を唱えた。

「オクルーラ」

 

◆  ◆  ◆

 

 タウラス平原から北にやや離れた川のほとりにアバン、フローラは飛ばされた。

「な、なんだここは…」

 アバンは周りの景色を確認している。フローラも同じことをしていた。

「どうやら…あの戦場の近くにあった川のほとりのようね…」

「そうです。ここなら誰にも邪魔はされない…」

 アバンたちに遅れてポップはルーラでその場にやってきた。

「ポップ!」

 魔力が全身を包むのか、ポップの姿は少し陽炎の中にいるようで、はっきりと姿が見えない。ポップの顔は歓喜の笑顔で満ち満ちている。

「さあ…ショータイムだ…」

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