「フローラ、下がっていなさい。巻き添えを食いますよ」
「あなた…!」
アバンは剣の柄を握りしめた。ポップとアバンの闘気が上がる。
「あの世に送ってやる…」
「やれるものならやってみな…」
ポップもブラックロッドを握る。作り手のロン・ベルクを討ったポップだが破邪と大魔、いずれのダンジョンでもロンが作ったこのロッドを越えるポップの武器は見つからなかった。魔力量が桁違いとなっている今、バーンの降魔の杖のごとく敵に取って最強最悪の武器と云えるだろう。
場所は緑豊かな川のほとり。だが2人の闘気が木々をゆらし、木の葉が舞い散り、川の水面は波を打ち始めた。
「アバンストラッシュ!」
半月の鋭利な剣の波動がポップに襲う。ポップは避けもせず、口から『かがやく息』を吐き出した。剣の波動は瞬時に消滅した。ポップはブラックロッドの切っ先を一瞬で伸ばし、アバンの顔面を捉えた。
しかし、アバンはそれを避ける。ポップはブラックロッドを収めると共にアバンの懐に入りこみ
ドドドドドドッッ!!
アバンの胸と腹に拳大の陥没が一気に5箇所も叩き込まれた。ポップが拳聖ブロキーナとの戦いで会得した『ばくれつけん』である。右手にロッドを持っているため、ポップは左手だけでそれを放った。しかし、それでも絶大な破壊力である。
「ぐほっっ!」
アバンの吐血がポップの顔面にかかる。そしてポップは『ばくれつけん』を放った後、ロッドを重量感溢れる棍棒に変えて力任せにアバンの顔面に叩きつけた。
「ぐああああっ!」
アバンは眼鏡も割れ、顔は血まみれ。服に隠れて見えないが、体中に内出血の悲惨な青あざがあるであろう。倒れることはポップが許さなかった。崩れようにもポップがアバンの胸倉をつかみ無理やりに立たせているのだ。
「や、やめてえ!アバンが死んじゃうわ!」
フローラはすがるような声でポップに哀願した。
「あなたの愛妾でも何にでもなるから!これ以上彼を攻撃しないで!」
ポップはその哀願を嘲笑した。そしてアバンの胸倉を放すと同時に、ポップの左足の蹴りが綺麗に弧を描いた。
ボキィッ!
「グアアアアアア――――ッッッッ!」
辛うじて持っていた剣が川原にカランと音を立てて力なく落ちた。ポップはアバンの右腕を回し蹴りで叩き折ったのである。アバンは沈んだ。右腕はありえない角度に折れ曲がり、今、勇者の面影は彼には無い。ポップは息ひとつ乱していなかった。倒れているアバンの頭をポップは嘲笑を浮かべて踏みつけていた。
「ククク…先生アンタこんなに弱かったんだねえ…。それじゃあダイも助けられなかったわけだよ…」
「ぐ…ぐぐ…」
アバンの苦悶の声もポップには届かない。
「あ、悪魔だわアナタは!仮にも自分を育て上げた師匠に対して…よくもそんな…」
「おやおや、アンタさっき俺の愛妾になるって言いませんでしたか?ご主人様にそんな口を利いちゃいけないですね…」
「ふざけるな!誰がアンタの愛妾になるものか!」
「ほう、一国の宰相が二枚舌をお使いになられるのですか。カール国民も気の毒にね。まあ、じっくり教えてあげましょう。身の程ってやつをね…」
ポップはうつ伏せで倒れているアバンに向かい、腰を下ろした。そしてアバンの髪をつかみ、自分の目線にまで彼の顔を無理やりに持ち上げた。アバンはキッとポップを睨んだ。ポップは不気味なくらいに穏やかな表情をしていた。
「先生、俺は今日、有能な軍団長二人も亡くしちゃいましてね。だから念のため聞きたいのですが、俺に仕える気ありませんか?カールの国王のままでかまいませんから。そうすればカール王国にゃ手出ししないし、他に領土やゴールドも与えます。そしてこの場でアナタにベホマもかけてあげます。どうでしょう?」
「…ペッ!」
ピチャッ
アバンは血の色をしたツバをポップの顔に吐きつけた。
「…誰に物を言っているのだ、ふざけるな小僧!」
「……」
ポップは唾を拭おうともせず、静かな微笑を浮かべ、アバンの髪をつかんだまま、彼を無理やり立ち上がらせた。そして
ドンッ!!
「ぐふっ!」
ポップの拳がアバンのみぞおちに入った。アバンは腹部を押さえうずくまった。血の混じった胃液を吐き出している。
「…もう一度訊ねます。俺に仕える気はありませんか」
「断る!」
「…やれやれ、先生だからこそ俺も大幅に譲歩したのに。俺の優しさが分かって下さらないのですね」
「き、貴様に優しさなど残っているものか…。仕えたとしてもいずれ私を殺すだろう…」
「ククク、デルムリン島でハドラーと戦った時と同じ言葉ですね。ではこの後はまたメガンテですか?忠告しときますが無駄ですよ。たとえ俺がメタルキングの防具を外したとしてもね。マァムの母親のように犬死したければ、どうぞ挑戦してみて下さい」
「貴様ぁっ!!」
アバンはレイラを侮辱された怒りで再び立ち上がり、素手で殴りかかってきた。ポップは避けもしない。そしてアバンは棍棒となっているブラックロッドで殴打され、再び倒れた。
「では、そろそろ楽にしてあげましょう」
倒れているアバンにポップが魔法を撃たんと右手を向けた。だがその手に鞭が伸びてきて絡むように縛り上げた。フローラが鞭でポップに攻撃を仕掛けてきたのだ。
「…それ以上汚い手でその人にさわらないで…」
「…いい度胸です…」
ポップは鞭で縛り上げられた腕を見つめ、笑っていた。
「や、やめろフローラ…逃げるんだ…早く…!」
意識の薄い中、アバンはフローラに逃げるよう訴えた。フローラは表向きこそ気丈だが足は恐怖に震えていた。
「アナタにももう一度訊ねよう。俺の愛妾になる気はないのですね?」
「くどい!誰がアンタの慰み者になんかなるものですか!」
「応じれば先生を助ける。配下にならずともベホマをかけて助ける。そう言っても駄目ですか?」
「それを信じろと言うの?大人を馬鹿にするのもいいかげんにしなさい!」
「…そうですか。なら仕方ない」
ポップは魔力で腕を縛る鞭を振り払う。いきなり鞭がはずれ、フローラは後ろに転んだ。
「そこで愛する夫の最期を見ているのですね」
「……!」
フローラはすぐに立ち上がり、ポップに無我夢中で殴りかかっていった。ポップは避けもしない。それどころかメタルキングの装備に素手で殴り続けたため、フローラの拳は血だらけである。
それでもフローラはポップを殴り続けた。目には溢れんばかりの涙を浮かべて。
(やめて!やめて!この人を殺さないで!この人に死なれては私は生きていけない…この人は私のすべてなのだから…!)
再び『愛妾になる』と云う言葉を吐くのは簡単だった。しかしそれをフローラは言わなかった。夫アバンの恥になると思ったからだった。殴り続けているうち、フローラの拳から流れる血がポップの目に入った。
「チッ、ええい、うっとうしい!離れろ!」
ポップは強引にフローラをどかせた。岩だらけの川原に叩きつけられ、フローラに激痛が襲った。
「フロー…ラ」
「アンタ殺して、ゆっくりともてあそんだ後、そちらに送ってやるから安心して死にな。アバン」
ポップの体が怪しく光る。
「ニードルサウザント!」
ハドラー親衛騎団、女王アルビナスの技である。技の名前どおり、魔力を帯びた千本の針がアバンに降り注いだ。だがその時であった。
「アバーン!」
ザザザザザザザザザッッッッ!!!
何とフローラがアバンの盾となって、針の雨を全身に受けた。悲鳴を上げることさえできなかった。
数え切れないほどの小さい穴から血が噴出し、そしてアバンに倒れていった。
「フロー…ラ」
「あ…あなた…」
「フローラァァァァァァッッッ!!」
血だらけとなった愛妻をアバンは抱きしめた。美しい愛妻フローラの顔も体も穴だらけであった。
「あな…た…」
フローラはもうそれ以上言葉を言えなかった。だがフローラはこのとき最後の力を振り絞り、右手を天空に向け呪文を唱えた。この呪文は大戦前、フローラがひそかに修行し、やっとの思いで契約を果たした大呪文である。使わずに済めば、と彼女は願っていただろう。だが運命はフローラにこの呪文を唱えさせた。
「メガ…ザ……ル…」
そう唱え終わると、フローラの右手は大地に落ちた。それと同時にアバンの体が金色に光を放つ。右腕の骨折はもちろんのこと、その他に受けた深いダメージが瞬時に全快し、アバンの体力、魔法力が最上値まで回復したのである。
「フローラ…フローラ…」
アバンはそんな自分の状況などまったく気づかないかのように、愛妻を抱きしめて泣いていた。
そしてポップはニードルサウザントを放った両手を見つめていた。人間に絶望していたポップにとって、フローラの最期は信じられないものであった。夫のために盾となり、最後には自分の生命と引き換えにするがごとく、メガザルでアバンの深いダメージを全回復させてしまった。人間に絶望していたポップにとり、崇高な自己犠牲でアバンを救ったフローラの行動が信じられなかったのだ。
かつてテランにてバランと戦ったとき、ダイのためにメガンテを放った自分とフローラが重なったのかもしれない。時間にして、ほんのわずかであった。ポップは立ち尽くしていた。棒立ちであった。
「許さんぞ…絶対に許さん!」
その棒立ちとなっていたポップの顔面にアバンは正拳突きを炸裂させた。
「ぐあッ!」
ポップが頭部に着用していたメタルキングヘルムが吹っ飛んだ。その隙にアバンは剣を拾い、よろめくポップに狙いを定めた。
「ギガソードッ!」
メタルキングの鎧が切り裂かれた。そして間髪入れず、ラーハルトを仕留めたギガブレイクの構えでポップに突進した。すごい形相であった。ハドラーやキルバーンでさえ、これほど怒りを露わにしたアバンの表情は見てはいないだろう。
「チッ」
盾で受けきれないと悟ったポップはそれを放り投げた。特技、呪文を使うにはもう遅い。ポップはギガブレイクを受けるべく構えた。
「ギガブレイクッ!!」
「なっ!?」
何とブラックロッドが真っ二つに切れた。
「地獄に行くがいいっっ!!」
ギガブレイクの直撃がポップに落ちた。切れたとは云え、ブラックロッドが無くば、ポップの体は真っ二つとなっていたかもしれない。そしてアバンの剣はギガブレイクの威力に耐え切れず消滅した。
ダイがバランのギガブレイクを食らったときと同様、ポップも叫ぶゆとりもなく、吹っ飛ばされ川へと落ちた。
「ハアハア…倒したか…」
アバンはフローラの亡骸を見つめた。そして歩み寄ろうとしたとき、川から水柱が上がった。それは噴水のように空に伸びていき、やがて大滝のように大地に振り落ちた。
バシャッ、バシャッ、バシャッ 水しぶきの中からポップがアバンに向かい歩いてくる姿が見えた。
「ば、馬鹿な、直撃だったはず…なぜ生きている…」
「これがメガンテも無駄と言った理由です。魔法アストロング」
「ア、アストロング…?」
「簡単にいえば俺はアストロンを自分にかけたまま戦っているのです」
これはポップが大魔の洞窟で会得した呪文である。外観は鋼色にならないがポップは全身が鋼鉄となっているのである。オリハルコンの剣でも無い限りポップを切り裂くことはできないのである。
「しかし、さっきのギガブレイクは効きました。俺がこの秘法を会得していなかったら死んでいたでしょう」
「ならば、その秘法。解かせてもらおう」
アバンは魔法を詠唱。
「マジャスティス!!」
「凍てつく波動!!」
2つの相反する魔法解除呪文が激突する。水と水が激突したように、やがて空中でそれは消滅した。それと同時にアバンはポップに向かい、もう一振り帯びていた剣で再びギガブレイクで突進した。
「二度も同じ手を食うとお思いか!」
ポップの両手から魔力の剣が伸びた。
「アルテマソード!」
ギガブレイクは上段の構えで突進する。アバンはカウンターでポップの必殺技を食らってしまった。青白い軌跡の魔力剣が大ダメージでアバンを襲った。
「グッ!!」
剣はアバンの手元から落ちていった。
「く…」
「せっかくフローラ様に回復してもらったのにね。アンタがこれほどの猪武者とは知らなかったよ…おっと」
そういいながらポップはベホマを唱えようとしているアバンにマホトーンを唱えた。普段のアバンなら効きそうに無い基本的な呪文だが、あまりにもダメージが大きく出血もおびただしい彼には効果があった。
「…もはや勝機は完全に消え失せた…殺すがいい…」
ポップはアバンの言葉を無視してフローラの亡骸の下に歩いていった。
「…何をする気だ!」
「…大した女だ。アンタにはもったいない…ザオリク…」
「…!?ザ、ザオリク…だと?」
フローラの体を穿った千の穴は一瞬で塞がり、顔に生気が蘇る。何とポップはフローラを蘇生させたのだ。
「う、うう…ハッ!?」
フローラは目覚めた。
「フ…フローラ…フローラ!」
「あ…あなた…私、どうして…」
ポップはそのままアバンに振り返り、ベホマを唱えた。アバンの負傷があっと云う間に癒えた。
「ど、どういうつもりだ。ポップ…」
「俺に情けをかけられたほうがアンタの心を切り刻む。そう思っただけです。自決もできないまま負け犬根性を背負い、そして領民に敗北した王と蔑まれるがいい。そしてフローラ様に免じて、アンタが生きている間はカールには攻めない。安心しな」
「……」
「ただし、敵に塩を送るのはこれが最初で最後です。次に私の前に立ったときは殺します。無論、その気丈なフローラ様もな」
ポップは知ってか知らずか、かつて自分を死に至らしめたバランが、ポップ自身を蘇生させた後、ダイに言ったものと同じ言葉を口にした。そしてポップはアバンとフローラの前から歩き去っていった。
アバンとフローラに会話は無かった。アバンはフローラが生き返っても不思議とさほどの喜びを表さなかった。またフローラも無事なアバンを見ても、笑顔ひとつ浮かべなかった。アバンはただ、ただ、焦点の定まらない視線を泳がせていた。アバン、フローラにとってポップに情けをかけられたことは死に勝る屈辱なのかもしれない。タウラス平原での戦いではあれだけの犠牲者を出してしまったにも関わらず、自分たちは生き残ってしまった。
しかもポップの情けによって。ポップが言うように彼ら2人を切り刻む。ポップが一時の気まぐれで見せたアバンたちへの情け。いや情けではないのかもしれない。生き残るほうが辛い現実が待っている。
耳には戦いの後の静けさを物語るよう、川のせせらぎが聞こえてきた。ポップの最後の言葉は何を意味するものなのか。それはアバンにもフローラにも分からなかった。
翌日、帝国陣は陣払いを開始した。カール軍が戦場に置いていった物資等もすべて接収し、そして敵兵の亡骸もポップによってすべて燃やされた。この時代、敗残兵の死体は野晒しが常だが、風向きによってはその死臭が帝国まで及ぶことが想定され、死体は一箇所に集められポップに燃やされたのだ。
帝国軍はブロキーナ、ノヴァ、まぞっほ、そしてフォブスターやゴメスと云ったロモス武闘大会の勇士たちの亡骸はカールに返したが、あとの人間はごみのように燃やされた。帝国軍はその炎を取り巻きにして昨夜、勝利の宴を開いた。その炎は不気味なほど明るく、夜の空を照らしたのであった。