ダイの大冒険異伝-火水の法則-   作:越路遼介

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最終回です。


火水の法則

 カール王国、ダイとその仲間たちが祀られている廟。ここにはカールの政務から退いたレオナがシスターとして身を置いていた。そして今日もダイたちに祈りを捧げていると、カール国王アバンがレオナを訪ねてきた。彼は軍装を整えていた。

「国王陛下、その格好は…」

「姫、これを預かっていただけませんか」

「陛下…」

 アバンはレオナに自分の大切な眼鏡を渡した。この眼鏡は彼にとり平和の象徴。それをレオナに託したのだ。

「まさか帝国打倒の軍を…」

 アバンはうなずいた。

「ドワーフ、ホビットたちから、私たち人間の国を取り戻さなければなりません。姫、あなたの母国パプニカもです」

 レオナはアバンの眼鏡を胸に抱いた。

「ダイくんが構築した平和な世に戻したら、その眼鏡を受け取りにまいります。それまで頼みますよ」

 そしてアバンは愛妻フローラを副将として再び帝国打倒の軍を挙げた。大魔王ポップが死んだ数ヶ月後のことである。後世の人は『弟子のポップが死んだとたんに強気になった師のアバン』と揶揄した。

 

 ポップを失った帝国軍はもろかった。ディーノ・キャッスルは数日で陥落し、実質帝国は滅んだ。たった十数年の国家であった。魔人大戦の恨みか、アバンは帝国軍に容赦はなかった。

 大戦において、ポップの副将であったエルフの女戦士クリスは捕虜となり、アバンに手足の自由を奪われ、兵の慰み者にされたあげく、フローラに眼、耳、鼻をくり抜かれ、手足も切り落とされ陣中の便所に放り込まれた。クリスはカール兵の糞尿の中で溺死した。フローラは自分に許しを請うクリスをあざ笑い、クリスの目から流れ落ちる涙のルビーを独り占めにし、これでもかと云うくらい自分の装飾品として身に着けたと云う。

 

 旧ベンガーナに建設されたモンスターパークも数日で焼け野原と化し、スライム一匹に至るまでカール軍に八つ裂きにされた。パークで平和に生きていたモンスターは復讐に燃えるカール軍にはなすすべがなかった。

 マーメイド族はカール艦隊にバルジ島に追い詰められ、そこで兵たちに犯された後、一族全員殺されてしまった。アバンとフローラはその様子をワイングラス片手で愉快そうに見ていたと云う。怒涛のようにポップの足跡を消して行くカール軍、そしてアバンとフローラだった。

 やがてアバンはドワーフ、ホビット、エルフら種族の治める国々に出兵。しかしこれらの国はこの十数年で完全に基盤を固め、容易には落とせなかった。種族と国家の泥沼の争いがこのアバンの出兵から始まってしまったのである。

 

◆  ◆  ◆

 

 そして、その戦いから何年経ったでしょう。私の手もすでに皺だらけ。あとは愛しい人の待つあの世に旅立つのを待つだけです。国王と王妃もすでに亡くなりました。あれから数年後、陣中にてお2人は忍び込んでいた敵の刺客に閨房の最中に串刺しにされ殺されてしまったのです。なんとあっけない最期でしたでしょうか。

 お2人とも首は見せしめのために、さらされた後にカールに返されますが、私はその首を見る気にはなれませんでした。

 

 そして首を弔おうと墓を作っても壊される。カール国民によって壊されるのです。閨房の最中に殺されると云う恥知らずな最期。そして泥沼の戦争にカールをいざなった国王と王妃を国民は許さなかったのです。国王の眼鏡も、ついにお返しすることができませんでした。

 後をついだ王子はあまりにも暗愚。愚かな戦いを繰り返し、そのために必要な軍備のため民に重税を強いる。税を納めない者は死刑とし、罪を犯しても大金を納めれば許されると云う目茶苦茶な政治でした。当然民心は離れて今まで作り上げたカール政治の土台は、すぐに崩壊してしまいました。

 

 そして今、このカールのお城はホビット、ドワーフ、エルフの連合軍に包囲されています。食料も尽き、水もそろそろ尽きる。暗愚な王はついに家来に殺され、連合軍へその首を持って降伏を申し出るも、その使者は首だけになって帰ってきました。

 本日の正午に総攻撃は開始される。私も殺されるでしょう。せめてもう一度、故国の土を踏みたかった…。

 

 私は…すべてを覚えています。すべて思い出しました。魔王に陵辱を受け、純潔を奪われたことも、何度も何度も汚されたことも思い出しました。そしてあの時、私を助けてくれたマトリフさんは、おそらくはマトリフさん本人ではありません。私を陵辱したあの男…魔王ポップが化けていたのでしょう。

 凌辱されたその無念を返したい。殺してやりたいと云う気持ち。私を助けて少しでも罪滅ぼしをした気になったのか、偽善者と唾を吐きかけたい気持ちもございます。

 しかし、あと数分後に死ぬと思うと、そんなことも何故かどうでも良く思えてくるのです。

 

 大魔王バーンと戦った勇士の中で、いま生きているのは私だけです。みんな死んでしまった。勇者アバンが魔王ハドラーを倒したこと、勇者ダイが大魔王バーンを倒したことは一体なんだったのだろう。あの必死の戦いはなんだったのだろう。なぜこんな結末とならなければならないのだろう。もう涙も涸れ果てました…。

 

 ああ…敵兵の雄たけびが聞こえてきました。総攻撃が始まったのです。せめて勇者ダイの偉業、そして魔王ポップの暴走を記した私の書を後世の人が見つけ、読んでくれることを祈り、この宝箱にしまおう。

 

 そうそう、シャルイ山には名前の書かれていない墓標が2つあるのです。最初は1つだけのお墓でした。しかしいつの間にか、2つに増えていたのです。一度だけ、花を添えている女性を見たことがありますが、あのメルルによく似ている美しい人でした。本当に本当に美しい人でした。

 

 やっとみんなに会える…。私だけおばあちゃんになってしまったけど…こんな皺くちゃな私だけど甘えさせてね…ダイくん…。

 

◆  ◆  ◆

 

 

 カール城内の廟にエルフ兵が突入してきた時、勇者ダイの肖像画の下で自決している年老いたシスターが見つかった。兵たちは、そのシスターが自分たちの母国フェアリーランドの前身であるパプニカの姫レオナであることを知り、遺体を持ち帰り、丁重に弔ったと云う。あまりにも悲惨なカール滅亡において、このエピソードだけが救いであった。

 フェアリーランドの史書では、レオナの死に顔には微笑が見えたと記されている。おそらくは死の直前、彼女もポップのように幸せな夢を見たのではないのだろうか。勇者ダイと初めて出会った少女の頃に戻り、そしてやんちゃに自分をレオナと呼ぶ彼の胸に抱かれるような…そんな幸せな夢を。

 

 レオナは自分の書いた歴史書を二分構成とした。勇者ダイがデルムリン島から旅立ち大魔王バーンを倒すまでを『火の章』。大魔道士ポップが魔王と化し、そして滅ぶまでを記したのを『水の章』とした。

 レオナがどのような意味合いを込めて、その名をつけたのかは不明であるが、後の歴史家はこう判断する。

『火と水、人間に限らず生きとし生けるものには不可欠なものであるが、その存在を当たり前と思い、そして軽視した時、火と水はすさまじい力を持って逆襲してくる。人間は希望の火たる勇者ダイと仲間たちを殺してしまった。だからポップという怒りの激流が人間を併呑した。レオナはその意味を込めたのではないか』

 

 さらに後の歴史家はこう考える。

『大魔道士ポップは、かつて大魔王バーンに『閃光のように生きぬいてやる』と一喝したと云う。彼の言うとおり、勇者ダイと大魔道士ポップは、閃光のように、炎のように戦い、ついに大魔王バーンを倒した。彼らが英雄として、もっとも輝いていた時であろう。しかしその後に勇者ダイは命を賭けて守った人間たちに殺され、魔王と化した大魔道士ポップは自分の娘に討たれ、勇者アバンは妻フローラと閨房の最中に暗殺者に殺されてしまった。まるで火が一瞬にて水に消されるように。レオナはこの英雄たちの栄枯盛衰を火と水にたとえたのではないか』

 このように、色々な説があるが、真実はレオナしか知らない。だが後の人は英雄、偉人が晩節をまっとうできず、悲劇的に、短絡的に滅ぶ様をこう言った。

 

『火水の法則』と。

 

◆  ◆  ◆

 

 私の名前はガルチラ、歴史家です。私の母はエルフでございまして、あの魔王ポップの愛妾でした。母は父と共に、あの大魔王バーンを倒した武闘家マァムと容貌が非常に似ていました。マァムの肖像画を見た時は、私もそりゃあ驚いたものです。母はずっと『マァムの代わり』として父に抱かれていたのでしょう。母は辛かったと思います。そして父も。

 不思議と私は母を玩具にした父に対し、怒りや憎しみが湧いてはきません。それは私も男であるゆえか、それとも父があまりにも哀れであるからか。

 母は父に私を身ごもったことは告げず、帝国より出て私をひそかに生み、そして育てて下さいました。

 その母も数十年前に亡くなりました。私は父の顔は肖像画でしか知りません。母より実父が魔王のポップであることは聞かされていたゆえ、私は父のことが知りたく、母の死後に彼の事を調べました。そして父の生涯を知れば知るほど、父の生き方に興味を持ち、今では歴史家となり、はからずも大魔道士ポップ、魔王ポップを研究する歴史家では第一人者となりました。

 

 レオナ姫の残した『火の章』『水の章』。ああ現在は『火水記』と呼ばれています。勇者ダイの旅立ちから、魔王ポップが滅ぶまでを一般に『火水記』と後の人は言うようになるのです。私はその火水記の研究に没頭する毎日を送っています。

 

 それではレオナ姫が自決されたあとのことを簡単に説明させていただきます。

 私の腹違いの姉に当たるマァルはパミラと名を改め、母メルルより継いだ秀でた占いの能力を生かし、貴重な予言や占いを残し、ポップの娘マァルとしてではなく、占い師パミラとして歴史に名を刻みました。

 後進の育成にも励み、優れた占い師が彼女の門下から多く輩出し、パミラは多くの弟子たちに囲まれ八十八歳の天寿をまっとうしたと聞いています。彼女は父のポップを許さなかった。しかし彼女は歳を重ね自分も母親になり、そして孫を持つ歳になったころ、母メルルの墓の横にもう一つの墓を作りました。墓碑銘はありませんが、おそらく父ポップの墓でございましょう。一度だけ、姉マァル、いえパミラと会い、墓の事をそれとなく訊ねました。彼女は言いました。

『あたしゃ…今でも父を許しちゃいない。それが父への一番の供養と思っておるのじゃよ…。だけどあまりに父が哀れでねえ…。あんな粗末な墓でも作ってやりたくなったのじゃよ…』

 母メルルの形見である水晶玉を寂しそうに見つめながら姉はつぶやいておりました。

 

 さらに時が経ち、ドワーフ、ホビット、エルフの友好関係は崩壊しました。そして最後にはエルフが覇を唱えたのです。エルフの長はモンスターを手なづけ、細々と暮らしていた人間の弾圧にも乗り込みました。

 あやうく人類が滅亡を迎えようと云うその時です。2人の少年がエルフ軍とモンスターを退けたのです。2人の少年のうち1人は黄色いバンダナを頭に巻く魔法使いの少年、そしてもう1人の少年の額にはあのドラゴンの紋章が輝いていたと言います。

 

 そして、その少年たちの活躍によりエルフ族の野望は砕かれ、人間に平和が訪れたのです。しかし、その平和が訪れてより、わずか数日後、ドラゴンの騎士の少年は『異端者』として、人間たちによって殺されてしまいました。十字架にかけられ火あぶりと云う残酷な処刑だったそうです。彼の相棒である魔法使いの少年は激怒し、兵を挙げ人間を大量虐殺し、ついにこの大地から人間はいなくなってしまいました。最後の1人となってしまった魔法使いの少年も人類滅亡後に病で亡くなりました。こうして人類は滅亡したのです。魔王ハドラー、大魔王バーンの手によってではなく、人間自らの手によって。

 

 歴史はまた…繰り返された。そして二度と繰り返されなくなったのです。

 

 いえ、歴史が繰り返すのではないのでしょう。人間が繰り返したのです。

 

 私の姉、マァルことパミラの預言書は、この人類の末路を巧みな表現で包み隠して予言しておりました。

 

 現在、この地上はドワーフ、ホビット、そしてエルフの生き残りとわずかなモンスターが社会をつくっております。私のように人間との混血児はおりますが人間は1人もおりません。

 人間に大地を与えたと云う神は、はるか天界で、これをどう思っているのか。それは神のみぞ知る事でしょう。私たち残った種族は人間の滅亡を見て反面教師とし、ようやく戦争の愚かさを知り、種族や民族を越えて手に手を取り、平和に生きています。そして二度と戦争を繰り返さないための警鐘として、私は火水記を中心とした歴史を研究し、人に伝えているのです。

 

 そしてパミラは預言書の締めくくりに、気になる一節を記しています。それも巧みな表現で包み隠されていましたが、その表現を解析するとこうなります。

 

『邪竜、降臨』

 

 歴史家ガルチラが自分の著書にそう書き記した頃、魔界で一つの異変があった。冥竜王ヴェルザーの封印が解けたのである。長き眠りから解放された彼は、魔界の漆黒の空を見つめて笑った。そして地上を欲する彼は、ゆっくりと翼をひろげ、宙へと舞った。歓喜の叫びと思える咆哮と共に。

 

 




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