読まなくても問題ないし、むしろネタバレに近いです(何で投稿した)。
東方前夜録
―とある神社にて―
『二人ともそろそろ起きてね~?』
ふわりとした女性の声が廊下から聞こえる。布団がモゾモゾと動いて、小さな女の子の瞼が、パチリと開く。
『ん……おねーちゃん、おきて。』
青い着物を着た幼女は、上半身を起こすと隣の少女に声をかけた。
『んー……あと五分。』
『だーめ。』
『やだぁ……』
『ね~おきて~!』
『やーだーよー……』
どちらともなく笑い出した二人は、じゃれあい、廊下へ飛び出した。柔らかな笑顔を浮かべた女性が、二人を抱き止める。
『おはよー!』
『おはよぉ……』
『はい、おはよう♪』
―同神社、庭にて―
『はぁっ!……やぁっ!』
庭の中心で赤い巫女服に身を包み、巫女棒を振る少女の名は"霊夢"。鋭く冷静な目付きは、戦闘時の母に似ていると、ある妖怪は言っている。
『むしょうふーいん……』
一方縁側に座り青い着物に身を包み、霊夢の真似をしてスペルを唱えているのは"咏夢"。まだ幼いこの少女は、霊夢の三つ下の妹である。
『ふふっ。微笑ましいわね。』
空間を切り裂いた隙間から、長い髪の貫禄ある女性が、二人を眺め、目を細めている。
『でしょう?どちらも自慢の子よ。』
答えるのは、現博麗の巫女である。彼女は、二人の母でもあり、瞳には深い慈愛の色。
『でも……幻想郷を守る博麗の巫女は……』
――たった一人だけ……なのよね。
声にならないその呟きが、少女たちに語られる事は、まだ無い。
5年後……
中庭で二人は向き合っていた。霊夢も咏夢もすっかり大きくなり、巫女服が様になっている。
『かかってきなさい、咏夢!』
『いっくよー!"封魔陣"!!!』
『ふんっ!そんなもの!』
霊夢は巫女棒を振り、咏夢の技を弾いた。硝子玉の割れるような音がして、即ちスペルが失敗する。
『あーあ……残念。』
今日何度目かの敗北に、咏夢は肩を落とした。姉に敵う事は、最早無いのではないか、と。
その時、陰陽師の紋章が表れ、中から二人の母が出てきた。
『わぁっお母さん!』
咏夢はニコニコしながら、細い身体に飛び付いた。霊夢も控えめなものの、微笑みながら近づき、何時ものように問う。
『今日はどうだったの、お仕事。』
『……上手くいったよ、大丈夫!』
そう言って笑いかける自分に、なんの疑いもかけず抱きつく我が子を複雑に見つめている。そして、その場景を見つめる者がまた一人。
(分かっているんでしょう?貴女も……、紫。)
2年後…
『お母さんが…死んだ…?』
掠れた呟きと共に、咏夢は泣き崩れた。突然の報せ、幼い彼女には、辛すぎるのも当然なのだ。
『そんなの……嫌だよ!お母さんは……死んでなんか……っ!』
『落ち着いて聞いて……?貴女たちの母……零華は、博麗の力に耐えられなかったのよ。』
紫は淡々と述べた。今まで、こうして命を落とした巫女は少なくないのだ、と。
余りにも冷淡なその様子に、霊夢が多少の憤りを覚えたのも、仕方あるまい。
『それに、まだ死んでないわ。まだ……ね。』
ふと背後に感じた違和感に、霊夢はパッと顔を上げ振り向いた。
柔らかな輝きに包まれた笑顔は、間違いなく自分の母だった。我が子に優しく儚い微笑みを向ける先代巫女――零華は、旧友へ小さく先を促した。
『紫……。』
『えぇ、始めるわ。』
――博麗の儀式を……
"博麗の儀式"、紫はそう言った。
霊夢は怪訝そうな顔をして、そっと母に触れようとした。が、その手は空しく宙を掻いた。
『えぇ。彼女が持つ"博麗の血"と、"陰陽師"としての力。それをあなた、霊夢が受け継ぐのよ。』
『私が?あっ、咏夢はどうなるのよ?』
紫は目を閉じて、その問いに答えなかった。
『さぁ、行きましょう。取引の場へ。』
そう言うと、紫はスキマを開いた。霊夢は手を引かれ中に入っていった。 すると、何を思ったのか次に入った母は、咏夢を中に連れ込んだ。
振り向いた紫は咏夢の存在を見つけると、耐えきれないように叫んだ。
『……っ!分かっているんでしょう?!』
『分かっているわ。でも我が子を見捨てるなんて、そんなこと……』
零華は、初めて涙を流した。
過去には無かった、二人の博麗という事実。
ある種の哀しみを押し殺す紫は、現実をもう一度諭した。
『博麗の巫女になれるのは、
一人しか、いないのよ……!』
『そんな……っ!?』
それを聞くなり、霊夢は紫に詰め寄った。焦燥に満ちた鋭い瞳に、顔を背けてしまう。
『それじゃあ、咏夢は……どうなるの……』
紫は無言のままだった。そのまま零華に近づくと、手を翳す。霊夢と咏夢には何が起きたのか分からなかったが、ポツリと交わされる言葉は、旧友の証だろうか。
『ありがとう……貴女は、いい巫女だったわ。』
『……えぇ。ありがとう。』
一瞬の光で、彼女は、陰陽の玉へと姿を変えた。
ふわりと振り向いた紫の手には、紅く光る血が小瓶に入っていた。つかつかと二人に歩み寄るその顔に、もう迷いは無い。
『幻想郷へ連れていける博麗の巫女は霊夢だけ……だけど――』
紫は、小瓶の栓を抜いて霊夢に振りかけた。血は霊夢に吸い込まれていった。その時、繋いだ手を通じて微かに咏夢にも博麗の血を継いだのは、紫の一種の期待だったと言える。
『あとは……貴女に任せるわ、零華。』
陰陽の玉を、紫が宙に放った。どちらの元へ飛んでいくのか選ばせたのだ。
まさにその瞬間、陰陽の玉もとい零華は残る力を集めて歴史を変えた。
『陰陽が……割れた……?!』
黒き勾玉《世界を変える陰陽師の資格》は、咏夢の元へ飛んでいき、胸に小さな光を灯した。
白き勾玉《世界を守る博麗の資格》は、霊夢の元へ飛んでいき、額にうっすらと博麗の紋章を刻んだ。
『そう……貴女は……ふふっ。最後まで無茶苦茶ね。』
目を瞑った霊夢は紫に手を取られ、"キオク"を埋め込まれた。
博麗になるための記憶、すなわち幻想郷の歴史…そして、真実を隠す、苟の記憶も…。
『お姉ちゃん!待ってよ!ねぇっ…!』
目玉がギョロつく亜空間の中、霊夢は知らない少女が手を伸ばしてくるのを見た。彼女から零れてくる涙は、確かに自分の頬を叩くのに、哀しみは何処にも無い。
『あなたは……誰?』
家族の記憶を失った霊夢には、それが夢なのかも分からなかった。亜空間の中、二人の距離は確実に離れていた。咏夢はひたすらに手を伸ばした。
その手が握られることは、無かった。
《霊夢の話》
『ここは……。あ、私……』
霊夢は、自分が纏う巫女服を見つめた。紫は、自分が埋め込んだキオクが正常に動いていることを知り、深い安堵を覚えた。
同時に、脳裏にちらつく青いもう一つのシルエットを、無理矢理に忘れ去ると、妖艶な笑顔を浮かべる。
『その様子だと、心配はいらないわね、霊夢。いえ……博麗の巫女。』
こうして、霊夢は博麗として、幻想入りを果たしたのである。
《咏夢の話》
『ん……。』
咏夢は目を覚ますと、不思議そうに起き上がり、障子の外の空を見上げた。
苟の記憶が、じんわりと作り出す昨夜の情景を、懸命に頭の隅に追いやる。が、それは単なる猶予に過ぎないのだ。
最後の小さな光を手繰り寄せ、決意を声に出す。
『待っててね……私もいつか……幻想郷に……。
その時は……』
――私の手を、貴女は握ってくれる?お姉ちゃん……
ありがとうございました!
追記:ちょっと修正しました。