あっさり逃げてごめんねレミィ♪
転がり出るようにして、こちらを目指す人影。それを心待ちにしていたのが、八雲の式神、橙だ。主に命じられて、この夜中に此所で待つようにと言われたが、最初は何が起きたのか解らなかった。
それでも、ライバルの一大事とあれば、駆けつけない訳にはいかない。それ以前に主人の命令であるから、聞かないわけにはいかないが、心配する藍を押しきったのは橙本人だ。
「にしても、随分早かったなぁ……。何してたんだろ。」
「あっ!チャン!」
「チェン!!!どうしたら間違えるの?!」
「あれ、そうだっけ?色々あって忘れちゃった。」
「はぁ……藍様~!咏夢が来ました~!」
大ケガのわりに意外と元気そう、という感想は置いておき、橙は主に報告をするべく呼び出した。
「無事だったか!?」
「どっちかっていうと有事ですけど、戻ってきましたよ」
「そうか!何かしら起きているのは此方も把握済だが、話を聞かせてくれるか?」
「分かりました!」
咏夢はまだ知らない。
この悪魔の館に、後々また訪れる事になるなんて。
―――――――
「アハ、アハハ……」
幼い声。
「ハ、ハハ……?」
血濡れた手。
「ア……う、あぁ……っ」
紅い瞳。
「い、やぁ……助け、て……っ」
『イヤだよ。これは貴女が望んだことでしょ?』
「ち、がう……もう、やめて……」
震えた声と、嘲る声。
裏と表が反発しあう、その瞳は濡れていた。
『さぁ、もっと壊しちゃいましょ?』
――――――
「……分かっていたわ。」
パチュリーに作らせた催眠魔法で、片手間に美鈴を眠らせておく。血飛沫の付いた机に肘をつき、レミリアは目を閉じる。
見えてくるのは、館内を俯いて歩く咲夜の姿。その服には染み一つ付いていない。一目瞭然である。
「…………はぁ。」
やはり、駄目だった。
彼女の心を傷つけるとしても、美鈴に深追いさせるべきだったのだ。いや、いっそあの人間に全てを話す?
レミリアは無言で大きく頭を振った。それこそ突拍子も無い考えだ。彼女がどう動くか分からないから、始末しようとしたというのに。それが全てを知ってしまったら、どうなるかなど想像も付かない。
これは美鈴と自分で進めなくてはいけない事なのだ。例えどんな苦渋を味わうことになっても……
(咲夜にやらせるわけにはいかない。)
レミリアは、ため息をついた。辿り着くのは、いつもこう同じ考えだ。もうこれ以上、同族を手にかけさせたくない、命への感覚を狂わせてほしくない。小さな頃から自分の従者として扱い、愛でこそしたが、人を殺めさせもした。幼い咲夜は、罪という意識を持たなかった。それを良いことに、レミリアは彼女にナイフ術を教え、無意識に血の味を覚えさせていた。
「やはり。」
チラリと足元で崩れ落ちている美鈴を見る。これは、彼女と二人でやり遂げなくてはいけない。
愛する咲夜を、そして愛するフランを救うために。
――――――
「そう、咲夜がね……。」
「彼奴も人間でしたか……。」
明くる朝、咏夢がこれまでのことを話し終えると、紫は予想通り逃げてきてくれたことに安堵する反面、これから起こりうる"異変"について考えていた。咏夢の記憶力はかなり高いらしく、一語一句をほぼ正確に話してくれた。
『今から私は妹様のお相手をするわ。』
咲夜は、そう言って咏夢を逃がしたという。彼女の心情理解はさておいて、妹様……フランドール・スカーレットの相手、とはどういうことか。彼女は、時折感情を爆発させ狂気に陥る事がある。その後の咲夜の発言から察するに、吸血鬼の活動時間である夜を、恐れていたようだった。この件は、思ったより複雑かもしれない。
恐らく洗脳された紅美鈴、何か考えている様子のレミリア、そして、これは推測ではあるが、狂ったフラン。これ以上の咲夜の助けは期待できない。大図書館には、パチュリーも居るが、今は敵と考えるのが妥当だろう。すなわち、今の情勢は――
「圧倒的、ねぇ……」
「?」
紫は、無垢な瞳を不思議そうに細める咏夢を横目に、考えを更に進めた。
この件を公にするのは、あまり気が進まない。かといって、霊夢に頼るというのもこの状況では出来ない。魔理沙は恐らくまだ館内であるから、今すぐに行動を起こすのは難しいだろう。
となれば、自分達で動くしかないのだが、極力異変に直接関わる事はしたくないのだ。紫は、険しい顔をしながらも、選択肢が確定している事に薄々気づいていた。
「咏夢、スペルカードルールは知っている?」
「え?は、はい。文さんから聞いてます。」
「そう……」
「紫様……まさか……!」
「……貴女は」
紫は、顔を上げて、此方を見つめる咏夢と目を合わせた。青く清んだ瞳を闘いの色に染める覚悟は、あるか。
「この世界で、闘える?」
「……はい。」
早い。早すぎる。強い決意が満ち溢れるには、あまりに即決すぎる。
それでも、咏夢は悪戯に笑って言った。
「だって私は、"博麗"ですから。」
「っ……そう。分かったわ。」
紫は、現在の状況をスキマに映し出した。すると、そこには飛び回る人影があった。フランが一夜の徘徊の末、遂に"遊び"を始めたのだ。
「貴女には、あの子を止めてもらうわ。」
「分かりました!」
「橙も行きます!」
紫は、従者に無言で頷くと、悪戯に笑って言った。
「"成り損い"の力、見せてもらうわ。」
『"レーヴァテイン"!』
響いた爆音とスペルカードの宣言。それと同時に二人はスキマの中へ飛び込んだ。咏夢は、その聖剣の名前を忘れなかった。
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