そしてあまり話は進みません。
「50年前……」
紫が記事を見ながら呟く。咏夢は自分で淹れたお茶を一口飲むと、その酷さに硬直した。いつもは藍姉が全てやってくれているのだが、朝から姿が見えないのだ。
「うっわ、何これ不味っ」
「橙、お茶淹れて……」
「何で私!?……~もう!台所どこ?」
「こっち!」
咏夢と橙が連れだって部屋を出ていくと、紫はふっと外に目線を向けながら、ぽつりと呟いた。
「現人神の掟……ねぇ。」
現人神とは、神が人として生まれた存在である。それ故、人間という種族でありながら、神に最も近い力を手にしている。東風谷早苗は、その能力によって力を使っているが、他の者達の中にはそうもいかないという事が少なからずある。だから、この掟が存在するのだ。
50年に一度、自分の力を世に放て、と。
現人神。身近に居ても気づく事が無いという事例は、割と多い。親しくしていた強運持ちの人間が、実は現人神であったり、晴れ男だ何だと言われている者が、実は偉大な神の親族であったり。
紫は手元の記事に目を戻して、内容を一通り流し読み終わると、スキマを開いて立ち去った。最後に振り返ると、冷気に包まれた詠唱院がやけに孤立して見えた。
――――――
開かずの扉。
怪談話や都市伝説であれば、何かの拍子に開いてしまうのだろうけど、この話は違う。いつもは普通に使われている部屋が、50年に一度固く閉ざされる、という話。まるでその扉の中が凍りついてしまったような、漏れ出る冷気に身震いするしかないのだ。
「へぇ……」
咏夢が立ち去った後の貸本屋で、李瓜はその話を読んでいた。寒い、50年に一度、で検索した結果、一冊だけピンと来たので、何気無く手に取ったのだが……
「これって、"詠唱院"?」
物語の舞台になっているのは、明らかに幼馴染み・咏夢の住む詠唱院。李瓜はふと思い付き、もう一度目を閉じる。
(寒い、詠唱院……あった!)
李瓜の脳内に浮かび上がったのは、詠唱院に遥か昔から住まうとされている少女。
藤原藍姉。その特徴は、"凍りつかせる"事。
――――――
咏夢は温かいお茶を一口飲むと、幸せそうにため息を吐いた。隣では、橙が耳をぱたんと折り畳み、疲れたように眠っている。紫は結局居なくなってしまったが、異変とあらば解決しなくてはならないのが、博麗の巫女の定めだ。美味しいお茶で心満たされた咏夢は、橙の肩を揺すった。
「橙!ちぇーん!」
「んん……紫様ぁ……?」
「咏夢だけど!起きて、早く行くよ!」
「はぁ……どこに?」
「異変解決、世界平和!」
咏夢が腰に手を当ててそう言うと、橙は目を擦りながら立ち上がった。
「異変を解決しただけで、世界は平和にはならないだろうけど……仕方ないなぁ。付き合ってあげる。」
「やった!さすが橙!」
ライバル二人は手を繋ぐと、結界を越えて幻想郷へと飛び出していった。
――――――
「それで?何か当てはあるの?」
「うーん……特に無いけど……。あっ!紅魔館は?」
「なるほど……あの吸血鬼なら、何か知ってるかもね。」
霊力飛行を続けながら、咏夢と橙は行き先を紅魔館のレミリアの所に定めた。二人で霧を抜けると、見覚えのある赤髪の女性が、門の前でうたた寝していた。
「美鈴さーん!」
「咏夢!あ、八雲の式さんまでいるじゃないですか!」
「……何かその呼ばれかたムカつく。」
咏夢は、むっと唇を尖らせる橙の隣に並ぶと、美鈴ににこりと笑いかけた。美鈴も明るい笑顔を浮かべると、門を押し開けた。
「さっ、どうぞ。今日はお嬢様に?」
「あ、はいっ!聞きたいことがあって……」
「分かりました。ちょっと待ってて下さいね?」
そう言うと、美鈴はどこに行くでもなく、目を閉じた。淡い光が一瞬揺らいだと思った時には、美鈴はもうくるりと振り向いていた。
「あの、今のは……?」
「ちょっとした気の応用ですよ。これで来てくれるはずです……あっ、ほら!」
美鈴が指さしたのは、紅魔館の玄関だった。咏夢にとって思い出深い……決して良い思い出とは言えないが、両開きの扉が少し開き、少女が顔を覗かせた。
銀髪にメイド服、腰に提げられた懐中時計が彼女の力を指し示す。この館のメイド長、十六夜咲夜である。
「美鈴?」
「咲夜さん!咏夢が来てくれました~」
「……五秒待って。」
橙が、消えた少女の気配を追うと、一瞬で上階に移動してから、暫くその場に留まり、もう一度戻ってくる。
「お嬢様の許しが出ました。行くわよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「行きましょう!」
「あんたは仕事に戻りなさい。」
「あ゙だっ」
咲夜は美鈴にチョップを喰らわすと、先導して歩き出した。空間が歪んだのか、数分と経たずに辿り着いた扉を、咲夜はそっとノックした。
「……入りなさい。」
「さ、私は紅茶でも持ってくるわ。」
「はい、ありがとうございます。」
咏夢と橙は顔を見合わせると、緊張した面持ちで部屋へ足を踏み入れた。
「それで、どうしたのかしら。」
「はい。えぇと、異変といいますか……」
「ほぅ?」
レミリアの瞳がぎらりと光る。咏夢は怒らせたのかと一瞬ひやひやしたが、レミリアはふっと目を閉じた。
「……なるほど、そういうことね。"答は貴女のすぐ側にある"。貴女が知らないだけでね、咏夢。」
「私の、側に……?」
「どういうこと?」
咏夢と橙は揃って首を傾げたが、レミリアはただ意味ありげに笑うだけだった。その後すぐに咲夜が、紅茶を持って現れたが、そのカップは一人分だけ。暗に帰れ、と言われた二人は、仕方なく部屋を後にした。
言葉の真意を探ろうと、唸りながら廊下を歩いていると、咏夢は突然くいっと袖を引かれた。
「うわああっ!」
「何?!いきなり大きな声出さない、で……、っ!」
咏夢の大声に振り向いた橙は、飛び退くと戦闘態勢に入った。それを見た咏夢も遅れて顔を後ろに向ける。
「咏夢、見ーつけた。」
「やあああっ!」
あまりにもホラーチックな台詞に、咏夢は卒倒した。
―――――
「で、何か言うことある?」
「はいはい、ごめんなさーい」
「ちょっとシュガー!もう少し反省してよ、もう……橙さん、咏夢さん。色々、ごめんなさい。今まで、挨拶もしてなくて……」
そう言うと、少女は頭を下げた。その様子を、呆れたように隣で見ているシュガーと、瓜二つの外見だ。
そう、彼女こそがフラン。悪魔の妹、フランドール・スカーレットである。
しかし少女らには、いくつか違いが見える。フランとシュガーは、外見こそ少し似ているが、正反対の存在なのだ。金髪に赤い服のフランに対し、暗めの金髪に黒い服のシュガー。性格も、シュガーが言っていたように、丁寧で優しいフランと、乱雑で元気なシュガー、という感じだ。
目を覚ました咏夢は、初めて話すフランと、初めて見るシュガーに、瞳を輝かせている。一方の橙は、少々ご立腹のようだが。
「ま、こうしてフランと並んでられるってのも、割かし奇跡だよねぇ。……面倒だけど。」
「はい。全部、咏夢さんのおかげですよ。……バカですけどね。」
「あっ!?バカって何よ、バカって!フラン!」
「だってバカじゃないですか。この脳筋。」
「お前だって絶対弱っちくなったじゃねーか!」
「試してみますか?あーでも、ルールも分からないような奴じゃあ無理ですねぇ?」
「はあぁ?!お前ぇ……ぜってー泣かす!表出ろ!」
「ちょ、ちょっと!フラン、シュガー!」
咏夢は慌てて二人を引き離すと、咲夜の焼いたクッキーを握らせた。ソファに座った二人は、全く同じ動作でパクつくと、全く同じように幸せそうな顔をした。
「あはは。やっぱり、二人とも同じなんだねぇ。」
「「誰がこんな奴と!」」
―――――
彼女らと談笑した後で館を後にした二人は、再び頭を悩ませながら歩いていた。ここらの道は、低級の妖怪が棲んでいるが、橙が隣にいて出てくるバカは居ない。
「おいお前!あたいと勝負しろー!」
「……は?」
「うわあご愁傷さま。」
訂正、こいつ一人以外には居ない。
橙の一段低い声に、咏夢は思わず妖精に同情する。橙の放った妖気で、青いワンピースの妖精は少し怯んだ。その隙に地面を軽やかに後にして、思いきり足を落とす橙。しかし、意外に妖精はすばしっこく、上に避けた。
「"アイシクルフォール"!」
「チッ……ちょこまかするなっ!」
弾幕の雨あられを、何もないかのように妖精へと迫っていく橙。そうなれば、この中で一番やられているのは、流れ弾だらけの地上にいる咏夢だろう。
「ひゃあっ!わ、わわっ!とわぁっ!?」
「"ダイヤモンドブリザード"!!!」
「こんの……っ"鳳凰卵"!!!大人しく……しやがれっ!」
一人の悲鳴がこだまするなか、二人の弾幕ごっこは夕方まで続いたという。
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