東方陰陽玉   作:咏夢

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 つららせんか、またはひょうちゅうせんか。

 藍姉ちゃんの過去は、話が進んだ後に公開します。


凍符「氷柱閃華」

 氷の礫が入り乱れる中、橙は必死に咏夢を庇った。敵に背を向けてまで守るべき人など、主だけだと思っていたのに。橙は痛覚の麻痺するような衝撃に耐えながら、自嘲気味に笑った。

 

 目線を上げれば、フランとシュガーが互いに魔法陣を拡げて身を守っている。ふと、橙とフランの目が合った。

 

「……!」

「っ、う……」

 

 紅い目を見開くフランに橙は、自分は大丈夫だと伝えようと口を開いたが、掠れたうめき声しか出せず、口の中に血の味が広がっただけだった。それを境に、すっと視界が暗くなり、橙は意識を失った。

 

―――――

 

「貴女を"護る"。……シュガー!」

 

 崩れ落ちる橙を、暖かな金色の光が瞬時に包む。手を広げたフランの隣に居たシュガーは、軽い舌打ちの後に駆け出した。シュガーは、フランが咏夢に辿り着いたのを見ると、ぐっと膝を曲げた。

 それを隙と見たか、弾幕の密度が増す。しかし――。

 

「隙だらけなのは、そっちだ……っ!」

「!」

 

 シュガーは天井すれすれまで跳び上がると、大きく手を振りかざした。壊す勢いで行こう、シュガーは容赦を知らない。

 

「"レーヴァテイン"!」

「"氷柱閃華"っ!」

 

 炎の聖剣と、氷の神剣が切り結ぶ。宙から押し込もうとするシュガーに、周囲の気温を一気に下げて応戦する藍姉。拮抗は暫く続いたが、藍姉が目を細めた刹那、指から冷気が迸り、氷の蔓がシュガーの手首を締め付けた事で、勝負が付いた。

 

「あ゙っ!?」

「っ……!」

 

―――――

 

 藍姉の降り下ろさんとする氷柱の鋭さに、目が眩む。あれが刺されば、吸血鬼の回復力と言えど暫くは動けなくなるはずだ。フランはスローモーションのような刹那にそう察したが、今から飛び込んでも状況は変わらない。

 

「……て、」

「咏夢?」

 

 小さな声に、思わず自分の押さえていた少女を放す。少女の蒼い瞳は涙に濡れて、藍姉の姿を捉えていた。肩を震わせた咏夢は必死の思いで叫んだ。

 

「藍姉、やめてーーーーっ!!!」

 

 ハッとした顔で、すれすれまで下ろされていた藍姉の手が止まる。親友の声に、涙に、心を動かされない訳が無かった。シュガーは転がっていた剣を素早く手に取ると、大きく距離を取った。

 

「シュガー……!」

「セーフ、セーフ……多分な。」

「ギリギリセーフ……?」

 

 二人の微妙な表情は、ずっと踞っていた咏夢に向けられた。藍姉と向き合ったその瞳は、躊躇か畏怖か、読み取れないような光を帯びていた。

 

「咏夢ちゃん……どうして、どうして止めるの。」

「……っ!でも、ダメだよ……。こんなの、こんなの、藍姉らしくないよ……っ!」

「私らしくないって、何?!」

 

 藍姉が声を荒げる。今まで見たことのない親友の姿に、咏夢は声にならない悲鳴を上げた。辺りの空気は、首を絞めてくるような気に包まれる。シュガーはフランに目配せすると、橙を抱き上げた。フランは一歩、二歩と後ろに下がると、廊下を静かに駆けて行った。

 

 彼女を抑えることは、シュガーの能力なら可能だろうが、それではあまりに無惨すぎる。巧くやる方法を考えなくてはならない。

 まず思いつくのは、結界。今そこにいる巫女でも出来なくはないが――力不足もあるし、何より残酷な事だ。そうなれば、頼れるのはただ一人。

 

(アイツなら、絶対に止められるはず……!)

 

 賢者、八雲紫である。

 

 シュガーからしたら、ただの胡散臭いBBAだが、今は頼れる大妖怪。余計な事は言わぬが吉というものだ。

 フランにその意思を託したシュガーは、腕の中で力尽きている式を見つめ、早く目覚めるのを願った。

 

―――――

 

「私らしくないって、何?!」

 

 分からない。藍姉は苦しさを吐き出した。ああ、指先が冷たい。もう感覚すら無くなりそうで、それさえどうでも良くなる。

 

「咏夢ちゃんは、何も分かってない!」

      . .

 かつての家族、愛していた従姉。その全てを、この力で失った。二度と会うことの無い、遥か昔の愛しの人。あの日の色だ、空気も髪も、何もかも。ただ一つ染まらないのは――目の前の、親友。

 

 

 詠唱院に住み始めたのは、30年前。果てることの無い命に苦しみ、最早ただ"生きている"だけの存在と成り果てた藍姉に声をかけた、一人の少女。

 

『貴女、どうしたの?こんなに凍えて……』

『あ……さ、触らないでっ!』

『どうして?……貴女もしかして、現人神?』

 

 その言葉に頷けば、飛ぶように話が進んだ。女は笑顔を浮かべて、藍姉を古い社に連れていった。どうして、と聞けば此処に住んでいるという。

 促されるまま、失った者の話をした。暖かく包んでくれた、一人の良家の娘の話。涙を凍らせる藍姉に、女は優しく笑った。

 

『それなら、私と一緒に居ない?此所は暖かいわ。』

『え?』

『皆には内緒にするから、ね?良いでしょう?』

 

 どこか咏夢と似ていた巫女は、ぐいぐいと藍姉の手を引いた。その優しさに甘えて、いつしか藍姉は心を溶かしていった。

 

『ねぇ、……』

『……何?』

『貴女はいつまで、一緒に居てくれるの?』

『もう少し、もう少しだけ。そうすれば、貴女の事を娘に話してもいいわ。』

『貴女の、娘……』

 

 彼女と同じ巫女服を着た、幼い少女は二人居た。そのどちらに?と訊くと、女は笑った。そうして少しついと目線を上げて、月を見ながら言った。

 

『――貴女と同じ"色"の方にするわ。』

 

 

(ああ、ごめんね。私は、貴女の遺してくれた物さえ、護れない、――零華。)

 

 一筋の涙が凍った。あの日から凍りついた時間は、女――博麗零華によって溶かされたはずだった。けれど、何も変わってはいなかったのだ。

 

 藤原藍姉の罪は消えない。一つの"永遠"を創った罪は、決して償われる事は無い。

 

(貴女は今、どこに居るの……?)

 

 永遠の冬の月、その下で迷い子は二人。

 

 愛する人を探して、苦しみ泣いたその後も。

 

 まだ、冬は終わらない。

 

 

 

 




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