でもストーリー決まらないな、なんて。
「行こう。」
気づけば、橙はそう囁いていた。自分より少し背丈の高くて、自分より少し幼くて、そして確実に謎だらけの少女に。
―――――
結界を破ると、暖かな木漏れ日が広がる。魔理沙とかいう人間に、咏夢を預けた紫は、早々にその場を立ち去ってしまった。当然、式たる橙もその後を追う。
「ねえ、橙。」
「は、はいっ!」
前を歩く紫が、声をかけてくる。橙はその場で姿勢を正すと、少し上ずった返事をして立ち止まった。藍は、一足先に戻っている。そのため、幼い態度を演じる必要は無かった。
「……貴女は、彼女の味方で居てあげてね。」
「え……?」
彼女、とは咏夢の事だろう。橙は小さく声を漏らす。そんな様子に、紫はどこか哀惜を宿した瞳で、振り返ると静かに微笑んだ。
「きっとあの子には、壮絶な運命が待ってる。それは、今日に限ったことじゃない。だから……」
紫色のまっすぐな光が、ぴったりと自分を捉えるのを感じて、橙は息を詰めていた。主は、命令のような強さで言った。
「護ってあげてね、橙。貴女だけは、隣に居てあげて。」
「……それが、紫様の願いなら。」
彼女に残された、最後の希望になる事。
「八雲の姓が在る限り、橙は守り抜いてみせます。」
あの少女に託されたものは大きく、きっと紫にとっても大事なのだ。その願いを、叶えられない訳が無い。
八雲の名を貰った日から、橙は主に全てを捧げる。
―――――
その誓いから、数時間。あまりに咏夢が帰ってこないので、藍が痺れを切らして、紅魔館へと向かった。その藍も今度は、時間がかかっているようで、ミイラ取りがミイラになったかな、なんて橙が紫の居るはずの部屋へ廊下を歩いていた。その時だった。
「本当なの……咏夢が、捕まった?」
「はっ……先程、妖精メイドを取っ捕まえ話を聞いたところ、そのような情報が……。」
(咏夢が……!?)
藍の強引なやり方は最早いつも通りとしか言わざるを得ないが、咏夢が拐われたとなれば話は違う。そもそも一人で行ったんじゃない、あの魔理沙とかいう人間擬と一緒だったはずなのだ。橙は、逸る気持ちを抑えながら廊下を逆戻りした。
どうしてか、胸騒ぎが止まらない。
彼女は、何か大切な人なのだ。何も分からない、何かって何なのか、どうしてか分からない。それでも……。
「助けに、行かなきゃ。」
ライバルに死なれちゃ困る。仮にいつかアイツが死ぬなら、その時の相手は自分じゃなくては。橙は、静かに足を止めた。
そして駆け出した。木製の床を軋ませて、また紫と藍の元へと、――彼女の元へと。
――――――
彼女は、なぜか自力であの館を飛び出してきた。この夜中、月が昇る前に脱出できたのは、幸運だ。
(ふぅん……何があったかは解んないけど、自力で来るとは思わなかったな……)
門で待っていろと言われたときは、見殺しにする気かと一人、恐々としたものだが。まぁ紫の指示だから、夜に沸く雑魚妖精を相手にしながら、此処で立っていた。
(なんか元気じゃん……心配して、損したかも。)
橙はため息を吐いて、此方に転げるように走ってきた咏夢に、控えめに手を持ち上げてやった。少し話を聞くために藍の後を付いていく彼女に、守るべきポイントは見つからなかった。
(私、何やってんだろ……)
たかが人間巫女風情に。この八雲の式たる猫又が。
何も施す必要なんて、無いのに。
―――――
次の朝、咏夢を追って飛び出していった戦場は、橙を大いに苦しめた。扉から溢れ出す弾幕の一つ一つに集中して、本来パターンの決まっているスペルカードをねじ曲げて相殺する。
「はっ……はぁっ……う、ぐっ……」
少し掠っただけで、この威力なのだ。自分の身など、案じていられない。乱れる息さえ構わない、指と目だけ機能していればいい。そうすれば……彼女は。薄暗がりに飛び込んでいったその背中は、もう視界には無いけれど、きっと今。
(あっちだって、命懸けてるんだ……!)
霊力なんてとうに使いきった。自分の身から削り出す事に、もはや抵抗も無かった。妖力を練り上げる暇も、威力を調節する暇も、橙には与えられない。ただ純粋な質量をぶつけて、そうでなくては自分が貫かれる。真に命懸けの"弾幕ごっこ"だ。スペルカードなんて使う力は余されていない、ただぶつけているだけだ。
「あああぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に放たれた高位の術が、最後の弾を打ち消すと、今までの戦闘が嘘のように静寂が広がった。食堂にチラチラと反射していた炎も消えて、シャンデリアの光を失った大きな部屋は、外から一筋の陽光に照らされて本当に神秘的な、輝きを纏っていた。
―――――
――目を覚ましたのは、夕方だった。
いつもの暖かい布団の中で、橙は倒れ込んだような横向きの姿勢で……。
(あぁ、そっか。私倒れちゃったんだ……情けないなぁ)
押し寄せる自嘲の笑みもそこそこに、重い身体に意識を巡らせる。霊力はそれなりに回復している、妖力は主の香りが微かにした。
「っ。藍、様の……、!」
ふと考える。藍は、あの闘いを見ていたのだろうか。あの時の自分は、我を忘れるほどに必死だった。彼女の知る橙では、無かったはず。驚いただろうか、化けの皮を剥いだ式に、失望したかもしれない。
その思考は全て、突然の温もりに上書きされた。
「えっ……?」
「橙!」
黄金色の綺麗な髪が、さらりと目の前に垂れる。強く背中を圧され、橙は自分が抱きしめられている事に気がついた。藍色の妖力の波動は、柔らかく包むように身体を癒してくれた。
「あ、あの……橙は……っ」
色々言いたいことがあった。橙は目線を上げて、彼女の顔を見ようとした。しかしそれさえ、さらに強い抱擁にかき消される。
「良いんだ、橙。何も言うな。私も何も言わないから。」
「いえ、それは……!」
「――嬉しかった。」
ただ橙は困惑した。嬉しい?なぜ?自分の本性を見てなお、どうして笑っているのか?表情は見えなくとも、分かる。彼女は、笑顔を見せている。
「私が育ててきた式が、こんなに強く、優しい子で。」
「橙、が……私が、優しい……?」
「あぁ。戦ってくれたんだろう?あの巫女のために」
橙は目を見開いた。咏夢のため、誰かのためだった。気づいてなんていなかったのだ。必死だったのだ、それほどに。
「藍様……私、私は……っ」
「良いんだよ橙。言っただろう?私は嬉しいんだ。例えその姿を、お前が隠していたとしても、何も咎める気は無いよ。」
「……っ!」
勝手に涙が溢れた。橙の顔が、幼子のように歪む。藍の肩に顔を埋めて、何度も零れようとする謝罪の言葉を呑み込んだ。これ以上、彼女を困らせるような真似は、したくないしできない。
「っ、……藍様、咏夢は?」
「あぁ。その事なんだが……。」
ようやく顔を合わせると、顔を引き締めた藍が現在の状況を伝えた。といってもそんなに深刻な話ではなく、大方事は片付いたということだった。
「今は、また館の修復をしている所だろうな。紫様は、まぁ……寝ておられる。」
「は、はい……そうですよね、それは、まぁ……」
我が主ながら、救いようがない。橙は苦笑を浮かべて頷いた。被害は紅魔館だけに留まり、被害者もそれほど居ないので、異変というには小さい規模かもしれない。本当に良かった、と藍は安堵の笑みを見せた。
それが橙にとっては、何よりも嬉しい事だった。
――――――
それから数日して、咏夢と再会した。
「チャン!」
「チェン!バカにしてるの?!」
咏夢はえへへと笑った。前もそうだった。かなり心配していたというのに、当の本人はいつもピンピンして、笑っているのだ。つくづく不思議な人間巫女、橙はそう思った。
きっと、これからも咏夢と、手を取り合う事になる。
その背中を押し、そしていつの間にか手を引かれて。
二人で進んでいくのだろうな、とその時の橙は漠然と感じていた。
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