東方陰陽玉   作:咏夢

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 そろそろ三章に入らないとな、なんて。

 でもストーリー決まらないな、なんて。


猫のキモチ②

「行こう。」

 

 気づけば、橙はそう囁いていた。自分より少し背丈の高くて、自分より少し幼くて、そして確実に謎だらけの少女に。

 

―――――

 

 結界を破ると、暖かな木漏れ日が広がる。魔理沙とかいう人間に、咏夢を預けた紫は、早々にその場を立ち去ってしまった。当然、式たる橙もその後を追う。

 

「ねえ、橙。」

「は、はいっ!」

 

 前を歩く紫が、声をかけてくる。橙はその場で姿勢を正すと、少し上ずった返事をして立ち止まった。藍は、一足先に戻っている。そのため、幼い態度を演じる必要は無かった。

 

「……貴女は、彼女の味方で居てあげてね。」

「え……?」

 

 彼女、とは咏夢の事だろう。橙は小さく声を漏らす。そんな様子に、紫はどこか哀惜を宿した瞳で、振り返ると静かに微笑んだ。

 

「きっとあの子には、壮絶な運命が待ってる。それは、今日に限ったことじゃない。だから……」

 

 紫色のまっすぐな光が、ぴったりと自分を捉えるのを感じて、橙は息を詰めていた。主は、命令のような強さで言った。

 

「護ってあげてね、橙。貴女だけは、隣に居てあげて。」

「……それが、紫様の願いなら。」

 

 彼女に残された、最後の希望になる事。

 

「八雲の姓が在る限り、橙は守り抜いてみせます。」

 

 あの少女に託されたものは大きく、きっと紫にとっても大事なのだ。その願いを、叶えられない訳が無い。

 

 八雲の名を貰った日から、橙は主に全てを捧げる。

 

―――――

 

 その誓いから、数時間。あまりに咏夢が帰ってこないので、藍が痺れを切らして、紅魔館へと向かった。その藍も今度は、時間がかかっているようで、ミイラ取りがミイラになったかな、なんて橙が紫の居るはずの部屋へ廊下を歩いていた。その時だった。

 

「本当なの……咏夢が、捕まった?」

「はっ……先程、妖精メイドを取っ捕まえ話を聞いたところ、そのような情報が……。」

 

(咏夢が……!?)

 

 藍の強引なやり方は最早いつも通りとしか言わざるを得ないが、咏夢が拐われたとなれば話は違う。そもそも一人で行ったんじゃない、あの魔理沙とかいう人間擬と一緒だったはずなのだ。橙は、逸る気持ちを抑えながら廊下を逆戻りした。

 

 どうしてか、胸騒ぎが止まらない。

 

 彼女は、何か大切な人なのだ。何も分からない、何かって何なのか、どうしてか分からない。それでも……。

 

「助けに、行かなきゃ。」

 

 ライバルに死なれちゃ困る。仮にいつかアイツが死ぬなら、その時の相手は自分じゃなくては。橙は、静かに足を止めた。

 そして駆け出した。木製の床を軋ませて、また紫と藍の元へと、――彼女の元へと。

 

――――――

 

 彼女は、なぜか自力であの館を飛び出してきた。この夜中、月が昇る前に脱出できたのは、幸運だ。

 

(ふぅん……何があったかは解んないけど、自力で来るとは思わなかったな……)

 

 門で待っていろと言われたときは、見殺しにする気かと一人、恐々としたものだが。まぁ紫の指示だから、夜に沸く雑魚妖精を相手にしながら、此処で立っていた。

 

(なんか元気じゃん……心配して、損したかも。)

 

 橙はため息を吐いて、此方に転げるように走ってきた咏夢に、控えめに手を持ち上げてやった。少し話を聞くために藍の後を付いていく彼女に、守るべきポイントは見つからなかった。

 

(私、何やってんだろ……)

 

 たかが人間巫女風情に。この八雲の式たる猫又が。

 

 何も施す必要なんて、無いのに。

 

―――――

 

 次の朝、咏夢を追って飛び出していった戦場は、橙を大いに苦しめた。扉から溢れ出す弾幕の一つ一つに集中して、本来パターンの決まっているスペルカードをねじ曲げて相殺する。

 

「はっ……はぁっ……う、ぐっ……」

 

 少し掠っただけで、この威力なのだ。自分の身など、案じていられない。乱れる息さえ構わない、指と目だけ機能していればいい。そうすれば……彼女は。薄暗がりに飛び込んでいったその背中は、もう視界には無いけれど、きっと今。

 

(あっちだって、命懸けてるんだ……!)

 

 霊力なんてとうに使いきった。自分の身から削り出す事に、もはや抵抗も無かった。妖力を練り上げる暇も、威力を調節する暇も、橙には与えられない。ただ純粋な質量をぶつけて、そうでなくては自分が貫かれる。真に命懸けの"弾幕ごっこ"だ。スペルカードなんて使う力は余されていない、ただぶつけているだけだ。

 

「あああぁぁぁぁ!!!」

 

 絶叫と共に放たれた高位の術が、最後の弾を打ち消すと、今までの戦闘が嘘のように静寂が広がった。食堂にチラチラと反射していた炎も消えて、シャンデリアの光を失った大きな部屋は、外から一筋の陽光に照らされて本当に神秘的な、輝きを纏っていた。

 

―――――

 

 ――目を覚ましたのは、夕方だった。

 

 いつもの暖かい布団の中で、橙は倒れ込んだような横向きの姿勢で……。

 

(あぁ、そっか。私倒れちゃったんだ……情けないなぁ)

 

 押し寄せる自嘲の笑みもそこそこに、重い身体に意識を巡らせる。霊力はそれなりに回復している、妖力は主の香りが微かにした。

 

「っ。藍、様の……、!」

 

 ふと考える。藍は、あの闘いを見ていたのだろうか。あの時の自分は、我を忘れるほどに必死だった。彼女の知る橙では、無かったはず。驚いただろうか、化けの皮を剥いだ式に、失望したかもしれない。

 その思考は全て、突然の温もりに上書きされた。

 

「えっ……?」

「橙!」

 

 黄金色の綺麗な髪が、さらりと目の前に垂れる。強く背中を圧され、橙は自分が抱きしめられている事に気がついた。藍色の妖力の波動は、柔らかく包むように身体を癒してくれた。

 

「あ、あの……橙は……っ」

 

 色々言いたいことがあった。橙は目線を上げて、彼女の顔を見ようとした。しかしそれさえ、さらに強い抱擁にかき消される。

 

「良いんだ、橙。何も言うな。私も何も言わないから。」

「いえ、それは……!」

「――嬉しかった。」

 

 ただ橙は困惑した。嬉しい?なぜ?自分の本性を見てなお、どうして笑っているのか?表情は見えなくとも、分かる。彼女は、笑顔を見せている。

 

「私が育ててきた式が、こんなに強く、優しい子で。」

「橙、が……私が、優しい……?」

「あぁ。戦ってくれたんだろう?あの巫女のために」

 

 橙は目を見開いた。咏夢のため、誰かのためだった。気づいてなんていなかったのだ。必死だったのだ、それほどに。

 

「藍様……私、私は……っ」

「良いんだよ橙。言っただろう?私は嬉しいんだ。例えその姿を、お前が隠していたとしても、何も咎める気は無いよ。」

「……っ!」

 

 勝手に涙が溢れた。橙の顔が、幼子のように歪む。藍の肩に顔を埋めて、何度も零れようとする謝罪の言葉を呑み込んだ。これ以上、彼女を困らせるような真似は、したくないしできない。

 

「っ、……藍様、咏夢は?」

「あぁ。その事なんだが……。」

 

 ようやく顔を合わせると、顔を引き締めた藍が現在の状況を伝えた。といってもそんなに深刻な話ではなく、大方事は片付いたということだった。

 

「今は、また館の修復をしている所だろうな。紫様は、まぁ……寝ておられる。」

「は、はい……そうですよね、それは、まぁ……」

 

 我が主ながら、救いようがない。橙は苦笑を浮かべて頷いた。被害は紅魔館だけに留まり、被害者もそれほど居ないので、異変というには小さい規模かもしれない。本当に良かった、と藍は安堵の笑みを見せた。

 それが橙にとっては、何よりも嬉しい事だった。

 

――――――

 

 それから数日して、咏夢と再会した。

 

「チャン!」

「チェン!バカにしてるの?!」

 

 咏夢はえへへと笑った。前もそうだった。かなり心配していたというのに、当の本人はいつもピンピンして、笑っているのだ。つくづく不思議な人間巫女、橙はそう思った。

 

 きっと、これからも咏夢と、手を取り合う事になる。

 

 その背中を押し、そしていつの間にか手を引かれて。

 

 二人で進んでいくのだろうな、とその時の橙は漠然と感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました!

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