自制失敗。後悔はしていない。
――お姉ちゃん……?
そんな人いないのだと自分で分かっているはずだった。
なのに、そう思った。そう思ってしまったのだ。
――……誰?
話しかけられる事を拒むかのような目線に、何を思う間もなく涙が零れた。ただ、虚しさしかなかった。
――お姉ちゃん……お姉ちゃん……!
ただ、名前も分からない姉を呼ぶ。
その心には、焦りしかなかった。
また、消えてしまう。
また、会えなくなってしまう。
また、離れてしまう。
――違う……私に妹なんて……
――そうよ、貴方には家族なんていないわ。
姉は、見えない声と共に消えた。
それとも、自分がこの世界から消えたのか。
……分からなかった。
――――――
眩しい朝日に誘われて布団をはねのけた少女は、起き上がりそして戸惑った。
「何で……私、泣いてるんだろ……?」
自分の頬を撫でる少女は、しばらく思案した後、跳ね起きて吹っ切るように言い放った。
「……ま、いっか。」
意外とあっさりとした少女、咏夢は庭に出た。伸びをして、欠伸をして。まだ醒めきらない頭を揺する。
「ふわぁ……まだ眠い……うぅ」
「あ、おはよう咏夢ちゃん。朝ごはん出来てるよ」
「藍姉っ!ありがとー♪」
美少女としか言い様のない少女、藍姉は咏夢に声をかけると、配膳をすべく居間に消えていった。咏夢もその後に続くと、いつものような和食が並んでいた。
「わあぁ……!いっただっきまーす!」
「どうぞ♪」
白米を一口頬張る咏夢と、それを微笑ましそうに見守る藍姉。いつもの光景であると同時に、これはフラグの一種に過ぎない。
というのも、この詠唱院がある現惣村。此所は唯一、幻想郷の外であり同じ世界線の村なのだ。
そして異変が起こる度に影響を受けたり、文文。新聞が出回ったりと少し異常だ。更には、幻想入りするほどの実力が無い者達が集まる村でもある。
そんな現惣村だが、たかが妖怪されど妖怪、だ。遇に暴動が起こることもある。それを食い止めるのが詠唱院の自称博麗の巫女、基先程の少女、咏夢なのだ。
最近は何事も無く平和ボケしている現惣村で、ただ一人修行を欠かさない人物である。それには人一倍強い願望があった。
『幻想郷に行きたいんだ!』
此所に来たばかりの藍姉に、彼女はそう言った。
事実、現惣村で博麗大結界をぶち破る事は難しくない。ましてや"自称"博麗の巫女だ。週に一度、文を招き入れては新聞を貰ったり、異変の内容を聞いたりしている彼女だ。それでも咏夢は幻想郷に行けた試しが無かった。それを、彼女自身は実力が無いためだと判断し、こうして日々修行を怠らないのであった。
さて、話を戻そう。"姉"に似たのか、咏夢は週に二、三日は朝食を妨害されていた。村の便利屋的存在である詠唱院ゆえ、仕方の無い事なのだが。
「ごめんくださぁぁぁいっ!!!あのぉぉぉ!!!」
「煩いわっ!何よ朝っぱらからっ!」
「そこ!そこぉっ!」
「え?!」
咏夢が襖から顔だけを出すような形で来客を睨み付けると、そのうちの男児が鳥居の辺りを指差した。
そこには、見覚えのある妖怪たちと襲われた米俵、残りの米俵を守ろうと必死に両腕を広げている男性がいた。
妖怪自体は低級のいわゆる雑魚なのだが、集団になると流石に素人では相手出来ないのだ。
いつもなら空手とか柔道とか剣道とか、とにかく武道(?)を習っている住民が勝手に対処してくれたりするのだが、今日はそうもいかなかったようだ。
「わーっ!ど、どっか行ってくれーっ!」
「……根性無しめ。」
誰に言うのでも無く、咏夢は呟く。
半分はそのまま、男の態度に対してだ。が、もう半分はただの愚痴だ。要するに面倒なのだ。
「もうっ……ほら、退いた退いた!どうせ相手出来ないんでしょっ!?」
「わーっ!咏夢ちゃんだぁ!」
「おぉ!巫女さん助けて!」
「煩いっ!黙ってて!」
妖怪を刺激するから、という忠告は言わずに済んだ。察した大人達が、子供達を背へと追いやる。人で出来たドームの中に、巫女一人と、狸と狐を合わせて割ったような容姿の妖怪が三匹。
「はぁー……行くよっ!」
「ギャルオオアアア!!!」
咏夢が地面を蹴ると同時に、一匹が肩へと吹っ飛んでくる。半身を引いて避け、すかさず手にした棒で叩きつける。そのまま前に転がって、後ろから来ていた二匹を相手にする。が、上手く攻撃が当たらない。微妙な間合いをどう詰めるか迷っていると、後ろから風切り音がした。直感で思いきり右に跳ぶ。
妖怪に視線を戻すと、文字通り氷漬けになっていた。それに札を貼り付けておいて、後ろに声をかけた。
「ありがとう藍姉!」
「う、うんっ!声かけなくてごめんね?!」
「あははっ、だいじょーぶ!」
彼女――藍姉は、"ありとあらゆる物を凍りつかせる程度の能力"を幼くして開花させた、別名"白鳥"だ。従姉とのトラブルで此所に預けられたらしいが、それは咏夢が詠唱院の主になるずっと前の話だ。故に咏夢は、彼女の事をあまり知らない。それでも直ぐに仲良くなり、今は生活を共にしている。
「よーし……んじゃ決めちゃおうか!」
「が、頑張って!咏夢ちゃん!」
集中力が増すにつれ、視界が狭くなっていく。獣が二匹、アホ面で固まっている。
「(絶対に……今度こそ……ッ!)」
札を構えて、向こうの二枚と線を繋ぐイメージ。自ずと軌道が浮かび上がって、放った札がトレースする。
寸分足りとも違わない、此所までは良いのだ。
誰かの、彼女の姿が見える。スペルはこうやって唱えるのだと、教えてくれる。咏夢は息を吸い込んだ。
「"封魔陣"ッ!!!」
三角形が描かれる。一瞬の光が永遠の封印を作り出す、博麗の技。
これまで一回も使いこなせなかったスペルに、進展が垣間見えた。が、そうトントン拍子で進む出来事ではない。
「ギャルオオアアア!!!」
「――ッ!?え、嘘!?」
「咏夢ちゃん!」
悲鳴にも似た声がいくつも響く。陣形から外れていた一匹……、初攻撃で殴り飛ばした一匹が向かってきたのだ。スペル発動後の硬直化時間、剥き出しの牙は刻一刻と迫る。
「"風神一扇"!」
「ひゃっ!」
突然の突風が吹き荒れる。唐突の出来事に軽く体が持ち上がるが、誰かに優しく肩を持たれる。
暫く瞑っていた目を開けると、妖怪なんてものは木端微塵。むしろ跡形も無くなっていた。
「あやや。吹っ飛ばしちゃいましたかねぇ……。」
「あ、文さん!」
「大丈夫でしたか?咏夢」
そこにはにっこりと笑う射命丸文が、咏夢の肩越しに立っていた。咏夢はパッと顔を綻ばせるが、すぐに肩を落とした。小声ですみません、と呟く。
文は不思議そうな顔をして、とんとんと肩を叩く。
「何言ってるんですか?スペル成功、おめでとうございます、でしょ?」
「あ……あーっ!そっか、そーだよね!」
「おめでとう咏夢ちゃん!」
称賛の声がちらほらと聞こえる。どうもーというように頭を下げて咏夢は足早に立ち去った。勿論、食事を再会するためである。
文を誘い、今度こそはゆっくりと食べ始める事にした咏夢と藍姉。
その遥か上空で、何かが起こっている事に、
彼女達の姉なら、従姉なら、気づけたのであろうか。
ありがとうございました!
次回は未定です!(-_-;)