人里は、今日も賑やかになってきた午前。咏夢はその風景を、物珍しそうに見回している。その隣では、橙がフード付きのケープを被って、咏夢の手を引き、足早に人の間を縫っていく。
「すごいね、ホントに人間ばっかり……」
「だから、何度もそう言ってるでしょ。ちょっと例外はあると思うけど……基本的に対妖怪思想は強いの。」
村とは違ってね、と付け足した橙に、なるほどと咏夢は頷いた。そう、現惣村とはかけ離れている、この人間だらけの光景が咏夢にとっては珍しかったのだ。
二人の目的地は、人里の端にある寺子屋。そこにいる上白沢慧音は、歴史に詳しいとのことで、博麗の試練について何か知っているかも、という訳だ。
「それにしても、広いね……村一個分ありそう……」
「さすがにそれは……言いすぎ、だと、思うけど……?」
そんな話をしている内に、商店の並ぶエリアを抜け、人もだいぶ少なくなった。そして、ついに二人は寺子屋を視界に捉えたのだった。
――――――
かなり底の擦りきれたブーツを履いて、優希は玄関口に立った。一通り身の回りを確認して、一つ息を吐く。此所を出たらまた、何のためか分からない日々が始まるのだ――なんて、考えることは柄にもなく暗い。それを感じたか、背後から心配そうな声がかかる。
「なあ、もう少しゆっくりしていっても、良いんだぞ。」
「……いや。泊めてくれてありがとな、慧音。」
笑顔で振り向くと、慧音はまだ不安な顔をしていたがこくりと頷く。その様子が何だか愛らしくて、優希は手を伸ばしその髪を撫でた。
「ふあっ!……ど、どうしたんだ……っ」
「あ、いやっ。他意は無いよ!それじゃ。」
慌てたように優希は背を向けると、片手を上げて人に紛れていった。早足で消えていく彼の背中を、慧音は頬を紅くして、見送っていた。
「……また、帰ってきてくれよ、優希。」
――――――
ふと、寺子屋の扉から足早に出てきた青年が、橙との間を通り抜けていった。その拍子に、咏夢の持っていた包み――中身は二人分の昼飯だ――が彼の腰に提げた剣に引っかかってしまい、双方共にバランスを崩す。
「え、うわっ……!」
「わわっ!?」
「な、咏夢!?」
慌てて橙は、隣にいた咏夢の手を掴む。どうにか転ぶ事は免れた。一方の青年は、片手に包みを持ってこちらを見上げている。
「よっ、と……ごめんな。ケガ、してないか?」
「あ、は、はいっ。大丈夫です!」
慌てながらもにこりと笑ってみせる咏夢に、青年は手を伸ばした。咏夢が包みを受け取ると、彼は苦笑で立ち去った。
「……あ、そうだ。そこの君、」
「は?えっ、私?」
「店に入るなら、玄関の右を見た方がいい。妖祓いの札は、少しキツいぞ。まあ、君くらいの実力があれば、大した事は無いと思うが……、それじゃ。」
「!」
それを聞くと、橙は身を強ばらせた。咏夢には、その真意は分からなかったが、二人が互いに背を向けたのを見て、慌てて橙を追いかけていった。
―――――
その後、橙は明らかに不機嫌だった。正確に言うと、機嫌が悪いのではなく、少し考え込んでいるのだが、隣を歩く咏夢からしたらただ、不機嫌なのである。
(アイツ……)
そう、先ほどの青年についてである。彼に関して橙は考えていた。咏夢はもちろん気づかなかっただろうが、とんでもないスペックだった。
たとえば、バランスを崩してからの一瞬で状況を判断した上で、包みを剣の柄から取って上手く抱え込んだ。
たとえば、触れてもいないのに、今まで誰も気づく事の無かった自分の正体を覚っていた。
(一体、何だったの……?)
「橙、ちぇーんー?」
「……もしかして、勇者……とか……あるいは能力持ちとか……?」
「ねえ!何考えてるか分かんないけど、着いたよ?」
勇者の類いなら、そこら辺は敏感だろう。または、妖を察知する程度の能力なんてものがあってもおかしくはない。
橙がそこまで考えた時、横から頬を摘ままれる。耳が見えそうになって、慌ててフードを引っ張る。振り向くと、咏夢が首を傾げていた。
「……あ、あぁ。着いたんだ、ごめん。」
「うんっ!早く行こうよ!慧音さんってどんな人かなぁ」
「そっか。咏夢は寺子屋、通ってないのか。」
「うん……うん……?」
「いや、どっちよ。」
前からそうだ。彼女は、"小さい頃の話"をよく覚えていない節がある。例えば読んだ本、歌った童謡、遊んだ人まで、なんだか曖昧な返事しか返ってこない。その度に、見ているのが辛くなるような目をするから、あまり橙から話題にはしなくなったのだが。
「まぁどっちでもいいけど。行くよ、咏夢!」
「うんっ!今は試練の事、少しでも調べなきゃ!」
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