脇目も振らずに、二人は人里を駆け抜けた。人里からまっすぐ行けば、紅魔館の方面だ。レミリアやフランは人間拐いに興味は無さそうだが。
「霧の湖の近くを探すよ!これまでも迷子の例が多い!」
「分かった!」
橙の言葉に従って、咏夢はただひたすら前を向いて、うっすらと敷かれた道を走った。広い空き地を通り過ぎると、目の前にぼんやりとした霧が広がった。
「う、前が見えない……」
「……仕方ないでしょ、霧に突っ込んだのは誰?」
「あはは……これ、後ろに下がればいいのかな。」
「多分……」
咏夢は、袖で霧を振り払いながら、そっと後ろへ一歩ずつ下がる。橙が隣にいないのが心細くて、辺りに目線を走らせるが、人影は見えない。
「橙……?」
返事は無かった。だが直後、自分と同じくらいの背丈の影が現れ、咏夢はぱっと顔を明るくした。
「ちぇ……ん?」
違う。勘がそう刹那の警告を飛ばした。咄嗟に地面を蹴って退避すると、深々と刺さった爪が光る。お祓い棒を懐から取り出して、警戒するように一歩下がる。
しかし、肩が何かにぶつかった途端、首筋に軽い衝撃が走った。挟み撃ち……と、分析できたはいいが、身体の力が抜けていく。咏夢は、声すら出せずに、暗くなる視界をぼうっと見つめていた。
――――――
ひんやりとした空気に、指先がぴくりと震える。その少女の頬を、子供らしい暖かい手が触った。別段酷い訳ではないが居心地がとても悪い場所だ。
「ふぇ、え、……だ、大丈夫ですか……?」
「おーい……起きてよお、お姉さん!」
お姉さん?一体誰の事やらと、咏夢は目を薄く開く。夕闇が迫る刻に、湿った岩肌がてらてらと光っていて、素朴な疑問が浮かぶ。こんな変な場所に来た覚えは一切なく、隣にいたはずの橙の声がしない。
「……あれ、もしかして私、捕まってる?」
その間の抜けた声に、彼女を取り囲んでいた少年少女は、全員正直にこくりと頷いた。その直後上がった驚愕の悲鳴に、洞窟を見張っていた獣達は、一斉に振り返り武器を構えたという。
「うぅ、ごめん橙。ごめんなさい慧音さん……」
「えっ。お姉さん、慧音せんせい知ってるの?!」
「ええと……ホントは、君たちを助けに来るはずだったんだけど……捕まっちゃったみたい。ごめんね。」
申し訳なく肩をすぼめる咏夢に、簡素な着物を着て、それぞれ幼い顔立ちをした子供達も、不安そうに洞窟の出口を見やる。霧に紛れた獣人が彼らを襲い、湖畔へと引きずりこんだというわけだ。もちろん、目撃者なんて出るはずもない。今ごろ橙は呆れているだろう。
「ああぁ……どうしようかな……えっと……」
「お姉さん、戦えるのー?」
「のー?」
自分より年下の子どもと触れ合う機会は、咏夢にこれまで無かった。元来妹気質の彼女だが、子守にも向いているようだ。そうして、咏夢は狭い横穴の中で立った。
「そっか!戦えばいいんだ!」
「そっかぁ」
「そだねー」
意味は七割がた理解していない童児に背中を押され、巫女は再び奮起した。何、目的地に着く方法が少し違うだけのことだ。むしろ連れてきてもらえたのだから、私は幸運なのだと、自分に言い聞かせる。
「よーし!待っててね、みんな!」
「おー」
「やったー」
この場に第三者が居たならば、この場の精神年齢が、平均化しても大して上がらない事に気づいただろう。
――――――
「まったく、一人にするんじゃなかった。あのバカ巫女ってば……突っ走っちゃって。」
まぁ、他人の事は言えない橙。超人的な頭脳を持つ主と並ぶには、紫と慧音の熱心な指導が無ければ、まず今のようにはできなかっただろう。慧音には寺子屋での恩があるのだ。人妖の差があるとはいえ、同じ年頃の子供達だというのも、なんだか気にくわなかった。
同じような思いで前を走っていたバカ巫女は、案の定霧の中ではぐれたわけだが。
「どうしよっかな……咏夢、まだそんな強いわけでも、無い、よね……多分……?」
いまいち実力の分からない奴だから、どうなるか想像がつかない。まぁ基本的に考えれば、奇跡でも起きない限り……。
「ん?君、さっきの……」
「うわっ!?」
「あ、いや……ごめん。特に用は無いんだけど、つい。」
突然の声に思わず警戒してしまったが、それは人里で出会った青年だった。橙はムッと不満げに目をやって、興味を無くしたようにふいと顔を背けた。青年は、橙が投げやりに座った隣に、ゆっくりと歩み寄った。霧の湖の先には、紅魔館があって、ここら一帯は妖怪の住み処になっている。人間が来ることのあまり無い土地だからである。
「なぁ、君と一緒にいた女の子はどうしたんだ?」
「……はぐれた。私じゃなくて、咏夢がね。」
「えいむ、って言うのか。確か巫女服着てたよな。何で君は一緒にいたんだ?」
「別に、ただアイツ一人にしとくと、すぐ何かやらかすから。」
「そうか……、フード取ったらどうだ?」
橙は、青年を横目で見ると、猫耳をそっと出しながら声をかける。
「名前は?あんた、勇者かなんかなの?」
「一度に聞くなよ。」
「じゃあ名前は!」
「……優希だ、広野優希。君は?」
「橙……八雲の式なんだよ。」
「へぇ……」
その反応に、またむっと唇を尖らせる橙。八雲の姓も知らない無知か、はたまたそれを知ってすら動じないとでも言うのか。どちらにしても、相手にしたくないなと橙は立ち上がった。
「じゃあ、私行くから。」
「どこにだ?」
「咏夢を探しに、どこかは知らないけど?」
「……俺に、任せてくれないか。」
「はぁ?」
その顔はいたって真剣で、少し動揺してしまう。優希はするりと立ち上がると、刀の鍔に手をかけると辺りを見回した。
「今までに何回か、ここら辺で子供が襲われててさ。俺も気になってるし、これ以上は見てられないというか、その……、」
「……ははぁ。つまり慧音先生を助けてあげたいと?」
「うあっ!?」
「ふーん?なんだ、可愛い所あるんじゃん。」
橙はころりと変わって、にやにやと優希を見上げる。そして、くるりと背を向けると付け足した。
「咏夢、相当のバカだからね。気をつけなよ~。」
「おいちょっと、橙!待て、誤解だってば!」
ぴょいと猫らしく木に跳び乗った橙は、次の瞬間姿を消した。おそらく家に帰ったのだろう。残された優希はため息を吐くと、あえて咏夢と同じ方法を取る事にしたのだった。
「まぁ、攻略してみるか……。」
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