それから数分後、大した怪我はしていないが、脱出も出来ていない咏夢は、大きくため息を吐いていた。辺りはそろそろ黄昏時を迎えて、残り数分で夜が包むはずの空を照らし出していた。
「何あの狼人間……強すぎる……」
「おねーさんだいじょーぶー?」
待っている子供達も、もはや呆れ顔である。咏夢にも意地があるので、ここで負けてやる訳にはいかない、のだが……強いのだ。今の咏夢一人では一匹も倒せそうにないような、狼やら猫やらの獣人が入口を見張っているのだ。威勢よく飛び出しては、鋭い爪や牙の猛攻に即刻逃げ帰ってくる。そんなことを繰り返すこと10回。
「どうしよう……もう誰でもいいから、助けて~……」
精魂尽き果てた咏夢の祈りが通じたわけではないが、その時洞窟の入口近くに、救いの勇者が降り立った。
――――――
「さて……連れ去られてみたのはいいが、どこだここ?湖はもう見えないな……まあ、どうにかなるか。」
幼い子どもを狙っているからか、見張りは三匹ほど。優希はしばらく辺りを見回していたが、自分をさらってきた獣人が目を覚ましそうになっているのを見て、正面から討ちかかる事にした。
「あ?誰だてめぇは?」
「妖怪に名乗る理由はないよ。」
「ひゃひゃひゃ!人間ごときが調子に乗りやがって……ん?あーあ、また出てきやがったなアイツ。」
優希が自然な立ち姿で獣人と会話をしていると、洞窟の方から小さな足音が聞こえてくる。普通の人間よりも高い霊力を持っているようで、優希はその様子を見守る事にした。
「よい、しょ……今度こそ倒してやるんだから!」
「ひゃひゃっ!笑わせるぜ、何回逃げるつもりだぁ?」
「う、うるさいな!子供達をいい加減離して!」
「あん?あんまり調子に乗ってると、大事な札切り裂いちまうぞ?」
「うっ……そ、それは……」
強い力を持った護符を大事そうに握りしめる少女に、リーダー格の狼は再び大声で笑い出すと、白い爪をちらつかせながら近づいていく。
優希は、そこまで静かに様子を見ていたが、腰の刀をサッと抜くと声をかけた。
「そこまでだ。さすがに手を出すのは見てられないな。」
「あ?まだ居たのかよ、人間。さっさと消えねーとお前も……」
「聞こえなかったのか?」
優希の瞳が細められる。一段低くなった声で、獣人の喉元に刃の切っ先を向けながら、最後の警告を促す。
「そこまでだ。この洞窟を捨てて、今すぐに立ち去れ。」
「な、何怯えてんだよ!相手はたかが人間一人だ!」
「……そうか。仕方ないな。」
落ち着いた色の瞳が、全てを見透かすように見つめ、やがて閉じられる。そして再び刀を構えた彼は、獣人を全員視界に捉えると言い放った。
「君たちはもう、攻略済みだ。」
「やれーっ!」
「はっ……!」
獣らしい唸り声を上げながら、猫の獣人が飛びかかる。優希はそれを刀で防ぐと、俊敏な動きで隙を突くと勢いよく刀を振り抜いた。
「ここだっ!」
「あああ!?俺っちの爪があああ!?」
「お、おいバカ!」
猫は叫んでいる間に、肩からすっぱりと斬られて近くの茂みへ倒れ込む。狼が慌てて臨戦態勢に入るが、優希は刀を一振りすると誰に聞かせるでもなく言った。
「君らの爪は諸刃の剣、ただの脅しにしか過ぎない。」
「ひゃひゃ……だから何だ!俺様の牙には敵うまい!」
「どうかな。」
狼は、少女から完全に興味を無くして、優希の喉元へ飛びかかる。対する彼は冷静に刀で受けると、勢いよく振り払う。しかし、狼はすぐに立ち直ると足元に突進を喰らわせる。バランスを崩した彼の襟元に、器用に爪が突き刺さると、狼は彼を宙に吊り上げた。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「や、やめなさい!」
「っ、何で……」
優希は自分の置かれた状況より、少女がまだそのまま立っていた事に焦っていた。明らかに無防備な、巫女服の一枚では、攻撃の一つも防げない。
「いい加減にして!この犬野郎!」
「あぁ?今何つった。喧嘩売ってんのか!?」
「やめろ……湖の方に逃げるんだ……!」
優希がそう声を上げるが、少女はその場を動かない。地面に投げ捨てられた優希は、咄嗟に受け身を取ることができずに、後頭部と背中を強か打ち付けた。上手く体を持ち上げられない。このままでは、間に合わない。
「やめ……!」
「まずはてめえからだぁ!」
「――"封魔陣"!」
少女が、凛と声を張り上げた。ぱっと広がった光に、思わず目を庇う。次の瞬間に優希が見たのは、二枚の札に縛られた狼の姿だった。
「!」
「今ですっ……!」
優希は刀を手に立ち上がると、素早く地を蹴り気合いと共に振り下ろす。少女の後ろで目を輝かせる子供達を視界に捉えて、手に込められる力が一層強くなる。狼の悲鳴で軋む光の輪に、両手で妖怪を押し込める。刹那、破裂音のようなものが響き、その場からは跡形もなく獣の姿は消えていた。
愛刀を鞘に収めると、その音が引き金になったように子供達が歓声を上げた。身体の力が抜けそうになるが、少年少女が手を取り合っている様子に、自然と力が沸く感覚がした。せめて、彼らを里に送り届ければと、優希は自分を奮い立たせた。
――――――
歓声を上げた子供達が、昼間会った青年に礼を言う。咏夢もあっと気づくと、青年に頭を下げた。
「あのっ、ありがとうございました!」
「いや……勝手に来ただけだしさ。とりあえず。」
人里まで行こう、と歩き出す青年に、咏夢は子供達の手を引いて付いていく事にした。慧音に何か報告をしておかないといけないなと思ったが、藍姉に二回目の発動成功を報告したいな、とも思った。
森を抜けると、青年の後ろ姿が最後の黄昏に照らされて、柔らかく暖かい光に縁取られていた。
ありがとうございました!
感想等お願いいたします!!!