東方陰陽玉   作:咏夢

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 見切り発車の4章。そもそも見切り発車の小説()。


閑話「夢見心地」

「で、結局何も成果は無かった。」

「そうなんだ……でも、お疲れさま、橙ちゃん。」

「全くだよ……」

 

 月明かりの下、優しく笑う藍姉に、橙は呆れたような諦めたようなため息を吐いた。結局アイツはのんびりと眠っているのだ。藍に頼んで一旦家へ帰り、それから里の入り口で待っていた橙。夕方になっても帰ってこないので、最後には少し心配までしていたというのに。

 

 

「あっ、橙だ~!」

「あ、あんたねぇ……随分と呑気な巫女ね、このバカ。」

「うあっ」

 

 額に一発喰らわせると、間抜けな声を上げるし、その後ろでは子供達が元気そうに笑っているしで、怒るにも至らず。

 

「……ああ、橙か。悪いけど……」

「はいはい、慧音先生でしょ。そこで待ってて。」

 

 ゆったりとした和風の羽織りに、薄汚れたベージュのズボン。丈の短いブーツ、腰に提げた一振りの刀。少し変わっているくらいの見た目なのに、不思議と馴染んでいる。その姿がはたして羨ましいのかどうかは、橙には分からなかった。

 

 その後、寺子屋から慧音を呼んでくると、話はテンポ良く進んだ。子供達は元気そうに親へ駆け寄り、親達は口々に無事を喜んだ。けれども、一体誰が助けてくれたのか、と彼らが尋ねた時、優希は既に姿を消していた。

 

「あ、えっと……私、」

「貴女なの?貴女なのね!ありがとうね~」

「え、ちょっ、だから私じゃ」

「もうホントに心配で……ほら、最近物騒じゃない?」

「ああ、はい……」

 

 最後には諦めてお礼を受け取った咏夢を、結界の果てまで抱えて飛ぶ。そのまま力任せに突き破ると、藍姉が朝と同じ場所で待っていたというわけだ。

 

 

「このお礼も、その優希さんって人に渡さないとね。」

「そうねー……」

 

 橙は適当に返事をすると、あくびをしながら縁側から下りる。そろそろ帰る、と告げると、藍姉はひらひらと手を振って、最後まで見送った。

 

―――――

 

 少し気を緩めれば、身を裂かれそうな空気。その宙に佇む、紅い巫女の後ろ姿。もう見慣れているはずの景色が、ぎゅっと胸を締め付ける。

 

――お姉ちゃん……!

 

 こうやって声を上げると振り向いてくれる。もう全部分かっているのだ。そう、この手はまだ届かない。

 

――……誰?

 

――私ね、お姉ちゃんに会いに行くよ。

 

 自分の口からこぼれ落ちたその言葉に"お姉ちゃん"はただ、虚ろな目で此方を見つめていた。まだ伝わらない思いの丈を、咏夢は強く口にした。

 

――いつか、絶対に!

 

 少しの夢が見せたのは、それよりもほんの僅かな希望の兆しだったけれど、それでも笑顔が浮かんだ。初めて気持ちを言葉にできた。それだけで、咏夢は本当に幸せだった。

 

―――――

 

「……咏夢ちゃん?」

「藍姉……起きてたんだ。」

 

 半開きの障子から覗くと、寝巻き姿の少女は寂しそうに笑う。藍姉が声をかけたのは、その目から零れた涙のせいだけでは無かったように思えた。

 

「何か、あったの?」

「……大丈夫だよ。ありがと、藍姉。」

「っ……」

 

 咏夢は上半身を起こしていて、首を横に振ると、髪がさらりと月明かりに照らされた。時おり、彼女の見せる儚さは、かつての友人にとても良く似ていて、藍姉は息を詰めてしまう。

 

「あのね。私、明日あの人にもう一回会いに行く。」

「どうして?」

「お礼を渡さなくちゃ。それに……すごく、強かった。」

 

 寝起きの声から一転、咏夢は真剣に言った。自分の手を見つめながら、蒼い瞳が夜闇を打ち払うように輝いている。昔からそうだ、これから起こることに心躍らせる時の彼女の癖。

 

「試練を乗り越えるためには、誰かの助けが必要なの。私、あの人になら何か教えてもらえる気がする。多分、だけど……どうかなぁ?」

「……いいと思うよ。私に出来ることは、あんまり無いけど……応援してるね。此処から、ずっと。」

 

 藍姉は優しくいつものように笑うと、咏夢の寝室前の廊下に座る。咏夢はもう一度毛布を引き上げて、そっと目を閉じて横になる。

 

 月を見上げながら、小さくハミングを届ける。それは懐かしく優しい、子守唄。くすぐったい温もり、小さく目配せしたはずの彼女は今、どこで眠りに就いているのか。

 

(せめて、今夜だけはいい夢を。)

 

 小さな現人神の祈りは、幼い巫女に訪れる眠りを静かに見守っていた。

 

 

 

 

 




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