いっくよぉーみんなぁー! にっこにっこにー☆」
金曜夜8時の歌番組
真姫ちゃんと一緒に入った馴染みのラーメン屋さんに備え付けられてたテレビからその声は聞こえてきた。
凛はその声を聞いた時に純粋に懐かしさを感じて嬉しかったけど、一方でしまったなーって思った。
気付いて目の前の真姫ちゃんに目をやると案の定お箸でラーメンを摘んだまま固まってた。
こんな時、凛は真姫ちゃんを放置する。
声をかければ現実に引き戻せるけど、きっとこうやってぼーっとしちゃう事も真姫ちゃんには必要なんだと思う。
そんな真姫ちゃんをしばらく眺めてたら自分でハッと何かに気づいたらしくてお箸を置いてポケットから煙草を取り出して火を点ける。
食事中に急に煙草を吸い始めるなんて不自然極まりない行為だけど。
真姫ちゃんはこれで誤魔化してるつもりらしい。
「真姫ちゃん」
「泣いてないわよ」
凛が名前を呼んだ瞬間に返されるこのセリフ。
もう何回も同じやり取りをしてるから次の言葉もわかっちゃうよ。
「煙草の煙が目にしみただけよ」
うん わかってる
「もー、ご飯の時にそんなことしちゃダメだよ。お行儀悪いよ」
凛は真姫ちゃんの口から火が点いたばかりのそれを奪って自分で吸った
「あっ」
急に被っていた毛布を取られたちっちゃい子みたいな反応
「ほらさっさと食べちゃいなよ。麺が伸びちゃうよ」
凛がそう言うと渋々とまたラーメンに箸を伸ばす。
しょうがない子だなーって思いながらもそんな姿を見せてくれるのが自分だけだと思うとなんとも優越感が心や肺に広がっていく気分になる。
思いがけずに浮いてしまった食後の一服を飲んでいたらテレビの中のにこちゃんは歌い終わっていた。
真姫ちゃんの方は黙々とラーメンをすすってる。
意識を食べることだけに集中して外の世界を遮断してるみたいに
あー
いけないなぁ
また自分の中のモノ溜め込んでる
よし
「すいませーん、生ビール2つとギョーザ追加で」
「えっ、ちょっと凛」
店のお母さんのはーいって言う返事を確認して真姫ちゃんに向き合う。
「いーじゃん。どうせ帰ったら飲むつもりだったし。ならここで始めちゃおうよ。」
なんて話しているうちにお母さんがジョッキを2つ抱えて先にビールがやってきた。
「きたきた。ほら真姫ちゃんかんぱーい。」
「……乾杯。」
カキンと小さい音を鳴らして触れ合ったジョッキに口を付ける。
そのあと一口お通しのメンマを食べてる間に真姫ちゃんのジョッキは空だった。
「フー……」
ジョッキをテーブルにダンと置いてしばらく俯く。
少ししたら意を決したように顔を上げて。
「すいませーん、生おかわりお願いしまーす」
うん、今はこれでいいのだ
「こっちもねがいしまーす」
次のジョッキが来る前に残ったビールを急いで飲み干した
「ごちそーさまでした」
「まいどどーも」
その後あのペースのまましばらく飲んでたけど、あっという間に真っ赤になった真姫ちゃんを抱えて凛たちはお店を出た。
すっかりフラフラになった真姫ちゃんに肩を貸しながら家まで歩く。
結局、真姫ちゃんはあの席では何も言わなかった。
でもしばらく歩いていると肩ごしに声が聞こえる。
押し殺したようにすすり泣く
小さな小さな声
「うっ、うぐっ、ひっぐ」
涙の理由はわかってる。
寂しさや懐かしさ
悔しさとか腹立たしさ
それとちょっぴりの安心だ。
凛は家に着くまでずっと
さっきの涙を見てないふりをしたように
今度の鳴き声も聞こえないふりをした
「ほら着いたよ」
自分と真姫の住むマンションの一室。
とは言っても半ば凛が転がり込んでいる形だけど。
ここに来るまで誰ともすれ違わなかったのは幸いだ。
こんな姿とてもじゃないけど他の人に見せられないよ。
鍵を開けて扉を開ける。
なんとか靴を脱がせて半ば引きづるみたいにベッドへ運ぶ。
そこへ真姫ちゃんを寝かせると凛は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して二人分のコップと一緒に持ってく。
寝室のドアを開けるとさっきまで横たわっていた真姫ちゃんは体を起こしてベッドの縁に座っていた。
真姫ちゃんの隣に腰掛けてコップを手渡す。
「ほら、お水入れるからコップちゃんと握っててよ。」
「ん」
返事はされたけどやっぱり心配だから真姫ちゃんの手の上から凛の手を重ねてコップをしっかり押さえてから水を注いだ。
そのまま水で満ちたコップをじっと見つめて動かなくなってる。
凛は気にせず自分のコップにも水を注いでその1杯を一気に飲み干した。
そしてまた水を注ぐ。
今度のそれは飲み干すためではない。
たまに口を付けたり飲むフリをしてみたり。
言うなれば自然に真姫ちゃんの隣にいるための口実。
そんなお互い全く減らない水の入ったコップを持って馬鹿みたいに電気も点けない部屋で二人してベッドに座っていた。
すると隣から帰り道と同じような鳴き声が聞こえてくる。
時間をかけて泣き始めた甲斐もあって、ちゃんと聞こえる言葉も漏れてくるようになった。
「ひっ、ひっ、うぐ、にこちゃん」
ここまで来ればあとは簡単だ。
げっぷを出した赤ちゃんみたいに優しく抱きしめて背中をさすってあげればいい。
「にこちゃん。あんなにきらきらして。輝いて。」
「うん、そうだね。綺麗だったね。」
「私がいなくても、あんなに綺麗になれるんだ。なのに私はこんなに寂しくて、つらくて。やっぱり私だけが好きだったんだ。」
「ううん。それは違うよ。にこちゃんもつらかったと思うよ。でもアイドルが人前でつらい顔なんてする訳無いでしょ。真姫ちゃんだって患者さんの前でつらい顔しないよね。」
「でもっ、でも……」
真姫ちゃんとにこちゃんは付き合ってた。
でも別れた。
付き合った理由はたった一つ。好きだったから。
でも別れた理由はたくさんあった。
でもその理由もどれもが
やっぱり好きだったからだ
「結局、私の方だけが好きで。にこちゃんに迷惑をかけただけだったんだわ。」
「そんなことないよ。」
「嘘よ」
本当だよ。
凛は知ってたよ。にこちゃんも泣いてたことを。
でも言わない。教えてあげない。
それはにこちゃんの為でもあるし。なにより凛のために。
「凛は真姫ちゃんが大好きだよ。真姫ちゃんがいないと生きていけないよ。」
そう言って肩をちょっと押したら驚くほど簡単にベッドに倒れてしまう。
なんかもう色々めんどくさいから一回口を塞いでしまえ。
「ん……」
うげー
ここに至るまでのビールやらタバコやらギョーザやらニンニクやら
なんとも最悪なキスだ。
「あの曲だって私が作ったものじゃないのに。でも今は私が作った曲じゃない方が沢山あって」
ここまでされてるってのにまだ、にこちゃんにこちゃんって
流石に腹が立ったからこのまま強引にでも事を始めてしまおう
そう思って凛は真姫ちゃんの上着のボタンを外す
下着に手をかけた所で
「ごめんね凛」
って言葉が真姫ちゃんから漏れたのがわかった。
ふん
今更謝ったって遅いんだから
真姫ちゃんを慰めたのか
それとも自分が慰められたのか
今となってはどっちだかよくわからないや。
泣きつかれたのもあってか眠ってしまった真姫ちゃんをベッドに置き去りにして凛は缶ビールと煙草を連れ出してベランダに出た
まず缶を開けて一気に飲み干してから色々なことが原因で火照ってしまった体を夜風で冷ます。
煙草に火をつけて煙を空に吹きかけても
白い煙はあっという間に夜の黒に融けていく。
星は全然見えないや。
初めは真姫ちゃんが吸っていたのを奪い取ってただけだったけど
いつの間にかこれが真姫ちゃんとの絆みたいな気がしてきて同じ銘柄を吸うようになった。
今ではすっかり染み付いちゃった。
ああ、もうかよちんには会いに行けないな。
結婚式の後から何度も会おうよって誘われたけど真姫ちゃんの忙しさや何かと理由をつけて
のらりくらりとしてたら子供が出来たって報告をもらって
妊娠期間、授乳期間
もう凛はかよちんにとって毒になっちゃったよ。
いや、きっとこの煙草も自分がかよちんに会いに行かないための口実なのだろう。
凛はかよちんが大好きだった。
かよちんも凛を大好きって言ってくれた。
でも付き合わなかった。
理由は簡単
かよちんは凛を女性としては愛してくれなかった。
かよちんが大好きって言ってくれるたびに凛の大好きとは違うってわかってしまっていた。
だからね真姫ちゃん。
女の子が女の子と付き合うなんてお互いが同じ意味で大好きじゃないと出来ないんだよ。
にこちゃんは間違いなく真姫ちゃんが大好きだったよ。
切ないぐらいに本気の恋だったんだよ。
ねえ真姫ちゃん
想いを伝えたけど結局離れ離れになっちゃった真姫ちゃんと
結局思いを伝えないで会いに行けなくなっちゃった凛と
どっちが惨めなのかな。
ううん、どっちも惨めか。
こんな傷を舐め合うように。
慰め合うしかできないなんて。
「凛?」
ふと声がして後ろを振り返ると真姫ちゃんが立っていた。
ベットのシーツだけを頭からかぶった姿がなんとも小さい子みたいでおかしかった。
「泣いてるの?」
「煙草の煙が目に沁みただけだよ」
親指の腹で目を軽くこすってその雫を払いのける。
「そう。早く入って来なさい。風邪引くわよ」
そう言う真姫ちゃんの表情もなにか見透かしてる感じがして凛は嫌いだ。
ビールの空き缶に吸殻を入れて部屋に入る直前、真っ白な布で身を隠してる後ろ姿に呟いてみた
「真姫ちゃん大好きだよ。世界で二番目に」
真姫ちゃんは振り返りもしないで返事をする。
「私も愛してるわ凛。世界で二番目に」
その言葉がたまらなく嬉しかった。