言峰士郎の聖杯戦争   作:麻婆アーメン

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花の色

衛宮切嗣の人生は間違っていたけれど、彼の選択は間違ってはいなかった。

最後の最後で彼はそれまでの人生を代償にして、生涯一度きりの正義の味方になった。

 

言峰士郎の人生は疑いようもなく正しかったけれど、選択を誤った。

全てを救わんとした正義の味方は、最後の最後に全てを裏切ろうとしている。

 

二人の目指す平和な世界は相容れない。

ただ考えもせず目の前の命を救う大馬鹿者と、大局を見て多くを救ったつもりでいた大間抜け。

うふふ、なんて喜劇なのかしら。

けれど真に平和な世界は紛れも無く彼らによって成されていく。

やがて織り成されるのは正義と正義のぶつかり合いさえ起こらない優しい世界。

 

さて、ここらへんでもう1度聞いておきましょう。

あなたの、そして私の最後の夜が来ました。

ここもじき焼き尽くされることでしょう。

それで言峰士郎(あなた)は…聖杯に何を願うのかしら。

………………………

…………………

……………

………

 

 

「……ん。ここは…」

 

目を開けた時、見慣れない天井があることほど落ち着かないことはない。

他人に比べて少し長く海外での野宿上等難民生活を経験した今でもそれは変わらないことだ。

目覚めたばかりでぼやける視界の隅に綺麗な白色が映った。

それが自分にとって最も大切で、守りたかったものだと気づくのにそこまでの時間はかからない。

 

「……看病のつもりか?添い寝するならせめてこっち向けっ…ッ!?」

 

自分でも正直よくわからない難癖をつけて起き上がろうとすると、腕に抵抗を感じ、ベットに引き戻される。

…この野郎…

あろうことかこの女は怪我人の傷だらけの腕を枕にして肩を支点にトラップ式逆関節固めをかけていらっしゃった。

痛みに悲鳴が漏れそうになるが、なんとか堪える。

溜息をつき、諦めて横になると、その髪を優しく撫でた。

 

「ったく。起きたら説明してもらうからな」

 

俺自身未だ不安だらけだっていうのにこの仕打ちだ。

抱き枕にするくらい許してくれなきゃ割りに合わない…よな。

誰でもない自分に言い聞かせ、カレンを優しく抱き寄せ、再びまどろみの中へと落ちていった。

 

……はずだったんだけどなぁ。

 

眠れない…正確には物凄く眠りづらい。

目は閉じているが、とてつもなく鋭い視線をいくつも感じる。

あと俺の抱き枕から時々空気が抜けるような音が聞こえ、ちょうど肩のあたりが微弱に震えていらっしゃった。

…この野郎。

 

「…カレンさーん、起きていらっしゃいますよね〜」

 

「ぐーぐー。私は今マジで眠っています。ぐーぐー。」

 

……なんだこのバカっぽい返し。

ほんとに寝ぼけてるんじゃないかと疑ってしまう。

というか流石にまずいのでは。

だんだんと冴えてきた頭によると、俺はまだ衛宮切嗣とイリヤスフィールの説得を始めてさえいない。

この見慣れない天井を突然大量の弾丸やエクスカリバーが貫いてこないとも限らないわけだ。

 

「……よし。」

 

決心してカッと目を開き、お腹のあたりを抱いていた左手をカレンの膝の下に回して、とっさに目に付いた窓を蹴破って外に飛び出す。

後ろから「先輩!?」「何してんの!?」「マスター!?」…すごく聞き覚えのある声がするが気にしている場合ではない。

どうやらここは3階だったようだ。迫る地面までの距離を目測。魔力を足に集ちゅ……アレ?

 

「起源弾のこと忘れてたぁぁぁ!!!」

 

腕の中で「あらあらはしたない」とか聞こえるがそんなこと気にしている余裕はない。

焦りが集中を乱し、なかなか新しい魔術回路を開けずにいると、もう地面はすぐそこだ。

ごめん父さん…俺、先に神様のところにいくから…

 

「喋ると舌を噛みますよ!」

 

突如訪れる浮遊感。(そして目覚める乙女心。)

気付けば俺はカレンを抱いたまま黒スーツに身を包んだ女性にお姫様抱っこされていた。

なにこれ。マトリョシカ式お姫様抱っこ?

そのまま彼女は一度壁を蹴り、先ほど俺たちが落下した窓にフワッと着地。

 

「久しぶりですね、士郎。元気にしていましたか?」

 

「師匠!お久しぶりです!」

 

彼女はバゼット。本名をバゼット・ブラガ・マクレミッツと言う。

魔術協会に所属する歴代最強と名高い封印指定の執行者であり、何を隠そう俺の体術における師匠でもある。

出会い方は…まあお世辞にもロマンチックとはいかなかったが、伝承保菌者(ゴッズホルダー)たる彼女の宝具、斬り抉る戦神の剣(フラガラック)を一つ譲り受け、固有結界内に複製させてもらった代わりに体力的、財政的に厳しい時などは俺が彼女の代わりに鉄球に射影することでストックを補充するというギブアンドテイク的関係も成り立っている。

…まあ俺の方は要件が済んでいるので別にいつ契約をぶっちぎっても構わないのだが、そこはまあ師弟の情とかいうやつの恩恵だと思う。

 

「敬語はやめてくださいと言っているでしょう。全く貴方は変わりませんね、そちらの膨れている貴方も」

 

当然関係も長いので、カレンも知り合いなのだが、何故か彼女を見るとカレンの機嫌が悪くなる。

 

「……チッ」

 

まさにご覧のように、これが俺達の日常だ。

「し、舌打ち!?なんですかもう…ほら、おろしますよ士郎」

 

「あっ…」

 

「あっじゃないわよ。なに乙女みたいな声出してんの気持ち悪いわね」

 

「先輩…私…頑張って鍛えますから…お姫様抱っこだって!」

 

「桜お姉様、多分それは違うと思います…」

 

気がつくと先ほどまでドアから覗いていたであろう面々が驚きの連続で息を切らして膝に手をついた俺を見下ろしていた。

よく見るとランサー以外目の下にクマを作っているのが見える。

…こいつら人が大変な目にあってるっていうのにゲームで徹夜でもしたっていうのか?

 

「あ…そういえばイリヤは!衛宮切嗣はどうしたんだ!?」

 

「呼んだかい?」

 

「あっ!士郎やっと起きたんだ!おはよ〜」

 

いやいるのが当然みたいに出てくるなよ!

思いっきり魔力強化した拳で顔殴っちゃったけど大丈夫だったんだろうか。

イリヤと切嗣はちゃんと仲直り出来ているのか?

まあ言いたいことは山ほどあったが、結局口から零れたのは当たり障りの無い一言だった。

 

「なっ!?ど、どうしてここに…!?」

 

「どうしてもこうしても、ここはもともと僕らの拠点だからね。冬木市の外れにある森の中さ。残る敵の警戒にはもってこいだと判断した」

 

「判断も何も…そうか、キャスターが説得を引き受けてくれたのか」

 

「いや、まだ何も聞いていないよ」

 

「え?」

 

「そういう話もあったけどね。僕としては君の口から聞きたい。効率重視の冷酷主義じゃ正義の味方(ヒーロー)の信頼は得られないのでは、と彼に助言されてね。」

 

開いたドアに背中を預けたまま切嗣が顎で指した方を見やると、そこにはよくよく見慣れた憎たらしい顔があった。

相変わらずニヒルで余裕ぶった笑みに虫唾が走る。

…つうか熊さんエプロン?なんでさ

 

「そういうことだ。だが先に飯にしよう。腹が減っているのでは頭も舌も回らないというもの。全員リビングへ来い。」

 

示し合わせたように腹の虫が鳴いた。

つい先日まで殴り合っていた敵と食卓を囲むのはこれで二度目か。

まあ随分と賑やかになったものだ。これは確かに教会に帰らなかったのは正解だったかもしれない。

慣れていないせいかこそばゆく感じる笑いに包まれながら、窓の割れた寝室を後にした。

 

ーーーーーーーー

 

「それで、俺の提案なんだけどさ。聖杯戦争を続けようと思う」

 

大きめの机を囲って食事を敢行しながら、向かいに座る切嗣にこちらの思惑を話す。

円卓にしなかったのはセイバーに対する彼なりの配慮なのか、それとも日本特有の験担ぎというやつなのだろうか。

まあお姫様と駆け落ちの末決裂なんてことになったら確かに笑えないが。

 

「続ける?一体どういう意味だい?」

 

「もう一つの聖杯に接続を切り替える前に英霊が脱落したら切嗣が犠牲になるだろ。それはダメだ。だから俺達のうち誰一人欠けることなく、かつ倒すこともなく勝ち残り続ける。キャスターも合わせれば7騎のうち5騎もこっちにいるんだ。あと一騎がこっちに乗ってくれなくても凌ぐくらいなら何とかなるはずだ」

 

切嗣の話によると聖杯が完成するのは5体目のサーヴァントが倒れた時。つまりこちら側に過半数がいる時点で衛宮切嗣が死ぬ事は無い。

 

「…なるほど、しかし大聖杯がそれを許してくれると思うかい?なんらかのイレギュラーが起こってもおかしくないと思うが」

 

「あぁ、だから形だけ俺達も戦うことにしよう。それにこれは準備期間だ。一つは切嗣の中にある聖杯への接続をギルガメッシュの持つもう一つの聖杯に切り替えること。…そしてもう一つが小聖杯じゃなく、大聖杯を破壊して戦いを繰り返させないための」

 

「なるほど、確かにこれから聖杯戦争が繰り返されるようなら意味が無いからね。」

 

「それでなんだけどさ、師匠、魔術協会と聖堂教会は聖杯の異常をどう解釈しているんですか?」

 

「なるほど、つまり士郎はこう言いたいわけね。魔術協会に所属する貴女がここに送り込まれたからには何か目的があったのだろう?と」

 

俺の意を組んで遠坂がわかりやすく話してくれる。

大聖杯…街を丸ごと焼き尽くすほどの危険な物体の解体なんて俺達たかだか数人の魔術師では手に余る。

キャスターが協力してくれるだけマシだが、知識面での不安が残るため出来れば魔術協会にも協力を仰ぎたいところだ。

 

「いえ、残念ですが魔術協会は何も把握していません。時計塔のごく一部はもう動き出しているようですが、私がここに配属されたのは禁忌魔術の執行が目的です」

 

師匠が申し訳なさそうに首をふる。

 

「はぁ…なるほどな。納得した。ありがとう師匠」

 

「あの…禁忌魔術っていうのは一体…?」

 

「俺の固有結界のことだよ桜。もともと師匠と最初に会った時もその任務で殺されかかった。親父と面識があったから今もこうして奇跡的に良好な関係でいられるけどな」

 

なんでも親父とバゼット師匠はかつて武術の大会で手合わせをしたことがあったとか。

気が合うらしく、最近もたまに一緒に食事に行ったりしていると聞かされたことがあったっけ。

 

「えぇ。上層部の頭は私の拳よりも固いですから。撃退されたと虚偽の報告をしても性懲りもなく捕獲しろとの意見を変えるつもりはないようです。そろそろ士郎も身の振り方を考えるべきかも知れませんね」

 

「そうは言ってもな…魔術協会に入る以上は上の命令に従わなきゃならないだろ?もしカレンを差し出せっていう命令が下ったらそれこそ魔術協会全体と戦わなきゃいけなくなるし。…そろそろ上の方にパイプでも作っておく頃合かなぁ」

 

常に受け身の姿勢で敵対者を返り討ちにしてきたため、今のところ有効な関係を築けているのは師匠くらいのものだ。

時計塔…魔術学校のようなものもあると聞いたことがあるが、新入生として入学すればなんとか……

 

「ねぇ士郎、それで結局どうするわけ?そもそもその聖杯がおかしくなった原因って言うのを私は聞いていないんだけど」

 

「……そう、だな。皆には聞いておいてほしい。実は俺の令呪は10年前…多分第4次が終結した直後にこの手に現れたんだ。確証はないんだけど俺にはこれが意味あることに思えてならない。」

 

「イリヤスフィール!?どうしましたか?どこか痛むのですか!」

 

俺が手袋を外して令呪を見せると、セイバーが声を上げて立ち上がった。

見るとイリヤが目を潤ませて呆然としている。

 

「……あれ。おかしいな、どうしたんだろう私…」

 

「わ、悪い。怖いことを思い出させちゃったか」

 

慌てて謝るも、一向に泣き止む気配がない。

なんか切嗣の目も怖いし俺まで泣きそうだ

 

「ううん、ぐすっ、違うの。切嗣が私のことを思って戦ってくれたのも分かってたから怖くなんてない…けど、なんだか懐かしいような気持ちがして…」

 

「イリヤ、部屋に戻っていてくれるかい。セイバーはイリヤを頼む」

 

「承りました。行きましょうイリヤスフィール」

 

見かねた切嗣が助け舟を出してくれた。

イリヤも反抗することなく席を立ち、部屋をあとにした。

 

「うん…ご、ごめんね士郎。ゆっくりしていってね!」

 

イリヤが部屋を出たのを確認し、ため息をついて話を続ける

 

「……続き、なんだが…多分聖杯はなにか良くないものに侵食されているらしい」

 

「らしい、というのは?」

 

「令呪がこの手に現れた時に変なイメージが浮かんだんだ。真っ黒な手に体を引きずられそうになりながらこっちに向かって何かを叫ぶ女の人の…。まあ切嗣と実際に話して納得したよ。アンタみたいな人の願いがあんな形で叶えられるなんて間違っても良いものじゃない。」

 

今となってはぼんやりとしか覚えていないが、ランサーを召喚した時も似たような感覚があった。

多分あれは毒される前の聖杯の意思。

何かが、誰かが助けを求めているのなら俺が応えないわけにはいかない。

 

「……そう、か。」

 

「けど今すぐ大聖杯の破壊という訳にはいかない。下手に手を出せば10年前と同じことになりかねない。だから今はとにかく協力者と時間が必要なんだ」

 

「話してくれてありがとう、士郎。君を信じるよ。僕らは君の味方になる。」

 

「ありがとう。絶対に聖杯戦争は終わらせよう。」

 

「あぁ。イリヤのことは心配しなくていい。それから聖杯戦争が終わるまで空いている部屋は自由に使ってくれて構わない。セラ、リズ」

 

「はい。」

 

「お呼びでしょうか、旦那様」

 

「彼らを空き部屋まで案内してあげてくれ。」

 

「「かしこまりました。」」

 

「メイドさんまでいるのね…くっ…!同じ御三家のはずなのにこの差は何だって言うのよ…!」

 

「遠坂…」

 

ガヤガヤと騒がしく部屋から出ていく若者達を見送ると、タバコに火を付けて窓の外の景色を視界に入れた。

緑色の葉が冷たい風に吹かれて今にも落ちようとしている。

あの日も、変わらずこの景色はあっただろうか。

 

『あの子に、私が見られなかったものを全部……見せてあげて。サクラの花を、夏の雲を……』

 

「…僕は、僕にどうしろと言うんだい…アイリ…」

 

男は1人、今はもう遥か彼方に消えた夢想に頬を濡らした。

 

 

ーーーーーーーー

 

「ダニ神父の事ですが、病院で大人しくしていれば大事はないそうです。非常に残念ですが」

 

「はは、そうだな。カレン自身が手を下すチャンスはまだあって良かったじゃないか」

 

「……む。まあそういうことにしておきましょう」

 

ベッドに2人腰掛けてカレンと向かい合う。

アインツベルンのメイドさんはそれぞれに部屋を与えてくれたのだが、いざ寝ようという時になってカレンが俺の部屋を訪ねてきて今に至る。

 

「……良かったのですか?別に隠すようなことでも無いはずですが」

 

「あぁ。俺1人でケリを付けられることだ。みんなを巻き込む必要なんてない」

 

「変わりませんね。相変わらずの駄犬ぶりだわ」

 

「褒めてんのか?それ」

 

「さて、どうでしょう。私はもう寝ます。抱き枕にしたいのであればお好きにどうぞ」

 

「ば、バカ言うな!そんな歳じゃない!」

 

「そうですか…なら」

 

昼間の失態を思い出し、恥ずかしさのあまり顔を背けると布の擦れる音が聞こえ、肩に軽く圧を感じた。

白く細く。包帯の下は傷だらけで、今にも折れてしまいそうな腕が俺を後ろから抱きしめていた。

俺にもし母親ってやつがいたなら、甘えたら…こんな気持ちになるのかな。

 

「私の湯たんぽの役割くらい果たしなさい。駄犬」

 

「…はいはい」

 

結局抱きしめられたまま俺は眠りに落ちた。

こんなに穏やかな気持ちになったのもいつぶりだったかな。

翌朝複数名の絶叫とビンタによって目を覚ますことになるのはまた別の話だ。

 

ーーーーーーーー

 

部屋でぼんやりしているのにも飽き、部屋を出て廊下を少し歩くと、窓を拭いている桜を見かけた。

教会でもそうだったが、他人の家に厄介になる以上は義理を尽くさなければ気が済まないらしい。

血が繋がっているはずの″優雅な″姉に少しは見習って欲しいものだ。

 

「桜、体は大丈夫か?」

 

「はい。先輩のおかげですごく元気です。というか私なんかより先輩の方が重症なんですよ?ちゃんと寝てなきゃダメじゃないですか」

 

あの日、俺はかなりの数の黒鍵に魔術行使を打ち消す宝具、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を射影し、更に親父の技術と礼装を自身に射影することでようやく桜の蟲を摘出した。

手術はおろか、治癒魔術ですらほとんど経験が無かったために、土壇場でやるにはかなりの無理だったと思う。

もし遠坂が治癒魔術で補佐をしてくれていなければ俺が桜を殺してしまっていたかもしれない。

手術中に危険な状態に陥った時、凛の口から全てを聞いた。

そして再度決意した。

この子だけは、死なせるわけにはいかないと。

 

「はは。けどただ寝てるだけっていうのも退屈でさ。屋敷の中の散策くらいは許してくれないか」

 

「もう…仕方ないですね。分かりました。」

 

ため息を吐く桜を見て安堵する。

思ってみれば、彼女だけが俺の平穏の象徴のような存在だった。

魔術とか、教会とか、そんなことは関係なしにただの先輩後輩としてずっと付き合ってくれた彼女があの場にいたからこそ、あの時衛宮切嗣を殺すことなく踏みとどまれたのかも知れない。

テレパシーで『ありがとう、可愛い可愛い後輩さん』と発信してみたが、伝わるはずもなかった。

 

「たーだーし、私が付き添いします!いきなり倒れた、なんてことがあったら大変ですから」

 

「はは、ありがとう。じゃあデートだな、桜」

 

「せ、先輩!からかうのはやめて下さい!それにその、カレンさんと一緒に寝てたのだって知ってるんですからね!」

 

「ん?桜も一緒に寝るか?」

 

「はっ、ははははひぃ?!そ、それは…是非お願いしたいというか…その…」

 

あーいかん、桜はいじるとすぐ真っ赤になるから思わずやりすぎてしまう。

……こんな子が、俺が寝込んでいる間に徹夜でゲームなんかする訳ないじゃないか。

我ながら馬鹿げた勘違いに気付き、その間抜けさに目を細めた。

 

「……? 先輩…?ひゃっ」

 

桜の大きなくりくりとした目の下に出来たクマをほぐすようになぞる。

そのままもっと赤くなればクマも隠せるんじゃないか?

 

「あっ、あのっ、先輩…恥ずかしいっていうか…いや、もちろん嬉しいんですけど…」

 

「あぁ。その、悪かったな、桜」

 

手を離し、頭をガシガシと撫でる。

頬をふくらませているが、嫌がっているわけではなさそうだ。

 

「先輩…違うでしょ?」

 

「へ?」

 

「こういう時は、ありがとうって言うんですよ」

 

「……はは、そうだな。ありがとう桜」

 

「はいっ!」

 

こんなに可愛い女の子に心配かけるなんて俺もまだまだだ。こんなんじゃカレンとの約束を果たせるのはまだまだ先になるかもしれない。

 

「ん、そうだ桜、じゃあちょっと付き合ってくれないか?」

 

「いいですけど…外に出るんですか?」

 

「うん、昼間ならサーヴァントに襲われることも無いだろうし。そこまで遠くには行かないからさ」

 

「分かりました、じゃあ少し着替えてくるので…」

 

「じゃあ部屋で待ってる。準備できたら声かけてくれ」

 

ドタバタと慌しくかけていく桜を見送って、放置されたバケツと雑巾、もろもろ掃除用具を片付けようとすると、家政婦に止められた。

 

「えっと…」

 

「セラと申します。これは私達の仕事ですので。お手伝い感謝しますと桜様にお伝えください」

 

「あぁ、ありがとうセラ。じゃあ任せるよ」

 

胸の小さい方がセラ…っと。

覚えたぞ。

これ以上私の仕事をとるなら殺す…!とでも言わんばかりの目つきで睨まれたのでここは大人しく退散することにする。

苦笑いしながら背を向けると、予想外にも呼び止められた。

 

「あ、あの…」

 

「ん?ごめん、もしかして掃除用具壊しちゃってたか?」

 

「い、いえ!そんなことはありません!むしろ桜様のお掃除は完璧で……その事ではなくてですね、その…」

 

「セラ、意地っ張りよくない。ハッキリ物言うべき」

 

おぉ…出たな大きい方の家政婦。

いつの間に背後を取られていたのか。

全く気配が感じられなかった。

声だけでも外人さんだとバレそうなカタコトでセラを責める……たしかリズと言っていたような

 

「わ、分かっています!その、士郎さん…ありがとうございます!」

 

「へっ?い、いやいやいやそんな!泊めてもらって感謝するのは俺達の方で…!」

 

「士郎、違う。セラ感謝してるの切嗣のこと〜」

 

あぁなるほど、と納得した。

このメイド達はイリヤとかなり親しげにしていた。

恐らく切嗣がいない間、イリヤにとって家族の代わりのような存在を引き受けていたのだろう。そしてその存在は今も大切なものに違いない。

その逆もしかり。

彼女達にとってもイリヤは大切な人であり、切嗣を説得して彼女が悲しむ道を絶った俺に感謝してくれているのだ。

こりゃあいよいよ正義の味方じみてきたな。

ならかっこよく返してやるのが男の甲斐性というやつだろう。

 

「別に感謝されるような事じゃない。それに感謝なら俺がイリヤにしたいくらいだ。切嗣が俺を殺さなかったのは間違いなくイリヤがあの場にいたからだし」

 

「いいえ、貴方がいなければ今頃イリヤ様はまた一人ぼっちでした。感謝してもしてもし足りないほどです」

 

「い、いやそんな…」

 

「人の感謝は素直に受け取っておくものだ、言峰士郎」

 

ゲッ、出たな。

聞き覚えのある声に額にシワを寄せながら振り返る。

そこにあったのは紅い正義の味方などではなく、相変わらずくまさんエプロンを装備した主婦の味方であった。

 

「……お気に入りなのか?」

 

「何のこと…いや、失礼。とぼけるのはやめよう。これはイリヤにどうしてもとせがまれてね。あの子にせがまれるとどうしても弱くてな」

 

「……お前の趣味じゃないんだな?」

 

「くどい。そうだと言っている」

 

「ったく。お前も俺なら分かるだろ、こういうの苦手なんだよ。ならお前が代わりに受け取っておいてくれ。じゃあ…なんだよ」

 

「無理な相談だな、言峰士郎」

 

「……まさか」

 

「なぜなら私も貴様に用があるからだ。……その、…ぱ、…」

 

「ぱ?」

 

突然だが男子諸君、白髪を逆立てて一生懸命若作りしている未来の自分と同じ顔をした大男を想像できるだろうか。

では次に、その男に可愛らしいフリフリのついたくまさんエプロンを付けてみよう。

うん、もうこの時点で正直アウトだが、世界の抑止力の代行者、世界の士郎となった奴の追撃はスケールが違いすぎた。

 

「パパを…救ってくれたこと、感謝している」

 

「!?!」

 

背筋に悪寒を通り越して電流が走り、少し痛みを感じるほど鳥肌が立つ。

きっも!気持ち悪!!

桜、ごめん。もう心配かけないって誓ったばかりなのに俺はもう未来に夢も希望も抱けない。未来に対する不安と絶望で溺死してしまいそうだ。

 

「かっ、勘違いするんじゃない!これにはわけがあるのだ!」

 

「ガングロ男のツンデレなんておぞましくて聞いていられるかっ!帰る!士郎もうお家帰る!」

 

「ええい!恥を晒すんじゃない!それでも俺の元になった人間か!」

 

「お前が言うなよ!?そこまで言うなら聞かせてもらおうか!白髪頭になっても父親をパパと呼ぶ理由を!!」

 

「……くっ…!これも全ては憎き聖杯のせいなのだ…!」

 

「…は?」

 

「ええとその、彼はイリヤ様の強いご希望によりそのようなことになっているのです…」

 

見かねたセラが助け舟を出してきたようだが、ぶっちゃけ今の言い方でも幼女のためなら自らを犠牲にするロリコン野郎という解釈しかできな……なんだこれ。ちょっと心が痛いのは気のせいか。

 

「小僧…切嗣の使用した令呪の内容は聞いているな」

 

「令…呪……あぁ。納得した。お前も大変なんだな…」

 

″基本方針はイリヤに従うこと″

何処かのうっか凛が実証したように、本来令呪は抽象的な命令にはあまり効果を発揮しない。

大方、言葉だけで発動する擬似的な令呪という形でイリヤへの服従が成立したのだろう。

そして下された命令が…

 

「くまさんエプロンと自分の気持ちに素直になること〜」

 

やはりリズによると、そういうことらし…

……?

パパ呼びの強制じゃなくて素直になること?

 

「……撤回する。やっぱり俺とお前は別人だ」

 

「…諦めろ。貴様もいずれ理想を抱いて溺死する」

 

ここに、決して負けられない戦いが再び幕を上げた。

 

「ちょ、おやめ下さい士郎さんと士郎さん!」

 

性懲りもなく馬鹿の一つ覚えで夫婦剣を投影するエミヤと黒鍵を構える俺を交互に見ながらアタフタするセラ。

今の俺が言うのもなんだけど落ち着くのは君の方だと思う。

 

「セラ、紛らわしい」

 

「そうだセラ!私のことは執事(バトラー)と呼べと言っているだろう!」

 

「聖杯戦争にそんなクラスがあってたまるかっ!!」

 

「お待たせしました先輩!ってあれ?皆さんで何やっていらっしゃるんですか?」

 

「桜!逃げるぞ!ここにいたらファザコンがうつる!」

 

「間桐桜だと…!待て貴様!そのルートの先は地獄だぞ!」

 

「ふふふ…先輩、よく分からないけれど…あの人をもぐもぐしちゃってもいいですかぁ?」

 

「だ、だめだ!よく分からないけどだめだ!」

 

何故か左腕だけ尋常じゃないほど血の気が引くのを感じ、これ以上は不味いと目からハイライトの消えた桜の手を引いて撤退する。

 

そんなふたりを見送りながら、エミヤは静かに独りごちる。

 

「……はぁ、不思議な心持ちだな。別物とはいえ過去の自分を見送るというのも」

 

「ふふ、けれど最近の貴方はすごく楽しそうですよ、今の貴方の方が皮肉ばかり言っていた初めの頃よりよほど素敵だと思います」

 

「そうか。ではお言葉に甘えて、今日はセラと夜を共にしたいのだが…構わないか?」

 

「ひゅーひゅー」

 

「そ、そんな所まで素直にならなくて結構ですッ!」

 

「ぐはっ!?……いい、パンチだ…」

 

「はっ!?士郎さんから大量の光の粒が…!イリヤ様!旦那様ー!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はぁ…悪いな、本当は部屋で待っていようと思ったんだが」

 

「いえ、大丈夫ですよ。それにデートはこれからですから!」

 

「あぁ、今日は久々に羽を伸ばそう。桜には我慢させてばっかりだったもんな」

 

先輩に手を引かれてやって来たのは、都会の中だって言うのに場違いにも緑色と茶色のはびこる公園でした。

実は、落ち込んだ気分になった時は足しげく通っていた場所なんです。

あの時…私がまだ幸せでいられた時のことを思い出せるから。

 

「…ら?桜?」

 

「ひゃいっ!?な、ななんですか先輩!」

 

「なんか元気ないように見えたから…やっぱり戻るか?」

 

「いえ!大丈夫です!それとも先輩は私とのデートが嫌になったんですか?」

 

「う…桜みたいな可愛い女の子といるのが嫌なわけないだろ。でも無理はするなよ?」

 

「はい!じゃああの、あっちの方に行ってみましょう!」

 

そう言って先の仕返しと言わんばかりに無理やり先輩を引っ張っていきます。

いつもなら姉さんやカレンさんの役割だけど…今日くらい…今だけは私が先輩の隣にいたいから。

えっと…たしかここら辺に…

 

「ここは…」

 

「先輩!何にしますか?私のオススメはこのチョコバナナ味です!」

 

「あ…じゃあそれと、このベリー&ベリーとかいうのを一つずつ下さい」

 

なんて華麗なスルー…

……うぅ、先輩は私の味覚を信用してくれていないんですね…

確かに最初の頃に先輩の作る料理は少し味が濃いなぁと思っていたのは否定しませんけど…!

 

「ありがとうございます。ほら桜、あーん」

 

「へっ!?あ、あーん……もぐもぐ…」

 

「こうして二つ買えば、二種類食べられてお得だろ?いつも同じ味っていうのも悪くないけどたまには新しい発見っていうのも悪くないさ」

 

「なるほど…!さすが先輩!確かにこれも美味しいですね!じゃあ先輩も…あーん!」

 

「えっ、お、俺は…」

 

「あーーーん!」

 

「むぐっ!?……確かに美味しいなこれ!」

 

「でしょう?私、10年前から大好物なんです」

 

「10年前…そっか。桜がまだ間桐の家に出される前から思い出の場所だったんだな」

 

「はい、でも仕方の無いことだったんです。魔術師の才能を持った子供が2人に対して当主の座は一つ。結果的にはこうなっちゃいましたけど、これもお父様なりの優しさだったんだと思います」

 

まあだったら最初からゴムつけろやとか思わないでもないんですけどね。

宝石は買いまくるくせにゴム買うお金けちりやがってあのステッキジジイめ。

 

「……コウノトリも失敗するのか」

 

まあでもこの先輩の可愛さに免じて墓を暴くのだけは許してあげます。

はぁ。先輩…無理。尊い。

 

「先輩、いいんです。私、間桐の家に養子に出されなかったら、きっとこうして先輩とデートも出来なかったですから」

 

「…!そっ、か。そうだよな。ごめんな桜、俺がもっと早く気づいていれば…」

 

「先輩?終わったことを嘆いても仕方ありません。それに、あの日々があったから今の生活をもっと平和で、幸せなんだって噛み締めることが出来ると思うんです。あの地獄が無ければ、私はきっと今頃続く毎日に感謝もできない大馬鹿者でしたから」

 

「あれから慎二や間桐の家とは連絡とってるのか?」

 

「…いえ、まだ決心が固まらなくて」

 

「そっか。……なあ桜」

 

「はい、なんですか先輩」

 

「もう1回、苗字を変えてみないか?」

 

……!!!!

こ、こここ告白ぶっ飛ばしてのプロポーズキターーー!!!

さすが先輩…!信じていました!私ずっと待ってましたよ!愛してます先輩!

 

「あ、ち、違うぞ?!結婚とか…そんなんじゃなくてな…今はまだそういうの早いと思うし」

 

嬉しさのあまり顔を真っ赤にして口をポカンと開けたまま表情筋の操作が効かなくなった私を見て慌てる先輩。尊い。心のシャッターパシャリ!です!

 

「あっ…はい。そうですよね、分かってますよ、先輩!」

 

で、ですよね…冷静に考えたらあの先輩がそんな浮ついたプロポーズする訳ないじゃないですか。

まあすこしガッカリしたのは否めませんけど……まあそういう所も大好きなので…素敵です、先輩。

 

「辛いなら桜は向き合わなくていい。父さんの娘になれば良い。俺が一生守るから」

 

「嬉しい……けどごめんなさい。先輩、私、先輩に守られる権利なんてないんです」

 

「どういう意味だ?」

 

「私、処女じゃないんです。とっくに穢されている私なんて…本当なら先輩の傍にいる資格すら…」

 

「そんなの関係ない。桜だって言ってたじゃないか。今まで悲しいことしかなかったんだから桜には幸せになる権利がある」

 

「私、先輩が魔術を使えなくなるかもって言われた時、ホントは少し喜んだんです。」

 

「……」

 

「魔術は私からいつも大切なものを奪っていきます。父さんも、初めは優しかった兄さんも、そしていつかは先輩だって…私は魔術が怖いんです。私たちを守るために先輩が必死に戦ってくれてるって分かってるはずなのに」

 

「…桜。」

 

「はい?」

 

「……投影開始(トレースオン)

 

「っ!……?」

 

私には魔術が使えない。

素質はあるらしいけど、ろくな鍛錬もしてこなかった…いや、したくなかったから魔力をどう流せば何が起こるかなんて検討もつかないけれど、魔力を感じることくらいなら出来る。

俯く私の前に差し出された先輩の優しい手に、魔力が集まるのを感じた。

 

「桜、驚かせて悪い。目を開けてくれ」

 

「ん…わぁ!」

 

咄嗟のことに目を瞑り、怯えていると先輩の優しい手が私の頭を撫でた。

そっと目を開くと、先輩の手には一本の小枝。その先には、たった1輪、ピンク色の小さな花が開いている。

 

「魔術が怖いのは俺だって同じだし、憎むのもわかる。けど魔術っていうのはこういう使い方も出来るんだ。この魔術を使って桜を守る。もう何一つ奪わせない。俺が約束する。だからもう一人で抱え込むのはやめてくれ」

 

「先輩…はい。ありがとう、ございます」

 

先輩からその小枝を受け取って、髪に差し込んでみる。

 

「どうですか?先輩」

 

「あ、あぁ…すごく似合ってるよ桜」

 

「ふふ、今日から私は先輩の妹で後輩の、言峰桜です。宜しくお願いしますね、お兄様♪」

 

さっきまであんなに恥ずかしいことを言っておきながら今更赤くなる先輩。あんなに強くてかっこいいのに、こんなにもたくさん弱いところがあるなんて、本当に不思議な人。

今は怖くて…あの家とも、遠坂先輩とだってちゃんと向き合える気がしないけれど、先輩となら。きっと。いつか。

 

ーーーーーーーー

 

ドアをノックし、返事を待ってから部屋に入る。

 

「失礼する」

 

「なぁに?大士郎。あ、昨日のことは気にしなくてもええわよ?私がどうかしてただけだから」

 

からかうように笑いかけてくる異世界の義姉に辟易して肩を竦めてみせる。

いやしかし…

 

「…その大士郎というのはいい加減やめて欲しいんだが」

 

「はは、でも君達を呼び分けるのも紛らわしいし許して欲しいな。今更アサシンっていうのもないだろう」

 

「……まあいいさ、それよりもそのヤツのことを話しておきたくてな」

 

「小士郎のこと?」

 

「あぁ、恐らくは起源弾を受けた影響だろうが多少の投影が可能になり、ほんの少し私と近い存在になっているようだ。未熟すぎて反吐が出るがね」

 

「正直驚いたよ。起源弾を受けても動けるどころかすぐに魔術が使えるなんて」

 

「魔術回路の少なさが幸いしたのだろう。それよりも小僧に伝えて欲しいことがある」

 

「どうして?自分でいえばいいじゃない」

 

「私が言った所でろくに聞きもしないだろう、奴は。それに俺も八つ当たりしてしまいそうになるのでな」

 

「ふーん…まあいいわ、言ってみなさい?」

 

「お前は戦う者ではない。イメージするのは常に最強の自分。ゆめそれを忘れるな、と。」

 

「ふむ…いいだろう。お父さんに任せなさい士郎」

 

「あぁ、頼む。それと…」

 

「まだ伝えるべきことがあるのかい?」

 

「……いや、以上だ。今日はもう遅い。君達も休むべきだ。」

 

伝えるべきではないか。

このままでは奴は俺と同じように後悔する。

いや、下手をすれば俺よりも質が悪いのかもしれない。

あの魔術は、文字通り自身を殺す魔術にほかならない。などと。

 

「うん、明日もよろしく頼むよ、士郎」

 

「あぁ…おやすみ、パパ」

 

ドアを閉め、音を立てないように壁際に蹲る。

顔を手で覆うと、静かに呟いた。

 

「……凛…理想郷(アヴァロン)はここにあったんだな。」

 

恥じることなどない。

正義の味方は誰より、家族の平穏を尊ぶ人種であるのだから。

 

「……おやすみか…ふ…」

 

「切嗣?どうして泣いているの?」

 

「…どうしてだろうね。僕にもわからないな」

 

世界は違えど、親と子の繋がりは主従を超えるものである。

 

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