言峰士郎の聖杯戦争 作:麻婆アーメン
得体の知れぬ相手と戦おうとする時、人は最も信頼する戦い方に頼る。
その傾向は歴戦の戦士であればあるほど顕著であり、万を超える投影宝具を有する紅い正義の味方もまたその1人だった。
見知らぬ世界と自分自身に相対し、その両手に最も信頼する夫婦剣、千将・莫耶を投影する。
「これは驚いた。投影魔術は使えないのではなかったか?」
「あぁ、その通りだよ。この中じゃなきゃ投影なんて出来ないさ」
「なるほど。ではこれでようやく…五分というわけかッ!」
地面を蹴り、切りかかるエミヤ。
しかし
一閃。
たった1度打ち合っただけで、彼の最も信頼する刃は容易く崩壊…いや、叩き切られた。
驚くエミヤの目に映ったのは、折れた夫婦剣と同じ姿を持った一対の夫婦剣、その片方。
「驚くことじゃない。見ればわかるはずだ。これは俺の魔術の性質であり、お前と俺の生き方の差でもある。」
「生き方の差…だと?」
バックステップで後ろに下がり、すかさずまた次の夫婦剣を投影するエミヤ。
それを追わずに、夫婦剣を握り直し、一振して調子を確かめながら返す。
「お前の刀から、嫌というほどお前という英霊のあり方が伝わってきたよ。大多数を救うために少人数を殺す。なるほどご立派だ。救われた側からすれば確かにお前は正義の味方そのものだろう」
「……何が言いたい?」
「この夫婦剣だけじゃあない。この地に刺さる宝具、憑依可能な技術、その全てはオリジナルと寸分違わぬ複製だ。……妥協を許すか許さないか。それがお前と俺の違いなんだよ、エミヤ」
千将・莫耶を構え直して未来の…いや、異世界の自分に向かって言いのける。
俺はお前とは違う、と。
「何を言うかと思えば…言峰士郎。その結果が投影魔術すらままならぬ貴様の体たらくだろう。フン、神の言葉を聞いたことさえ証明できずにその身を焼かれた彼女を呼び出したのにも納得がいく」
「…あぁ、確かにお前らから言わせれば実績の追い付かない俺達の在り方は偽善なんだろう。だが、それが悪だというのなら…俺は最後まで悪を貫き、成し遂げる」
あの日、慈しみ深い銀髪のシスターは言った。
私を救うのならば、世界中全ての人間を救ったその最後にして欲しいと。
自らが血だらけの状態で銃弾と刃の雨の中に晒されながら、彼女は確かにそう言った。
あぁ、と思わず息が漏れた。
この人が救われずして救われる権利を持つ人間が一体この世界のどこにいるというのか。
この人が救われなきゃ嘘だと。
それでも、自分の弱々しい返事を聞いて、胸のうちを知りもしないで。
彼女は安心したように気を失った。
結果として、言峰士郎はその日初めてこの固有結界を発動した。
彼女の理想と、何故か満ち足りた自分の充足感が、かつてのみすぼらしい荒野を丸ごと塗り替え、命を与えたのだ。
俺は二度と諦めない。
見捨てない。
「……なるほどな。つまり貴様はこの数分間のみ、かの英雄王をも凌駕し得るというわけか。」
「いいや、アイツの持つ宝具でも俺が投影出来ないものは有る。だがな…」
先程エミヤがしたように夫婦剣をエミヤに向けて投函し、足元に突き刺さる赤と黄色の二本槍を抜き、一直線に走りながら啖呵を切る。
「お前を倒すには十分だ、正義の味方!」
「いいだろう…!そして、認めよう。貴様は確かに、この俺が越えなければならない存在だ!」
その世界を侵略せんとするが如く、正義の味方は多数の剣を現出させた。
「エミヤァァァ!!」
「コトミネェ!!」
今時空を超えて、形は違えど相対する二つの魂は交錯する。
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「フン、どうしたセイバー。この程度か?全くもって期待外れよな」
「…戯言を…貴方こそ肩で息をしていますよ、英雄王」
「ククク、気の所為であろうセイバー。それは貴様の膝が笑っているに違いない」
減らず口を叩いては見るものの、実際のところギルガメッシュとセイバーの実力は拮抗していた。
遠坂凛のマスターとしての素質は優秀だが、そのために調整されたホムンクルスであるイリヤスフィールの魔力量はさらにその上を行く。
無限の宝具を使役するギルガメッシュと、ただ剣技一つを極めたセイバー。
その在り方は違えど、2人ともサーヴァントの中で最強と言って差し支えないだろう。
どちらが切り札を切れば、その瞬間勝負は決まる。
その場にいた誰もがそれを予感していた。
「…ジャンヌ、まだ念話は通じない?」
「…はい…マスター…」
チラと背後で俯くジャンヌを一瞥し、最古の英雄王は問う。
「セイバーのマスターよ、小僧を連れ去ったアレは貴様の仕向けた雑種か?」
「えぇそうよ。貴方達を分断して、得体の知れないあの子から殺す。あの子の生き方は、明らかに異常だもの。」
「…フ、やはり何もわかっておらんな。雑種めが」
「貴様…我がマスターを愚弄するか!」
「事実だ、セイバー。我の目の前には既に貴様達の目的も、事実も、全て筒抜け故な」
「何が言いたいのかしら?まさか最古の英雄王様が命乞い?」
「ハッ、冗談であろう。だが一つ取り引きをしようではないか。あの小僧はなかなかな愉悦を献上しよる。故に今失うには惜しいのでな。」
「今更敵の言葉を信じると思うの?」
「まあそう慌てるな雑種。まずはこれを見よ」
ギルガメッシュが大気のゆらめきに手を差し込み、取り出した。
「それ…は…!」
戦局は、目まぐるしく変わっていく。
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「……で、こうなったわけか…」
「まあそういじけなさんな。ウチのギルガメッシュのおかげで命を拾ったんだから」
「うっ…まあそうなんだけどさ…」
結果から言えば、俺は負けた。
いくら宝具の質が勝っていたとはいえ、魔力差による手数と踏んで来た場数が段違いだった。
それに、接近戦でも笑ってしまうほどに歯が立たず、遊ばれるような形になり、みっともなく魔力切れ。
止めを刺されることすらなく血塗れの惨めな姿でジャンヌ達の真ん前に落とされ、この命を拾ったのだ。
「……」
「言峰くん、今手当するから服まくってもらえる?」
「あぁ…悪い。……くそ…」
(何が今のお前には殺す価値もない、だよ。偉そうに…)
最後にアイツの放った一言が脳裏から離れず、どうしても不機嫌そうな顔になってしまう。
「雑種。下がれ。……小僧、これでも飲むが良い」
「…あぁ、ありがとうギルガメッシュ。……その、すまない」
手渡された液体入りの小瓶を受け取り礼を言った。
解析すると、どうやら傷と魔力の回復薬……一応宝具らしい。
「良い。我の下僕も貴様に死なれたのでは目覚めも悪かろう。せいぜい安静にしておけ、ではな」
そう言って背を向けると、金色の光と共に教会の奥へと消えていった。
その姿を見送り、ふと横を見ると…
「うそ…あのギルガメッシュがデレるなんて…言峰くんまさか…アイツにまで魔力を…」
またあらぬ疑いがかけられていた。
毎度のことながら俺はなんだと思われているのか…
「なんでさ!してない!するわけないだろ!」
「あの、マスター」
「ん?どうしたジャンヌ」
「お姉様達はどこにいらっしゃるのでしょうか。先程から見当たりませんが…」
「親父か?どうだろう。戦闘の隠蔽にでも追われてるんじゃないか?……でも桜やカレンがいないのはおかしいな。少し探してみるか」
「じゃあ私はここにいるわね。入れ違いになったら馬鹿らしいし。一応念話は繋いでおいてくれる?」
「了解。じゃあ教会の留守を頼むぞ。行こう、ジャンヌ」
ジャンヌを連れ、表口から庭に出る。
外に出ようとしたその時、何かを踏みつけたことに気づき、拾い上げる。
「骨で出来た…剣…?」
数々の武具を知る言峰士郎も知らぬ血のついたその刃の欠片は、解析魔術を受けてすぐに風化し、散っていった。
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ポツリ、という水音で目を覚ます。
腕が…というか体のあちこちが痛い。
ここは…何処だろうか。やけに埃っぽくて薄暗い屋内。
確か…
ハッとして横を見ると、自分と同じ紐で柱に縛り付けられた桜がいた。
肘でゆすり、目を覚まさせると落ち着かせるために笑ってみせ、静かにするように。と目で伝えた。
さて、これからどうするべきだろうか
悠長にそんなことを考えていると、不意に足音が近づいてくる。
「お目覚めかしら、お嬢さん方?」
暗闇から現れた漆黒のフードから微かに淡い青色の髪をのぞかせる魔女が、縛られた状態で目を覚ましたカレンと桜に語りかける。
「…随分といい趣味ですこと。貴女とは気が合いそう」
「あら。それは嬉しいわね。それにしたって悪霊に囲まれただけで血だらけになって喜ぶんだもの。驚いたわ」
そう、士郎達がいない間、教会は襲撃を受けていた。
「か、カレンさん!大丈夫ですか!?」
「心配いりません。もう慣れたものなので」
「よく言うわ。私達も焦ったんだから」
「ほう?これはこれは。ご心配をおかけしたようで」
「ち、違うわよ!?ただ人質に死なれたら困るっていうか、そ、それだけよ!」
「……カレンさん」
「えぇ。どこかあの年増ツインテールに似たものを感じますね」
「まあそう言ってやってくれるな。彼女もそれなりに頑張っている方なのでな」
キャスターの呼び出す竜牙兵の中に運悪く悪魔の魂を素とした個体があったために、カレンはその力を振るわれるまでもなく倒れ、彼女と彼女をだき抱えて逃げる桜を庇った言峰綺礼が、そのおびただしい数の竜牙兵と戦うこととなった。
だが、その数はともかく、言峰綺礼は魔術師狩りのプロ、代行者である。
多少のハンデがあろうと負けることは無い。
ただし。
そこにもう一つ戦力がある場合、その限りではない。
「貴方がたも…サーヴァントなのですか。」
「…」
「悪いね。期待させて済まないが僕達はサーヴァントではない」
「ありえません。ダニ神父はあれでもかなり腕が立つはず。それをただの人間が…」
「ただの、暗殺者さ」
その哀しい背中はカレンの言葉を遮り、タバコをふかす。
私情を殺し、辿り着いた理想の全てに裏切られ、正義の味方になれなかった男。
「…葛木…先生…」
「間桐…お前もマスターとは。魔術師とはいえ運命とは珍妙なものだ。」
かつて、殺すためだけに生かされた男。
“サーヴァントに魔術師が通用しない”
聖杯戦争の、言うまでもない常識の一つ。
だが、もしこれからも聖杯戦争が続くとすれば、このように記されただろう。
“聖杯戦争では、マスターも戦えなくては勝ち残ることは非常に難しいだろう”…と