私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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一年生編
第一話 ラベンダーと二人の友達


 授業終了を示すチャイムが鳴り教師が退室すると、生徒達はすぐ次の授業の準備に移った。

 次の授業は必修選択科目。履修した科目によって授業が行われる場所が違うので、移動は素早く行う必要がある。

 

 この教室にいるのは入学したての一年生だが、おしゃべりをしたり、騒いだりする生徒は一人もいない。

 それもそのはず、ここは名門お嬢様学校、聖グロリアーナ女学院。慌てず騒がず優雅に行動することは、聖グロリアーナ女学院の基本的な作法なのである。

 

 とはいえ、中にはそれを実践できていない生徒もいる。

 この教室の中央にいる栗色の髪をボブカットにした少女。一見すると、おっとりとしたごく普通のお嬢様に見えるこの少女もその中の一人だ。

 

 少女は移動しようと立ちあがったところで、机の上からペンケースを落として中身を派手にぶちまけてしまった。さらに、ペンケースの中身を拾うために机の下に潜ると、今度は机の底に頭をぶつけて他の文房具を落としてしまう。

 大がつくほどのドジ。これが彼女の抱える大きな欠点であった。

 

「大丈夫、西住さん? ノートが落ちてましたわよ」

「あ、ごめんね。ありがとう」

「どういたしまして。戦車道の授業は大変だと思いますけど、がんばってくださいね」

 

 ノートを拾ってくれた親切なクラスメイトは、足音一つ立てない洗練された足取りでその場を去っていく。西住さんと呼ばれたドジな少女とは大違いである。

 

 話は変わるが、このクラスの生徒は西住さんが戦車道を履修しているのを全員知っている。それには大きな理由が二つあった。

 一つ目は、西住さんが戦車道の強豪校である黒森峰女学園中等部出身であること。そして、二つ目は西住さんと同じ戦車に搭乗している生徒が校内でも有名な問題児だからだ。

 

 西住さんが机の上を片づけていると、廊下を軽快に走る大きな足音がこの教室に近づいてきた。西住さんのチームメイトがいつものように彼女を迎えに来たのだ。

 

「ごきげんようですわー!」

 

 教室の扉を開け放って飛びこんできたのは、セミロングの赤い髪を真ん中分けにした少女であった。

 赤い髪の少女は教室に入ってくるや否や、西住さんに向かって一直線に突っこんでいき、彼女の手を荒々しくつかんだ。

 

「さあ、早く行きますわよ、ラベンダー。クルセイダーがわたくし達を待っているでございますわ」

「ローズヒップさん、ちょっと待って! そんなに引っ張らないでー!」

 

 赤い髪の少女に引きずられながら、西住さんは教室を飛び出していった。

 

 彼女達はお互いを植物の名前で呼びあっていたが、これは彼女達のニックネームであり、本名ではない。

 聖グロリアーナの戦車道チームでは、優秀な生徒に対し、紅茶に関するニックネームが与えられる。ニックネームを与えられた生徒は、在学中は内外問わずニックネームを名乗るのが聖グロリアーナの決まりであった。

 

 黒森峰女学園中等部で去年戦車隊の隊長を務めていた西住さんは、今年入学した一年生の中で一番の実力者。彼女は入学してすぐに、フレーバーティーの一種、ラベンダーティーのニックネームを与えられた将来の有望株なのである。

 

 そんな西住さんの本名は、西住みほという。

 戦車道に詳しい人なら誰もが聞いたことがあるであろう、日本を代表する有名な流派、西住流。西住みほはその西住流宗家の次女として生を受けた、由緒正しい武家のお嬢様なのだ。

 

 

 

 

 ローズヒップに手を引かれて廊下を走り続けたみほは、一年生の別の教室にやってきた。もう一人のチームメイトがこのクラスに在籍しているからだ。

 

「ごきげんようですわー! ルクリリ、迎えに来ましたわよー!」

 

 ローズヒップはみほのときと同じように、栗色の長い髪を三つ編みにしている少女に突進していく。がっしりと手をつかまれているみほもあとに続くが、ここでみほのドジが発動した。

 何もない場所でみほはこけてしまったのである。

 

「あわわっ!」

「おっととととぉー!」

「うげっ!」

 

 みほに引っ張られたローズヒップもバランスを崩し、前方にいた三つ編みの少女を巻きこんで派手に転倒した。

 この中でとくに悲惨だったのが三つ編みの少女。前傾姿勢で倒れたローズヒップの頭突きが、運悪くみぞおちに命中してしまったのだ。

 よほど痛かったのか、三つ編みの少女は左手でお腹をさすりながら右手で床をバンバン叩いている。

 

「こ、このバカっ! 私を殺す気か!」

「ごめんなさいですわ。悪気はなかったんですの」

「ごめんですむか! ものすごく痛かったんだからな!」

 

 三つ編みの少女は片足で地団駄を踏み、長い髪を振り乱して怒っている。

 ルクリリのニックネームを持つ短気なこの少女が、みほのもう一人のチームメイトだ。

 

 ルクリリの見た目はとても清楚であり、美人といっても過言ではない。その反面、言葉づかいは荒っぽく、行動はがさつそのもの。そのせいで容姿の良さがすべて台無しになっている、少し残念なお嬢様であった。

 

「ルクリリさん、ローズヒップさんを怒らないであげて。私が転んじゃったのが悪いの」

「ラベンダーが転んだのはローズヒップが引っ張ったからだろ。元はと言えば、こいつが悪い。迎えに来てくれるのはうれしいけど、もっと静かに来れないのか?」

「おほほほほ、それは無理な相談ですわ。今日はクルセイダーの日でございますわよ。ぐずぐずなんてしていられませんわ」

「黙れっ! このスピード狂!」 

「二人とも落ちついて。みんな見てるから」

 

 周囲の目も気にせずに騒ぎ出す二人をみほは必死になだめた。

 その後、みほはなんとかルクリリの怒りを収めるのには成功したが、かわりに時間を大幅にロスしてしまう。

 すでにあたりにはみほ達以外は誰もいなくなっており、授業も開始間近。制服からタンクジャケットに着替えることを考えると、無駄にできる時間は一秒もない。

 

「もうこんな時間。のんびりしてたら間に合わないよ」

「まずいぞ。遅刻なんてしたら、またアッサム様に怒られる」

「こうなったらリミッターを外すしかありませんわ。お二人とも、わたくしのあとに続いてくださいまし。ぬおりゃああああ!」

 

 下品な叫び声をあげて走るローズヒップのあとに続き、みほとルクリリも廊下を駆けていく。ふかふかのじゅうたんが敷きつめられている廊下を三人で全力疾走する姿は、とても名門お嬢様学校の生徒には見えない。

 

 このような光景はすでに日常茶飯事。ローズヒップとルクリリが起こす騒ぎに、みほはいつも巻きこまれていた。

 いつしか三人は問題児トリオとして扱われ、二年生の先輩からはお説教を毎日のように受けている。西住流のお嬢様で優等生というみほの当初の評判は、すでに地の底にまで急降下。このことが厳しい母に知られれば、大目玉を食らうだけではすまないだろう。

 

 それでも、みほはこの騒がしい日常に満足していた。友達と楽しい学生生活を送るのは、今まで一人も友達がいなかったみほの長年の夢だったからだ。

 全力で走っているせいで体は悲鳴をあげているのに、みほの顔には笑みが浮かんでいる。今日も三人で一緒の戦車に乗れるのが、みほは楽しみで仕方がないのだ。

 

 

 

 平原や森林だけでなく、小高い丘や砂地まで作られた広大な演習場。そこには、英国軍服風の赤色のタンクジャケットに身を包んだ多くの生徒が整列していた。

 戦車道は乙女のたしなみといわれる伝統的な武芸。上流階級のお嬢様が多い聖グロリアーナ女学院では、茶道、華道と並び人気が高い選択科目であった。

 

 授業が始まる前に演習場に到着したみほ達は、いそいそと一年生の列に入っていく。それとほぼ同時に、サラサラの金髪を腰のあたりまで伸ばした三年生がやってきた。

 この三年生が聖グロリアーナ女学院戦車道チームの隊長、アールグレイである。名家出身のアールグレイは生徒会長も務めており、文武両道、才色兼備を地で行く完璧なお嬢様だ。

 

 非の打ち所がないアールグレイだが、みほは彼女に苦手意識を持っている。

 その原因はアールグレイの容姿にあった。アールグレイの少しつり上がった目と綺麗な青い瞳は、苦手だった中学の同級生と酷似しているのだ。

 アールグレイに見つめられると、あの同級生に睨まれている感覚が蘇り委縮してしまう。これがみほの最近の悩みだった。

 

「みなさま、ごきげんよう。聖グロリアーナの戦車道はいかなるときも優雅、この言葉を忘れずに本日も訓練に励んでください。他校のように勝つことだけを考える下品な戦い方だけは、決して真似をしてはいけません。戦車道で大事なのは勝利ではなく、自分を高めることなのですから」

 

 聖グロリアーナの戦車道は独特であり、西住流の教えとは違うところがあった。

 西住流が重視するのが勝利なのに対し、聖グロリアーナが重視するのは戦車道を学ぶことで得られる人間的な成長。

 西住流と聖グロリアーナは、試合の勝敗に対する考え方が決定的に違うのである。

 

 みほは幼いころから西住流の鍛錬を積み、勝利を義務づけられてきた。

 なので、最初は聖グロリアーナの戦車道に困惑していたのだが、今ではこの考え方をすんなりと受け入れている。初めて友達ができたのも手伝って、みほは聖グロリアーナの戦車道をすっかり気に入っていた。

 

「それと、大変申し訳ないのですが、私は少し席を外します。みなさまなら私が見ていなくても、聖グロリアーナの戦車道をしっかり守ってくれると信じておりますわ。ではダージリン、あとは任せましたよ」

「はい、アールグレイ様」

 

 アールグレイはあいさつを終えると、優雅な足取りで校舎のほうに歩いていった。

 生徒会長のアールグレイは学園艦の運営にも関わっており、つねに多忙の身。戦車道の授業に多くの時間を割くことができず、顔見せだけしかできない日も多い。

 

 そんなアールグレイから授業の指揮を任されているのは、容姿端麗な金髪の二年生、ダージリンであった。

 ダージリンは次期隊長に指名されている優秀な生徒で、一年生の中には彼女に憧れている生徒も少なくない。みほの隣で瞳を輝かせているローズヒップもその中の一人だ。

 

「本日の訓練ですが、最初に隊列運動と陣形訓練を行います。一年生のみなさまは、隊列運動を満足に行えたチームから陣形訓練に参加してください。まだ戦車の扱いにも慣れていないと思いますが、アールグレイ様のお言葉をしっかり守って先輩方についてきてくださいね」

 

 一年生がまず最初に覚えるのは、戦車の速度を合わせて綺麗な隊列を作ることである。一糸乱れぬ隊列を組むのは、浸透強襲戦術を得意とする聖グロリアーナの基本だからだ。

 

「訓練はマチルダ隊から行います。クルセイダー隊は戦車の中で待機していてください。それではみなさま、本日も優雅に訓練を行いましょう」

 

 

 

 みほ達はクルセイダーのハッチを開けて、マチルダ隊の訓練を見学していた。

 一年生は訓練の際、マチルダⅡ歩兵戦車とクルセイダー巡航戦車に日替わりで搭乗している。一年生時はタイプの違う二種類の戦車に搭乗し、二年生からは適正が高いほうの戦車隊に専属になるのが聖グロリアーナのやり方であった。

 

 今日の訓練で三人が搭乗するのはクルセイダーMK.Ⅲ。素早さが売りの巡航戦車だが、定員が三名なので一人の人間が複数のポジションを兼任しなければならない。

 各ポジションはみほが車長兼装填手、ローズヒップが操縦手、ルクリリが砲手兼通信手だ。

 

「はぁ、早くクルセイダーを動かしたいですわ。マチルダ隊の訓練はまだ終わらないんですの?」

「隊列運動が今終わったところだから、もう少し時間がかかると思うよ」

「遅い! 遅すぎですわ! これだからマチルダは嫌なのでございますわ」

「私はマチルダ好きだぞ。聖グロの花形戦車といえば、やっぱりマチルダだからな」

 

 マチルダⅡ歩兵戦車は聖グロリアーナの主力戦車であり、ほとんどの生徒がこの戦車に搭乗する。装甲は厚いが火力が低く、足も遅いと少々問題がある戦車だが、生徒の間では人気が高い。試合には多数のマチルダⅡが出場するので、活躍する機会が多いからだ。

 

 それに対し、クルセイダー巡航戦車はあまり人気がない。

 クルセイダーはマチルダⅡよりも高火力で快速だが、装甲が薄く故障しやすいという欠点がある。そのせいで試合にもあまり使用されず、目立つ機会が少ないのが人気のなさに拍車をかけていた。

 

 ちなみに、聖グロリアーナにはもう一種類戦車がある。主に隊長車として使用されるチャーチル歩兵戦車MK.Ⅶだ。しかし、チャーチルは一輌しかないので一年生が搭乗する機会はほとんどなかった。

 

「ルクリリは浮気者ですわ。ラベンダーはクルセイダーのほうが好きですわよね?」

「私はどっちも好きかな。クルセイダーにもマチルダにもそれぞれいいところがあるし、それに二人と一緒なら私はどんな戦車に乗っても楽しいから。……私なんかと友達になってくれた二人には本当に感謝してるんだ」

 

 みほが突然感謝の言葉を口にしたことで、ローズヒップとルクリリは顔を赤くしている。

 

「い、いきなり恥ずかしいこと言うなよ。照れるじゃないか……」

「そ、そうでございますわ。それと、自分を卑下するような言葉を使うのはよくありませんわ。ラベンダーの悪い癖ですの」

「あ、またやっちゃった。気をつけてはいるんだけどね」

 

 そんなふうに三人でおしゃべりをしていると、無線からマチルダ隊の訓練が終了したという連絡が入った。

 いよいよクルセイダー隊の訓練の時間がやってきたのである。

 

 

 

 みほ達は他のクルセイダーと共に訓練のスタート地点へやってきた。これから隊長車のクルセイダーMK.Ⅱの指示に従って、基本の隊列運動が始まるのだ。

 クルセイダーMK.Ⅱは火力と装甲ではクルセイダーMK.Ⅲに劣るが、それと引きかえに四名の乗員が搭乗できる。車長が装填手を兼任しなくてすむので、部隊全体の指揮を執るのに適している戦車であった。

 

 車長席に座っているみほは紅茶が入ったティーカップを手に持ち、訓練開始の合図を待っていた。

 聖グロリアーナ女学院は英国と提携している学校なので、英国の影響を強く受けている。戦車がすべて英国製なのもそれが理由だが、一番影響を受けているのは紅茶に対するこだわりだ。戦車道チームはそれがとくに際立っており、戦車に搭乗するときも紅茶をたしなむのが伝統であった。

 隊列運動では砲撃は行わないので、隣の砲手席に座っているルクリリの手にもティーカップが握られていた。

 

『今から訓練を開始します。最初は森林エリアまで一列縦隊になって前進です。ラベンダーちゃん、今日はあなたの四号車に先頭に立ってもらいます。がんばってくださいね』

「わかりました。パンツァー……戦車前進! ローズヒップさん、私達が先頭です。加速して前に出てください」

「待ちくたびれましたわ。さあ、飛ばしますわよー!」

 

 クルセイダー隊の隊長から無線で連絡を受けたみほは、ローズヒップにクルセイダーを発進させる指示を出す。

 中学時代の癖でついドイツ語で指示を出しそうになったが、うまく修正できた。英国戦車に搭乗してドイツ語を使うのは優雅とはいえない行為だ。

 そんなことを考えながらみほが紅茶を飲もうとした瞬間、クルセイダーが急発進で動き出した。

 

 前ではなく、後ろに。

 

「こらっ! いきなりバックする奴があるか!」

「あれ? 変ですわ?」

「ローズヒップさん、ブレーキ踏んでください!」

 

 ローズヒップがブレーキを踏んだことでクルセイダーは急停止。その反動でみほは紅茶をこぼしそうになったが、ティーカップの縁ぎりぎりのところでなんとか耐えた。

 ホッと安堵の息をついたみほは、隣にちらりと視線を向ける。そこには派手に紅茶をこぼして、びしょびしょになっているルクリリの姿があった。

 

「ルクリリさん、大丈夫?」

「私は大丈夫。それよりローズヒップをフォローしてやって。ラベンダーが一声かけてあげれば、少しは落ちつくと思うから」

「はい!」

 

 なんだかんだ言いながらも、ルクリリはローズヒップを気にかけている。それがみほにはたまらなくうれしかった。失敗しても友達が支えてくれる光景は、みほがずっと憧れていたものだったからだ。

 

「大丈夫だよ、ローズヒップさん。いつも通りに運転すれば、ミスはすぐに取り返せる。ローズヒップさんの運転が上手なのは、私が一番よくわかってるから」

「面目ないですわ。この失敗は走りで挽回してみせるでございますわ!」

 

 ローズヒップの元気な声を聞いて安心したみほは、トラブルで遅れることを隊長車に伝えるとクルセイダーのハッチを開けた。

 他のクルセイダーはすでに出発していたが、最後尾のクルセイダーの姿は肉眼でもはっきりと視認できる距離だ。無駄な動きを少なくすればすぐに追いつける。

 みほはそれを確認すると、すぐさま車内に体を滑りこませ素早く指示を出した。

 

「気を取り直して戦車前進です。まずは最後尾のクルセイダーに追いつきます」

 

 その後の訓練はとくに問題なくこなすことができた。

 最初にミスはしたが、ローズヒップは一年生の中で一番運転技術が優れている。はやる気持ちを抑えられれば、みほの指示通りにクルセイダーを動かすのは造作もない。

 ローズヒップはこの運転技術の高さが評価されてニックネームを与えられたのだ。

 

 

 

 みほ達は訓練を無事に終えたが、これからある一つの試練が待ちかまえていた。

 その試練とは身だしなみを整えたあとに行われる恒例のお茶会。聖グロリアーナでは、このお茶会を終えるまでが戦車道の授業なのである。

 

 ニックネーム持ちの生徒は、『紅茶の園』と呼ばれる豪華なクラブハウスでお茶会に参加しなければならない。優等生が集う『紅茶の園』は、お嬢様らしい仕草や会話が苦手な三人にとっては肩身の狭い場所であった。

 

「茶葉の量はこれくらいでいいかな?」

「もう少し多いほうがいいんじゃないか? 緑茶だって薄いより濃いほうがおいしいぞ」

「それじゃあ、もう少し入れてみるね」

「お湯を持ってきましたわよー!」

 

 みほが茶葉の量に四苦八苦していると、ポットを手にしたローズヒップがやってきた。熱湯を手にしているので、いつものように走ったりはせずにゆっくりと歩いている。

 

「あとはお湯を入れて少し蒸らせば完成だな」

「では、わたくしがお湯を入れるでございますわ。えーと、たしか高い位置からお湯を入れるのがおいしいお紅茶のコツだったはず。よし、いざ参りますわ」

 

 ローズヒップは腕を高く上げて、熱湯を茶葉が入ったティーポットに注いだ。腕の位置が高すぎたせいで少しお湯がはねたが、ティーポットにはしっかりとお湯が満たされている。

 数分蒸らしたあと、ルクリリがティーポットをスプーンでかき混ぜ、茶こしで茶殻をこしながらティーカップに紅茶を注ぐ。こうして三人分の紅茶が無事に完成した。

 

「今回は失敗しないでうまくできたね」

「うん。色も香りもいい感じだ」

「お味のほうも確かめてみるでございますわ。いただきます!」

 

 ローズヒップはティーカップを手に取ると紅茶を一気に飲んでいく。紅茶の熱さなどまるで気にしないローズヒップの飲みっぷりに驚きつつ、みほも紅茶に口をつけた。

 

「くぁーっ! うまい!」

「本当だ。おいしい」

「この出来なら今日はアッサム様に怒られなくてすみそうだな」

 

 会心の紅茶をいれることができた三人は満足そうな表情を浮かべている。

 そんな三人のもとに、縦ロールの長い金髪を黒い大きなリボンで結っている生徒が近づいてきた。彼女のニックネームはアッサムといい、問題児トリオの教育係を任せられている二年生だ。

 

「あなた達……」

「アッサム様、今日は失敗せずに紅茶をいれられました。自信作ですよ」

「ラベンダー、忘れていることがありますわよ」

「忘れていることですか?」

「まずは三年生に紅茶とティーフーズを用意しなさいと教えたわよね。どうしてホスト役のあなた達が真っ先に紅茶を飲んでるの」

 

 聖グロリアーナのお茶会は一年生がホスト役、二年生がその補佐、三年生がゲスト役と決まっている。ホスト役の一年生は二年生に協力してもらって、お茶会の準備を整えなければならないのだ。

 

「それと、ローズヒップ。紅茶は熱いうちに飲むように教えたけど、一気に飲めとは言ってません。ルクリリも、紅茶を飲むときはカップを両手で持ってはいけないと教えたでしょ」

 

 結局、今日もみほ達はアッサムからお説教を受けることになった。

 三人が優雅にお茶会をこなせるようになるには、まだまだ時間がかかりそうである。


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