私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第十九話 聖グロリアーナ祭 後編

「それでね、それでね。生徒会は戦車道部を作ることを認めてくれただけじゃなくて、部費まで都合してくれたの。そのおかげで、砲弾や燃料のことを気にせずに練習できるようになったんだよ」

「生徒会のみなさんは、戦車を置くことができる専用のガレージまで用意してくれたんですよ。沙織さんと二人でかけあったときに門前払いされたのが、なんだか嘘みたいです」

「あと、ほかにも学園内に戦車があるかもしれないからって、生徒会が一緒に探してくれることになったんです。そしたら本当にあったんですよ! IV号戦車のD型が!」

「それはよかったですわね。これもラベンダーの助言の賜物かしら?」

「私の助言なんてただのきっかけにすぎないよ。順調に行ってるのは、沙織さんたちが諦めないでがんばったからだもん」

 

 紅茶の香りに包まれたテーブルで、みほたちは楽しそうにおしゃべりをしていた。ちなみに、愛里寿と麻子はケーキに舌鼓を打っており、ローズヒップは控室からまだ戻ってきていない。

 

 いつもとは違うにぎやかなお茶会をみほは心から楽しんでいた。普段のお茶会も別に嫌いではないのだが、つねに優雅な態度と会話を心がける必要があるので肩がこるのである。最近はそれにも慣れてきたとはいえ、みほは友達感覚で楽しくお茶ができるほうが好きであった。

 

 友達。この言葉が頭に思い浮かんだみほはあることに気づいた。みほは沙織たちと友達になったわけではないのだ。

 沙織、華、麻子、優花里。みんなそれぞれ違った魅力があり、人柄も文句のつけようがない。夏休みに愛里寿と一緒に四人で遊びに行ったように、沙織たちも含めてみんなで遊びに行けたらきっと楽しいはずだ。

 

 友達になろうと沙織たちに告げる。それはとても勇気のいることだ。

 だが、ここで尻込みするわけにはいかない。自分の意見を素直に言えるようにならなければ、まほと会っても思いを伝えることはできないだろう。

 

 意を決したみほは話を切りだそうとしたが、カメラのシャッター音が鳴りひびいたことで中断を余儀なくされる。音のしたほうにみほが顔を向けると、そこには大きなカメラを手に持った少女が立っていた。

 

「ども、新聞部ですぅ。聖グロリアーナ祭の取材中なんですけど、何枚か写真を撮らせてもらってもいいですか?」

 

 新聞部の少女はカメラを片手にニコニコしている。グレーがかったストロベリーブロンドの髪をポニーテールにしており、脚がすらっとしていて胸も大きい。容姿も整っていて笑顔が似合う美少女だが、活発そうな見た目と幼い声のせいかあまりそれを感じさせなかった。

 

 その幼い声にみほは聞き覚えがあるような気がした。どうやら彼女も同じ一年生のようなので、どこかで声を耳にしていたらしい。一度聞いたら忘れられないぐらい特徴がある声だ。たまたま耳が覚えていたとしても不思議はない。

 

「写真!? どうしよう、私お化粧とかしてない。男の子に見られたら恥ずかしいよー!」

「校内新聞ですので、男性に見られることはまずありませんわ。心配は無用ですわよ」

「そもそも、女子高の文化祭の写真を男が見るという発想に至るのがおかしい。沙織、あんまり男のことばっかり言ってると、飢えてるみたいでカッコ悪いぞ」

「ひどいよ麻子! 私は真剣に悩んでるんだよ!」

「その表情いただきです。もう一枚撮ってもいいですか?」

「やだもー! こんなところ撮らないでー!」

 

 新聞部の少女が登場したことで、楽しいお茶会は一転してドタバタ騒ぎに早変わり。もはや沙織たちに決意を告げる空気ではなくなってしまい、みほはタイミングを完全に逃してしまう。

 それでも、みほの表情には笑顔が浮かんでいた。みほたちはまだ高校一年生。友達になる機会はこれからいくらでも作れる。戦車道というつながりがある限り、沙織たちとの関係が断たれることはないのだから。

 

 

 

「いやー、いい写真が撮れましたよぉ。ご協力に感謝します」

 

 新聞部の少女は丁寧に頭を下げると、みほたちのテーブルから離れて別のテーブルに向かった。彼女が次に向かった先はダンデライオンが接客中のテーブルである。

 

「どもども、新聞部ですぅ。写真を撮らせてもらってもよろしいですか?」

「あれ? クラークちゃんじゃないですか。黒森峰から戻ってきたんですね」

「全国大会も終わりましたから、しばらくは新聞部の活動に専念するつもりなんです。来年もお役に立てるようにがんばりますので、またクラークをよろしくお願いしますね」

「お願いするのはこちらのほうですよ。来年はあなたの情報を活かして、きっと黒森峰に勝ってみせますから」

 

 新聞部の少女はダンデライオンにクラークと呼ばれていたが、もちろんこれは彼女の本名ではない。

 戦車道チームに協力している情報処理学部第六課ことGI6。そこに所属している生徒は戦車道チームのニックネームのように、英国出身の作家の名前を名乗っている。彼女のクラークという名前は、有名なSF作家であるアーサー・チャールズ・クラークから取ったのだろう。

 

 GI6のことはみほも知っているが、そこに所属している生徒を見たのは初めてであった。クラークは黒森峰女学園の情報収集を担当していたようなので、みほの情報を集めていたのは彼女なのかもしれない。

 ただ、そのことについてみほはすでにアールグレイとアッサムから謝罪を受けている。それにGI6は戦車道チームの依頼で動いていただけだ。クラークが陽気で明るい人物だったこともあり、みほは彼女を不快に思うことはなかった。

 

「お待たせしましたでございますわー!」

 

 控室の扉が開きローズヒップの元気な声が聞こえてくる。クラークのことを見ていたみほは視線をそちらに移すが、そこには予想だにしない光景が広がっていた。

 ローズヒップは先ほど控室に消えたカチューシャを肩車していたのだ。

 

「おろしなさいよ! こんなカッコ悪い服装で人前に出られるわけないじゃない」

「そうでございますか? わたくしはよく似合っていると思いますわよ」

 

 カチューシャはみほたちと同じウェイトレス姿であった。文句を言っているところを見ると、本人の意思で着替えたわけではなく無理やり着替えさせられたようだ。ローズヒップが肩車をしているのは、渋るカチューシャを肩車で強引に連れだしたのだろう。

 

「ノンナ! さっきから黙って見てないで、早くカチューシャを助けなさい」

「カチューシャ、少し動かないでください。撮影の最中です」

「なんで写真を撮ってるのよ!」

「カチューシャの貴重なウェイトレス姿です。この感動をトモーシャにも分けてあげようと思いまして」

 

 ノンナは携帯電話のカメラで写真を撮るのに没頭している。その表情は戦車の砲手をしているときと同じくらい真剣だ。 

 

「まさか、その写真をトモーシャに見せる気!? やめなさい! カチューシャのカッコいいイメージが崩れちゃうわ」

「トモーシャがカチューシャに幻滅することはありえません。私が保証します」

「なんでノンナが断言できるのよ?」

「トモーシャは同志ですから」

 

 はっきりとした声でそう告げるノンナ。彼女はトモーシャという人物のことを心から信頼しているようである。

 トモーシャという名前にみほは心当たりはないが、この二人の知人なら戦車道の選手である可能性が高い。ノンナは他校から『ブリザードのノンナ』という二つ名を付けられるほどの戦車乗りだ。そのノンナからここまで信頼されるということは、トモーシャもかなり優秀な戦車乗りなのだろう。

 

「みなさん、騒いじゃダメですよ。ここは淑女が集まる『紅茶の園』なんですから。今日は特別とはいえ、マナーは守らなければいけません」

 

 丁寧な口調でカチューシャたちをたしなめるダンデライオン。ダージリンからここを任されているだけあって、実に堂々とした振る舞いである。

 

「出たわね。ちびっこライオン」

「ちびっこ!? あなたにだけは言われたくないんですけど!」

「このカチューシャ様にこんな格好をさせるなんて、いい度胸じゃない。覚悟はできてるんでしょうね?」

「これはダージリンさんの命令です。あたしが考えたんじゃありませんよ」

「ダージリンの命令に素直に従うなんて、すっかり腑抜けたわね。ダージリンと競ってた去年のあんたはどこに行ったのよ?」

「今はダージリンさんが隊長なんです。隊長の命令に従うのは当たり前じゃないですか」

 

 ダンデライオンはカチューシャと口論を始めてしまう。先ほどまでの淑女の姿はすっかり霧散し、いつもの子供っぽい姿に戻ってしまった。

 

「残念だわ。隊長の座をすんなり諦めるだけじゃなく、ダージリンの犬に成りさがるなんて……。今すぐへっぽこライオンに改名しなさい」

「なんでカチューシャさんにそこまで言われないといけないんですか!」

「私があんたのことを気に入っていたからよ。身長が低くても隊長になろうと努力していたあんたを……」

 

 カチューシャの声には寂しそうな響きが混じっていた。

 ダンデライオンはカチューシャよりも少し背が高い程度で、二人の体格にそれほど大差はない。そんなダンデライオンが隊長の座をダージリンにあっさり譲ったことに、カチューシャは思うところがあるようだ。

 

「あたしはダージリンさんのことをずっと近くで見てきました。だからわかっちゃったんです。彼女はあたしよりも聖グロリアーナの隊長に相応しい人なんだって……。あたしは自分の選択に後悔はしていません。隊長になったダージリンさんをそばで支える、それがあたしの選んだ道です」

 

 ダンデライオンの言葉には強い思いが伝わってくる。いつもダージリンと喧嘩ばかりしているダンデライオンだが、これが彼女の本心なのだろう。

 

「それがあなたの答えなわけね……。私は来年隊長に就任するわ。もし聖グロと戦うことになったら、全力で叩きつぶしてあげるんだから」

「望むところです。こっちも負けるつもりはありません」

 

 カチューシャはダンデライオンの真摯な思いに対し、否定することもバカにすることもしなかった。大胆不敵な笑みでダンデライオンを見つめる表情は、どこかすっきりとしているようにすら見える。

 対するダンデライオンもカチューシャの目をしっかりと見据えていた。二人が良きライバルであることがわかる、実に清々しい光景である。

 

 ただ、みほには一つ気になる点があった。

 カチューシャはローズヒップに肩車されているので、ダンデライオンよりも目線が高い。これでは本人にその気がなくても、周囲からはカチューシャがダンデライオンを見下しているように見えてしまう。

 二人の関係が分かった今、みほはそのことを少し残念に思った。

  

 そのとき、みほはあることに気づいた。カチューシャを肩車しているローズヒップがみほに目で合図を送っていたのだ。

 ローズヒップは手に持ったカチューシャの両足を軽く上下に動かし、視線をダンデライオンの足に向けている。みほはそれだけでローズヒップの意図を理解できた。どうやらローズヒップもみほと同じような気持ちを抱いていたようだ。

 

「タンポポ様、少し足を広げてもらってもいいですか?」

「いいですけど……。ラベンダーちゃん、いったいなにをするつもりなんですか?」

「今からタンポポ様を肩車します。落っこちないように私の頭をしっかりつかんでいてください」

「えっ? えぇぇー!?」

 

 みほはダンデライオンの股の間に頭を入れて両足をしっかりつかみ、そのまま一気に立ち上がる。小柄なダンデライオンを肩車するのはそれほど難しいことではなく、みほはすんなりと肩車をすることができた。

 

「これでお二人の背の高さが同じになりましたわ。タンポポ様とカチューシャさんは対等のライバルですの」

「ふーん、良い後輩を持ったじゃない」

「これすごい恥ずかしいんですけどっ! カチューシャさん、よく平気でいられますね?」

「人の上に立つ人間であるカチューシャには、高いところがよく似合うの。恥ずかしいとか思ったこともないわ」

「大丈夫ですよタンポポ様。みんなでやれば恥ずかしくありません」

「西住流、あんたもなかなかおもしろい子ね。もっとまじめでお堅い子だと思ってたわ」

「今の私は西住じゃなくて、ラベンダーですから」

 

 そう言ってカチューシャに笑顔を向けるみほ。

 初対面で食ってかかってきた相手だが、みほはカチューシャのことを嫌ってはいない。ダンデライオンとのやり取りを見たことで、カチューシャが悪い人間ではないことがわかったからだ。

 それに自分の意見を正直に言うことは、みほがこれからやろうとしていることである。それがすんなりできるカチューシャは、みほにとって尊敬に値する人物だった。

 

「……さっきは悪かったわね。もう余計な詮索はしないわ。あなたが誰であろうと、勝つのは私なんだから」

 

 そう自信満々に言い放つカチューシャの表情は、みほと同じように笑顔であふれていた。

 

 

 

 

「ダージリン様、カッコよかったですの。あんなステキなかたと一年間ご一緒できるなんて、夢のようですわ」

「マチルダだってカッコよかったですよ。午後からの試乗会では絶対に乗りましょうね」

「二人とも、少しはしゃぎすぎですよ。次はお茶会なんですから、気を引きしめないと」

 

 聖グロリアーナ女学院付属中学校の制服を着た三人の少女が校舎内の廊下を歩いている。演習場で行われていたマチルダⅡの発表を見終えて、『紅茶の園』に向かう途中のようだ。

 

「お茶会は正直自信ないです。私は妹たちと緑茶ばっかり飲んでましたから」

「私は姉様とよくお茶会をしていましたので、作法はバッチリですの。あとでコツを教えてあげますわ」

「ぜひお願いします。全力でがんばります!」

「私たちはゲスト役だから、そこまで気合を入れなくても大丈夫ですよ。今日はホスト役の先輩たちの姿をよく見て、勉強させてもらいましょう」

 

 オレンジがかった金髪の小柄な少女は、同級生を安心させるような言葉を投げかけた。この少女は三人の中で一番気品があり、歩く姿も背筋がピンとしていて育ちの良さが感じられる。

 

 そのまま軽く会話をしながら歩きつづけた三人は、ついに『紅茶の園』に到着した。

 『紅茶の園』の格式の高さは付属中学校でも有名である。今日は普通に入ることができるが、本来は選ばれたものしか入ることができない特別な場所だ。先ほど同級生を安心させていたオレンジがかった金髪の少女も緊張したような面持ちであり、扉にかけた手も少し震えていた。

 

「いいですか。開けますよ」

「いつでもOKですの」

「ひと思いにドーンとやってください!」

 

 同級生に確認をとったオレンジがかった金髪の少女は静かに扉を開ける。そこに広がっていたのは思いもよらない光景であった。

 

「みなさーん、そろそろやめにしましょうよー。もうすぐダージリンさんたちが帰ってきちゃいますから」

「タンポポ様、心配ありませんわ。ダージリン様にはかくし芸だと言って誤魔化せばいいんですの」

「ダージリンを気にする必要はないわ。あなたは高い目線で相手を見ることに慣れたほうがいいの。そうすれば普段とは違うものの見方ができるわよ」

「ごめんね二人とも。妙なことに巻きこんじゃって」

「誤魔化すなら盛大にやったほうがいい」

「私が入ればいつものバカ騒ぎで押し通せますわ。問題児トリオの異名はこういうとき便利ですわね」

 

 淑女が集うお茶会の会場で行われていた謎の肩車大会。 

 下にいるのは、準決勝で黒森峰女学園のフラッグ車を単騎で追いこんだクルセイダーの乗員たち。上にいるのはプラウダ高校の副隊長とクルセイダー隊の隊長。さらには、島田流の後継者と噂されている天才少女の姿もある。

 

 理解に苦しむ光景を目撃したオレンジがかった金髪の少女は一言こうつぶやいた。

 

「なにこれ?」

 

 

 

 

 噴水近くに設置されたベンチは、聖グロリアーナ祭を訪れた人々の憩いの場となっている。

 そこにいるのは家族の姿が多い。学園艦という海を隔てた遠い地で暮らす娘との再会を喜び、どのベンチも親子の会話が弾んでいるのがわかる。

 大きなカメラを二人で覗きこんでいる父娘もその中の一組であった。

 

「よくやった頼子(よりこ)。これだけの写真がそろえば、しほ様を説得する材料には事欠かないな」

「お父様、ここでの呼び名は頼子ではなくクラークですよぉ」

「そうだったな。でかしたぞクラーク」

「お父様のお役に立ててクラークもうれしいですぅ」

 

 父親に頭を撫でられ、クラークはうれしそうに目を細める。

 

「ところでお父様。まほ様の状況にお変わりはありませんか?」

「残念だが、状況に変化はない。まほ様が自力で再起するのはもう無理だろう」 

「そうですか……しほ様もおつらいでしょうね」

「実際、しほ様も相当まいっていらっしゃる。お二人と西住流を救うためにも、例の計画は早急に実行しなければならん」

「いよいよお父様の念願が叶うときが来たんですねぇ。よーし、クラークはもっとがんばりますよ!」

 

 クラークの元気な言葉を聞いた父親は、再び娘の頭を撫でた。

 引きしまった顔をしていたクラークであったが、頭を撫でられたことで表情がふにゃっと崩れてしまう。この親子にとって、頭を撫でるという行為は一番の愛情表現のようだ。

 

「すべての準備が整ったら芽依子(めいこ)を迎えに行かせる。姉妹で仲良く協力して、みほ様を西住邸までお連れするのだぞ」

「はーい。みほ様のことはクラークとめいめいにお任せください」

「うむ、しっかり頼むぞ。みほ様は西住流の後継者に相応しいおかただ。みほ様がお戻りになれば、すべての問題が解決するのだからな」

 

 満足そうな顔で娘の頭を撫でる父親。その手つきはとても優しく、彼が娘を大切に思っていることがよくわかる。

 二人はその後も話し合いを続けながら、久しぶりの親子の触れあいをたっぷり堪能したのであった。


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