第二十四話 オレンジペコと問題児トリオ
日本一と名高い戦車道の流派、西住流。その西住流の若き後継者、西住みほは聖グロリアーナ女学院に通う高校二年生である。
ラベンダーティーのニックネームを持つみほは、戦車道チームの快速戦車部隊、クルセイダー隊の部隊長を務める優秀な生徒だ。隊長のダージリンからの信頼も厚く、戦車道チームの要ともいえる存在であった。
みほにはとても仲がいい二人の親友がいる。
一人はみほが搭乗するクルセイダーMK.Ⅲの操縦手、ローズヒップ。西住流の門下生である彼女は、クルセイダーの操縦が並外れてうまい。車長のみほとの息もぴったりで、二人の搭乗するクルセイダーは戦車道チーム一の技量を誇っていた。
もう一人は戦車道チームの主力戦車隊、マチルダ隊の部隊長を務めるルクリリ。彼女も西住流の門下生で、部隊の指揮には定評がある。攻撃よりも防御を得意とし、ダージリンの搭乗する隊長車、チャーチルを守ることに関して彼女の右に出るものはいない。
一見すると非の打ちどころがない優等生に見えるこの三人。しかし、実は彼女たちは一年生時に数多くの騒ぎを起こし、問題児トリオの異名を持つトラブルメイカーなのだ。
そんな問題児トリオも二年生に進級したことで、ダージリンからある一年生の教育係に任命される。
その一年生のニックネームはオレンジペコ。小柄でかわいらしいこの少女との出会いが、問題児トリオに新風をもたらすことになる。
◇
昼休みになり、今日も大勢の生徒でにぎわいを見せる聖グロリアーナ女学院の学食。その中には入学したばかりの一年生の姿も多い。テラス席もほぼ埋まっており、空いてる席を見つけるのが難しいほどの盛況ぶりであった。
そのテラス席で憂いを帯びた顔で座るオレンジがかった金髪の少女。
戦車道を履修しているこの少女は、ダージリンがいつも手元に置いている期待の新人である。ニックネームは紅茶の等級を表すオレンジペコ。新入生代表あいさつを行うほどの優等生で、優雅で可憐な姿が板についている生粋のお嬢様だ。
「ペコさん、最近元気がないですね。高校生活は始まったばかりですよ! もっとテンションあげていきましょう!」
「カモミールさんはいつも元気ですね……」
「はい! つねに全力疾走が私の信条ですから!」
ハーブティーの一種、カモミールティーのニックネームを持つこの少女は、オレンジペコの中学からの友達。セミロングの黒髪を二つ結びにしており、身長はオレンジペコとさほど変わらない。元気が自慢のパワフルな少女で、オレンジペコは中学時代から落ち着きを持つように言い聞かせているが、効果はあまりなかった。
「オレンジペコさん、なにか悩みでもあるんですの? 私でよかったらなんでも相談に乗りますわ。遠慮なく言ってくださいませ」
「ありがとうございます、ベルガモットさん。悩みというほどのことではないんですけど……」
この少女もオレンジペコの中学からの友達で、ニックネームはハーブティーのベルガモットティー。ストロベリーブロンドの長い髪を二つ結びにしている小柄な少女で、あまりに幼い見た目から小学生に間違われることも多い。
その幼い見た目に反し、性格は冷静沈着で考え方も大人。自分が小さいことをまったく気にしない堂々とした姿勢には、オレンジペコも密かに憧れを抱くほどだ。
「ははーん、わかった。ペコっち、生理でしょ。あたしも重いからよーくわかるよー、その気持ち」
「あの、ハイビスカスさん。あんまりそういう話はしないほうが……オレンジペコさんに失礼ですし」
「おーおー、ニルっちは初心だねー。真っ赤になっちゃって、かわいいー。ねえ、ぎゅって抱きしめてもいい?」
「えっ? あの、その……」
「ハイビスカスさん、ニルギリさんに平然とセクハラしようとするのはやめてください。それと、私の体調は問題ありませんので、余計な気づかいは無用です」
この二人はオレンジペコが高校に入学してからできた友達だ。
ハイビスカスはハーブティーのハイビスカスティーがニックネーム。艶やかなロングの黒髪を背中に流した学年一の美少女で、スタイルもダージリンに匹敵する。そんな彼女の最大の欠点は品位の欠片もない言動。入学する学校を間違えてるとしか思えないそのマイナス面のせいで、容姿の良さはまったく意味をなしていなかった。
インド紅茶の一種、ニルギリ紅茶のニックネームを持つニルギリは、ハイビスカスと違ってまじめな優等生。茶色の長い髪を後頭部でまとめており、大きな眼鏡がトレードマーク。背が高く、プロポーションも良いのでハイビスカスにはよくセクハラをされている。欠点は気が弱いことで、オレンジペコが助けに入る機会も多かった。
「じゃあなんでペコっちは元気ないのさー。お姉さんが聞いてあげるから話してみなよ。困ったら助けあうのが友達でしょ?」
「良いこと言ってますけど、ハイビスカスさんは私と同い年ですからね」
「私もオレンジペコさんの力になりたいです。私じゃ頼りないかもしれないけど、少しでも役に立ってみせますから」
「そこまで大げさに考えなくてもいいですよ。そんなに深刻なことじゃありませんから」
ハイビスカスとニルギリ。性格は正反対だが、二人とも友達思いの優しい子なのだ。
「このままだと収拾がつきませんので、みなさんには話しておきます。実は……」
「あっ! オレンジペコさん発見ですわ!」
「カモミールさんとベルガモットさん、ハイビスカスさんも一緒だね」
「ニルギリもいますわ。友達はたくさんいるみたいだから、友人関係で私たちが世話を焼く必要はなさそうね」
オレンジペコたちの前に現れた三人の二年生。
クルセイダー隊の隊長、ラベンダー。マチルダ隊の隊長、ルクリリ。ラベンダーの戦車の操縦手で、聖グロ一の俊足という二つ名を持つローズヒップ。三人とも一年生時に活躍した戦車道チームの主力選手である。
「みなさま、ごきげんようですわー! カモミールさん、ベルガモットさん、今日の訓練もガンガン飛ばしますわよ」
「装填はお任せください。今日は装填時間をもっと縮めてみせます!」
「私も命中率を向上できるようにがんばりますの」
カモミールとベルガモットは、クルセイダー隊の隊長車であるクルセイダーMK.Ⅲの装填手と砲手を担当していた。
一年生でありながら、この二人が隊長車の乗員に選ばれた理由。それはほかの生徒に比べて、この二人の体が小さいからであった。クルセイダーMK.Ⅲは本来三人乗りの戦車で、砲塔には二人しか乗ることができない。だが、小柄なこの二人ならラベンダーと三人で砲塔に乗りこむことができるのだ。
「ハイビスカスさんはオレンジペコさんと仲が良かったんですね。全然気づきませんでした」
「いやー、あたしもまさかペコっちみたいな優等生と仲良くなれるとは思いませんでしたよ。これが運命の出会いってやつですかねー」
「もし運命だとしたら、この縁を大事にしてください。高校で仲良くなれた人は、一生ものの友達になるかもしれませんよ」
ハイビスカスはクルセイダー隊に所属しており、車長のポジションを任されている。隊長のラベンダーと相性が良く、彼女からアドバイスを受ける回数がもっとも多いクルセイダー隊の有望株だ。
「ニルギリは今日は車長でしたわね。あなたは器用だから失敗しないと思うけど、油断してはダメですわよ」
「はい、ルクリリ様。足手まといにならないように精一杯がんばります」
マチルダ隊に所属しているニルギリはポジションがまだ決まっていない。どのポジションを任せてもそつなくこなすので、ダージリンがポジションを決めかねているからだ。
例年どおりなら部隊やポジションが確定するのは二年生になってからだが、今年はすでにほとんどの一年生の部隊とポジションが決まっていた。ダージリンは短期間で一年生全員を見極め、的確に部隊とポジションを割りふったのである。
一年生のうちに部隊とポジションを決め、技量をあげることに多くの時間を使う。これがダージリンの方針だった。
ちなみにオレンジペコはというと、なんとチャーチルの装填手に抜擢された。チャーチルに一年生が搭乗するのは極めて異例であり、ダージリンがオレンジペコを相当気に入っていることがうかがえる。もっとも、オレンジペコは小柄な割に力自慢で、装填速度も戦車道チームで一番早い。なので、この起用は単に実力の結果ともいえる。
「それではみなさん、私たちはこれで失礼します。オレンジペコさん、あとで迎えにいくね」
「昨日は遅刻してしまいましたけど、今日は大丈夫ですわ。案ずることなかれでございますわよ、オレンジペコさん」
「ペコ、パジャマパーティーのことも忘れないようにね。場所はラベンダーの部屋ですわよ」
去っていく三人を乾いた笑顔で見送るオレンジペコ。この三人はオレンジペコの教育係であるが、同時に彼女の悩みの元凶でもある。
オレンジペコは優等生であり、本来なら教育係など必要ない。にもかかわらず、ダージリンはあの三人をオレンジペコの教育係に指名。それからというもの、オレンジペコは三人に振りまわされて失敗続きの日々を送っていた。
昨日も近道があるからとついていったら、バラ園で迷子になり戦車道の授業に遅刻している。あの三人は問題児トリオの異名を持っているが、オレンジペコもすでに片足を突っこんでいる状態だ。
そんな中で行われる初めてのパジャマパーティー。
どうか何事もなく終わりますように。そう心から願うオレンジペコであった。
「いらっしゃい、オレンジペコさん」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。さあ、あがってあがって」
ラベンダーに促され、オレンジペコは部屋へと入る。表情は平静を装っているが、内心は不安でいっぱいだ。
「お、来たか。ペコはなにもしないで座ってていいぞ。今日はペコの歓迎会だからな」
「お料理のほうも準備はバッチリですわ。腕によりをかけて作りますので、期待しててくださいまし」
「暇だったらテレビでも見ててね。リモコンはそこの棚にあるから」
料理に取りかかる三人の動きには無駄がなく、手伝おうとしてもかえって邪魔になってしまうだろう。
そうかといって、テレビを見る気分にはなれそうもない。手持ち無沙汰になったオレンジペコがリモコンが置かれている棚を眺めていると、複数の写真立てが目に入った。
写真は家族や友達と一緒のものが多いが、その中に気になる写真が二枚ある。
一つは島田流の後継者、島田愛里寿が一緒に写っている写真だ。西住流と島田流がいがみ合っているのは、戦車道の世界では有名な話。天才少女とうたわれる島田愛里寿が飛び級で大学に進学した理由も、大学戦車道を牛耳って西住流に対抗するためというのがもっぱらの噂であった。
その対立している流派の後継者である二人が仲良さそうに写真に写っている。オレンジペコにはそれが不思議でしょうがなかった。
もう一枚は栗毛のロングヘアの少女が写っている写真である。
この少女も戦車道の世界では名の知れた有名人だ。西住流の元後継者、西住まほ。髪を伸ばしたことでかなり印象が変わり、服装も緑色のスカートが特徴のセーラー服姿。なので、ぱっと見では別人に見える。噂だと黒森峰女学園から戦車道がない学校に転校したらしいので、その学校の制服姿を収めた写真なのだろう。
西住まほの転校に関しては、新たに後継者になった西住みほの策略といった噂もあるが、オレンジペコはその話をまったく信じていなかった。
ラベンダーはそんなことをする人物ではない。ここ最近の濃厚な付きあいで、オレンジペコは問題児トリオの人となりを大体把握していた。
問題児トリオは悪人ではなく、ただ落ち着きがないだけなのだ。とはいえ、淑女育成を掲げる聖グロリアーナ女学院では、落ち着きのなさは致命的な欠点。三人に問題児トリオの異名が付くのも当然といえる。
「オレンジペコさん、さっきからずっと棚を見てるけど、もしかしてボコに興味があるの?」
「はいぃ?」
「それならそうと言ってくれればよかったのに。ちょっと待ってて、今すぐボコのDVDをセットするから。これを見ればもっとボコの良さがわかると思うよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいラベンダーさん! 私が見てたのはボコじゃないんです!」
オレンジペコが棚のボコのぬいぐるみを見ていたと勘違いするラベンダー。こうなるともうラベンダーは止まらない。問題児トリオの中では一番落ち着きがあるラベンダーだが、ボコられグマのことになると目の色が変わるのだ。
結局、暴走したラベンダーをオレンジペコは止めることができず、料理ができるまでボコのアニメを見続ける羽目になるのであった。
問題児トリオの作った料理は普通においしかった。聖グロリアーナは調理実習の授業が必修科目なので、その成果が表れているのだろう。てっきりゲテモノ料理が出てくると思っていただけに、オレンジペコにとってはうれしい誤算だ。
夕食のあとはお茶の時間。聖グロリアーナの生徒にとって食後のお茶は欠かせない。
紅茶の準備をするのはオレンジペコの仕事。場所がどこであろうと、一年生が紅茶をいれるのは聖グロリアーナでは常識である。
オレンジペコが紅茶の用意を終えると、ラベンダーがニコニコしながら茶色の箱を取りだした。
「今日のティーフーズは外国のチョコレートだよ。お母さんがお土産を送ってくれたの」
「そういえば、西住師範は海外のプロリーグを観戦中でしたわね。わたくしもいつかは本場の戦車道を生で見たいですわ」
「その言い方だと遊びに行ってるみたいに聞こえるだろ。西住師範は日本のプロリーグ設置委員会の委員長になる予定だから、海外に視察に行ってるんだぞ。ペコが勘違いしたらどうするんだ」
問題児トリオは西住流に所属している。といっても、三人は西住流が重視する勝利にこだわったことはなかった。どうやら、高校在学中は聖グロリアーナの戦車道を貫くつもりらしい。
「オレンジペコさん、遠慮しないで食べてね」
「ありがとうございます。いただきますね」
このチョコレートをよく確認せずに食べてしまったことを、後にオレンジペコは後悔することになる。
ボンボン・ショコラと呼ばれるこのお菓子は、中身が入った一口サイズのチョコレート。このチョコレートの中に入っていたもの、それはヨーロッパ原産のお酒だったのだ。
◇
問題児トリオは三人そろって正座をしていた。
目の前には真っ赤な顔で仁王立ちしているオレンジペコ。目は完全に据わっており、普段のかわいらしい姿からは想像もできないほどの迫力に満ちている。
「聞いてるんですか! みなさんはもう高校二年生なんですよ! もう少し落ち着きを持ったらどうなんです!」
「ぺ、ペコ、冷静になれ。こんな夜中にそんな大きな声を出したら、みんなの迷惑になるぞ」
「言葉づかい! どうしてそうすぐ地が出るんですか!」
「す、すまん。じゃなかった、ごめんなさい」
ルクリリの次にオレンジペコの標的になったのはローズヒップであった。
「ローズヒップさん! あなたが一番落ち着きがないんですよ、わかってるんですか! 廊下は走りまわる。変なお嬢様言葉を使う。紅茶は一気飲みする。数えたらきりがありません」
「申し訳ないですわ。わたくしも気をつけてはいるのでございますが、ついうっかりしてしまうんですの」
「言い訳しない!」
「はい! ごめんなさいですわ!」
ローズヒップを叱りつけたオレンジペコは、最後にラベンダーへと視線を向ける。
「ラベンダーさん、一言だけ言いたいことがあります」
「な、なにかな?」
「ボコを私に押しつけるのだけはやめてください」
「ごめんね……」
問題児トリオに一通り苦言を呈したオレンジペコは玄関へと向かう。荷物を置きっぱなしにしているところを見ると、帰るわけではなさそうだ。
「オレンジペコさん、どこへ行くの?」
「もう一人文句を言いたい人がいますので、三年生の寮に行ってきます」
「三年生? まさかダージリン様じゃありませんわよね?」
「そのまさかですよ、ローズヒップさん。なんで私に教育係を三人もつけたのか、真意を問いただすんです!」
オレンジペコは玄関の扉を開けると、勢いよく走りだした。三人も慌てて玄関を飛び出るが、オレンジペコの姿は影も形もない。
「まずいぞ。もう門限はとっくにすぎてる。外を出歩いてることがばれたら大騒ぎになるぞ」
「ダージリン様の身の安全も心配ですわ。今のオレンジペコさんはなにをするかわかりませんわよ」
「私たちも三年生の寮に行こう。走ればきっと間にあうよ」
その後、三人は三年生の寮の入り口前でオレンジペコに追いつくが、止めようとして取っ組みあいになってしまう。その様子は多くの三年生に目撃されることとなった。
この出来事はすぐに学校中を駆けめぐり、オレンジペコはついに問題児の仲間入りを果たす。問題児トリオは問題児カルテットへと進化を遂げ、新たな伝説が誕生した。
◇
「ペコさん、元気出してください。落ちこんだ気持ちのままだと、元気がどんどん逃げちゃいますよ」
「他人の評価なんて気にする必要はありませんの。私たちはオレンジペコさんのことをちゃんと理解してますから」
「あたしも騒ぎを起こして問題児に入ってあげるよ。あたしが入ればペコっちも一人じゃないから安心じゃん」
「それなら私も入ります。一人より二人、二人より三人っていいますし」
教室の机でオレンジペコがうつぶせになっていると、友人たちが励ましの言葉をかけてくれる。ちょっとずれた発言もあるが、オレンジペコのことを励ましてくれていることに変わりはない。
いつまでもふさぎこんだままで、友達に心配をかけてはダメだ。そう決意したオレンジペコが顔を上げた瞬間、教室の扉が音を立てて開いた。問題児トリオがいつもようにオレンジペコを迎えに来たのだ。
「ごきげんようですわー! オレンジペコさん、今日は罰でカヴェナンターに乗りますけど、わたくしたちも一緒ですから安心してくださいまし」
「私たちは去年もカヴェナンターに乗ってるからね。熱さ対策もバッチリだよ」
「ペコの分も用意してありますわ。最初はきついかもしれないけど、みんなでがんばりましょう」
オレンジペコは再び机にうつぶせになった。現実はかくも非情である。