私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第三十二話 大洗女子学園対サンダース大学付属高校 前編

 大洗女子学園とサンダース大学付属高校の試合がついに始まった。

 みほは静かに試合を見守っていたが、すぐにある異変に気づく。サンダースの戦車隊が大洗の行動を予知したかのような動きを見せたのだ。

 

 大洗が森にM3リーを偵察に出せば、すぐさま六輌のシャーマンでこれを包囲。M3リーの救援にⅣ号と八九式が向かえば、今度は三輌のシャーマンを追加で派遣。大洗の三輌が森から脱出しようとすれば、森の出口に二輌を先回りさせて退路をブロック。大洗の戦車隊は決死の突撃で無事に包囲を突破できたが、危うく一気に三輌を失うところであった。

 

「サンダースにはエスパーでもいるのでございますか? 勘が良いってレベルじゃありませんわよ」

「フラッグ車以外を一箇所に集中させたのもおかしいわね。フラッグ車に護衛を付けないなんて、まるで大洗が攻めてこないのがわかっているみたいですわ」

 

 みほだけでなく、ローズヒップとルクリリもサンダースの動きに違和感を覚えているようだ。

 三人は定期的に熊本のしほのもとへ向かい、西住流の道場で修行を受けていた。修行は戦車の操縦や指揮などの実技だけでなく、様々な状況に対応するための座学も含まれている。その座学で習った中に、サンダースの不可解な動きを説明できるものがあったのをみほは思い出した。

 

「無線傍受だ。サンダースは大洗の無線を盗聴してるから相手の動きがわかるんだよ」 

「無線を盗み聞きするなんて卑怯ですわ! 礼節を重んじる戦車女子の風上にも置けない方々でございますわね」

「ちょっと待ってラベンダー。西住師範は無線傍受の機器は入手しにくいと仰っていましたわよ。いくらサンダースがお金持ちの学校とはいえ、高校生が簡単に入手できる代物とは思えませんわ」

 

 ルクリリの言い分はもっともだ。戦車と違って、通信を傍受する機器を取り扱っている業者は少ない。購入するならお金だけでなく、それなりの伝手が必要になる。

 

「『人生はしばしば、善よりもむしろ悪の選択を我々に提供する』。サンダースの誰かさんは悪い人の誘惑に負けてしまったようね」

「英国の作家、チャールズ・カレブ・コルトンの言葉ですね。ダージリン様、その悪い人が誰なのか知ってるんですか?」

「そこまでは私にもわからないわ。たしかなのは、サンダースの勝利を願うズルい大人がいるということだけよ」

 

 通信傍受機の購入を手助けした人物がいるとすれば、すべてのつじつまが合う。ダージリンの言うとおり、サンダースを勝たせようとしている人物がいるのは間違いないだろう。

 しかし、それがわかったところでみほに打つ手はない。ただの観客にすぎないみほができるのは、大洗の勝利を願って応援することだけなのだ。

 

「無線傍受を逆手に取ればチャンスはある。お姉ちゃん、武部さん、あきらめないで……」

 

 

◇◇

 

 

 初戦の大ピンチをしのいだ沙織たちは、ウサギチームと一緒に森の中で作戦会議を開いていた。ちなみに、アヒルチームと名を変えた八九式は周囲の偵察に出ており不在である。

 

「西住先輩、盗聴ってまじですか!?」

「通信傍受機が打ち上げてあるのをこの目で確認した。我々の手の内はすべて相手に知られていると思っていい」

 

 桂利奈の問いかけに対し、冷静に答えを返すまほ。

 

「無線を盗聴するのってルール違反なんじゃないの?」

「ルールブックには傍受機を打ち上げちゃいけないとは書いてないんです。打ち上げていいとも書いてませんけどね」

 

 あやの疑問に答えた優花里は少しムッとした表情を浮かべていた。戦車道をこよなく愛する優花里は、サンダースがグレーゾーンとも呼べる作戦を使ってきたのを快く思っていないのだろう。

 

「武部隊長、私たちはどうすればいいんですか?」

「無線が使えないと、私のやることがないんですけどぉ……」

「二人とも、不安なのはわかるけど今は指示を待とう。私たちが焦ったら武部隊長の迷惑になるよ」

 

 不安を口にするあゆみと優季を梓がなだめる。

 車長の梓がしっかりと乗員をまとめてくれているのは、沙織にとって天の助けにも等しかった。無線が傍受されるというまさかの事態に沙織も内心動揺しており、みんなの不安を取り除くような余裕はなかったからだ。

 隊長としての経験が沙織には圧倒的に不足している。そんな沙織がルールブックにも書いてない状況を打開する策など思いつけるわけがない。パニック状態になっているのを表に出さないことが今の沙織にできる精一杯だった。

 

「沙織、私に考えがある。あまり良い案とはいえないが、話だけでも聞いてもらえないか?」

「まぽりん……うん、聞かせて」

 

 安堵したような声でまほの提案を受けいれる沙織。どうやら、沙織が困っているのはまほにはバレバレだったようである。

 

「サンダースの隊長が無線を傍受するような手段を選ぶ人物じゃないのは断言できる。私は彼女と何度も戦ったことがあるからな。おそらく、無線を傍受しているのは一部の隊員のみで、ほかの隊員はなにも知らないはずだ」

「隊長が白なら、怪しいのは副隊長か」

「メンバー表を見ると副隊長車はフラッグ車になってます」

「先ほどの戦闘でもフラッグ車は姿を現していません。どこかに隠れて部隊の指揮を執ってる可能性は高いですね」

 

 麻子、華、優花里の三人がまほの考えを補足する。友人たちの協力もあり、まほはそのままスムーズに話を進めていった。

 

「それを踏まえて私が提案するのは、部隊を囮部隊と奇襲部隊に分ける作戦だ。偽の情報を流して本隊をおびき出し、そこで囮部隊が時間を稼ぐ。その隙に奇襲部隊が単独のフラッグ車を捜索。見つけ次第、即座にこれを撃破する」

「それだと囮部隊は全滅することになるんじゃ……」

「囮部隊は間違いなく全滅する。犠牲を強いるのは申し訳ないが、私にはこれしか勝つ方法が思いつかない。みほと違って私は無能だからな……」

 

 あやの戸惑いの言葉を受けて、まほは自虐的なつぶやきを漏らす。

 

「ラベンダーさんはたしかにすごい人だけど、まほだって十分すごいもん。この状況ですぐに作戦を立てられる人が無能なわけないよ」

 

 沙織はまほの言葉をすぐさま否定した。

 大洗の戦車道に関して、まほは今までいっさい自己主張をしてこなかった。そんなまほが初めて声を上げ、沙織に策を授けてくれたのだ。今度は沙織がその優しさに応える番である。

 

「まほ様、どんな作戦だろうと芽依子は従います。芽依子が大洗に来たのはまほ様を支えるためですから」

「私たちにできることがあったらなんでも言ってください。必ずやり遂げてみせます。みんなもそれでいい?」

「異議なーし!」

「盗聴するような相手には絶対に負けたくないしね」

 

 梓の呼びかけに桂利奈とあゆみが反応し、ほかのメンバーもそれを肯定するように首を縦に振る。

 ウサギチームの意思疎通は今日もばっちりだ。彼女たちのチームワークの良さは大洗一といっても過言ではない。

 

「西住殿、我々の気持ちは一つです。なにも不安に思うことはありません」

「ほかのチームのみなさんも私たちと同じ気持ちのはずですよ」 

「で、チーム分けはどうする? 私はどちらの部隊でもかまわないぞ」

「みんな……ありがとう」

 

 感謝の言葉を述べるまほの目は少し潤んでいる。

 妹のラベンダーとは違い、まほは表情の変化が乏しい。それでも、目尻にたまった涙を指で拭い軽く笑顔を見せるまほの姿は、どこかラベンダーと似ているように沙織には思えた。

 

「作戦はまぽりんの案でいくとして、ほかのチームにはどうやって作戦を伝えるの? 無線はもう使えないよ」

「伝令を出す。芽依子、頼めるか?」

「はい」

 

 芽依子はまほから作戦内容を聞いたあと、一瞬で森の中へ消えた。その足の速さはまさに神速。運動神経抜群の芽依子はこの手の任務に最適な人材だ。

 それとは対照的なのがほかのウサギチームのメンバー。まほから作戦の具体的な内容を聞いた彼女たちは、紗希を除く全員が固まってしまっていた。

 まあ、それも無理はないだろう。まほがフラッグ車を撃破する奇襲部隊の主力として選んだのは、ウサギチームのM3リーだったのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

『まぽりん、これからどうしよう』

『どこかに隠れて相手の戦力を分散させたほうがいいな。こちらの居場所がわからなければ、サンダースは部隊を分けて捜索を行うはずだ』

『わかった。全車、0175地点の森まで移動するよ。梓ちゃん、フラッグ車の護衛はお願いね』

『は、はい。わかりました』 

 

 大洗の無線のやり取りを聞いていたアリサは一人ほくそ笑む。

 大洗の居場所など無線傍受でバレバレなのだ。どこに隠れようが無駄なのである。

 

「0175地点の森に向かってください。大洗の戦車隊はそこに身を隠しているものと思われます」

『それも女の勘なの?』

「ええ。今日の私の勘は冴えてます。大洗の車輌は必ずそこにいるはずです」

『OK! 今日はアリサの勘をとことん当てにさせてもらうわ。全車、Go ahead!」

 

 ケイの号令を皮切りに、いっせいに移動を開始するサンダースの戦車隊。

 あとはサンダースの誇るシャーマン軍団が大洗を蹴散らすのをここで待つだけだ。

 

「これで大洗はおしまいよ。あの子のお姉さんもたいしたことないわね」

「車長、黒森峰の元隊長がいるからって無線を傍受するのはやりすぎだったんじゃ……」

「うるさい! 私はどんな手を使っても勝たないといけないの。決勝であの子をこてんぱんに打ちのめして、タカシに振りむいてもらうんだから!」

 

 アリサはヘルメットを被った装填手の少女に怒鳴り散らす。

 打倒ラベンダー。嫉妬の炎で身を焦がすアリサにとって、それが今大会にかける思いのすべてであった。

 

 

◇◇

 

 

 大洗の奇襲部隊は、囮部隊が布陣した森から離れた場所にある見晴らしのいい丘に集合していた。

 奇襲部隊に選ばれたのはウサギチームのM3リーとフラッグ車の38(t)の二輌。しかし、軽戦車である38(t)の低火力ではまずシャーマンの装甲は抜けない。なので、実質的な戦力はM3リーだけという極めて脆弱な部隊だ。

 

「芽依子はフラッグ車の捜索に向かいます」

 

 発煙筒を手に持った芽依子は地面に降りたつ。まほが予測した潜伏ポイントへ向かってフラッグ車を発見し、発煙筒で合図を送るのが芽依子の役目だった。

 そんな芽依子を不安そうな表情で見送るウサギチームの仲間たち。平然としているのは紗希のみで、梓ですら顔がこわばっている。フラッグ車撃破という大役を任されたことで、仲間たちの緊張はピークに達しているようだ。

 

「めいちゃん……」

「桂利奈、緊張する必要はありませんよ。芽依子たちは今まで一生懸命練習してきました。努力は人を裏切りません」

「でも、めいちゃんがいないと私……」

 

 芽依子と別行動になることが桂利奈の不安を倍増させているのだろう。いつもの快活な様子はすっかり消えうせ、桂利奈は自信なさげに地面を見つめている。

 それを見た芽依子は懐から一本の棒手裏剣を取りだした。棒手裏剣はあちこちに傷が付いており、かなり年季が入っているのがわかる。

 

「これは芽依子がお父様から初めてもらった棒手裏剣です。この棒手裏剣と共に芽依子は過酷な忍道の修行を乗り切ってきました。いわば芽依子のお守りのようなものです。桂利奈、これを受けとってくれませんか? この棒手裏剣がきっと桂利奈を守ってくれるはずです」

「う、受けとれないよ! それってめいちゃんがお父さんからプレゼントされた大事な物だよね?」

「たしかにこれは芽依子の宝物でした。ですが、今の芽依子にはもっと大事なものがあります。これが少しでも桂利奈の役に立つのなら惜しくはありません」

 

 はっきりとそう告げた芽依子は桂利奈に向かって棒手裏剣を差しだす。

 桂利奈は迷ったそぶりを見せていたが、大きく一つ深呼吸をしたあと棒手裏剣を手に取った。

 

「ありがとう。めいちゃんの気持ちを無駄にしないようにがんばるね」

「桂利奈はやればできる子です。大丈夫、必ず勝てますよ」

 

 笑顔で桂利奈に優しく声をかける芽依子。その表情は以前のような引きつった笑みではなく、とても自然な笑顔であった。

 

「梓、みんなのことを頼みます」

「う、うん。芽依子も気をつけてね」

 

 芽依子は次に梓へと向きなおるが、梓の表情は浮かないまま。

 ウサギチームのリーダーであり、M3リーの車長である梓には相当なプレッシャーがかかっている。その重圧に梓は飲みこまれてしまっているようだ。

 

「責任ある任務だとは思いますが、愛しのハイビスカスさんにカッコいい姿を見せるチャンスです。梓、この機会を活かしてください」

「ととと、突然なに言ってるの!?」

 

 芽依子の突拍子もない発言に動揺し言葉がどもる梓。

 

「そういえば、ハイちゃんたち試合見に来るって言ってたね」

「梓ちゃんがフラッグ車を撃破したら、ハイビスカスさんもきっとメロメロだよぉ」

「いつまでもビクビクしてられないね。梓の恋を成就させるためにみんなでがんばろう!」

『おーっ!』

 

 あゆみの掛け声に合わせて、気合を入れるウサギチームのメンバー。どうやら緊張の糸はだいぶほぐれてきたらしい。

 

「もーっ! 芽依子が変なこと言うから、みんながすっかりその気になっちゃったじゃない!」

「申し訳ありません、梓。姉さんを真似てジョークで場を和まそうとしたんですが、失敗してしまったようです」

「……こうなったら芽依子のジョークに乗ってあげる。絶対にフラッグ車を撃破してみせるからね」

 

 芽依子の目論見どおりとはいかなかったが、もう梓の心配はいらないだろう。ほかのメンバーも気持ちが晴れたようなので結果オーライだ。

 

 ウサギチームの仲間たちにあいさつをすませ、芽依子は最後の相手のもとへと向かう。そこには38(t)に寄りかかり、芽依子を見ている角谷杏の姿があった。

 

「犬童ちゃん、早く行かないと囮部隊が全滅しちゃうよ。私にかまってる場合じゃないっしょ」

「あなたにお願いがあります」

「犬童ちゃんのお願いかー、なんだろ? 私にできることなんてたかが知れてるよ」 

「私の友達を助けてください。あなたならそれができるはずです」

 

 芽依子はそう言うと杏に向かって頭を下げた。

 杏の表情にあまり変化はなかったが、隣にいる桃と柚子はびっくりしたような顔をしている。今まで生徒会を毛嫌いしていた芽依子が急に態度を改めたのだ。二人が驚くのも当然といえる。

 

「もう私たちを許してくれたのかな?」

「あなたたちのした行為を許すことはできません。けれど、それは芽依子の心の中に秘めておきます。生徒会とはもう争わない。芽依子は友達にそう約束しましたから」

「そっか……うん、いいよそれで。小山、河嶋、フォーメーションBでいくよ」

「いいんですか会長? あれはいざというときの切り札だったんじゃ……」

 

 柚子の言葉に杏は首を横に振る。

 

「切り札を温存して負けたら意味がない。河嶋、負担をかけることになるけどよろしく頼む」

「これくらいの負担は問題ではありません。会長が全力を出せるようにサポートするのが私の仕事ですから。柚子も本気を出すんだぞ」

「私はいつだって本気だよ。会長みたいに器用なことはできないもん」

 

 生徒会の三人が影で努力しているのを芽依子は知っている。彼女たちが積極的に協力してくれれば、敵のフラッグ車を撃破するのも容易なはずだ。

 後顧の憂いを断った芽依子は眼前に広がるフィールドを見下ろした。ここからはフラッグ車を見つけるという一人だけの戦いが始まる。

 

「犬童ちゃん、あんまり無茶しちゃダメだよ。危なかったら逃げてもいいからね」 

「お気遣い感謝します。では」

 

 芽依子は滑るように丘を駆けおり、フラッグ車が潜んでいる可能性が一番高いとまほが予測した竹林を目指す。

 もし竹林がハズレだったとしても芽依子は足を止める気はない。忍道で得た技術と体力を駆使すれば、囮部隊が全滅する前にフラッグ車を見つけられる。たゆまぬ努力の成果で、この世代最強の忍者と呼ばれるまでになった芽依子はそう確信していた。


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