私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第三十四話 エリカと仲直り作戦開始

 意気揚々と駐機場へやってきたみほたちであったが、そこにエリカの姿はなかった。

  

「逸見さんはいないみたいだね」

「赤星様の姿も見えませんわ。二人でどこかに出かけてるみたいですわね」

「しばらくここで待つしかないな。ほかの三人がヘリの点検をしてるから、すぐに戻ってくるだろ」

 

 黒森峰女学園が所有しているドイツ製のヘリコプター、フォッケ・アハゲリス Fa 223。その操縦席には根住が座っており、計器の状態などを確認している。どうやら彼女がこのヘリのパイロットらしい。

 直下と三郷はツインローターや機体を目視で点検中。戦車喫茶では仲間割れしていた二人だが、楽しそうに話をしているところを見ると仲が悪いわけではなさそうだ。

 

「待つならどこかに隠れたほうがいいかも。三郷さんに見つかるとまずいことになりそうだし」

「三郷だけは最後まで私たちに悪態ついてたからな。プラウダ送りの脅し文句もあいつには通用しないだろう」

「頼りの根住様もヘリの中でございますからね。見かけの割に気が弱い直下様では、三郷様を止められそうにありませんわ」

 

 あんこう踊りを一緒に踊ったあとも三郷の態度はまったく変わらなかった。それどころか、みほたちへ向かってうらみ言まで吐く始末。反省の色すら見せないその強気な姿は、心が折れてしまったエリカとは対照的であった。

 

 そんな三郷と接触すれば一悶着は必至。これからエリカと仲直りするという重要な作戦が控えているのだから、無用なトラブルはできるだけ避けるべきだろう。

 そう考えたみほたちは、物陰に隠れて様子をうかがうことにした。ときには引くのも兵法である。

 

 ちなみに、ダージリンとオレンジペコは仲直り作戦の準備のために席を外している。具体的な作戦内容は明かされていないが、ここでエリカを引きとめるのがみほたちに課せられた使命。今はダージリンを信じてその役目を全うするときなのだ。

 

 

 

「逸見様と赤星様が戻ってきましたわ!」

「あれ? お姉ちゃんが一緒にいる」

「武部たちもいるな。ずいぶん焦ってるみたいだけど、なにかあったのか?」

 

 ようやく姿を見せたエリカと赤星は、なぜか大洗の面々を連れて戻ってきた。

 エリカは直下と三郷をスルーし、真っ先に操縦席の根住のもとへ向かいなにやら話をしている。エリカが話を終えてヘリから出るとすぐにツインローターが回転し、ヘリは発進準備を開始。理由は不明だが、ヘリは今すぐに飛び立とうとしているようだ。

 

「まずいですの! 逸見様がお空に上に行ってしまいますわ!」

「待って、ローズヒップさん! ヘリに乗りこんでるのは逸見さんじゃない」

「冷泉と武部と赤星? いったいどういう組み合わせだ?」

 

 大洗の二人と赤星小梅を乗せてヘリは飛び立っていく。状況をまったく理解できないみほたちは、それをポカンと見送ることしかできなかった。

 

 エリカはまほと少し会話をしたあと、駐機場の出口へと向かった。それを見た直下と三郷が慌ててエリカの後姿を追いかける。二人は説明を求めているが、エリカはずんずん歩くだけで口は閉じられたままだ。

 

「どうする、ラベンダー? お姉さんと再会するチャンスだけど……」

 

 ルクリリの問いかけに対する答えは最初から決まっている。みほが今するべきなのは、まほと再会することではないのだから。

 

「お姉ちゃんとはいつかまた会えるよ。今は逸見さんのあとを追おう」

「そうと決まれば『善は急げ』ですわ。大洗のみなさまに気づかれないよう、慎重に移動しますわよ」

 

 姿勢を低くして小走りするローズヒップに続き、みほとルクリリもその場を立ちさる。

 駐機場の出口近くでみほがちらりと後ろを振りかえると、まほは長い髪を風になびかせながらヘリの飛びさった方向をまだ見つめつづけていた。

 

 

 

 駐機場を出たみほたちはエリカたちのあとをつけていたが、突然事態が急変する。

 ひと気のない場所に来たところで、三郷の怒りがついに爆発したのだ。

 

「おい、逸見っ! いつまでだんまりを決めこむつもりだ。そろそろあたしたちにも説明しろ」

「人助けでヘリを大洗の子に貸したのよ。戻ってくるのは早くても明日の朝でしょうね」

「ちょ、ちょっと待って! 私たちはこれからどうするの?」

「最悪の場合はここで野宿ね。ま、一日ぐらいなんとかなるわよ」 

 

 直下の質問にやる気のなさそうな顔で回答するエリカ。

 その言葉を聞いた三郷はいきなりエリカの胸ぐらをつかんだ。どうやらエリカの投げやりな態度は、三郷の怒りに火を点けてしまったらしい。

 

「ふざけんなっ! こんなところで野宿とかできるわけないだろ! なにかあったらどうするんだ!」

「そのときはそのときよ。運命だと思って諦めなさい」

「こいつっ!」

「三郷、こんな場所で喧嘩なんてやめようよ。いがみ合ってる場合じゃないでしょ」

 

 エリカに殴りかかろうとした三郷を直下が羽交い締めにし、二人を引き離す。

 

「直下、本来ならお前が一番怒るべきだぞ。あたしの背中に当たってるこの大きなおっぱいに、男どもが群がってくるかもしれないんだからな」

「こ、怖いこと言わないでよ!」

 

 直下は三人の中で一番スタイルがいい。その大きな胸は男性を惹きつける武器になると同時に、不埒な男性の欲望を吸いよせる的にもなってしまうだろう。

 

「別に放してもいいわよ、直下。殴りたければ殴ればいい。私はいっさい反撃しないわ」

 

 エリカはなおも三郷をあおるような発言を繰り返す。その姿は三郷に殴られたがっているようにすら見えた。

 もしかしたら、これがエリカなりの責任の取りかたなのかもしれない。しかし、みほはそれを黙って見ていることはできなかった。

 

「待ってください!」

 

 物陰から飛びだしたみほは、エリカを守るように両手を広げて立ちふさがった。

 

「お前はラベンダー! あたしの前に立つとはいい度胸だ。あのときの借りを返してやる!」

 

 直下の拘束を振りきり、みほに駆けよる三郷。頭に血が上っているせいで、ターゲットがエリカからみほへと完全にすり替わってしまったようだ。

 みほは殴られる覚悟を決めて目をつぶったが、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。みほが恐る恐る目を開けると、目の前にはグレーの制服とそれに映えるきれいな銀髪。誰がみほを守る盾になってくれたのかは一目瞭然であった。

 

「逸見さん大丈夫!? 怪我はない?」

「私は無傷よ。あんたの友達が助けに入ってくれたからね」

 

 みほがエリカの背中から顔を出して前を確認すると、ローズヒップとルクリリが三郷を左右から捕まえてくれていた。

 

「三郷様、あんまりおいたが過ぎるのはどうかと思いますわよ」

「二対一なら私たちだってお前に勝てる。観念しておとなしくしたほうがいいぞ」

「……あたしの負けだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

 三郷はその場にドカッと腰を下ろしてあぐらをかくと、眼鏡を外し地面に置いた。その姿はまるで介錯を待つ武士のようである。

 みほはそんな三郷のそばに近寄ると、地面に置かれた眼鏡を拾い、そっと彼女に手渡した。

 

「三郷さん、もうやめにしましょう。私たちが戦車道を学んでいるのは、争うためじゃありません。戦車道で得た経験を活かして、人として大きく成長するためです。同じ道を歩んでいるのなら、私たちはきっと分かりあえます」

 

 みほの言葉を三郷はきょとんとした顔で聞いていたが、眼鏡をかけると静かに立ちあがった。怒りで我を忘れていた先ほどとは違い、表情はいくぶん和らいでいる。

 

「お前、よくそんなクサいセリフ真顔で言えるな」

「ふえっ!?」

「でも、おかげで目が覚めたよ。あたしは初心を忘れてたみたいだ。今まで迷惑かけて悪かった、ごめんなさい」

 

 三郷はみほに向かって勢いよく頭を下げると、ローズヒップとルクリリに対しても同じように謝罪した。

 今の謝罪は深水トモエに促された形だけのものでは決してない。みほたちは三郷と本当の意味で和解することができたのだ。

 

 これならエリカとも仲直りできる。みほはそう期待してエリカに目を向けるが、現実はそれほど甘くなかった。エリカはみほをつまらなそうな顔で見ていたのである。

 先ほどはとっさにかばってくれたものの、みほとエリカの間には依然として目に見えない大きな壁があった。

 

「で、あんたはなんでここにいるのよ? 落ちぶれた私を笑いに来たの?」

「ち、違うよ。私は逸見さんと仲直りしたくて……」

「謝罪ならもうすませたじゃない。足りないっていうなら、ここで土下座でもすればいい?」

 

 エリカは本当に土下座しかねない雰囲気を漂わせている。

 もしエリカを土下座させてしまったら、もう関係を修復するのは不可能だろう。どうすればエリカに思いが伝わるのか、みほは適切な言葉を導き出せずにいた。   

 

「逸見さん、あんまりラベンダーをいじめないでくださらない。それとも、気になる子にはつい意地悪をしたくなってしまうのかしら?」

 

 困っていたみほを助けてくれたのはダージリンであった。隣にはオレンジペコの姿もあるので、作戦準備を終えてみほたちを迎えに来てくれたのだろう。

 

「今度は聖グロの女王様とリーサルウェポンのおでましか……いったい私になんの用があるのよ?」

「女王様は私のことでしょうけど、リーサルウェポンとはどなたのことかしら?」

「女王様の隣にいる子に決まってるじゃない」

「ペコがリーサルウェポン? 人間凶器ペコ……」

 

 ダージリンはとっさに口を右手で塞ぎ、左手で自身の太ももをつねる。それでも体が小刻みに震えているので、笑っているのは丸わかりだった。どうやら、自分が口にした人間凶器ペコというフレーズが笑いのツボに入ってしまったようである。

 

「い、逸見さん。あなた、なかなかおもしろいジョークをおっしゃるのね」

「私は本当のことを言っただけで、ジョークを言ったつもりはないんだけど……」

「私は逸見さんを気に入りましたわ。あなたをゲストとして聖グロリアーナの学園艦にご招待します」

「へっ?」

 

 エリカはキツネにつままれたような顔で立ちつくしている。急な事態の変化に頭が追いついていないのだろう。

  

「ペコ、今すぐ車を用意してちょうだい。逸見さんとご友人の二人を学園艦にお連れするわよ」

「はい、ダージリン様」

 

 ペコが携帯電話で連絡をすると、みほたちが駐機場に行く際に乗せてもらったピンクパンサーがすぐにこの場へやってきた。

 ピンクパンサーの荷台には数人のメイドが乗っており、到着すると全員が降車してエリカたちを丁寧に案内していく。プロのメイドの完璧な仕事の前ではエリカもお手上げ状態であり、あれよあれよという間に荷台に連れこまれてしまう。三郷と直下もとくに抵抗せず荷台に乗りこみ、出発準備は数秒で完了した。

 

「ダージリン様、私は一足先に学園艦に戻りますね」

「あとは任せましたわよ。大事なお客様なのだから、くれぐれも粗相のないようにね」

「わかりました。出発してください」

 

 助手席に乗ったオレンジペコが運転手のメイドに指示を出し、ピンクパンサーは聖グロリアーナの学園艦が停泊している港へと向かう。どこまでがダージリンの計算どおりだったのかは不明だが、恐るべき手際の良さであった。

 

「私たちも学園艦に帰りますわよ。ペコが別の場所に車を用意してくれてますわ」

「ダージリン様、わたくしたちはこれからなにをすればよろしいのでございますか?」

 

 ローズヒップが疑問に思うのも無理はない。みほたちはエリカを足止めするまでしか作戦内容を教えてもらっていないのだ。

 

「イタリアの芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチがこんな言葉を残しているわ。『私の仕事は、他人の言葉よりも自分の経験から引き出される。経験こそ立派な先生だ』。あなたたちがなにをすべきかは、聖グロリアーナで学んできたことが教えてくれるはずよ」

 

 

 

 聖グロリアーナ女学院の校舎には来賓用のゲストルームが存在する。内装は高級ホテル並みの豪華な作りになっており、英国アンティークで統一された家具はどれも一流の家具職人が作ったものばかり。限られたごく一部の人間しか立ち入ることができないこの部屋は、聖グロリアーナの生徒から開かずの間と呼ばれるほどだ。

 

 今、この開かずの間では三人の少女がソファに腰を下ろし、落ち着かない様子で身を寄せあっていた。オレンジペコにこの部屋へと案内されたエリカたちである。

 

「野宿を回避できたのは助かったけど、この部屋居心地悪いね」

「そりゃそうだろ。どう考えても普通の女子高生が泊まる部屋じゃない」

「私、この部屋で寝られるかな? 絶対ぐっすり寝れない気がする」

「直下は相変わらず小心者だな。そのでかいおっぱいは飾りか?」

「胸の大きさは関係ないでしょ!」

 

 雑談で気を紛らわせている直下と三郷とは違い、エリカは足を組んだままぼんやり壁を眺めている。

 そのとき、部屋のドアをノックする音が室内に響いた。直下と三郷はビクッと身を震わせるが、エリカは身じろぎすらしない。余程のことがなければ、今のエリカは眉一つ動かさないだろう。

 

「ラベンダーです。入ってもいいですか?」

「……勝手にすれば」

 

 みほに向けて冷めた返事をするエリカ。二人の間に存在する心の壁は高くそびえたままだ。

 

「失礼します」

「失礼しますわ!」

「邪魔するぞ」

 

 みほ、ローズヒップ、ルクリリの三人が部屋へと入る。

 それを見たエリカはソファの上からずるっと滑り落ちた。三人の恰好は彼女を驚かせるぐらい、インパクトのある服装だったのだ。

 

「作戦の第一段階は成功みたいですわね。逸見様の目はラベンダーに釘付けになってますわよ」

「うん。ちょっと恥ずかしいけどね……」

「この試作品、去年よりスカートが短いからな。あとで被服部の人たちに注文を付けたほうがいいかもしれない」

 

 ミニスカウェイトレス。みほたちの服装を一言で言い表すなら、その言葉が妥当だろう。

 白を基調にし、黄色と青のいろどりを加えた制服はかわいらしく、少女たちの可憐さを引き立てている。エプロンには聖グロリアーナの校章が刺繍され、頭には白のホワイトブリムと小さな青い蝶リボン。さらには首にもおそろいの黄色い蝶リボンが付けられており、統一感もばっちりであった。

 

 みほたちが着ているこの服は、今年の聖グロリアーナ祭に向けて被服部が試作していた新しい制服。これがこの仲直り作戦を成功させる最初の鍵だ。

 

「もしかして、それって聖グロ祭で来てた制服か? 少しデザインが違うような気もするけど……」

「三郷様は去年の聖グロリアーナ祭をご存知なのでございますか?」

「妹が聖グロに通ってるからな。去年はチケットもらって家族でここに来たんだ」

「三郷さんの妹? 去年の私たちって一年生だよね?」

「三郷は五つ子姉妹の長女なの。全員別の学園艦に通ってて、聖グロリアーナには三女さんが通ってるんだよ」  

 

 頭にはてなマークを浮かべるみほに直下が答えを教えてくれる。

 五つ子というからには、三郷の妹の外見は三郷そっくりのはずだ。しかし、みほはそんな生徒にまったく見覚えがなかった。どうやら三郷の妹は、みほたちと馴染みが薄い情報処理学部の生徒のようだ。

 

「まさか三郷と私たちに接点があったなんて、思いもよらなかったな。妹さんは戦車道を履修してないみたいだけど、戦車道やってるのはお前だけなのか?」

「戦車道をやってるのはあたしとプラウダに行った次女だけだな。聖グロの三女とアンツィオの四女、大洗の五女はあたしたちとは別の道に進んだんだ」

「大洗にまで妹さんがいるの!?」

 

 三郷の妹とまほは同じ学校の同級生。その事実はみほを大いに驚かせた。世の中というのは思ったよりも狭いのかもしれない。 

 

「それで、なんであんたたちはウェイトレスの恰好をしてるのよ?」

 

 みほたちが和気あいあいとした雰囲気で会話をしていると、ずっこけていたエリカがようやく復活した。

 エリカがみほたちの姿に興味を持ってくれた今が、本格的に作戦をスタートさせる絶好の機会。みほはしっかりとエリカの目を見つめ、作戦開始の号令をかけた。

 

「今日は私たちがゲストの逸見さんたちをおもてなしします。お食事をご用意しますので、どうぞこちらへいらしてください」

 

 作戦の第二段階は手料理を振舞うこと。献立はもちろんエリカの大好物であるハンバーグだ。

 大型連休を利用して遊びに来る愛里寿のために、みほはハンバーグ作りの腕に磨きをかけてきた。その経験を活かし、まずはエリカの胃袋をがっちりキャッチする。ここが聖グロリアーナで学んだ料理の腕の見せ所であった。


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