私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第三十六話 変身忍者キャロルと忍道履修生

「それでは肝試しのルールをご説明いたします。ティーカップの置かれている場所は、教会、第二ガレージ、校舎三階の談話室の計三ヶ所。みなさまは二人一組でそれぞれの場所へ向かい、ティーカップを取ってきてもらいます。チーム分けと目的地は私に一任されておりますので、今から発表しますわ。ちなみに反論は受けつけませんから、そのつもりでお願いしますね」

 

 キャロルは有無を言わせぬ強い口調でそう言い切った。どうやら、彼女も姉の三郷同様かなり強気な性格のようだ。

 

「教会へ向かっていただくのはラベンダー様と逸見様のマゾグマチーム。第二ガレージはローズヒップ様とお姉様のスケスケチーム。談話室はルクリリ様と直下様の巨乳チームになります」

「ボコはマゾじゃないよ!」

「ほかの妹たちには絶対スケスケばらすんじゃないぞ!」

「私をおっぱいでいじるのはやめろーっ!」

 

 みほ、三郷、直下は勢いよくキャロルに詰めよるが、キャロルは後ろジャンプでみほたちから距離をとる。その跳躍力はすさまじく、広間の中央から一気に後方の扉の前まで移動していた。忍者を名乗るだけあって、運動神経と身軽さはかなりのものだ。

 

「今宵は聖グロリアーナ女学院忍道履修生がみなさまのお相手をいたします。どうぞ存分にお楽しみくださいませ。あひゃひゃひゃひゃっ!」

 

 気味の悪い笑い声を残し、キャロルは広間の外へと消えた。

 キャロルがいなくなり広間は静寂に包まれる。その静寂を破ったのは、キャロルの姉である三郷であった。 

 

「みんなに言っておくことがある。忍……いや、今はキャロルだったな。あいつは変装の達人だ。姿だけでなく、声までそっくりにできる。見知った人が目の前に現れても決して油断するなよ」

 

 三郷の言葉に全員がうなずく。

 先ほどの変装はどう見てもオレンジペコにしか見えなかった。オレンジペコらしからぬ口調で話さなければ、みほも違和感を覚えなかったはずである。

 おそらくキャロルが口調を崩したのはわざとだろう。この肝試しの脅かし役を担当する彼女は、自身の変装技術を見せつけることでみほたちの不安をあおったのだ。

 もはやこの肝試しはなにが起こるかわからない。エリカとの仲直りに意欲を燃やしていたみほであったが、事態はそれどころではなくなってしまった。

 

 

 

 ルクリリと直下は談話室を目指して夜の校舎を歩いている。

 校舎内は真っ暗で、明かりはルクリリが持っている懐中電灯のみ。そのせいか二人の歩みはマチルダⅡ並みの遅さだが、それにはほかにも理由があった。

 

「直下、少しビビりすぎだぞ。これじゃ私もうまく歩けないじゃないか」

「しょうがないでしょ。怖いものは怖いんだもん」

 

 直下はルクリリの右腕をがっちりと両腕でホールド。さらには体もぴったりとルクリリに密着させており、まるでお化け屋敷に訪れたカップルのような状態になっていた。

 

 ルクリリと直下が今歩いているのは校舎の二階だが、ここにたどり着くまでに二人は様々な脅かしを受けた。

 背中に水滴。顔にこんにゃく。足元にねずみ花火。いずれも古典的な脅かしかたではあるものの、忍道を履修しているだけあって忍道履修生は姿をまったく見せない。

 脅かし役の姿が見えないという心理的な圧力は大きく、気弱な直下はすっかり戦意喪失。二階に着いてからはずっとルクリリに抱きついたままで、いっこうに離れようとしなかった。

 

「階段を上がるときは離れてくれよ。この状態じゃ危ないからな」

「う、うん。わかった……」

「階段を上がったら談話室は目の前だ。あと少しの辛抱だからな。がんばるんだぞ」

 

 ルクリリは柔らかな口調で直下を励ます。気が弱い子の扱いはラベンダーで慣れているのか、励ましかたも堂に入っていた。

 

 

 

 カップル状態で階段付近までやってきたルクリリと直下。

 そこで二人は思わぬ光景を目撃することになる。階段手前の壁の色が一部分だけ違っていたのだ。

 

「そこに隠れてるのはわかってるぞ。さっさと出てこい」

 

 ルクリリが懐中電灯で怪しい壁を照らす。白い壁が一部分だけレンガ色になっているのだから、わからないわけがない。

 すると、レンガ色の布をその場に放り投げ、淡いピンク色の忍装束を身にまとった一人の少女が現れた。顔を隠している頭巾までピンク色なので、全身真っピンクである。

 

「拙者の隠れ身の術を見破るとは、さすがはマチルダ隊の隊長でござるな」

「この子が私たちを脅かしてた子なの?」

「たぶん違うと思うぞ。さっきまでのやつはこんなマヌケじゃなかったからな」

「この半蔵をマヌケ呼ばわりとは聞き捨てならないでござる! ものども、であえ! であえー!」

 

 半蔵と名乗った少女はほら貝を手にすると勢いよく吹き鳴らす。それと同時に二つの人影が半蔵のもとへと集結し、ついに脅かし役が姿を現した。

 

「半蔵、またドジをやったわね」

「面目ないでござる、弥左衛門」

 

 い草で作られた深編笠を頭に被り、黒の着物姿で手には尺八、足には草履。時代劇で見かける虚無僧、それが弥左衛門と呼ばれた少女の恰好であった。

 

「まったく……。そんなことではいつまでたっても一人前になれませんわよ。ねえ、小太郎」

「半蔵も努力はしている」

「さっすが小太郎! いいこと言うでござる。半蔵は頭領からも努力家だと認められているでござるよ」

「調子に乗るな」

 

 背の低い小太郎という名の少女が半蔵の頭を軽く小突く。

 暗視ゴーグルのせいで顔は見えないが、小太郎はほかの二人と違い恰好はいたって普通。下は黒のスパッツ、上は白の半袖体操服姿の運動が得意そうな栗色ショートカットの少女だ。

 

 その小太郎の姿を見たルクリリは不思議そうに首をかしげている。どうやら小太郎の見た目になにか思うところがあるようだ。

 

「こいつ、どこかで見たことあるような……あっ! 思い出した。お前は大洗の八九式の車長!」

「たしかに今日の試合に出てた車長の子に似てるけど、あの子がこんなところにいるわけないでしょ」

「わかったぞ。お前がキャロルだな。大洗の車長に化けて私をだますつもりだろ!」

 

 ルクリリは小太郎に向かってビシッと指を差す。

 

「キャロルって頭領の二つ名でござるよね。えっ!? 小太郎は頭領の変装だったのでござるか!?」 

「違う」 

「頭領はクルセイダー隊の隊長のお相手をすると仰ってましたわ。ここにいるのは正真正銘、本物の小太郎ですわよ」

「なーんだ、危うくマチルダ隊の隊長にだまされるところだったでござる。よくも拙者を惑わそうとしたでござるね。ここから先へは、一歩たりとも通さないでござるよ!」

 

 階段前の道を通せんぼする三人の忍道履修生。

 すでに肝試しの体はなしていないが、彼女たちはまだ邪魔をするつもりらしい。 

 

 そのとき、三階の階段から誰かが下りてくる足音が聞こえてきた。

 

「あなたたち! そこでなにをしてるんですか!」

「半蔵がほら貝なんて吹くから、部外者に見つかってしまいましたわよ」

「ここはひとまず引くべき」  

「撤退! 撤退でござる!」

 

 忍道履修生は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 それと入れ替わるようにこの場へやってきたのは、黄色のパジャマ姿のダンデライオンであった。

    

「ダンデライオン様? どうしてここに?」

「学校でパジャマパーティーをするってダージリンさんに誘われたんです。それより、さっきの変な恰好をした子たちはなんなんですか?」

「あの子たちは忍道履修生です。ダージリン様から肝試しの脅かし役を依頼されたみたいで、私たちを脅かそうと躍起になっているんですわ」

 

 ダンデライオンが登場したことで、お嬢様モードに入ったルクリリ。そんなルクリリの猫被りを目撃した直下は、びっくりしたような表情を浮かべている。

 

「私たち以外にはお嬢様言葉で話すんだね」

「なんのことかしら? 私はいつもこのしゃべりかたですわよ」

 

 ルクリリは誤魔化そうとするが、ダンデライオンは冷たい目をルクリリへと向ける。

 ダージリンやアッサムとは違い、ダンデライオンはローズヒップとルクリリにはとくに厳しい。ルクリリが嘘をついていることなど彼女にはお見通しなのだろう。

 

「ルクリリちゃん、嘘をついても無駄ですよ。あたしの目の届かない場所でまた下品な言葉を使っていましたね」 

「下品な言葉など使っておりませんわ。直下さんは勘違いを……」

「あたしに言い訳をするつもりですか? あなたにはお仕置きが必要なようですね」

 

 ダンデライオンはそう告げると、ルクリリにバレーボールほどの大きさの玉を投げつけた。 

 虚をつかれたルクリリは思わずそれをキャッチしてしまう。それを見たダンデライオンはニヤリと笑みを浮かべると、バックステップでその場を離れ、ルクリリが持っている玉へ小さな針を投げつけた。

 その針が刺さった瞬間、玉は破裂音とともに爆発し、周囲に黒い液体をまき散らす。

 玉の正体はふくらませた風船。そして、その中身には墨汁が入っていたのだ。

 

「あひゃひゃひゃひゃっ! 引っかかりましたわね」

「くそっ! お前がキャロルか!」 

「お風呂に入ったばっかりなのにー!」

 

 墨汁の直撃を受けたルクリリだけでなく、直下も真っ黒になっている。ルクリリに抱きついていたせいで、彼女も大きな被害を受けてしまったようだ。

 

「よくも私をだましてくれたなっ!」

「だまされるほうが悪いんですわ。悔しかったら私を捕まえてごらんなさい」

 

 そう言うと、偽ダンデライオンは階段を軽快な足取りで上がっていった。

 

「追うぞ、直下!」

「ま、待ってよ。置いてかないでー!」

 

 ルクリリと直下はすぐさま偽ダンデライオンのあとを追いかける。しかし、三階に着いたときにはすでに姿を見失ってしまった。恐るべき逃げ足の速さである。

 

「あいつめ、どこへ逃げたんだ?」

「あそこじゃない? ほら、明かりがついてる部屋があるよ」

「あの部屋は談話室だな。よし、行くぞ」

 

 ルクリリは大きな足音を立て大股開きで歩を進める。かなり下品な歩きかただが、それだけ怒り心頭なのだろう。

 ルクリリと直下が談話室の前までやってくると、部屋の中からは複数の声が聞こえてくる。二人はアイコンタクトで確認を取ると、転がるように談話室へとなだれ込んだ。

 

「ルクリリちゃん? どうして真っ黒になってるんですか?」

「お前がやったんだろっ! とっとと正体を現せ!」

 

 ルクリリはダンデライオンを見つけると、一気に間合いを詰めて両手でダンデライオンのほっぺたを引っ張った。

 

「いふぁい! いふぁい! にゃにしゅるんれすか!?」

「あわわ、ルクリリ様がご乱心です。喧嘩はダメですよー!」

「ルクリリ様、なにがあったか存じませんが気を静めてくださいませ。今のルクリリ様の姿をニルギリさんが見たら、きっとがっかりしますわよ」

 

 ダンデライオンのそばにいたパジャマ姿の二人の少女がルクリリを止めに入る。

 ラベンダーのクロムウェルの乗員であるカモミールとベルガモットだ。 

 

「二人とも、こいつはダンデライオン様に化けた偽物だぞ」

「私たちはさっきこの子にひどい目にあわされたの」

 

 ルクリリと直下はカモミールとベルガモットに事情を説明するが、話を聞いた二人はきょとんとした顔をしている。二人の心情を例えるなら、わけがわからないといった言葉がぴったりだろう。

 

「先ほどというのはほら貝の音が響いたときですわよね? ダンデライオン様はあのときここでお茶をしてましたわ。お二人を真っ黒にできるわけがありませんの」

「……マジか?」

「大マジです。ここにいるダンデライオン様は本物ですよ」

 

 ルクリリの顔が徐々に青ざめていく。ほっぺたを引っ張っていた手を放したところで、すべては後の祭りであった。

 

「乙女の柔肌になんてことを……。今日という今日はもう許しませんっ! そこに正座しなさいっ!」

 

 怒髪天を衝く、子猫のダンデライオンは百獣の王ライオンへとクラスチェンジし、ルクリリへのお説教タイムが始まった。

 

「私が二度もだまされるなんて……」

「ちゃんと聞いてるんですかっ!」

 

 ダンデライオンに怒鳴られるルクリリを尻目に、直下はこの部屋にあるはずのティーカップを探し始めた。

 誰よりもあんこう踊りに怯えていたのは直下だ。ルクリリを助けるよりもティーカップ探しを優先するのは無理からぬことである。

 

「お探し物はティーカップですよね? それなら私がペコさんから預かっています」 

「ペコさんって、もしかしてオレンジペコ?」

「はい、私の親友のオレンジペコさんです。黒森峰のお客様がここへ来たら、このティーカップを渡してほしいと頼まれたんです」

 

 カモミールは小さな箱を直下に差しだす。直下が恐る恐るそれを開けると、中には白いティーカップが一つ入っていた。  

 墨汁まみれにはなったが、直下は無事にあんこう踊りの恐怖から逃れることができたのだ。

 

「よかったー。これで助かった……」

 

 脱力した直下はその場にへなへなと崩れ落ちた。

 

「それにしても、今日のオレンジペコさんは少し様子がおかしかったですわね」

「あ、私もそれは気になってました。ラベンダー様の話になった途端、急に不機嫌になっちゃいましたからね。なんだかペコさんらしくなかったです」

 

 カモミールとベルガモットの前に現れたオレンジペコは、十中八九キャロルの変装だろう。

 頭領はラベンダーの相手をする。三人組の忍道履修生の一人、弥左衛門はそう言っていた。キャロルがラベンダーを狙うのには理由があるようだが、それが穏やかな理由でないことはカモミールの話から容易に推測できる。

  

「ラベンダーには世話になったし、このまま見て見ぬふりはできないよね」

 

 直下は重い腰を上げると、ダンデライオンから説教を受けているルクリリのもとへ向かった。どうやら、直下とルクリリの肝試しはもう少しだけ続くようである。 

 

 

 

 

 みほとエリカは教会へ向かう途中にあるバラ園を歩いていた。 

 

「なんで学園艦にクマがいるのよ。ここは海の上なのに……」

「私たちを仲間だと勘違いしたのかな?」

「のんきなこと言ってるんじゃないわよ!」

 

 みほたちがバラ園にいるのはクマに襲われたからだ。

 暗闇の中から突然現れたクマに仰天したエリカは、みほの手を引きバラ園へと避難。クマの襲撃をやり過ごした二人は、仲良く手をつなぎながら安全な場所を探しているところだった。

 

「そんなに慌てなくても平気だよ、逸見さん。あれは本物のクマじゃないから」

「へっ? な、なんでそんな自信満々に断言できるの?」

「クマはボコのモチーフになった動物だもん。本物か作り物かの見分けぐらいはつくよ」

 

 みほはえっへんと胸を張る。みほのボコに対する思い入れは、すでにモチーフになった動物にまで及んでいるのだ。

 

「それならなんで最初にそう言ってくれなかったのよ。全力で逃げた私がバカみたいじゃない」

「逸見さんが私の手を引いてくれたのがうれしくて、つい言いそびれちゃった。私のことを守ろうとしてくれたんだよね?」

「あ、あれは無意識の行動よ。別にみほを助けようと思ったわけじゃないわ」

 

 顔を赤くしたエリカはみほの手を振りほどく。動揺しているのはあきらかであり、それがただの照れ隠しであるのは丸わかりであった。

 

「そんなことより、あれが作り物ならここに隠れてる必要はないわ。クマもどきは無視して早く教会に……」

「クマァーっ!」

 

 エリカが話をしている途中で先ほどのクマが物陰から飛びだしてきた。

 作り物とは思えないような精巧な着ぐるみだが、人間だとわかってしまえば怖くもなんともない。それに輪をかけたのがクマとほえる残念な演技力。幽霊の正体見たり枯れ尾花とはこのことだ。

 

「どきなさいっ!」

「クマっ!?」

 

 エリカに一喝された偽クマは一目散に逃げだした。中の人はあまり気が強い人物ではないようである。

 

「怒鳴ったらかわいそうだよ」

「どうしてあなたはそうお人好しなのよ。あいつは私たちの邪魔をしてきた敵なんだから、みほもガツンとなにか言ってやりなさい」 

「逸見さん、敵か味方かで物事を判断するのはあまりよくないと思うの。あのクマさんは肝試しを盛り上げようとしただけなんだし……」

「相変わらず甘っちょろいわね。みほは西住流の後継者になったんでしょ。なら、そんな甘い考えは早く捨てなさい。そうしないと、あなたはいつか足をすくわれることになるわ」

 

 みほに苦言を呈するエリカはまるで中学時代に戻ったかのようだ。もしみほが中学時代の子供のままであったら、この時点でエリカを再び拒絶していただろう。

 しかし、今のみほは中学時代とは違う。多くの人との出会い、そして様々な経験がみほを大人にした。だから、今もこうして笑顔でエリカの話を聞くことができるのだ。

 

「変わったわね。前はいつも嫌そうな顔してたのに……」

「私も少しは成長したからね。逸見さんは私のことを思って助言してくれてるって、今ならわかるよ」

「みほ……」

 

 みほとエリカの間にあった心の壁はもう崩壊寸前だ。みほがあと一つアクションを起こせば、エリカと手を取りあうことができるだろう。

 だが、そんなみほの思いを妨害するかのように、意外な人物が二人の前に立ちふさがった。

 

「ラベンダー、あなたは中学時代からなにも変わっていませんわ。人の迷惑も考えず自分勝手に行動する愚か者、それがあなたよ。現にこうして、ダージリンと一緒になって今日も学校で騒ぎを起こしている。あとであなたたちの尻拭いをする私の身にもなってほしいですわね」

「えっ……」

 

 気の抜けた声を発し、信じられないといった表情で目の前の人物を見つめるみほ。

 この人がこんなひどいことを言うはずがない。理性はみほにそう必死に訴えかけるが、心はどんどん負の感情に包まれていく。

 

 みほがもっとも信頼している先輩であり、ずっとみほの面倒を見てくれたアッサム。そのアッサムから罵倒されて平静を保てるほど、みほの心はまだ強くなかった。

  

「逸見さんも災難でしたわね。この子がバカな真似をしなければ西住まほは転校せずにすんだし、あなたが副隊長の座から転落することもなかった。心中お察しいたしますわ」

「知った風な口を聞かないでほしいわね、チャーチルの砲手さん」

「私のことをご存知のようですわね」

「黒森峰は情報収集もしっかりやってるもの。四強の一角である聖グロの主要選手を調べるのは当然よ。だから、あんたが偽物だってことも私には察しがつくわ」

 

 エリカはアッサムにそう言いはなつと、次にみほのほうへと向きなおる。

 

「しっかりしなさい、みほ! 三郷が言ってたでしょ、キャロルは変装が得意だって。それとも、あなたを成長させてくれた教育係はこんな底意地が悪い人だったの?」

「ううん。アッサム様はそんな人じゃない。ありがとう逸見さん、私はもう大丈夫だよ」

 

 エリカの言葉がみほの弱った心に勇気を与えてくれた。

 このアッサムは真っ赤な偽物。心が落ち着いた今なら、そうはっきりと断言できる。

 

「あらあら、もう立ち直ってしまったんですの? 私はあなたが苦しむ姿をもっと見たかったのに、残念ですわ」   

「あんた、どこまで性悪なのよ! もうバレてるんだから、いい加減その変装はやめなさい」

「そうさせていただきますわ」

 

 偽アッサムは丸い玉を取りだし、自分の足元に投げつけた。

 玉は破裂音とともに爆発し、白い煙が辺りを包む。煙が晴れ、ようやく姿を現したキャロルだが、オレンジペコの変装を解いたときとは様子が違っていた。彼女はあの不気味な笑い声をあげずに、憎々しげな表情でみほを見ていたのだ。

 

「この程度では終わりませんわよ、西住みほ。私は必ずあなたの心を折ってみせますわ」

「どうしてそんなに私を憎むの? 私たちは今日出会ったばかりなのに……」

 

 みほは困惑した顔でキャロルに質問を投げかける。初対面のキャロルから憎まれる理由は、みほにはまったく思い当たらない。

 

「あなたがお姉様に屈辱を与えたからですわ。戦車喫茶であなたたちのくだらない争いに巻きこまれたお姉様は、車長の座を追われ周りから白い目で見られるようになった。全部あなたのせいよ」

「あれは私の責任よ! みほは悪くないわ!」

「逸見エリカ、もちろんあなたも私のターゲットですわ。西住みほが片付いたら、次はあなたの番よ」

 

 鋭い目でエリカをにらむキャロル。三郷と同じ顔をしているが、彼女の目力は姉をはるかに上回っていた。

 

「弱虫でいじめられっ子だった私をお姉様は身を粉にして守ってくれた。お姉様は私にとって闇を払う太陽のようなおかた。そのお姉様を辱めたあなたたちを私は許しませんわ」

 

 低い声で恨み言を吐き捨てると、キャロルは音もなく姿を消した。

 

「早く教会にいらしてくださいね。とっておきの変装をご用意してお待ちしております。五右衛門、お二人が逃げないようにしっかりと見張っていなさい。先ほどの失態はそれで帳消しにしてあげますわ」

「クゥーマーっ!」

 

 闇の中から聞こえるキャロルの声に応えるように、バラの垣根の隙間から姿を現した偽クマが両腕を高くあげ万歳をする。 

 キャロルは偽クマを五右衛門と呼んでいたが、中の人の声は女の子だ。おそらく、忍道履修生も戦車道チームと同じようにニックネームで呼びあっているのだろう。

 

「上等じゃない。みほ、あいつの変装を徹底的に無視して、あの高慢ちきな鼻っ柱をへし折ってやるわよ!」

 

 キャロルの挑発はエリカの怒りに火をつけてしまった。こうなるとみほがなにを言ってもエリカは止まらない。

 ただ、みほとしても教会に行かないという選択肢は頭にはなかった。キャロルの言い分は理不尽ではあるものの、みほが災いの種を蒔いたのは事実だからだ。

 自分の不始末は自分で刈りとる。それが西住流の後継者としてのあるべき姿。みほはそう決意を固めると、エリカとともに教会へと向かった。


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