黒森峰女学園の隊長室で、紅茶を口にしながらまったりとした時間を過ごす一人の少女。
彼女の名は深水トモエ。黒森峰女学園戦車道チームの隊長であり、西住流に多大な出資をしている深水家のご令嬢だ。
机の上には紅茶だけでなく、小さな器に盛りつけられたイチゴジャムも置かれている。
どうやら、トモエはジャムを舐めながら紅茶を飲む、ロシアンティーと呼ばれる飲みかたでティータイムを楽しんでいるようだ。
「今日の仕事も無事に終わりました。これもカチューシャ様が見守ってくれているおかげです」
机の上に置かれている無数の写真立てに向かって、トモエはにっこりと微笑んだ。写真の被写体はもちろんすべてカチューシャである。
制服姿のカチューシャ。タンクジャケット姿のカチューシャ。ウェイトレス姿のカチューシャ。浴衣姿のカチューシャ。
服装だけでもかなりのバリエーションに富んでいるが、多種多様なのは服装だけではない。
ノンナに肩車されているカチューシャ。お昼寝するカチューシャ。口元にジャムをつけたまま紅茶を飲むカチューシャ。温泉旅館に宿泊した際、子供用の浴衣しか着れなかったことで苦い顔をするカチューシャ。
カチューシャの人となりを余すことなく記録したこれらの写真は、カチューシャとの思い出が詰まったトモエの大切な宝物なのだ。
トモエがカチューシャの写真を見てうっとりしていると、隊長室のドアが控えめにノックされた。
時刻は夜の八時過ぎ。戦車道の訓練もすでに終了しており、学校に残っている生徒はほとんどいない。しかし、トモエはこんな時間にここを訪ねてくる人物に心当たりがあった。
その人物がトモエに会いに来るのはいつも決まって夜遅い時間である。
まあ、彼女の仕事を考えればそれも仕方がないことだろう。聖グロリアーナのスパイが真昼間から堂々と黒森峰の隊長に会えるわけがないのだから。
「
「どうぞ。私もついさっき仕事が終わったところです」
「それでは、夜分遅くに失礼しまーす」
「
隊長室へ入ってきた少女にトモエはロシア語でこんばんはとあいさつをした。トモエは現在ロシア語を勉強中であり、簡単なロシア語なら話すことができる。
トモエがロシア語の勉強を始めたのはカチューシャがきっかけだ。
カチューシャは高校卒業後にロシアへ留学するのがすでに決まっているが、彼女はロシア語が話せない。ロシア語が堪能なノンナが教えてはいるものの、戦車道の訓練の疲れもありカチューシャは勉強中にすぐ居眠りをしてしまう。
そんなカチューシャの姿に業を煮やしたノンナはトモエに協力を要請。
それ以来、トモエはカチューシャと一緒にロシア語の勉強をすることになり、カチューシャも勉強に熱を入れるようになった。トモエの前でカッコをつけたがるカチューシャの癖を利用したノンナの頭脳プレーである。
トモエもロシア語の勉強はするつもりだったので、ノンナの提案は願ったり叶ったりだった。
カチューシャの進む道がトモエの進路。たとえそれが海外であろうと、トモエが道を違えることはありえない。
「トモエさんもだいぶロシア語が上達しましたねぇ。あと、ここでは犬童頼子じゃなくて丸目
「最後の日くらいは本名で呼んでもいいじゃないですか。今日はお別れのあいさつに来たんですよね?」
「さすがはトモエさん。恵子の行動はお見通しってわけですねぇ」
「私はそこまで切れ者じゃありませんよ。逸見さんが犬童家のことを調べてるみたいなので、頼子さんが帰る日もそろそろかなと思っただけですから」
聖グロリアーナ女学院から帰ってきたエリカは見違えるように元気になった。エリカに引っ張られる形で三郷、直下、根住も調子を上げており、彼女たちが操るヤークトパンターは最近の紅白戦で無敗の強さを誇っている。
エリカの復調はトモエにとっても朗報だ。
裏方の仕事を得意としているトモエは、選手としては人並程度の才能しか持っていない。黒森峰屈指の実力者であるエリカは、そんなトモエのいまいちな部分を補ってくれる貴重な人材であった。
しかし、エリカが調子を取り戻したのは良いことばかりではなかった。エリカは聖グロリアーナでなにか吹きこまれたらしく、犬童家について精力的に調べるようになったのだ。
財力で西住流を支援する深水家は犬童家の盟友ともいうべき間柄。エリカがその両者の関係に気づいたことで、トモエは連日のように質問攻めにあっている。これまで隠しとおしてきたものの、丸目恵子の正体がばれるのはもはや時間の問題だろう。
「いやー、まさか逸見さんがこんなに早く勘付くとは思いませんでしたよぉ。名残惜しいですけど、恵子はいったん聖グロリアーナ女学院に帰ります。トモエさん、二回戦がんばってくださいね」
「ヨーグルト学園への対策は万全です。黒森峰が負けることは百パーセントありませんよ」
「恵子の情報が役に立ったみたいでよかったですぅ。ヨーグルト学園は島田流の息がかかってますので、徹底的に叩いてくださいね」
黒森峰はトモエが隊長になって日が浅く、戦車の質は高いが全体的にまとまりが欠けていた。
そんな黒森峰が勝利を確実にするためには正確な情報が必要不可欠。ところが、黒森峰の情報収集能力は聖グロリアーナのGI6や犬童家に遠く及ばない。そこでトモエは、不足している対戦相手の情報を手に入れるために頼子の力を借りることにした。
対戦相手の仲間割れという異常事態に見舞われた一回戦のBC自由学園戦。この試合で黒森峰が浮足立たなかったのは、BC自由学園の内情をトモエがしっかりと把握できていたからだ。
そのかわりに黒森峰の情報は聖グロリアーナへ筒抜けになってしまったが、背に腹はかえられない。
それに、頼子との関係はギブアンドテイクが一番都合がいい。本気になった彼女を捕まえることなど、黒森峰の生徒にできるわけがないのだから。
「では、恵子は今すぐ出発しないといけないので、これで失礼しますね」
「もう夜遅い時間ですよ。出発は明日でもいいのでは?」
「ところがそうもいかないんですよぉ。恵子は先にアンツィオ高校で用事をすましてこないといけませんので」
「また悪だくみですか……。この際はっきり言いますけど、そんなことをする必要はないですよ。大洗がアンツィオに勝っても準決勝で待っているのはプラウダです。カチューシャ様が大洗に負けるわけがありません」
アンツィオ高校は大洗女子学園の二回戦の対戦相手。犬童家の事情を知っているトモエは、頼子の用事にもある程度の察しがついた。
「カチューシャさんの実力を疑うつもりはありませんよぉ。ただ、災いの芽は早々に摘みとったほうがいろいろと安心ですからねぇ。それに、大洗の早期退場はお父様の望み。それを成し遂げるためなら、頼子は悪魔にだってなれます」
笑みを浮かべてそう告げる頼子の姿にトモエは薄ら寒いものを感じた。どうやら、頼子を敵に回さないほうがいいと判断したトモエの考えは正しかったようである。
◇
オレンジペコは緊張した面持ちでクルセイダーMK.Ⅲに搭乗していた。
オレンジペコのポジションは装填手。同乗しているのはオレンジペコをトラブルに巻きこむ元凶こと問題児トリオだ。オレンジペコが小柄なので、クルセイダーMK.Ⅲの砲塔には三人で搭乗可能であった。
クルセイダーと四人の装いは普段とは異なる。
クルセイダーは濃い緑色のペンキで塗りつぶされ、聖グロリアーナの校章が消えた場所に描かれているのはボコのイラスト。オレンジペコと問題児トリオが着ている制服は、緑のプリーツスカートが映えるセーラー服。そして、クルセイダーが向かう先にある学校の校舎の壁には、『洗』の漢字一文字の校章。
今、オレンジペコは問題児トリオと一緒に大洗女子学園の学園艦へ来ているのだ。
「ローズヒップさん、そろそろ大洗女子学園の校舎に到着します。キャロルさんが待っている裏門へ向かってください」
「了解でございますですわ」
車長であるラベンダーの指示を受け、ゆっくりしたスピードでクルセイダーを裏門へと向かわせるローズヒップ。スピードに取り憑かれることが多い彼女も今回ばかりは安全運転だ。
ダージリンから与えられた任務を考えればそれも当然だろう。オレンジペコたちが大洗女子学園にやってきたのは偵察が目的なのだから。
裏門に回ったクルセイダーを待っていたのは、金髪を黒髪に染めたキャロルだった。服装はもちろん大洗女子学園の制服である。
「お待ちしておりました。駐車スペースはすでに確保しておりますので、どうぞこちらへ」
キャロルの案内でクルセイダーは駐車場へと向かう。するとそこには、大洗女子学園の生徒が数人待ちかまえていた。一般の生徒だけでなく船舶科や風紀委員、さらには生徒会の生徒まで混じっているその一団は、今回の偵察任務の協力者だ。
「ご苦労様、
「ここなら絶対見つからないよ。ずっと戦車が放置してあるのに、誰も見向きもしない場所だし」
楓という名の少女の容姿はキャロルと瓜二つ。二人が話している光景はまるで合わせ鏡のようだ。
彼女の正体は三郷家の五女、三郷楓。放送部所属の彼女は取材のために校内を巡ることが多く、交友関係の幅が広い。今回の偵察任務がここまで順調なのは、彼女の根回しによるところが大きかった。
「かなり汚れてる戦車ですわね。ラベンダー、この戦車はなんという名前なんですの?」
「これは日本製の三式中戦車だよ。主砲の口径がたしか75㎜だったはずだから、攻撃力はそこそこある戦車だね」
「大洗はなんでこの戦車を使わないんだ? どう考えても八九式よりこっちのほうが役に立つだろ」
「壊れてるから使いたくても使えないんじゃないかな? 聖グロリアーナと違って大洗には整備科もないし、陸へ修理に出すとけっこうお金がかかるからね」
屋根付き駐車場に停車させたクルセイダーから降り、三式中戦車の前でのんきに雑談する問題児トリオ。不安と緊張で身を固くしているオレンジペコとは雲泥の差だ。
「お姉ちゃん、私たちはしっかりと役割を果たしたよ。転校先の優遇の件、忘れないでね」
「任せてくださいまし。聖グロリアーナは、学園艦廃校計画に関わっている大物政治家とつながりがありますの。数人の生徒の転校先を操作するくらい朝飯前ですわ」
「絶対だよ。ドッペルゲンガーとか、幽体離脱とか言われていじめられるのは、もう二度とごめんだからね。私はお姉ちゃんたちと別の学校ならどこでもいいから」
キャロルの言う大物政治家とはダンデライオンの父親のことである。学園艦廃校計画だけでなく、戦車道の世界大会の日本開催や将来のプロリーグ発足にも関わっており、学園艦教育局長とも親しい人物だ。
ちなみに、末っ子のダンデライオンを溺愛している彼は今回の裏工作をすでに了承済みであった。大物政治家といえど、家に帰ってしまえばただの娘大好き親父。かわいい娘の猫なで声には抗えなかったのだろう。
「それじゃあ、私たちはここでひとまず消えるね。帰るときになったらまた連絡をちょうだい。お姉ちゃん、私に成りすますのは構わないけど、くれぐれも変ことはしないでよ」
楓はそう言うと、仲間たちと一緒に校舎の中へ入っていく。
ここから先の仕事は聖グロリアーナの領分。彼女たちが手助けしてくれるのは行き帰りだけだ。
「それではさっそく参りましょう。戦車道履修生はガレージに集まっていますわ」
機嫌の良さそうな足取りで前を行くキャロル。そんなキャロルの後ろ姿を見つめながら、オレンジペコはここに至る経緯を思い返していた。
今回の大洗女子学園への偵察は、ダージリンがキャロルに約束していた報酬が話に絡んでくる。GI6に大洗女子学園の偵察任務を依頼することが、キャロルが肝試しの仕掛人を引きうける条件だったのだ。
キャロルが大洗女子学園へ赴く権利を勝ちとり、大洗と犬童家の事情を知ったラベンダーたちがキャロルについていくことを願いでる。そして、過保護なアッサムがそれに猛反対し、ダージリンに要求を退けるよう訴える。
ここまではダージリンが想定したシナリオ通りであり、オレンジペコにも不都合はない。問題が起こったのはこのあとのダージリンの返答だ。
「それなら、ペコをラベンダーたちに同行させましょう。しっかり者のペコが一緒ならアッサムも安心できるのではなくって?」
ダージリンのこの発言を聞いたオレンジペコは、飲んでいた紅茶を吹きだしそうになった。ラベンダーを大洗へ行かせるためにダージリンが策を弄していたのは、オレンジペコも知っている。だが、ここで自分の名前が出てくるとは予想だにしなかった。
偵察任務はGI6の十八番。今回のラベンダーたちの面倒はきっとキャロルが見ることになるはず。そう思いこんでしまったのがオレンジペコの誤りだった。
その後、多少の粘りは見せたものの、結局アッサムはダージリンに押しきられてしまう。
こうしてオレンジペコは問題児トリオとともに大洗女子学園へ行くことになり、またトラブルに巻きこまれるのが確定した。
キャロルに先導され、ガレージがよく見える場所へとやってきたオレンジペコと問題児トリオ。キャロルはまず最初に、ここで双眼鏡を使いガレージの様子を確認するつもりのようだ。
ガレージの前では大洗の戦車道履修生がなにやら話しあっており、なかには懐中電灯や大きな地図を持っている生徒もいる。戦車がガレージに格納されたままで動かす気配がないのを考えると、今日は訓練ではなくなにかの捜索を行うつもりらしい。
「なあ、キャロル。八九式の車長がお前の部下の小太郎にそっくりなんだけど、もしかしてあの二人って姉妹なのか?」
「まさか。小太郎と磯辺典子は赤の他人ですわ。世の中には自分に似た人間が三人いると、よくいうではありませんか。私には四人もいますわよ」
「ラベンダーのお姉様、なんだか楽しそうですわね。お顔も憑き物が落ちたみたいにすっきりしてますわ」
「うん。あんなに笑顔のお姉ちゃんを見たのは何年ぶりだろう……」
のほほんとした会話を重ねる問題児トリオとキャロルは緊張感ゼロ。偵察に来ているというのに、なんとも気楽なものである。
そのとき、そんな四人の空気が一変する事態が起こった。
キャロルと問題児トリオがお目当ての人物を発見したのだ。
「ついに見つけましたわよ、犬童芽依子。私がこの日をどんなに待ち望んだことか……今日こそあなたに勝ってみせますわ」
「キャロルさん、できれば穏便に対決してもらえるとうれしいかな。犬童さんには私も用があるの」
「あの、お二人とも。あくまで偵察目的だということを忘れないでくださいね」
キャロルは犬童芽依子と決着をつける。ラベンダーは犬童芽依子の真意を探る。偵察と銘打っているが、この二人の主目的は犬童芽依子と接触することだ。
だからこそ、オレンジペコはまじめに偵察活動をしなければならない。加減を知らないキャロルと暴走しやすい問題児トリオの手綱を握るのが、オレンジペコの役割なのだから。
そうオレンジペコが心の中で決意を固めていると、一人の少女がこちらへ向かってきた。
「あなたたち! 覗きは立派な風紀違反よ!」
オレンジペコたちの前に現れたのはおかっぱの風紀委員だ。先ほどの協力者の風紀委員がそうだったように、大洗女子学園の風紀委員は全員おかっぱ頭なのである。
「園先輩、これは覗きじゃありませんよ。今日は戦車道の取材に来たんですけど、最初に全体会議があるとのことでしたので、邪魔にならないように訓練が始まるのをここで待っているんです」
どうやら、キャロルは妹のふりをしてやり過ごすつもりらしい。楓は放送部員なので、取材というのは言い訳として妥当なところだろう。
「今日は王さんはいないの? あなたたちが別行動するなんて珍しいわね」
「王さんはちょっと体調が優れなくて、今日はほかの部員と一緒に取材に来てるんです」
「三郷さん。あなたいつもは王さんのこと、大河って呼び捨てにしてるのに、どうして急に呼び名を変えたの? それに後ろの子たちにも私は見覚えがないわ。……なんか怪しいわね」
キャロルに園先輩と呼ばれた少女はこちらに疑いの目を向けてくる。細かいことに目を配る風紀委員だけあって、なかなか勘が鋭いようだ。
このピンチをキャロルはどう切り抜けるのか。オレンジペコが手に汗を握りながら動向を見守っていると、キャロルは驚きの行動を起こす。
「うーん、どうもごまかすのは無理みたいですの。こうなったらあとは実力行使あるのみですわ。みなさん、うまく逃げてくださいましね」
キャロルはスカートのポケットから小さな玉を取りだすと、足元の地面にそれを投げつける。玉からはおびただしい量の煙が吹きだし、あたりは一瞬にして真っ白に染まった。
「こんなに大量の煙を使うのは校則違反なんだからね! 風紀委員、全員集合! 侵入者を捕まえるわよ!」
持っていた笛を吹きならし、周囲に大音量を響かせるおかっぱ頭の園先輩。
キャロルが暴走したことで偵察活動は早くも頓挫してしまった。ここまで大事になっては、協力者の風紀委員一人ではどうにもできないだろう。
ここはひとまず逃げるしかない。そう判断したオレンジペコは逃走を開始した。
逃げる場所は校内ではなく学園艦の内部。複雑に入り組んでいる内部のほうが、校内よりも逃げ道が多いのだ。
風紀委員から逃げ回った結果、オレンジペコは学園艦の最深部へと足を踏みいれていた。
最深部の艦底の様相はまるでスラム街。壁のいたるところに落書きが施され、床にはごみが散乱。照明も非常に薄暗く、この空間の淀んだ空気をいっそう際立たせている。
「大洗にこんな場所があるなんて……。廃校になるにはそれなりの理由があったということですね」
オレンジペコがそうひとりごちながら歩いていると、いかにも不良ですといった見た目の二人組の少女に行く手をふさがれてしまった。
「お嬢ちゃん、ここはあんたのような上品な子が来る場所じゃないよ。とっとと上へ帰んな」
「そうさせてもらいますね。お気遣い感謝します」
頭をぺこっと下げて回れ右をするオレンジペコ。この手の輩には関わらないのが吉だ。
だが、二人組の片割れがそれに待ったをかけた。
「ちょっと待ちな。お前、どこかで見た顔だな……」
「どこにでもいる普通の顔ですよ。他人の空似ではないですか?」
当然のことながら、オレンジペコに不良の知り合いはいない。おそらく、彼女は自分を誰かと勘違いしているのだろう。
そうオレンジペコが楽観視していると、事態は予想外の展開を迎えた。近くを歩いていた別の不良少女がオレンジペコを指差し、ある単語を声高に叫んだからだ。
「げえっ! リーサルウェポン!」
ルクリリが勝手につけたあだ名はこんな場所にまでひとり歩きしていた。問題児トリオに付きあっていると、本当に災難には事欠かない。
「思い出した。こいつは黒森峰最強の逸見エリカを倒した聖グロの小さな巨人、人間凶器ペコだ!」
「おいおい、マジかよ! ということは……」
「カチコミだーっ! リーサルウェポンが攻めてきたぞー!」
艦底はハチの巣をつついたような騒ぎになり、オレンジペコは不良少女たちに取り囲まれてしまう。
とはいえ、オレンジペコに慌てた様子はなかった。いかなるときも優雅なのが聖グロリアーナの戦車道、この程度で動揺するような柔な精神の鍛えかたはしていない。
それに、戦車喫茶で矛を交えたエリカとは違い、不良少女たちには若干怯えの色が見える。不本意ではあるが、リーサルウェポンというあだ名の効果は絶大であった。
雑魚というのはハッタリに弱いとなにかの本で読んだことがある。オレンジペコがひそかに自慢に思っている怪力を見せつければ、相手はきっと戦意を失うだろう。そう考えたオレンジペコは、スカートのポケットに入れていた装填手用の皮手袋を装着し、足元に転がっている二つの丸い物体をひょいっと拾いあげた。
「リーサルウェポンのやつ、風紀委員を捕まえるために用意した鎖付きの鉄球を軽々と持ちあげたぞ!」
「なんてパワーだ……」
不良少女たちはあきらかにうろたえている。
それを見たオレンジペコは鉄球の鎖部分を両手に一つずつ持ち、それをその場でグルグルと振り回す。その姿は、三国志を題材にした有名な歴史漫画で、敵の城に一番乗りした呉の武将のようであった。
「こ、こんな化け物にあたいらが勝てるわけないっスよ!」
「そう思うなら引いてください。私も無益な争いをするつもりはありません」
「なめるなよ、リーサルウェポン。こっちにだって強い味方がいるんだ。おい、誰かひとっ走りして姐さんたち呼んでこい!」
「ムラカミさんに勝てると思うんじゃねえぞ!」
不良少女たちにはムラカミというボスがいるらしい。あとはその人物さえなんとかできれば、このくだらない争いを終えることができるだろう。
オレンジペコの戦いはこれからだ。