私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第四十話 犬童芽依子と三郷忍

 芽依子は校舎の壁に背を預け、乱れた呼吸を整えていた。

 桂利奈を救出するために学園中を駆け回ったが、依然手がかりはつかめていない。それだけでなく、芽依子はすでに一回目の忍の変装を見抜くのにも失敗している。

 ミスが許されるのは一回まで。この次の変装を見破れなければ、桂利奈は船底行きになってしまう。

 

「風紀委員が捕まえた侵入者は一人だけ。三郷さん以外にまだ三人も残ってる」

 

 校内ですれ違った風紀委員から侵入者を一人捕まえたという朗報は得た。

 だが、この短時間ですぐに捕まるドジな人物だ。おそらく使い捨ての駒のような存在であり、桂利奈を拘束している忍の仲間ではないだろう。

 

「桂利奈を救うには三郷さんに勝つしかない。でも、さっきの彼女の変装は本人としか思えなかった……」

 

 忍が最初に変装したのは、Ⅳ号戦車の砲手、五十鈴華。その変装は姿や声だけでなく、清楚で上品な物腰さえも模した完璧なものであり、芽依子はまんまとだまされてしまった。

 忍の体型は貧相という言葉がしっくりくるほど胸が小さく、背も低い。なので、以前はスタイルのいい女の子に変装するとボロが出たのだが、彼女はその弱点を完全に克服したようである。

 

 さらに、芽依子はいつも使っている水色の髪留めを忍に奪われる失態まで犯してしまった。

 あの髪留めは姉の頼子からプレゼントされた大切な物。忍はそれを承知で奪ったようで、立ち去るときに次のような言葉を残している。

 

『この調子だと、あなたの宝物は全部なくなってしまいますわよ。あんまり私をがっかりさせないでくださいまし』

 

 髪留めを失ったストロベリーブロンドの髪が鎖骨のあたりまで垂れさがる。サラサラと風になびく髪は、まるで不安に揺れる芽依子の気持ちを表しているかのようだった。

 

「我ながら情けないですね。いつの間に芽依子はこんなに弱くなったのでしょう……」

 

 自虐的な言葉を吐き、芽依子は地面へと視線を落とす。

 大洗での生活は毎日が楽しかった。友達もたくさんできたし、まほの力になることもできた。しかし、その代償に芽依子は忍道で鍛えた精神的な強さを失ってしまった。

 一人きりで戦う忍道とは違い、戦車道は仲間が一緒に戦ってくれる。それを考えれば、芽依子が弱くなったのも必然であった。

 

「犬童! そんなところでさぼってる場合じゃないだろ。侵入者に逃げられたら大洗はおしまいなんだぞ」

 

 傷心の芽依子のもとに河嶋桃が近づいてきた。

 それを見た芽依子は、桃の手を取りお互いの体の位置を入れ替える。そして、桃の体を校舎に押しつけると、壁に勢いよく手をついた。いわゆる壁ドンというやつである。

 

「ひっ!?」

「あなたは本物の河嶋先輩ですか?」

「なにを訳の分からないことを言ってるんだ! 犬童、お前はもう生徒会とは争わないと言ったじゃないか。あれは嘘だったのか?」

「質問に答えてください」

 

 芽依子は鋭い眼光を桃に向ける。

 

「わ、私が悪かった。西住を脅したことは謝る。だからその目はやめてくれ……」

 

 この怯えようを見るに、目の前の人物は河嶋桃本人で間違いないだろう。

 それに、生徒会がまほを脅した事実を知っているのは、あのとき生徒会室にいた人間だけだ。忍が知っている可能性は限りなくゼロに近い。

 

「河嶋先輩、申し訳ありません」

 

 芽依子は沈痛な面持ちで桃に頭を下げた。忍の変装の件があったとはいえ、非は芽依子にある。

 それに対し、桃は心配そうな表情で芽依子に話しかけてきた。

 

「犬童、なにか悩みでもあるのか? もしそうなら私に事情を話せ。生徒会は生徒の悩み相談も受けつけてる。お前の悩みを解決するのも私の仕事だ」

「……わかりました。すべてをお話します」

 

 芽依子は忍のことや桂利奈が誘拐されたことなど、知ってる情報を全部桃に話した。

 

「侵入者はアンツィオの生徒だと思っていたが、まさか聖グロとはな……。わかった、阪口の件は私に任せろ。今から船底に行って、船舶科の生徒に事情を説明してくる」

「大丈夫なのですか? 船底は風紀委員もうかつに近づけない無法地帯ですよ」

「あいつらは誰彼構わず喧嘩を売るような生徒じゃない。事情を話しておけば、阪口が船底に放置されても保護してくれるはずだ」   

 

 河嶋桃は角谷杏の腰巾着であり、虎の威を借る狐。芽依子は桃をそう評していた。

 だが、それは芽依子の思い違いだったようだ。本当の桃は、学園の生徒のことをしっかり考え、不良の巣窟にも単身で飛びこめる勇気を持った良き先輩だったのである。

 それがわかった今、よく知りもせずに桃を見下していた過去の自分を芽依子は恥じた。

 

「三郷忍の相手は犬童に任せるぞ」

「はい。三郷さんは私が必ず捕まえてみせます!」

「それだけの元気があれば絶対に勝てる。いいか、聖グロのお嬢様にお前の力を見せつけてやれ!」

 

 今の芽依子には助けてくれる大勢の仲間がいる。一人では無理でも、仲間がいればどんな困難にも立ち向かうことができるのだ。

 桃のおかげで芽依子はそれを思いだした。もう芽依子の心が迷うことはない。 

 

 

 

 桃と別れた芽依子は桂利奈の捜索を中止し、忍を待ちかまえることにした。

 芽依子が今いるのは校庭のど真ん中。ここなら不意打ちを受けることなく、忍の攻撃に備えることができる。

 

 ここにいる間に数人の戦車道履修生と接触したが、いずれも本人であった。

 本物か偽物かを見分ける方法。それは、ただ普通に会話をするだけだ。大洗の戦車道履修生はみんな個性的な人間ばかりなので、少し質問すれば本人だと確認するのは容易である。

 

 すると、また新たに一人の戦車道履修生が芽依子のそばにやってきた。

 Ⅲ号突撃砲の装填手であり、カバチームのリーダーでもあるカエサルだ。

 

「犬童さん、校庭の真ん中でなにをしているんだ?」

「侵入者を捕まえるために網を張っています。ところで鈴木先輩、松本先輩たちと一緒ではなかったのですか?」

「私は松本達とは別行動をしている。それがどうかしたか?」

「いえ、もう結構です。目的は果たせましたから」

 

 芽依子は右手ですばやくカエサルの腕をつかむ。これで簡単には逃走できない。

 

「なにっ!?」

「リサーチ不足でしたね、三郷さん。歴女のみなさんは本名ではなく、ソウルネームを名乗っているんですよ。鈴木先輩はカエサル、松本先輩はエルヴィンです」

「くっ! 抜かりましたわ。まさかうちの忍道履修生と同じようなことを考える人たちがいるなんて……」

「観念してください。もう逃げられませんよ」

  

 力勝負なら芽依子に軍配が上がる。忍は小柄で身軽な分、パワーはあまりないのだ。

 

「待ってくださいまし。阪口桂利奈がどうなってもいいんですの?」

「芽依子は一人で戦っているわけではありません。桂利奈は河嶋先輩がきっと助けてくれます」

 

 芽依子は忍の腕をさらに力強く握る。そこには、脅しには屈さないという芽依子の強い気持ちがこめられていた。

 

 そのとき、二人の戦いは予想外の展開を見せる。風紀委員の園みどり子が芽依子と忍の間に割って入ってきたのだ。

 

「校庭で喧嘩なんてやめなさいよ! 風紀が乱れるでしょ!」

「芽依子たちは喧嘩をしているわけでは……」

「言い訳無用! ゴモヨ、パゾ美、あなたたちも手伝いなさい!」

 

 みどり子と一緒にいた二人の風紀委員も参加し、あっという間にもみくちゃになる五人。

 このままだと怪我人が出てしまう。そう判断した芽依子は、忍の腕からぱっと手を放す。

 すると、忍はスカートのポケットに手を入れ小さな玉を取りだした。中学時代に彼女が好んで使用していた煙玉だ。   

 

「犬童芽依子! 最後はあなたの友達に変装しますわ。見破れるものなら見破ってみなさい!」

 

 威勢のいい言葉を吐き、地面に煙玉を叩きつける忍。

 煙玉の威力は絶大であり、校庭はまたたく間に白煙に包まれた。

 

「ごほっ、ごほっ。だから、煙を使うのは校則違反だって言ってるでしょー!」

 

 みどり子の叫びが校庭にこだまするなか、芽依子は園芸部の活動場所へと移動を開始していた。

 あの花を持っていけば、友人たちの中に偽物がいてもすぐにわかる。忍は芽依子に揺さぶりをかけるつもりのようだが、その意地の悪さが命取りだ。

 この勝負、もはや芽依子に負けはない。

 

 

◇◇

 

 

 全員集合のアナウンスを受けた戦車道履修生は、いったん生徒会室に集まることになった。

 その中には変装をすませたキャロルの姿もある。ちなみに、本物は阪口桂利奈と同じ場所に監禁済みだ。

 

「お前らに二度もだまされるなんて……。私のプライドはズタズタだ」

「ルクリリさん、元気出してください。そうだ、これからみんなでバレーをしましょう。バレーに夢中になれば、嫌なことは忘れられます」

「それはお前だけだろ……」

 

 がっくりとうなだれるルクリリを磯辺典子が励ましている。

 ルクリリは八九式の乗員に捕まったようだが、これはキャロルの想定内。うっかりもので細かいミスが多い彼女は、偵察には向いていないのだ。

 

「冷泉様。今回はわたくしの負けでございますが、次は負けませんわよ!」

「私もローズヒップさんに負ける気はない」

「それでこそわたくしのライバルですわ!」 

 

 がっちり握手を交わすローズヒップと冷泉麻子。

 ローズヒップが捕まるのも既定事項。もし彼女が逃げきれたら、それは奇跡と呼べるものだ。

 

「みほ……」

「そんな顔しないで、お姉ちゃん。大丈夫、私はお姉ちゃんの味方だから」

「ごめん」

「謝っちゃダメだよ。お姉ちゃんはなにも悪いことしてないもん」

 

 泣きそうな顔の西住まほをラベンダーが優しく抱きとめる。

 ラベンダーの評価も先の二人と大差ない。戦車に乗っているときは聖グロリアーナ屈指の優等生だが、戦車から降りた途端にポンコツになる。それがラベンダーという少女である。  

 

 オレンジペコはまだ逃走中らしい。ダージリン隊長のお気に入りで、次期隊長の最有力候補という肩書は伊達ではないようだ。

 それなのに、アホの三人のせいで学院内での評判がいまいちなのは、かわいそうとしか言いようがなかった。

 

 大洗の面々でこの場にいないのは犬童芽依子と河嶋桃。そして、キャロルが監禁した阪口桂利奈の三人だ。

 M3リーの乗員たちは、犬童芽依子と阪口桂利奈の姿がないことを不安そうに話している。もちろんキャロルもその輪の中に加わっているが、誰も変装には気づかない。

 まあ、それも無理はないだろう。キャロルの変装技術と他者になりすます演技力は超一流なのだから。

 

 そのとき、キャロルの待ち人がようやく姿を現した。

 

「お待たせしました」

「芽依子ちゃん、大変だよぉ! 桂利奈ちゃんがどこにもいないの!」

「優季、安心してください。桂利奈を誘拐した犯人を今から捕まえます」

 

 犬童芽依子はそう言うと、後ろ手に隠していた小さな鉢植えをM3リーの乗員たちに見せた。

 鉢植えに咲いていたのは一輪の赤い花。その色鮮やかな姿に一同の目は釘付けになる。

 

「ハイビスカスですね。南国の元気なイメージが強い花ですけど、実際は朝に花が咲いて夜にはしぼんでしまう、とても儚い花なんですよ」

 

 花の名前を教えてくれたのは近くにいた五十鈴華だ。少し見ただけで花の名前がわかるあたり、さすがは華道の家元の娘といったところか。

 そんな風にキャロルが感心していると、ある異変が起こった。M3リーの乗員たちが、なにやらニヤニヤした顔でキャロルのことを見ているのだ。

 

「どうしたの? 私の顔になにかついてる?」

 

 キャロルは当たり障りのない言葉で様子を探ることにした。自分がいきなり注目された理由がわからない以上、安易な発言はできない。

 

「見つけましたよ、三郷さん。桂利奈と梓をどこに監禁したんですか?」

「なっ!? どうしてわかったんですの!?」

「ハイビスカスは梓にとって特別な名前の花なんです。リサーチ不足のあなたはこの情報を知らないと予想したのですが、案の定でしたね」

 

 敗因は情報収集不足。変装と演技の腕を磨いてきたキャロルであったが、それだけで勝てるほど犬童芽依子は甘くなかった。

 

 

 

 

 芽依子は忍に勝った。だが、油断はできない。ずる賢い忍が素直に負けを認めるとは、芽依子には思えなかったからだ。

 しかし、そんな芽依子の思いとは裏腹に忍はあっさりと負けを認めた。

 

「私の負けですわ。阪口桂利奈と澤梓の居場所は、駐車場のクルセイダーの中ですの」

「なぜこんな騒ぎを起こしたんですか? 芽依子が忍道の道を選ばなかったからといって、三郷さんに不都合があるとは思えません」

「私は忍道の全国大会であなたに勝ちたかったの。あなたに勝利して一番の忍者になって……」

 

 忍はそこでいったん言葉を区切ると、次にとんでもない発言を口にした。

 

「彼氏に私のことをもっと好きになってもらいたかったんですの!」

 

 彼氏にいい格好を見せたい。あまりにも身勝手なその理由に、芽依子の怒りのボルテージはマックスまで跳ねあがった。

 

「ふざけないでくださいっ! そんな理由で桂利奈をひどい目に遭わせたんですか!」

「私にとっては大事なことですわ! 彼がいなかったら、私は今もダメダメなゴミカスのままだった。その彼に愛してもらいたいと思うことのなにがいけないんですの!」

 

 逆ギレした忍に対し、芽依子は思わず手が出そうになったが、すんでのところで耐えた。

 梓の姿をしている限り暴力は振るえない。たとえ偽物でも友達には手を上げたくなかった。

 

「わかる! 私にはわかるよ。梓ちゃんのその気持ち」

 

 芽依子が頭を冷静に保とうとしていると、予想外の乱入者が現れた。

 恋と男のことになると目の色が変わる武部沙織だ。

   

「芽依子ちゃん、梓ちゃんを許してあげて。女の子なら男の子にモテたいって思うのは当然だもん」

「武部先輩~、その子は梓ちゃんじゃないですよぉ」

「えっ! そうなの?」

 

 優季が沙織の誤りを指摘する。沙織は離れた場所で角谷杏と話をしていたので、状況を把握できていなかったようだ。

 

「顔と声は梓そのものだから、武部先輩が間違えるのも無理ないかも。さっきの大胆な発言とか、動画に撮って梓に見せたいレベルだし」

「動画、撮ってる」

「紗希ちゃん、ナイス!」

「見せて見せて~」

 

 紗希のスマートフォンをあゆみ、あや、優季の三人が覗きこむ。

 地味な梓が男のことを熱く語っているのだ。みんなが興味津々になるのも無理はなかった。

 

「大洗の隊長様はほかのかたとは一味違いますわね。男女の関係の重要さをよく理解している大人のレディーですわ」  

「そ、そう。まあ、私こう見えて好きになった彼氏の趣味に合わせるタイプだからね」

「奇遇ですわね。私もですわ。この変装も彼氏の趣味に付きあうために努力を重ねたんですの」

「変装が趣味? コスプレ好きな彼氏なの?」

 

 沙織の疑問に忍は嬉々とした様子で答えを返す。

 それは、この場に新たな問題発言が投下された瞬間であった。

 

「私の彼は高校戦車道の大ファンなんですの。有名な選手はほとんどチェックしてて、試合もよく観戦してますわ。そんな彼のために、私は自身の変装技術をより完璧なものへと昇華させたのですわ。ダージリン様に変装してお家デートをしたときは、彼も喜びと興奮で鼻息が荒くなってましたわね」

 

 芽依子は呆れてものも言えなくなった。こんな不純な動機で変装をマスターするなんて、忍道をバカにしているとしか思えない。

 沙織も少し引いている様子なのが見てとれる。自称恋愛マスターの彼女もこれは許容の範囲外だったようだ。

 

「ちょっと待て。今の話は聞き捨てならないぞ」

「ダージリン様のお姿を汚すなんて、許されることではないでございますわよ!」

「キャロルさん、ダージリン様に謝りましょう。素直に話せばきっと罰が軽くなります」

 

 聖グロリアーナの三人が忍に食ってかかるが、それでも忍のピンクな暴言は止まらない。

 

「みなさまに変装したときも、彼はすごく喜んでくれましたわよ。ラベンダー様の甘やかしプレイとか、ルクリリ様のツンデレプレイとかは彼のお気に入りでしたわ。ローズヒップ様は色気ゼロなので、彼の好みではなかったみたいでしたけど……」

「よし、こいつ海に放りなげよう」

「異議なしですわ」

「角谷会長、救命胴衣ってありますか?」

 

 三人が殺気を放っているのを忍が気にしている様子はない。おそらく、彼女はあえてくだらない話をすることで逃げるチャンスを探っているのだろう。

 

「お気に入りといえば、彼はオレンジペコさんがもっとも気に入ってましたわね。オレンジペコさんのお兄ちゃん大好きプレイは彼の性的嗜好にストライクだったみたいで、ついその姿のまま二人で熱い夜を過ごしてしまいましたわ」

 

 忍が今までで一番ピンクな発言をかました瞬間、生徒会室の扉がものすごい音を立てて開け放たれた。

 

 現れたのは河嶋桃とオレンジがかった金髪の少女。

 この少女の名は芽依子も知っている。聖グロリアーナ女学院最強の女、オレンジペコだ。

 オレンジペコの髪は解けており、着ている制服はところどころが赤い。その姿は戦地から帰ってきた兵士を彷彿とさせる。

 

「おい! 乱暴に扉を開けるやつがあるか。ここは会長の仕事場なんだぞ」

「少し静かにしててくれませんか?」

「ひっ! 柚子ちゃあああん!」

    

 桃はひとにらみされただけで小山柚子のもとへと走り、彼女に勢いよく抱きついた。涙目になっているところを見ると、オレンジペコの目が余程怖かったらしい。

 

 生徒会室に入室したオレンジペコはゆっくりと忍に歩みよる。

 さすがの忍もオレンジペコの威圧感に恐怖を感じたのか、怯えたような顔でスカートのポケットに手を伸ばした。どうやらまた煙玉を使って逃げるつもりのようだ。

 しかし、オレンジペコは忍の逃走を許さなかった。一瞬で忍の間合いに入ると、彼女の手を荒々しくつかんだのである。

 

「いだだだだっ!」

「逃がしませんよ。話しがあるので屋上へ行きましょう」

 

 忍の体をぐいっと引きよせるオレンジペコ。勢いよく引っぱられた忍はバランスを崩し、オレンジペコの胸に顔をうずめてしまう。

 それが忍のさらなる悲劇の始まりだった。

 

「ぎゃああああーっ! 辛い、痛い、目がああああーっ!」

「でしょうね。この赤いのは激辛ノンアルコールラム酒ですから」

 

 なぜそんなもので制服を汚しているのか。この生徒会室にいる誰もがそう疑問に思っただろうが、それをオレンジペコにつっこめるものはいなかった。

 触らぬ神に祟りなし。今のオレンジペコに関わるのは自分から死地に向かうようなものだ。

 

「ペコ、二度と悪さができないようにコテンパンにしてやれ!」

「その女に慈悲はいりませんわ。派手にやっちゃってくださいまし!」

「ダージリン様には私がうまくごまかしておくから、遠慮はいらないよ」

 

 聖グロリアーナの三人はオレンジペコを応援するほうに回った。

 あの優しいみほですら助ける気がないところを見ると、忍がやらかしたのは今回が初めてではないらしい。

 

 あとはオレンジペコに任しておけば問題ないだろう。そう判断した芽依子は、桂利奈と梓の救出に向かうことにした。 

 芽依子と忍の戦いはこれにて決着である。

 

 

◇◇◇

 

 

 昼間の喧騒が嘘のように静まりかえった夜の生徒会室。

 静寂に包まれたこの空間で、部屋の主である角谷杏はある人物に電話をしていた。

 

『どうやら首尾良くいったみたいですわね』

「うん。ラベンダーちゃんは大洗の手助けをしてくれるって。私が弱気な姿を見せたらすぐ手を差し伸べてくれたよ」

『あの子の優しい性格は美徳ではあるけれど、少しまっすぐすぎるきらいがありますわね。あなたの演技を見抜けたのなら、言うことなしでしたのに……』

「演技じゃなくて私の本心をぶつけただけだよー。ちょっとオーバーだったかもしれないけどね」

 

 どこかおちゃらけた様子で話す杏。相手に本心をあまり見せない彼女らしいしゃべりかたであった。

 

『そういうことにしておきますわ。迎えの船は次の土曜日に大洗の学園艦へ接触します。それまであの五人をよろしくお願いしますわね』 

「いろいろ手回ししてくれてサンキューね、ダージリンさん」

『礼には及びませんわ。それではごきげんよう、角谷会長』 


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