私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第四十二話 聖グロリアーナ女学院対継続高校 前編

 一面に広がる砂、砂、砂。そして、ギラギラと照りつける太陽。

 砂漠といっても差し支えないこの砂丘が聖グロリアーナ女学院の二回戦の舞台。

 すでに継続高校との試合前のあいさつは終了済み。

 今行われているダージリンの訓示と試合前のお茶会が終われば、いよいよ試合開始だ。

 

「先の一回戦とは違い、この試合は厳しいものとなるでしょう。ですが、聖グロリアーナの戦車道を守るのが私たちのなすべきこと。どんな困難に襲われてもそれだけは忘れないように」

 

 自分たちの戦車道を貫く。それが試合前にダージリンが口にする決まり文句である。

 訓示に試合の勝敗に関する話は含まれない。聖グロリアーナの戦車道にとって勝ち負けは重要ではないからだ。

 

 訓示の次はお茶会の時間。

 試合前のお茶会は普段とは違って簡易的だ。戦車の前で紅茶を飲みながら軽く談笑する程度であり、ティーフーズも用意されていない。

 試合前でも心を乱さず、あくまで優雅な姿を保つ。それがこのお茶会の目的なのだ。

 

「ローズヒップ、今日はアイスティーにしておいたほうがいいんじゃないかしら? 顔から汗が滝のように流れてますわよ」

「わたくしは信念を曲げる気はありませんわ。アイスティーを飲むぐらいなら、アイスコーヒーを飲みますの!」

「しっかりしてローズヒップさん! 言ってることが無茶苦茶になってるよー!」

 

 優雅な姿はどこへやら、試合前であっても問題児トリオは騒がしい。

 アッサムがため息をつきながら首を振り、ダンデライオンが口を尖らせている光景もいつも通りだ。

 

 その様子を友人たちと一緒にながめているのは、問題児の最後の一人であるオレンジペコ。

 大洗でいろいろやらかしたこともあり、問題児カルテットというオレンジペコの二つ名はもはや不動のものとなっていた。

 

「ラベンダー様たちはまったく緊張していませんね。私たちも見習わないといけないです」

「あの三人を見習うのは正直どうかと思いますよ。優雅とはほど遠い人たちですから」

 

 オレンジペコがカモミールと話をしていると、ハイビスカスが会話に割りこんできた。

 

「ペコっちも人のこと言えないしー。大洗であずっちしめてたじゃん」

「あれは澤さんの偽物です! それに、あのときの私は激辛ノンアルコールラム酒を飲んだせいで、正気を失ってたんです!」

 

 丸山紗希の撮った動画が友人たちに流失したのが運の尽き。

 オレンジペコが必死に言い訳しても事実はくつがえらない。

 

「さ、澤さんといえば、大洗女子学園の二回戦も今日ですよね! 紗希さんもすごくやる気満々でしたよ!」

 

 大きな声で話に割って入ってきたのは、オレンジペコの失敗動画を誤って流出させてしまったニルギリであった。

 おそらく、これが彼女にできる精一杯の罪滅ぼしなのだろう。

 

「やる気なら私も負けていませんわ。今日は姉様とダーリンが応援に来てるんですの。必ず勝ちますわよ!」

「やばっ! ベルっちが愛の戦士モードに入ってるし。これは本当に負けられないじゃん」

「私も妹たちの前でいいところを見せますよー!」

 

 一回戦に出番がなかったクルセイダー隊はこの二回戦が初陣である。

 にもかかわらず、友人たちはこの試合が公式戦の初戦とは思えないぐらい自然体だった。

 ほかのクルセイダー隊の隊員も緊張している様子がないところを見ると、隊長であるラベンダーのゆるさが伝染しているらしい。

 

 どうやら、オレンジペコが友人たちを心配する必要はなさそうだ。

 問題児トリオには毎度ひどい目にあわされているが、今日ぐらいは感謝してもいいのかもしれない。

 そんなことを思いながら、オレンジペコは再び問題児トリオへと視線を向けた。

 

「継続高校の隊長はどんなかただったんですの?」

「少し変わったかたでしたわ。変な楽器を弾きながら哲学的なことを語りかけてきたの」

「『戦車道は人生の大切なすべてのことが詰まっている。君たちはそれに気づいているかい』だっけ? 私は子供のころからずっと戦車道をしてきたけど、そんな風に考えたことは一度もなかったよ」

 

 問題児トリオは継続高校の隊長について話しているようだ。

 

「なにやら意味深なセリフでございますわね。継続高校の隊長はただ者ではありませんわ」

「変人じゃないと隊長というのは務まらないのかもしれませんわ。うちのダージリン様と似たもの同士……」

「ルクリリさん! それ以上はダメっ!」

「『しゃべってから口に手を当てても遅い』。ルクリリ、あなたとは一度きちんと話しあう必要があるようね」

 

 フランスのことわざと共に登場したダージリンに、ルクリリは問答無用で連れていかれた。

 この分だと、ダージリンの機嫌を直すのにオレンジペコは苦労することになるだろう。

 前言撤回。やっぱり問題児トリオは災いしか持ってこない。

 

 

 

 

 聖グロリアーナ女学院対継続高校。

 熱気漂う砂丘で行われるこの試合は、選手だけでなく観客にもつらいコンディションだ。

 観客の多くが日傘や帽子で太陽を遮断し、水分補給にも余念がない。

 ラベンダーたちの応援に来た島田愛里寿もその中の一人であった。

 

「隊長、かき氷を買ってきました。イチゴとレモン、どっちがいいですか?」

「私はレモンがいいー」

「キクミには聞いてない」

「うわー、ルミってば極悪非道ー」

 

 愛里寿と一緒に試合を見にきた二人は、聖グロリアーナ女学院と継続高校に縁がある。

 ルミと呼ばれたショートカットで眼鏡の女性は継続高校の卒業生。キクミと呼ばれた赤い髪のショートカットの女性は聖グロリアーナ女学院の卒業生なのだ。

 

「うるさい。今日のあんたと私は敵同士なんだからね」

「それだったら隊長だってルミの敵だよ。隊長も聖グロリアーナの卒業生だもん」

「隊長は体験入学しただけだろ。あれはノーカンよ、ノーカン」

 

 ルミとキクミは愛里寿が隊長をしている大学選抜チームの一員。

 普段は仲良しの二人だが、母校が対戦するとあってはそうもいかないらしい。

 

「二人とも、喧嘩はダメ」

「喧嘩なんてしていませんよ。私たちは仲良しですから。ねー、キクミ」

「ルミの言うとおりですよ。ほら、仲が良いからハグだってしちゃいます」

「やめろ! 暑苦しい!」

 

 くっつくキクミをルミが引きはがす。

 漫才めいた掛けあいがすぐにできるあたり、二人の相性の良さがうかがえた。

 

「ところでキクミ。アサミはなんで来なかったんだ? あいつも聖グロの卒業生でしょ」

「アサミは用事があるって言ってたけど、たぶんあれは嘘だね。きっと妹さんたちと顔を合わせたくなかったんだよ」

「あいつ、そんな理由で隊長のお誘いを断ったのか。メグミとアズミが知ったら激怒するぞ」

「あの二人、都合がつかないことすごく悔しがってたからねー」

 

 メグミ、アズミ、ルミ、キクミ、アサミ。

 この五人は大学選抜チームの主要メンバーであり、愛里寿をなにかと気づかってくれる優しいお姉さんたちだ。

 大学選抜チームの隊長に就任したばかりの愛里寿がうまくやれているのも、彼女たちのサポートによるところが大きかった。   

 

「アサミの気持ちをよく考えずに誘った私が悪いの。アサミは悪くない」

 

 六人姉妹の長女であるアサミは妹たちと折り合いが悪い。

 なかでも聖グロリアーナ女学院に通う次女とは、とくに関係がギクシャクしている。

 ほかの妹たちの信頼を一身に集める次女に対し、アサミが激しい嫉妬心を抱いているからだ。

 愛里寿はそのことを知っていたのだが、友人の試合を初めて応援に行けることに舞いあがり、それを失念してしまったのである。

 

「た、隊長は悪くありません! アサミのことを悪く言った私が悪いんです」

「そうですよ、全部ルミが悪いんです。この性悪眼鏡、鬼、ずんどう!」

「あんたはあとで泣かす!」

 

 またルミとキクミの口喧嘩が始まったが、今度は愛里寿はなにも言わなかった。

 二人が愛里寿の暗い雰囲気を払拭するために、わざと言い争いをしているのに気づいたからだ。

 

 以前は極度の人見知りで、他人に無関心だった愛里寿。

 その愛里寿がこんな風に人の心の機微が感じられるようになったのも、ラベンダーたちとの付きあいのおかげなのかもしれない。

 

「あら、ワイルドストロベリーじゃない。あなたはいつも元気ねー」

 

 愛里寿が二人の気づかいに胸を温かくしていると、近くを通りがかったカップルの女性から声をかけられた。  

 ワイルドストロベリーはキクミが聖グロリアーナ女学院に在学していたときのニックネーム。

 それを知っているということは、この女性も聖グロリアーナ女学院の卒業生なのだろう。 

 

「ウバ様? どうしてここに?」

「もちろん母校の応援に来たのよ」

「本当ですか? ウバ様、OG会の集まりにもあまり顔を出さないし、ぶっちゃけ聖グロリアーナの戦車道に興味ないですよね?」

「応援に来たのは本当よー。正確には妹の応援だけどね」

 

 ストロベリーブロンドの長い髪を姫カットにし、どこかふわふわした雰囲気を持ったウバと呼ばれた女性。

 彼女は一見すると戦車道とは無縁な人物に見える。

 しかし、実は彼女こそ聖グロリアーナ女学院が夏の全国大会で準優勝したときの隊長なのだ。

 去年聖グロリアーナ女学院に体験入学した愛里寿は、資料でそのことを知っていた。

 

「今日はディンブラは一緒じゃないの?」

「アサミは例の病気がまた悪化しちゃいまして、今回はパスです」

「そう……私の妹とあの子の妹が仲良くなったのもなにかの縁だし、なんとかしてあげたいけど……」

「ウバ様が一緒だった高校一年生のときは安定してたんですけどねー。私じゃウバ様の代わりにはなれませんでした」

 

 愛里寿にもアサミの問題を解決してあげたいという思いがある。

 とはいえ、家庭の問題というのはかなりデリケートな部分を含む。

 いかに愛里寿が天才であってもそう簡単に解決できる問題ではなかった。

 

「こうなったら最後の手段を使うしかないわね」

「ウバ様、なにかいい案があるんですか?」

「女がダメなら男の出番。ダーリン、もう一人ぐらい面倒見れない? ディンブラは内面にちょっと問題を抱えてるけど、外見は色白で清楚な大和撫子よー」

 

 ウバにダーリンと呼ばれた男性は眉間にしわを寄せて困ったような顔をしている。

 お前はなにを言っているんだ。そんな彼の心の声が聞こえてきそうであった。 

 

「ウバ様、ウバ様。隊長の前でそういう話はダメですよ」

「あなたのお父様でもいいわよ。英雄色を好むっていうし、もう一人ぐらい愛人が増えても問題ないでしょ」

「だから、ダメだって言ってるでしょ! これ以上お母さんが増えたら、私だって困りますよ。かわいいライオンちゃんのおかげで、やっとお父さんの悪い癖が直ってきたところなんですから、刺激するようなまねは絶対にやめてくださいね!」 

  

 キクミもアサミ同様、複雑な家庭の事情を抱えているらしい。

 しかし、大学生といってもまだ十三の少女にすぎない愛里寿には、色恋沙汰の話はちんぷんかんぷんだ。

 

「隊長、試合が始まりました。暑さで頭がゆだってる人たちは放っておきましょう」

「わかった」

 

 ルミに促され、愛里寿は大型ディスプレイへと目を向ける。

 そこにはラベンダーが率いるクルセイダー隊の姿が大きく映しだされていた。

 

 

 

 

 本隊とは別行動中のクルセイダー隊は、みほのクロムウェルを先頭に砂丘を走行している。

 左にダンデライオンのクルセイダーMK.Ⅱ、右にハイビスカスのクルセイダーMK.Ⅲを従え、きれいな三角形を作って進撃する姿は実に優雅だ。

 ちなみに、二回戦に出場しているクルセイダー隊は合計三輌なので、これがクルセイダー隊の全戦力である。

 

「ラベンダー様、本隊が敵部隊と交戦に入りました。フラッグ車の姿は確認できないそうです」

「わかりました。こちらも敵部隊を発見したと連絡してください。T-34が二輌、T-26が一輌です」

「りょ、了解しました!」

 

 多少の硬さはあるものの、通信手のニルギリは自分の役割をしっかりこなしてくれる。

 部隊への連絡や本隊との通信を彼女が一手に担ってくれることで、みほは目の前の相手に集中できるのだ。

 

「ダンデライオン様、ハイビスカスさん、トライアングル作戦を開始します」

『待ってました! クルセイダー隊はやればできるってところを披露しましょう』

『練習の成果を発揮するときじゃーん。マチルダ隊には負けないよー!』

 

 砂丘の暑さもなんのその。クルセイダー隊の士気は高い水準を維持している。

 

「アッサム様のデータによると、継続高校はこの暑さの影響で動きが鈍っているはずです。私たちは暑さ対策もしっかりやってきましたので、ミスを恐れず自信を持って戦いましょう」

 

 継続高校の学園艦は寒い海域が主な航路。

 普段とは違うこの暑さにはすぐ対処できないだろうというのがアッサムの見立てだ。

 それに対し、聖グロリアーナ女学院の学園艦は二回戦が砂丘ステージだと連絡があった直後に航路を変更。たった数日ではあるが、赤道付近の暑い地域を航路したので暑さには多少慣れている。

   

「クロムウェルが先行しますので、あとに続いてください。戦車前進! まずは最後方のT-34を叩きます」

「おほほほほ! このクロムウェルの圧倒的なスピードで度肝を抜いてさしあげますわ。さあ、行きますわよー!」

 

 ご機嫌な様子でクロムウェルを加速させるローズヒップ。

 第二次世界大戦中最速の戦車と呼ばれたクロムウェルは、スピードを出すのが大好きなローズヒップにうってつけの戦車なのだ。

 

 

 

 その後の戦闘でクルセイダー隊は継続高校の三輌を難なく撃破した。

 三輌で三角形を作り、その中央へと相手を誘いこんで撃破するトライアングル作戦。この新技に継続高校はまったく対応できなかったのである。

 相手が暑さで本来の動きができなかったのが一番の勝因ではあるものの、クルセイダー隊の努力はしっかりと身を結んだようだ。

 

 無傷で継続高校の別動隊を撃破したみほは、クロムウェルの砲塔にすっと立って周囲を確認する。

 クルセイダー隊の本命は継続高校の隊長車兼フラッグ車のBT-42。

 この暑さに参っているだろうBT-42を早期に発見し撃破するのが、クルセイダー隊に与えられた任務だ。

 

「愛里寿ちゃんの教えを無駄にはしない。見ててね、愛里寿ちゃん。私はきっと勝ってみせるよ」

 

 トライアングル作戦は大学選抜チームの中隊長が得意としている連携技がもとになっている。

 クルセイダー隊の新たな連携を模索していたみほは愛里寿に助言を仰ぎ、この技を教えてもらったのだ。

 すべては継続高校、さらにその先に待つ黒森峰女学園に勝ち、大洗女子学園と決勝戦で戦うため。

 ラベンダーでいられる間はできることはなんでもする。角谷杏と約束したあの日、みほはそう心に決めたのであった。


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