私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

43 / 62
第四十三話 聖グロリアーナ女学院対継続高校 後編

 継続高校のフラッグ車、BT-42は小高い砂の丘で停車していた。

 両隣にはフラッグ車を守るように控える二輌のBT-7。

 BTシリーズで統一されたこの小さな部隊こそ、継続高校が誇る精鋭部隊であった。

 

「ねぇー、ミカ。こんなにのんびりしてていいの? ユリの部隊はもう全滅しちゃったんだよ」

「今はまだそのときじゃない。ほら、風もそう言っているだろう? アキも耳を澄まして風の声を聞いてごらん」

 

 BT-42の車体に腰かけ、フィンランドの民族楽器であるカンテレを弾きながらそう語りかける少女。

 ミカと呼ばれたこの少女こそ、他校から一目置かれる強豪校、継続高校の隊長だ。

 そのミカの言葉に対し、アキという名のおさげの少女は憮然とした表情を見せる。

 

「またそんな風にはぐらかして……ミカは勝つ気ないの?」

「試合に勝つ。それは戦車道において必要なことかな?」

「必要でしょ。負けたら二回戦敗退なんだよ」

「たしかに勝つことは大事だ。人生には必ず勝たないといけないときが来るからね。でも、戦車道が教えてくれる一番大切なことは勝利じゃない。私はそう思っているんだ」

 

 ミカの言葉は吹き抜ける風に乗って空の彼方へ消えていく。  

 どうやら、アキとミカが話しこんでいるうちに風が強くなってきたようだ。

 すると、ミカはカンテレを弾くのをやめ、BT-42の操縦席に座るツインテールの少女に声をかけた。

 

「ミッコ、砂丘にはもう慣れたかい?」

「ばっちり。暑さにも砂にも慣れたよ。ユリとヨウコが時間を稼いでくれたおかげ、十分に練習できたからね」

 

 ミッコの返事を聞いたミカは次にアキへと声をかける。

 

「アキ、ヨウコの部隊の現状はどうなってるのかな?」

「ちょ、ちょっと待って! 今、連絡取るから」

 

 慌てた手つきで無線機を操作するアキ。

 やる気がなかったミカが突然動いたことに少々面食らっているようだ。

 

「Ⅲ号突撃砲はやられちゃったみたいだけど、ヨウコのⅣ号とBT-5は健在みたいだよ」

「なら、もうしばらくフラッグ車の足止めを頼むとヨウコに伝えてくれるかい? すぐそちらへ向かうという言葉を添えてね」

「うん!」

 

 アキへの指示を終えたミカは再びカンテレを弾き始めた。

 その音色は先ほどまでのゆったりしたものとは違い、リズミカルなものへと変化している。

 風がさらに勢いを増してきた。

 

 

 

 

 継続高校の小隊を粉砕し、敵フラッグ車の捜索を再開した聖グロリアーナ女学院のクルセイダー隊。 

 いまだフラッグ車の発見にはいたっていないが、ダージリンが指揮する本隊も優勢に試合を進めている。

 すでに継続高校の戦車を四輌も撃破していることもあり、戦況は聖グロリアーナ女学院有利といっても過言ではないだろう。

 

『継続高校は強いって話だったけど、全然たいしたことないじゃん。ラベンダー様、フラッグ車を見つけたら一気にカタをつけて、クルセイダー隊の強さをみんなに見せつけましょうよ』

「ハイビスカスさん、あまり油断しないでください。継続高校はこれで終わるような学校じゃありません。アッサム様のデータどおりなら、そろそろなにか仕掛けてくるはずです」

 

 みほは緊張感が欠けている様子のハイビスカスをたしなめる。

 厳しい言葉をかけるのはあまり得意ではないが、部隊長として締めるところは締めなければならない。

 

『ラベンダーちゃんの言うとおりですよ。淑女たるもの、いついかなるときも油断せず、冷静に物事を判断しなければなりません』

 

 ハイビスカスに淑女の心得を説いたのはダンデライオンだ。

 さすがは最上級生。試合のことしか頭になかったみほと違って、淑女について語れるぐらいの心の余裕を持っている。

 みほがダンデライオンに尊敬の念を抱いていたちょうどそのとき、一発の砲弾がクルセイダー隊の至近距離に着弾した。

 

『なになに!? どこから撃ってきたんですか!?』

 

 さっきの余裕はどこへやら。ダンデライオンは一発の砲撃で取り乱してしまう。

 ダンデライオンが尊敬できる先輩なのは間違いないが、突発した事態に弱いのが玉にきずであった。 

 

「みなさん、落ち着いてください。あちらから姿を現してくれたのは好都合です。ここで決着を……」

 

 ここで決着をつける。その言葉をみほは最後まで言うことができなかった。

 砲撃が放たれた方角に目を向けたみほの視界に、巨大な砂嵐が映りこんだからだ。

 継続高校は砂嵐の中から砲撃してきたのである。

 

「ラベンダー、どうしますの? 砂嵐の中に陣取ってるのは罠かもしれませんわよ」

「BT-42があそこにいる可能性がある以上、後退はできません。フラッグ車の発見が私たちの任務ですから」

「上等ですわ!」

 

 ローズヒップはみほの回答に満足そうな声で返事をすると、クロムウェルを砂嵐の方角へ向けた。

 みほに確認を取ってはいたが、彼女も砂嵐に突っこむ気満々だったようだ。 

 

「ダンデライオン様、ハイビスカスさん。なるべくクロムウェルから離れないでください。あの視界の悪さだと同士討ちの危険があります」

『わかりました。あたしはクロムウェルの右を固めるので、ハイビスカスちゃんは左をお願いします』

『オッケーじゃん!』

『コラー! 淑女に相応しくない言葉は使っちゃいけません!』

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらクルセイダー隊は砂嵐に突入した。

 いつもはキューポラから身を乗りだして外を確認するみほであったが、今回ばかりは戦車の中に引っこんだ。この砂嵐の中で外に出ても満足いく索敵はできないからである。

 それと、お気に入りのマイカップが砂だらけになるのも避けたかった。

 これは親友の二人とおそろいのティーカップであり、みほが友達と初めて買い物に行ったときに買った思い出の品なのだ。  

 

「ラベンダー様、ハイビスカスさんが敵戦車を発見しました。数は三輌です」

「継続高校の残存車輌を考えると、その三輌の中にフラッグ車がいるのは間違いありません。ニルギリさん、ダージリン様にも連絡してください」

 

 ダージリンの本隊が相手をしている敵戦車は全部で四輌。クルセイダー隊がすでに撃破した三輌を加えると、計七輌の敵戦車と遭遇している。

 二回戦に出場できるのは全部で十輌。すなわち、この三輌のどれかが継続高校のフラッグ車ということになる。

 

「この場で停止して砲撃します。ベルガモットさん、発射のタイミングは任せます」

「了解ですの!」

「ドンドン装填しますのでバンバン撃っちゃってください、ベルガモットさん」

 

 継続高校の戦車が動く気配はなかった。おそらく向こうも撃ちあいに望むつもりなのだろう。

 この視界の悪さだ。フレンドリーファイアの可能性を考慮するなら派手に動くのは得策ではない。

 

「砲撃開始!」

 

 みほの号令で砂嵐の中での戦いが始まった。

 

 

 

 しばらく撃ちあいが続いたが、決め手を欠いた戦いは膠着状態に陥った。

 原因は砂嵐による視界不良。継続高校が機銃による牽制を繰りかえしたこともあり、舞いあがった砂で視界はほぼゼロに近い。

 そろそろ接近戦も視野に入れなければならない。みほがそんなことを考えていると、一瞬だけ風が弱まり視界が開けた。

 

「謀られた!」

 

 みほは思わず大きな声をあげてしまう。

 淑女らしからぬ振る舞いだが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 

「砲撃中止! 急いで本隊と合流します」

「ラベンダー? いったいどうしたのでございますか?」

「継続高校の戦車が二輌しかいないの。フラッグ車には逃げられてる」

「マジですの!?」

 

 砂煙が晴れた場所にいたのは二輌の戦車のみ。そして、両方ともBT-7だった。

 砂嵐を利用し、BT-42はクルセイダー隊に気づかれないうちにこの場を離脱していたのである。

 牽制だと思っていた機銃は攻撃ではなく、砂煙を上げてBT-42の姿を隠すためのものだったのだ。

 クルセイダー隊を突破したBT-42が向かう先は一つしかない。

 ダージリンが率いる本隊の背後だ。

 

「ラベンダー様、BT-7がこっちに向かってきますの」

「私たちを足止めするつもりみたいです」 

 

 ベルガモットとカモミールが言うとおり、クルセイダー隊が後退する素振りを見せた途端にBT-7が距離を詰めてきた。

 クルセイダー隊のこの行動も継続高校は織りこみ済みなのだろう。

 

『ラベンダーちゃん、ここはあたしたちに任せてください。BT-7はあたしとハイビスカスちゃんが相手をします』

「わかりました。お願いします」

 

 BT-7にいつまでも構っているわけにはいかないのだから、部隊を分けるのは最善の策といえた。

 

『ラベンダー様、別にあいつらを倒しちゃっても構わないんでしょ?』

「あっ! それ知ってます。有名な死亡フラグです」

「あの、まだハイビスカスさんが負けると決まったわけでは……」

「ニルギリさん、ハイビスカスは犠牲になったんですの」

 

 ハイビスカスの発言をネタに盛りあがるクロムウェルの一年生たち。

 この一年生グループのリーダー格はオレンジペコだが、ムードメイカーはハイビスカスのようだ。

 

『犠牲言うなし! こうなったら絶対にあいつらぶっ倒してみせるからね。ダンデライオン様、先に仕掛けますよ』 

『ちょっと待っ……もぉー、勝手なんだからー!』

 

 ハイビスカスのクルセイダーMK.Ⅲの後をダンデライオンのクルセイダーMK.Ⅱが慌てて追いかける。

 いささか不安の残る組み合わせではあるものの、今は二人を信じるしかない。

 

「クロムウェルはこれよりBT-42の追撃に移ります」

 

 みほの指示を受け、猛スピードで砂丘を疾走するクロムウェル。

 継続高校との戦いはここからが正念場だ。

 

 

 

 

「ルクリリ、あなたはBT-42の迎撃に向かいなさい。相手は継続高校の隊長車、一輌だからといって油断はしないように」

『このルクリリ、大洗戦のようなヘマは二度といたしませんわ。リゼ、キャンディ、チャーチルの護衛は任せましたわよ』

 

 チャーチルの護衛に二輌のマチルダⅡを残し、ルクリリはBT-42の迎撃に向かった。

 聖グロリアーナ女学院のマチルダⅡ四輌に対し、継続高校はBT-42一輌。

 数字上では聖グロリアーナ有利といえる状況だが、ダージリンは表情をいっさい緩めない。

 

「継続高校はラベンダーを簡単に欺いてみせた。暑さと砂にはもう慣れていると考えてよさそうね」

「データではもう少し時間がかかると計算していたのですが……。継続高校の適応能力の高さを甘く見ていたようですわ」

 

 チャーチルの車内に持ちこんだノートパソコンをアッサムは険しい表情で眺めている。

 今回の作戦はアッサムが主導して立案されたものだ。自慢のデータを元に構築した作戦にヒビが入ったのだから、彼女の顔が曇るのも当然であった。

 

「今回はアッサムのデータ主義が裏目に出てしまったわね。これを契機にデータ主義は卒業したらどうかしら?」

「お断りしますわ。データを集めるのは私の趣味のようなものですから。ダージリンこそ、格言とことわざにこだわるのはおやめになったらいかがですか?」

「それはできない相談ですわ。私の人生は偉人たちの言葉と共にあるのよ」

 

 ダージリンとアッサムがそんな不毛なやり取りを交わしていると、オレンジペコが話しかけてきた。

 

「ダージリン様、Ⅳ号とBT-5が攻撃を開始しました。かくれんぼはもうおしまいみたいです」

 

 オレンジペコから報告を受けたダージリンは、普段と変わらぬ様子でティーカップを口元へ持っていく。

 あくまで優雅。敵が攻勢をかけてきても動じないダージリンの姿はその一言に尽きる。

 

「粘り強いかたでしたけど、功を焦って前に出てきたのは軽率でしたわね。『慌てる蟹は穴へ入れぬ』。今からそれを教えてさしあげますわ」

 

 

 

 

 ダージリンの命を受けて迎撃に向かったルクリリだが、BT-42の圧倒的な強さの前に防戦一方になってしまう。

 四輌いたマチルダⅡはすでに残り二輌。BT-42を撃破するどころか、侵攻を遅らせるのが精一杯の有様だ。

 それでも、ルクリリの表情に焦りの色はない。

 守備的な戦術は彼女のもっとも得意としているところなのだ。

 

「BT-42は私たちを突破してダージリン様の背後をつくつもりですわ。シッキム、相手の挑発には乗らないように」

『わかりましたわ』

 

 二輌のマチルダⅡを撃破したBT-42はいったん後方へ引いた。

 マチルダⅡを無視してチャーチルにたどり着く道を模索しているのかもしれないが、その可能性は低いだろう。

 チャーチルと対峙していたⅣ号はすでに動きだしている。 

 一刻も早くチャーチルを挟撃したいBT-42は、マチルダⅡを突破する道を選ばざるを得ないはずだ。

 ルクリリがそんなことを考えていると、思いもよらない方法でBT-42が奇襲を仕掛けてきた。

 

「上から来るぞっ! 後退しろ、シッキム」

『えっ?』

 

 ルクリリの目に映ったのは、正面の盛りあがった丘から大ジャンプするBT-42の姿だった。

 猫を被るのも忘れて指示を出し、ルクリリは全速力で自分のマチルダⅡを下がらせる。

 しかし、判断が遅れたシッキムのマチルダⅡは、砲塔部に直撃を受け白旗を上げてしまう。

 砂の丘をジャンプするというBT-42の奇襲は、シッキムを混乱させるのに十分な威力を持っていたようだ。

 

「こうなったら体当たりしてでも止めてやる。戦車前進!」

 

 一人になってしまったルクリリは時間稼ぎに徹することにした。

 BT-42の実力はルクリリを上回っており、まともに戦っても勝ち目はないからだ。

 それに、聖グロリアーナにはまだラベンダーが残っている。

 彼女ならきっとBT-42を撃破してくれるだろう。

 

 そんなルクリリの思いも虚しく、BT-42はいとも簡単にマチルダⅡの突進を回避する。

 そして、すれ違いざまに砲撃を受けたマチルダⅡはあっさりと白旗を上げてしまった。

 

「くそっ! けど、この試合は私たちの勝ちだ」

 

 ルクリリの視線は全速力でこちらに向かってくるクロムウェルの姿を捉えていた。

 どうやら時間稼ぎ作戦はうまくいったようである。

 

  

 

 

「ニルギリさん、私のティーカップを預かっててもらえるかな?」

「へっ?」

 

 ニルギリはつい気の抜けた返事をしてしまうが、それも無理はなかった。

 車長はティーカップを持ちながら戦車に乗らなければならない。

 聖グロリアーナの流儀ともいえるその約束事を、ラベンダーは今から破ると言っているのだ。

 

「あ、あの……、そんなことをしたら、あとでOG会になにを言われるかわかりませんよ」

「うん、きっとすごく怒られると思う。でもね、BT-42はティーカップを気にして戦える相手じゃなさそうなの。負けるつもりはないけど、不安要素は少しでも減らしたいんだ」

 

 いつもと変わらぬ穏やかな表情でそう答えるラベンダー。

 だが、その柔和な様子は次のセリフで一変する。

 

「それにね、ルクリリさんは私たちを信じて犠牲になってくれたんだよ。仇を討たないと合わせる顔がないでしょ?」

 

 ニルギリの背中に冷たいものが走った。

 ラベンダーの口調と表情は決して怒っていない。そのはずなのに、相対するだけで息が詰まるような圧力を感じてしまう。

 ルクリリが撃破されたことで、ラベンダーの感情に変化が現れたのは間違いないだろう。

 

「わ、わかりました。責任を持ってお預かりします」

「ありがとう。ニルギリさんのおかげで私も全力が出せるよ」

 

 ラベンダーはニルギリにティーカップを手渡すと、無線機片手にキューポラから身を乗りだした。 

 その直後、クロムウェルが今までとは比べ物にならないほど俊敏な動きを見せる。

 ローズヒップの操縦技術は折り紙付きだが、ラベンダーが指揮に専念することでこれまで以上のキレが生まれているようだ。

  

 ニルギリが手に持つティーカップはラベンダーがいつも大事そうにしている品。

 もしこれを割ってしまったとしてもラベンダーは怒らないとは思うが、あの謎のプレッシャーに襲われないとは限らない。

 このティーカップはなにがなんでも死守しなければ。そう固く心に誓うニルギリであった。

 

  

◇◇

 

 

 マチルダⅡを一蹴したときとは打って変わり、BT-42はクロムウェルの猛攻の前に苦境に立たされる。

 機動力が売りのBT-42は鈍足のマチルダⅡとは相性が良かった。

 しかし、今度の相手は足の速いクロムウェル巡航戦車。

 速度差というアドバンテージもなく奇襲もできないこの状況では、苦戦を強いられるのも必然だった。

 さらに厄介なのは、クロムウェルの動きがこの試合一番の輝きを放っていることだ。

 

「強すぎるよ。西住流半端ない!」

「人畜無害な顔の裏には獰猛な獣が隠れていた。いったいどちらが本当の彼女なのか、興味は尽きないね」

「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ! なんとかしてよ、ミカ」

「さて、どうしたものかな……」

 

 クロムウェルの迫力にお手上げ状態のアキとミカ。

 そして、さらなる不測の事態がアキの無線に飛びこんでくる。

  

「ミカ、ヨウコの部隊が全滅しちゃったみたい……」

 

 チャーチルの足止めを任せていたヨウコの部隊が全滅したことで、状況はさらに苦しくなった。

 クロムウェルを早急にどうにかしなければ敗北は必至である。

 

「仕方ない。一か八かの賭けになるのは不本意だけど、接近してクロムウェルと決着をつけよう。ミッコ、反転」

「あいよ!」

 

 ミッコは相手の砲撃をうまくかわし、クロムウェルに背後を取られていたBT-42を反転させた。

 クロムウェルの操縦手の腕前は見事だが、ミッコも負けてはいない。

 これでBT-42はクロムウェルと正面から向かい合う形になった。

 

「勝負は一瞬で決まる。アキ、私が合図をするから砲撃のほうは任せたよ」

「わかった。あとはお願いね、ミカ」

 

 ミカはキューポラから顔を出し、クロムウェルの位置を確認する。

 そのとき、ミカは遠くにいるクロムウェルの車長と目が合ったような気がした。

 

「君はそんな顔もするんだね。君には戦車道で一番大切なことに気づいてもらいたいけど、それは次の機会にしようか。ミッコ、行くよ」

「よしきたー!」

 

 BT-42がアクセル全開で進む。

 先に撃ってくるだろうクロムウェルの動きを予測し、すれ違いざまに近距離で砲撃を叩きこむのがミカの策だ。

 ところが、いくら近づいてもクロムウェルは砲撃してこなかった。

 それだけでなく、BT-42とほぼ同じスピードで突撃を敢行してきたのである。

 どうやらクロムウェルも接近戦で勝負を決めるつもりらしい。

 

 そして、いよいよBT-42とクロムウェルがすれ違う瞬間がやってきた。

 

Tulta(トゥルタ)!」

「撃て!」

 

 BT-42とクロムウェルの砲撃は的確に相手の側面に命中し、両戦車から白旗が上がる。

 クロムウェルは仕留めたとはいえ、この試合はフラッグ戦。

 BT-42が白旗を上げた時点で継続高校の敗北である。

 

『聖グロリアーナ女学院の勝利』

 

 試合終了のアナウンスが流れるなか、ミカは一人静かにカンテレを弾き始める。

 そんなミカの元にアキとミッコが近づいてきた。

 

「負けちゃったね。でも、あのクロムウェルと相打ちだったんだもん。私たちはよくやったよ」

「いいや。これは私の推測だけど、クロムウェルは相打ちを狙ってたんだと思うよ。私たちの接近戦に付きあったのも、こうなることを見越していたからじゃないかな」

「まさか、それはないでしょ。私たちはクロムウェルに押されてたんだよ」

「それでも、彼女は確実に勝利できる方法を選んだんだよ。どんな犠牲を払っても勝利するのが西住流だからね」

 

 ミカとアキがそんな話をしていると、今話題にしていた人物がお盆に複数のグラスを持って現れた。 

 

「おつかれさまです。うちの一年生がいれてくれたアイスティーなんですけど、よろしければどうぞ」

「ありがとう。いただくよ」

「試合後のあいさつが終わったらお茶会も予定していますので、ぜひ参加してください」

「おいしいものでも出るの?」

 

 アイスティーをごくごく飲んでいたミッコが問いかけると、クロムウェルの車長は笑顔を見せた。

 

「はい。腕によりをかけておいしいティーフーズをご用意します」

「なら行く」

 

 ほぼ即答であった。ミッコは余程お腹が空いていたのだろう。

 そのミッコの返答を聞いてうれしそうな表情を浮かべるクロムウェルの車長。

 戦車に乗って戦っていたときとはまるで別人である。

 

 しばし談笑したあと、クロムウェルの車長は飲み終わったグラスを回収し、クロムウェルへと引き上げていく。

 その背中を三人で眺めていると、アキがふと口を開いた。

 

「不思議な人だね。興味があるって言ったミカの気持ちが少しわかったかも」

「だろう」

 

 

◇◇◇

 

 

 聖グロリアーナ女学院が勝利したことで、愛里寿はほっと胸をなでおろした。

 大洗女子学園が勝利したことは、すでにスマートフォンのインターネット速報で確認している。

 これなら、ラベンダーと前から計画していた作戦をスムーズに実行に移すことができるだろう。

 

「おーっほっほっほ。どうですかルミさん。聖グロリアーナ女学院の実力を思い知っていただけたかしら?」

「気持ち悪っ! いきなり変なしゃべりかたをするな」

「えーっ、高校時代に必死に覚えたお嬢様言葉を変扱いはひどくない?」

「キクミはガタイがいいからお嬢様言葉は似合わないんだよ。見ろ、鳥肌立っちゃったじゃないか」

「そこまでなの……」

 

 コントじみたやり取りを繰りひろげるルミとキクミ。

 愛里寿がそんな二人の様子を見つめていると、近くに座っていたウバが声をかけてきた。

 

「聖グロリアーナが勝ってよかったわねー。私の妹も活躍したし、応援にきた甲斐があったわ」

 

 愛里寿は静かにコクっとうなずく。

 これが人見知りの愛里寿にできる最大限の意思表示だった。

 

「ただ、クルセイダー隊の隊長がティーカップを手放したのは問題になりそう。うちのOG会、規律にうるさいから」

「ラベンダーは怒られるの?」

「たぶんね。けど安心して。私が弁護してあげる。去年卒業した子からもOG会に来てほしいって頼まれてたし」

 

 去年卒業した子とはアールグレイのことだろう。

 ウバは聖グロリアーナ女学院を準優勝させた実績を持つ人物だ。

 聖グロリアーナ女学院を強化したいという野望を抱くアールグレイなら、積極的にコンタクトを取ろうとするはずである。

  

「ありがとう」

「別に気にしなくてもいいわよ。私の妹もクルセイダー隊の隊長にはお世話になってるしね」

 

 ウバは朗らかな笑顔でそう答えたあと、愛里寿の手を両手で握ってきた。

 

「かわりと言ってはなんだけど、ディンブラのことよろしく頼むわね。道に迷ってるあの子を助けてあげて」    

「わかった。約束する」

 

 愛里寿がウバと言葉を交わしていると、聖グロリアーナ女学院の生徒が観客席へとやってきた。

 恒例の生徒全員による観客に向けてのあいさつだ。

 

「ダーリン! 私、がんばりましたのー。あとでぎゅっと抱きしめてくださいませー!」

 

 生徒の中でもひときわ小さい女の子が、ぴょんぴょん飛び跳ねながらとんでもないことを言い放った。

 それと同時に、缶ビールを飲んでいたウバの彼氏がビールを盛大に噴出して咳きこむ。

 ダーリンというのは、どうやらウバの彼氏のことらしい。

 

「あらあら、情熱的なところは高校生になっても変わらないわね。これは私も負けてられないわ」

 

 ウバはそう言うと、突然彼氏に抱きついた。

 大きな胸を体に密着させる実に大胆なポーズである。

 

「あーっ! 姉様、ズルいですの。私も今からそっちへ行きますわ」

「ベルガモットさん、待って、待って。今はまずいから、あいさつの途中だから!」

 

 ラベンダーの制止の声も届かず、小さい女の子はどんどん観客席に向かってしまう。

 

「ベルっちがご乱心じゃん。ものども、かかれー!」

「おーっ! 覚悟してください、ベルガモットさん」

「私の愛の邪魔は誰にもさせませんの!」

「こんなところで恥を晒すのはやめてくださぁぁいぃぃ!」

 

 聖グロリアーナの生徒が揉みあいになるなか、ダンデライオンの金切り声が砂丘に響きわたる。

 愛里寿が体験入学した去年と違って、聖グロリアーナ女学院の雰囲気はずいぶんと柔らかくなっているようだ。

 大学に進学したことに後悔はない。それでも、あの輪の中に混ざりたかったとふと思ってしまう愛里寿であった。

 

 

◇◇◇

 

 

「聖グロリアーナが勝ちましたか、それはよかったですぅ。ん? こっちはもうとっくに終わりましたよ。残念ながら大洗の勝利です」

 

 犬童頼子は丘の上で携帯電話片手に会話中。

 そんな彼女の眼下では、大洗女子学園とアンツィオ高校の食事会がにぎやかに行われていた。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよぉ。次の相手はプラウダ高校。大洗の強運もここまでです。ブッキーは引き続き、みほ様と島田愛里寿の動きを追ってください。キャロルに勘付かれないように気をつけるんですよ」

 

 頼子は電話を切ると食事会へと目を向けた。

 頼子の妹である芽依子も仲間たちと一緒に食事会を楽しんでおり、滅多に見せない笑顔を振りまいている。 

 

「プラウダは小細工できなそうですし、次はめいめいに揺さぶりでもかけますかねぇ。ふっふっふ、久しぶりにお姉ちゃんの狡猾なところをお見せしますよぉ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。