日本有数の貿易港である横浜港。三連休初日のこの日、横浜港にはひときわ大きな船舶が停泊していた。数多のお嬢様を乗せた聖グロリアーナ女学院の学園艦が帰港したのである。
長い船旅から帰ってきた生徒たちがまず最初に行うのは、やはり実家に帰ることだろう。
淑女を目指す聖グロリアーナ女学院の生徒は、その辺にいる高校生より精神的に成熟している。それでも、家族と離れて寂しいと思う気持ちは普通の子と変わらない。女の子ならそれはなおさらだ。
町は家族との再会を喜ぶ声であふれ、いつもより優しい雰囲気に包まれているように感じられる。そんな中、山手にある洋風の豪邸で一人の少女がため息をついていた。
少女のニックネームはダンデライオン。クルセイダー隊の元隊長で、現在はクルセイダーMK.Ⅱの車長としてラベンダーを支える高校三年生だ。
「はぁー、あたしが帰ってきたっていうのにお迎えがお姉だけなんて……。最近、あたしの扱いが軽くなってる気がします」
「しょうがないでしょ。お母さんたちは前々からこの連休に旅行へ行く予定があって、ユミ姉はその付き添い。お父さんは支援者へのあいさつ回りで忙しくて、兄さんたちはその手伝い。私がいるだけでも感謝しなさい」
「むぅー」
紅茶が置かれている丸テーブルの上で頬杖ついてふてくされるダンデライオン。お出迎えにキクミしかこなかったのが相当こたえたらしい。
「なんで家に帰ると昔のわがまま娘に戻っちゃうかなー。そんなことだと、いつか学校でも失敗してあのラベンダーって子に笑われちゃうよ」
「……そういえば、お姉はラベンダーちゃんとネットでやり取りしてましたね。どんな話をしたんですか?」
学園艦が帰港する少し前に、ダンデライオンはラベンダーからキクミの連絡先を教えてほしいと相談された。
かわいがっている後輩のお願いを断るわけにはいかない。ダンデライオンはすぐさまキクミと連絡をとり、インターネット電話サービスのユーザー名とメールアドレスを聞きだして、それをラベンダーに教えたのだ。
「アサミの話が聞きたいっていうから、私の知ってることをいろいろ話してあげたよ」
「アサミって、お姉の友達のアサミさんですか?」
「そう、そのアサミ。私の高校時代の親友で、お互い妹のことで悩みを抱えていた似た者同士。思いだすなー、わがままで高慢ちきなあんたをどうすれば更生させられるのか悩んだ日々を……」
「うぐっ。その話はやめてください。耳が痛いです」
今でこそ少し子供っぽい以外は欠点がないダンデライオンだが、昔は問題児カルテットをはるかにしのぐ問題児だった。
ダンデライオンの最大の問題点。それは蝶よ花よと大事に育てられたせいで、超絶わがままな性格になってしまったこと。取り巻きを作って威張り散らしていたあのころは、ダンデライオンにとっても忘れたい過去である。
「それにしても、聖グロリアーナに入学しただけで、よくここまで真人間になれたね。しかもたった半年足らずで。私は最初、あんたの中身が転生者に入れ替わったのかと思ったよ」
「そんな小説みたいな話があるわけないじゃないですか。アールグレイ様の熱心な指導を受けて、あたしは生まれ変わったんです」
「アールグレイ……あー、あの子か! なるほどね。OG会すら牛耳ろうとしているあの子なら、それぐらいはやってのけても不思議はないか」
両腕を組んでうんうんと頷くキクミ。アールグレイの聖グロリアーナ女学院強化計画はどうやら順調に進んでいるらしい。
「ところで、アサミさんが悩んでいたっていうのは、やっぱりカモミールちゃんのことですか?」
「正解。アサミには妹が五人いるんだけど、ほとんどの子がアサミを嫌っててね。そんな妹たちのまとめ役が次女のカモミールってわけ。アサミは次女が姉の立場を奪ったって憤慨してたよ」
「カモミールちゃんはそんな悪い子じゃありません。アサミさんの逆恨みですよ」
明るく素直なカモミールは人を陥れるような子ではない。それにカモミールはダンデライオンのお気に入りの後輩、ラベンダーが操るクロムウェルの搭乗員だ。アサミが悪いとダンデライオンが断言するのは至極当然であった。
「だろうね。アサミはしつけが厳しかったから、嫌われるのは必然だったんだよ。カモミールは妹たちを慰める役割に回っているうちに、いつのまにか姉妹の中心に収まっちゃったんだと思う」
「お姉は注意しなかったんですか? アサミさんが間違ってるって」
「一応したけど、妹にナメられてた私がたしなめても聞く耳なしだったよ。ウバ様の言うことはわりかし聞いてたんだけど、一年でいなくなっちゃったからなー」
「うっ……ごめんなさい」
もしキクミがアサミを矯正できたら、カモミールはつらい思いをしなくて済んだのではないか。ダンデライオンだって同い年のライバルのダージリンから強い影響を受けたのだ、あり得ない話ではないだろう。
ダンデライオンがわがまま放題だった結果、後輩のカモミールにしわ寄せが及んでしまった。それを考えると申し訳ないと思う気持ちがふつふつと湧いてくる。ダンデライオンの謝罪はキクミとカモミール、二人に向けてのものだった。
「本当、あんたがいい子になってくれてお姉ちゃんはうれしいわ。この、このっ!」
「ふわぁぁっ!? せっかく前髪かわいくセットしたのにぃー! ふぇぇん、やめてぇ!」
ダンデライオンはキクミに前髪をくしゃくしゃにされてしまう。しかし、口では文句を言いつつも嫌な気持ちはまったくしなかった。こんな気持ちになれたのは、聖グロリアーナで少しだけ大人になれたからだろう。
ダンデライオンは、自分を変えてくれたアールグレイとちょっぴり意地悪な同級生に、心の中で感謝するのであった。
◇◇◇
休日のラフな格好から、漆黒のマントとドリルツインテールが特徴の総帥アンチョビにチェンジした安斎千代美。
アンチョビが西住まほの暴挙を止めるために向かったのは休日の学校。ところが、休みで生徒がいないはずの校内は大勢の人でにぎわいを見せている。アンツィオ高校はイタリア風の建造物やイタリアの有名な観光名所を模した施設が多数あり、休日は観光客が訪れる人気スポットになっているのだ。
そんな観光客には目もくれず、アンチョビはずんずん先へ進んでいく。
目指す先はアンツィオ高校の生徒が屋台を開いている一角。懐事情が厳しいアンツィオ高校は部活や必修選択科目に予算はかけられない。なので、生徒たちは商売をして地道に活動費を稼いでいるのである。
アンチョビはその中にあるパスタ屋の前で歩みを止めた。ここでパスタを作っている黒髪ショートヘアーの少女に用があるのだ。
「あれ? 姐さんじゃないッスか。手伝いに来てくれたんスか?」
「悪いが今日はそれどころじゃないんだ。頼むペパロニ、力を貸してくれ」
アンチョビはまほと連絡を取ろうと試みたが、何度コールしても電話はつながらなかった。こうなったら、直接大洗女子学園に乗りこんでまほを止めるしかない。そう決断したアンチョビが助力を頼んだのが、戦車道チームで副官をしているこのペパロニである。
明朗快活、単純明解を地でいくペパロニは友人が多く、交友関係も幅広い。大洗女子学園とつながりがある友人が一人や二人いても不思議はないだろう。一刻も早く大洗女子学園に向かいたいアンチョビは、ペパロニの顔の広さに賭けたのだ。
「話はわかったッス。姐さんが求めてる条件にぴったりの奴がいますよ」
「本当かっ!?」
「姐さんに嘘なんてつきませんよ。あそこでアイスを売ってる奴に頼めば、大洗までひとっ飛びッス。おーい、
アンチョビから事情説明を受けたペパロニは、大声で近くの屋台でアイスを売っている少女に声をかけた。すると、アイス屋から小走りで一人の少女がやってくる。茶髪のショートヘアーを七三分けにし、大きな丸眼鏡をかけた、どこにでもいるごく普通の少女だ。
「なーに? 私のこと呼んだ?」
「舞の腕を見込んで頼みたいことがあるんスよ。ここにいるアンチョビ姐さんを大洗女子学園に連れて行ってほしいんだ」
「楓の学校に? 話が全然見えないんだけど……」
ペパロニが結論から入ったせいで舞と呼ばれた少女は小首をかしげている。ペパロニは行動力があるかわりに、頭を使って物事を考えるのが不得手であった。
このままでは貴重な時間を無駄に過ごしてしまう。そう結論付けたアンチョビは、本日二度目の事情説明をすることにした。
「うーん、協力してあげたいのはやまやまなんだけど、今日はもっとアイスを売りたいんだよね。ほら、うちもそんなにお金の余裕ないし」
「そこをなんとか頼む。友人を犯罪者にしたくないんだ」
アンチョビはまほと正式に友達になったわけではない。それでも、アンチョビの中ではまほはすでに友達だった。悩み相談を受けて連絡先も交換したのだから、まほもきっとそう思ってくれているはずだ。
友人が罪を犯すならそれを止めるのが真の友。だからこそ、アンチョビはここで引きさがるわけにはいかなかった。
そんなアンチョビの思いを神様はしっかりと汲んでくれた。金髪ロングヘアーの救いの女神をこの場に派遣してくれたのだ。
「アイスは私が売ります。それなら問題ないでしょ?」
「カルパッチョ!? どうしてここに?」
「今日は午後からペパロニの手伝いをする予定だったんです。統帥、この場は私に任せてください」
カルパッチョは戦車道チームのもう一人の副官。ペパロニと違って頭が切れるので、安心して仕事を託せる隊員だ。
「カルパッチョが手伝ってくれるんなら、まあいいかな。大洗女子学園に通ってる妹と連絡を取るから、ちょっと待ってて」
携帯電話を取りだし少し離れた場所で通話を始める舞。
アンチョビが祈るような気持ちで舞の後姿を見つめていると、数分もしないうちに舞は戻ってきた。どうやら話はすぐにまとまったようだ。
「大洗女子学園に潜入する手引きは妹の楓がしてくれるんだけど、楓はアンチョビさんにお願いしたいことがあるみたい」
「交換条件というわけだな。わかった、なんでも言ってくれ」
「楓のお願いはアンチョビさんへのインタビューです。楓は放送部に所属してるんだけど、大洗女子学園で話題の的になってる戦車道の情報を欲しがってるの。二回戦の対戦相手だったアンチョビさんはうってつけの取材対象なのよ」
「そんなことならお安い御用だ。どんな質問にも答えてやる」
アンチョビの発言は誇張でもなんでもない。秘密兵器のP40を投入して敗退したアンツィオ高校に隠すことは何もないのだから。
「舞は私に頼むことはないのか? お金以外のことなら力になるぞ」
「私はとくにないです。みんなでお金を貯めて購入した水上機の飛行試験ができる、いいチャンスだしね」
「水上機? あっ! もしかして舞は……」
舞があの学科の生徒だとしたら、ペパロニがひとっ飛びと言ったのも納得がいく。あの言葉は大げさな発言ではなく、そのままの意味だったのだ。
「自己紹介がまだでしたね。航空科二年生、三郷舞です。アンチョビさん、Ro.43の長距離飛行試験に付きあってもらいますよ」
◇◇
ルクリリは練習試合には参加せず、新チームに基礎を教える役に回った。
まだ日が浅いとはいえ、ルクリリは日本一の戦車道流派、西住流の門下生。さらには、ラベンダーの母で師範でもある西住しほから徹底的なしごきを受けている。素人に戦車道の基礎を一から教えることなど朝飯前であった。
とはいえ、しほのように鬼訓練を課すことはしない。あれと同じ訓練を施してしまうと、新人が一日で逃げだしてしまう可能性が高いからだ。ルクリリがあのしごきに耐えられるのは、ひとえにラベンダーとの友情が成せる業である。
そんなルクリリが担当するのは、三式中戦車に搭乗するネットゲーマーチームことアリクイチームだ。すでに戦車の動かしかたに関しては指南済みであり、訓練は砲撃の練習に入っている。三式中戦車は五人乗りなので、ルクリリは戦車に乗りこんで直接指導を行っていた。
「砲撃は停止してから撃つのが基本ですわ。移動中の射撃はほとんど当たらないと思っていたほうがいいわね」
「聖グロって行進間射撃が持ち味じゃないの? ネットにはそう書いてあったけど……」
アリクイチームのリーダー、ねこにゃーの質問にルクリリは思わず苦笑いしてしまう。
ルクリリの教えは聖グロリアーナのやりかたを否定しているのだ。もしこれがOG会に知られたら大ヒンシュクを買ってしまうだろう。
「今の私は西住流の人間だからこれでいいのよ。聖グロリアーナの戦いかたは新人にはおススメできませんの。さあ、余計な話はやめて訓練に集中しましょう。ぴよたんさん、装填は終わりましたか?」
「なんとか終わったずら」
「あなたは筋力をつけたほうがいいですわね。装填に時間がかかりすぎると、砲撃戦が始まったとき不利になりますわ」
「筋トレ……自信ないぴよ」
ぴよたんはしょんぼりした様子でうつむいてしまう。どうやら彼女は運動が得意ではないらしい。
「ボクもトレーニングするにゃ! 一緒にがんばろう」
「私もやるなり!」
ぴよたんを励ますようにねこにゃーとももがーが声をかける。三人はチームワークの点では問題ないようだ。
「トレーニングといっても無理する必要はないわ。筋力を少し増やして装填時間を短縮できればそれで十分よ」
「わかったっちゃ。教官、私がんばるぴよ!」
「それだけ元気なら心配いらないわね。次は実際に砲撃よ。しっかり的を狙ってくださいまし。ももがーさん、砲撃が終わったらすぐに移動するのを忘れないように」
「了解したもも!」
その後、訓練は何事もなくスムーズに進んだ。ルクリリが想定していたより三人のやる気が高かったのは、うれしい誤算である。
「戦車道で大事なのは攻撃だけじゃありませんわ。相手の攻撃をいかに防ぐかも重要な要素よ。三式中戦車の装甲はそれほど厚くないけれど、いざとなったら身を挺してフラッグ車を守ることも求められるわ」
「味方の盾になって散る。かっこいい最後だにゃ」
「教官は良いこと言うっちゃ」
「西住流一の守備職人なり」
守備を褒められるのは素直にうれしかった。守備的な戦いかたに関してだけは、ラベンダーにも負けていないという自負がルクリリにはある。
「そんなに褒めるなよ、照れちゃうだろ。まあ、私の守備能力の高さは西住師範のお墨付きだからな」
ここまで上品なお嬢様をうまく演じてきたルクリリであったが、ついにボロが出てしまった。
急にルクリリの口調が変わったことで、アリクイチームの三人は目を白黒させている。それを見たルクリリの顔は徐々に赤くなっていった。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。
「コホン。今のように気を抜いてはダメよ。戦車道は油断大敵ですわ」
ルクリリがそう取り繕っていると、まほから訓練終了の連絡が入った。気まずい空気を打破できる実にグッドなタイミングである。しかし、このまほの無線連絡こそがルクリリの身に降りかかる災いのスタートだった。
「ルクリリ、一つ質問してもいいか?」
「私にですか? 訓練に問題はなかったはずですけど……」
訓練終了のあいさつが終わったあと、ルクリリはまほに呼びとめられた。表情に変化はないが、まほは不機嫌そうな気配を漂わせている。
もしかしたら、なにか訓練でミスをしてしまったのかもしれない。だが、ルクリリが思い返してみてもとくに目立った失敗はなかった。あえて挙げるなら最後に地が出てしまったことくらいだ。
「訓練に不満はない。今からする質問は個人的なものだ。君はみほと接するときと私に接するときで口調が違う。これには何か理由があるのか?」
ルクリリが地を出すのは友達と気をつかわなくてもいい相手のみ。それ以外の人物と接するときはお嬢様言葉を使うように心がけている。
ルクリリは淑女になるために聖グロリアーナ女学院に入学したのだ。がさつな性格はできるだけ表に出したくないという思いは当然ある。
まほはそんなルクリリの見栄っ張りなところが気に食わないのかもしれない。とはいえ、それを変えることはできないだろう。ダージリンのような完璧なお嬢様になるのは、ルクリリにはハードルが高すぎた。
「私にはこれが限界なのですわ。
「誰が
まほが突然怒りだしたことにルクリリは面食らってしまう。いったい何がまほの癪に障ったのか、ルクリリには見当もつかなかった。
「そこの二人、喧嘩は風紀違反よ。これ以上続けるなら自習室に連行するわ」
「お二人が喧嘩なんてしたらラベンダーが悲しみますわ。お願いだから矛を収めてくださいまし」
園みどり子とローズヒップの制止の声が効いたのか、まほはバツの悪そうな顔で黙りこんでしまう。その姿は初めて先生に叱られた子供のようであった。
さすがにこれはかわいそうだと思ったルクリリは、まほを擁護することにした。ルクリリは弱っている子を見ると放っておけない性分なのである。
「私は気にしておりませんわ。虫の居所が悪い日は誰にでもありますし」
「……すまない」
ルクリリに向かって深々と頭を下げるまほ。
これでこの話はおしまいだろう。ルクリリがそう安堵していると、まほがいきなりとんでもないことを言いだした。
「お詫びと言ってはなんだが、ルクリリの背中を流させてくれないか?」
「えっ!? いやいや別にそんな……」
「入浴の時間は私たちが一番先だったな。では、さっそく向かうとしよう」
ルクリリはまほに腕をむんずとつかまれ、問答無用で引きずられていく。西住流の元後継者だけあって、その力はルクリリが振りほどけるようなものではなかった。
「背中の流し合いっこができるなんて、これはもうお二人が仲良くなった証拠ですわ。よかったですわね、ルクリリ」
「よくなーいっ!!」
夕暮れの校庭にルクリリの叫びがむなしく響く。ルクリリの苦難はこれからが本番のようだ。
◇
一日目の訓練が終了し入浴の時間となった。しかし、今回の合宿は大勢の人間が参加しているので全員一緒には入れない。その問題を解消するために採用されたのが、グループを三つに分けて順番に入浴する案だ。
先ほどルクリリを見送ったローズヒップは一番目のグループに入っている。しかし、ローズヒップはゆと書かれたのれんの前でお風呂セット片手に待機中だった。待ち人が来るまでここで待つのも作戦の一環なのである。
そんなローズヒップのもとに、同じようなお風呂セットを手にしたラベンダーがやってきた。
「ローズヒップさん、遅れてごめんね。待たせちゃったかな?」
「こんなの待っているうちに入りませんわ。それと、ルクリリはラベンダーのお姉様に連れられてもう入場してますわよ」
「お姉ちゃんがルクリリさんと? 急にどうしたんだろう?」
「お二人は仲良しになったのですわ。だからなにも心配はいりませんの。それより、例の計画はうまくいったのでございますか?」
入浴のグループ分けはラベンダーが考えた。目的はもちろんカモミールとアサミを同じグループにすることだ。
「ばっちり。アサミさんも渋々だけど了承してくれたよ」
「そいつは重畳ですわ。おっ、『噂をすれば影がさす』。アサミ様がやってきましたわよ」
アサミを含む一番目グループがラベンダーのあとから続々とやってきた。
その顔ぶれはというと――
「あっ、ローズヒップ様じゃん。チーッス!」
「ルクリリ様は一緒ではないんですね」
「カモミールさん、大浴場でも私からできるだけ離れないようにしてください」
「ありがとうございます、ペコさん。でも、私はもう大丈夫です。なにがあっても挫けませんよ」
「お二人の麗しい友情は素晴らしいですわ。これは友情という名の愛ですの」
ラベンダーが一番目のグループに選んだのは聖グロリアーナ女学院の一年生たちだ。まあ、カモミールは必須なのでごく自然な人選ではある。
もう一人の重要人物であるアサミは一年生たちの後ろを一人で歩いていた。とても居心地が悪そうだが今は我慢してもらうしかない。
ちなみにB1bisのカモチームと三式中戦車のアリクイチームもグループは一番目。だが、彼女たちは計画に関与していないので先に入場してもらった。
「これで全員そろいましたわね。ではみなさま、ささっと入浴を済ませますわよ。もたもたしてるとあとのグループの方々の迷惑になりますわ」
ローズヒップのこのセリフは事前にラベンダーと打ち合わせていたもの。迷惑になるという言葉を使えば、生真面目なアサミはみんなと一緒に入らざるを得ないだろう。
あとは、お風呂で少しずつアサミとカモミールの距離を詰めていけばいい。ラベンダーが逸見エリカと仲直りするために行ったお風呂で裸の付き合い作戦。ローズヒップとラベンダーは、成功に終わったあの作戦の再現を狙っているのだ。
ところが、着替えの最中にあるハプニングが起こった。今まで無言だったアサミがカモミールに食ってかかったのである。
「その下着の色はなんですか! 私はあなたをそんな遊び人に育てた覚えはありませんよ」
「ごめんなさい! やっぱりいけないですよね。だから怒られるって言ったんですよ、ハイビスカスさん」
カモミールの下着の色はまさかの黒。しかし、今のカモミールの口ぶりからすると、この件にはハイビスカスが深く関わっているらしい。
「えー、あたしはいいと思うけどなー。ちっちゃいカモっちがセクシーな黒下着。これがギャップ萌えってやつだよ」
「あなたの仕業ですか……。よくも私の妹を不良にしてくれましたね。このビッチ!」
「ビッチじゃないし! あたしまだ処女だし!」
「嘘をつかないでください。あなたが私と同じだなんて、そんなことあるわけないじゃないですか!」
自分が処女だとぶちまけたあと、アサミは急に静かになった。どうやら、自分が相当恥ずかしい発言をしたことに気がついたらしい。
雲行きが怪しくなったのを察したローズヒップは、アサミをフォローすることにした。この状態で放置するとアサミがカモミールに危害を加えかねない。
「アサミ様、安心してくださいまし。わたくしもバージンですの。淑女を目指す聖グロリアーナの乙女は簡単に体は許しませんわ。そうでございますよね、みなさま!」
処女であることを告白し、みんなに同意を促すローズヒップ。少々恥ずかしいがこれもカモミールのためだ。
「わ、私も……しょ、処女です!」
まっさきに追随してくれたのはラベンダーであった。さすがは大親友。ローズヒップとラベンダーの意思疎通には一片の淀みもない。
とはいえ、その代償は大きかったようだ。ラベンダーの顔は耳まで赤くなっており、潤んだ瞳は今にも涙があふれそうになっている。
「もちろん私もです。アサミ姉さん、私は不良になんてなってませんよ」
「わわわ、わた、わた、私は……」
「ニルギリさん、無理に答えなくてもいいですよ。あ、私はノーコメントでお願いします」
カモミール以外は処女宣言をしていないが、まあ二人とも間違いなく生娘だろう。ニルギリは言わずもがな。オレンジペコもほんのり頬が赤くなっており、動揺を隠せていないのは丸わかりだ。
その一方でいっさい感情を乱していない人物が一人いた。愛という言葉に人一倍敏感な少女、ベルガモットである。
「私の答えはみなさんのご想像にお任せしますわ。日ごろの行いで判断してくださいませ」
ローズヒップは普段のベルガモットを思い返してみた。
礼儀作法や言葉づかいは問題ない。しっかり気配りもできるし、余裕を感じさせる上品な物腰はオレンジペコにも匹敵する。その反面、愛というワードが絡むと制御不能の暴走機関車になってしまう。恋人がいるベルガモットの愛に対するこだわりは半端ではなく、注意を促した教育係に愛の大切さを逆に説くほどであった。
それを踏まえて判断すると答えはおのずと決まってくる。あのベルガモットが恋人と何もしないというのは考えられない。むしろ最後までやったと考えるほうが自然だろう。
そう思ったのはローズヒップだけではなかったようで、アサミ以外はみんな顔を赤くしている。ニルギリなんて今にも煙を吹いて倒れそうだ。
「あ、あなたたち、学園の風紀をなんだと思ってるのよ! 全員自習室送りにしてやるー!」
激怒しながら現れたのは、バスタオルを体に巻いたカモチームの園みどり子だった。肌がしっとりしているところを見ると、風呂上がりの着替えの最中に今の話を聞いてしまったようだ。
「そど子、こんなところで騒いだら風紀違反になっちゃうよ」
「落ちつけ」
カモチームの残りのメンバー、後藤モヨ子と金春希美がみどり子を止めに入った。すべてを有耶無耶にして逃げるなら今しかない。
「みなさま、今のうちに大浴場へゴーですわ!」
ローズヒップのその言葉を皮切りに、その場にいた面々はそそくさと大浴場へ向かっていく。ローズヒップもぱぱっと裸になって頭にタオルを巻くと、右手はカモミールの腕、左手はアサミの腕をそれぞれ手に取った。
「ほらほら、お二人とも。のんびりしてると風紀委員に捕まってしまいますわよ」
「わわっ! 待ってください、ローズヒップ様」
「まったく、なんで私がこんな目に……」
カモミールとアサミの手を引きローズヒップは前へと進む。二人の間に入ったのは、自分が緩衝材になるというローズヒップの強い意気込みの表れだ。
ローズヒップはラベンダーに頼まれたから協力しているのではない。
家族は仲良くしてほしい。それがこの二人と同じように大家族の中で生まれ育ったローズヒップの願いなのだ。