遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
【決島】の中継が切れてから数時間。
島の外部に居る【決島】の関係者たちは、一体【決島】で今何が起こっているのかも分からずに、ただただ狼狽えているばかりであった。
…何せ、あの規模の『竜巻』。
そう、一体誰が予想できたというのか。【決島】の決勝戦が行われ、とうとう決着となったと思われたその直後に…
突如として、巨大な竜巻が【決島】を飲み込んでしまうだなんて―
島の外のスタッフ用のクルーザーで、中継や配信、スケジュール管理やその他諸々の仕事をしていたスタッフ達だって自分達の目を疑ったに違いない。突然『島』との連絡が取れなくなったと思ったら、『島』がいきなり竜巻に飲み込まれたのだから。
沖合いに停泊していたからか、スタッフ達のクルーザーに一応被害は無いものの…
それでもスタッフ達とて、あの竜巻に対し『島』に強行突入できるはずもなく。島の外から干渉も出来るはずがなく、内部に連絡を取ろうとも何故か『島』の中にいる者たちに連絡がつかないためにただただ狼狽えるしか出来る事がなかったのだ。
…衛星回線よりも確実な強度を誇るはずの、デュエルディスクの連絡回線すら島にアクセスは出来ず。
凄腕のエンジニアばかりが呼び寄せられているというのに、この海洋にいる誰もがあの竜巻の中、島の内部がどうなっているのかを理解出来ないで居て―
それに、全世界…
突然中継が切れてしまった、【決島】を見ていた全世界の観客達もまた『何』が起こっているのかを知りえるはずも無いために…一部地域では、中継を回復させないTV局に対し直接抗議から暴動にまで発展している地域もあるとかないとか。
それ故…本社からは、早く中継を復活させろという圧がかかるのみ。
しかし、そんな事を言われてもどうする事もできない現場スタッフ達もまた…
黒雲と荒波と轟音だけが暴れ狂っている、この危険な海に浮かんでいるしか現状は取れる行動が無く。
…けれども、きっとスタッフ達も夢にも思うまい。
そう、今、現在、あの島を飲み込んだあの『竜巻』の中で…
島に取り残された学生達が、犯罪者たちに襲われているという、地獄のような【裏決島】なるモノが行われているだなんて―
…スタッフ達は知らない、世界中の観客達も知らない。
今現在、あの島の中では突如島を乗っ取った【紫影】と名乗る男によって、学生達と犯罪者集団達が実体化したデュエルにて戦っている事なんて、島の外にいる者たちは誰1人として知る由がないのだ。
それ故、竜巻を消し飛ばす方法などあるはずもないこの現状では、目の前の現実すら理解できずにただ荒れた海から離れることしか取れる行動がないままであり…
解決の目処など立たないままに、すでに数時間経過していて。
…もうすぐ日が落ちる。本当ならば、既に閉会式まで終わって撤収しているはずだった時間帯。
島の中は、一体どうなっているのか…学生達は無事なのか…
何もわからぬ、何も出来ぬ、島の外の海洋では、そんな無力な時間だけが刻一刻と過ぎていくのみであり…
そんな、外からは何が起こっているのかもわからぬ【決島】の『内部』。
その、竜巻に隔離された【裏決島】が行われている島の海岸に…
『…出でよ。』
―突如として誰かの…いや、『何か』の声が零された。
そして―
―!
響くは轟音、それも竜巻の風の音など掻き消すほどの猛々しい音の圧。
海岸に立ったその『何か』が、島を取り囲んだ竜巻を見据え…そして、ポツリと言葉の様なモノを零したかと思ったその刹那に…
なんと島を覆っている竜巻が、悲鳴のような唸りを上げて更に激しく暴れ始めたではないか―
…しかし、『倍』になった風の音に反し。
竜巻の勢いはむしろ『倍』になってはおらず。悲鳴のような風の唸りとともに、寧ろみるみるうちにその勢いを弱めていっているようでもあり…
「…さて、ひとまずコレでいいでしょう。あの竜巻を起こした張本人が消えたのだ。制御されていないモノならば消すのは容易い。」
そんな、悲鳴を上げて弱まっていく竜巻を見て。再度小さく、海岸に立っていた『その人物』がそう呟いた。
そこに居たのは紛れも無い、イースト校理事長…
元シンクロ王者【白鯨】、と呼ばれたイースト校理事長の砺波 浜臣であり…
けれども竜巻を見据えている砺波の雰囲気は、およそ人間の物とはとても思えない程に静かなるも深く重く。
あの人知を超えた竜巻を、まるで己の力で消してしまったかのような言動と共に、あまりに異質なるモノを纏っていて。
…そして、ゆっくりと消えていく竜巻。
島の中に居る人間は、学生や犯罪者たちを含めてもれなく全員その光景に魅入っているに違いない。そう、竜巻が消えていくその光景は、最初に竜巻が巻き起こった時と同じような衝撃となりてソレを見ている者の目に映っていることは言うに及ばず…
島の外、海洋で、力なく消えていく竜巻を見ているスタッフや関係者も。
島の中、戦場で、轟音と共に徐々に消えていく竜巻を見ている学生達も。
誰もが消えていく竜巻を見て、何が起こっているのかわからぬものの…
それでも、確かに消えていく竜巻が紛れも無くこの騒動の1つの終わりを表しているのだろうと言う事は、渦中にいた学生達の誰もが感じているに違いないことだろう。
…一体、砺波は『何』をしたのか。
その口ぶりから、あの島を取り囲んでいた竜巻を消したのは間違い無く砺波 浜臣ただ一人。
しかし、人知を超えた巨大なる竜巻を、砺波がどうやって消したのかは今の段階では誰にも知る由もないことであり…
そうして…
「予想通り【紫影】は逃げたか…まぁいい、また現れるだろう。その時こそ…」
1つ…ただならぬ圧力を持った声を、ポツリと1つ零した砺波は。
なんと初老も過ぎたその片腕で、海岸近くに倒れていた自分よりも一回り大きな『スキンヘッドの大男』を軽々と抱えたかと思うと…
自身が消した竜巻を、深い海から覗き込んでいるような鋭き視線でどこまでも重々しく見据えながら。
ゆっくりと、森の方へと戻っていったのだった―
―…
山中―
「…バトルだ!【スクラップ・ドラゴン】でダイレクト…」
「あふっ、そうは問屋が卸しませぬ。3枚目の【速攻のかかし】の効果はつど…」
「…そうはさせない!速攻魔法、【抹殺の指名者】を発動!デッキから【速攻のかかし】を除外して…」
「でしたら【見切りの極意】を発動でありんす。【抹殺の指名者】の効果を無効にいたし…」
「…それもさせない!カウンター罠、【神の宣告】を発動!LPを半分払って、【見切りの極意】を無効にする!」
「おや…」
野生の木々が群生する、自然生い茂る山肌の斜面の途中。
そこで、まさしく天上の者同士のあまりに激しいデュエルが…ギャラリーの一人も存在せずに、ただただ激しさのみを増しながら行われていた。
…それは紛れも無く、決闘学園デュエリア校の青年、鍛冶上 刀利が戦っているが故の壮絶なる決闘の軌跡。
この世界における6人の『王』の1人、地属性を統べる『地の破王』と呼ばれる鍛冶上 刀利は…
イースト校2年の天城 遊良と、同じくイースト校2年の天宮寺 鷹矢をこの【裏決島】の諸悪の根源へと送り届けるべく。
島の中央に聳える高い山にまで付き添いつつ、ここへきて満を持してとうとう目の前に立ちはだかった恐るべき強敵、デュエル傭兵集団『七草』が1人、ナズナ・ハイラと終わりの見えないデュエルをずっと行っていたのだ。
「…これで【スクラップ・ドラゴン】の攻撃は有効!今度こそ食らってもらうよ、崩壊のデストロイ・ブラス…」
「いぃえ、それは遠慮申し上げるでありんす…ダメージ計算時に手札の【クリボー】の効果を発動。【クリボー】を捨てダメージを0に…」
―!
しかし…
『地の破王』と呼ばれる、この世界に選ばれた6人の『王』の1人である刀利の攻撃を激しい攻防の末に難なく防ぎながら。
刀利と対峙している花魁…『七草』が一葉、ナズナ・ハイラの顔色は、その化粧に隠され全く持って変わりもせず。
…その、圧倒的なる花魁の立ち振る舞いと佇まい。
それだけで、ここまで刀利の攻撃の全て防ぎつつ…ここまでLPを『1』も削らせず、淡々とデュエルを続けているこの花魁の力が果たしてどれだけの『高み』にあるのかを…ギャラリーのいない山奥なれども、きっと誰の目にも明らかに写していたに違いないことだろう。
まぁ、この場には刀利とナズナの他に、デュエルを観戦するようなギャラリーなど居はしないのだけれど…
それでも、刀利の激しい攻撃を前に眉1つ…瞼1つ動かさぬ花魁のその落ち着き様は、このナズナ・ハイラと名乗った女性もまた相当の修羅場を潜り抜けてきたという証明となりながら『地の破王』の行く手を悉く封じ続けているのか。
「あふっ…『あの時』から5年…良い、良い顔をするようになりんしたなぁ刀利坊。」
「…ナズナ先生、貴女は相変わらずですね…相変わらず、誰にも心を許していない…」
「おや、いっちょ前にイイ台詞を吐くようにもなりもうしたか…坊の成長は早い早い…わっちも歳を取ったはずでありんす…」
「…」
平行線、水平線。
誰にも心を許さぬ花魁と、誰とも分かりあえない孤独なる『王』の会話は決して交わることはなく…
過去…デュエリアの街が大炎上を起こした、デュエル傭兵集団『七草』による襲撃事変。
その、過去に交わった事のある因縁のある者同士のデュエルが、今こうして時を経て【決島】にて行われているのは果たして一体なんの運命の悪戯か。
それは今この場では語られぬ、『別の誰かの物語』での出来事なれど…それでも、この花魁は一体これで『何度』刀利の攻撃を凌いできたと言うのだろう。
そう、このデュエルが始まってからずっと『そう』。
20ターン耐えれば自動的に勝利となる、【終焉のカウントダウン】を発動してからずっと刀利の攻撃を耐え続けてきた『七草』が一葉、ナズナ・ハイラ。
…これで、実に16ターンが過ぎた現状。
いくら【終焉のカウントダウン】を発動したことにより、守りに特化すればいいと言えども。この世界によって勝利することを義務付けられている『地の破王』を相手に、それ以外のデュエリストがこれだけの守りを見せているというのも…
ソレはソレで現実離れした状況であることに違いは無く、学生の枠には収まらないほどの実力を持った刀利と、ソレに拮抗しているナズナ・ハイラのデュエルはまさに規格外の一言と言えるのであって。
「…とは言え、些か成長しすぎているようでありんすなぁ…これはもう…わっちでは、主さんには勝てないかと…」
「…貴方達『七草』がデュエリアを襲ってから、僕達にも『色々』とあったんだ。今度はもう、『七草』の好きにはさせないよ。」
…まぁ、それでもお互いに天上の力をその身に宿す規格外のデュエリスト同士。
これまでの状況と、今現在の状況と…そしてこれからの状況を全て分析した結果、この16ターンの間に守りの札を多量に使わされたナズナ・ハイラには自分の方が分が悪いということが既に見えている様子。
後は、刀利が最後の攻撃に用意している手札によって…
きっと、次の18ターン目の刀利の攻撃によって、ナズナのLPは0にされてしまうと言う事を、当人であるナズナ・ハイラも、そして怒涛の攻撃をずっと仕掛け続けた刀利も深い思慮にて理解しているからこそ。
「…僕はカードを1枚伏せてターンエン…」
もうすぐ…もうすぐ決着となるこのデュエルに対し。
刀利が、最後となるであろう次のターンへと向けて、万全を期してターンを終えようとした…
―その時だった。
―!
突如…
激しいデュエルを行っていた彼らの耳に、凄まじい轟音が飛び込んできた。
…それは紛れもなく、島の周囲を取り囲んでいる巨大なる『竜巻』そのモノから聞こえてきたであろう、この世のモノとは思えないほどに凄まじい『風』と『風』の争いの音。
そう、何やら、島を囲んでいる巨大な竜巻に『何か』が起こったのであろうと言う事が、誰の目にも明らかである程に…
巨大なる風の悲鳴の音が、あの巨大なる竜巻から聞こえ始めたのだ―
そして―
「…竜巻が…消えていく…?」
「おや、そろそろ時間切れでありんすか…あふっ、久々の教え子とのデュエル、大層楽しめたでありんすよ刀利坊…では、わっちはそろそろ…」
「…ッ、待って、まだデュエルは途中…」
「いいえ、これにて終幕でありんす。わっちの仕事は刀利坊、主さんの足止めだけ…あふっ、別に勝てなくとも問題は無し…では…『七草』が一葉、ナズナ・ハイラ、この仕事、確かに完遂したでありんす。」
「…待っ…」
―!
何やら、人知を超えた竜巻が消滅していくのを見届けたその刹那。
ソレが『合図』であるのだと言わんばかりに…
デュエルの途中であると言うのに、突如、瞬間的に、反射的に。花魁…ナズナ・ハイラは、刀利とのデュエルの最中であるのにその場に『煙玉』を叩きつけたかと思うと。
視界全土を覆うほどの『煙幕』が、刀利の視界を飲み込み覆い…
そのまま、デュエル傭兵集団『七草』、その1人である花魁、ナズナ・ハイラは…
「…それでは…蒼人様にも、よろしく伝えておくんなんし?」
姿見えぬまま、捨て台詞と共に…
刀利の前から、消え失せたのだった―
「…『七草』…やっぱり一筋縄じゃいかなかった…」
煙が晴れ…誰も居なくなった正面を見据えながら。
苦々しげに、そう言葉を漏らしたデュエリア校の鍛冶上 刀利。
その表情は、どこか過去を思い出しつつ…悔しげであるかのようにも見える代物となりて、無人の周囲に無為に零されており…
…忘れられるわけも無い、デュエル傭兵集団『七草』との過去の因縁。
それは今ここでは語られぬ『別の誰かの物語』とは言えども。その張本人の1人である花魁とここで再会したことは果たして刀利の記憶をどれだけ逆撫でしたというのだろうか。
「…時間稼ぎって言ってたけど…竜巻が消えたって事は…」
けれども過去は過去、今は今として己のやるべき事を忘れてもいない刀利は、消えたナズナ・ハイラの最後の言葉を思い出しながら…
「…そっか、やったんだね、天城君、天宮寺君…」
信じて送り出した少年達、親友の後輩達の目的の達成を…
山の風から、感じ取ったのだった―
―…
「はぁ…はぁ…た、倒した…のか?」
「…うむ、デュエルディスクが終了の合図を出したのだ…今度こそ…間違いない…はずだ。」
「そっか…やっと…」
戦いの残響が未だ響く大空洞。その、デュエル終了直後のこと。
無機質な機械音が鳴り止んだ大空洞で、満身創痍で立ち尽くしていたイースト校2年天城 遊良と…
積み重なった岩に押し潰されている、同じくイースト校2年天宮寺 鷹矢が、今まで『怨敵』が居たその場所を呆然と見つめながらそう言葉を漏らしていた。
…反響するデュエル終了の合図を聞きながら。外界まで突き抜けた大空洞の岩肌を眺めながら。
それは紛れも無く、今の今まで行われていた死闘…裏決闘界の融合帝【紫影】との、【裏決島】最後の戦いにようやく終止符が打たれたための安堵と放心であり…
紆余曲折あったとはいえ、確かに【紫影】のLPを0にしたという紛れも無い証明の『音』の残響が耳に残っているということから、どうにか遊良もソレを現実のモノとして受け入れ始めている様子を見せていて。
「…2対1でこれか…勝てたから良かったけど…」
「ギリギリだ…ギリギリすぎる…【王者】と同等の力がこれ程とは…正直、こんなに苦戦するとは思わなかったぞ。」
「あぁ…正直、倒せた気がしない…いや、勝ったんだけどさ、なんかスッキリしないっていうか…」
「うむ…煙に撒かれたような奇妙な感覚だ…まだデュエルが続いている感覚さえ残っている…」
そんな遊良と鷹矢の口から零されるは、紛れも無く『極』の頂きに位置していた力への喫驚…
【白鯨】や『烈火』と言った、手心のある者達から受ける施しなどでは談じてない。本物の『悪意』を持って自分達を殺しにかかっていた、裏決闘界の融合帝【紫影】に対する畏怖と懐疑であった。
強かった…
2人かがりとは言え、卑怯な手で鷹矢を潰したとは言え。
それでも純粋なまでの【紫影】の『力』は、今の少年達とは住んでいる世界が違うのではないかと思える程の力をありありと見せ付けてきた。
…それでいて、格下相手にも清清しいほどに卑怯な手や精神の揺さぶりをかけてくるその腐った性根。
アレほどの力を持っていると言うのに、ソレを表舞台ではなく『裏』の世界で堂々と発揮しているという理解し難い生き方もそう…
未だ短い人生しか歩んでいない若い遊良と鷹矢からすれば、【王者】にも匹敵する力を持っている【紫影】がどうして裏決闘界に堕ち堂々と卑怯な手を取り続けるのか、全く持って理解が出来ないのだ。
…いや、もしかしたら、あの捻じれた男を理解出来る存在などこの世界には居ないのかもしれない。
そんな、決して理解出来ない、理解したくもない【紫影】の消えた大空洞で…
確かに【紫影】を倒した少年達は、この戦いで一体『何』を得たのだろう。
…【紫影】に勝てたのは、鷹矢と二人がかりだったからと言う事を遊良は履き違えてはいない。
もちろん鷹矢だってそう。遊良が居なければ、【紫影】に勝てなかったであろうことは、先の戦いで充分その身で思い知ったのだ。
勝てたのはそう…ミズチが戦い、トウコが戦い…そして劉玄斎が戦って、【紫影】を消耗させていたからこそ。砺波に刀利、それに蒼人、哲、リョウが味方し、何の憂いもなく【紫影】と戦えたからこそ…遊良も鷹矢も全霊で【紫影】に立ち向かうことができ、そして鷹矢と遊良の『2人』だったからこそ【紫影】に勝つことが出来た。
…ソレを履き違えるほど、遊良も鷹矢も弱くはなく。
自分一人の力、自分達だけの力で【紫影】を倒したなどと、遊良も鷹矢も思い上がっては断じていない。
まぁ、それでもこれまで戦ってきた中で最も強く、やりにくく、憎く、容赦のない【紫影】という敵を、デュエルの正式な決着の形で倒せた事は間違いなく遊良と鷹矢2人の多大なる功績ではあるのだが…
ソレ以上に、これまで対峙したことのなかった『本物の敵』を倒したことは、遊良と鷹矢の心にどれだけのモノを与えているのか。
…初めて抱いた本気の殺意、初めて食らった本物の悪意。
これまで浮かんだ事のない感情、これまで味わったことのない感覚を、確かにこの戦いで遊良と鷹矢は身に受けて。未だ未熟なその心には、確かな『戦歴』がまた刻まれていて…
「これで、他の学生達も助かるはずだ。」
「あぁ…あの屑野郎の言った事が本当ならな。アイツを倒せば、【裏決島】も終わりだって言ってたけど…どこまで本当なのか…」
「その辺りは問題ないだろう。【紫影】を倒したのならば、今度は理事長が好きに動けるようになる。…あの理事長が本気で怒れば…」
「…考えたくないな。今の砺波先生が本気で怒ったら…多分、冗談抜きで死人が出そうだ。」
「…うむ。」
けれども、紛う事なき本当として、2人も【紫影】を倒した事がようやく現実のモノとして飲み込めたのだろう。
…あまりにふざけた催しである【裏決島】も、これで終着となるはず。
浮かび上がってくるのは、【紫影】を倒した安堵と…【白鯨】がいると思えることで生じる、これ以上無いくらいの安心感。
そんな、これまで対峙したことのなかった悪意塗れの本物の『悪人』とのデュエルを終えた遊良と鷹矢も…デュエルの最中…いや、それこそ【裏決島】が始まったその時からの緊張の糸が、ここへきてようやく緩んできたのだろう。
…どこか軽口にも思える彼らのソレは、本当に彼らがようやく一息つけたことの証明。
1つの激闘を終えた少年達へと、圧し掛かるは心地よい疲労と優しい空気。ソレらが少年達を優しく包み込み始めたのも無理はない。何せ彼らは【決島】の決勝からここまで、ずっとノンストップでデュエルをしっぱなしで駆け抜けてきたのだから…
…日常を生きるこの年代の少年達にしては、到底味わうことのない裏社会の激しい戦いを終え。
決着となった最後の切り札、消え行く【D-HERO Bloo-D】を見つめながら…
自分達の多大なる所業を、どこか信じきれていないかのような心持ち。そんな表情をしている遊良と、どこか疲れ果てた顔をしているような気もする鷹矢の鉄仮面が、残響跳ねる大空洞に刹那の時間を映し出しつつ…
そのまま、遊良はゆっくりとその場にへたり込んでしまったのだった。
「おい遊良、座っていないで早く岩をどけてくれ。挟まって動けんのだ。」
「…無事なんだろ?じゃあ少し休ませてくれよ…塔からここまでずっと走りっぱなしで、やっと【紫影】に勝てたってのに。」
「…『軽石』とは言ったがそれなりに重さはあるのだ。生きてはいるが、このまま潰され続けるのは気分が悪い。」
「はぁ、わかったわかった。」
…まぁ、緊張の糸が緩んだとは言え。
鷹矢が『岩』に潰されているのは未だ変わらないのだから、彼らもまだ完全に一息つけるというわけではないのだが。
ともかく…
「っていうか自分で出れないのか?顔と両腕は出てるんだし。」
「無理だ。岩が絶妙にバランス良く組み合わさっているのかビクともせん。正直、肺が圧迫されていて結構息苦しいのだ。これ以上力が入らん。」
「パズルかよ…まぁいいや、じゃあ上の岩から降ろして…」
動けない鷹矢を解放しようと、遊良は鷹矢が潰されている岩の積み重なった上へと昇り始めて。
その足取りは、疲れている以上に慎重であり…
下に体重をかけると、ぐらりと揺れそうな巨大なる岩。それは確かにこの大きさの岩からは考えられないほどの質量の少なさであり、全体重をかけると簡単に崩れ下に落ちてしまいそうなほどに絶妙なバランスで積みあがっているのだろう。
また、岩に潰され、顔と両腕だけが外に出ているという、何とも情けない恰好だというのに。
偉そうな態度を崩さぬ鷹矢も、どこか余裕そうに見えるものの…まぁ、一度は『最悪』を考えてしまった遊良も、鷹矢が無事に生きていたことにはこれ以上無いくらいの安堵を感じてもいるのは先ず間違い無く。
疲弊しきった体に鞭打って、岩山に上る遊良もまた、鷹矢を救出しないと言う選択肢は無いのだから、どれだけ鷹矢が偉そうな素振りを見せても仕方なしとして岩を登って。
そして、頂上に着き…
遊良が、徐に両手両足を岩の隙間に入れて、鷹矢を押し潰している岩を持ち上げようと…
しかし…
「ぐっ…だ、だめだ、ビクともしないぞ…軽石だって言ってたけど結構重い…」
「鍛え方が足りぬのだ!だから普段からトレーニングを怠るなとアレほど…」
「ッ…一度も言ってねーだろ!ぐ…暇があれば、筋トレしてるお前と、一緒に、すんな…っ…重…それに、デカくて…持ちにく…」
頂上から岩を持ち上げようとして、思わず驚いてしまった遊良。
岩山の頂上にある巨大な岩を持ち上げようとしても、遊良にはソレを持ち上げることは出来ず…
多少は動く…けれどもソレ以上動かすことは叶わず。
そう、確かにこの岩は見た目よりも驚くほどに軽い部類とは言え、ソレを『軽石』と言い放った鷹矢の言葉が嘘に思えるくらいにその岩は遊良にとっては『重い』部類であったのだ。
…確かに遊良も全力を込めれば動かせそうではある辺り、見た目以上にこの岩に質量は伴ってはいないのだろう。
けれども、空いた時間があればダンベルを担いだり、やる事がなければ筋トレを日々行っている鷹矢とは違って…
日々の家事や学業に加え、師となった【白鯨】から出される膨大な量の課題…それに、最も手がかかる鷹矢の世話を日常的に行っている遊良には、鷹矢のような必要『以上』の筋肉などついてはいないのだから、岩山を崩さずに頂上から岩を持ち上げ投げ捨てるといった救出方法はどう足掻いても取れそうにはないのか。
いや、それは単純に鷹矢が同性代の男子と比べても規格外なだけなのだが…
それでも、天空の塔からこの大空洞まで走りっぱなし、戦いっぱなしで進んできた遊良の体力は既に限界が近く。【紫影】を倒した安堵も相まって、鷹矢が『軽石』と言い捨てる岩一つとっても、遊良からすれば持ちにくい大きさも相まって持ち上げることが叶わずにいて―
「だ、駄目だ…確かに見た目ほど重くはないけど、岩がデカすぎて俺の力じゃ持ち上げられない…押せば動かせるけど、バランスが崩れたらお前がまた潰される気がする…」
「ぬぅ…」
まぁ、こんなにも積み重なった岩々に押し潰されているというのに、ケロッとして生きている鷹矢の存在から、ソレは確かに本当に確実に紛れもなく『軽石』には違いないのだろう。
とは言え、平均的な筋力しかない遊良からすれば、大きな岩など持ち上げる事すらできないのは当然と言えば当然であり…
…崩れやすい岩山の頂上で、思い切り踏ん張って岩を圧せば全体のバランスが壊れ瞬く間に崩壊してしまいそう。
そうなれば、再び鷹矢は岩に飲まれてしまい…絶妙な隙間によって無事を保てている現状が壊れてしまえば、いくら軽石とはいえ今度こそ鷹矢の命すら危なくなってしまうに違いない。
どうする…せっかく【紫影】を倒したというのに、こんなつまらないことで鷹矢を再び危険な目に遭わせるわけにはいかない…
外から応援を呼んでくるか…いや、他の学生は全員それどころではないはず。島の外から救助が来るのを待つのも、何時間かかるのかわからない…
そんな、デュエル外のことで再び頭を悩ませ始めた遊良が。岩山を崩さぬように、一度下に降りた…
―その時だった。
「貸しなぁ…俺が、どかしてやるからよぉ。」
ゆっくりと…
動けないでいる遊良と鷹矢へと、弱っているのに芯のある声がかけられて―
それは紛れもなく、この場にいたただ一人の大人が発したこの世の何よりも重々しいとさえ思える重厚なる声であり…
発したのはただ一人。デュエリア校学長、かつては『逆鱗』と呼ばれた元プロデュエリスト…
劉玄斎、その人―
「…よくやったなぁ…【紫影】を倒すたぁ驚いたぜ…」
「ッ…」
そんな劉玄斎は、傷付いた足取りのまま、ゆっくりと遊良達に近づいてきたかと思うと。
無意識なのか、それとも意識的になのか…
徐に、遊良の頭を優しく撫でたのだった―
(あ…)
…ソレはその重々しい見た目からは、想像もつかないような優しい所作。
割れ物を扱うような、どこまでも慈しむかのような優しい力で…遊良の頭を、小さな子どもを褒めるように一撫でしたデュエリア校学長、劉玄斎。
そしてその動作1つ、その声1つで…自分に向けられている感情が、限りない慈愛に満ちていると言うことを遊良は無意識に感じ取ったのか。
…遊良に無意識に込みあがる、押さえきれないほどの『何か』。
そう、5歳にして両親を失い、他の血の繋がりを知らぬまま生きてきた遊良の心に…流れ込んできたのは、これまで考えないようにしていたある『感情』。
気を緩めれば、途端に決壊してしまいそう。そんな洪水のように溢れかえりそうな『感情』が、【紫影】を倒した安堵と相まって遊良の心へと押し寄せてきていて―
「ここは俺に任せときな。オメェのダチは…無事に、出してやるからよぉ。」
そのまま、感情が溢れ出しそうになるのを堪えている遊良を背に。
…劉玄斎は、鷹矢を潰している岩山を登っていくのだった。
そして―
「クハハハハ、岩に潰されても死なねぇなんて、流石は鷹峰の孫だなぁおい。」
「む…この状況とあのジジイが何の関係があると言うのだ。」
「関係大有りだぜぇ?昔、あの馬鹿もこんな風に岩に押し潰されて身動きとれなくなった事があってよぉ。…ま、そん時はこんな軽石じゃあなく、本物の重てぇ岩だったが…そん時も俺が出してやったっけなぁクハハハハ。」
「ぬぅ…あんなジジイと一緒にするな。」
遊良では大きすぎて持ち上げることすら叶わなかった巨大な岩を、劉玄斎はその丸太のような腕で軽々と持ち上げ始める。
持ち上げては投げ捨て、持ち上げては投げ捨て…
いくら軽石とは言え、あれだけ高く積みあがっていた巨大な岩々が見る見るうちに小さくなっていくその様は…とてもじゃないが、世紀末を生きているかのような体躯をした劉玄斎でなければ行えない流石の御業と言えるだろうか。
…【紫影】に受けた傷だって、決して軽いモノではないと言うのに。
いや、その傷を見れば、むしろ立っているのだってやっとのはずだと言う事が誰の目にも明らかな程に傷付いていると言うのに―
それでも、劉玄斎は瞬く間に鷹矢の上から岩をどかし続ける。
血を垂らしても、岩を持ち上げた時に多少ふらついても。それでも、迅速かつ丁寧なる仕事運びによって…
鷹矢の上から、岩がどんどんと無くなっていき…
「もう良い、後は自分で出られる…とりあえず、礼は言っておいてやる。」
「クハハ、生意気なのもジジイそっくりだなぁおい。んじゃ…後は、自力で出るこったぜぇ?」
そうして…
祖父の話を持ち出されて、ムキになった鷹矢がそう言ったのを皮切りに。
岩山を崩すことなく、ある程度の岩を退かし終え…後は鷹矢が自力で出られるほどの高さにまで小さくなった岩山から、劉玄斎はゆっくりと足を降ろし始めたかと思うと。
…流石の劉玄斎も、とうとう力尽きたのか。
徐に、鷹矢たちから離れていき…少し離れた場所で、ゆっくりとその場に腰を下ろし―
「あの…」
「…あ?」
「その…色々と、ありがとうございます。」
「…昨日もそうだったがよぉ…俺ぁ元々テメェらの『敵』だったんだぜぇ?赤髪の嬢ちゃん攫ったのも俺だしよぉ…そんな俺に礼言うなんて…」
すると、即座に。
鷹矢を救い、少し距離を取った劉玄斎へと今度は遊良が近づいて。
…それは礼を言うというよりは、まさしく『詰め寄る』と言った方が正しいとさえ思えるくらいの距離の詰め方とも言えるだろうか。
そう、少々弾けるようにして放たれた遊良の言葉は、劉玄斎に対し『何か』を言いたいのだという事を隠す気もなく。
岩から自分の体を引き抜こうともがいている鷹矢を他所に、遊良はそのまま疲れ果てて座り込んでしまった『逆鱗』へと向かって…
居ても立ってもいられないかのように、更に続けて言葉を発して。
「…ッ、そ、それでも…それでも、貴方は俺達を助けてくれた…昨日もルキを外まで運んでくれて、今だって鷹矢も助けてくれて…それに、最後の【紫影】から俺を…俺達を守って…」
遊良の口から零れるは、自らを『敵』と言い張る劉玄斎の言葉を真っ向から否定する詰め寄る言葉。
それは、いくら劉玄斎が自らを遊良の『敵』と言い張っても…
それでも、これまで幾度も劉玄斎に助けられた遊良からすれば。とてもじゃないが、どうしても劉玄斎を『敵』だとは思うことが出来ないのか。
口から出る言葉の羅列は、『敵』とは思えない程に救いの手を差し伸べてくれた劉玄斎への感謝の意。
敵であるはずなのに、自分に謝ってきたり…崩れかけた大空洞から、ルキを優しく運んでくれたり…今だって鷹矢を岩山から出してくれただけではなく、デュエルの最後の瞬間に何かをしようとしていた【紫影】から、間違い無く自分を守ってくれていた。
ソレゆえ、言動と行動が乖離している劉玄斎を…
遊良が、『敵』と思えるわけもなく…
けれども…
「だから…その…何度も…助けてくれて…」
…遊良の口から零れるのは、自らの『本懐』とはかけ離れた全く別の事柄と言葉。
どこかしどろもどろに零される遊良の言葉は、まるで自身の『本心』とは裏腹に口が勝手に別の言葉を述べているかのような…噛み合わないチグハグさとなりて、流水の様に次々と流れ出る。
それはどこか、遊良の心がまだソレを聞く勇気がないということでもあるのだろうか。
そう…遊良が聞きたいのは、遊良が言いたいのは。感謝の意だとか労いだとか、『そう言う事』では断じてない。
どうしても、遊良には『確かめたいこと』がある。デュエルの最中は考えないようにしていた事、鷹矢に言われ気にしないようにしていた事が。
遊良が聞きたいその『本懐』…
ソレは偏に、【紫影】の言っていたことは本当なのかどうか…
―『天城 遊良、あなたもすぐに、ここで倒れている祖父と同じ目に遭わせてあげますから、えぇ。』
あの屑の言葉の真意など、遊良には決して分からない。
けれども、その場凌ぎの嘘にしてはあまりにしつこく【紫影】はソレを遊良へと執拗に言い続けていたからこそ。
【紫影】を倒したこの場で、屑の邪魔が入らないこの状況で。遊良は一刻も早く、ソレをはっきりとさせたいのだ。
【王者】と同格と謳われた、歴戦に名を残した『逆鱗』の劉玄斎…
彼は、本当に自分の『祖父』なのかどうか―
「あ、あの…俺…」
そして―
遊良が、とうとう意を決したのか。
傷付き、疲れ果て、朦朧としかけている『逆鱗』の劉玄斎へと…
「俺、貴方に聞きたい事が!」
再び、弾けるようにして言葉を発しかけた…
その時だった―
「すまねぇなぁ…」
「え?」
「すまねぇ…何を聞きてぇのかはわかってる…けど…まだ、言えねぇ…言う資格が…ねぇんだ。」
遊良の本懐を遮って…零されたのは、謝罪の言葉。
…朦朧とした意識の中で、それでもハッキリとした意思を持って。
『逆鱗』と呼ばれた男、劉玄斎の口からは、遊良の感情を理解しつつもソレに応えることが出来ないのだと言わんばかりの言葉がゆっくりと零されたではないか。
「…し、資格?な…なんですかソレ!俺…俺は…」
「すまねぇ…本当にすまねぇ…今の俺にゃ、本当に言う資格がねぇんだ…」
そんな、焦燥と動揺に駆られている遊良を見てもなお、劉玄斎は真実をその口から言う事をどこまでも拒み。
…一体、どうして真実を教えてくれないのか。
…一体、何故はぐらかすのか。
一体…劉玄斎の言う、『資格』とは何なのか。
ソレを全く知らぬ遊良からすれば、どうして真実を教えてくれないのかと言う事に対し…落胆と憤りが一緒になって喉まで出掛かり、今にも喚き散らして攻め寄りたい感情が瞬間的に沸きあがり…
それでも…
「…言えねぇ…言う、資格がねぇ…俺には…」
朦朧としている意識の中で、謝るようにそう言い続ける劉玄斎の…
そのあまりに痛々しい姿を見て、どうしても遊良は理解してしまう。
『逆鱗』の劉玄斎…彼の過去に一体何があったのかなど自分にはわからないものの、それでも劉玄斎は今この場では決して『真実』を口にしてはくれないだろう…と。
攻め寄っただけで真実を教えてくれる程、今の劉玄斎の口は軽くはない。
…劉玄斎の言う、告げるための『資格』とは一体何なのだろう。頑なにソレを口にしない、口に出来ない様子の劉玄斎は、一体何を思って遊良の『本懐』に応えようとしないのか。
そんなコト、到底今の遊良には知りえるコトではないとは言え…
朦朧とした意識の中でも、頑なにソレを言わぬ劉玄斎の決意は固く。劉玄斎の言う、その『資格』とやらがハッキリしないことには、例えここで今生の別れとなろうとも劉玄斎は口を閉ざしたままに違いないと言う事を、遊良も感覚的に理解してしまったのだ。
とは言え、何も知らぬ、何もわからぬ遊良からすれば…真実を教えてくれない劉玄斎の態度は、どこまでも煮え切らない感情を遊良に与えているに違いないのだが…
それでも、全ての『真実』は劉玄斎のみ知ることであるのだから、今この場では遊良に『真実』を知る術は無く。
「…わかりました…じゃあ、今はもう聞きません。」
「すまねぇなぁ…本当に…」
「いえ…じゃあ…一緒に外に出ましょう。早く治療を…」
「俺の事はいい…先に…そこの嬢ちゃんを運んでやってくれ…嬢ちゃんの方が、重症だろうからよぉ…」
「で、でも…」
「…クハハ…すまねぇなぁ…俺も、少し無茶しすぎたみてぇで…流石に、ちっとばかし疲れてよぉ…安心しろぉ…この程度じゃあ、俺ぁ死なねぇからよぉ…」
「ッ…」
しかし…遊良の頭の上に置かれる、劉玄斎の大きな手はどこまでも優しくどこまでも暖かで。
撫でられる…割れ物を扱うように優しく、壊れ物に触れるように柔らかく。
…その所作、その行為、その感情だけで、明らかな『真実』を告げているようなモノだと言うのに。最も重要なソレを、決して口にしない劉玄斎は果たしてどれだけのモノを背負って遊良と言葉を交わしているというのか。
言動と行動の乖離…劉玄斎の行動と行為から感じられる暖かさは、遊良に確かな『確信』を与えてもいる。だからこそ、その劉玄斎の所作1つで遊良の感情はいとも簡単に決壊してしまいそうだと言うのにも関わらず…
そんな少年の姿を見てもなお、それでも頑なに真実を口にしない辺り、本当に劉玄斎は果てしなく重いモノを背負っているのだろう。
だからこそ…
「わかりました、すぐに応援を呼んできます。」
「あぁ…頼む…」
「鷹矢!ここを出るぞ!竜胆さんを頼む!」
「うむ!」
これ以上、ここで問答を繰り広げても無駄だと言う事を遊良も把握したのだろう。
それに【紫影】を倒したとは言え、まだまだ現状では解決すべき事案が多々あるのだと言うことを遊良も忘れていないが故に。劉玄斎に対しても、一刻も早く救援を呼んでくるべく…
岩山から脱出した鷹矢に、手早く指示を出したかと思うと、そのまま鷹矢が倒れている竜胆 ミズチを素早く背負い、急いで大空洞から脱出し始める。
そして、遊良もまた鷹矢を追い大空洞から出て行こうとして…
後ろ髪を引かれる重いで、ゆっくりと劉玄斎に背を向け歩き始め―
「なぁ…遊良…」
「ッ!?」
いや…
大空洞から、遊良が完全に立ち去る前に。
振り絞るような声で、劉玄斎から遊良へと再び言葉が零されて。
そして、反射的に遊良が劉玄斎の方へと振り向くと―
「…俺にはまだ、こんな事言う資格はねぇんだが…その…もし…もしまた会えたら…その時ぁ、全部話す事を約束する…もし俺を待っててくれるってんなら…コイツを、受け取ってくれねぇか?」
「…え?」
そこにはあったのは、朦朧とした意識と手つきで遊良へと向かって『何か』を差し出している劉玄斎の姿。
…劉玄斎の差出たるソレは、紛う事なき1枚の『カード』。
そう、劉玄斎は自身のメインデッキから、徐に一枚のカードを抜き出したかと思うと…ソレを、遊良へと差し出していたのだ。
また、差し出されている劉玄斎の手と、振り絞るようにして零されるその声が…微かに震えていることに、遊良は気が付いただろうか。
それはきっと、ダメージの所為だけではないのだろう。そう、振り絞るようにして吐き出される劉玄斎のその言葉には、『真実』を告げられぬ自分への憤りの様な…何やら、悲痛なモノが入り混じっており…
「こ、このカードって…」
「今の俺にゃ、こんなことしか出来ねぇ…すまねぇなぁ…」
「…」
また…その声を聞いて、その手を見て。
傷だらけでもなお、言葉以外で遊良に『何か』を伝えたいと言わんばかりの劉玄斎のその姿は、果たして遊良の眼にはどのように映るというのだろう。
言葉では何も教えてくれない劉玄斎に対し、遊良が何を感じたのかなど遊良本人にしか決して分からぬことではあるものの…
…それでも、差し出されたその手に応えるようにして。
ゆっくりと…自然な所作でカードを受け取った遊良は、確かに言葉以外の『何か』を劉玄斎から受け取ったのだろう。
そうして…
遊良がカードを受け取ったのを見届けた劉玄斎が、ゆっくりと眼を閉じた後に…
「ッ…」
眼から何かが溢れ出しそうな感覚を、唇を噛み締めることでじっと耐えた遊良は…
今度こそ、背を向けて大空洞を後にするのだった―
―…
大空洞、その出口―
「…ごめんなさい、迷惑かけて…」
「む?」
山の胎内たる大空洞から、外の山へと出た鷹矢がミズチの折れた手足に応急手当を施し始めたその直後。
目を覚ましたのか、木にもたれかかっていた竜胆 ミズチが…
ボロボロになった体で、ゆっくりと眼を開けつつ少々苦しげにそう言葉を漏らした。
…それは腕も足も折れ、動けないでいる自分を運んでくれた鷹矢に対する少女の心からの謝意の様。
ミズチは知らない、自分が倒れてから【紫影】がどうなったのかを。
けれども、今こうして生きて大空洞から脱出し、そして大空洞のすぐ出口で手当てを受けていると言うことから…
全身の痛みでまだ意識はぼんやりとしてはいるものの、ミズチも事の顛末をおぼろげながら把握し始めているのだろう。
すると、そんな目覚めたばかりのミズチへと向かって。鷹矢が、ミズチの手足に添え木をしながらその口を開き始め…
「…迷惑も何もない。あのまま貴様を放置していたら確実に死んでいたからな。ならば運んでやるのは当然だ。」
「でも…私は…」
「ふん、怪我人が何を言っても無駄だ。大人しく手当てされていれば良い。………【紫影】とデュエルをして返り討ちに遭ったらしいな。俺達が2人がかりでやっとだった相手だと言うのに、貴様が1人で挑む方が無謀と言うモノだろう。なぜこんなになるまで無茶をしたのだ。全く…もう少し冷静な女だと思っていたのだがな。」
「…」
鷹矢の口から零されるは、どこか厳しいミズチへの叱責。
折れた手足に添え木を巻くその所作は続けながらも、その言葉は手足を折られボロボロになった少女に対する言葉としては少々言い過ぎであるとさえ思えるような厳しい言葉であり…
…とは言え、鷹矢の言葉もある意味では最もなのか。
そう、鷹矢が厳しい言葉をかけるのは、何もミズチを責めているからではない。
それは竜胆 ミズチと、【決島】の予選にて全力で戦った鷹矢だからこそ浮かんでしまう僅かな苛立ち。
竜胆 ミズチほどの実力者が、【紫影】との力の差を理解出来ないほど愚かではないはずだと言う事を…真正面から彼女と戦った鷹矢も理解しているからこそ、自分が名を覚え認めた女がどうしてこんな無茶をしたのだということを鷹矢は押さえる事が出来ないのだ。
…まぁ、ソレはデュエルに最中に【紫影】が言っていた、ミズチと【紫影】の『血縁』が深く関係しているのだろうと言う事など鷹矢だって無論分かってはいる。
けれども、1つ間違えば本当に死んでいたかもしれない無茶をした、竜胆 ミズチの状態はあまりに酷く。好敵手と認めた相手のソレを目の当たりにした鷹矢には、無茶をしたミズチがどうしても許せないに違いない様でもあって。
「…【紫影】は…どうなったの?」
「無論、俺と遊良が倒した。」
「…そう。」
だからこそ、ミズチの儚く気怠げな言葉に微かな『やり切れなさ』と僅かな『やるせなさ』が入り混じっていようとも。
鷹矢はただただ淡々と、事実のみを伝えるだけであり…
「…よし、とりあえずはこれでいいだろう。運ぶと痛むだろうが自業自得だ。我慢しろ。」
「…えぇ。」
…
……
………
沈黙…
手当てが終わり訪れるは、何やら気まずい揺れる沈黙。
鷹矢の言った、『無論、俺と遊良が倒した』という言葉を聞いて…何やら、目に見えてその気分を落とし始めたウエスト校3年、竜胆 ミズチ。
…その姿は、とてもじゃないが下手に言葉を掛けられないほどに思い詰めているかのよう。
そう、【紫影】は倒されたというのにも関わらず、どこか納得のいっていないかのように彼女はその気分を落としていっているのだ。
木陰に揺れる彼女の影が、彼女の儚さをより一層引き立てている。このまま放っておけば、跡形もなく消えてしまうのではないかとさえ思える程に…
彼女の気配が、みるみる淡く儚くなっていき…
…一瞬の沈黙が、永遠に感じられるほどの気まずさと息苦しさ。
傷だらけの少女の白髪が、山風に晒され無抵抗にただ揺れる。
そんな永遠にさえ思える短い時間が、ほんの一瞬だけ鷹矢たちの間に流れ―
「…そういえば、貴様の『捕食植物』が勝手に【紫影】に使われていたぞ。奴のデュエルディスクも回収してきた。あとで、自分のデッキを確認しておくことだ。」
「…そう。」
「…あぁ、それとだな…」
すると、この一瞬の沈黙に耐えかねたのか。
しゃがんだ鷹矢が、ミズチへと言葉をかけつつ再び向かい直したかと思うと…
懐から『何か』を取り出しつつ、再度淡く儚い雰囲気のミズチへと言葉をかけ始めたではないか。
「あと、これだけは直接貴様に渡したほうがいいと思って抜き出しておいた。受け取れ。」
「…これは…【紫影】のスターヴ・ヴェノム…」
「どうせ奴のディスクもカードも理事長に回収されてしまうだろう。だがこのカードは理事長に渡すより貴様が持っていた方が良いと俺は判断したから今渡しておく。…奴が言っていたぞ。貴様、【紫影】の孫らしいな。」
「…」
鷹矢から手渡されたカードを、折れていない方の手で受け取りつつ。
受け取ったカードを、じっと見つめるミズチの眼には…確かな憎しみのせいか、蛇のような異形の眼が僅かに表に出始めて。
―【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】
かつての『竜胆』が代々受け継いできたという、『融合』をその名に持つ特別な竜。一説には、遥か昔にこの世の頂点であったデュエリストのカードの1枚であったとも言うそのカードは…
来るべき未来まで受け継がなければならないと言われている、竜胆家における家宝のようなカードであると言う事を、この時代では覚えている者はかなり少数であると言えるだろう。
…ミズチも幼少の頃に、世話になった親戚の家で何度も聞いた。自分の祖父が、竜胆の家宝と共に姿を消し…犯罪に手を染め、大虐殺を行ったために竜胆家の人々は名を変え隠れるしかなくなり…
そして、滅びたのだ…と。
「…えぇ、そう。…私には【紫影】の血が流れている…だから…私は…」
だからこそ、鷹矢の言葉を肯定しつつ。
彼女の心の内には、これまで生きてきた『人生』とこれまで受けてきた『処罰』とが頭の中に浮かび上がっているのか。
…それなりの歳をした大人は忘れてはいない。【紫影】…『竜胆 蛇蝎』という男に『何』をされた『誰』を奪われたのかを。
それは【紫影】の悪行が薄れた現代でも変わらない。いや、寧ろ年月をかけた現代の方が、【紫影】本人よりも『竜胆』という名前に対する大人達の怨みは熟成されていると言えるのが現状なのだ。
ミズチは思い出す…
幼少の頃の、世間から隠れ汚い場所で生きていた記憶。兄と共に、大人達からの怨みに耐え続けた記憶を。
…彼女の存在感が儚く気怠げなのも、きっとこれまでの人生がそうさせているのだろう。
彼女の兄が、どこまでも道化を演じているのもきっとそう。世界の無慈悲に晒され続け、世間の理不尽に攻められ続けてきた彼女には…社会が自分達をどのように思っているのかをよく知っている。そのため、淡く儚い雰囲気を纏うことで周囲の悪意を受け流してきたに違いない。
また、ソレらが全て【紫影】の孫という忌むべき血筋によって生み出されたということを、彼女自身もまた心から憎んでいると同時に逃れられぬ現実だと諦めてしまっているからこそ。
…己の忌むべき血筋に対し、彼女の中で怒りが更に大きくなりながらも。
それと同時に、自分の血筋が他者からどのように思われているのか。自分はどうやってソレを償えばいいのか…
その『答え』を知っている少女は、搾り出すようにしてその口から…
「…私は、幸せになってはいけないの。」
…と、短く言葉を漏らしたのだった。
しかし…
「ふん、くだらん。」
「…え?」
「貴様が…いや、お前が【紫影】の孫だったから何だと言うのだ。俺とてあんなクソジジイの孫なのだぞ?それに大差など無いだろうが。」
「…でも、【紫影】は犯罪者で…【黒翼】は王者…」
「だから、それがどうしたと言っているのだ。ウチのジジイが金で揉み消した事件が一体どれだけあると思っている。その度に親父や家の者が苦労をかけられていると言うのに、あのクソジジイは知らん顔ばかりだ。だからあのジジイの事は俺には関係ない…ならば【紫影】が何をしでかしたのであろうと、そんな事お前とは関係のない事ではないか。」
「…じゃあ、どうして【紫影】のスターヴ・ヴェノムを私に…?」
「そんなこと決まっているだろう。お前がそれを使えるようになれば、次にデュエルする時の楽しみが増えるからな。むしろ【紫影】の孫で良かったくらいだぞ、俺はもう一度お前と戦いたい…更に強くなったお前とな。」
「…」
忌むべき血筋、責められるべき人種だという理由を告げてもなお。
鷹矢から飛び出したのは、ソレを一蹴するかのような強い言葉であった。
鷹矢は否定する…竜胆 ミズチが、【紫影】の所為で自分までをも否定することを。
公衆の面前で2000人以上を爆殺し、公共の電波で血に塗れ高笑いし…そして将来有望なプロの若手たちを、『表裏戦争』の舞台にて嬉々として殺しまわっていた、あの性根の腐った人間以下の腐った屑の、その直系の『孫』である竜胆 ミズチが抱くべきである『責務』と『責任』を、どこまでも鷹矢は真っ向から全て否定する。
…それも、何も知らぬが故の無責任から出ている言葉ではない。
鷹矢だって、遊良とルキを【紫影】に傷つけられたのだ。ルキはあと下手をすれば死ぬところだったのだし、遊良だって一歩間違っていたら命を失っていたのだから、鷹矢だってある意味で【紫影】の被害者であるはずなのに。
そう、【紫影】の孫であるミズチに対し、鷹矢が他の大人達と同じく彼女に『責任』を取らせたいと思ったって、それはある意味当然と言えば当然の事のはず。
それでも―
「もう一度言ってやるぞ。祖父のやらかしたことなどお前の罪でもなんでもない。俺とて、あのクソジジイの罪など庇うつもりも無いのだからな。だから向こうが知らん顔をするのならば…こちらも、知らん顔しておけば良い。」
「…知らん顔…」
それでも、けれども、あくまでも。
忌むべき人種として扱われ、それを自分で認めているミズチの事を、鷹矢はどこまでも否定し続ける。
そう…それは鷹矢が、『竜胆 ミズチ』という女性を名を覚えるに値する1人の強きデュエリストとして認めているからこそ―
【黒翼】の孫としてしか見られてこなかった事や、Ex適正が無いだけで周囲から認められない遊良の葛藤をずっと近くで見てきたからか。きっと鷹矢は、誰よりも人を『個』で見ることが出来るのだろう。
血筋や人種や個性など関係ない、ただ人を『個』として見ている鷹矢だからこそ…【紫影】の血筋というだけでミズチがどれだけ自分を責めていようとも、そんなモノは自分には全く関係ないのだとただただ真っ直ぐに伝えているだけであり…
…自分の認めたデュエリストが、【紫影】の孫だったから何だと言うのだ。そんなこと、気にする事でもないではないか…と。
確かに【紫影】への恨みから、【紫影】のみならずその血縁に至るまで怨んでいる者達もいるのかもしれない。それでも、誰もが皆その『血筋』を問題視しているわけではなく…
少なくとも自分が至る答えは違うのだと、鷹矢は己の言葉によってミズチへと伝えようとしていて―
「…なにそれ…ふふっ…そんな事…考えた事もなかった。」
…そんな鷹矢の言葉を聞いて、ミズチは何を思うのだろう。
【紫影】から受けたダメージの所為で、朦朧としつつあるその思考の中で…鷹矢の言葉に少女が何を感じたのかなど、ミズチ自身にしかわからぬことではあるものの。
それでも、自分が【紫影】の孫だと言う事を、鷹矢が全く気にしてもいないと言う事だけは確実に感じたであろうミズチは…
ただ、淡く、儚い笑みを零し―
「だから今は眠れ、竜胆 ミズチ。下らん事など今は忘れろ…【紫影】は【紫影】、お前はお前だ。」
「…えぇ………うん…ありがとう…」
そのまま、気を失ったのだった。
「悪い、待たせた。」
「うむ。」
そして、そのあとすぐに。
大空洞の出口から出てきた遊良が、鷹矢たちと合流して。
「竜胆さんは?」
「応急処置をして気を失ったところだ。さっさと理事長のところまで運ぶぞ。」
「あぁ。けど大丈夫か?お前だって岩に潰されてたんだ。軽石だって言ってたけどそこそこ重かったし…」
「要らぬ心配だ。遊良の癖に、俺の心配をするなど10年早い。」
「んだよ、鷹矢の癖に、折角心配してやってるのに失礼な奴だな。」
「ふん、あんな岩など軽石も同然だ。…まぁ、頭にぶつかった所為か多少ふらつくが…」
「おいおい…」
「まぁ大丈夫だろう。右腕も痛いが、竜胆 ミズチ1人担ぐくらいならば問題ない。お前はどうなのだ、少し休ませろと言っていただろう?」
「大丈夫だ。お前が岩から出してもらってる間に体力は回復したから。じゃあ行くぞ、砺波先生に早く報告しないと。」
「うむ。」
そのまま2人は、簡単にお互いの状態を共有したかと思うと。激しい戦いが終わったばかりだと言うのにも関わらず、休憩も取らずに出発し始めて。
…【紫影】と戦う前に大空洞まで走りっぱなしで、【紫影】との激闘の余韻もあって体は相当重いはずだと言うのに。
それでも、下りの山道という険しすぎる帰り道を…来た時よりは遅いペースとは言え、遊良と鷹矢はなるべく急いで下山し始めるのか。
…それは脅威は去ったとは言え、【紫影】を倒したばかりで現状がどうなったのかを未だ把握できていないからこその急ぎ。
【紫影】が言っていた、『自分を倒せば【裏決島】は終了』という言葉も本当かどうか分からない。そう、敵はあくまでもルール無用の犯罪者集団なのだから、敵の親玉は倒したけれども残党たちは約束を守らずに襲い掛かってくるかもしれないという懸念を遊良達は密かに感じているのだ。
…【紫影】の言葉は信用ならない。絶対に信じてはいけない。
先の戦いで、ソレを嫌と言うほど味わい身に染みて理解したからこそ…
周囲を警戒し、なるべく急いで。遊良と鷹矢は、険しい山道を注意して降り始める。
「そう言えば遊良よ、【カップ・オブ・エース】などいつ手に入れたのだ?」
「あぁ、決勝の1戦目が終わったときにリョウさんとトレードして…俺も【成金ゴブリン】1枚余ってたし、向こうも沢山持ってるからって。」
「そうか。…しかし、先ほどは『ああ言った』が…」
「あぁ…正直、リョウさんみたいに使えるかって言ったらかなりキツいな。ノータイムで使うにはリスクが大きすぎる…さっきのデュエルはアレしか選択肢がなかったけど、俺にはアレを使いこなせる気がしない。」
「うむ。」
…とは言え。
周囲を警戒しつつも、【紫影】を倒したという1つの大きな目標を達成した事もあり…遊良と鷹矢の会話に、行きよりも確かな気楽さが感じられるのはこの歳の少年達としてはある意味当然の事とも言えるのだろう。
…本当に強かった…1対1では、決して勝つ事など出来なかった。
そんな、これまで戦ったことのなかった本物の悪意を持った【紫影】とのデュエルを、2人はもう振り返りつつ。
張り詰めた緊張とは違う、警戒心の中にも余裕のある会話を挟みながら…
「アレはあのギャンブル狂いだからこそ後先考えずに発動できるカードなのだろう。奴以外が使うには相応のリスクが伴う…使いどころを見極めねば…自滅するだけだ。」
「…そうだな。」
確実に、かつ着実に。
遊良と鷹矢は、登ってきた山道を迅速に下りて行く。
そして…
―!
何やら、大きな『音』が竜巻の方から聞こえたかと思うと。
突如、遊良たちの視界から…
竜巻が、消えていくではないか―
「ッ、鷹矢、見ろ!竜巻が…」
「消えていく…【紫影】を倒したからか?」
思わず足を止めた遊良達の視界に飛び込んできたのは、あの超巨大な竜巻が更なる轟音を立てて消えていく脅威の光景。
遊良達は知らない…
いや、思いつくはずも無い―
あの竜巻を『消して』いるのが、自分達を送り出したイースト校理事長、【白鯨】と呼ばれし砺波 浜臣であると言う事を。
足を止め、魅入りながら…遊良達は見る、時間もかからず竜巻が完全に消えていくのを。
「そういえば鍛冶上さんは大丈夫かな。あの花魁、かなりヤバそうな感じだったけど…」
「鍛冶上 刀利ならば心配いらんだろう…と言いたいが、確かにあの花魁も相当の手練れのようだったからな…正直、【紫影】を相手にするのと変わらぬ感じがした。」
「あぁ…世界は広いってことだな。よし、とにかく先に鍛冶上さんと合流しよう。」
「うむ。」
そして、完全に竜巻が消えたのを見届けた後に…
再び山道を下りながら、刀利と別れた場所まで急ぎ始めるのだった―
―…
「ひゃはは、チャン僕達もトゥートゥー年&貢の収め時かーもねー。」
「かもね。」
「さてさてさーて、一体どんだけ懲&役with罰or罪くらうのかなぁひゃはははは。」
「ギョウさんは死刑。」
「フゥー!ロナロナってば手厳しうぃーねー!」
決勝戦が行われていた天空の塔…その、正面入り口のすぐ前でのこと。
2対1で砺波に敗れ、グルグルに縛られたデュエル傭兵『七草』のメンバー…ゴ・ギョウとスズシ・ローナは、同じく『烈火』に敗れ気を失っているホトケ・ノーザンを横目に、どこか軽めにそんな言葉を漏らしていた。
…それは彼らが、裏社会の人間であるが故の顛末の予測と諦めの潔さ。
裏社会でもトップクラスの実力を持っていると言うことで、一般人には言えないような汚い仕事も多々請け負ったことのある彼ら『七草』だからこそ…
これまで裏社会で相当の場数を踏んできたことにより、今ココで仕事に失敗し捕まってしまった事でこれからどうなるのかの事の顛末が先まで読めてしまっているのだろう。
…ソレはこの【決島】での失敗だけに収まらない。これまで『やってきた事』の制裁も含めて、きっと『責任』という名の罰を表社会に与えられるに違いなく…また、先ほど【白鯨】がポツリと零したところによると、あの巨大な竜巻が消えたことで海洋に待機していた警察やら軍隊やらが一挙に押し寄せてきているらしいではないか。
それも公の部隊ではなく、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】直属の私設軍隊やら、デュエリアの秘密警察と言った滅多に表には出てこない部隊が揃って出てきているというのだから…裏の者達からすれば大変も大変、最初に屑に聞いていた話とまるで状況が異なっているとパニックになっている頃に違いない。
きっと今頃、島の中で学生達を襲っていた有象無象の犯罪者たちは根こそぎ検挙されている頃だろうし、学生を攫って島からさっさと逃げだそうとしていたそれなりの者達も軒並み逮捕されている頃。
それに裏の猛者達とて、どれだけの者が逃げおおせるのかはわからない…それは『七草』たる自分達だってそう。となれば、この検挙によって裏社会の縮図は大きく変化してしまうことになる…
それを容易に想像できる、裏社会のデュエル傭兵集団『七草』だからこそ。
今更じたばた抵抗したり、往生際悪く泣き叫んだりすることが無駄だと言う事をいち早く理解し、清清しいまでに諦めモードに入っている様子であって。
「しっかしさー、まーさか【白鯨】があーんなバケモンだったとはねー。」
「同感。アレ、規格外。誰来てても、多分こうなってた。」
「それなー!マジマジマージでチャン僕達クジ運ナッシング過ぎだっつーの。ちゃんヴェラに変わってもらえばよかったってねー!」
「嘘。ギョウさん、最初喜んでた。【白鯨】とデュエル出来るって。」
「ひゃはは、ソレを言うなっつーの!」
…とは言え。
彼らも元シンクロ王者【白鯨】が、よもやここまでの怪物であったとは思いもよらなかったのか。
そう、『極』の頂きに位置している、裏社会の猛者の2人からすれば…いくら砺波が元【王者】だったとはいえ、2対1の状況であんなにも一方的に蹂躙してくるだなんて信じられなかったに違いない。
『七草』が一葉、ゴ・ギョウとスズシ・ローナ…彼らも、これまで幾度も死線を潜ってきた紛れも無い強者。
そんな彼らでさえ、とてもじゃないが今の砺波は自分達と同じ『人間』であるとは思えない様子であり…
…あの、遥か深遠から覗き込んいるような目…アレは人間の眼ではない、あれでは【白鯨】は正真正銘の【化物】ではないか…と。
まぁ、とは言え彼らも、流石は若くして裏社会を生き抜いてきた猛者の中の猛者らしく。これからの自分達の処遇を理解しているはずだと言うのに、どこまでも軽口を叩ける辺り…彼らの精神力は、およそ並外れたモノではないのだが。
「…はい…そうですか、医療棟は全員無事…はい、それは良かったです。泉君と十文字君には感謝しきれませんね…今のところ死者も行方不明者もなし…はい、奴が出てきたというのに上出来でしょう。行方は追々…はい、それはもちろん…」
また、少し離れた場所でどこかへと電話をしている砺波の口から零されたのは…今まさに救援が駆けつけた、『医療棟』の現状についてであった。
島を襲った犯罪者たちの大半が押し寄せていたという医療棟…決闘市とデュエリアの学生達が篭城していたというその拠点は、まさしく島の中でも屈指の激戦区として相当激しいデュエルが行われていたという。
…島中で行われていた戦いとは違う、ある意味本物のデュエル戦争。犯罪者たちの中にはその道で有名な裏の猛者が数人居たらしく、更にデュエルが実体化していたその中で学生達に死者が出なかったのはまさに奇跡としが言い様がないだろう。
だからこそ、そんな危険な爆心地で死者が出なかったのは、偏に途中から救援に駆けつけたプロデュエリストの泉 蒼人と十文字 哲の力があったからこそ。
砺波に上がってきた報告によると、蒼人と哲の2人が敵を一挙に引き受けていたらしい。そして学生達の援護を受けながら、彼らは2人で100名を超える敵の悉くを返り討ちにしていたと言うのだから…彼らなくしては学生達の無事はなかったのだと、報告を受けた砺波も胸を撫で下ろしたに違いなく。
…島を囲んでいた竜巻が消えた今。既に警察やら軍やらが島に上陸し、犯罪者たちを捕まえるために奮闘している。
先に砺波に届いた連絡によれば、急いで船で逃げようとした敵も全員その場で捕縛されたらしい。
また、島の中で攫われた学生達も全員救出済みで、各校の名簿と照らし合わせても行方不明の学生は居ないというのだから…怪我人が出たとは言え、結果としては上々も上々、学生側の完全勝利を疑う余地もない。
…それもこれも、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の最高幹部である『妖怪』、綿貫 景虎が迅速なる指示と指揮を執っているからこその掌握と鎮圧。
元々安全面を考慮して、警備隊を付近に待機させておいたとは言え。『妖怪』の一声で大部隊がこぞって島に救援にやってきたのだから、その迅速さには例え【紫影】の集めた猛者達であろうと逃げられないに違いない。
いずれ警察や軍がこの塔にもやって来る…後は、後はこの塔を襲いに来て返り討ちにした者達を引き渡せばとりあえず自分の仕事も終わる…
…そんな事を考えながら電話を切った砺波は、ふと大空を見上げつつ。
「…では綿貫さん、後のことはよろしくお願いします、はい…では……………ふぅ、どうにか無事に終わりそうですね。」
深い…それはそれは深い溜息を1つ吐いたかと思うと。
そのまま、少々疲れたかのように振り返り…
返り討ちにして縛り上げた『七草』の元へと、ゆっくりと歩き近づいてきた。
「さて、お待たせしましたね。『七草』が一葉、スズシ・ローナ、ゴ・ギョウ。」
「ひゃは…別に待ってないけどねー…」
「…」
眼下で縛られ大人しくしている、ゴ・ギョウとスズシ・ローナを見据えつつ。
そう言葉をかけた砺波の視線は、確かに『七草』の2人に向けられてはいるものの…
砺波の思考は遥か彼方で全く『別の事』を考えているかのように、『七草』の2人を見ているようで見ていない不思議な視線となりて眼下の2人に向けられる。
そして、そんな不思議な視線…と言うよりは、値踏みされているかのような『不気味な視線』を、見られているギョウとローナも感じているのだろう。
眼を向けられ、声をかけられ、そして傍に立たれているというただソレだけの行為に…歴戦を生き抜いてきたはずのゴ・ギョウは冷や汗をかき、ローナは声を失い身構えていて―
「デュエル傭兵集団『七草』…金を払えばどんな仕事も請ける裏社会の猛者、か。ふむ…」
しかし、そんな『七草』を意に介さず。
…ただただ砺波は淡々と、何かを考える素振りを見せ始める。
それは自分の視線が、『七草』に何を感じさせていようとお構いなしの強者ゆえのゆとりある長考。
それは時間にして1秒と満たない短い思考だったのだろう。それでも砺波の見ているようで見ていない不気味な視線を浴びせられ続けているギョウとローナからすれば、それは永遠よりも長い一瞬だったに違いなく…
…ゴ・ギョウを見透かす鯨の眼差し、スズシ・ローナを値踏みする鯨の鋭視。
警察や軍に引き渡すよりも前に、自分の手で処罰を降そうとでもしているのだろうか。いや、それとも自分達が無法者の裏の者であるのを良い事に、良識を超えた拷問でも行おうと画策しているのか…
そんな、死刑執行が確定しているかのような気分が『七草』の2人を襲い…およそ人間からは漂わないはずの『恐怖』の圧が、確かに今の砺波から発せられ。
ただの一瞬、ほんの1秒…
けれども、永遠よりも長い刹那の時の中で。
このまま、『七草』に圧力がかけ続けられるのかと思われた…
その時…
「よし、決めました。『七草』、その力、このまま警察に引き渡すのも惜しい。どうでしょう、私が貴方達を雇わせていただくというのは。」
「………ひょ!?」
「…え?」
一転…
そう、冷徹なまでの深遠の1秒、その永遠のような鯨の圧力から180°一転し。
刹那の後に、砺波の口から飛び出してきたのは…歴戦を生き抜いてきた『七草』を持ってしても耳を疑ってしまう、とても信じられない言葉であった―
…しかし、彼らの同様も当然か。
何せ彼らの耳に聞こえてきたのは、とてもじゃないが常識から外れすぎている…常人であれば提案すらしようともしないような、あまりに突拍子もない話の持ちかけであったのだから。
砺波は言った…『雇う』…と。
それは【白鯨】が、『七草』に対し金を出し仕事を依頼すると言っていると言うこと。決闘界で頂点にまで昇り詰め、表社会のみならず裏社会においても知らぬ者など居はしない、元シンクロ王者【白鯨】が…
交わるべきでは断じてない、裏社会の者達に対して今間違い無くそう言ったのだ―
…一体、砺波は何を思ってそんな事を口にしたというのか。
裏社会の者と言えば、それすなわち法を犯している『犯罪者』と言う事と同義…そんな者を雇うだなんて、表社会において地位を積み上げた【白鯨】の汚点にしかならないと言うのに。
それでも―
「直にデュエルをしてハッキリと感じました。裏の者とは言え、『極』の頂に至っている者がそこに倒れている者も含め3人…いや、この島にはあと1人いるんでしたね。あなた達のその実力、そのまま野放しにするには惜しいと言っているんです。あなた達を、我が決闘学園イースト校の『特別講師』として雇いましょう。その力、是非とも我が校の為に使ってもらいます。」
「…ちょいちょいちょーい!いきなりなーに言っちゃってんのさー!講&師ぃ!?いきなりすぎて理解できてないっつーの!」
「理解などしなくても良い。あなた達の雇い主が【紫影】から私に変わるだけです。どうせ、私に捕縛された時点で【紫影】から金も貰えないんでしょう?」
「…まー確かに?そうっちゃーそうだけどもだっけーどぅー…」
「でしたら何も問題はない。あなた達の仕事はここで終わり、私はフリーの傭兵を金で雇うだけ、ただそれだけです。私は腐っても元王者、金ならいくらでもありますからね。無論、報酬は弾みますよ?」
「…でも私達、一応犯罪者。潜入して偽装するのとは違う。」
「そーそー、チャン僕達?教&員with免&許も持ってないすぃー?それに学校に?犯罪者雇っちゃってもうぃーのー?天下の【白鯨】サマサマがさー。」
「フッ、そんな些細なことなど問題ではありません。私の一声でそんなモノはどうとでもなる。必要なモノはこちらで準備しておきます。それにあなた達の出自を知るのは学園内でも私だけ…他の先生方は、あなた達をただの新任教師としか思わないでしょう。」
「…」
「ひゃははは!流石は【化物】様様だねぇ…言ってる事がとんでもなうぃーねぇー…」
砺波の口から語られるは、常識破りかつ良識を欠いたあまりに突拍子も無い提案の数々。
才識に長けた砺波からは、考えられもしない提案が次々と彼の口から語られ始め…
しかし、砺波とて自分がルールを破ろうとしていることを理解しながら『七草』にこの話を持ちかけているのだろう。
『七草』を誘うその表情は、一昔前の常識に縛られたお固いモノなどではなく…むしろ、殻を破ったようにどこか生き生きとしていて―
「つーかてーかなんてーか?流石にトンデモ過ぎだとチャン僕思うんだけどもだっけー…」
「…わたし、やる。」
「ほい!?」
そして、そんな砺波の提案に対し。
了承の意を持ってして、そう答えたパンクでロックなゴシックでロリータのドレスを着た女性、『七草』が一葉、スズシ・ローナ。
とても安全には思えない巨大な安全ピンの装飾を、ドレスの至るところに付けているという、ある意味最も教職から遠いとさえ思える恰好をしているというのに…
縛られたままの彼女から感じられる返事には、その場凌ぎのような適当さなどは断じて感じられず。ただただ砺波からの持ちかけに、己の意思で返事をしている。
「前、ノーザンとナズナとセリが先生やってたの、凄く面白そうだった。私もやってみたい。」
「ちょいちょいちょーい!ロナロナーってばマジ?ソレ、マジマジマージで言ってんの?デュエリアん時のやつはさー、仕事of潜入だったじゃんかよー。」
「…でも、一回やってみたかった。面白そう。」
「面白そうってソレマジー…?チャン僕ビックリなんですけどけどー…えー…ロナロナOKしちゃうカーンジィ…?」
また、相方が適当ではなく本気で【白鯨】の提案に乗っかったのを、同じく『七草』のゴ・ギョウも感じ取ったのだろう。
しかし、ローナの返事に驚きこそすれ…
ゴ・ギョウはあくまでもどこまでも、砺波からの提案に限りない疑惑の目を向けたままで。
…そう、世間に興味がほぼなく、どこか抜けているスズシ・ローナとは違って。成人するよりも前から裏社会で戦ってきたゴ・ギョウには、【白鯨】からの提案に疑いと警戒の目をどうしても向けてしまっているのだろう。
裏社会の猛者、デュエル傭兵集団『七草』…その経験は伊達じゃない、軽い言葉とチャラい態度を取ってはいても、その反面で考えている事は冷静無比なる真意の探り。
―この提案は話が旨過ぎる…
ゴ・ギョウが感じていたのは、自分達にメリットしかないこの話への違和感と不快感。
かつて、旨い話に乗り痛い目にあった事が何度あったか。若輩だった頃に、こういった旨い話には必ず裏という裏を超えた裏の中の裏に更なる裏が潜んでいるのだと言う事を…ゴ・ギョウは、その経験則から知っているからこそ。
「ひゃは、長い付き合いだけどさー、未だにロナロナの考えてること?理&解できねーってカーンジィ?でもま、ロナロナには悪いケドー…この話、チャン僕はご遠慮しておこっかなー。」
直感的に話に乗っかったスズシ・ローナを他所に、ゴ・ギョウはこの話を断るべく…
「ま、ケーサツでも何でも?しょっ引かれる方がチャン僕の性に合ってるってゆーかー…」
1人だけ、そう言葉を続けようとした…
その時だった―
『…まだわかっていないようですね。』
「ひょえ?」
…不意に。
暑いくらいの周囲の空気が、一瞬の後の凍りついた―
…その原因は紛れも無い、砺波が零した口調の変化の所為。
そう、砺波の声の質感が、先ほどまでの生き生きとしたモノから再度一転…真夏に近い気温の空気すら凍てつかせるほどの、遥か深海の水温のように果てしなく低いモノへと変化したのだ。
…それはおよそ人間が発せられるとは思えぬほどの、人外染みた『何か』の声。
そのまま、砺波はどこまでも冷たい声で…
自分の提案を断ろうとした、『七草』が一葉、ゴ・ギョウへと向かって―
『私に乗るか…ここで死ぬか…選べ、ゴ・ギョウ。』
「ッ!?」
耳元で…囁かれる選択肢など与えていない、あまりに冷たい鯨の音波。
形容では無い、本物の『死』が実際に目に見える形で迫ってきているという…およそ『人間』には発する事など出来はしない、異質なる恐怖の音がゴ・ギョウへと向かって零される。
ゴ・ギョウは見た…砺波の声の中に、目に見える形の『死』の存在を―
そして、ソレと同時に嫌でも理解してしまったことだろう。そう、砺波の話が旨過ぎるのではない…元から、自分にはコレしか選択肢が用意されていなかった。【白鯨】はただ、傭兵たる自分たちに、体裁として表面上のルールを呈示しただけに過ぎなかったのだ…と。
…これは交渉などでは断じてない、提案などでも断じてない。
圧倒的強者からの…いや、【化物】からの、有無を言わせぬデッドorアライブ。
断ることなどできはしない…断れば、自分が想像している『死』よりも惨い『死』が襲い掛かる。
それを、この刹那の時より短い一瞬で。走馬灯よりも濃厚な思考にて、『理解』が脳内に全速力で駆け巡ったからこそ―
ソレを本能にて『理解』してしまったゴ・ギョウの頭の中には、本能的に『生』を選択することしか行動が出来ず…
「よ…喜んでお受けしちゃいまーす…」
『よろしい。』
…と、無意識にそう零していたのだった。
「しかし、どうせなら7人全員雇っておきたいですね。貴方たち、他のメンバーに連絡は…」
「セリは、駄目…セリ、悪魔。子ども達、死ぬ。」
「…ほう?」
「そ、それなー…ナッズーナとちゃんヴェラ辺りならまだアレだけど?セリだけはダメ&ノーだよねぇマジマージで…」
「スズは?」
「…アレはセリにベッタリ&ペッタリだから無理with無駄っしょー。」
「確かに。あとノーザン、多分この話受ける。この人、子どもに甘いから。でもナズナ、きっともう島に居ない。あの人捕まる人じゃない…それに他のみんな、多分この話受けない。」
「ほう?」
また、雇い主が変わったからか。
砺波の零した構想に、ローナは即座に反応を入れる。
それはある意味、傭兵らしからぬ変わり身の早さとも取れるのだが…しかし組織内の身内の情報を端的にとはいえここまで簡単に喋ってしまうあたり、彼女もまたゴ・ギョウへと向けていた【白鯨】の雰囲気をその肌で感じ取っていたのだろう。
…逆らうのは無駄、嘘も通用しない。
だったら、本当の事を伝えるのが最も最善であるのだと…彼女もまた、これまでの経験からそう察知していたとしても、ソレはある意味当然と言えは当然で…
「セリ、残った人と他の仕事するって言ってた。だから、みんなもう他の仕事行ってる。ナズナも、多分ソレに合流するはず。」
「なるほど…それは惜しい…まぁいいでしょう、ここで『七草』を3人も雇えるのならば上々です。ひとまず、あなた達だけで良しとしましょうか。」
そして、砺波もローナの言葉が彼女の知りえる『本当』の情報であるということを、その深海の闇が如き深い鯨の目で見透かしているからこそ。
無い物ねだりをすることなく、かといって無茶を押し付けるわけでもなく…
すぐさまローナの言葉を簡単に受け入れつつ、しかし将来的なるどこか碌でもないヴィジョンを張り巡らしつつ。かつての理知的な砺波からは考えられないような、常識から外れすぎている自由な言葉を漏らすのだろう。
…この島で行った、『逆鱗』の劉玄斎とのデュエルでの変化が砺波に『何』をもたらしたのか。
かつての『荒くれ者』と呼ばれていたときの破天荒さ、シンクロ王者【白鯨】であった頃の誠実さ、理事長であることに対する理性…
ソレらの全てを複合し、ソレらの全てを超越し…かつ、ソレらの全てを調律したような今の砺波の雰囲気は、常識も非常識もその全てを『ある目的』の為にのみ向かわせているかのような唯一つの野心を抱いているようでもあって。
ともかく…
「さて、トウコさんも無事のようですし…1つだけ【紫影】に感謝しなければな。あの屑でも多少は役に立つものだ。」
先ほど血相を変えて飛び込んできた『烈火』の孫と、その『烈火』本人の怪我の状態も命に別状は無かったことから。
…これ以上【裏決島】で心配すべき事項は無いであろうと、砺波は緊張の糸を緩めつつ。
終局へと辿り着いたこの【裏決闘】、その大きな戦いの1つを無事に教え子たちが乗り越えたことに対し…
砺波はその口から、実に理事長らしい…と言うよりも、実に『今』の砺波らしい言葉を漏らしながら―
「実にいい拾い物をした。これで教え子たちの修業の幅が広がると言うものです。…フッ、これで来年の【決闘祭】の表彰台も、我がイースト校が全て頂きですね。」
全ては教え子を強くするためという、単純なるも絶対なる理事長としての思想の中で…
【紫影】を倒した教え子たちの帰還を、悠々自適に待つのであった―
―…
次回、遊戯王Wings
ep101「決島、終戦」