遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep101「決島、終戦」

【決島】の終局から3日後―

 

 

 

「では、通信障害は事故だった…と?」

「はい。孤島であることが災いし、予期せぬ機器の不調が重なったと共に、復旧まで時間を要した…そう、報告を受けています。」

 

 

 

日も落ち、既に満天の星空が輝くような時間に…

 

…デュエリア本土にある高級ホテル、その広い広いパーティールームの一室にて。

 

大勢集められた記者達の中で、決闘学園イースト校理事長である砺波 浜臣がマイクに向かって、淡々とそう返答をしていた。

 

 

…それは何処からどう見ても『記者会見』。

 

 

そう、3日前に終着を迎えた【決島】、その決勝戦の直後に起こった中継の切断の釈明と…そしてこの3日間で尾ひれがついて広まってしまった、【決島】についてのアレコレについての説明のために。

 

紛れもなく、決闘学園イースト校理事長の砺波 浜臣が、大勢の記者たちの前で説明責任を果たしているところであったのだ。

 

…しかし、ソレも仕方ないことなのか。

 

何せ3日前、凄まじい激闘を魅せ世界中に大熱狂の渦を巻き起こしたイースト校2年の天城 遊良vs.天宮寺 鷹矢の決勝戦のデュエル…その決着となった盛り上がりの直後に、突如として【決島】の中継が全世界から切り離されてしまったのだから、中継が突如途切れてしまったあの瞬間に世界中がどれだけブーイングを起こしたのかは言うに及ばず。

 

確かに準決勝の天城 遊良とリョウ・サエグサのデュエルのときにも、数瞬だけ中継が途切れるという謎の通信障害が起こっていたのもまた事実とは言え。世界中の観客達が楽しんでいた祭典のクライマックスに、あんな不手際を起こされれば…

 

心から【決島】を楽しんでいた観客達に、怒るなと言うほうが無理な話であるのだろう。

 

だからこそ、今はまさに運営側である決闘学園からの説明と言う名目で、集められた記者達の前で砺波 浜臣は対応させられているまさに最中。

 

 

しかし…

 

 

単なる機器の不調であった事を報告するだけならば、こんな決闘学園側も記者会見など開きはしない。

 

そう、わざわざデュエリアの高級ホテルで、元シンクロ王者【白鯨】が決闘学園側を代表し…大勢の記者達の前で、質疑応答をさせられているのには『そうせざるを得ない理由』があるためなのだ。

 

―それは紛れもなく、【決島】の中継が切れている間に、あの島で起こっていたことに対し…

 

世界中で様々な憶測が飛び交っているからであって―

 

 

 

「しかしですね、目撃者の証言によると島に竜巻が直撃したと聞いておりますが…」

「そんな災害が起こったのならば、世界的に大きな問題となっているはずです。しかし、気象庁などからはその様な災害が起こったという説明はありません。それに私も島に居ましたが、そんな災害に見舞われた覚えもありません。」

「で、では島を大地震が襲い学生達が大勢犠牲になったのいうのは…」

「デマです。地震など観測されておりませんし、学生達に死者や行方不明者は居ません。何より、あの島に居た全員が何事もなく島より帰還しております。」

「…し、しかし、実際に災害が起こっているのを見たと言う人がですね!」

「一体、そのような突拍子もない情報はどこから来たモノなのでしょうか?それは、実際に島に居た私の目よりも確かな情報なのでしょうね?現地にいた私は見ておりません。島は災害や襲撃になど、襲われませんでした。」

「う…」

「砺波理事長!セントラルニュースの者ですが質問よろしいでしょうか! この度の【決島】ですが、決勝の直後に島が襲撃を受けたというのは事実なのでしょうか!」

「闘都TVです!こちらにもその様な情報が入ってきております!噂では、大勢の犯罪者たちが徒党を組んで学生達を襲っていたとの声が…」

「それもデマです。学生達は誰にも危害を加えられておりませんし、犯罪者集団など現れておりません。」

 

 

 

事実と異なるデマと共に、確かに起こった『真実』を…砺波は同時に否定しながら、淡々と質疑応答を続ける。

 

しかし、その記者慣れしている表情とは裏腹に…

 

 

 

(…これだからマスコミは困る…一体どこから嗅ぎ付けてきたのやら…)

 

 

 

砺波の心の内では、デマの中に時折現れる紛れも無い『真実』に対し…ハイエナのように情報を嗅ぎ付けてくる記者たちに、悪態を付きたくなるのを必死で抑えているようではないか。

 

…そう、どこから情報が漏れたのか。

 

【決闘世界】が情報規制を行ったというのに、様々なデマが飛び交う中に時折本当に起こっていた『真実』が記者達の口から飛び出してくるのだ。

 

火のない所に煙は立たないとはよく言ったモノ。【裏決島】の終結から、たった3日しかたっていないと言うのにも関わらず…

 

デマの中に混ざるその『真実』は、誰がどう調べたどう広めたのかすら分からぬほどに世界中の野次馬たちによってぐちゃぐちゃにかき混ぜられていて。

 

 

 

 

…【裏決島】で起こった『真実』は、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が敷いた情報規制により、あの時あの島ではあくまでも『何も』起こらなかったということになった。

 

 

 

 

そう、あの島で起こった非現実かつ反社会的な『真実』など、平穏なる表社会には出してはいけないとのことから。【決闘世界】の働きかけにより、あの島で起こった『真実』は国の上層部と言った一部の限られた者にしか明かしてはならないと明記されたのだ。

 

しかし、それでも『真実』を探ろうとする輩が現れてしまっていることもまた事実。隠されれば隠されるほど、『真実』を知りたくなってしまうのが人間の性とも言えるのだから、悪意あるデマと共に紛れも無い『真実』を独力によって得てしまった人間が居るのもまた人間の業とも言えるのか。

 

…きっと情報規制を課した【決闘世界】が、これ以上の情報の統制を行おうとすれば世界の野次馬たちがさらに躍起だってしまうことだろう。規制されたソレこそが、紛れも無い確実なる『真実』なのだ…と。

 

 

…ソレ故、【決島】が終わってまだ3日しか経っていないと言うのに。【決闘世界】も、これ以上世界に対し『真実』を下手に隠すことなどは出来はせず。

 

 

だからこそ、世界が【決島】の真実に躍起になっているこのタイミングで―

 

 

長年のプロでの経験から、最もメディアの対応に慣れているであろう元シンクロ王者であり現決闘学園イースト校理事長の【白鯨】砺波 浜臣が…集められた記者たちの前で、会見を取り行う流れとなったのだ。

 

 

 

(…全く、何故私がこんなことを…)

 

 

 

しかし…

 

記者達に質問攻めされ続ける砺波の心は、この状況にほとほとウンザリしているかのよう。

 

…そう、砺波に課せられたのは他でもない。

 

『真実』を下手に隠すのではなく、デマも真実もその他諸々…その全てを、真っ向から全否定してしまえという、【決闘世界】上層部からの無茶な要求だったのだから。

 

…半ば強引な騒ぎの鎮圧、砺波1人への白羽の矢。

 

先ほどから、記者達の質問に対しその全てデマと否定し続けている砺波の表向きの表情は全く変わらない冷静そのモノなれど…

 

それでも、あまりに面倒な厄介事を押し付けられている砺波の心は、この状況を自分一人に対処させている【決闘世界】に怒りすら感じているようでもあり…

 

 

 

…【決島】が終局した後、【決島】を襲った『竜巻』を見たスタッフや関係者たちには【決闘世界】から口止めがかけられた。

 

 

 

それは表向きには、世間を下手に混乱させないようにせよという、もっともらしい『上』からの伝令。

 

しかし、島の外に居た関係者達は知らない…あの島を襲っていたモノは『竜巻』などでは断じてなく、もっと恐ろしく汚らわしいモノであったのだということを。

 

…真なる理由は、竜巻の内部で行われていた【裏決島】なる催しを微塵も露見させないため。

 

そう、手配書が出回っている未だ捕まっていない犯罪者から、表社会では到底指名手配が出来ないレベルの裏社会の者までもが一同に介し学生達を襲っていた地獄のような【裏決島】…

 

未来ある学生達が、そんな危険な目に遭っていただなんて露見すればきっと世間は面白おかしく囃し立てるに違いないだろう。

 

…下手をすれば、500年以上に亘って積み上げてきた『決闘学園』の歴史がそこで終わる羽目になる。

 

もしそうなってしまえば、最も困るのは超巨大決闘者育成機関【決闘世界】であり…その為、スタッフや関係者のみならず、学生たちにも緘口令が敷かれたのは言うまでもなく。

 

まぁ、それ以前に【裏決島】に巻き込まれた張本人である、各校から選ばれた強者たる学生達からすれば。本当に地獄のようだった【裏決島】を、自ら武勇伝のように語ろうとする愚か者など居はしないのだから…

 

学生達から『真実』の情報が漏れることなど、そもそもからしてありはしないのだが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「では質問を変えますが、この度の祭典によって学生達に多くの怪我人が出たのは本当なのでしょうか!?」

「やはりサバイバルデュエルというのは無茶だったんじゃないんでしょうか?島を駆け巡るなんて危険としか思えません!」

「中には、怪我をして今も意識不明の重態となっている学生もいらっしゃるとか!」

「これは安全面の考慮に欠陥があったということに他なりません!開催前からリアル・ダメージルールの採用に反対意見が多数出ていたのは当然ご存知だと思いますが!」

「やはり世間の意見を無視した結果でしょうか!そうなれば決闘学園側の責任問題かと思われますがいかがでしょうか!」

「となればリアル・ダメージルールは時代にそぐわない欠陥ルールと言う事になりますが!」

「なぜ今回の【決島】でわざわざリアル・ダメージルールを採用されたのでしょうか!説明をお願いします!」

「怪我人はどれだけいるのでしょうか!氏名と状態の公表は必須かと思われます!」

「世間は真実を知る権利があるんですよ!包み隠さず公表してください!」

「どうなんですか砺波理事長!運営側の責任は誰が取るんでしょうか!」

「これはリアル・ダメージルールを採用した運営側の責任です!」

「これは決闘学園の責任問題かと!」

「砺波理事長!責任を!」

「砺波理事長!」

「砺波理事長!」

「…」

 

 

 

来た…

 

そう、とうとう『来た』のだと砺波は感じて。

 

…矢継ぎ早に繰り出されるは、数にモノを言わせた質問の嵐。

 

それはハイエナ…もとい、記者達が、巷で噂されている島を襲った出来事を『否定』しつづける砺波に、とうとう業を煮やし始めたからなのだろう。

 

…確かに関係者たちに緘口令が敷かれている今、あの『島』に居たという【白鯨】の言葉は世間にとってはこれ以上とない『真実』となってしまうのは最早仕方の無いこと。

 

けれども、それでは『困る』のだと言わんばかりの逸りと焦りで…先ほどとは打って代わって、記者達は一挙に押し寄せるかの如く決闘学園側の『責任』を求め攻め寄り始める。

 

…砺波も【白鯨】であった現役時代から、幾度となくその悪意に晒され続けてきたからこそ分かる。

 

この矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐、しかも段々と問題を間違った方向へと向けてくるコレこそがマスコミの得意とする手法なのだ…と。

 

…これまでは世界最大規模の祭典である【決島】を、好意的かつ祭事的に大いに取り上げていたと言うのに。

 

今度は掌を返したように、『一方的』に責任問題を強く訴え始めるその姿はとてもじゃないが『公正さ』など感じられない、肉にかぶりつくハイエナそのモノ。

 

 

 

「そもそもの発端は砺波理事長、決闘市側が【決闘祭】を開催出来なかったからとお聞きしておりますが。」

「【決闘祭】が執り行えないのは決闘市側の問題です!でしたら、今回の祭典の合同開催は決闘市側に問題があったと言う事になりますよね!」

「劉玄斎学長はどうしたんですかぁ?砺波理事長だけが表に出てきていると言うことは、運営側も今回の責任は決闘市側にあると認めていると言うことですよねぇ?」

「未来有望な学生達に多くの負傷者を出した責任はどう取るおつもりなんですか?具体的なお答えをお答え願います!」

「砺波理事長、どう責任を取るおもつもりですか!?」

「砺波理事長!一言!」

「具体的なお答えをお願いしまぁす!」

「今すぐ具体的な責任を取ってくださらないと、有権者の怒りが収まりませんよ!」

「砺波理事長!」

「砺波理事長!」

 

 

 

しかし…そんな体裁などお構い無しに―

 

更に過熱し始めるハイエナ…いや、記者たちの勢いは、人と人の声が連鎖を繰り返しながら益々大きくなり続ける。

 

…【白鯨】と呼ばれた元シンクロ王者である砺波 浜臣に対し、不躾に責め寄り続けるその姿はあまりに醜いと言うのに。

 

それはまるで、恰好のエサである【決島】に『何』も起こりませんでしたでは彼らも面白くないのだと言わんばかりに―

 

…いつしか会場内の空気は、今回の【決島】は大失敗をし、そしてその責任は【白鯨】である砺波 浜臣ただ一人にこそあるのだと断定しているかの雰囲気となりて中継をいつまでも流し続ける。

 

そう、あれだけ話題となり、あれだけ盛り上がり、あれだけ世界を熱狂させた【決島】が―

 

今では記者達の手によって、あたかも『大失敗』かのように扱われ始めてしまったのだ。

 

…それは正確な情報を世間に伝えるという大義名分、しかし裏を返せば配慮の無い土足の踏み込み。

 

記者達の悪意ある魂胆など、これまでシンクロ王者【白鯨】として日々メディアと戦ってきた砺波はよく知っている。政治的なモノも絡んでいるのだろう、誰の指示かは分からぬが、記者達にこう言わせている存在を考えるとある意味言われるがままに仕事を遂行している記者達もまた、ただの駒に過ぎないといえばそれまでなのだが…

 

しかし、そんな砺波を意に介さず。記者達はどこまでもどこまでも、不躾な無配慮のまま自分達こそが正義、大衆の代弁者なのだと言わんばかりの不相応なふんぞり返りを見せ続けるのみ。

 

 

大衆に情報を発信する側ということから、自分達が安全圏にいると思い込んでいるのだろう。まるで正義は報道する側の自分達にこそあるのだと言わんばかりのその問い詰め方は、とてもじゃないが滲む悪意をまるで隠す気もなく放たれ続け…

 

 

 

(…そろそろ時間か…もういいだろう。)

 

 

 

しかし…

 

 

 

そんな、加熱し始めている記者達へと向かって。

 

 

 

砺波はその掌で、ゆっくりと制止を促しながら…

 

 

 

 

 

『…お静かに。』

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

―ピタッ…と。

 

砺波が、あまりに冷たい声でそう言ったその瞬間―

 

なんと、アレほど騒がしかった記者達が、まるで何かに押し潰された様にして…

 

生中継の前だと言うのにも関わらず、突如として記者達の全員が黙りこくってしまったではないか―

 

そう、決闘学園イースト校理事長、砺波 浜臣が言葉一つで制したその瞬間に。アレだけ過熱していた記者たちの熱が、砺波の冷たい声に一瞬にして冷まされ冷やされ凍らされたかのように…

 

―誰もがいきなり止まってしまい、その口を噤んで声を閉ざしてしまったのだ。

 

それは例えるならば、調子に乗りすぎた子どもが大人に制されたかのような状態とも言えるだろうか。

 

まるで『砺波』という逆らってはいけないモノの前に、突然差し出された生贄のように不意に感じさせられたソレによって…

 

記者達は、わけがわからぬまま本能によって静まり返ってしまっていて―

 

 

 

そして…

 

 

 

『怪我人が出たのは確かに運営側も不手際です。しかし現状では意識不明の者は誰1人としていません。全員無事、もしくは軽快に向かっている者がほとんどです。』

 

 

 

語る…

 

 

 

『今回の祭典は合同開催に大人数と、これからの決闘学園の祭典のあり方を考えさせられるとても有意義なモノとなりました。リアル・ダメージルールに関しても、学生達に普段以上の緊張感を生み出したと共に…彼らの集中力をこれまで以上に引き出すきっかけにもなり、大いに成長した学生たちが大勢見受けられました。これらの成功、反省、色々な箇所を踏まえ、今後の祭典に大いに役立てたいと思います。』

 

 

 

邪魔者が居なくなった壇上で…

 

 

 

『最後になりますが、表彰式は明日執り行われます。終了時に不手際や不調が相次いだために、表彰式が延期になっていましたが…学生達の栄誉を称えるためにも、表彰式は明日の正午に決闘学園デュエリア校にてしかと執り行われる予定です。皆様、【決島】を戦いぬいた学生達に、祝福の言葉を是非ともよろしくお願いします。』

 

 

 

砺波はただただ淡々と、冷たい声で語り続ける―

 

記者達に反論を許さない、理解させるためだけの冷たい言葉。ただ聞かせるために放たれる砺波のソレは、記者たちに苛立ちを感じていたが故の重く冷たい静止でもあるのか。

 

…先ほどまでの記者達の質問に、何一つ答えていない。

 

それどころか、【決島】を失敗に陥れたい記者達の意を嘲笑うかのようにして…砺波の口から語られるは、【決島】は成功したのだというただソレだけの事後報告。

 

 

果たして…この会見の中継を見ていた、大勢のTVの前の者たちは気付く事が出来ただろうか。

 

 

…砺波 浜臣が発した、異常なまでの冷たいその言葉を伴った『無言の圧力』に。

 

 

 

きっと、世界中のその他大勢、大多数の者達は気付くことすら出来はしなかったに違いない。果たして、今の砺波の声の本質に気付く事すら出来なかった者達は、自分たちの立ち位置が一体どれだけ幸せなモノなのかと言う事を理解出来るのだろうか。

 

…いや、出来はしない。

 

砺波の会見を見て、『何』にも気付く事が出来ずに好き放題言えるような…そんな圧倒的に弱いその他大勢の、有象無象の、自分が大多数に数えられていることにも気付かぬ程度の弱者たちは、今の砺波の会見を見てもTVの前で批判という無知を晒しているに違いない。

 

けれどもTVの前の赤ん坊や犬や猫…それに勘の鋭い幼い子どもや、多少腕に覚えがあったり多少の歴戦を生きたりした大人は気付いている。

 

そう、今の砺波 浜臣…前シンクロ王者【白鯨】、現決闘学園イースト校理事長の肩書きを持った男から感じられるモノが、紛れも無い圧倒的なる『恐れ』そのモノであるのだということを。

 

赤ん坊は泣き喚き、犬猫は震え隠れ…才能ある幼い子どもはその場で固まってしまい、腕に覚えのある大人は自分の耳を疑い…

 

そして歴戦を知っている少ない猛者は、【白鯨】が最早この世において逆らってはいけない、圧倒的高みに位置している恐るべき者であると言う事に、この会見を見て気が付いてしまった。

 

…だからこそ、TVの前ならいざ知らず。

 

中継の爆心地、この記者会見に参加している記者達は、軒並み漏れなく全員が今自分達が置かれている状況をこの一瞬で嫌でも理解してしまったことだろう。

 

…震えが止まらない、声が出ない…あぁ、【白鯨】に逆らってはいけない…と。

 

まるで生身で深海に放り込まれたかのような絶望感、巨大な深海生物が足元で口を開けているかのような切迫感。

 

今まで、自分達は『何』に対し調子に乗っていたのだろう…そんな急転換した思考を思い浮かべることすら許されず、砺波の声に晒され続ける単なる一般人に過ぎない『記者』という職業であるだけの単なる有象無象達は、砺波から感じさせられている圧倒的な『圧』の前でただただ椅子に固まり座らされているだけであり…

 

今ここで下手に動けば、たちまち命が散ってしまう…それを言葉や心や本能ではなく、『無意識』に刻まれたからこそ―

 

 

 

 

 

 

『では、これにて記者会見を終了とさせていただきます。』

 

 

 

 

 

一方的に、砺波が記者会見を打ち切った事にすら誰も反応出来ないまま…

 

 

 

 

 

『…ないとは思いますが、何か最後に質問のある方は…』

「…あ、あの、さ、最後に1つ、質問…よ、よろしいでしょうか…」

「…はい?」

 

 

 

 

 

いや…

 

深海の如き砺波の『圧』が、まだ消えていないと言うのに1人だけ。

 

砺波の言葉に反応した勇気ある記者…いや、命知らずな記者が、口を震わせながら言葉を漏らし…

 

 

 

「貴方は?」

「ちゅ、中央決報のサエグサと申します…あ、あの…3位決定戦の結果は…あ、その…む、息子が、【決島】に出ていましてですね…い、一応、け、結果を知りたくて…その…」

「サエグサ?…あぁ…」

 

 

 

しかし…

 

一人の勇気ある記者が、『そう』名乗った瞬間に―

 

今まで醸し出していた、深海の水温が如き冷たい声を一転…

 

何やら砺波の態度が少々和らいだと同時に、記者達へと向けていた圧を徐に説き始めたではないか。

 

それはこれまで、誰も名乗らなかった記者達の中で唯一その男が名を名乗ったからなのか…

 

まぁ、規格外の圧を放つ砺波に促され、記者も名乗らざるを得なかったのもあるのだろうが。それでも、その中央決報の記者の『名前』と『見た目』に何やら見覚えと聞き覚えがあるのだと、そう言わんばかりに砺波は反応しながら。

 

先ほどまでの、記者たちを押さえつけていた圧を解きつつ…

 

その最後の質問に対し、中継に聞かせるようにではなく…ただ一人、名を名乗った勇気ある記者の1人に伝えるように、声を和らげながら砺波は再度その口を開き始め―

 

 

 

「そうですね、3位決定戦の結果をお伝えするのを失念しておりました。機器の不調により、3位決定戦が放送出来なかったことはこちらの不手際です。ですので、この場を持ちまして3位決定戦の結果を発表させていただきます。【決島】における3位決定戦は、デュエリア校のリョウ・サエグサ選手と鍛冶上 刀利選手によって行われ……………その結果、リョウ・サエグサ選手が3位入賞となりました。」

 

 

 

無論、方便だ。

 

雰囲気の変わった砺波の発表によって、ほんの少し会場がざわつきを取り戻したとは言え。

 

【裏決島】という、アレだけの騒ぎがあった中で『3位決定戦』が行われていたはずもなく…

 

ただの、方便。そう、うやむやになってしまったとは言え、【決島】の結果は決闘学園のみならずプロの世界の事情にも関わってくるために…最後の結果に関しては、【決島】が終局した後すぐに当事者たちを交えて話し合いが行われた。

 

…優勝はイースト校2年の天宮寺 鷹矢。準優勝はイースト校2年の天城 遊良。

 

それは絶対に覆せない不変の結果なれど、まだ決まっていなかった3位についてはその限りではない。

 

 

…あの騒動のあと、デュエリア校の鍛冶上 刀利は自ら3位を辞退した。

 

 

果たして、鍛冶上 刀利が何を思って3位を辞退したのかは彼のみぞ知ることなれど…それでも、本来ならば決闘学園を既に『卒業』しているはずの歳であることを、彼が自覚しているのもその要因のひとつなのか。

 

…『留年』が認められないはずの決闘学園の校則において、別の誰かの物語にて形式的に『留年』という例外を認められた鍛冶上 刀利。

 

その彼が3位を辞退したが故に…自動的に、【決島】の3位入賞は決闘学園デュエリア校3年、デュエルランキング第1位、『ギャンブラー』のリョウ・サエグサに決定したというわけだ。

 

まぁ、デュエルもしていないのに3位にされたリョウは、若干納得がいっていないような事も言ってはいたのだが。

 

それでも鍛冶上 刀利の『事情』を知る数少ない友人であるリョウ・サエグサからしても、鍛冶上 刀利が何を思い何を考え自分に3位を譲ったのかをよく理解しているからこそ。

 

刀利の気持ちを無碍にすることなく、甘んじてその結果を受け入れたのはまた別の話で…

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「Wow!It’sアメイジん…あ、し、失礼しました…」

「いえ、元シンクロ王者の私からしても、リョウ・サエグサ選手のデュエルには目を見張るモノが感じられました。息子さんの3位入賞、おめでとうございます。彼のプロの世界での活躍を、私も楽しみにしています。」

 

 

 

記者会見の最後に、他の誰でも無いたった一人の記者の男へと向けてそう言葉を残して。

 

未だ静寂が包む、中継が繋がったままの記者会見場を…

 

 

 

「それでは、私はこれで。」

 

 

 

砺波は、後にしたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

デュエリアの街、そのどこかの病院…

 

その、一室にて。

 

 

 

「…アイは、まだ眠ったままかい?」

「あぁ。命に別状はないそうだが…目を覚まさないのは、精神的なショックが大きいのだろうと医者は言っていた。」

「そっか…」

 

 

 

ベッドにて死んだように眠っている少女を見つめている、神妙な面持ちをした2人の男の姿があった。

 

…それは今年からプロデビューを果たした、新進気鋭のルーキーの2人。

 

短く切り揃えられた黒髪と、不倒を思わせる佇まいから今では『鋼鉄』と呼ばれている決闘学園ウエスト校出身の男と…

 

整えられた青髪と、どこまでも清く爽やかな印象を思わせる風貌からプロの世界では『清流』と呼ばれている決闘学園イースト校出身の男…

 

 

―『鋼鉄』、十文字 哲

 

―『清流』、泉 蒼人

 

 

 

「アイ、本気で焔のことを生き返らせようと…」

「…無駄なことを。死んだ人間は生き返らない。それは奴との…『霊王』との戦いで、嫌と言うほど思い知らされた現実だろう?」

「…うん…でも、もし僕達がアイの立場だったら…僕達も、どうしていたかな。『霊王』との戦いに置いていかれて、『神』の力を持ってしても死んだ人間は生き返らないことを受け入れられないところに…甘い言葉を、持ちかけられたとしたら。」

「…アイと同じ行動をしただろうな。間違いなく。」

「そうだね。僕もそう思うよ…だから、僕達でアイを止められなかったのが…本当に、申し訳ないよね。アイにも、アイを止めてくれた遊良君にも…」

「…そうだな。」

 

 

 

そんな彼らは、目を覚まさぬ友の前にて…

 

かつてその身に降りかかった、決していい思い出ではない大切な友の1人を失った苦い思い出…『霊王』と呼ばれていた者との戦い、『別の誰かの物語』を今再び心の奥で噛み締めつつ。暴走してしまったアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンが未だ眠りに付いていることに、気落ちしている表情を見せていて。

 

…別の誰かの物語にて、かつてはこのデュエリアの地で決闘学園デュエリア校中等部に通っていた泉 蒼人と十文字 哲。

 

故郷であるこの地にて、今の彼らが思うことは何なのか。1つの物語を終えたと言うのに、その爪痕で未だ苦しみ続ける旧友を見舞いつつ…

 

己の無力さを嘆いているかのような今の彼らの雰囲気は、およそ【裏決島】が終結したとは思えない程に重々しいではないか。

 

 

 

…彼らが【決島】に御忍びで来ていなかったら、きっと学生側の被害は更に甚大なモノになっていたはずだと言うのに。

 

 

 

そう、医療棟に篭城していた学生達が全員無事なのも、偏に彼らが大勢の犯罪者たちや裏の猛者達を相手に、学生達を守り戦ってくれていたからこそ。

 

そんな彼らの功績を考えると、もっと彼らは称えられていてもいいはずで…大きな仕事を終えた彼らの表情も、もっと晴れていても可笑しくはないはずなのだ。

 

…しかし、依然として蒼人と哲の表情は重いまま。

 

眼下にて眠り続けるアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンの、実年齢よりもかなり若く…いや、幼く見えるその寝顔を見続ける彼ら2人の心には、彼らもまた『かつての戦い』の痛みが浮かび上がってきているかのよう。

 

ソレは偏に、過去に囚われ続けている大切な仲間を自分達の手で救い出せなかった後悔と…

 

大人になりかけていると言うのに、いまだに過去の傷を思い出してしまう自分達の弱さに打ちひしがれているかのようで―

 

 

 

「刀利君もようやく『呪い』が解けたんだ。だから…アイが目を覚ましたら、全員でもう一度ちゃんと話し合おう。その時は頼んだよ、哲。」

「あぁ、それが俺の役目だ。今度こそ…アイを救ってみせる。」

「うん。」

 

 

 

もう子どもでは無い、大人への階段を上がり始めた蒼人と哲。

 

いつまでも少年のままではいられないからこそ、自立を始めた大人としての責務を今一度その心に刻み直し…

 

既に一度区切りが付いている過去の物語から、今こそ全員の完全なる解放を目指して。蒼人と哲は、未だ眠り続けるアイナをどこまでも慈しみながら見守っていて…

 

 

 

 

 

そんな、アイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンが眠り続ける病室の…

 

 

 

 

…ドアの外、そのすぐ横の壁にもたれかかるようにして。

 

 

 

 

 

決闘学園デュエリア校、鍛冶上 刀利は沈黙していた。

 

 

 

 

 

「あれ、鍛冶上さん…?」

「…天城君、どうしたの?こんな時間に。」

 

 

 

すると、沈黙していた鍛冶上 刀利へと。

 

偶然鉢合わせたのだろう、病院の階段を『上がって』きたイースト校2年の天城 遊良が…徐に、刀利へと向かって声をかけて。

 

 

 

「あ、えっと…ちょっとルキの様子を見にきてて…それで、そろそろ帰ろうかと…」

「…そうなんだ。…無事に目が覚めてよかった。アイナに代わって…お詫びします。」

「別に鍛冶上さんが悪いわけじゃ…全部…全部、【紫影】の所為です。アイナって奴があんなことをしたのも…ルキがあんな目に遭ったのも…全部、【紫影】が…」

「…うん、そうだね。でも、アイナのせいで君の彼女が傷付いたことには変わりないから。…アイナがあんな風になっちゃったもの…僕のせいだから。」

 

 

 

3日前の【裏決島】において、お互いに手を組んで騒動の解決の為に奔走していたことから…そう、一緒に大きな悪へと立ち向かったその経験から、遊良の中には鍛冶上 刀利という年上の男に対しても精神的な壁などは既になく。

 

偶然鉢合わせたタイミングなれど、遊良と刀利の重なる会話には歳の差はあっても同じ困難の乗り越えた共通の意識があるようでもあり…

 

…そう、遊良も、刀利に大いに助けられたからこそ。自分達では立ち向かえなかった恐ろしい花魁に、たった一人で立ち向かい道を作ってくれた刀利を確かな強者として遊良も心から認めているのだろう。

 

だからこそ、刀利の歳が本当ならば既に高等部を卒業しているはずの年齢であったとしても。刀利の実力が、想像もつかないくらいの高みに位置しているのだとしても。

 

あくまでも、戦友のような面持ちで遊良は刀利と会話を続けるのみであり…

 

 

 

「いや、だからルキは彼女ってわけじゃ…」

「…それで、本当はどうしたの?」

「…え?あ、それはその…」

 

 

 

しかし…

 

帰るところだったと述べた遊良へと、鋭く言葉を返した刀利。

 

そう、高天ヶ原 ルキのお見舞いの帰りと言う割には、遊良の雰囲気は未だ病院から抜け出ておらず。何やらルキのお見舞い以外にも、『何か』この病院に強い遣り残しを抱えているかのような様子を見せているのだ。

 

何せこんな夜も遅い時間、とっくに一般の面会時間を過ぎてしまっている時間にも関わらず遊良がわざわざ病院にまで足を運んできたと言う事も然る事ながら…

 

―帰ろうとしているはずなのに、遊良が上層階へと階段を『上がって』きた事が何よりの証拠。

 

だからこそ、単なる幼馴染への面会だけではない。彼にはもっと『別』の目的…一般の来客が少なくなる、面会時間が終わったこの時間だからこそ病院に現れた別の理由があるのだろうと言う事は、付き合いの短い鍛冶上 刀利にだって把握できてしまうほどに今の遊良の雰囲気が表しているのであって。

 

 

 

 

 

「…いえ、別に大した用事じゃないんです。本当に、もう帰ろうかと思ってたところで…」

「…劉玄斎学長の病室は面会謝絶になってたよ。」

「え?」

「…【決闘世界】の人間以外立ち入り禁止みたいだから…多分、誰もまだ学長には会えないと思う。僕も、さっき見てきたら入れてもらえなかったから。」

「そ、そうですか…」

 

 

 

ソレ故、そんな遊良の心を見透かしたように―その口から続けられた刀利の言葉は、遊良へと向かって鋭く伸びる。

 

…また、刀利があまりに唐突に的確な『答え』を述べたからか。

 

遊良もソレを否定することが出来ずに、反射にて刀利の言葉をただただ飲み込んでしまったではないか―

 

けれども、遊良と劉玄斎の『関係』など刀利は知らないはずだと言うのに…

 

そう、あの『大空洞』で【紫影】が言った、天城 遊良と『逆鱗』の劉玄斎との関係性…その明確な答えは未だ龍の心の奥底にしか無いとは言え、遊良はソレを軽々しく他人には話してはいない。

 

…いや、話せるはずもない。

 

Ex適正を持たない自分が、よもや【王者】と同格と称えられる伝説のデュエリスト『逆鱗』と血の繋がりがあるかもしれないだなんて…それが真実ならば心から嬉しい事実である反面、【紫影】が言っていたようにEx適正を持たない自分なんかと血の繋がりがあるだなんて『逆鱗』の迷惑にしかならないのではないかと…そう、遊良が考えてしまっているのもまた仕方のないことなのか。

 

だからこそ、他言していないソレ…遊良と劉玄斎に『繋がり』がある可能性を知るのは、あの時あの場にて【紫影】の言葉を聞いた遊良と鷹矢しか居ないはずだというのに。

 

それでも、突然かけられた言葉に思わず声を失っている遊良を意に介さず。

 

デュエリア校の鍛冶上 刀利は、更に静かに言葉を続け…

 

 

 

「…僕のおじいちゃんさ…」

「え?」

「…僕のおじいちゃん、デュエルをしちゃいけない人なんだけど…でも、本当はとても強いデュエリストで…一度だけ、僕らを助けるためにデュエルしてくれたんだ。」

「…えっと…ごめんなさい、意味が良くわからな…」

「…簡単に言えない事情は、きっと誰でもあるんだよ。…でも大丈夫。いつか、必ず教えてくれる日がくる…家族なら、絶対に。」

「ッ…」

 

 

 

どこまでも静かに語られる刀利の言葉は、透明な音となりて遊良の心に伝えられる。

 

…一体、この男はどこまで遊良の心を見透かしているのだろう。

 

潜り抜けてきた死線の数か、これまでの経験か…はたまた、常人とは異なる運命を背負っているが故か。

 

脈絡がないように思われる話の中から、遊良に響く言葉を選び…

 

遊良よりも重ねてきたほんの数年、しかしてこの年代ではとてつもなく大きな歳の差によって。彼にしか伝えられないモノを、遊良の心へと伝えようとしている様子。

 

 

 

「…焦っても仕方がないよ。今は…待つしかないんだから。」

「……………はい。」

 

 

 

…それでも釈然としていないのは、遊良がまだまだ子どもだからなのだろう。

 

そう、何せ遊良が大空洞に突入したときに、『逆鱗』はすでに酷いくらいにボロボロの状態だったのだ。

 

【紫影】から拷問を受けていたらしいし、衰弱した状態で【紫影】と実体化したデュエルもして…出血が酷いにも関わらず、巨岩から鷹矢を救うために体に鞭を打ち続けてくれていた。

 

ソレ故、別れ際に眠るように気を失っていた劉玄斎の事を見てしまえば―

 

いくら次に会う約束をしたとは言え、あの瞬間が『今生の別れ』になってしまうのではないかと遊良が心配してしまうのも無理はなく…

 

 

―『焦っても仕方がない』

 

 

その刀利の言葉を聞いて、自分の心に『焦るな』と遊良も言い聞かせてはいる。

 

それでも、心に大きなざわめきが残ったままなのは遊良のこれまでの『孤独』の人生を考えれば当然と言えば当然で。

 

『天涯孤独』…血の繋がった家族の居ない、この世界に一人ぼっちで取り残されている感覚はその境遇に陥った者しかきっと理解できない。

 

まぁ、それでも遊良が刀利の言葉を聞き入れられるのは、偏に鍛冶上 刀利という男の人生もまた壮絶なモノであったからに他ならないのだろう。

 

そう、境遇は違えど、お互いの人生に通ずるモノがある刀利の言葉だからこそ―

 

理屈ではなく、刀利の言葉は他の誰の言葉よりも確かな重みを持って…

 

逸り焦る遊良の心を、ほんの僅かに鎮めているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

深夜…

 

それも、夜更けをとうに過ぎた時間。

 

 

 

「さて、概ねこんな感じで大丈夫じゃろ。では表彰式は予定通り、明日の正午から執り行うこととしようかの。」

「そうですね。これも砺波理事長が会見で上手く言ってくださったおかげです。」

「フォッフォッフォ、流石は浜臣じゃ。やはり木蓮ではなく浜臣に任せて正解じゃったわい。何せお主、ワリと簡単にキレるからのぅ木蓮や。」

「…お恥ずかしい限りです。」

 

 

 

決闘学園デュエリア校、その広大な校舎のどこかの会議室の1つに…

 

明らかな疲れの表情を見せている、3人の男の姿があった。

 

1人はこの場の誰よりも歳を重ねた皺だらけの老人…白い髪と白い髭、そしてその深い皺に眼を隠した、しかしてこの世の誰よりも決闘界を見てきた超巨大決闘者育成機関【決闘世界】最高幹部…

 

 

―『妖怪』と呼ばれし翁、綿貫 景虎。

 

 

1人は太い樹木の様な芯のある声に、その内側に限りない熱を内包しているような…死線を潜り抜けたモノしか発せられない雰囲気を持ち合わせた、ざわめく木々のような男…

 

 

―決闘学園ウエスト校理事長、李 木蓮。

 

 

1人は…

 

およそ、この世にある言語では形容し難いモノであると思えるような…あえて言うならば、この世の何よりも深く冷たい深海のような雰囲気を纏っていると思える、元シンクロ王者【白鯨】…

 

 

―決闘学園イースト校理事長、砺波 浜臣。

 

 

しかし、夜更けも過ぎ、もうすぐ日が昇ってくるような時間帯であると言うのにも関わらず。

 

お世辞にも若いとは決して言えない、壮年もしくはソレを過ぎた歳である男達3人が今の今まで会議室に篭って何やら話し合いをしているこの光景は…

 

それだけ、他の人間に聞かせるわけには行かないような話しを、この3人がしていたに他ならないと言う事でもあり…

 

 

 

「ところで浜臣、子ども達の様子はどうなっておる?」

「はい、攫われかけた学生達のほとんどが後遺症もなく全快に向かっています。…しかし、数名にPTSDといった後遺症が残る可能性が…特に、1年生で代表に選ばれていた生徒にその傾向があるかと思われます。」

「ま、突然あんな目に遭えば無理もあるまいて。生徒達の心のケアと、事実の隠蔽を怠るでないぞ?後々面倒な事になればまたハエ共が騒ぐからの…未来ある子ども達に、これ以上余計な負担をかけさせてはならん。無論、その親御さん達にもの。」

「承知しております。それともう1つ…医療棟で篭城していた学生達ですが、彼らの方は全員が無事に生還し、後遺症などもなく現在は全員が全快しているとのことでした。これも泉君と十文字君の尽力のおかげですね。彼らが居なかったら一体どうなっていたことか…」

「うむうむ、流石は『清流』と『鋼鉄』の2人じゃ。儂の目から見ても、彼らは若手の中でも一際輝いておる。2人ともいずれ【王者】となれる資質を秘めておるしのぅ…流石はお主らの学園の卒業生たちじゃ。儂も鼻が高いわい。」

「いえ、これも彼らが自主的に行動してくれたからこそでしょう。私は何もしていません…むしろ、泉君があんなにも頼もしい子だったのを私もあの場で初めて知りました。」

「フォッフォッフォ、『清流』は『虎徹』の息子じゃからのぅ、虎太郎の息子ならば荒事に慣れているのは当然じゃろうて。『鋼鉄』も霊峰を守る一族の出身…じゃったら、医療棟で戦っておった者達は心配いらなさそうじゃな。………うむ、流石は強い子たちじゃ。誰1人として欠けず本当によかった、あの屑に好きにされるほど、【決島】の子達は弱くないからの。」

 

 

 

まぁ、とは言え会議自体は既に終わったのか。

 

少々緩んだ雰囲気の中で、談笑を交えて言葉を交わす3人の男達の間にはつい先ほどまで漂っていた堅苦しいモノは既になくなっており…

 

 

 

…今後の方針、ひいては明日の『表彰式』に関する取り決めを完全に決めきった後に話されるのは、主に【裏決島】によって傷付いた大勢の学生達のことについて。

 

 

 

確かなる安堵とともに零されるその言葉からは、途轍もない気苦労を超えた安堵の溜息のようなモノが感じられ…

 

そう、倒され気を失った学生こそ居るとは言え、裏社会に連れ去られた学生達が誰1人としていなかったのは上出来も上出来。

 

【裏決島】の終局から3日経った今、おおよその状況と状態が把握できたからこそ砺波たち【決島】の責任者、ひいては主催である【決闘世界】側からすれば…

 

決闘市とデュエリア、総勢200名の学生達が誰1人として欠ける事なく無事に生還したことは、最早一種の奇跡と呼んでもいい程に上出来すぎる結果となっているに違いないのだ。

 

…パニックになり散り散りになった学生達は、敵の船によって連れ去られかけていたところを竜巻の消滅と同時に突入した警察やら軍隊によって、海岸線にて即座に救出された。

 

…医療棟にて篭城戦を行っていた学生達は、夥しい数の敵たちを相手に一歩も引かずに立ち向かい続けていた。

 

それもこれも、篭城戦にて耐え忍んだ決闘市およびデュエリアの学生達の忍耐と…

 

なにより、途中から救援に駆けつけたプロデュエリスト、『清流』の泉 蒼人と『鋼鉄』の十文字 哲の尽力があってこそと言えるに違いないことだろう。

 

ゆうに100を超える数の犯罪者たちが、医療棟を集中的に襲ってきていたと言うのにも関わらず…裏決闘界の名のある猛者を相手に、一歩も引かずに押し返していた泉 蒼人と十文字 哲。

 

 

その力は、彼らが学生だった頃と比べても段違いに磨かれていた。それはまさに、彼らがプロの世界でどれだけの戦いを送っているのかを他の学生達も大いに理解したに違いなく…

 

…蒼人と哲が来てくれなかったら、もっと早い段階で医療棟を責め崩されていたに違いないだろう。

 

そうなっていれば、きっとあの場にいた全員が犯罪者たちによって蹂躙され…医療棟が、【裏決島】の中でも最大の地獄絵図と化していたに違いない。

 

 

…抵抗していた学生達に、下手をすれば死者も出ていたかもしれない。

 

…戦えずに守られていた女生徒達たちが、下種な犯罪者たちによって酷く汚されていたかもしれない。

 

…怪我をして治療中だった学生達も、その場で攫われるか殺されていたかもしれない。

 

 

だからこそ、【裏決島】において最も功績ある仕事をしたのは他でもない。『清流』の泉 蒼人と『鋼鉄』の十文字 哲だというのが、砺波や綿貫たち【決闘世界】側からの認識でもあるのか。

 

 

…また、ソレとは別に。

 

 

此度の騒動において、最も驚愕を受けたのは学生でも関係者でもギャラリーでもなく…島を襲ってきた、雑兵のような犯罪者たちであると言えるだろう。

 

…そう、島を襲っていた犯罪者たちも、終盤になって度肝を抜かれたに違いない。

 

何せ、竜巻が消えたそのすぐ瞬間に。恐ろしいまでの数の警察やら軍人やらが、こぞって島を包囲し海中を網羅し、更に空中までをも制圧していたのだから。

 

…子どもをデュエルで倒し連れ去るだけと聞いていた、簡単な仕事がまさかこんな形であっさりと終わりになってしまうだなんて話が違う…

 

楽に逃げ切れる、捕まることなどない、簡単に大金が手に入る、本当にイージーな仕事だと聞いていたのに…捕まるなんて話が違う、あっさり捕まってしまうだなんて聞いていない…と。

 

きっと、雑兵のような有象無象の犯罪者たちの誰もがそう思っていたことだろう。

 

そう…まさに一網打尽。

 

およそ警察たちにとっては、初めて味わうほどの数の大量検挙。中にはその場で捕まらずに島の中に逃げた猛者もいるらしいが、おおよその犯罪者たちはその場で逮捕された。

 

また、どうにか逃げようと画策し逃亡を図った裏の猛者達も、完全包囲された島からは脱出する事は叶わず。軍と警察による人海戦術とローラー作戦によって、一人一人また一人と島の隅々から炙り出され…今では島には、誰1人として隠れられていないのだ。

 

それもこれも、砺波が待機させていた海上および海中そして空上警備隊の迅速なる仕事っぷりと…綿貫の持つ【決闘世界】の私設軍隊と、ソレに加え綿貫が前もって呼んでいた大勢の警察が海の上にて待機していたからこそ。

 

大量検挙、大量逮捕。裏社会の縮図を大幅に変えるほどの今回の捕獲劇は、言うまでもなく裏社会に大きな影響を与えており…

 

 

 

「これでしばらくは裏の連中も静かにする事じゃろう。今回の件で、相当数の者達が捕まったのじゃからのぅ。木蓮、お主からも『樹龍会』を大人しくさせておけ。しばらく、『下手な動き』はするな…との。」

「綿貫公…私は既に『あちら側』からは手を引いているのですが…まぁわかりました。(ワン)の奴に確かに言いつけておきます。」

「うむ。………浜臣や、お主も、くれぐれも『余計な事』はするなよ?」

「…えぇ、わかっていますよ。『余計な事』は何もしていません。全て、『必要な事』です。」

「ならば良い。お主のことじゃから心配はしておらぬが…ま、一応、一応じゃ。何やら、『面白いモノ』を拾ったと聞いたもので…の?」

「フッ。」

 

 

 

まぁ、敵の中にはアレだけ包囲網の中からそれでも逃げおおせたほどの規格外の者や、秘密裏に取引されて捕まらなかった者がほんの数名居るらしいのだが…

 

…寒気すら覚える『妖怪』の小言を、深層海流のように流す【白鯨】。

 

世の中が決して綺麗事だけで動いている訳ではない事を知る大人達は、ソレはソレとしてお互いにこれ以上言葉を交わさずとも『何か』を交わしあっている様子を見せていて―

 

 

 

ともかく―

 

 

 

「のぅ浜臣、明日の表彰式はトウコちゃんも出られるんじゃろう?」

「はい。獅子原理事長はすでに意識を取り戻し、明日の最終検査が終われば退院できるとのことです。炎馬君が獅子原理事長を塔に担ぎ込んできた時には驚きましたが…幸い、頭部以外の怪我自体は大したことはありませんでしたので、塔の医療室でも充分な治療が出来たのが良かったのでしょう。また、頭部の怪我も昨日の精密検査で異常なし…流石の回復力ですね。」

「フォフォッ、何せアスリート並の体力しとるからのぅトウコちゃん。ま、滅多な事じゃ死なんじゃろ。しかし蛇蝎坊め…まさか烈火のみならずトウコにまで手をかけるとは…それにトウコも、年甲斐もなく馬鹿な真似をしたものじゃ。」

「…無理もありません。烈火先輩を目の前で殺されたんですから、【紫影】への怨みは未だ相当のモノなのでしょう。」

「…そうじゃな。」

 

 

 

理事長や幹部が集るこの場に居ない、決闘学園サウス校理事長のことを話題にあげつつ。

 

昔の【紫影】を知る綿貫や砺波が、『烈火』と呼ばれる獅子原 トウコへの心配を見せているのもソレはソレである意味仕方の無いことであり…

 

…まぁ、とは言えたった今砺波が言った通り。

 

『烈火』は無事…というか、すでにピンピンしているのだから、これ以上の過剰な心配など必要ないことは彼らも理解はしているのだろうが。

 

そう、3日前の【裏決島】で、『烈火』が【紫影】から受けた落石のダメージは同じ攻撃を受けた天宮寺 鷹矢同様…岩自体が軽石であったためか、肉体が受けたダメージは思ったよりも軽くで済んでいたのだ。

 

…また、最後に【紫影】が使った【ファイヤー・ボール】による実体化した効果ダメージも、重なり合った岩が盾になったのか直撃はしておらず。

 

火傷も軽度、骨折などもなく…迅速な処置が良かったのか、騒動が終わってからすぐに意識を取り戻し、現在はほぼほぼ完治していると言っても過言ではないほどに回復しているのであって。

 

 

…とは言え、獅子原 トウコが最後に弾かれた時に頭を打っていたのはまた事実。

 

 

頭部を強打し、そのまま気を失って…岩で切ったのか、頭から血を流していたのは事実であるのだから、あのまま放置されていればそのまま死んでしまっていた可能性もまた否定できない事実に違いないことだろう。

 

だからこそ、【裏決島】の最中に意識の無かった獅子原 トウコが、迅速に治療を受けられたのは運が良かった。

 

『逆鱗』のおかげで、彼女の孫の獅子原 炎馬がすぐに祖母を運べたのもそう。医療室のある天空の『塔』までの真っ直ぐな道筋に、『敵』が居なかったのも天城 遊良と天宮寺 鷹矢と鍛冶上 刀利がそのルートを真っ直ぐに進んできたからこそ。

 

様々な要因が重なって、今こうして『烈火』が何事もなく目を覚ます事が出来たのも、偏に色々な要因が重なった結果とも言えるのであり…

 

 

 

「まぁよい、子ども達も無事、スタッフも無事、我々も無事じゃったんじゃ。終わりよければ全てよし、では浜臣、明日の最終確認の方は任せたぞ。木蓮、学生達の引率の手筈も抜かるでないぞ?」

「はい。」

「承知しました。」

 

 

 

そして…

 

 

 

そろそろ夜も明けてきた時間帯で、ようやく運営側の話も全てが纏ったのだろう。

 

秘密の会議も終わり、この場にいた3人が…会議室から出ようと、重い腰を持ち上げ立ち上がり始める。

 

2時間は仮眠を取れるであろうことから、もう若くない3人は重い瞼をどうにか持ち上げ続けながら。ようやく取れる睡眠へとその意識を向け始めているのだろう、資料を手早く片付けつつそそくさと会議室から出ようとしていて…

 

 

 

「…しかし、少々厄介なことになったのぅ…いやはや、まさかこんなに『上手く』いくとは思わなんだ…」

 

 

 

いや…

 

何やら、去り際にポツリと『妖怪』が零したと思うと。

 

 

 

「綿貫さん、何か言いましたか?」

「まだ何か懸念が?」

「フォ?い、いや、何も言っておらんぞ?」

 

 

 

無意識だったのか、砺波と木蓮の声かけに思わず大げさなリアクションを取った『妖怪』が…

 

 

とても…とても面倒そうな感情の言葉を…

 

 

窓から覗く、昇り始めた朝日の光に吸い込ませ、消していくのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日…

 

 

 

「…砺波先生、おはようございます。」

「おはよう。」

 

 

 

まだ朝も早い時間、朝食を取るにもまだ食堂が開いていないような時間のこと。

 

イースト校の学生が宿泊しているホテルのロビーにて、スタッフもまばらな中で…

 

よほど早起きしたのか、それとも眠れなかったであろうイースト校2年の天城 遊良が。丁度エレベーターから出てきた、明らかに仮眠を取っていない様子の疲れが見えるイースト校理事長へと…

 

そう、砺波 浜臣へと向かって、駆け寄るようにして声をかけていた。

 

 

 

「早いですね天城君。昨日の帰りも遅かったと先生から聞いていますが…」

「はい、昨日はルキの病院に行っていて…すみません、こんな朝早くから声をかけて。少し聞きたいことが…あの、今ってお時間は…」

「大丈夫ですよ。表彰式の準備に向かうには少々早く下りてきてしまったので。」

 

 

 

砺波が仮眠も取らず、続けて仕事に向かう事を遊良は知らない。

 

とは言え、砺波の仕事の忙しさを知っていたとしても…どこか待ち伏せするようにして砺波を待ち構えていた遊良も、ここで引く気はないのだろう。

 

…連日の事後処理の対応で、多忙に追われている砺波の表情は見るからに疲れている。

 

けれども、連日の対応に追われ捕まらない砺波と話をする、『聞ける』のはもうこのタイミングしかない事を遊良もわかっているからこそ―

 

焦りながら、逸りながら。遊良はどうしても、砺波を問い詰めようとしているのか。

 

 

 

「それで、何を聞きたいんですか?まぁ、粗方予想は付いていますが。」

「はい、えっと…その…『逆鱗』の様子は…」

「まだ目を覚ましません。よほどのダメージを受けていたのでしょう。」

「…そうですか。」

「えぇ、ですから当分は面会謝絶のままです。それに目を覚ましても、【決闘世界】からの取調べやら処罰やらでしばらくはゴタつくでしょうから…少なく見積もっても、次に会える時間が取れるのは目覚めてから2か月以上先でしょうね。」

「しょ、処罰…それに2か月以上って…も、もし目覚めなかったら…」

 

 

 

まぁ、遊良が昨日の夜にルキのお見舞いに行ったという情報から、砺波も遊良が抱いているその『真意』は容易に予測していたに違いなく。

 

ソレ故、少々淡々にて伝えられるその通達は…嘘偽りがない分、余計に無慈悲な通告となりて遊良へと伝えられる。

 

 

…昨晩、デュエリア校の鍛冶上 刀利に、『焦っても仕方がない』と窘められたばかりだと言うのに。

 

 

それでも、未だ高等部2年生のという大人になりきれない天城 遊良という少年の心は…どうにも落ち着く事などできない様子で、その焦燥を抑えることが出来ないでいるのか。

 

…そう、これまで歩んできた『孤独』の人生、その『天涯孤独』というこの世の何よりも恐ろしい恐怖に常に苛まれている遊良の心には、最悪の考えが頭にこびりついて、そしてどうしても消えてくれないのだろう。

 

10年前に両親が突然消えてしまったこともあって、これが『逆鱗』との最後の別れになってしまうかもしれないと遊良もどうしても考えてしまっている様子であり…

 

ソレ故、逸りに逸る遊良の心は。どうしても早く答えが欲しいのだと、そう言わんばかりの焦りを生じていて―

 

 

 

「…あの、どうにかして面会は…」

「出来ません。」

「…ッ…」

 

 

 

砺波の淡々とした現状の通告が、遊良に余計に焦りを与える。

 

…確かに、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】がそう決めたのならば、ソレは誰にも覆せない絶対なる決まりであるとは言え。

 

ここまで遊良が必死にならざるを得ない『事情』と、そして『逆鱗』の劉玄斎との繋がりを砺波が確かに知っているのであれば…己の教え子に、ほんの少しでも希望を持たせるような言葉を投げかけてやってもいいはずだと言うのに。

 

まぁ、砺波が『逆鱗』と天城 遊良の繋がりを知っていると言うのは、遊良自身は分かってはいない事なのだが…

 

…しかし、『逆鱗』と自分の繋がりが未だ『可能性』の段階であるが故に、遊良もまた無慈悲に通告してくる砺波にこれ以上の言葉を投げる事は叶わず。

 

 

―今生の別れになる前にどうしても『逆鱗』にもう一度会いたい、けれどもこれ以上下手な迷惑をかけて【白鯨】を困らせるわけにもいかない…

 

 

そんな、感情と理性との間で板ばさみにされてしまった遊良は。

 

言葉を詰まらせたまま、ソレ以上の言葉を続かせることがどうしても出来ないでいる、癇癪を無理矢理に抑え込んでいるかのような様子で固まってしまっており…

 

 

 

 

 

 

 

「…安心しなさい。あの男は死にませんよ。」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

そんな教え子を見かねたのか、それとも初めからかける言葉が決まっていたのか。

 

うつむき、言葉を詰まらせ混乱している教え子へと…ゆっくりとそう言葉を述べた、イースト校理事長、砺波 浜臣。

 

そう…砺波もまた、無慈悲とも思えるソレを聞かされた己の教え子が、どういった感情の下落を見せるのかを初めからわかっていたのか。

 

…自分が『逆鱗』と教え子の繋がりを知っている事を、砺波はまだ遊良には言っていない…いや、言うつもりがない。『逆鱗』自身が過去に決着をつけ感情を清算しない限りは、【白鯨】もまたソレをただ一人の弟子に伝えるつもりのないのだろう。

 

けれども、今こうしてただ一人の弟子に声を届けた【白鯨】の眼は…

 

およそ無慈悲とは到底思えぬ、深海よりもなお慈悲深い色となりて目の前の教え子へと向けられており…

 

そのまま、限りない『真実』を知る者の1人であるイースト校理事長の砺波 浜臣は。孤独に苛まれつつある教え子を、決してただ無慈悲にあつかうわけではなく…

 

更に続けて、言葉を発する。

 

 

 

「昔、その身1つでマフィアを壊滅させて回っていたほどの男です。銃弾に撃たれても、刀で切られても、何をしても死ななかったあの男が…【紫影】から拷問を受けた程度で、死ぬわけがない。」

「え…マフィアを壊滅させて回っていたって…」

「若気の至りと言う奴です。昔は木蓮とよくつるんで…まぁ、ソレは今は置いておいて…ともかく、あの男は今はただ眠っているだけです。良くも悪くも付き合いの長い私には分かります…あの男が、あの程度のダメージで目覚めぬわけがない。それに…」

「そ、それに…?」

「今回の事件、悪いのは全て【紫影】です。目が覚めたら【決闘世界】の取調べが始まると言いましたが…まぁ、その辺りは綿貫さんが『任せろ』と言っていたので大事にはならないと思いますよ。」

「…そうなんですか?」

「えぇ。悪評もあれど、あの男が決闘界に残した純粋な功績はかなり大きいですからね。【決闘世界】から何らかのペナルティは言い渡されるでしょうが、その辺りを無碍にする程【決闘世界】の上層部は鬼ではないはずです。ですから、後は綿貫さんに任せておけば大丈夫です。昔から、あの男は綿貫さんに気に入られていましたから。」

「それなら…よかったです…」

 

 

 

砺波の口から伝えられるは、およそ部外者が聞いてはならないような上層部の裏の話。

 

しかし、ソレを何の躊躇もなく『今は』部外者である遊良へと伝える砺波の口ぶりは…

 

とても嘘を言っているような素振りもなければ、遊良を安心させるように話を盛っているわけでも断じてなく。

 

…そう、『逆鱗』と教え子の『繋がり』を、完全に自力で理解できた砺波だからこそ。

 

若かりし頃の『逆鱗』と、その愛した女性の事を『同期』ゆえによく知っているがゆえに…そしてこれまでの教え子を見てきたがゆえに、自力で『真実』に辿り着いた砺波はただただ自分の思う事実のみを端的に遊良へと伝えているのだろう。

 

嘘偽りなど1つもない、紛れも無い真実の現実。砺波の予測の範疇とは言え、きっと誰よりも正確なるその事実はどこまで限りない予言となりて…

 

未だ焦燥に駆られている遊良へと、ゆるり穏やかに伝えられるのか。

 

 

 

「だから今は落ち着きなさい、いずれ全て知る時が来ます…きっと、近いうちに。」

「…近いうちって…」

「確かに、君が歩んできたこれまでを考えると、一刻も早く『答え』が欲しいのは私だって理解できます。しかし、こればかりはどうしようもありません…周りからではなく、直接あの男から答えを聞かないことには君も先には進めないでしょう…だから釈然としなくとも、納得できなくとも。今はそれを、無理矢理に飲み込みなさい。大丈夫です、きっと全てを知るときが来ることを…私が、保証してあげますから。いいですね?」

「……………はい、砺波先生。」

 

 

 

焦りは消えない、逸りは収まらない。

 

けれども、ソレでも『どうしようもできない』事は大人の世界には多々あるのだから、と…

 

砺波に…人生の先達でもある『師』に、強くそう教えられてしまっては。他人の何倍も過酷な人生を歩んできた遊良もまた、これ以上の駄々を捏ねるられほど子どもではないのだから。

 

…これ以上、自分に出来ることは『待つ』ことだけなのだと、そう無理矢理に自分に言い聞かせつつ。悔しさと無力さに、血が滲むほど下唇を噛み締めながら。それでも、師の言いつけ通りに…

 

 

 

「では私はこれで。表彰式でまた会いましょう。」

「はい…お時間を取らせてすみませんでした…」

「いいえ。天宮寺君のこと、頼みましたよ?必ず、叩き起こして連れてきてください。」

「はい、砺波先生。」

 

 

 

これより続く日常へと向けて、どうにか自分を無無理矢理に押さえつけているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルのレストランで朝食を取り、学園からの連絡事項や色々な伝達事項を聞いたりして。

 

チェックアウトの準備や片付け、余計な荷物を預けたり手続きをしたり…

 

未だ起きてこない鷹矢を叩き起こしたり、寝ぼけてボーっとしている鷹矢にどうにか朝食を取らせたり…帰りの為に荷物を纏めてやったり、二度寝しようとしている馬鹿を着替えさせたり、移動中も寝ぼけているデカいのの引率をしている内に…

 

 

 

 

 

―いよいよ、その時がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―『ただいまより!表彰式を執り行います!』

 

 

 

 

 

大量の中継カメラを通して、全世界へと響き渡ったのは世界最大規模の学生達の祭典、【決島】の最終工程となるその宣言。

 

…とても長い戦いだった気もする。けれども時間にしては2日間の出来事だった気もする。

 

そう、終結から3日ほど時間が空いてしまったとは言え、実際に戦いが行われていたその短い時間の間に…

 

大いに盛り上がりを見せた【決島】と、そして当事者たちしか知らない【裏決島】の本当の終わりが、いよいよ目前へと近づいてきたのだ。

 

世界中の人々は見た…

 

 

―『宣誓………俺が優勝する。』

 

 

エクシーズ王者【黒翼】の孫の、大胆不敵なる開会の宣誓と共に始まった…この激戦となる戦いの、その全てを。

 

決闘市とデュエリア、2大デュエル大都市に数えられる、世界でも有数のデュエリストレベルを誇る決闘学園同士の戦い…各校から選ばれた、強者達200名によるあまりに激しい戦いは、間違いなく全世界を熱狂の渦へと巻き込んでいたに違いなく。

 

そう、他のどの決闘学園の組み合わせとも違う、決闘市の4校とデュエリア校との戦いはまさに『過激』の一言。20年ほど前に行われた伝説の『5大都市対抗戦』を彷彿とさせる、世界中を大いに盛り上がらせたその戦いは間違いなく決闘界の歴史に刻まれる偉業となりて学生達を後世まで語り継ぐ事だろう。

 

…いつの時代も、どの世代も。未来有望な学生達の戦いは、世界中をいつだって熱狂へと導いてくれる。

 

だからこそ、この誉れ高き世界最大の学生達の祭典の終わりを…

 

中継を見ている、世界中の見えない観客達は最後の最後まで見届けるため、その視線をTVへと釘付けにしていて―

 

 

 

 

 

…そんな、世界中に見られている中で。

 

 

 

 

 

 

「…遊良、腹が減ったぞ。」

「黙ってろ。起きてこなかったお前が悪い。」

「しかしだな、朝も満足に食えず昼もまだ食えないとなると腹の虫がだな…」

「だから黙ってろって。大体チェックアウトギリギリまで何で寝てられるんだよお前は。」

「ぬぅ…ホテルのベッドに慣れてきてしまったのがいけないのだ…慣れた枕に捕まると容易には抜け出せ…」

「ハァ…この後の記者の質問が終われば裏に行けるから、そしたら何か摘めるだろ。もう少しなんだから我慢してろ。」

「…うむ。」

 

 

 

表彰台の上、まだ音声が届いていないことを良い事に。

 

最上段に立っている、【決島】優勝者である決闘学園イースト校2年の天宮寺 鷹矢は…

 

一段下に立っている、同じく決闘学園イースト校2年の天城 遊良へと向かって。そう、言葉を零していた。

 

…いくらマイクが付いておらず、音声は中継の向こうには届かないとは言え。

 

世界中から見られているこの膨大な数の視線の中で、よくもまぁここまで気の抜けた態度を崩さずにおれる辺り流石は鷹矢とも言えるのだが…

 

とは言え、その声は他の人間達には決して届いていないのだから、いくら鷹矢が気の抜けた言葉を漏らそうとも遊良以外には判別できぬその鉄仮面が幸いし、見えない観客達は誰もが表彰台の上でそんな会話が交わされているとは分からないのだが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「遊良よ、これで去年の【決闘祭】の借りは返したぞ。1勝1敗だ、高等部の決着は来年の【決闘祭】で着けてやる。」

「望むところだ。今度こそ俺が勝つ。」

「フッ、遊良の癖に、俺に勝ちこせるなどと淡い期待を抱いているのではないだろうな?」

「あ?鷹矢の癖に、俺に連勝できるわけないだろ。」

「なんだと!?」

「なんだよ!」

「…Hey、Boy達、そろそろ黙っといた方がいいZE?」

 

 

 

観客達の誰にも聞こえていないせいか、邪魔する声が少ないために遊良もまた鷹矢の『いつもの』様子に引っ張られてしまうのはどこか仕方の無いことなのか。

 

そろそろ記者たちからの質問が始まるであろうことから、リョウ・サエグサが静止を促さなかったら…遊良と鷹矢は表彰台の上だと言うのに更に喧嘩を始めていたことだろう。

 

…首から下げたそのメダルは、総勢10万を超える決闘市とデュエリアの決闘学園の全校生徒の『上』に立っていることと同義だと言うのに。

 

こうも日常的な言い合いを繰り広げかけるあたり…それはイコール彼らの『若さ』の証明となりつつも、遊良と鷹矢が心からお互いにお互いをライバルと認めていると言うことの証明でもあるのだろう。

 

…昨年の【決闘祭】とは入れ替わったその順位。

 

それは紛れもなく、遊良と鷹矢の力が本当に拮抗していることの証明となりて…

 

全世界の見えない観客達に、決闘市の学生の頂点の力をありありと見せ付けていて―

 

 

 

「天宮寺選手!この度は優勝おめでとうございます!」

「選手宣誓の宣言通りに優勝を飾った今の心境を一言お願いします!」

「【黒翼】のお孫様としてのプレッシャーもあったとは思いますが、不安などはあったのでしょうか!?」

「やはりエクシーズ王者【黒翼】の血は健在ですね!高等部2年という年齢での優勝おめでとうございます!選手宣誓の誓いを見事実行されましたが、優勝者として是非一言コメントを!」

「今回の【決島】で最も印象に残っているデュエルはどの戦いでしょうか!」

「やはり再来年の卒業後にはプロに挑戦されるんですよね?偉大なお爺様の跡を継ぐのが目標なんですよね?」

「プロになるまであと1年の猶予がありますが、来年度の具体的な目標を一言でお願いします!」

 

 

 

また、司会進行が全項目を終えたアナウンスを放ったその直後。

 

詰め寄るように、駆け寄るように…群がるように、わらわらと表彰台へと向かって押し寄せてきたのは様々な局の大勢の記者たち。

 

その全員が、まずは形式美として優勝を飾った王者【黒翼】の孫である天宮寺 鷹矢へと一斉に質問を投球しつつ…

 

記者たちの誰もが、【黒翼】の孫らしい『TV向け』のコメントを期待している口調をありありと鷹矢へとぶつけ始めたではないか。

 

 

 

「…いいか、絶対に下手な事は言うなよ?」

「うむ、わかっている。」

 

 

 

そんな鷹矢が喋る前に…念押し、釘押し…全世界へと中継が繋がっている中で、1つのコメントが再び世界中に混乱を起こす懸念があるからか、鷹矢の隣に立つ遊良がマイクがギリギリ拾わない程度の小声で鷹矢へとそう注意を零しつつ。

 

…開始前の、選手宣誓のときも『やらかした』鷹矢を遊良は心底信用しておらず。

 

今再び、念押しで釘を刺す遊良の言葉は、この喧騒の中でも確かに鷹矢の耳へと届けられていて。

 

 

 

そして―

 

 

 

 

「2年生での祭典の優勝おめでとうございます!【黒翼】のお孫様として、TVの前の視聴者に是非一言お願いします!」

 

 

 

マイクを向ける若い女記者の1人が、思い切り鷹矢へとマイクを突き刺した…

 

 

 

 

 

その直後―

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、これで心置きなく来年からプロになれると言うモノだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「…え?」

 

 

 

固まる…

 

この場にいた記者たちも、TVを見ていた観客たちも、周囲を囲んでいた学生達も…

 

隣に立っていた遊良やリョウも勿論のこと、離れた場所でインタビューを見守っていた砺波たち学園側の理事長達の誰もが…

 

 

 

たった今鷹矢が放った『言葉』によって、時間空間この場の全てごと固まってしまったではないか―

 

 

 

天宮寺 鷹矢は今、何と言ったのだろうか…

 

 

 

聞き間違えでないのなら、言い間違えでないのなら…

 

 

高等部2年という、来年度もまだ学生であるはずの天宮寺 鷹矢は間違いなく…

 

高等部3年になるはずの『来年度』に…

 

 

 

『プロになる』…と…

 

 

 

 

そう、言った―

 

 

 

 

 

「お、おい!ちょっと待て鷹矢、な、なんだよ来年からプロになるって!」

 

 

 

そして、その硬直をこの世界の誰よりもいち早く解いたのは他の誰でもない…彼の隣に立った、イースト校2年の天城 遊良であった。

 

…遊良のその言葉はきっと、この光景を見ている誰しもの言葉を代弁しているに違いなかったことだろう。

 

何せ、鷹矢が放ったのはあまりに常識はずれのありえない言動。

 

高等部2年である天宮寺 鷹矢がプロになる為には、最低でもあと1年の学生生活を全うした後でなければそもそもとしてプロ試験の参加資格は与えられないはず。

 

そう、決闘学園の高等部を卒業しなければ、プロになる『資格』は与えられないというのはプロの世界では常識中の常識だと言うのにも関わらず…

 

そうだと言うのに、そんな常識を知って知らずか無視してか。鷹矢はさも『当たり前』のようにして、続けてその口を開くのみ。

 

 

 

「む?言った通りだ。お前に勝って優勝したら、来年プロにしてやると言われていたのだ。」

「はぁ!?だ、誰から…」

「あそこのジジイだ。」

「…え?」

 

 

 

そして、鷹矢が指差した…

 

そこには―

 

 

 

「フォ?なんじゃなんじゃ、皆して儂を見おってからに…」

 

 

 

この場にいる全員の視線が『そこ』へ向く。

 

そう、関係者席、その中央に置物のように鎮座していた…白髪と白髭に隠れた、『妖怪』という呼び名がよく似合う1人の老人の下へと、世界中からの視線が一挙に向く。

 

 

…それは紛れもなく、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】最高幹部…『妖怪』と呼ばれし翁、綿貫 景虎へと向けられた、太い太い視線の束。

 

 

…誰もが見る…天宮寺 鷹矢が指差したただ一人の老人を。

 

表彰台からやや離れた関係者席、その中央に座った置物の様な老人に、この場にいる選手やスタッフや関係者や記者、それに中継カメラもTVを見ている観客達も、全世界からその視線を集めているのだ。

 

…しかし、それも当然で。

 

これまで幾度となく破天荒な言動・行動を繰り返してきた王者【黒翼】の孫なれど、先のあの発言は先日彼が魅せた『ランク0』の衝撃と同じくらいの驚きを全世界へと与えたのだから…

 

鷹矢が指差したこの老人が、鷹矢の言動の『真実』を知っているはずだというのは最早誰の目にも明らかなことでもあるのか。

 

ソレ故、記者たちも観客たちも学生達もスタッフ達も…

 

もちろん、『妖怪』の隣に座っていたイースト校理事長である【白鯨】砺波 浜臣も…その視線を、白髪白髭に隠れた皺だらけの『妖怪』へと突き刺し続け―

 

 

 

「綿貫さん…彼に…何を吹き込んだんですか?」

「な、なんじゃ浜臣、恐い顔しおって!」

『いいから、彼に何を言ったんですか?』

「フォッ!?き、急に寒気が………い、いや、の?実は…」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

…時は少々遡り、まだ決闘学園が夏休みであった頃。

 

 

 

 

 

―『ほう、この私を目の前にして、臆する事も無く『丁度良い』とまで言い放つか。なるほど、鷹峰さんの孫と言うだけはある。』

 

―『天宮寺 鷹矢、君にもう一度だけチャンスをあげよう。自分から喧嘩を売っておいて、この程度で終わることなど君もしたくはあるまい?』

 

―『…早くここまで来たまえ天宮寺 鷹矢。早く祖父と同じ道を辿り、私ともっと遊ぼう。』

 

―『いでよ!【邪神ドレッド・ルート】!』

 

―『さぁ、これで終わりだ!バトル!【邪神ドレッド・ルート】で、【ダーク・リベリオン】に攻撃!砕け散れ!フォール…パンドラァァァァァ!』

 

 

 

 

 

 

「…む!?こ、ここは!?」

 

 

 

時速数百kmで走っている『新幹線』の車内…

 

そこで、ガバッ…と、まるで跳ね起きるようにして目を覚ました天宮寺 鷹矢は、目を開けた瞬間に飛び込んできたその光景に対し…そう、『新幹線の席』に座っている自分の現状に対し、思わず驚愕の声を漏らしていた。

 

…しかし、ソレも当然か。

 

何せ、たった今目を覚ましたばかりの鷹矢の感覚では、今の今まで自分は深い深い森の中に居たはず。

 

そう、自身の持つ『No.』のカードに導かれるようにして邂逅した、【化物】たる釈迦堂 ランと自分は今までデュエルをしていたはずだと言うのに…

 

気を失う寸前に、何かとてつもなく強い衝撃を受けたと思ったその刹那。意識が遠くなったかと思えば、突然目の前の光景が『新幹線の車内』…しかも、時間で見れば自分が予約していた通りの新幹線の車両・座席であったのだから…

 

隣の席の老人に、自分はいつ新幹線に乗ったのかを聞いても『そういえばいつのまにか乗っていた』という答えしか帰ってこないこともまた鷹矢の混乱を誘いつつ。

 

森から新幹線という、その突然の光景の変化は一体鷹矢にどれだけの驚きを与えたというのだろう。

 

 

 

(なぜ俺は新幹線に乗っているのだ…いや、それより…)

 

 

 

…けれども、突然の光景の変化に対しての驚きもそこそこに。

 

何やら、『それ以上』の心の引っかかりを鷹矢は覚えている様子を見せ始める。

 

 

 

(負けた…手も足も出せずに負けた…)

 

 

 

そう、目を覚ましたばかりの鷹矢に浮かび上がるは、彼にとっての最大級の大きな悔しさ。

 

突然の光景の変化など些細な事のようにして、その心に浮かび上がる紛れもない『敗北』を鷹矢は今一度深く噛み締め始めており…

 

…夢などでは断じてない。【化物】と邂逅したのだという実感が確かに鷹矢にはある。

 

紛れもなく、自分はつい今の今まで釈迦堂 ランという女とデュエルをしていた。そして、完膚なきまでに負けてしまったのだ…と、その悔しさが実感を伴って確かに鷹矢の心に深く突き刺さっているのだ。

 

 

…負けた…負けて、しまった―

 

 

先ほどまで戦っていた相手が、祖父と同種であり相棒を軽くあしらう程のモノであったと理解はしていても。

 

そう、ソレが例え、人知を超えた力を持つ【化物】であったとしても―

 

誰が相手であろうと、負けたいと思って戦うデュエリストなどこの世には居ない。常にそう思ってデュエルをしている鷹矢だからこそ、相手が誰であれ負けたという事実に対して、これ以上無いくらいの悔しさが彼の心には浮かび上がってきているのか。

 

…何せ、『負ける』という行為が『空腹』と並んでこの世の何よりも嫌いな天宮寺 鷹矢。

 

そんな彼にしてみれば、『敗北』してしまったという実感は何よりも許容できない苦い苦い感情の淀みとなりてその心に重く重く圧し掛かっているに違いなく。

 

 

また、釈迦堂 ランが最後に出したあの【邪神】…

 

 

容赦なく心を折りに来ていた釈迦堂 ランの、その感じさせられた『恐怖の根源』そのモノであったドレッド・ルートと呼ばれていたあの存在。その禍々しいまでの存在感を、鷹矢は目の前で直に受けてしまったのだから…

 

いくら恐い物知らずで知られる、あの不遜なる天宮寺 鷹矢であったとしても。

 

最後の最後のあの瞬間に、鷹矢が無意識に慄きを感じてしまっていたのもまた隠しようのない事実であり…

 

 

 

 

 

(面白い…まさかあそこまで力の差があるとはな…ならば、俺もまだまだ強くなれるということか。)

 

 

 

 

 

しかし…

 

ランへの『恐怖』が、未だ消えていないと言うのにも関わらず。

 

負けた悔しさと、心を折りにきていた恐怖を抱きつつ…何やら、鷹矢の中にはソレらを超える感情が沸々と浮かび上がってきているではないか。

 

―確かに悔しさはある。消えぬ恐ろしさもある。

 

そう、腸が煮えくり返るような、敗北特有の苦く渦巻くモノと…もう二度と戦いたくはないと感じさせてくる、絶対的なる力の差を鷹矢は確かに感じてはいる。

 

けれども、その感情とは切り離したところに―

 

いや、ソレら負の感情を、覆いつくしてしまうほどに大きな『ある感情』が、今の鷹矢の心には浮かび上がってきているのだ。

 

…それはこの夏休みの間中、理事長である【白鯨】から課せられレベルの高い大会に出場し続けている事により、今の自分の力量を客観的に捕らえられるようになったが故なのか。

 

そう、心折られるほどの力の差も、恐れを抱かされた恐怖の化身も。

 

そのどれもが鷹矢の心を折るには叶わず。今の鷹矢にあるのは、現時点での自分の力量が把握できたという収穫と…『頂』を超えた見果てぬ場所に、【化物】が巣食う領域があるのだという1つの『目標』、ただそれだけ。

 

…悔しさや情けなさに、心押し潰されている暇などない。

 

自身の最大の目的…相棒と交わした『約束』の舞台へと辿り着く為に、敗北の悔しさなどに押し潰されている暇など自分には無いのだとして…

 

容赦なく心を折りにかかっていた、【化物】の重圧の残滓を未だ感じてはいても。それでも鷹矢は、この敗北が自身の力になることを理解し受け入れつつ…更に開かれた領域の力を、いずれ我が物とせんとして【化物】の恐怖を掌握しつつあるのか。

 

 

 

(…面白い。ジジイ以外にも本当にあんな【化物】が居たとはな。他人に至れる境地が、この俺に至れぬはずがない。待っていろ釈迦堂 ラン、そしてジジイ…俺もソコへ行って、いずれ貴様らを叩きのめしてやる。……………む?)

 

 

 

―『そうだ、君は天城 遊良がどうとか言っていたね?うん、確かに彼にだけカードを預けておいて、君にも預けないのは不公平だ。…コレを、君にも預けておこう。いつか私が取りに行くか、君が返しに来るまで預っておいてくれ?』

 

 

 

…また、気を失う直前に聞こえた釈迦堂 ランの最後の言葉を思い出しながら。

 

ふと、自身の懐に1枚のカードが入っていることに鷹矢は気が付いて。

 

 

 

「これは…【The big SATURN】…遊良が預かったと言っていた『プラネット』と言う奴か。遊良の『NEPTUNE』とは違うカードだが…しかし、これは…」

 

 

 

そして、ソレを手に取った瞬間に…

 

鷹矢は、そのカードがまるでこの星のモノではないかのような圧を放ち続けていると感じ取った様子を見せ始める。

 

そう、ふと手に取っただけだと言うのに、このカードからは形容しがたい『重さ』を感じるのだ。

 

不用意に手放してしまえば、この星を丸ごと押し潰してしまうのではないかという文字通りの『圧』…とても1人の人間が背負いきれぬほどの『圧』が、たった1枚のカードから漏れ出そうとしているというのも可笑しな感覚ではあるのだが…

 

しかし、それは【黒翼】や『No.』と言った『意思』を持っているカードを、他人よりも多く所持しているであろう鷹矢だからこそ鋭敏に感じ取れるモノでもあるのだろう。

 

鷹矢にはわかる…手に取っただけでこのような『圧』を感じてしまうと言う事は、それすなわち釈迦堂 ランから預かったこの【The big SATURN】と言うカードは現時点では自分を全く認めていないと言う事。

 

そう、癖の強い、我が強いカードを持っている鷹矢だからこそ分かる。きっとこの【The big SATURN】は、まだ自分の言う事を聞いてはくれないだろうと…デッキに入れても、召喚することは出来ないであろう…と。

 

それはきっと、この『土の星』のカードが求める強さに自分が到達していないと言う事でもあるのか。

 

 

けれども、それを本能的に感じ取ったであろう鷹矢はまだまだ自分の力量に成長する余地があり溢れているということに対し、悔しさ以上に大きな嬉しさを感じている様子で…

 

 

 

 

 

 

「待っていろ…遊良…」

 

 

 

 

 

まだまだ強くなれると気付いた、自分の実力の伸びしろに希望を載せて。

 

思わずその口から、決闘市で帰りを待つ相棒の名を零しつつ…

 

負けた悔しさ以上の奮起を、己の心へと映しながら。決闘市への帰路に、鷹矢が一息つこうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「のう、若いの。」

「む?」

 

 

 

 

 

隣の席から、聞こえてきたのは1人の老人のしわがれた声。

 

それは紛れもなく、つい先ほど鷹矢が一言会話を交わした見知らぬ老人であり…

 

…背の低い、腰の曲がった、皺だらけの手に皺だらけの顔。顔を覆い隠すその白い髪は、長く伸びたその白い髭と同化し地面につきそうなほどに垂れ下がり…

 

例えるならば、『妖怪』―

 

無意識にそう呼びたくなるような、そんな見知らぬ老人が突然鷹矢へと向かって声をかけてきたのだ。

 

 

 

「ほぅ、やっぱり思った通りじゃ。お主、鷹峰の孫じゃろ?フォッフォッフォ、久しぶりじゃのう。」

「…誰だ貴様は。」

「なんじゃい、儂のこと覚えておらんのか。儂じゃよ儂、綿貫のジッちゃんじゃ。」

「知らん。」

「薄情じゃのぅ…オムツを変えてやったこともあると言うのに…」

 

 

 

…しかし、綿貫と名乗った老人の言葉を聞いても。

 

その名に、その顔に…全く見覚えもなければ聞き覚えも無いのか、あまりに馴れ馴れしく声をかけてくる老人に対し鷹矢の顔はどこか怪訝な表情を見せようとしているではないか。

 

…まぁ、ただでさえ他人の顔を覚えるのが苦手な鷹矢なのだ。

 

覚える価値のないデュエリスト同様、戦える様には見えない皺だらけの老人の顔など一々覚えてもいないのだろう。いくらこの老人の身なりが上品で、どこか上流階級に位置していそうな雰囲気を醸し出してはいても。それでも、まるで旧知の仲のようにして離しかけてくる老人に対し…

 

鷹矢は、どこまでも心当たりがないままで…

 

 

 

「まぁ良い、お主の噂は儂のトコまで届いておるぞ?鷹峰の孫が、各地の大会を荒しまわっておるとのぅ。若いプロ達に泣き付かれたわい、学生に負け、プロとしての面目丸つぶれじゃと。」

「ふん、そんなこと俺の知ったことではない。これも理事長から言い渡された修業だ。文句があるのならば【白鯨】に言えとそのプロ共に言っておけ。」

「無茶を言うでないわ、若輩のプロが浜臣に文句など言えるはずもなかろう。」

「ならば尚更俺の知ったことではない。俺に負けたプロが悪い。文句があるのならば、俺より強くなればいい話であろう。」

「ま、それもそうなんじゃがのぅ…」

 

 

 

…また、そんな鷹矢の雰囲気を綿貫と名乗った老人も感じ取ったのだろう。

 

老人もまた、鷹矢が自分の事を思い出そうが忘れていようが今この場ではソレを問い詰めるような素振りは見せず。

 

…老人の口から語られるは、何やらプロの世界の細かな事情。

 

その口ぶりから、この老人がプロの関係者であることは鷹矢にだって容易に理解できること。しかし、ソレを承知でもなお鷹矢が態度を改めることをしないのは、例えプロであっても自分に負けた格下の戯言に一々構う気がないことの現われでもあるのか。

 

…そう、レベルの高いプロと、この夏休み中ずっと戦いを繰り広げてきたからこそわかる。

 

プロと言えども実力はピンキリ。そして新人が多かったとは言え多くのプロと戦ったこの夏の経験から、今の自分の実力が紛れもなくプロの世界に行っても通用するという確信と自信を今の鷹矢は得ているのだろう。

 

ゆえに…いくら相手がプロとは言え、実力の世界に身を置いている人間が弱音と泣き言を漏らしたところで微塵も鷹矢には興味などない。

 

どこまでも不遜に、どこまでも横柄に…

 

有象無象など意にも介さず、更に言葉を続けるのみ。

 

 

 

「俺は誰であろうと容赦はせん。俺の邪魔をする者がいるのならば…例えプロでも、蹴散らすだけだ。」

「フォッフォッフォ、威勢がいいのぅ。流石は鷹峰の孫じゃわい。しかし、このままじゃと少々プロの体裁が悪いのも事実じゃ。………のぅ、どうじゃ?お主、今すぐにでもプロにならんか?」

「む!?」

 

 

 

しかし…

 

そんな鷹矢へと向かって、老人から届けられたのは鷹矢でさえ驚くような提案であった―

 

そう、思わず聞き間違えかと思ってしまうほどに…ソレを聞いた鷹矢でさえも、今の老人の言葉があまりに現実味のないモノであると無意識に即座に認識している様では無いか。

 

 

 

いや、確かに今この老人は言った…『今すぐにでもプロにならんか?』…と。

 

 

 

…普通、学生がプロになることは出来ない。

 

だってそうだろう。プロ試験は『年齢制限』もあり、かつプロ試験の『参加資格』は決闘学園の高等部を『卒業』もしくは『卒業見込み』である者でなければ与えられないと言う事は…無論、世間に疎い方である鷹矢だって、常識として知っていることだと言うのに。

 

…また、そもそも高等部卒業と同時にプロになるためにだって、学園側からの『許可』が絶対に必要。

 

学生の内にプロ試験を受けるためには、卒業見込みである立場と同時に『切符』とも言えるプロ試験の『本試験推薦』が必要であり…

 

昨年、イースト校ではここ十数年該当者0だったソレが、泉 蒼人と虹村 高貴の『2名』に与えられたことすらも大々的なニュースであったのだから、それだけで学生の内にプロに内定することがいかに困難な道なのかは誰にだって容易に想像できるに違いないことだろう。

 

そう、イースト校においては、ここ最近では十数年は与えられなかったというプロへの『本試験推薦』。それは学園側に認められるほどの功績…『祭典』での結果は勿論のこと、日々の生活態度や学業の累積…それに大多数の教師たちからの推薦もなければ、勝ち取る事は絶対に出来はしないのだ。

 

だからこそ、昨年度に卒業と同時にプロになった先輩、元エクシーズクラストップであった虹村 高貴の厳しくも規律正しい学徒としての姿を見ている鷹矢も、ソレがいかに大変な道であるのかをよく分かっている。

 

まぁ、生活態度や学業が振るわない方である鷹矢が、自信満々にプロ試験への『推薦』を貰えると思っている事もまたおこがましいことではあるのだが…

 

ともかく、現在高等部2年の鷹矢は、最低あと1年経たないとプロにはなれないのが決闘界における厳格なルール、規律、法律。

 

…しかし、プロの事情に詳しいと思われるこの老人は、あろうことかその法律を軽々しく捨て置いて鷹矢をプロへと誘ってきた。

 

…ただの爺の戯言か、耄碌ゆえの妄言か。

 

目の前の老人が、そんな低俗な翁ではないことは鷹矢にだって感じ取れている。得体の知れぬ『妖怪』のような雰囲気の奥底に、確かなる『権力』という名の力を持っているであろうこの老人は…自分に対し、確かにソレを実現できる気でそう提案してきているのだと、鷹矢の本能はそう感じ取っているのだ。

 

ソレ故…

 

 

 

「そんな事が出来るのか?」

「うむ。腐っても王者【黒翼】の孫ということで特例にしやすい。ま、これ以上お主に好き勝手に暴れられると周りもうるさくなりそうじゃしのぅ…。一応、【決闘祭】で準優勝したという功績もあることじゃし、意外となんとかなるじゃろうて。」

「貴様は一体何者なのだ…だが、俺は学校を辞めるつもりは無いぞ。」

「フォッフォッフォ、なにも別に退学せんでもよかろう。史上初、学生プロの誕生ということで話題としやすいしの。後々の面倒なことは浜臣になんとかさせれば良い。」

「しかしだ、そんな簡単にプロになっても良いのか?十文字という男が今年プロになったが、奴は【決闘祭】で優勝と3位を勝ち取り無試験でプロになったと聞く…しかし俺は【決闘祭】の準優勝しか無い。コレでは、うるさく言う輩も出てくるだろう。」

「ふむ、確かに一理ある。そうじゃのぅ…じゃったら次の祭典…【決島】で優勝したらでどうじゃ?」

「む?」

「しかも、ただ優勝するだけではない。【決闘祭】でお主が負けた相手、天城 遊良君に、【決島】の決勝で勝って優勝するのが条件じゃ。お主1人だけでは達成できん条件じゃし、デュエリアとの合同開催で強い子が沢山出てくるからのぅ…どうじゃ?相当難しいぞ?こんな難しい条件をクリアしたら、きっと皆も認めざるを得んじゃろ。そして達成するまで口外するのは駄目じゃ。誰にも言ってはいかん。誰にも知られずにこの全てが達成出来たら、儂が無試験で学生プロにしてやる…どうじゃ?」

「…」

 

 

 

あまりに滅茶苦茶なその提案、あまりにハチャメチャなその立案。

 

確かに『良い話』ではあるのだろうが、あまりに話が旨すぎるために…どこか鷹矢も、少々神妙な顔つきをその鉄仮面に浮かばせようとし始めたではないか。

 

…そう、確かにこの提案は、学生の身からすれば信じられない程の幸運に違いないだろう。

 

けれども、旨い話には必ず裏がある。しかもソレを提案してきたのが、鷹矢からすれば全く見知らぬ謎の老人であるのだから…いくらこの老人が自分の事や祖父の事を知っているかもしれぬとは言え、鷹矢も二つ返事でソレに飛びつくことなどしたくはないのか。

 

まぁ、そもそも世界中を飛びまわりデュエルをするプロの忙しさを考えると、学業との両立など出来はしないのだから…

 

老人のこの旨すぎる話に対し、鷹矢も普段の彼らしからぬ神妙な面持ちで深く思考を巡らしつつ、綿貫と名乗ったこの老人のことを疑いにかかっているこの光景もまた当然と言えば当然であり…

 

 

 

(面白い…)

 

 

 

いや…全くもって疑っていない―

 

老人から投げかけられた、あまりに旨すぎるその話を全く持って疑っていない思考を鷹矢は浮かべていて。

 

…そう、鷹矢の思考は至極単純。今より強くなれる環境が与えられるのならば、ソレが例え罠であったとしても飛び込み突破し喰らい尽くし、全てを己の力へと還元してやろうという、ただそれだけ。

 

それはつい先ほどの【化物】との邂逅で、自分はまだまだ強くなれることを知ったからこそ…

 

学生よりも強者の密度の濃い、プロの世界に今すぐにでも行けるのならばきっと自分は今よりもっと強くなれる。それが例え、どれだけ甘い見通し、甘い覚悟、甘い決意であったとしても…

 

…幼き日に遊良と交わした、最高の舞台で頂点を賭けて戦うという『約束』の為に。

 

利用できる物は、全て利用しようとしていて―

 

そして…

 

…一瞬の思考の後、どこか軽はずみにプロを志すことを今この場で決めてしまった鷹矢は。

 

 

 

「うむ、乗った。」

 

 

 

どこか無茶な要求とも思える、老人の課した条件に対し…

 

 

 

二つ返事で、そう答えたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど。私に断りも無く勝手に話を進めたというわけですか。」

「フォッフォッフォ…わ、儂もな?こう都合よく行くとは思わなんでのぅ…ほら、あの、アレじゃ、刀利君もおったし…それがまさか、本当に天城君と決勝戦やって優勝するとは思わなんで…まさか、こんなに上手いこと話が進むとは…の?」

「…」

「いやいや、儂だって半分冗談のつもりじゃったんじゃ!世間知らずの鷹峰の孫に、『手に入らんモノ』もあると教えるつもりで…」

「…では、半分は本気だったと?」

「ま、まぁのぅ…ホントに学生プロが生まれれば面白…大きな話題となると思って…」

「…手続き、学業、その他もろもろの面倒事を全て私に押し付けて…ですか…」

「な、なんじゃなんじゃ浜臣、そんな恐い顔して…」

『…とにかく、この話は後でゆっくりと…』

「フォ!?な、なんじゃ?急にまた寒気が…」

 

 

 

『妖怪』の口から語られるは、ソレを提案した綿貫自身も少々予想外だったであろう結果論。

 

…自分からソレを鷹矢へと投げかけた癖に、半ば無茶を言っていることを綿貫自身もわかっていたのだろう。

 

だからこそ、まさか本当に自分の出した条件を鷹矢が完全にクリアしてしまった事に対し…軽はずみに特例を生み出す羽目になってしまったことに、綿貫も今更になって頭を抱え始めているのか。

 

隣に座った砺波からの、無言の圧力によって冷える空気もまた恐ろしくもあるものの…

 

しかし、これだけの観衆の中で鷹矢が宣言してしまったことは撤回できない。

 

そう、アレだけの熱狂を魅せた【決島】で優勝した鷹矢が、全世界へと向けて堂々とプロになると言ってしまったのだ。今更大人の事情で『やっぱりダメ』などと言ってしまえば、いくら【決闘世界】と言えども世間から袋叩きにされてしまうに違いなく…

 

それ故、どう転んでも崖っぷちに立たされたであろう綿貫が。紛れもなく怒っているであろう砺波に、無言の圧力をかけられ続けていて―

 

 

 

そうして…

 

 

 

「本社に連絡だ!明日の一面見出しは決まったぞ!」

「夕方のニュースで特番を組むぞ!出られるプロランカーに声かけろぉ!」

「天宮寺選手!プロ入りについてこの後じっくり取材させてください!」

「ずるいぞ中央決報!この特ダネはウチによこせぇ!」

「天宮寺選手!決意表明を!一言!一言ぉ!」

「天宮寺選手ぅ!」

 

 

 

『妖怪』が零す言い訳を、固唾を飲んで見守っていた世界も次第に驚きを取り戻し。

 

徐々に火花が連鎖するようにして、ざわめきが驚きへ、驚きが喧騒へ。そして喧騒が歓声となりて、今再び世界中で興奮が過熱し始める。

 

 

 

―『せ、静粛に!静粛にー!記者の皆さん落ち着いてくださぁい!あ、せ、選手はひとまず控え室に帰ってくださぁい!』

 

 

 

また、運営側もイレギュラーすぎる鷹矢の宣言の所為で、予想外のパニックに対処しなければならなくなったのは言うまでもなく…

 

予定より早く会見を切り上げ、選手達を大急ぎで会場から撤収させんとして…押し寄せる記者の波をガードマンが塞き止めている間に、表彰台に昇っていた遊良達もまたスタッフに案内され裏方へと移動し始めて。

 

 

 

「つーか、なんで俺に勝ったらプロになれるって条件なんだよ。」

「お前に勝ったらではない。『決勝』で、お前に勝って優勝したらだ。そうだと言うのに、お前と来たら気が抜けていたりルキに気を取られすぎていたりでどうなる事かと思ったぞ。」

「…おい、もしかして張り合えって言ってきたりリョウさんとのデュエルで出しゃばってきたのって…」

「無論、お前に活を入れるためだ。俺の為に、負けてもらっては困るからな。」

「…はぁ、お前なぁ…」

 

 

 

そして、混乱の最中に裏方へと移動し始めた中で…遊良と鷹矢は、ふとそんな会話を交わし始めたではないか。

 

そう…遊良もまさか、鷹矢が柄にもなく『やる気』になっていると思えば裏にそんな事情が隠されていただなんて思ってもみなかったのだろう。

 

しかし思ってみれば、確かに鷹矢が選手宣誓で自ら退路を断ったり、誰よりも勝利という結果を求めるだなんて普段の鷹矢からすれば考えられないこと。

 

そう、夏休みの修業で、何か心境の変化があったのだろうということは遊良だって気が付いてはいた。けれども、まさかソレが予想の範疇をこんなにも大きく超えていただなんて、誰よりも付き合いの長い遊良からしても驚きであったに違いなく…

 

…まぁプロ入りの話云々以前に、『決勝』の舞台で戦うのは遊良と鷹矢にとっては今年の『約束』でもあったのだから、鷹矢のプロ入りの話が鷹矢にとっても『オマケ』であることは遊良にだってわかってはいるがゆえに、それ以上鷹矢を叱るとかいったことは遊良もする気もないのだろうが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

(…終わったな。【決島】が…)

 

 

 

表彰式が終わり、1つの区切りが付いたことで…深く…それはそれは深く、まるで肩の荷が1つ下りたかのようにして、深い溜息を吐ききった遊良。

 

デュエリア校の校舎の隙間から覗く、青く透き通った大空を見上げながら…

 

混戦を極めた【決島】も、混乱を極めた【裏決島】も…その一つ一つの戦いのどれもが油断ならぬ相手との戦いばかりであり、加えてこの『2日間』に起こった全ての出来事は果たして遊良にどれ程の疲労を与えているのか。

 

 

…【決島】に、【裏決島】と。本当に色々な事が起こりすぎた。

 

 

随分と長く戦っていた気がする―

 

 

たった『2日間』だけの戦いであったはずなのに、そう感じてしまう遊良の感覚は決して間違いではないはず。

 

 

―『前【紫魔】、紫魔 憐造を!【王者】を『伯父』に持つ俺が!Bloo-Dを召喚出来ないわけがない!』

 

 

開幕で、全世界へと明かした自らの血縁。

 

 

―『お前が…お前が俺に、勝てるわけないだろ!なのに…何度も何度も挑んできて…』

 

 

中盤に、物凄い執念を持った紫魔 アカリと行ったデュエル。

 

 

―『ッ!ルキィィィイ!今助ける…俺が絶対に!お前を助ける!』

 

 

死地で、ルキの命を救うために狂乱少女と戦った激闘。

 

 

―『俺は…神には祈らない!俺を見放した神なんかに、俺は絶対に祈ったりしないんだよ!俺のターン、ドローッ!』

 

 

本戦で、最強の天運を持った男との武器と武器のぶつけ合い。

 

 

―『喰らえ遊良ぁ!天宮寺…ビックバァァン!』

 

 

決勝での、鷹矢との戦い。

 

 

―『…天城 遊良、あなたもすぐに、ここで倒れている祖父と同じ目に遭わせてあげますから、えぇ。』

 

 

性根の腐った捻じれた男から聞かされた、自らも知らなかった血の繋がりの可能性。

 

 

そして…

 

 

 

―『ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!』

 

 

 

これまで戦ってきた中で最凶の敵…『極』の頂きに位置している、本物の悪意を持った正真正銘の『敵』…

 

裏決闘界の融合帝、【紫影】との【裏決島】最後の戦い。

 

そのどれもが遊良にとっては衝撃であり、どれもが遊良に並々ならぬ試練となって圧し掛かってきたからこそ。

 

全ての日程が終了した今この瞬間に、『祭典』のプレッシャーから解き放たれた遊良の心境は果たしてどのようなモノとなっているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

こうして…

 

 

 

 

 

 

開会式でも爆弾発言をしたというのに、最後の最後にとてつもなく大きな爆弾を爆発させた鷹矢を他所に。

 

 

 

決闘市とデュエリア、2大デュエル大都市に数えられる街同士の合同開催の祭典、【決島】…

 

蘇った裏決闘界の融合帝、【紫影】による学生vs.犯罪者たちによる戦い、【裏決島】…

 

世界最大規模の学生達の『祭典』、およびソレを狙った悪逆非道な『策略』の、その全てが今ここに終戦したのだった―

 

 

 

 

 

 

(『逆鱗』は、本当に俺の…)

 

 

 

 

 

 

最後の最後まで、遊良の心に消えぬ懸念と…

 

 

 

 

 

(家族…なんだろうか…)

 

 

 

 

 

そして吹っ切れていたはずの、『ある感情』を呼び覚ましながら―

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 




次回、『閑話―天城 遊良、後編』






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